ハラカルラ 第55回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
水無瀬の話から朱と黒は水無瀬に賛同し、ハラカルラを守ろうとしているということ。 朱と黒もハラカルラを想っているのだろう。
「ちなみに訊くが青はどうなのか?」
水無瀬と雄哉が青の守り人とここを訪れた日があった。 歴代にそんなことは無かった。 それに三人もの守り人がこの穴に入ることなどなかった。
「あ、青とはそんな話はしませんでした。 先日初めてお会いしただけで、どんな方かも分かりませんでしたので。 でもとても良い方のようでしたから、ちょっと機を逸してしまったかなという感じはもっていますが」
それに長に何も相談しないまま話していいはずはない。
「吾からの助言としては青には黙っておく方がいいだろう」
「え?」
「守り人が忙しくしておるからな。 それと・・・そうだの、ハラカルラの中では鳴海を誰にも連れては行かせん。 そこのところは吾に任せておけ」
烏が言うのを聞いた水無瀬が、誰にもではなく、白には、でお願いしますと言ったが、烏には誰が白で黒で朱なのか分からないということであった。
水無瀬にとってはハラカルラの中もそうだが、それだけではなくあっちの世界で就活をしたい。 あっちの世界でも誰にも連れ去られないようにしてほしいと言いたいが、烏があっちの世界に関与できないことは分かっている。
(いや・・・待てよ)
獅子がいるではないか。
「あの、ハラカルラの中で守って下さるのは嬉しいんですけど、あっちの世界でも、ってのは無理ですか? その、透明で見えない獅子みたいなのとかを俺につけてはもらえませんか?」
「あん?」
「無理・・・ですよね。 はい、すみません・・・」
「そんな必要は無かろう」
「はい?」
白烏が言うにはハラカルラとあっちの世界は重なり合っている。 あっちの世界にいるつもりでも、水無瀬であれば重なり合っているハラカルラの中に居ることは可能であるということであった。 早い話、矢島のように改めてハラカルラにダイブせずとも、水無瀬はいつでもハラカルラに居ることが出来るということで、意識をすれば同時に二つの世界に存在することが出来るということである。 それであるならば、烏によって誰にも連れ去らせなくするということが出来るということになるらしいが、そこには都合の悪いこともおきてくるのではないだろうか。
「友達が腕を組んできたりしたらどうなります?」
就活にそんなことは起きないであろうが、特に雄哉と会った時には雄哉は必ずそうするし、雄哉だけとも限らない。
「そりゃ鳴海の腕を取って連れ去ろうとしていると判断をする」
―――使えない。
「あの、それは遠慮しておきます。 ハラカルラの中だけでお願いします」
少なくともハラカルラの中だけを見てもらっていれば、ハラカルラの中で白門に連れ去られることはない。 そうなれば水無瀬自身の心配もそうだが、朱門の長の心配がなくなり、それでなくともこれから白門を見張らなくてはならないのだ、ライたちの護衛の必要もなくなる。
「・・・就活」
「うん? なんじゃ?」
長に明日からの護衛が要らなくなったということを告げると、その理由に納得をしていた。 詳しいことは分からないが、烏ならばそれくらい可能なのだろうということであった。 実際、水無瀬も烏がどういうやり方をするのかは聞いてはこなかった。
「話が変わりますが、以前から疑問だったんですけど」
訊くチャンスを逃していたことで、どうして矢島の住民票が朱門にあったのかを尋ねた。 今さらそれを知ってどうなるものでもないことは分かっているが、気になることははっきりとさせておきたい。
「ああ、それは水無瀬君も知っての通り」
水無瀬と同じように矢島とも接触を図った。 そして朱門と黒門との間にあったことを話したが、矢島は黒門を選んだ。
「選んだというには少々語弊があるがな」
どういうことだろうとは思ったが長の話には続きがある、全てを聞いてからでも遅くはないし、その話の中に答えがあるのかもしれない。
ある日突然、矢島が朱門に接触してきたと長が言う。 その時期からして矢島が黒門から逃げた頃だと思われる。 そして矢島自身から住民票をここに移したいと言ってきたということであった。
「理由を訊いたが教えてはもらえなかった」
長に了承をもらった矢島は自ら住民票を移動したということであった。
住民票の経緯(いきさつ)は分かった。
それからどれくらいかして矢島が朱門の村にやって来て、キツネ面に守られながら跡を探し出したということだったが、矢島は時折急に居なくなったりしていたということだった。
それがどういう意味かは水無瀬には分かる。 ハラカルラにダイブをして姿を隠していたのだろう。 どうしてそんな必要があったのか。 それは白門が強硬に出てきだしたからなのかもしれない。 黒門から逃げてきたのも、黒門に対しての考え方の違いというのもあったのかもしれないが、白門が接触をしてきたからなのかもしれない。
そして一昨年の終わり頃にとうとう完全に居なくなったということであった。
「最終的に矢島さんは朱門を選んだということになりますよね、でもどうして説明を聞いてすぐに朱門に来なかったんでしょうか」
矢島の先々代が朱門から攫われた、それを聞いたのならばすぐにでも朱門に来てもいいはずなのに。
「矢島の先代もそうだが、その門の守り人に選ばれた。 少なくとも矢島の先々代は朱門出身ではあったが、その時には黒門の守り人であったのだから、というところなのだろうな」
矢島が黒門を選んだというには少々語弊があると言ったのはこのことなのだろう。
守り人自身はどこの門であるのかなどさほど関係ない、というところだろうか。 でも確かにそうだと思える。 どこの門であろうとどこの穴から入ろうと最終的に烏たちの居る穴に行く、どこから入っても同じこと。
「そこのところの話を詳しくは訊かなかったんですか?」
「訊いたところで詮無いことであるし、訊いたところで矢島は答えなかっただろう」
矢島は口数が少なかったらしく、雑談などはしなかったということだった。 それに詮無いこと、そう言われればそれでお終いであるし、たしかに聞いたところで何が変わるわけでもない。
「前にも言ったが、矢島にもその先代にも水無瀬君にも朱門に来てくれるよう強制はしたくなかった。 特に水無瀬君は矢島との繋がりからこの朱門の村を訪ねてくれたのだからな」
長が言ったことに思い出したことがある。 黒門に居るときにずっと考えていたのだった。
長は『あるがままを見て選んでほしかった』『水無瀬君にも強制はしたくなかった』 水無瀬にも “にも” と言っていた。 その前に何を言っていたかを思い出せなかった。 だがいま長が言った、水無瀬がこの朱門の村に来たのは矢島との繋がりからだと。 そしてあの時はあとに続いた言葉もあった。 『わしらのところに来てくれた。 あるがままを見て選んでほしかった』と。
(違う、それだけじゃない、それだけじゃなかった)
今思い出した。 どうして忘れていたのか。
長は最後に言っていた『被害者面をした話をしたくなかった・・・あるがままを見て選んでほしかった』と。
水無瀬が最初に村に来た時、長やライたちが自分たちは黒門だということを匂わせていた。 それがどうしてだったのかがようやく今分かった。
矢島は黒門の守り人、その矢島との繋がりから水無瀬がやって来た。 語弊はあれど、矢島は朱門ではなく黒門を選んでいた。 その矢島に乗ったというところなのだろう。 そして被害者面を見せなかった。
矢島にしろその先代にしろ、守り人とはどういうものかを把握したうえで守り人になっている。 そしてその門は黒。 だが水無瀬は違う。 単に矢島から受け取った紙を持って朱門の村に来た。 何が書かれているのかが気になっていたということもあったし、自分が持っていても、ということもあったからである。
長が言ったように、それは矢島との繋がりがあったからこの村を訪ねたのだった。 そして守り人のことが分かったうえで黒門白門を知り、そして両門を蹴り朱門を選んだ。 水無瀬はあるがままを見て選んだ。
水無瀬が心の内で考えていることなど長の知るところではない。 その長が続けて言う。
「そうそう、ライから聞いたが黒門では矢島に親戚が居るようなことを言っていたそうだな」
昨夜ふとした話からライに訊いたが、ライはよく知らないと言っていた。 長から聞いていた話とは違うと言ったからライが話したのだろう。
「はい。 でも長は矢島さんから天涯孤独だと聞いていたんですよね?」
「そうだ。 そしてそれは間違いないはず」
そんなことで矢島が嘘をつく必要などない。 それに警察には親戚が来た時には連絡をしてくれるようにと頼んでおいたが、未だに親戚と名乗る者が警察には来ていないようだと長が言う。
「そうですか。 それじゃ多分、黒門が矢島さんの亡骸を引き取るに面倒くさがっただけか、ややこしいことに巻き込まれるのを嫌がっただけでしょうね」
黒門はニュースに流れてすぐ警察に行ったが、誰かが既に引き取ったとのことだったと言っていた。 それが親戚だろうと。
あの時は気づかなかったが、黒門の守り人として長年働いていたというのに、その縁をいともあっさりとよく切れるものだと呆れてしまう。
翌日からは水無瀬一人で朱の穴に向かった。 朱門から黒の穴はかなり遠かったが、朱の穴は遠くにあるわけではない。 白烏に守られているということもあり、何の不安もなく足を運び一週間が経った。 もう目の前に五月が待っている。 雄哉はこの間、一度も朱門の村に来なかったどころか、連絡も一切なかった。
「ん?」
ハラカルラから戻りすぐに風呂に入るとそのまま夕飯も済ませ、部屋に戻ってくると着信ランプが点滅していた。 ロックを解除し画面を開くと雄哉からのラインが入っていた。
『高崎さんから連絡があった』 という始まりである。
「高崎さんから?」
雄哉は初めて高崎にあった日に連絡先を交換していたようだ。 あの日以降、水無瀬も雄哉も高崎に会っていないのだから、そうとしか考えられない。 さすがはコミュ力の高い雄哉である。
『思い出したことがあるということで、大事なものは穴の机の引き出しにしまってあるって矢島さんが言ってたらしい』
「机の引き出し?」
それは黒の穴にあった机のこと。 その引き出しを開けたことはある。 上の段の引き出しには文房具が入っていてボールペン数本に何も書かれていない小振りのメモ帳。 下の段の引き出しにはB5サイズの上等そうな便箋が入っていた。 矢島はハラカルラの文字を書き水無瀬に渡した。 その時に渡されたと思われる紙がその便箋だった。 あの時その便箋を取り出し表紙をめくったが、何かが書かれているわけではなかったし、他に何も無かった。
それとも便箋やメモの間や最後の方に何かが書かれていたのだろうか。 そこまでは見なかった。
「黒の穴か・・・」
いくら白烏に守ってもらっているとは言っても黒の穴まで足を運ぶ勇気はない。 今自分の姿が誰かに見られると作り話が瓦解してしまうかもしれない。 そう思った時に気づいた。 よく考えると朱門の穴から出入りしているところを黒門なり白門に見つかれば、連れ去られる以前に作り話の瓦解は同じことではないか。
「あぁ、俺って考えが浅いよなぁ」
メールの続きには、忙しくしていて村には行けなかったが、五月の連休には土産を持って村に行くとも書かれていた。 今までの雄哉の行いから考えるに、連休も返上した方がいいのではないかと思えるが、時には休みも必要だろう。
「んじゃ、キツネの面着ける?」
翌日、朝食を食べながら昨日の話をした水無瀬にライが言った言葉である。
「プラスティックの面、まだ捨ててないからあるぞ」
そこへナギの声が入ってきた。
「どっちも考えもの。 水無瀬は朱門じゃないんだから面の強制は御法度。 とは言っても今は話がややこしくなるのを避けたいのも事実だけど、まずこっちに黒も白も来ないでしょ」
今は朱門が白門を見張っている。 万が一にも白門がこちらに足を運ぶようなことがあれば見張っている誰かが知らせに来る。 それに白門黒門ともに朱門の位置を知っているはずはないのだから、離れているこちらに足を運ぶはずなどないし、以前の水無瀬の話からは黒門は守り人につく以外はハラカルラには必要以上に入って来ないということだった。
頬杖をついたナギの片腕が母親によってペシリとはたかれた。 食事中に行儀が悪いということである。
「希望的観測はそれこそ御法度。 それに木の面を着けるわけじゃないんだからいいだろ。 祭りに行けば面くらい着ける、そんな気分で着ければいいだけの話」
祭りに行って面など着けたことは無いし、ましてや買ったことなどない。 だが木の面を着けろと言われれば遠慮をするところだが、プラスティックの面は一案である。
「それ、いいかもな。 取り敢えず今は俺の姿を見られたくないってのが一番だから」
穴に入らなければ、それ以前にハラカルラに行かなければそれでいい話なのだが、烏たちの忙しさを見ていると放っておけないし、自分に出来ることはしたいと思っている。
それにプラスティックの面を着ければ黒の穴まで行くこともできる。 以前ライがプラスティックの面を着けているときに、黒門は違和感を感じなかったようだった。 思い出したくもないシチュエーションの時だったが。
「ライたちはいつ?」
ライとナギの父親であるモヤは今日白門に出向いている。
「今週は俺もナギも行く予定なし。 畑仕事と明後日のハラカルラのパトロールのみ」
「んじゃ、パトロールの時に黒門の穴まで付き合ってくれないか?」
二枚貝のチェックをし、紡水を暫く見ていたが特に変化はうかがえない。 場所を変え、数日前に黒烏から新しく教わった心鏡(こころかがみ)と名付けられている水鏡や紡水と似たような道具の前に座る。 やり方は水鏡と同じである。
こちらも水鏡と同じでざわつきを見つける道具なのだが、この心鏡は特に不浄であるところの心の闇の方に特化しているということであった。 不浄の念、黒烏は例えとして邪心を上げていたが、恐怖や人を呪ったり不安といったものも入るということである。
最初に黒烏が言っていたように軽いものにはハラカルラは反応しなく、これも同じであるということであって、少人数が恐怖を感じたり不安になったりなど、OLさんの夜のお一人ご帰還やお化け屋敷などは論外であるということだった。
心鏡を教えてもらった時に聞かされたのだが、水鏡もざわつきをキャッチするが、特に物理的な不浄や争い、ハラカルラの中での人間の動きの方に特化しているということであったが、大きな心の闇があればそれにも反応するということであった。
「水鏡と心鏡。 どうして紡水は紡鏡じゃないんですか?」
後ろ姿を見せていた黒烏が首だけ捩じり、心鏡を見やすくするために縦に置き換えている水無瀬に答える。
「ツムギカガミ(紡鏡)よりツムギミズ(紡水)のほうが語呂がいいだろうて」
語呂で命名したのか。 それならココロカガミ(心鏡)よりココロミズ(心水)のほうが語呂が良くないか? とは思うが、要らないことは言わないでおこう。
じっと心鏡を見る。 小さなざわつきがいくつも見て取れる。 人間とはどれだけ心が汚れているのかと思うと同胞ながら嫌になってくる。
すぐに指先を当てざわつきを宥めていく。 と、気付いたことがあった。
「ん? これって・・・心鏡が一番忙しくないですか?」
心鏡から目を離すことが出来なく、烏たちを見ることが出来ない。 そしてその二羽の烏からは何の返事もない。
(完全に無視してるな)
ということは、今水無瀬が言ったことは正解ということになる。 えらいものを押し付けられてしまった。
(仕方ないか・・・)
原因の張本人は日本国民なのだから。 決して代表ということではないが、一人くらい国民に代わってハラカルラへのご迷惑を少しでも消す努力をすべきだろう。
二羽の烏が水無瀬を見、そして互いに見合った。
今日一日が終わった。 結局、ずっと心鏡で水を宥めていた。 二枚貝のチェックは黒烏がしてくれていたが、その黒烏が先日からコソコソと何かをしていた。 何をしているのかと終った時に覗き込もうとしたが、黒烏に睨まれ「お疲れ様ですぅ」とすごすごと穴を抜けた。
「やはり鳴海の持っているものは力だけではないな」
「心があるのぉ。 それも植え込まれたものとは違う。 矢島と似ていると言うよりも黒の妹と・・・ん?」
「なんだ?」
「なーんか忘れとることがあるような」
「とうとうボケがまわってきたか」
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ハラカルラ 第55回
水無瀬の話から朱と黒は水無瀬に賛同し、ハラカルラを守ろうとしているということ。 朱と黒もハラカルラを想っているのだろう。
「ちなみに訊くが青はどうなのか?」
水無瀬と雄哉が青の守り人とここを訪れた日があった。 歴代にそんなことは無かった。 それに三人もの守り人がこの穴に入ることなどなかった。
「あ、青とはそんな話はしませんでした。 先日初めてお会いしただけで、どんな方かも分かりませんでしたので。 でもとても良い方のようでしたから、ちょっと機を逸してしまったかなという感じはもっていますが」
それに長に何も相談しないまま話していいはずはない。
「吾からの助言としては青には黙っておく方がいいだろう」
「え?」
「守り人が忙しくしておるからな。 それと・・・そうだの、ハラカルラの中では鳴海を誰にも連れては行かせん。 そこのところは吾に任せておけ」
烏が言うのを聞いた水無瀬が、誰にもではなく、白には、でお願いしますと言ったが、烏には誰が白で黒で朱なのか分からないということであった。
水無瀬にとってはハラカルラの中もそうだが、それだけではなくあっちの世界で就活をしたい。 あっちの世界でも誰にも連れ去られないようにしてほしいと言いたいが、烏があっちの世界に関与できないことは分かっている。
(いや・・・待てよ)
獅子がいるではないか。
「あの、ハラカルラの中で守って下さるのは嬉しいんですけど、あっちの世界でも、ってのは無理ですか? その、透明で見えない獅子みたいなのとかを俺につけてはもらえませんか?」
「あん?」
「無理・・・ですよね。 はい、すみません・・・」
「そんな必要は無かろう」
「はい?」
白烏が言うにはハラカルラとあっちの世界は重なり合っている。 あっちの世界にいるつもりでも、水無瀬であれば重なり合っているハラカルラの中に居ることは可能であるということであった。 早い話、矢島のように改めてハラカルラにダイブせずとも、水無瀬はいつでもハラカルラに居ることが出来るということで、意識をすれば同時に二つの世界に存在することが出来るということである。 それであるならば、烏によって誰にも連れ去らせなくするということが出来るということになるらしいが、そこには都合の悪いこともおきてくるのではないだろうか。
「友達が腕を組んできたりしたらどうなります?」
就活にそんなことは起きないであろうが、特に雄哉と会った時には雄哉は必ずそうするし、雄哉だけとも限らない。
「そりゃ鳴海の腕を取って連れ去ろうとしていると判断をする」
―――使えない。
「あの、それは遠慮しておきます。 ハラカルラの中だけでお願いします」
少なくともハラカルラの中だけを見てもらっていれば、ハラカルラの中で白門に連れ去られることはない。 そうなれば水無瀬自身の心配もそうだが、朱門の長の心配がなくなり、それでなくともこれから白門を見張らなくてはならないのだ、ライたちの護衛の必要もなくなる。
「・・・就活」
「うん? なんじゃ?」
長に明日からの護衛が要らなくなったということを告げると、その理由に納得をしていた。 詳しいことは分からないが、烏ならばそれくらい可能なのだろうということであった。 実際、水無瀬も烏がどういうやり方をするのかは聞いてはこなかった。
「話が変わりますが、以前から疑問だったんですけど」
訊くチャンスを逃していたことで、どうして矢島の住民票が朱門にあったのかを尋ねた。 今さらそれを知ってどうなるものでもないことは分かっているが、気になることははっきりとさせておきたい。
「ああ、それは水無瀬君も知っての通り」
水無瀬と同じように矢島とも接触を図った。 そして朱門と黒門との間にあったことを話したが、矢島は黒門を選んだ。
「選んだというには少々語弊があるがな」
どういうことだろうとは思ったが長の話には続きがある、全てを聞いてからでも遅くはないし、その話の中に答えがあるのかもしれない。
ある日突然、矢島が朱門に接触してきたと長が言う。 その時期からして矢島が黒門から逃げた頃だと思われる。 そして矢島自身から住民票をここに移したいと言ってきたということであった。
「理由を訊いたが教えてはもらえなかった」
長に了承をもらった矢島は自ら住民票を移動したということであった。
住民票の経緯(いきさつ)は分かった。
それからどれくらいかして矢島が朱門の村にやって来て、キツネ面に守られながら跡を探し出したということだったが、矢島は時折急に居なくなったりしていたということだった。
それがどういう意味かは水無瀬には分かる。 ハラカルラにダイブをして姿を隠していたのだろう。 どうしてそんな必要があったのか。 それは白門が強硬に出てきだしたからなのかもしれない。 黒門から逃げてきたのも、黒門に対しての考え方の違いというのもあったのかもしれないが、白門が接触をしてきたからなのかもしれない。
そして一昨年の終わり頃にとうとう完全に居なくなったということであった。
「最終的に矢島さんは朱門を選んだということになりますよね、でもどうして説明を聞いてすぐに朱門に来なかったんでしょうか」
矢島の先々代が朱門から攫われた、それを聞いたのならばすぐにでも朱門に来てもいいはずなのに。
「矢島の先代もそうだが、その門の守り人に選ばれた。 少なくとも矢島の先々代は朱門出身ではあったが、その時には黒門の守り人であったのだから、というところなのだろうな」
矢島が黒門を選んだというには少々語弊があると言ったのはこのことなのだろう。
守り人自身はどこの門であるのかなどさほど関係ない、というところだろうか。 でも確かにそうだと思える。 どこの門であろうとどこの穴から入ろうと最終的に烏たちの居る穴に行く、どこから入っても同じこと。
「そこのところの話を詳しくは訊かなかったんですか?」
「訊いたところで詮無いことであるし、訊いたところで矢島は答えなかっただろう」
矢島は口数が少なかったらしく、雑談などはしなかったということだった。 それに詮無いこと、そう言われればそれでお終いであるし、たしかに聞いたところで何が変わるわけでもない。
「前にも言ったが、矢島にもその先代にも水無瀬君にも朱門に来てくれるよう強制はしたくなかった。 特に水無瀬君は矢島との繋がりからこの朱門の村を訪ねてくれたのだからな」
長が言ったことに思い出したことがある。 黒門に居るときにずっと考えていたのだった。
長は『あるがままを見て選んでほしかった』『水無瀬君にも強制はしたくなかった』 水無瀬にも “にも” と言っていた。 その前に何を言っていたかを思い出せなかった。 だがいま長が言った、水無瀬がこの朱門の村に来たのは矢島との繋がりからだと。 そしてあの時はあとに続いた言葉もあった。 『わしらのところに来てくれた。 あるがままを見て選んでほしかった』と。
(違う、それだけじゃない、それだけじゃなかった)
今思い出した。 どうして忘れていたのか。
長は最後に言っていた『被害者面をした話をしたくなかった・・・あるがままを見て選んでほしかった』と。
水無瀬が最初に村に来た時、長やライたちが自分たちは黒門だということを匂わせていた。 それがどうしてだったのかがようやく今分かった。
矢島は黒門の守り人、その矢島との繋がりから水無瀬がやって来た。 語弊はあれど、矢島は朱門ではなく黒門を選んでいた。 その矢島に乗ったというところなのだろう。 そして被害者面を見せなかった。
矢島にしろその先代にしろ、守り人とはどういうものかを把握したうえで守り人になっている。 そしてその門は黒。 だが水無瀬は違う。 単に矢島から受け取った紙を持って朱門の村に来た。 何が書かれているのかが気になっていたということもあったし、自分が持っていても、ということもあったからである。
長が言ったように、それは矢島との繋がりがあったからこの村を訪ねたのだった。 そして守り人のことが分かったうえで黒門白門を知り、そして両門を蹴り朱門を選んだ。 水無瀬はあるがままを見て選んだ。
水無瀬が心の内で考えていることなど長の知るところではない。 その長が続けて言う。
「そうそう、ライから聞いたが黒門では矢島に親戚が居るようなことを言っていたそうだな」
昨夜ふとした話からライに訊いたが、ライはよく知らないと言っていた。 長から聞いていた話とは違うと言ったからライが話したのだろう。
「はい。 でも長は矢島さんから天涯孤独だと聞いていたんですよね?」
「そうだ。 そしてそれは間違いないはず」
そんなことで矢島が嘘をつく必要などない。 それに警察には親戚が来た時には連絡をしてくれるようにと頼んでおいたが、未だに親戚と名乗る者が警察には来ていないようだと長が言う。
「そうですか。 それじゃ多分、黒門が矢島さんの亡骸を引き取るに面倒くさがっただけか、ややこしいことに巻き込まれるのを嫌がっただけでしょうね」
黒門はニュースに流れてすぐ警察に行ったが、誰かが既に引き取ったとのことだったと言っていた。 それが親戚だろうと。
あの時は気づかなかったが、黒門の守り人として長年働いていたというのに、その縁をいともあっさりとよく切れるものだと呆れてしまう。
翌日からは水無瀬一人で朱の穴に向かった。 朱門から黒の穴はかなり遠かったが、朱の穴は遠くにあるわけではない。 白烏に守られているということもあり、何の不安もなく足を運び一週間が経った。 もう目の前に五月が待っている。 雄哉はこの間、一度も朱門の村に来なかったどころか、連絡も一切なかった。
「ん?」
ハラカルラから戻りすぐに風呂に入るとそのまま夕飯も済ませ、部屋に戻ってくると着信ランプが点滅していた。 ロックを解除し画面を開くと雄哉からのラインが入っていた。
『高崎さんから連絡があった』 という始まりである。
「高崎さんから?」
雄哉は初めて高崎にあった日に連絡先を交換していたようだ。 あの日以降、水無瀬も雄哉も高崎に会っていないのだから、そうとしか考えられない。 さすがはコミュ力の高い雄哉である。
『思い出したことがあるということで、大事なものは穴の机の引き出しにしまってあるって矢島さんが言ってたらしい』
「机の引き出し?」
それは黒の穴にあった机のこと。 その引き出しを開けたことはある。 上の段の引き出しには文房具が入っていてボールペン数本に何も書かれていない小振りのメモ帳。 下の段の引き出しにはB5サイズの上等そうな便箋が入っていた。 矢島はハラカルラの文字を書き水無瀬に渡した。 その時に渡されたと思われる紙がその便箋だった。 あの時その便箋を取り出し表紙をめくったが、何かが書かれているわけではなかったし、他に何も無かった。
それとも便箋やメモの間や最後の方に何かが書かれていたのだろうか。 そこまでは見なかった。
「黒の穴か・・・」
いくら白烏に守ってもらっているとは言っても黒の穴まで足を運ぶ勇気はない。 今自分の姿が誰かに見られると作り話が瓦解してしまうかもしれない。 そう思った時に気づいた。 よく考えると朱門の穴から出入りしているところを黒門なり白門に見つかれば、連れ去られる以前に作り話の瓦解は同じことではないか。
「あぁ、俺って考えが浅いよなぁ」
メールの続きには、忙しくしていて村には行けなかったが、五月の連休には土産を持って村に行くとも書かれていた。 今までの雄哉の行いから考えるに、連休も返上した方がいいのではないかと思えるが、時には休みも必要だろう。
「んじゃ、キツネの面着ける?」
翌日、朝食を食べながら昨日の話をした水無瀬にライが言った言葉である。
「プラスティックの面、まだ捨ててないからあるぞ」
そこへナギの声が入ってきた。
「どっちも考えもの。 水無瀬は朱門じゃないんだから面の強制は御法度。 とは言っても今は話がややこしくなるのを避けたいのも事実だけど、まずこっちに黒も白も来ないでしょ」
今は朱門が白門を見張っている。 万が一にも白門がこちらに足を運ぶようなことがあれば見張っている誰かが知らせに来る。 それに白門黒門ともに朱門の位置を知っているはずはないのだから、離れているこちらに足を運ぶはずなどないし、以前の水無瀬の話からは黒門は守り人につく以外はハラカルラには必要以上に入って来ないということだった。
頬杖をついたナギの片腕が母親によってペシリとはたかれた。 食事中に行儀が悪いということである。
「希望的観測はそれこそ御法度。 それに木の面を着けるわけじゃないんだからいいだろ。 祭りに行けば面くらい着ける、そんな気分で着ければいいだけの話」
祭りに行って面など着けたことは無いし、ましてや買ったことなどない。 だが木の面を着けろと言われれば遠慮をするところだが、プラスティックの面は一案である。
「それ、いいかもな。 取り敢えず今は俺の姿を見られたくないってのが一番だから」
穴に入らなければ、それ以前にハラカルラに行かなければそれでいい話なのだが、烏たちの忙しさを見ていると放っておけないし、自分に出来ることはしたいと思っている。
それにプラスティックの面を着ければ黒の穴まで行くこともできる。 以前ライがプラスティックの面を着けているときに、黒門は違和感を感じなかったようだった。 思い出したくもないシチュエーションの時だったが。
「ライたちはいつ?」
ライとナギの父親であるモヤは今日白門に出向いている。
「今週は俺もナギも行く予定なし。 畑仕事と明後日のハラカルラのパトロールのみ」
「んじゃ、パトロールの時に黒門の穴まで付き合ってくれないか?」
二枚貝のチェックをし、紡水を暫く見ていたが特に変化はうかがえない。 場所を変え、数日前に黒烏から新しく教わった心鏡(こころかがみ)と名付けられている水鏡や紡水と似たような道具の前に座る。 やり方は水鏡と同じである。
こちらも水鏡と同じでざわつきを見つける道具なのだが、この心鏡は特に不浄であるところの心の闇の方に特化しているということであった。 不浄の念、黒烏は例えとして邪心を上げていたが、恐怖や人を呪ったり不安といったものも入るということである。
最初に黒烏が言っていたように軽いものにはハラカルラは反応しなく、これも同じであるということであって、少人数が恐怖を感じたり不安になったりなど、OLさんの夜のお一人ご帰還やお化け屋敷などは論外であるということだった。
心鏡を教えてもらった時に聞かされたのだが、水鏡もざわつきをキャッチするが、特に物理的な不浄や争い、ハラカルラの中での人間の動きの方に特化しているということであったが、大きな心の闇があればそれにも反応するということであった。
「水鏡と心鏡。 どうして紡水は紡鏡じゃないんですか?」
後ろ姿を見せていた黒烏が首だけ捩じり、心鏡を見やすくするために縦に置き換えている水無瀬に答える。
「ツムギカガミ(紡鏡)よりツムギミズ(紡水)のほうが語呂がいいだろうて」
語呂で命名したのか。 それならココロカガミ(心鏡)よりココロミズ(心水)のほうが語呂が良くないか? とは思うが、要らないことは言わないでおこう。
じっと心鏡を見る。 小さなざわつきがいくつも見て取れる。 人間とはどれだけ心が汚れているのかと思うと同胞ながら嫌になってくる。
すぐに指先を当てざわつきを宥めていく。 と、気付いたことがあった。
「ん? これって・・・心鏡が一番忙しくないですか?」
心鏡から目を離すことが出来なく、烏たちを見ることが出来ない。 そしてその二羽の烏からは何の返事もない。
(完全に無視してるな)
ということは、今水無瀬が言ったことは正解ということになる。 えらいものを押し付けられてしまった。
(仕方ないか・・・)
原因の張本人は日本国民なのだから。 決して代表ということではないが、一人くらい国民に代わってハラカルラへのご迷惑を少しでも消す努力をすべきだろう。
二羽の烏が水無瀬を見、そして互いに見合った。
今日一日が終わった。 結局、ずっと心鏡で水を宥めていた。 二枚貝のチェックは黒烏がしてくれていたが、その黒烏が先日からコソコソと何かをしていた。 何をしているのかと終った時に覗き込もうとしたが、黒烏に睨まれ「お疲れ様ですぅ」とすごすごと穴を抜けた。
「やはり鳴海の持っているものは力だけではないな」
「心があるのぉ。 それも植え込まれたものとは違う。 矢島と似ていると言うよりも黒の妹と・・・ん?」
「なんだ?」
「なーんか忘れとることがあるような」
「とうとうボケがまわってきたか」