ハラカルラ 第51回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
「くっそ、見えないなぁ」
水鏡の前で白烏と雄哉が向かい合って座っているが、雄哉に答えたのは黒烏である。
「仕方が無かろう、本来ならこちらに来る穴さえくぐれなかったのじゃからな」
「もっとパワー注入してくれたらよかったのに」
「甘えるでないわ。 才能が無ければ努力と根性で補え」
「ちぇっ」
水無瀬は前に教えられ損ねた終貝である二枚貝で、死んでしまった貝のありかを見つけるやり方を教えられ、これまたすぐに習得でき、もう一組の二枚貝と同じようにこまめに見るようにと言われた。
黒烏と雄哉の会話を聞いていてふと考え付いたことがある。
「ねぇ、烏さん。 俺の力を雄哉に分けるってことは出来ないんですか?」
今はまだ雄哉は楽しんで出来ているが、水鏡すら満足に出来なければそのうち飽きてくるだろう。 嫌気がさしてくるかもしれないし、その日が来るのはそんなに遠くない気がする。 雄哉が楽しんで出来るようにということもあるが、黒門から早々に出られては困るところもある。
「うん?」
「出来なくはない」
答えたのは白烏。
「どうすればいいんですか?」
「出来るだけ共に居る」
「共に居るって」
雄哉とは高校時代からの付き合いである。 大学に入ってからは学部が違うため、高校時代ほど一緒にいることは無かったが、それでも学食で一緒に食べたりとしていた。 それに白門に拉致られてからは一日中一緒にいた。
「結構一緒にいるんですけどねぇ。 この二十日間くらいなんてほとんど二十四時間一緒に居るし」
雄哉が黒門の村に出向いた以外は殆ど一緒にいる。
「そうか。 ではその効果であの程度までだが引き上がったということだろう」
「うわ何それ? 俺って最低じゃん」
「特に何か、何かをすればどうかなるってのはないんですか?」
「儀式ということか?」
「あー、そこまで仰々しくなくても」
「儀式ならなくはない」
「え?」
穴を通るにあたり道具を使って雄哉の力を上げたが、それは儀式によって黒烏の力を分けたということであり、水鏡の時の様子を見ていてもそうだが、今日の水無瀬の様子を見ていても、黒烏と同じことが水無瀬にも出来るのではないかということであった。 そして雄哉に力を分けたとしても、水無瀬の中ではその分が減るということは無く、決して力が枯渇するようなことは無いということである。
雄哉にしても黒烏から力をもらい、それを使ったことで使った分力が無くなることがないのと同じで、水無瀬から力をもらいそれを使っても決して力がなくなることは無い。
「あー、千佳ちゃんが修君にトリオンを分けたようなもんか。 でも俺の場合は修君と違って水無ちゃんトリオンを使っても減らない。 最強じゃん」
雄哉が意味の分からないことを言って一人で納得している。
「なんだそれ?」
「ワールドトリガー」
何のことか分からないが、きっとアニメか漫画かゲームだろう。
夜、車が停められると運転手を置いて全員が降り、その手には懐中電灯が握られている。 それぞれの運転手がパーキングに車を停める為にアクセルを踏んだ。
長が腕時計を見ながらあと十五分かと口にし、おもむろに面を着けた。 それを見ていたおっさんたちも同じように面を着ける。
今日の段階で討議・討論になるのか、結果、白門に対し共闘になるのか、それともならないのかは分からないが、いずれにしても顔を晒す気はない。
十分経った頃、畦の方からヘッドライトを上下させゆっくりと車が走って来た。
「人数を昨日のこちらに合わせたのでしょうな」
車は朱門と同じく五台である。 その車の中で次々と面が着けられていく。 畦の中央を過ぎたあたりで車が止まった。 先頭を走っていた車からパッシングが送られてくる。
「あそこまで来いということか」
朱門は面を着ける関係からこの時間を選んだ。 黒門もそれは分かっているはずだが、それでも車が通る可能性があると考えているのだろう。 何も知らない車からヘッドライトに照らされた面を見れば、何事かと驚いてハンドルを切り損ねる、又は通報されるとでも思ったのだろう。 なんであれ、この土地のことは黒門の方が詳しい。
朱門の男たちがそれぞれに懐中電灯のスイッチを入れる。 黒門の方でも各車から何人も降りてきている。 黒門の長は全く歩けないわけではないようで、手を借り車から降りると用意された車いすに座った。
黒門の者たちの元までやって来た。
「朱門の」
「決めたか」
顔が見えずとも髪の毛や手足、体全体から黒門の長の方が随分と歳が上だということが分かるが、昨日同様、朱門の長は言葉において下手(したて)に出る気はない。 どれだけ歳が違おうとも、互いに村を代表する長であり立場は同じであるのだから。
「不本意というところはある」
もろ手を挙げて協力し合うわけではない、だが雄哉は欲しいといったところだろう。 黒門とて簡単に守り人を探せない。 だがそこを言うわけにはいかなく、単に本意ではないということの念押しをしているのだろう。
「だが諸事情があり、こちらは今、怪我人が多く出ている。 人数的なこともあるが、朱門の言う通りこちらとしても一日でも早く白門を止めたい」
「では?」
「朱門と協力し合おう」
「条件をすべて飲むということでいいな」
黒門の長が頷くのを見て朱門の長が鷹揚(おうよう)に頷く。
「こちらは白門の村の場所を戸田君が知っている。 白門に入ったのはハラカルラからだったが携帯で位置情報が分かっている。 接触するにはこちらが先導しよう」
「あ、ああ」
黒門が白門の村の場所を知っているということを朱門は知っているが、あからさまにそんなことを言ってしまえば話がややこしくなってしまう。
「先に一つ訊きたい、戸田はどうやって白門の場所を知った」
「偶然にだが、戸田君がハラカルラに入った時、連れて行かれる水無瀬君を見たそうだ。 そして後をつけたということらしい」
この話を白門に聞かれると嘘八百がまるわかりになってしまうが、聞かせる気などないと思っている朱門の長である。 そして同じような手を使って黒門は白門の村の場所を知った。 その手がないわけではないことをよく知っている。
「朱門はそれを聞いて戸田と共に助けに行こうとは思わなかったのか」
「どうして? まずその時は白門が絡んでいるなどと知らなかったというのもあるが、水無瀬君は黒門に居るはずだったのだからな。 戻ってきた戸田君に聞くまではてっきり黒門と思い込んでいた」
「ハラカルラでの話を履行したということか」
「無論」
いつまでも腹の探り合いなど無意味であるが、これで朱門が水無瀬脱出のことにかかわっていないと確信しただろう。
「まずは白門と話し合いということになるが。 それで宜しいな」
暴力でねじ伏せるような話ではない。
「白門が耳を傾けると思うか。 平気でそんなことを考える輩が」
「聞くとは思わん、だが最初から話もなくどうするつもりだ、白門全員に手をかけるとでも? それこそハラカルラで復活してくるだけのこと。 それに拘束監禁など一つの村の者をどうやって食わしていく、何より法に触れる」
黒門の長が朱門の長から視線を外す。
「改めて確認をする。 朱門としてはハラカルラを守りたい、ただそれだけ。 黒門は」
「当たり前だ、本来なら黒門だけで解決したいところだ。 黒門がハラカルラを守る、そう言いたいが・・・。 いや、何を言うこともない。 こちらもハラカルラを守りたいだけ」
雄哉を手にしたいと言いかけたのか、白門との戦いで怪我人が出ていて人数が減っているとでも言いたかったのか。 黒門は力づくでやり合おうとしていたのだから。
「まずは、それを白門に告げる。 宜しいな」
黒門の長が大きく息を吐き頷く。
「一度くらいで考えは変わらないだろうが、何度でも足を運ぶつもりで」
「白門が力づくで来た時にはどうする」
朱門の長が鼻で笑う。
「それは互いに対応できよう。 だがあくまでも防御として」
「そうか。 朱門の意向は分かった。 だがいつまでも長引かせる気はない」
「こちらとて一日でも早く終わらせたい」
互いの目の中を探るように睨み合う。
「明日早々、動けるか」
黒門の長が頷く。
「では」
場所と時間を指定すると黒門の長が後ろを振り向く。 指定された場所を知っているかということである。 数人の男たちが頷く。
「それと、青門のことを知っているか」
「青門? いや、知らん。 青門がどうした」
黒門も青門も互いに気づいていないのか、若しくは黒門だけが気付いていないのか、それとも黒門が惚けているだけなのか。 どれもはかりかねるが、黒門が青門の場所を知らないのであれば言っておく方がいいだろう。
「知っておれば青門にも声をかけるかどうかと思っただけのこと」
そう言われれば黒朱青の三門が相手となれば、白門とてこちら側の言うことに耳を傾けなくてはならなくなるだろう、チラリとそんなことを思った黒門の長。
「残念だが」
だが青門のことを知らないということを心底残念になど思っていない。 訊かれたからそう答えただけのことという程度である。 朱門の長もそれを分かっている。
「いや、それは互いに言えること。 では明日。 ああ、それから、そちらの下の村は少々煩そうな」
「ああ、この時間ならそんなこともないが、いつも村を行き来する者を見張っている」
「そのようだな、一応だが、昨日は先日偶然にそちらの村と話をする機会があり、こちらでも作物を作っているということで、一度畑を見に来ないかと誘ってもらったということにしておいた。 訝しんで何か訊かれればそのように」
黒門の長が頷く。
「良かったのか?」
布団の上で二人が俯きに転がっている。
烏の説明を聞いた雄哉が水無瀬の力をもらうということにストップをかけたのである。 あくまでも今はまだということで。
「うん、もうちょっと自力で頑張ってみる」
今日も何一つ出来なかった雄哉であるが、それでも前向きにとらえている。 この千年以上の間に水無瀬ほど早くできたのは水無瀬で二人目だと白烏に言われたのも効いているのかもしれない。 そしてこの日、白烏から昔々の話を聞いた雄哉である。
「最初の黒の妹って凄かったんだな」
「そうだな、二度目の異変を体験することなく、水の赦しを得て開眼したんだもんな」
「その妹と同じ力を持ってる水無ちゃんも凄いけどな」
水無瀬ほど早く出来たもう一人は最初の黒の妹だと聞いた。 そして他の力においても妹と水無瀬は同じ力を持っているだろうとも言っていた。
「俺は二番煎じ」
「何そのレスポンス。 何言ってんだよ、それって違うだろ。 うーん、どっちかって言ったら、黒の兄ちゃんも結局二度目の異変があった後もあの穴をくぐれなかったんだろ? だからそれを言うなら、俺と水無ちゃんセットで二番煎じだろ」
ダイブが出来るほどの力を持っていながら黒の兄は穴をくぐれなかった。
「面白いこと考えるな。 でもどっちかって言ったら、って言うんだったら、力の踏襲(とうしゅう)とかって言わないか?」
「水無ちゃんが自虐的に言うからだろが」
「だってなぁ・・・なんでだろって思うだろ、普通。 俺、何も特別なことしてないんだから」
雄哉と何が違うというのか。 同じ歳に一度目の異変を感じ、二度目の異変の時には共に一緒にいた仲間だったというのに。
「持って生まれたものかなぁ。 一度目の異変って俺たちが一歳の頃だろ? それをどれだけ感じたかが問題なんだよな。 その時の記憶って俺にはないけど水無ちゃんは? 何か特別なことがあったとかさ、おばさんから聞いてないのか?」
そう言えば水無瀬が初めて黒烏にあった時、二度目の異変を感じればそこから開眼が始まるが、言ってみればそれは自動的なことだと聞いた。 そして一度目の異変は異変を感じるだけではなく、稀に揺らめきが見えたり音が聞こえるという者もいるということで、それはかなり稀なことだとも言っていた。
ゴロリと水無瀬が仰向きになる。 それを横目で見ていた雄哉が水無瀬の方を向いて横向きになる。
「以前、烏にも言われたんだけどなぁ、一歳の頃なんて記憶にな・・・」
両腕を枕に水無瀬が天井を見たまま “な” の口のままで止まっている。
「ん? どした?」
ガバリと水無瀬が起き上がる。 何が起こったのかと雄哉が何? 何? と言っている。
「あ・・・」
烏に霊を入れられた時だ。
爺ちゃんが笑っている。
爺ちゃんが俺の小さな手を取り・・・ああ、そうだ、忘れていた。 爺ちゃんが泊りで海に連れて行ってくれたんだった。 今思えば父親は泊りの仕事があったのだろう、婆ちゃんと母親と一緒に爺ちゃんの運転で四人で出かけたんだった。
あの時、あの日見た波と大海原。 そうだ、思い出した。 俺は初めて海を見たんだった。
それは霊を入れられているときに見た夢である。
(違う、そうじゃない)
俯いている額に手を当てる。
(そうじゃなくて、あの時・・・)
『どうしたの?』
『チラチラ』
遥か彼方を指さした。
目の前に水平線が広がっている。 もう陽が落ちている。 見たこともない満天の星空。
『え? チラチラ・・・ああ、キラキラね。 そう、お空を見てるのね。 ナルちゃんはお星さまが好きなのかしら? 綺麗なお星さまね』
(母親がそう言っていた。 でも今ならわかる、空を見てたんじゃない、星を見てたんじゃない、俺は・・・)
遥か彼方を指さしたのではない。
何かが聞こえた
何の音だろう
顔を巡らせる
キラキラと光るモノが見える
あの音は何処から聞こえてきたのだろうか
キラキラからだろうか
それともずっと続く広いどこかから
(俺は・・・ハラカルラを見てたんだ)
―――目の前のハラカルラを指さした。
『二十年に一度、ハラカルラの水が大きく音をたて大きく動く』 烏がそう言っていた。
(異変によるハラカルラの揺らめきと音を目に耳にしていたんだ)
目を瞑った水無瀬が大きく息を吐いた。
(だからだったのか)
そう思うと心当たりがある。 大学の学食で目の端に何かが見えた。 あの時には分からなかったが、きっとどこかで魚を認識していたんだ。 だが談笑する生徒たちや当たり前の風景を見て不自然なものはないと捉えた。 無意識にハラカルラを認識していたんだ。 認識して尚、不自然なものはないと思っていたんだ。
そしてコンビニから出てきた時に道路に泳ぐ魚がどこかに泳いでいったとか、どうしてそんな風に考えてしまったんだ、そう思っていた。 でもどうしてじゃない、どこかで俺は知っていたんだ。
それにライとナギと始めて話したとき、ライに『狂いだす者も居る』と聞かされた。 だが『狂いだすどころか慣れてきたと思っていたのに、何故か自分の思いが覆されたような気がする。 だが最初の頃を思い出すと、そうなっても不思議ではないのだろうか』そんな風に思った。 慣れてきたのは何度かハラカルラを見る内に一歳の時に見たあの光景を、少しずつ思い出してきていたのだろう。
一歳の時に見たキラキラ、あれはハラカルラの揺らめき。 何の音だろうと思ったのはハラカルラがたてた音。 俺はハラカルラを見ていた、それを記憶の奥底に持っていた。
「雄哉・・・」
「ん?」
黒の妹は揺らめきを見て音を聞いたのだろうと烏が言っていた。
「俺って、凄いのかもしれない」
自分は黒の妹と同じ。 二番煎じとかそんな話じゃない。
「なんだよそれ、少なくとも俺から見て凄いと思うけど? 自虐の次は自尊? なに? どした?」
「一度目の異変を思い出した」
雄哉が一瞬呆気にとられたような顔をした。
「うわっ! 覚えてたんだ! 神業じゃん」
「・・・引くに引けないよな」
「ん? なにが?」
「いや・・・明日、今日と同じ時間に出ればいいんだよな」
「うん」
青の守り人の話は既に雄哉から聞いている。
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ハラカルラ 第51回
「くっそ、見えないなぁ」
水鏡の前で白烏と雄哉が向かい合って座っているが、雄哉に答えたのは黒烏である。
「仕方が無かろう、本来ならこちらに来る穴さえくぐれなかったのじゃからな」
「もっとパワー注入してくれたらよかったのに」
「甘えるでないわ。 才能が無ければ努力と根性で補え」
「ちぇっ」
水無瀬は前に教えられ損ねた終貝である二枚貝で、死んでしまった貝のありかを見つけるやり方を教えられ、これまたすぐに習得でき、もう一組の二枚貝と同じようにこまめに見るようにと言われた。
黒烏と雄哉の会話を聞いていてふと考え付いたことがある。
「ねぇ、烏さん。 俺の力を雄哉に分けるってことは出来ないんですか?」
今はまだ雄哉は楽しんで出来ているが、水鏡すら満足に出来なければそのうち飽きてくるだろう。 嫌気がさしてくるかもしれないし、その日が来るのはそんなに遠くない気がする。 雄哉が楽しんで出来るようにということもあるが、黒門から早々に出られては困るところもある。
「うん?」
「出来なくはない」
答えたのは白烏。
「どうすればいいんですか?」
「出来るだけ共に居る」
「共に居るって」
雄哉とは高校時代からの付き合いである。 大学に入ってからは学部が違うため、高校時代ほど一緒にいることは無かったが、それでも学食で一緒に食べたりとしていた。 それに白門に拉致られてからは一日中一緒にいた。
「結構一緒にいるんですけどねぇ。 この二十日間くらいなんてほとんど二十四時間一緒に居るし」
雄哉が黒門の村に出向いた以外は殆ど一緒にいる。
「そうか。 ではその効果であの程度までだが引き上がったということだろう」
「うわ何それ? 俺って最低じゃん」
「特に何か、何かをすればどうかなるってのはないんですか?」
「儀式ということか?」
「あー、そこまで仰々しくなくても」
「儀式ならなくはない」
「え?」
穴を通るにあたり道具を使って雄哉の力を上げたが、それは儀式によって黒烏の力を分けたということであり、水鏡の時の様子を見ていてもそうだが、今日の水無瀬の様子を見ていても、黒烏と同じことが水無瀬にも出来るのではないかということであった。 そして雄哉に力を分けたとしても、水無瀬の中ではその分が減るということは無く、決して力が枯渇するようなことは無いということである。
雄哉にしても黒烏から力をもらい、それを使ったことで使った分力が無くなることがないのと同じで、水無瀬から力をもらいそれを使っても決して力がなくなることは無い。
「あー、千佳ちゃんが修君にトリオンを分けたようなもんか。 でも俺の場合は修君と違って水無ちゃんトリオンを使っても減らない。 最強じゃん」
雄哉が意味の分からないことを言って一人で納得している。
「なんだそれ?」
「ワールドトリガー」
何のことか分からないが、きっとアニメか漫画かゲームだろう。
夜、車が停められると運転手を置いて全員が降り、その手には懐中電灯が握られている。 それぞれの運転手がパーキングに車を停める為にアクセルを踏んだ。
長が腕時計を見ながらあと十五分かと口にし、おもむろに面を着けた。 それを見ていたおっさんたちも同じように面を着ける。
今日の段階で討議・討論になるのか、結果、白門に対し共闘になるのか、それともならないのかは分からないが、いずれにしても顔を晒す気はない。
十分経った頃、畦の方からヘッドライトを上下させゆっくりと車が走って来た。
「人数を昨日のこちらに合わせたのでしょうな」
車は朱門と同じく五台である。 その車の中で次々と面が着けられていく。 畦の中央を過ぎたあたりで車が止まった。 先頭を走っていた車からパッシングが送られてくる。
「あそこまで来いということか」
朱門は面を着ける関係からこの時間を選んだ。 黒門もそれは分かっているはずだが、それでも車が通る可能性があると考えているのだろう。 何も知らない車からヘッドライトに照らされた面を見れば、何事かと驚いてハンドルを切り損ねる、又は通報されるとでも思ったのだろう。 なんであれ、この土地のことは黒門の方が詳しい。
朱門の男たちがそれぞれに懐中電灯のスイッチを入れる。 黒門の方でも各車から何人も降りてきている。 黒門の長は全く歩けないわけではないようで、手を借り車から降りると用意された車いすに座った。
黒門の者たちの元までやって来た。
「朱門の」
「決めたか」
顔が見えずとも髪の毛や手足、体全体から黒門の長の方が随分と歳が上だということが分かるが、昨日同様、朱門の長は言葉において下手(したて)に出る気はない。 どれだけ歳が違おうとも、互いに村を代表する長であり立場は同じであるのだから。
「不本意というところはある」
もろ手を挙げて協力し合うわけではない、だが雄哉は欲しいといったところだろう。 黒門とて簡単に守り人を探せない。 だがそこを言うわけにはいかなく、単に本意ではないということの念押しをしているのだろう。
「だが諸事情があり、こちらは今、怪我人が多く出ている。 人数的なこともあるが、朱門の言う通りこちらとしても一日でも早く白門を止めたい」
「では?」
「朱門と協力し合おう」
「条件をすべて飲むということでいいな」
黒門の長が頷くのを見て朱門の長が鷹揚(おうよう)に頷く。
「こちらは白門の村の場所を戸田君が知っている。 白門に入ったのはハラカルラからだったが携帯で位置情報が分かっている。 接触するにはこちらが先導しよう」
「あ、ああ」
黒門が白門の村の場所を知っているということを朱門は知っているが、あからさまにそんなことを言ってしまえば話がややこしくなってしまう。
「先に一つ訊きたい、戸田はどうやって白門の場所を知った」
「偶然にだが、戸田君がハラカルラに入った時、連れて行かれる水無瀬君を見たそうだ。 そして後をつけたということらしい」
この話を白門に聞かれると嘘八百がまるわかりになってしまうが、聞かせる気などないと思っている朱門の長である。 そして同じような手を使って黒門は白門の村の場所を知った。 その手がないわけではないことをよく知っている。
「朱門はそれを聞いて戸田と共に助けに行こうとは思わなかったのか」
「どうして? まずその時は白門が絡んでいるなどと知らなかったというのもあるが、水無瀬君は黒門に居るはずだったのだからな。 戻ってきた戸田君に聞くまではてっきり黒門と思い込んでいた」
「ハラカルラでの話を履行したということか」
「無論」
いつまでも腹の探り合いなど無意味であるが、これで朱門が水無瀬脱出のことにかかわっていないと確信しただろう。
「まずは白門と話し合いということになるが。 それで宜しいな」
暴力でねじ伏せるような話ではない。
「白門が耳を傾けると思うか。 平気でそんなことを考える輩が」
「聞くとは思わん、だが最初から話もなくどうするつもりだ、白門全員に手をかけるとでも? それこそハラカルラで復活してくるだけのこと。 それに拘束監禁など一つの村の者をどうやって食わしていく、何より法に触れる」
黒門の長が朱門の長から視線を外す。
「改めて確認をする。 朱門としてはハラカルラを守りたい、ただそれだけ。 黒門は」
「当たり前だ、本来なら黒門だけで解決したいところだ。 黒門がハラカルラを守る、そう言いたいが・・・。 いや、何を言うこともない。 こちらもハラカルラを守りたいだけ」
雄哉を手にしたいと言いかけたのか、白門との戦いで怪我人が出ていて人数が減っているとでも言いたかったのか。 黒門は力づくでやり合おうとしていたのだから。
「まずは、それを白門に告げる。 宜しいな」
黒門の長が大きく息を吐き頷く。
「一度くらいで考えは変わらないだろうが、何度でも足を運ぶつもりで」
「白門が力づくで来た時にはどうする」
朱門の長が鼻で笑う。
「それは互いに対応できよう。 だがあくまでも防御として」
「そうか。 朱門の意向は分かった。 だがいつまでも長引かせる気はない」
「こちらとて一日でも早く終わらせたい」
互いの目の中を探るように睨み合う。
「明日早々、動けるか」
黒門の長が頷く。
「では」
場所と時間を指定すると黒門の長が後ろを振り向く。 指定された場所を知っているかということである。 数人の男たちが頷く。
「それと、青門のことを知っているか」
「青門? いや、知らん。 青門がどうした」
黒門も青門も互いに気づいていないのか、若しくは黒門だけが気付いていないのか、それとも黒門が惚けているだけなのか。 どれもはかりかねるが、黒門が青門の場所を知らないのであれば言っておく方がいいだろう。
「知っておれば青門にも声をかけるかどうかと思っただけのこと」
そう言われれば黒朱青の三門が相手となれば、白門とてこちら側の言うことに耳を傾けなくてはならなくなるだろう、チラリとそんなことを思った黒門の長。
「残念だが」
だが青門のことを知らないということを心底残念になど思っていない。 訊かれたからそう答えただけのことという程度である。 朱門の長もそれを分かっている。
「いや、それは互いに言えること。 では明日。 ああ、それから、そちらの下の村は少々煩そうな」
「ああ、この時間ならそんなこともないが、いつも村を行き来する者を見張っている」
「そのようだな、一応だが、昨日は先日偶然にそちらの村と話をする機会があり、こちらでも作物を作っているということで、一度畑を見に来ないかと誘ってもらったということにしておいた。 訝しんで何か訊かれればそのように」
黒門の長が頷く。
「良かったのか?」
布団の上で二人が俯きに転がっている。
烏の説明を聞いた雄哉が水無瀬の力をもらうということにストップをかけたのである。 あくまでも今はまだということで。
「うん、もうちょっと自力で頑張ってみる」
今日も何一つ出来なかった雄哉であるが、それでも前向きにとらえている。 この千年以上の間に水無瀬ほど早くできたのは水無瀬で二人目だと白烏に言われたのも効いているのかもしれない。 そしてこの日、白烏から昔々の話を聞いた雄哉である。
「最初の黒の妹って凄かったんだな」
「そうだな、二度目の異変を体験することなく、水の赦しを得て開眼したんだもんな」
「その妹と同じ力を持ってる水無ちゃんも凄いけどな」
水無瀬ほど早く出来たもう一人は最初の黒の妹だと聞いた。 そして他の力においても妹と水無瀬は同じ力を持っているだろうとも言っていた。
「俺は二番煎じ」
「何そのレスポンス。 何言ってんだよ、それって違うだろ。 うーん、どっちかって言ったら、黒の兄ちゃんも結局二度目の異変があった後もあの穴をくぐれなかったんだろ? だからそれを言うなら、俺と水無ちゃんセットで二番煎じだろ」
ダイブが出来るほどの力を持っていながら黒の兄は穴をくぐれなかった。
「面白いこと考えるな。 でもどっちかって言ったら、って言うんだったら、力の踏襲(とうしゅう)とかって言わないか?」
「水無ちゃんが自虐的に言うからだろが」
「だってなぁ・・・なんでだろって思うだろ、普通。 俺、何も特別なことしてないんだから」
雄哉と何が違うというのか。 同じ歳に一度目の異変を感じ、二度目の異変の時には共に一緒にいた仲間だったというのに。
「持って生まれたものかなぁ。 一度目の異変って俺たちが一歳の頃だろ? それをどれだけ感じたかが問題なんだよな。 その時の記憶って俺にはないけど水無ちゃんは? 何か特別なことがあったとかさ、おばさんから聞いてないのか?」
そう言えば水無瀬が初めて黒烏にあった時、二度目の異変を感じればそこから開眼が始まるが、言ってみればそれは自動的なことだと聞いた。 そして一度目の異変は異変を感じるだけではなく、稀に揺らめきが見えたり音が聞こえるという者もいるということで、それはかなり稀なことだとも言っていた。
ゴロリと水無瀬が仰向きになる。 それを横目で見ていた雄哉が水無瀬の方を向いて横向きになる。
「以前、烏にも言われたんだけどなぁ、一歳の頃なんて記憶にな・・・」
両腕を枕に水無瀬が天井を見たまま “な” の口のままで止まっている。
「ん? どした?」
ガバリと水無瀬が起き上がる。 何が起こったのかと雄哉が何? 何? と言っている。
「あ・・・」
烏に霊を入れられた時だ。
爺ちゃんが笑っている。
爺ちゃんが俺の小さな手を取り・・・ああ、そうだ、忘れていた。 爺ちゃんが泊りで海に連れて行ってくれたんだった。 今思えば父親は泊りの仕事があったのだろう、婆ちゃんと母親と一緒に爺ちゃんの運転で四人で出かけたんだった。
あの時、あの日見た波と大海原。 そうだ、思い出した。 俺は初めて海を見たんだった。
それは霊を入れられているときに見た夢である。
(違う、そうじゃない)
俯いている額に手を当てる。
(そうじゃなくて、あの時・・・)
『どうしたの?』
『チラチラ』
遥か彼方を指さした。
目の前に水平線が広がっている。 もう陽が落ちている。 見たこともない満天の星空。
『え? チラチラ・・・ああ、キラキラね。 そう、お空を見てるのね。 ナルちゃんはお星さまが好きなのかしら? 綺麗なお星さまね』
(母親がそう言っていた。 でも今ならわかる、空を見てたんじゃない、星を見てたんじゃない、俺は・・・)
遥か彼方を指さしたのではない。
何かが聞こえた
何の音だろう
顔を巡らせる
キラキラと光るモノが見える
あの音は何処から聞こえてきたのだろうか
キラキラからだろうか
それともずっと続く広いどこかから
(俺は・・・ハラカルラを見てたんだ)
―――目の前のハラカルラを指さした。
『二十年に一度、ハラカルラの水が大きく音をたて大きく動く』 烏がそう言っていた。
(異変によるハラカルラの揺らめきと音を目に耳にしていたんだ)
目を瞑った水無瀬が大きく息を吐いた。
(だからだったのか)
そう思うと心当たりがある。 大学の学食で目の端に何かが見えた。 あの時には分からなかったが、きっとどこかで魚を認識していたんだ。 だが談笑する生徒たちや当たり前の風景を見て不自然なものはないと捉えた。 無意識にハラカルラを認識していたんだ。 認識して尚、不自然なものはないと思っていたんだ。
そしてコンビニから出てきた時に道路に泳ぐ魚がどこかに泳いでいったとか、どうしてそんな風に考えてしまったんだ、そう思っていた。 でもどうしてじゃない、どこかで俺は知っていたんだ。
それにライとナギと始めて話したとき、ライに『狂いだす者も居る』と聞かされた。 だが『狂いだすどころか慣れてきたと思っていたのに、何故か自分の思いが覆されたような気がする。 だが最初の頃を思い出すと、そうなっても不思議ではないのだろうか』そんな風に思った。 慣れてきたのは何度かハラカルラを見る内に一歳の時に見たあの光景を、少しずつ思い出してきていたのだろう。
一歳の時に見たキラキラ、あれはハラカルラの揺らめき。 何の音だろうと思ったのはハラカルラがたてた音。 俺はハラカルラを見ていた、それを記憶の奥底に持っていた。
「雄哉・・・」
「ん?」
黒の妹は揺らめきを見て音を聞いたのだろうと烏が言っていた。
「俺って、凄いのかもしれない」
自分は黒の妹と同じ。 二番煎じとかそんな話じゃない。
「なんだよそれ、少なくとも俺から見て凄いと思うけど? 自虐の次は自尊? なに? どした?」
「一度目の異変を思い出した」
雄哉が一瞬呆気にとられたような顔をした。
「うわっ! 覚えてたんだ! 神業じゃん」
「・・・引くに引けないよな」
「ん? なにが?」
「いや・・・明日、今日と同じ時間に出ればいいんだよな」
「うん」
青の守り人の話は既に雄哉から聞いている。