ハラカルラ 第56回
『ハラカルラ』 目次
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翌々日、昨日と同じようにライから受け取ったプラスティックのキツネ面を着け、ライと二人で黒の穴に向かって二人で歩いている。 あまり近付くと白烏の守りからライがどうなるか分からないということで、ライとは少し離れて歩いているが、話が出来ないほど離れているわけではない。 それなりの会話をしながら歩き、久しぶりの黒の穴までやって来た。
「黒に入るところを見つかっちゃヤバイからな。 俺も辺りを見てるけど、下の様子を見ながら上がっていけよ」
黒に見つかってしまえば、キツネ面が勝手に黒の穴に入っているということになる。 それは今の状態ではある意味裏切りとなってしまう。
「分かってるって」
「下りてくるときも気をつけろよ」
「俺の母親か」 と一言残して笑いながら地を蹴り上げる。 下を見ながら泳いで上っていくが黒門の姿はひとっこ一人見えない。 やはり黒門がハラカルラに入るのは、守り人に同行する時だけのようである。
水無瀬が穴に入って行くのを見送ったライ。 水無瀬からは机のチェックをするだけだからそんなに時間は取らないと聞かされている。 広い辺りから目を離すことは出来ないが、岩陰に誰か隠れてはいないかと、人がすっぽり隠れることの出来る岩に歩を出そうとした時、その岩陰から人影が出てきた。 その顔にはカオナシの面が着けられている。
(水無瀬を見られていた)
キツネ面が黒の穴に入るところを見られた。
水から顔を出すと坂を上がって行く。 目の前には例の机がある。 一歩一歩近づいていき机の前に腰を下ろす。 手を伸ばし、まずは上の段の引き出しを開ける。 やはり文房具が入っているだけ。 数本のボールペンを手に取り、何か仕掛けがないかと見るがなんということは無い普通のボールペン。 そのボールペンを引き出しに戻すことなく足元に置き、今度は小ぶりのメモを手に取る。 パラパラとめくってみるが、どこに何かが書かれているようなことは無かった。 メモの裏を見てみても何も書かれていない。 反対の手で引き出しを探ってみるが、仕掛けがあるようには思えない。
文農具を元に戻し引き出しを閉めると、今度は下の段の引き出しを開ける。 そこには前回と同じようにB5サイズの便箋しか入っていない。 便箋を手に取りメモと同じようにパラパラとめくっていき最後に裏を見たが、こちらもメモと同じで何も書かれていなかった。
「高崎さんが矢島さんから聞いた後に矢島さんが場所を変更したのかな」
だがどこに変更することが出来るのだろうか。 矢島がどうだったのかは分からないが、少なくとも水無瀬であればあの黒門の村の中に大事なものなど置かない。
それにどうして矢島はそんなことを高崎に言ったのだろうか。 どんな話の流れからそんな話になったのだろうか。
「うん? もしかして」
便箋を下に置くと引き出しを引き抜く。 いろんな角度から引き出しを見てみるが、やはり仕掛けもなければ何もない。 上の段の引き出しも引き抜き、文房具を取り出すと同じようにいろんな角度から見てみるがやはり何もない。
「違ったか」
なにかの仕掛けか、引き出しの裏にでも紙が貼ってあるかと思ったが何もない。 それに雄哉からのラインでは大事なものということだった。 それは大切にしている小物かもしれないし、紙に何か書いて貼り付けるとは限らないのだった。 矢島からはあの紙が手渡されていたから、ついメモなり書き残しなりと考えてしまっていた。
「もしかして大事なものってこの文具のことだったのかな」
もう一度文具を見るがやはり特に何もない。 どこにでも売っていそうなボールペンとメモである。 便箋は上等そうだが、それでも大事にするほどのものではないだろう。
「大切な人からもらったとかなのかな」
ライにはそんなに時間はかからないと言ってきた。 それに黒門に見つかるわけにはいかない、そろそろ引き上げなくては。 上の段の引き出しを元に戻そうとしたときに
僅かだが何か引っかかりを感じた。
「どうして朱門がここに?」
水無瀬はさっき穴に入ったばかりですぐには出てはこないだろうが、その前にまず入ったところを見られたはず。 どうすればいい。
「朱門はあちこち見回ってる」
きっとカオナシの面の下では怪訝な表情を作っているだろうが、シラを切り通す以外にない。
「黒の穴に入っていったのを見た」
やはり見られていた。 シラも何もあったものじゃなかった。
水無瀬が一段目の引き出しを引き抜き、今引き出しを入れようとしていた上部を覗くと何かがある。 手を入れて確認をすると袋が貼り付けられているようだ。 袋の端を手で触っていくと四辺がピッタリとテープで貼られている。 引っ掛かりを感じたのはほんの少しテープが浮いていて、水無瀬が数度引き出しを開け閉めしたせいでテープの端がよれて引き出しに引っかかったようだ。
人の宝箱を勝手に覗くようで気が引けるが、テープをゆっくりと剝がしていく。
万が一を考えて事前に用意をしていたジップ付きの袋に、貼られてあった袋ごと入れポケットにしまい込む。
面を手に水の中に入り縦穴を抜け横穴に入った時、先に誰かが立っているのが目に入った。
「誰・・・」
ライではない、それは分かる。
するとその誰かが片手を上げる様子見せている。 面を片手に持ったままゆっくりと歩いて行くとその顔にカオナシの面が着いているのに気づいた。
(しまった)
黒門である。 素顔を晒してしまっている。 だがここでキツネ面を着けている方が不自然であり、朱門が勝手に黒門の穴に入ったことになり朱門に迷惑がかかってしまうだけである。 そっとキツネ面を後ろ手に持ち歩を進めていく。
ライはどうしたのだろうか。 どこかに隠れているのか、それとも。 黒門の手荒さは知っている、それに今目の前にいる一人だとは限らない。 ライはやられたのだろうか。
水無瀬が近くまで来ると、その誰かがおもむろにカオナシの面に手をかけその面を外した。
「あ・・・」
「元気そうでよかった」
誠司であった。 誠司が雄哉に近づいた話は雄哉から聞いている。 そしてその時に話したことも。
ライに黒の穴に入っていったのを見た、と言った後に誠司が続けて言ったのだった。 『さっきのは水無瀬君?』と。
勝手に黒の穴に入ったことは隠しきれないが、それでも水無瀬であることは隠し通さなくてはならない。 そう思っていたライにまたしても誠司が続けて言った。
『安心して、誰にもしゃべらない。 戸田君から今は繊細な時だって聞いてるから』
『え?』
『やっぱり水無瀬君だよね。 良かった、元気にしてたんだ』
「下でもう一人の朱門が待ってたけど、今は隠れてもらってる」
そう言って誠司が着けていたカオナシの面を差し出してきた。
誠司が言うには、常なら誰も居ないが白門の動きに警戒して時折岩陰に隠れて白門が居ないかを見ているということだった。 白門は黒門が水無瀬を隠していると疑っているところもあるだろうからという理由らしい。
「今は朱門が見張ってるってのに?」
差し出されたカオナシの面を受け取る。 どうしろということだろうか。
「悪いけど、全員がそこまで何もかもを信用してるわけじゃないから」
そういうことか。
「今日は俺を入れて三人が見回っているから、ここからしばらくはその面を着けている方がいい。 黒門の穴から朱門の面を着けた人間が降りてきちゃ話がややこしくなるでしょ?」
少なくとも穴からしばらく歩いたところまではカオナシの面を着け、どこかの岩陰に隠れてキツネ面に替えるといいということであった。 そしてその岩陰にカオナシの面を置いておけば誠司が取りにいくと言う。
「俺は面を着けないでちょっと距離を置いて後ろを歩くから」
ライにもそう説明し距離を置いて歩くようにと言ったという。 それはそうだろう、キツネ面とカオナシの面が肩を並べて歩いていれば不自然この上ない。
「ありがとう」
カオナシの面を着けた水無瀬に微笑み「白門のこと、早く収まるといいね」 と言い、先に穴を下りて行った。 その誠司からどうして水無瀬がこの穴にやって来たのかとは訊かれなかった。
ライの家に戻った水無瀬がすぐに部屋に入った。 黒の穴からの帰りに朱の穴に入ろうと予定をしていたが、袋の中身を見てそんな気が失せてしまい朱の穴に寄ることなくライの家に戻ってきた。 ライは途中まで一緒に歩き、そのままハラカルラのパトロールの続きをしている。
戻る途中、ライには目的のものは見つかったとは言ったが、それが何であるかまでは言わなかった。 粗方ではあるが黒の穴で袋の中身を見たからである。
ポケットから袋を取り出すとジップを開き中のものを取り出す。 それは四方をテープに囲われた袋。 そして中に見えるのは例の便箋。 袋から取り出し折りたたんでいた便箋を広げる。
『君に跡を頼む。 君は聞いたはずだ見たはずだ、二十年前のことを思い出してくれ。 君にしか頼めない。 守ってくれ、ハラカルラを守ってくれ』
もし雄哉と話していた時に二十年前のことを思い出さなければ、何を書いているのか意味が分からなかっただろう。 だがあの時のことを思い出した、一歳の時に見たハラカルラの異変を。 矢島が書いていたように聞いた、そして見た。 異変によるハラカルラの揺らめきを目に、そして音を耳にしていた。
この便箋は矢島から水無瀬への手紙と言っていいのだろうか、それにはまだ続きがあった。
『白門がとんでもないことを考えている、それを阻止したい、いや、阻止する。 だが僕が失敗に終わった時、僕が阻止できなかったことを君に頼むのは申し訳ない思いだが、君に頼みたい、君にしか頼めない』
やはり白門のことで思い悩んでいたということである。
そして続きには白門がしようとしていることが詳しく書かれてあり、また、矢島自身のことも書かれてあった。
『君が僕のことをどう考えるかは分からないが、君も朱門から話を聞いたと思う。 僕がどうしてここに居たのかを書いておく』
やはり矢島は天涯孤独の身であったと書かれていた。 そして先々代が黒門に攫われたことを知ったのにもかかわらず、どうして朱門に戻らなかったのか。 その話は朱門に聞く前から知っていたようで、先代から聞いていたということだった。 その先代は先々代から聞いていたようで、どこの門であろうとハラカルラを守ることに違いはないと教えられ、守り人が争いの火に渦を起こしてはならないとも教えられたという。
『この考え方が朱門の守り人としての在り方であると教えられた』
先々代も先代もそして矢島も黒門の村には居たが、在り方は朱門の守り人として貫いていた。
『だが白門の問題がある。 僕が捕まるわけにはいかない、もちろん君も。 白門は僕が黒門に居ることを知っている、だから君に託した後は君の存在を白門から見えなくするようにする。 それが僕の命と引き換えになろうとも。 だが君はそのことを気にすることは無い、あくまでも僕の選んだ方法なのだから。 君にしてほしいのは僕と会ったあと二年はもうこの穴には入らないでほしい』
水無瀬が白門に拘束されている間に考えていたことと一致した。
そして水見のことが書かれていた。 矢島はハラカルラに汚点を落とした水見の血筋だと。 だからこそ矢島自身が白門を止めなければいけないのだと。 何をしても止めることが出来なかった時には、水見の血さえ途切れたと思わせれば道は変わるはずだとも書かれていた。
黒門とは在り方の考え方があまりにも違っていた。 先代に朱門としての在り方を教わらなくとも黒門の考え方は矢島の肌には合わなかったと書かれていたが、それは水無瀬とて同じように考えている。 ハラカルラを守りたいだけ、それは分かる。 だが守り人個人を全く尊重されていなかった。 ハラカルラを守るための道具としてしか考えていなかった。
矢島の本心としては出来れば朱門に身を置きたかったようだが、そうなってくると白門とのことに朱門を巻き込んでしまうと懸念していたようで、それはどうしても避けたかったが、その内に黒門の穴にまで白門が来てしまい、黒門に居たままではどうにも動けなくなり一時的に朱門に身を置かせてもらったと書かれていた。
白門が黒門の穴にまで来たということは、その時には黒門の誰もが穴の近くに居なかったということになる。 矢島は行き帰りだけを黒門に見張られていたのだろうか、それともそれさえもなかったのだろうか。 だが少なくとも水無瀬のように穴に入ったあともずっと見張られてはいなかったようだ。 ということは三百六十五日ずっとハラカルラで過ごしていただけとは限らなくなってくる。 黒門の門か他の門からしかハラカルラから出る方法がないというわけではない、矢島はダイブが出来るのだから。
(矢島さんにも自由があった)
そう思うといくらか心が休まってくる。
『その時に書面上だけではあるが朱門の村人になった。 自分が朱門の人間だという証が欲しかった、それが叶った』
そんな風に書かれてあった。 矢島が黒門での生活をどう受け取っていたのかは分からないが、水無瀬もまた黒門で数日生活をしたことがあり、黒門での矢島の生活を聞いた水無瀬には想像に難くない。
矢島がどうして朱門に来ることなく黒門に身を置いていたのか、そして何故、住民票を動かしたのか、疑問に思っていたことが全てここに書かれていた。 そして “矢島さんどうしてほしいですか” 見えない矢島に水無瀬が訊いたその答えも。
五月の連休に入り雄哉がやって来た。 大学の授業を終わらせてからの夜の訪問である。 明日から二泊三日を村で過ごし、最終日もハラカルラに行き夜に戻るという予定であるらしく、雄哉についていた若い者たちも二泊三日でゆっくり出来ることだろう。 それとも畑仕事に駆り出されるのだろうか。
連休と言っても、あくまでもカレンダー上の大型連休ではない。 カレンダー上の連休であっても大学では講義も補講もある。 雄哉が受けなくてはならない講義の無い日が大型連休の中で三日あったということでやって来たのだった。
大学での話を一通り聞くとかなり頑張っているようだった。 そして朱門の誰かが数人で常に遠目から見てくれているということだったが、白門が接触してくるような気配はなさそうだと言っていた。
「ほい、土産」
差し出されたのは和菓子でも洋菓子でもなく大学名が書かれた封筒だった。 俗にいう角型A4号サイズで、それがパンパンに膨れ上がっている。
なに? と言いながら封筒の中のものを出すと求人のパンフレットであった。
「学内に置いてあったのと、就職室のパソコンからアウトプットしてきたのを持ってきた。 水無ちゃんが好みそうなところをチョイスしたつもり。 アンド高給」
思いもしない土産である。
「面接の日程とかも書いてるのがあるから、一度大学に来て相談してみたらどうだ? 朱門の人たちも付いてくれるだろうし、そう簡単に広瀬さんに見つからないだろう」
キャンパスは広い、それに広瀬は大学で教授に付くと言っていた。 そうであればそうそうキャンパスをうろついてはいないだろうし、まずそんな暇もなく忙しくしているはずである。
「そう、だな」
「なんだよ、その煮え切らない返事」
「うーん、何だろうなぁ。 いや、雄哉が考えてくれてこうして土産を持ってきてくれたのは嬉しいんだ。 でも何だろうなぁ」
矢島からの手紙を読んだからだろうか。
「ずっとここに居るから就職熱が冷めてきたのかもな。 まっ、俺としてはどっちでもいい」
せっかく土産を持ってきたのだから、それを実にしろとは言わないという意味だろう。
「それに水無ちゃんはハラカルラの方が合ってると思うし」
「へ?」
「ってか、それだけの力を持ってるんだからそれを使わない手はないと思う。 水無ちゃんご所望の給料も昇進もない完全なマイノリティの世界だけどな。 今の水無ちゃんはまだご所望してるのか?」
「あ・・・」
すっかり忘れていた。 ただ漠然と就活就活と思っていただけだった。
「俺もさ、今までならあんなに長い間じっとしてられなかった。 ハラカルラに行くくらいだったらカラオケ行きてぇって思ってたと思う。 けどそんな風に思わない。 せっかくの三日間の連休なんだし、吞みまくろうってのも思わないしな。 それどころかハラカルラに行きたいって思ってる自分が居て、なんも出来ないのにこうしてやって来た。 なんでだろな、特に何かあるわけじゃないのにな」
「そうなんだよなぁ」
パラパラとパンフレットをめくっていると、最後に付箋の貼られたパンフレットではないアウトプットされた紙が出てきた。
付箋には『俺おススメ』と書かれている。
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ハラカルラ 第56回
翌々日、昨日と同じようにライから受け取ったプラスティックのキツネ面を着け、ライと二人で黒の穴に向かって二人で歩いている。 あまり近付くと白烏の守りからライがどうなるか分からないということで、ライとは少し離れて歩いているが、話が出来ないほど離れているわけではない。 それなりの会話をしながら歩き、久しぶりの黒の穴までやって来た。
「黒に入るところを見つかっちゃヤバイからな。 俺も辺りを見てるけど、下の様子を見ながら上がっていけよ」
黒に見つかってしまえば、キツネ面が勝手に黒の穴に入っているということになる。 それは今の状態ではある意味裏切りとなってしまう。
「分かってるって」
「下りてくるときも気をつけろよ」
「俺の母親か」 と一言残して笑いながら地を蹴り上げる。 下を見ながら泳いで上っていくが黒門の姿はひとっこ一人見えない。 やはり黒門がハラカルラに入るのは、守り人に同行する時だけのようである。
水無瀬が穴に入って行くのを見送ったライ。 水無瀬からは机のチェックをするだけだからそんなに時間は取らないと聞かされている。 広い辺りから目を離すことは出来ないが、岩陰に誰か隠れてはいないかと、人がすっぽり隠れることの出来る岩に歩を出そうとした時、その岩陰から人影が出てきた。 その顔にはカオナシの面が着けられている。
(水無瀬を見られていた)
キツネ面が黒の穴に入るところを見られた。
水から顔を出すと坂を上がって行く。 目の前には例の机がある。 一歩一歩近づいていき机の前に腰を下ろす。 手を伸ばし、まずは上の段の引き出しを開ける。 やはり文房具が入っているだけ。 数本のボールペンを手に取り、何か仕掛けがないかと見るがなんということは無い普通のボールペン。 そのボールペンを引き出しに戻すことなく足元に置き、今度は小ぶりのメモを手に取る。 パラパラとめくってみるが、どこに何かが書かれているようなことは無かった。 メモの裏を見てみても何も書かれていない。 反対の手で引き出しを探ってみるが、仕掛けがあるようには思えない。
文農具を元に戻し引き出しを閉めると、今度は下の段の引き出しを開ける。 そこには前回と同じようにB5サイズの便箋しか入っていない。 便箋を手に取りメモと同じようにパラパラとめくっていき最後に裏を見たが、こちらもメモと同じで何も書かれていなかった。
「高崎さんが矢島さんから聞いた後に矢島さんが場所を変更したのかな」
だがどこに変更することが出来るのだろうか。 矢島がどうだったのかは分からないが、少なくとも水無瀬であればあの黒門の村の中に大事なものなど置かない。
それにどうして矢島はそんなことを高崎に言ったのだろうか。 どんな話の流れからそんな話になったのだろうか。
「うん? もしかして」
便箋を下に置くと引き出しを引き抜く。 いろんな角度から引き出しを見てみるが、やはり仕掛けもなければ何もない。 上の段の引き出しも引き抜き、文房具を取り出すと同じようにいろんな角度から見てみるがやはり何もない。
「違ったか」
なにかの仕掛けか、引き出しの裏にでも紙が貼ってあるかと思ったが何もない。 それに雄哉からのラインでは大事なものということだった。 それは大切にしている小物かもしれないし、紙に何か書いて貼り付けるとは限らないのだった。 矢島からはあの紙が手渡されていたから、ついメモなり書き残しなりと考えてしまっていた。
「もしかして大事なものってこの文具のことだったのかな」
もう一度文具を見るがやはり特に何もない。 どこにでも売っていそうなボールペンとメモである。 便箋は上等そうだが、それでも大事にするほどのものではないだろう。
「大切な人からもらったとかなのかな」
ライにはそんなに時間はかからないと言ってきた。 それに黒門に見つかるわけにはいかない、そろそろ引き上げなくては。 上の段の引き出しを元に戻そうとしたときに
僅かだが何か引っかかりを感じた。
「どうして朱門がここに?」
水無瀬はさっき穴に入ったばかりですぐには出てはこないだろうが、その前にまず入ったところを見られたはず。 どうすればいい。
「朱門はあちこち見回ってる」
きっとカオナシの面の下では怪訝な表情を作っているだろうが、シラを切り通す以外にない。
「黒の穴に入っていったのを見た」
やはり見られていた。 シラも何もあったものじゃなかった。
水無瀬が一段目の引き出しを引き抜き、今引き出しを入れようとしていた上部を覗くと何かがある。 手を入れて確認をすると袋が貼り付けられているようだ。 袋の端を手で触っていくと四辺がピッタリとテープで貼られている。 引っ掛かりを感じたのはほんの少しテープが浮いていて、水無瀬が数度引き出しを開け閉めしたせいでテープの端がよれて引き出しに引っかかったようだ。
人の宝箱を勝手に覗くようで気が引けるが、テープをゆっくりと剝がしていく。
万が一を考えて事前に用意をしていたジップ付きの袋に、貼られてあった袋ごと入れポケットにしまい込む。
面を手に水の中に入り縦穴を抜け横穴に入った時、先に誰かが立っているのが目に入った。
「誰・・・」
ライではない、それは分かる。
するとその誰かが片手を上げる様子見せている。 面を片手に持ったままゆっくりと歩いて行くとその顔にカオナシの面が着いているのに気づいた。
(しまった)
黒門である。 素顔を晒してしまっている。 だがここでキツネ面を着けている方が不自然であり、朱門が勝手に黒門の穴に入ったことになり朱門に迷惑がかかってしまうだけである。 そっとキツネ面を後ろ手に持ち歩を進めていく。
ライはどうしたのだろうか。 どこかに隠れているのか、それとも。 黒門の手荒さは知っている、それに今目の前にいる一人だとは限らない。 ライはやられたのだろうか。
水無瀬が近くまで来ると、その誰かがおもむろにカオナシの面に手をかけその面を外した。
「あ・・・」
「元気そうでよかった」
誠司であった。 誠司が雄哉に近づいた話は雄哉から聞いている。 そしてその時に話したことも。
ライに黒の穴に入っていったのを見た、と言った後に誠司が続けて言ったのだった。 『さっきのは水無瀬君?』と。
勝手に黒の穴に入ったことは隠しきれないが、それでも水無瀬であることは隠し通さなくてはならない。 そう思っていたライにまたしても誠司が続けて言った。
『安心して、誰にもしゃべらない。 戸田君から今は繊細な時だって聞いてるから』
『え?』
『やっぱり水無瀬君だよね。 良かった、元気にしてたんだ』
「下でもう一人の朱門が待ってたけど、今は隠れてもらってる」
そう言って誠司が着けていたカオナシの面を差し出してきた。
誠司が言うには、常なら誰も居ないが白門の動きに警戒して時折岩陰に隠れて白門が居ないかを見ているということだった。 白門は黒門が水無瀬を隠していると疑っているところもあるだろうからという理由らしい。
「今は朱門が見張ってるってのに?」
差し出されたカオナシの面を受け取る。 どうしろということだろうか。
「悪いけど、全員がそこまで何もかもを信用してるわけじゃないから」
そういうことか。
「今日は俺を入れて三人が見回っているから、ここからしばらくはその面を着けている方がいい。 黒門の穴から朱門の面を着けた人間が降りてきちゃ話がややこしくなるでしょ?」
少なくとも穴からしばらく歩いたところまではカオナシの面を着け、どこかの岩陰に隠れてキツネ面に替えるといいということであった。 そしてその岩陰にカオナシの面を置いておけば誠司が取りにいくと言う。
「俺は面を着けないでちょっと距離を置いて後ろを歩くから」
ライにもそう説明し距離を置いて歩くようにと言ったという。 それはそうだろう、キツネ面とカオナシの面が肩を並べて歩いていれば不自然この上ない。
「ありがとう」
カオナシの面を着けた水無瀬に微笑み「白門のこと、早く収まるといいね」 と言い、先に穴を下りて行った。 その誠司からどうして水無瀬がこの穴にやって来たのかとは訊かれなかった。
ライの家に戻った水無瀬がすぐに部屋に入った。 黒の穴からの帰りに朱の穴に入ろうと予定をしていたが、袋の中身を見てそんな気が失せてしまい朱の穴に寄ることなくライの家に戻ってきた。 ライは途中まで一緒に歩き、そのままハラカルラのパトロールの続きをしている。
戻る途中、ライには目的のものは見つかったとは言ったが、それが何であるかまでは言わなかった。 粗方ではあるが黒の穴で袋の中身を見たからである。
ポケットから袋を取り出すとジップを開き中のものを取り出す。 それは四方をテープに囲われた袋。 そして中に見えるのは例の便箋。 袋から取り出し折りたたんでいた便箋を広げる。
『君に跡を頼む。 君は聞いたはずだ見たはずだ、二十年前のことを思い出してくれ。 君にしか頼めない。 守ってくれ、ハラカルラを守ってくれ』
もし雄哉と話していた時に二十年前のことを思い出さなければ、何を書いているのか意味が分からなかっただろう。 だがあの時のことを思い出した、一歳の時に見たハラカルラの異変を。 矢島が書いていたように聞いた、そして見た。 異変によるハラカルラの揺らめきを目に、そして音を耳にしていた。
この便箋は矢島から水無瀬への手紙と言っていいのだろうか、それにはまだ続きがあった。
『白門がとんでもないことを考えている、それを阻止したい、いや、阻止する。 だが僕が失敗に終わった時、僕が阻止できなかったことを君に頼むのは申し訳ない思いだが、君に頼みたい、君にしか頼めない』
やはり白門のことで思い悩んでいたということである。
そして続きには白門がしようとしていることが詳しく書かれてあり、また、矢島自身のことも書かれてあった。
『君が僕のことをどう考えるかは分からないが、君も朱門から話を聞いたと思う。 僕がどうしてここに居たのかを書いておく』
やはり矢島は天涯孤独の身であったと書かれていた。 そして先々代が黒門に攫われたことを知ったのにもかかわらず、どうして朱門に戻らなかったのか。 その話は朱門に聞く前から知っていたようで、先代から聞いていたということだった。 その先代は先々代から聞いていたようで、どこの門であろうとハラカルラを守ることに違いはないと教えられ、守り人が争いの火に渦を起こしてはならないとも教えられたという。
『この考え方が朱門の守り人としての在り方であると教えられた』
先々代も先代もそして矢島も黒門の村には居たが、在り方は朱門の守り人として貫いていた。
『だが白門の問題がある。 僕が捕まるわけにはいかない、もちろん君も。 白門は僕が黒門に居ることを知っている、だから君に託した後は君の存在を白門から見えなくするようにする。 それが僕の命と引き換えになろうとも。 だが君はそのことを気にすることは無い、あくまでも僕の選んだ方法なのだから。 君にしてほしいのは僕と会ったあと二年はもうこの穴には入らないでほしい』
水無瀬が白門に拘束されている間に考えていたことと一致した。
そして水見のことが書かれていた。 矢島はハラカルラに汚点を落とした水見の血筋だと。 だからこそ矢島自身が白門を止めなければいけないのだと。 何をしても止めることが出来なかった時には、水見の血さえ途切れたと思わせれば道は変わるはずだとも書かれていた。
黒門とは在り方の考え方があまりにも違っていた。 先代に朱門としての在り方を教わらなくとも黒門の考え方は矢島の肌には合わなかったと書かれていたが、それは水無瀬とて同じように考えている。 ハラカルラを守りたいだけ、それは分かる。 だが守り人個人を全く尊重されていなかった。 ハラカルラを守るための道具としてしか考えていなかった。
矢島の本心としては出来れば朱門に身を置きたかったようだが、そうなってくると白門とのことに朱門を巻き込んでしまうと懸念していたようで、それはどうしても避けたかったが、その内に黒門の穴にまで白門が来てしまい、黒門に居たままではどうにも動けなくなり一時的に朱門に身を置かせてもらったと書かれていた。
白門が黒門の穴にまで来たということは、その時には黒門の誰もが穴の近くに居なかったということになる。 矢島は行き帰りだけを黒門に見張られていたのだろうか、それともそれさえもなかったのだろうか。 だが少なくとも水無瀬のように穴に入ったあともずっと見張られてはいなかったようだ。 ということは三百六十五日ずっとハラカルラで過ごしていただけとは限らなくなってくる。 黒門の門か他の門からしかハラカルラから出る方法がないというわけではない、矢島はダイブが出来るのだから。
(矢島さんにも自由があった)
そう思うといくらか心が休まってくる。
『その時に書面上だけではあるが朱門の村人になった。 自分が朱門の人間だという証が欲しかった、それが叶った』
そんな風に書かれてあった。 矢島が黒門での生活をどう受け取っていたのかは分からないが、水無瀬もまた黒門で数日生活をしたことがあり、黒門での矢島の生活を聞いた水無瀬には想像に難くない。
矢島がどうして朱門に来ることなく黒門に身を置いていたのか、そして何故、住民票を動かしたのか、疑問に思っていたことが全てここに書かれていた。 そして “矢島さんどうしてほしいですか” 見えない矢島に水無瀬が訊いたその答えも。
五月の連休に入り雄哉がやって来た。 大学の授業を終わらせてからの夜の訪問である。 明日から二泊三日を村で過ごし、最終日もハラカルラに行き夜に戻るという予定であるらしく、雄哉についていた若い者たちも二泊三日でゆっくり出来ることだろう。 それとも畑仕事に駆り出されるのだろうか。
連休と言っても、あくまでもカレンダー上の大型連休ではない。 カレンダー上の連休であっても大学では講義も補講もある。 雄哉が受けなくてはならない講義の無い日が大型連休の中で三日あったということでやって来たのだった。
大学での話を一通り聞くとかなり頑張っているようだった。 そして朱門の誰かが数人で常に遠目から見てくれているということだったが、白門が接触してくるような気配はなさそうだと言っていた。
「ほい、土産」
差し出されたのは和菓子でも洋菓子でもなく大学名が書かれた封筒だった。 俗にいう角型A4号サイズで、それがパンパンに膨れ上がっている。
なに? と言いながら封筒の中のものを出すと求人のパンフレットであった。
「学内に置いてあったのと、就職室のパソコンからアウトプットしてきたのを持ってきた。 水無ちゃんが好みそうなところをチョイスしたつもり。 アンド高給」
思いもしない土産である。
「面接の日程とかも書いてるのがあるから、一度大学に来て相談してみたらどうだ? 朱門の人たちも付いてくれるだろうし、そう簡単に広瀬さんに見つからないだろう」
キャンパスは広い、それに広瀬は大学で教授に付くと言っていた。 そうであればそうそうキャンパスをうろついてはいないだろうし、まずそんな暇もなく忙しくしているはずである。
「そう、だな」
「なんだよ、その煮え切らない返事」
「うーん、何だろうなぁ。 いや、雄哉が考えてくれてこうして土産を持ってきてくれたのは嬉しいんだ。 でも何だろうなぁ」
矢島からの手紙を読んだからだろうか。
「ずっとここに居るから就職熱が冷めてきたのかもな。 まっ、俺としてはどっちでもいい」
せっかく土産を持ってきたのだから、それを実にしろとは言わないという意味だろう。
「それに水無ちゃんはハラカルラの方が合ってると思うし」
「へ?」
「ってか、それだけの力を持ってるんだからそれを使わない手はないと思う。 水無ちゃんご所望の給料も昇進もない完全なマイノリティの世界だけどな。 今の水無ちゃんはまだご所望してるのか?」
「あ・・・」
すっかり忘れていた。 ただ漠然と就活就活と思っていただけだった。
「俺もさ、今までならあんなに長い間じっとしてられなかった。 ハラカルラに行くくらいだったらカラオケ行きてぇって思ってたと思う。 けどそんな風に思わない。 せっかくの三日間の連休なんだし、吞みまくろうってのも思わないしな。 それどころかハラカルラに行きたいって思ってる自分が居て、なんも出来ないのにこうしてやって来た。 なんでだろな、特に何かあるわけじゃないのにな」
「そうなんだよなぁ」
パラパラとパンフレットをめくっていると、最後に付箋の貼られたパンフレットではないアウトプットされた紙が出てきた。
付箋には『俺おススメ』と書かれている。