孤火の森 第81回

大福りす
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第80回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 




孤火の森(こびのもり)  第81回




朝の食事を終えるとザリアンがサイネムの家を訪ねて来た。 これから特訓であるが、その前にサイネムが別の事で口を開く。

「話したか」

「はい。 ナーナリアに女州王とキリアスのことを訊いたそうです。 あ、あくまでも名前を出さずに」

そして思うところがありピアンサに話を聞いてもらいに行ったが、話す中で頭の整理が少し出来たということであった。

「それで?」

「ブリテルは女州王に落ち度はあったけど、キリアスに笑んでいてほしいと考えたこと自体は罪ではないのではないかって。 人を傷つけたくて傷つけたのではないって」

「それで?」

「え? それしか言ってなかっ・・・言っていませんでした」

「お前は何と言ったのだと訊いている」

最近大分とマシになってきたと思っていたところなのに、イラっとしてしまう。

「あ、うん、はい」

もし時の女王がそういう風に聞いたらどう判断をするのか、そして母であるピアンサが聞いたらどう思うのか。 ブリテルと同じ判断をするのだろうか、そういう風に言ったという。

「お前の考えは言わなかったのか」

「これって、女王の判断だろ? ローダルの口を出すところではないと思ったいましたから」

変な話し方をするのではないと言いたかったが・・・言えてる。
何故だろう、癪(しゃく)に障る。

サイネムが大きな息を吐いて癪に障った気持ちも吐き出す。

「あくまでもわたしの夢だが」

ピアンサもゼライアと同じ気持ちだ。 そう告げた。

あの時ピアンサは微笑んでいた。
ゼライアは女州王のしたこと全てではないが、認めようとしているとピアンサが言っていた。 だから、ピアンサはどう考える? と訊いた。 その返事が微笑みだった。

夢というものは自分の都合よく見ることが出来る。 もしかしたらピアンサが微笑んだのはサイネムがそう考えていたからなのかもしれないが、森の民である呪を使える者にとっての夢はそれだけではない。 ましてやサイネムとピアンサはずっと一緒に居た双子である。

「あ・・・有り難う、サイネム」

サイネムがブリテルを認めてくれた。


キリアス宛に手紙が送られてきた。 その封筒には国兵機関獄舎の印が押されている。 すぐに裏を返してみる。

「カーシャン・・・」

差出人はカーシャンであった。
手紙の書き出しは『母に良いものを持って行ってくれているそうだね』から始まっていた。

カーシャンの母親には、あれから何度か滋養に良いと言われているものを持って行っていた。 サイネムによって呪は解かれている。 だがそれとは関係のないところで母親の元に足を運んでいた。 小さな頃からずっと見てきたカーシャンの母親である。 その身を案じないはずはない。

今となってはカーシャンの母親も本人に会うことは出来ない、きっと差し入れの時に手紙を付けたのだろう。

手紙にはそれだけではなく色んなことが書かれていた。

『母へのお礼ってことでもないけど僕のしてきたことを書こう、僕はもうどうでもいいと思っているから。 君も知りたいだろ?』

カーシャンがキリアスを陥れようとしていた事柄。 そして先日サイネムのおかげで知った呪をかけていたこと。 その理由も書かれていた。
銃のことはキリアスに濡れ衣を被せ、その後で潔白を証明し恩を売るつもりでいた。 だがそれで終わるつもりなどなかった。 もっと大きな濡れ衣を着せるつもりだった。

城という名の籠の鳥にし、じわじわと首を絞めていくつもりで呪師を呼んだ。 呪師には城を出るということを一言も言わないように、カーシャンのことを深く考えることが出来ないように、だがそれと反対にカーシャンのことを深く思うようにと頼んでいた。

『でも不思議なことに君は一旦家に戻るということを何度も言おうとしていたよね、いや、言っていたよね。 まぁ、僕が話を逸らすとすぐに諦めてはいたけど。 本当に不思議だよ、呪の利きにくい身体ってあるのかな』

そしてキリアスが居たから城に向かう道中、虐められなかったということを知った。 キリアスが旅に出てからは虐めに遭っていた。

『僕がセイナカルの相手になったからだって。 君の父が総兵隊長で君が居る時には手が出せなかったんだって。 僕の父は単なる従者だから怖くないってさ』

国兵機関に出向きカーシャンに会いに行った時、『君のように地位ある父親を持っていなかった』そう言っていたのはこういうことだったのか。

学びの面ではセイナカルに抜かれていた。 本来ならキリアスがセイナカルの遊び相手となり、そのまま一緒に学ぶ相手となっていた。 それなのにカーシャンが相手となった。 それを師から叱責するように言われていた。

ここでもそういうことだったのかと思える節があった。 カーシャンは何度も『君は頭が良い』と言っていた。 どれだけ心の中で自分自身を卑下していたのだろう。 それに気付けなかった自分が情けない。

『君が居なくなったあと、君の影は僕をずっと脅かしていたんだよ。 知っていた? 本来なら君がセイナカルの夫になっていた。 父の根回しで夫になった僕と違ってセイナカルなら君を選ぶよ』

「カーシャン・・・」

でもそれだけではない。 結局どうして旅に出たのかを教えてくれなかった。

『君はどうして僕に隠し事をするのかな』

剣を振るっていたことは知っていた。 どうしてそれを嘘までついて隠していたのか。

『きみが長袖しか着なかったのは腕の筋肉を隠していたからだよね。 嘘が下手だよね』

キリアスとしてはカーシャンの嫌うことを言いたくなかっただけだったというのに、カーシャンは嘘をついていたと捉えていた。

『だから陥れようとした』

人を脅かし嘘までついていて文武両道。

『そんなことが許されると思う?』

「カーシャン・・・」

剣を振るっていたことを言わなかったことが事の始まりなのか。 それも嘘までついていた。 カーシャンは何十年と腹に怒りを据えていたのか。

『でもね、今となってはそんなことを許すよ。 僕にはもう何もないから。 誰と比べても何もない。 砂の城って簡単に波にさらわれるよね、だから君には強固な城を建ててほしい。 僕は君のことを記憶から消し去る、だから君も僕のことは忘れて。 それじゃあね』

この手紙は検閲されている。 ジャッカ州では銃を認めていないが、国としては認めている。 銃のことを書いていたとしても国兵機関からは何を問われることも無い。

翌日、カーシャン宛に手紙を書いた。 だが封筒には入れてはいなく手紙を持ったまま城を出た。 栄養のある食材を買い込み、向かった先はカーシャンの母親が居る家である。

「え? この手紙を?」

今度母親が手紙を出す時に一緒に入れてほしいと頼んだ。 差出人がキリアスだと知ると受け取らないか破り捨てるだろう。 それを避けたかった。 だから長々とは書いていない。 広げただけで読まずとも文字が目に入り、何が書かれているのかすぐに分かるようにした。

母親が手紙と食材を受け取り、カーシャンからの手紙で知る限りだがと様子を聞かせてくれた。

「良かった、元気にしているんですね」

「退屈だって書いてるくらいだから」

母親の頬が少しふっくらしてきたように見える。 少しは落ち着いてきたのであろう。

「じゃあ、預かるね」

「お願いします」

手紙には真ん中に大きく『ごめん』とだけ書いていた。


サイネムの家にゼライアとザリアンが居る。

「一日だけ森を出たいって・・・」

その理由は既に聞いていた。 言わんとしていることは分からなくもないが、だからと言って今の状態で森を出るなどと。

「ニッポニャンのように遠くはないでしょう? 行って帰るだけ」

「行って帰るだけではないだろう。 それにそんなことはわたしを経由してすればいい」

ゼライアがしようとしていることはサイネムには出来ない。 だからサイネムが代わりに森を出てその後のことはサイネムを経由すればいいこと。

「サイネム、ブリテルの気持ちを分かってやってく・・・下さい。 それにもしブリテルではなく前女王が同じことを言ったらサイネムは反対しますか?」

「するわけがないだろう」

「ほら」

“ほら” とはどういう了見で言っている。

「サイネムはブリテルを赤子扱いしているところがあります。 ブリテルはもう女王なんです」

(そんなことくらい分かっている)

ピアンサは初めて街に出た時、人の気に当たってしまった。 もしそんなことがゼライアに起きたらと考えてしまう。 起きたとしてもすぐにサイネムが呪で気を取り祓うが、取り祓う祓わないという問題ではない。 あの時のピアンサのように顔色を変えぐったりとしてしまったら、そう考えると街になど出したくない。

だがピアンサと違いゼライアは山の民として育てられていた。 小さな頃から街の市に出ていたということは聞いている。 ピアンサのようになるとは限らないだろうが、それでも儀式を受けた。 穢れというものはあの時に祓われている。

ブスッとした顔をしているサイネムに「お願いします」とゼライアが言う。 この歳の頃のピアンサとよく似た顔をして声をして。
サイネムが大きく息を吐いた。

「わたしはザリアンに何度もこの息を吐かされたが、まさかゼライアにまで吐かされるとは思ってもいなかった」

「あ・・・すみません」

「それじゃあ?」

「それでは、だ。 ・・・明日行く。 ザリアンもついて来い」

「はい!」

「うるさい」

翌日。
城の門で衛兵に止められた。 サイネムは良いとして、あとの二人はいくらサイネムの知り合いだからと言っても通すことは出来ないと言われた。 それならばキリアスを呼んでほしいと言うとキリアスは出ているとのことである。

「よく出掛けるな。 仕方がない、門前で待っていよう」

サイネムが始めて城に来た時のように。 暫く待っているとゼライアの身体が揺れているのに気づいた。

「ゼライア、どうした」

ゼライアの様子に気付いていなかったザリアンが振り返る。
まさかと思い、サイネムがゼライアの額に手を当てるとやはり熱がある。

「サイネム?」

「熱がある。 お前は大丈夫か」

万が一にもピアンサの時のようになっては誰かに見つかるかもしれないからと、万全を期してサイネムが二人に髪の毛と目の色を変える呪をかけていた。 今ではあの時とは違い二つ三つの呪など同時に使うことが出来るが、少しの危険性であっても取り除きたい。

「うん、はい」

ゼライアに熱? 全く気付かなかった。 どうしてだ。

「今日はもう戻ろう」

このまま街中で呪を施すことは出来ない。 負ぶって人の目の無いところまで運び熱を冷まさせなければ。

ゼライアを負ぶるとザリアンに門を守る衛兵の元まで走らせ、自分たちが帰ることを告げさせた。
今ゼライアを負ぶっている様子を衛兵は見ている、何かがあったと思っているだろう。 そのままをキリアスに告げられてはキリアスの性格である、探そうとするかもしれない。

「行くぞ」

来た道を逆に歩いて行く。

離れた正面の道沿いに二人連れ居た。 その内の一人がサイネムに気付いた。

「ん? あれは?」

「どうしました?」

正面の道沿いに居たのは、ニッポニャンを後にするとこの国に戻り他州に入った時、噂で女州王が兵を引かせ呪師を探さなくなったということを聞き、このジャッカ州に戻って来ていたドリバスとリンゼンである。

「ああ、やっぱりそうだ。 サイネム!」

しばらく歩いていると、どこかからサイネムを呼ぶ声がするがキリアスの声ではない。 この街中にキリアス以外に知り合いなどいない。 足を止め辺りを見る必要などない。 そのまま足を進める。

「え? サイネム?」

呼んでも素知らぬ顔をしている。 思わず走り出してしまった。 ドリバスの後を追ってリンゼンも走り出す。
肩を上下させ息を上がらせた小太りのドリバスがサイネムの前に立った。

「ドリバス?」

後ろから走ってくるリンゼンも見える。

「二人とも戻って来ていたのか」

「ええ、あの時はどうも。 負ぶっているのは?」

「熱を出してしまって今から戻るところだ」

「それならすぐそこに、わたしたちの泊まっている宿がある。 どこまで戻るかは知らないが宿の方が近いだろう。 そこで寝かせるほうがいい」

宿に入るとすぐにリンゼンの部屋に入りベッドにゼライアを寝かせた。 熱さましを主人にもらって来ようと言うドリバスを止め、一旦部屋から出て行ってほしいとサイネムが言う。

「え? いや、熱さましの方が先だろう」

「悪いが」

船の上でのサイネムを知っている。 いつあの時のように怒り出すか分からない。

「じゃ、じゃあ、部屋の外に居る。 何か要るようならば言ってくれ」

リンゼンと二人で部屋を出て行った。
サイネムが小声でザリアンにも外に出るように言った。 それは部屋の外から覗くことがないよう見張っていろということである。
頷いたザリアンが部屋を出ると、すぐに熱を取る呪をゼライアに施した。

「あ・・・サイネム・・・」

「どうだ? 楽になったか?」

「はい。 ごめんなさい、人当たりなどするとは思ってもいませんでした」

「儀式で汚れが祓われたからな」

起き上がろうとするゼライアを止める。

「まだ少し寝ている方がいい、熱がぶり返してくるかもしれない」

あの時、キリアスはピアンサにそう言っていた。 まさかこんな風に懐かしい場面を思い出すとは思ってもいなかった。

「今日はもう諦めよう。 キリアスがいつ戻って来るか分からない」

次はサイネムが先にキリアスに会ってから、約束を取り付けようと言うがゼライアが首を横に振る。

「ご迷惑をかけてこんなことを言える立場ではありませんが、二日も森を空けたくはありません。 今日、会います」

ゼライアと名を呼ぶとくすくすと笑いだす。

「サイネム?」

「強情なところもピアンサとそっくりだ」

以前、儀式を終えたあと、サイネムは顔も声もピアンサと似ていると言い、そして譲らないところも似ていると言っていた。 その時は譲らないところと言われ、すぐに返答することは出来なかったが今なら出来る。 訊くことが出来る。

「母が?」

「あくまでも森のことに対して、そしてわたしにだけだがな」

「あ、ごめんなさい」

「そんなことはない・・・嬉しい」