孤火の森 第83回
『孤火の森』 目次
『孤火の森』 第1回から第80回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。
『孤火の森』 リンクページ
小屋に行ってみると何かが居た、そう感じたと言う。 そして船の上でサイネムが怒った時、あの時はあまりのことに気付かなかったが、こうして再会してみるとあの時のサイネムから発せられたものが、小屋に居た何かと似ているような気がしたということであった。
それにあの時はドリバスが気になることを言っていた。 父の話をドリバスから聞けるかもしれないと思った方が先に立ってしまっていた。
「そうですか。 あの時は本当に申し訳なかった。 でも残念ながらわたしではありません」
「残念ではなくて良かったと思っています。 すみません突然に。 それじゃあ、戻ります」
もしサイネムが居たと言ったのならば、それは一般の人間ではないということになる。 あの時感じたのは人間が残す単なる残留思念ではなかったのだから。
走って戻って行くリンゼンをずっと見ていたサイネムがポツリと言う。
「だからさっきはずっと喋らなかったのか」
振り返るとザリアンと目が合った。 その目が楽しそうにしている。
「サイネム、船の上で何を怒ったのですか?」
こんな要らない時には正さなければいけない言葉が無いなどと、おちょくっているのかと言いたくなる。
「・・・さっきのドリバスの話を聞いた切っ掛けの時だ」
「あ・・・」
要らないことを訊いたようだった。
(サイネムが怒った・・・。 女州王がしたことに。 お母さんの髪の毛に呪をかけたことが許せないと怒った)
「ゼライア、考えることはない。 今言ったようにあくまでも切っ掛けだ」
「・・・はい」
サイネムがザリアン以外に怒ることはないということは知っている。
(我儘(わがまま)を通してごめんなさい)
ドリバスの居るところに戻ろうとして走っていたリンゼンに声がかかった。
「リンゼン?」
え? っと思い振り返るとそこに姉が居た。
「やっぱりリンゼン」
「リラ姉さん」
いったいどこに行っていたのか、どれだけ心配していたか。 抱きしめながら言い、その頬に幾筋もの涙の跡が流れていく。
「ごめんなさい」
リラ。 ジャジャムと共に烏の森に行き過去見を行うはずだった呪師である。 ジャジャムがリラの父親は守れなかったが、この娘だけは守らなくてはと思っていた。 そのリラがずっと探していた妹にやっと会えた。
それからどれほど待っただろうか。 今日はもう諦めようと言いかけた時、前からキリアスが歩いてきたのが見えた。
門近くまでやって来るのを待ちキリアスの名を呼ぶと、驚いた顔をして駆け寄ってくる。
「サイネム、それにゼライアもザリアンも、どうしたんですか」
「ゼライアから話があると待っていた」
今までに二回サイネムは城にやって来ている。 その時にどれくらいの刻限に来たのかと聞いていた。 きっと今日も同じくらいの刻限に来たはずである。
「申し訳ありません、こんなに遅くまで待たせてしまって」
やっと門をくぐることが出来るようである。
サイネムが先程の衛兵に一瞬目をやると、顔を真っ赤にして顎を上げ空を見ているようである。
(どこを見ているのだ)
衛兵なら明後日の方向を見ていてはいけないだろうにと思いながら通り過ぎたが、その衛兵はゼライアが通り過ぎると後ろ姿を追っていた。
サイネムはこの衛兵を怪しんでいたようだが、単にゼライアに一目惚れをしチラチラと見ていただけであった。
キリアスの部屋に椅子は二つしかない。 どこからか借りてきたのだろう、すぐにあと二つを持って戻って来た。
茶を入れながら「それで今日は何を?」と訊いてくる。
「その前に、これからどうするか決めたのか」
呪は解いたのだ、考えも変わってこれからを決められただろう。
すると「それが」と言うとカーシャンから手紙がきたと言い、その内容も話した。 常のキリアスならそんなことを人には話さない。 だがサイネムには呪を解いてもらい剣のことも話していた。
結末ということではないが、カーシャンがどうしてそんなことをしていたのかを話しても良いのではないかと思えたからである。 そしてなにより、いつもこれからのことを心配してくれているのだから。
「そうか」
「わたしの嘘から始まったこと、と言うわけです」
「嘘、か・・・。 それを嘘と受け取るかどうかは相手次第だろう。 まぁ、どうしてキリアスが剣を使えないと言ったのかを知ればその考えも変わるだろうが」
だが何よりキリアスは十五年以上もカーシャンに拘束されていたわけである。 もう十分だろうとサイネムが続けて言った。
「焦らずともこれからを決めていけばいい。 だが何度も言うがアリシアのことは考えなくていい。 アリシアもそのような事は望んでいない」
言い終えたサイネムがゼライアを見る。 ゼライアの話を始めるようにと言うことである。
頷いたゼライアがキリアスを見て話し始める。
「キリアスにお願いがあり、やって参りました」
そう言えば先程サイネムはゼライアから話があると言っていた。
「遠慮なく言って下さい。 可能な限りご協力します。 不可能であっても努力します」
「有難う御座います」
そして間を置くと結論を先に言う。
「女州王に会わせてください」
「それは側付きに頼めば可能になるしょうがセイナカル様は呪を使われます。 呪を使われればゼライアの正体を見破られるかもしれません」
「承知しています」
そして何故セイナカルに会おうとしているかの理由を言った。
「え・・・」
まさか思いもよらない理由であった。
セイナカルが呪を使って何かをしてこようとすれば、サイネムが守ってくれる。 呪による心配は要らないと言い、最後に聞かされた言葉には胸が詰まるものがあった。
「サイネムもわたしも理由は違いますが、キリアスが切っ掛けでそう考えました」
もう少しすれば夕食の刻となる。 キリアスが急いでジャジャムを探すが見当たらない。 もしかしてセイナカルの部屋に居るのだろうかと、セイナカルの従者に尋ねてもジャジャムは来ていないという。 いつもなら偶然にも簡単に会うというのにいったいどこに行ったのか。
キリアスの部屋で待っていたサイネムたちだが、部屋のドアをノックする音が聞こえた。 この部屋の主は不在だが無視をするわけにはいかない。 サイネムが腰を上げドアを開けると男が二人立っていた。 一人は知った顔であった。
「あなたは」
ジャジャムがオリシオンと一緒にキリアスの部屋を訪ねて来たのだった。
「おや、お客人、サイネムと仰いましたか」
「はい。 今キリアスは側付きの御方を探しに出られています」
その側付きがこの目の前に居る男とは分かっているがあくまでもシラを切る。
ジャジャムとオリシオンが目を合わせ、それから二人でもう一度サイネムを見る。
「すれ違ったようですね、その側付きというのはわたしです。 ジャジャムと申します、こちらはオリシオン」
オリシオンとサイネムが互いに軽く会釈をする。
「キリアスは何用でわたしをお探しでしたでしょうか?」
客人を置いてジャジャムを探しているということは、この客人がジャジャムに用があるはずである。
「女州王のご都合を尋ねに」
ということは、この客人がセイナカルを訪ねたいと思っているということ。 だが腑に落ちない点がある。
民たちがセイナカルのことを女州王と呼んでいるのは知っている。 だがここは城の中、城の中に入ればセイナカル様と呼ぶのが当たり前のこと。 ましてやカーシャンはもう居ないのである、セイナカルのことを名で呼ぶか州王と呼ぶかのどちらかにしなければならない。 だがそれは、あくまでもカーシャンが居なくなったと知っていればの話だが。
「サイネムがセイナカル様にお会いしたいということですか?」
「はい」
柔和な笑みを見せてくるが、何かある。 この男は何を企んでいるのであろうか。
オリシオンに「どう考えますか?」と訊ねるとオリシオンは反対なのだろう、首を左右に振るだけである。
「申し訳ありませんがセイナカル様は簡単に民とは会われません。 それにそろそろ食される刻限になりますのでお邪魔をすることは出来ません。 宜しければなにか申し伝えましょうか?」
「そうですか、それでは宜しいです。 キリアスを待って挨拶をしてから帰ります」
サイネムが身体の場所を少しずらした。 それに気付いたゼライアがすぐに指を組む。 呪を唱える声は隣に座っているザリアンにかろうじて聞こえる程度である。
「そうですか。 ではキリアスが戻ってき―――」
ジャジャムの話し声が途中で止まった。 どうしたことだろうとオリシオンがジャジャムを見るが “き” の口で止まったまま微動だにしていない。
「ジャジャムどうしま―――」
そこまで言ったオリシオンが回れ右をして来た方向に戻って行く。
ゼライアの様子を見ていたザリアンが何をしようとしているのかを覚り、オリシオンに導きの呪をかけたのだった。 呪は自分の部屋に戻るという導きにした。
(初めてのこんな場面でなかなかの判断と度胸なことだ)
サイネムが振り返り二人を笑みで迎える。 その二人は既に椅子から立ち上がりサイネムの後ろにやって来ている。
「女州王の元に案内をしてください」
ゼライアが言うとジャジャムが踵を返して歩き出す。 その後ろを三人が歩いて行く。
ジャジャムは全く三人の呪力に気付いていなく、ましてや今も二人にかけられているサイネムの呪にも気付いていなかったということである。
サイネムはかなり疑心暗鬼になっていたようで、衛兵のこともそうだが、門前で話していた時にサイネムがジャジャムのことを色々と考えていたのは無駄だったということである。
だがやはりセイナカルは違う。
「・・・呪?」
ジャジャムが無意味に呪を使うはずはない。 それにこの呪の気配はジャジャムが使うものではない。
「良からぬ者が入り込んできたか?」
バルコニーから部屋に入ると食の用意が整い始めていた。
呪を探るとこちらに向かって来ているようである。
「真っ向勝負ということか。 おもしろい」
従者たちはセイナカルが部屋に戻って来たことで急いで用意を整えていたが、その手を止めさせ、ましてや全て下げるようにと言い、そしてそのまま部屋を出て行くようにとさえ言った。
その頃、キリアスがオリシオンとバッタリと会った。
「あ、オリシオン、ジャジャムをどこかで見かけ・・・」
キリアスが話しかけているというのに、オリシオンが何も気付かないかのように通り過ぎていく。
「え・・・? オリシオン?」
オリシオンの背中を見ているとそのままオリシオンの部屋に入って行くではないか。
「どうしたというこ・・・」
兵たちが言っていたことを思いだした。 それは迷いの呪であるが、詳しいことまでキリアスの知るところではない。
「呪・・・?」
オリシオンの歩いて来た方向の先に自分の部屋がある。 すぐに走って部屋の戸を開けたがやはりサイネムたちが居ない。 キリアスが遅くなり過ぎて痺れを切らせたサイネムたちが強硬にセイナカルに会いに行ったのだろうか、ということが頭をよぎる。
だがこの広い城の中、サイネムたちがセイナカルの部屋など知るはずがない。
「いや・・・」
呪というものはキリアスには想像も出来ないことが出来るのであった。 すぐに踵を返しセイナカルの部屋に向かう。
部屋に戻ったオリシオンがパタンと戸を閉めると我に戻り、さっきまでいたはずのキリアスの部屋の前ではなく、自分の部屋に居ることに気付き、何があったのかと目をしばたたかせている。
「導きの呪が解かれました」
それはオリシオンが自分の部屋に戻ったということ。 キリアスの後ろからザリアンが小声で言う。
「そうか。 暫くは呆気に取られているだろう、そのままに」
「はい」
二人の会話を聞いていたゼライアが口を開く。
「城とは広いのですね」
「そのようだな」
孤火の森も広いがこの城はそれ以上に広いようである。
ジャジャムが前を歩いているのだ、城では見かけない風貌をした見知らぬ顔が歩いていても誰も止めることはないが、すれ違う誰もが振り返って見ている。
「キリアスは心配していないでしょうか」
黙って部屋を出てきてしまった。 それにキリアスの探しているジャジャムがここに居るのだ、探しきれず諦めて部屋に戻っていてもおかしくはない。
「わたし達が居ないことを知るとキリアスもこちらに来るだろう」
それにしてもまだ着かないのだろうか。 呪にかかっていなく時間稼ぎに無駄に歩いているのではなかろうかと思ってしまうが、ジャジャムに呪をかけたのがザリアンであったのならば呪の失敗を疑うが、ゼライアがかけているのは分かっている。 失敗ということはない。
「やっと見つけた」
後ろからキリアスの声がかかった。
「あ・・・ジャジャム」
ジャジャムの様子がおかしい。 返事をすることも振り返ることも無く淡々と歩いている。
「呪をかけている。 このまま女州王の居るところに行く」
やはり呪を使っていたのか。
「まだ着きませんか?」
「もうすぐですが、部屋には従者たちが沢山います」
今頃は食事をしているはず。 給仕に入ったり皿をかえたりとしているはずである。 先程のゼライアの話では呪を使うということだった。 そんな人目があるところでどうやって呪を使うというのだろうか。 それにセイナカルが大人しく呪を受けるはずはない。
「あれは?」
セイナカルの部屋の前に従者たちが居るではないか。 その中に側仕えもいる。 どういうことだろうか。
キリアスがジャジャムを追い抜いて側仕えの元に走った。
「あ、キリアス殿」
「どういたしました? セイナカル様は?」
「お食事のご用意をしていましたら急に片付けるようにと仰られ、それからみな出て行くようにと」
側仕えの声がサイネムたちにも聞こえている。
「気付かれたようだな」
さすがは女州王である。 では遠慮なくという具合にザリアンを呼ぶ。
「あそこに居る者すべてに導きの呪をかけられるか」
この辺りには前に見える女の集団以外には誰も見えない。 呪をかけるにちょうど良い。
失敗は避けたいが、いろんな場面で呪を使わすことも良い経験になる。
「やってみます」
完全にサイネムの後ろに隠れ指を組みその形を変える。 呪を口の中で唱えている。
キリアスと側仕えが話していると、急に側仕えが口を閉じ歩き出すではないか。 それだけではなく、どうしたものかという表情をしていた従者たちが無表情になり、同じように歩き出し始めた。
「え? あなたたちどこへ?」
呪にかかっていない従者がどこへ行くのかと訊くが、呪にかかった従者たちは振り向くこともなく歩いて行く。
『孤火の森』 第1回から第80回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。
『孤火の森』 リンクページ
孤火の森(こびのもり) 第83回
小屋に行ってみると何かが居た、そう感じたと言う。 そして船の上でサイネムが怒った時、あの時はあまりのことに気付かなかったが、こうして再会してみるとあの時のサイネムから発せられたものが、小屋に居た何かと似ているような気がしたということであった。
それにあの時はドリバスが気になることを言っていた。 父の話をドリバスから聞けるかもしれないと思った方が先に立ってしまっていた。
「そうですか。 あの時は本当に申し訳なかった。 でも残念ながらわたしではありません」
「残念ではなくて良かったと思っています。 すみません突然に。 それじゃあ、戻ります」
もしサイネムが居たと言ったのならば、それは一般の人間ではないということになる。 あの時感じたのは人間が残す単なる残留思念ではなかったのだから。
走って戻って行くリンゼンをずっと見ていたサイネムがポツリと言う。
「だからさっきはずっと喋らなかったのか」
振り返るとザリアンと目が合った。 その目が楽しそうにしている。
「サイネム、船の上で何を怒ったのですか?」
こんな要らない時には正さなければいけない言葉が無いなどと、おちょくっているのかと言いたくなる。
「・・・さっきのドリバスの話を聞いた切っ掛けの時だ」
「あ・・・」
要らないことを訊いたようだった。
(サイネムが怒った・・・。 女州王がしたことに。 お母さんの髪の毛に呪をかけたことが許せないと怒った)
「ゼライア、考えることはない。 今言ったようにあくまでも切っ掛けだ」
「・・・はい」
サイネムがザリアン以外に怒ることはないということは知っている。
(我儘(わがまま)を通してごめんなさい)
ドリバスの居るところに戻ろうとして走っていたリンゼンに声がかかった。
「リンゼン?」
え? っと思い振り返るとそこに姉が居た。
「やっぱりリンゼン」
「リラ姉さん」
いったいどこに行っていたのか、どれだけ心配していたか。 抱きしめながら言い、その頬に幾筋もの涙の跡が流れていく。
「ごめんなさい」
リラ。 ジャジャムと共に烏の森に行き過去見を行うはずだった呪師である。 ジャジャムがリラの父親は守れなかったが、この娘だけは守らなくてはと思っていた。 そのリラがずっと探していた妹にやっと会えた。
それからどれほど待っただろうか。 今日はもう諦めようと言いかけた時、前からキリアスが歩いてきたのが見えた。
門近くまでやって来るのを待ちキリアスの名を呼ぶと、驚いた顔をして駆け寄ってくる。
「サイネム、それにゼライアもザリアンも、どうしたんですか」
「ゼライアから話があると待っていた」
今までに二回サイネムは城にやって来ている。 その時にどれくらいの刻限に来たのかと聞いていた。 きっと今日も同じくらいの刻限に来たはずである。
「申し訳ありません、こんなに遅くまで待たせてしまって」
やっと門をくぐることが出来るようである。
サイネムが先程の衛兵に一瞬目をやると、顔を真っ赤にして顎を上げ空を見ているようである。
(どこを見ているのだ)
衛兵なら明後日の方向を見ていてはいけないだろうにと思いながら通り過ぎたが、その衛兵はゼライアが通り過ぎると後ろ姿を追っていた。
サイネムはこの衛兵を怪しんでいたようだが、単にゼライアに一目惚れをしチラチラと見ていただけであった。
キリアスの部屋に椅子は二つしかない。 どこからか借りてきたのだろう、すぐにあと二つを持って戻って来た。
茶を入れながら「それで今日は何を?」と訊いてくる。
「その前に、これからどうするか決めたのか」
呪は解いたのだ、考えも変わってこれからを決められただろう。
すると「それが」と言うとカーシャンから手紙がきたと言い、その内容も話した。 常のキリアスならそんなことを人には話さない。 だがサイネムには呪を解いてもらい剣のことも話していた。
結末ということではないが、カーシャンがどうしてそんなことをしていたのかを話しても良いのではないかと思えたからである。 そしてなにより、いつもこれからのことを心配してくれているのだから。
「そうか」
「わたしの嘘から始まったこと、と言うわけです」
「嘘、か・・・。 それを嘘と受け取るかどうかは相手次第だろう。 まぁ、どうしてキリアスが剣を使えないと言ったのかを知ればその考えも変わるだろうが」
だが何よりキリアスは十五年以上もカーシャンに拘束されていたわけである。 もう十分だろうとサイネムが続けて言った。
「焦らずともこれからを決めていけばいい。 だが何度も言うがアリシアのことは考えなくていい。 アリシアもそのような事は望んでいない」
言い終えたサイネムがゼライアを見る。 ゼライアの話を始めるようにと言うことである。
頷いたゼライアがキリアスを見て話し始める。
「キリアスにお願いがあり、やって参りました」
そう言えば先程サイネムはゼライアから話があると言っていた。
「遠慮なく言って下さい。 可能な限りご協力します。 不可能であっても努力します」
「有難う御座います」
そして間を置くと結論を先に言う。
「女州王に会わせてください」
「それは側付きに頼めば可能になるしょうがセイナカル様は呪を使われます。 呪を使われればゼライアの正体を見破られるかもしれません」
「承知しています」
そして何故セイナカルに会おうとしているかの理由を言った。
「え・・・」
まさか思いもよらない理由であった。
セイナカルが呪を使って何かをしてこようとすれば、サイネムが守ってくれる。 呪による心配は要らないと言い、最後に聞かされた言葉には胸が詰まるものがあった。
「サイネムもわたしも理由は違いますが、キリアスが切っ掛けでそう考えました」
もう少しすれば夕食の刻となる。 キリアスが急いでジャジャムを探すが見当たらない。 もしかしてセイナカルの部屋に居るのだろうかと、セイナカルの従者に尋ねてもジャジャムは来ていないという。 いつもなら偶然にも簡単に会うというのにいったいどこに行ったのか。
キリアスの部屋で待っていたサイネムたちだが、部屋のドアをノックする音が聞こえた。 この部屋の主は不在だが無視をするわけにはいかない。 サイネムが腰を上げドアを開けると男が二人立っていた。 一人は知った顔であった。
「あなたは」
ジャジャムがオリシオンと一緒にキリアスの部屋を訪ねて来たのだった。
「おや、お客人、サイネムと仰いましたか」
「はい。 今キリアスは側付きの御方を探しに出られています」
その側付きがこの目の前に居る男とは分かっているがあくまでもシラを切る。
ジャジャムとオリシオンが目を合わせ、それから二人でもう一度サイネムを見る。
「すれ違ったようですね、その側付きというのはわたしです。 ジャジャムと申します、こちらはオリシオン」
オリシオンとサイネムが互いに軽く会釈をする。
「キリアスは何用でわたしをお探しでしたでしょうか?」
客人を置いてジャジャムを探しているということは、この客人がジャジャムに用があるはずである。
「女州王のご都合を尋ねに」
ということは、この客人がセイナカルを訪ねたいと思っているということ。 だが腑に落ちない点がある。
民たちがセイナカルのことを女州王と呼んでいるのは知っている。 だがここは城の中、城の中に入ればセイナカル様と呼ぶのが当たり前のこと。 ましてやカーシャンはもう居ないのである、セイナカルのことを名で呼ぶか州王と呼ぶかのどちらかにしなければならない。 だがそれは、あくまでもカーシャンが居なくなったと知っていればの話だが。
「サイネムがセイナカル様にお会いしたいということですか?」
「はい」
柔和な笑みを見せてくるが、何かある。 この男は何を企んでいるのであろうか。
オリシオンに「どう考えますか?」と訊ねるとオリシオンは反対なのだろう、首を左右に振るだけである。
「申し訳ありませんがセイナカル様は簡単に民とは会われません。 それにそろそろ食される刻限になりますのでお邪魔をすることは出来ません。 宜しければなにか申し伝えましょうか?」
「そうですか、それでは宜しいです。 キリアスを待って挨拶をしてから帰ります」
サイネムが身体の場所を少しずらした。 それに気付いたゼライアがすぐに指を組む。 呪を唱える声は隣に座っているザリアンにかろうじて聞こえる程度である。
「そうですか。 ではキリアスが戻ってき―――」
ジャジャムの話し声が途中で止まった。 どうしたことだろうとオリシオンがジャジャムを見るが “き” の口で止まったまま微動だにしていない。
「ジャジャムどうしま―――」
そこまで言ったオリシオンが回れ右をして来た方向に戻って行く。
ゼライアの様子を見ていたザリアンが何をしようとしているのかを覚り、オリシオンに導きの呪をかけたのだった。 呪は自分の部屋に戻るという導きにした。
(初めてのこんな場面でなかなかの判断と度胸なことだ)
サイネムが振り返り二人を笑みで迎える。 その二人は既に椅子から立ち上がりサイネムの後ろにやって来ている。
「女州王の元に案内をしてください」
ゼライアが言うとジャジャムが踵を返して歩き出す。 その後ろを三人が歩いて行く。
ジャジャムは全く三人の呪力に気付いていなく、ましてや今も二人にかけられているサイネムの呪にも気付いていなかったということである。
サイネムはかなり疑心暗鬼になっていたようで、衛兵のこともそうだが、門前で話していた時にサイネムがジャジャムのことを色々と考えていたのは無駄だったということである。
だがやはりセイナカルは違う。
「・・・呪?」
ジャジャムが無意味に呪を使うはずはない。 それにこの呪の気配はジャジャムが使うものではない。
「良からぬ者が入り込んできたか?」
バルコニーから部屋に入ると食の用意が整い始めていた。
呪を探るとこちらに向かって来ているようである。
「真っ向勝負ということか。 おもしろい」
従者たちはセイナカルが部屋に戻って来たことで急いで用意を整えていたが、その手を止めさせ、ましてや全て下げるようにと言い、そしてそのまま部屋を出て行くようにとさえ言った。
その頃、キリアスがオリシオンとバッタリと会った。
「あ、オリシオン、ジャジャムをどこかで見かけ・・・」
キリアスが話しかけているというのに、オリシオンが何も気付かないかのように通り過ぎていく。
「え・・・? オリシオン?」
オリシオンの背中を見ているとそのままオリシオンの部屋に入って行くではないか。
「どうしたというこ・・・」
兵たちが言っていたことを思いだした。 それは迷いの呪であるが、詳しいことまでキリアスの知るところではない。
「呪・・・?」
オリシオンの歩いて来た方向の先に自分の部屋がある。 すぐに走って部屋の戸を開けたがやはりサイネムたちが居ない。 キリアスが遅くなり過ぎて痺れを切らせたサイネムたちが強硬にセイナカルに会いに行ったのだろうか、ということが頭をよぎる。
だがこの広い城の中、サイネムたちがセイナカルの部屋など知るはずがない。
「いや・・・」
呪というものはキリアスには想像も出来ないことが出来るのであった。 すぐに踵を返しセイナカルの部屋に向かう。
部屋に戻ったオリシオンがパタンと戸を閉めると我に戻り、さっきまでいたはずのキリアスの部屋の前ではなく、自分の部屋に居ることに気付き、何があったのかと目をしばたたかせている。
「導きの呪が解かれました」
それはオリシオンが自分の部屋に戻ったということ。 キリアスの後ろからザリアンが小声で言う。
「そうか。 暫くは呆気に取られているだろう、そのままに」
「はい」
二人の会話を聞いていたゼライアが口を開く。
「城とは広いのですね」
「そのようだな」
孤火の森も広いがこの城はそれ以上に広いようである。
ジャジャムが前を歩いているのだ、城では見かけない風貌をした見知らぬ顔が歩いていても誰も止めることはないが、すれ違う誰もが振り返って見ている。
「キリアスは心配していないでしょうか」
黙って部屋を出てきてしまった。 それにキリアスの探しているジャジャムがここに居るのだ、探しきれず諦めて部屋に戻っていてもおかしくはない。
「わたし達が居ないことを知るとキリアスもこちらに来るだろう」
それにしてもまだ着かないのだろうか。 呪にかかっていなく時間稼ぎに無駄に歩いているのではなかろうかと思ってしまうが、ジャジャムに呪をかけたのがザリアンであったのならば呪の失敗を疑うが、ゼライアがかけているのは分かっている。 失敗ということはない。
「やっと見つけた」
後ろからキリアスの声がかかった。
「あ・・・ジャジャム」
ジャジャムの様子がおかしい。 返事をすることも振り返ることも無く淡々と歩いている。
「呪をかけている。 このまま女州王の居るところに行く」
やはり呪を使っていたのか。
「まだ着きませんか?」
「もうすぐですが、部屋には従者たちが沢山います」
今頃は食事をしているはず。 給仕に入ったり皿をかえたりとしているはずである。 先程のゼライアの話では呪を使うということだった。 そんな人目があるところでどうやって呪を使うというのだろうか。 それにセイナカルが大人しく呪を受けるはずはない。
「あれは?」
セイナカルの部屋の前に従者たちが居るではないか。 その中に側仕えもいる。 どういうことだろうか。
キリアスがジャジャムを追い抜いて側仕えの元に走った。
「あ、キリアス殿」
「どういたしました? セイナカル様は?」
「お食事のご用意をしていましたら急に片付けるようにと仰られ、それからみな出て行くようにと」
側仕えの声がサイネムたちにも聞こえている。
「気付かれたようだな」
さすがは女州王である。 では遠慮なくという具合にザリアンを呼ぶ。
「あそこに居る者すべてに導きの呪をかけられるか」
この辺りには前に見える女の集団以外には誰も見えない。 呪をかけるにちょうど良い。
失敗は避けたいが、いろんな場面で呪を使わすことも良い経験になる。
「やってみます」
完全にサイネムの後ろに隠れ指を組みその形を変える。 呪を口の中で唱えている。
キリアスと側仕えが話していると、急に側仕えが口を閉じ歩き出すではないか。 それだけではなく、どうしたものかという表情をしていた従者たちが無表情になり、同じように歩き出し始めた。
「え? あなたたちどこへ?」
呪にかかっていない従者がどこへ行くのかと訊くが、呪にかかった従者たちは振り向くこともなく歩いて行く。