ハラカルラ 第37回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第37回




「ほぅー」

煉炭から渡された地図を片手にワハハおじさんが目の前の景色を目にしている。

「あの山の裾野か」

今回も相棒はモヤである。 そしてもう一台の運転手は前回とは別人であるが、相棒は前回と同じくキリである。 今回も前回同様、互いに別行動をとっている。

「黒門の村のように山の中に入らなくてもよさそうですね。 けど・・・やはり村ですかね」

黒門の村は山の裾野の村を通り越して山の中腹辺りにあった。 だが白門は山の裾野の村。 裾野であるが故、町とそんなに離れていなく、村と町との区切りと言えばこの道路になる。 道路の町側の反対には田んぼが広がっていて、その先、山の裾野に白門の村があるが、村は山の奥の方にあるのだろう。 裾野に沢山の家が見えるわけではない

「裾野の方にポツンポツンと家が見えるな」

その家が白門の村の始まりとなるが、ここが白門の村とはワハハおじさんもモヤも朱門の誰もが知ることはない。

「そうですね。 この地図の限りではここの反対側に渓流がありますから渓流の方に回ってもよさそうですか」

「そうだな、じっと見ていても目立つか。 とにかくあの裾野に何があるのか探るのが一番だな」

黒門の村は山の中腹辺りだったため、ずっと見ていても黒門に気付かれるようなことは無かったが、ここは完全に道路に車を止め山の裾野を見ていると気付かれる。

「ですね。 一旦、合流しましょうか」

二人が車に乗り込みワハハおじさんがスマホを手にしようとした時に着信音が鳴った。 スマホには “シキミ(樒)” と出ている。 もう一台の車の運転手であり、ナギが言った、葬儀屋の顔をして矢島を引き取ったおっさんでもある。

「向こうも着いたんでしょうかね」

ワハハおじさんがスピーカーにして出る。

「着きましたか?」

『ああ、こっちからそっちが見えてる。 そっちのずっと後ろに居る。 あの山の裾野だろ? 簡単に入れるな』

「はい、で、一旦合流して―――」

『ああ、いい、いい』

「え?」

『こっちで動く』

「動くって」

『モヤ聞いてるかー』

キリの声である。 前回も同じような展開だった、嫌な予感がする。

『渓流釣りに来たってことで入って行く』

「釣りって―――」

『心配すんな、釣り道具は持ってきてる。 お前らは待ってろ』

プツンと切られてしまった。
モヤが思わず頭をかかえ、その気持ちがよく分かるワハハおじさんであった。


夜になり雄哉が部屋に戻って来た。
二枚並べて布団が敷かれている。

「水無ちゃん敷いてくれたんだ」

敷かれた布団に寝転んでいる水無瀬は反対側を向いている。

「起きてるんだろ?」

水無瀬からの返事はない。
いつもの雄哉であれば、こんな時には水無瀬の前に回ってくるはずである。

(どう出る、雄哉)

「水無ちゃん、明日話そうな」

部屋の電気が消えると背中側からごそごそと布団に入る音が聞こえた。

(・・・そうか。 分かったよ)


「お帰り、父ちゃん」

煉炭が声を合わせ父ちゃんを迎える。

「なんだ、まだ起きてたのか。 明日は学校だろう」

「だって、気になるもん」

「そうか、ま、そうだよな。 で? 水無瀬君に動きはあったか?」

「ない、じっとしてる」

「そうか」

「どうするの?」

「助けに行くの?」

「その事はもっと遅くなってからみんなで話す。 まだ何も決まってない」

夜遅くなり、大爺や爺が眠りの中に入ってからおっさんたちや若い者代表たちで話し合いをする。 話し合いと言ってももう既に全員の心は決まっている。 話し合われるのはどうやって水無瀬を助け出すか。 だがそれは水無瀬の気持ちを確かめてからのことになる。

水無瀬はこの時期そろそろ大学へ行かなくてはならないはず。 水無瀬とライの会話から、水無瀬は大学からの就職を望んでいたということだった。 それなのにまだアパートにも戻れていない。
たとえ長から聞いた話し、朱門を認めないようなことを水無瀬がまだ思っていたとしても、黒門が括りつけているのであれば水無瀬は解放されたいはずである。

「どんな所だったの?」

「入り込むの難しそう?」

「シキミさんとキリさんが入ったが入り込むに難はないそうだ。 だが・・・水無瀬君はかなり奥に居るようだな」

シキミとキリが車で入って行くと、途中までは特に誰何されることなく入ることが出来たが、車を止めて辺りを見回していると何をしているのかと声をかけられた。


『この辺りで渓流釣りが出来るって聞いたもんで来たんですけど、どう行けばいいかご存知ですか?』

『ああ、それなら二股で分かれてる道で間違ったんだろう。 そうだなぁ、ここに車を置いて歩いて行くのなら、あっち側の細い道を上がって行くと行けるが、結構な上りになるからあまり勧めんな』

『そうですか。 あっちにはないんですか?』

村へ続くだろう道である反対側を指さした。 相手の男の顔が一瞬ピクリと動いたのを見逃してはいない。

『ああ、あっちからは渓流に降りられない。 村が続いているだけだ』


「奥?」

練炭二人が声を合わせる。

「ああ。 村になっていてな、病院でもなんでもなかった。 黒門の関係する村かもしれない、そうなるとちょっとややこしいな」

水無瀬の位置を探したのは煉炭だ、これくらいの情報は謝礼として聞かせてもいいだろう。

だが疑問が無いわけではない。 もし黒門の関係する村、若しくは黒門の知り合いの居る村であるのならば、どうして水無瀬をハラカルラに出向かせていないのか。
水無瀬に何かあったのか、それとも黒門に何かあったのか。

「さ、今日の収穫はこれだけだ。 早く寝ろ」

「はーい」

しぶしぶといった態で二人が部屋を後にした。


夜遅く、数名の若い者代表やおっさんたちそれぞれが懐中電灯を手にし、ナギが弓の練習をしていたところに集まりシキミとキリから説明を聞いた。

「そうか・・・で? 練炭はその後の水無瀬君の動きはどうだって?」

「ないらしい」

「そこにじっと居てるってことか?」

「ああ、穴にも行っていないようだ」

おっさんたちの声があちこちから飛んでくる。

「黒門の関係者の村ってところか・・・嫁さんの里とか」

「嫁さんの里として、ハラカルラのことは知らないはず。 黒門も口外はしないだろう」

「何か理由をつけて預かってもらっているってことですかね?」

「いや、その程度では水無瀬君だってそれなりに言って村を出るだろう。 村の中を歩けば道路だって見えるはずだろうし」

おっさんたちの声の中に若者代表の若い声が混じる。

「村の中も歩かせてもらっていない可能性があるってことですか。 練炭は全く動いていないと言っていたんですか?」

「いや、まぁ、学校に行っている間はどうか分からんが、多分そこらあたりも練炭は見てるとは思う」

練炭がどれほど水無瀬を心配しているかは知っている、一緒に風呂に入りたがっていることも。 事情が変わってきた、多分今は一日中動かしているはずだ。 そして学校に行っている間のデータも見ているはず。 そういうところは抜け目のない練炭だ、と父ちゃんは変わったところで練炭を認めている。

「もしかして軟禁とか拘束とか、か?」

「そんなことをする必要などないだろう、水無瀬君は自ら黒門を選んだんだから」

「嫌になって脱走しかけたとか」

「ああ、そういえばそろそろ大学が始まりますよね、就活があるか。 それで脱走しかけたのかな」

「理由はいろいろ考えられるが、とにかく一度夜に入ろう」

「軽い下見というところだな。 まだ何も分かっていない深く入り込むのは危険だ。 明日でいいな?」

「何人で行く?」


翌朝ワハハおじさんが練炭に確認を入れた。 水無瀬の動きをどのタイミングで見ているのかと。 するとやはり練炭は朝に夜中の動き、学校から帰ってからは学校に行っている間の動きも見ていたという。 やはり抜かりはないようだ。 そして父ちゃんの目に狂いはなかった。

その練炭二人は家を出る前に父ちゃんにプレゼントを渡し、ランドセルを背負いながら爺たちの近くをそれとなく歩き大きな声で「値引き交渉って難しいんだってー」「何もかも高騰してるからだってー」と、母ちゃんに言われるまでもなく、爺たちに聞かせてから学校に向かった。

午後十一時を過ぎた頃、三手に分かれ車三台で村を後にした。 この時間であれば爺たちは完全に眠りの中である、少々のエンジン音では目覚めまい。 それに出す車は昼間に家々から離れたところに移動しておいた。

それぞれに三人が乗車している。 そしてそれぞれの運転手は既に一度行っているワハハおじさんとシキミ、そして一度目は運転こそしていなかったが、ワハハおじさんの運転する助手席に乗っていたライたちの父親であるモヤの双子の兄であるキリ。

ワハハおじさんの運転する車にはいつも通りモヤが助手席に座っている。 後部座席には新緑(しんろく)。
シキミの車には稲也(いねや)と茸一郎(たけいちろう)。 この茸一郎、村の者からは茸を取って一郎と呼ばれている。 何故ならば今度こそは女の子を、と望んだ出産だったがまたしても男であった。 ましてや三度目の三つ子だった。 もう名前を考えるのを面倒くさがった両親が、三つ子に茸一郎、茸次郎、茸三郎と名付けたからである。 結果、村での呼び名は一郎、次郎、三郎となっている。
キリの運転する車には色んなケースを考えて泉水(いずみ)とナギの男女ペアが選ばれた。

「お前ら分かってんな」

「分かってますって、なぁナギ」

助手席に座る泉水が軽く後ろに首を振ってナギに話しかけると、ブスッとした顔で軽く頷く。

「おーい、そこまで俺のこと毛嫌うなよ」

「別に」

ナギは夜の会合には出ていなかった。 急に参加するようにと言われ、ましてやその理由にどうも納得がいかない。

「おいナギ、そんなんで恋人同士役が出来んのか?」

バックミラーに映るナギを見ながらキリが言う。

「どうせこんなショウムナイことを考えたのキリ伯父さんでしょ」

「おっ、よく俺のことを分かってんじゃないか。 ショウムナイってのは聞き逃せないが、泉水が嫌なら俺と恋人同士するか?」

「それ犯罪」

伯父と姪の関係であるし、自分の父親とどこか似た顔で同い年である。 そのキリはライとナギと同じくモヤと二卵性の双子である。 モヤは顔も身体も岩のようだが、キリの方は面長の顔に痩身である。 顔は置いておいても年齢は親子と同じだけ違う。

黒門の関係している村であっても普通の村のはず。 たまには男女のカップルが迷い込んでくることもあるだろうという、万が一見つかった時のキリの策であった。
ナギのスマホが鳴った。 父親であるモヤからである。

「父さんです。 スピーカーにします」

『こっちは着いたが、そっちはどうだ』

前傾になり手を運転席に伸ばす。

「あと少しかかる」

ナギのスマホにかけたからといってキリが出ても何の不思議はない。

『シキミの方もまだ少しかかるそうだ』

「分かった、着いたら連絡を入れる」

それぞれが三方向に散っている。 ワハハおじさんは前回と同じ場所に。 そしてシキミは山の裏側に回り渓流を挟んだ裏の山から入る。 キリは前回目にした渓流の川上に。 シキミとキリたちは車から降りて山の中や渓流沿いと足場の悪いところを歩かねばならない。 そしてワハハおじさんたちは平地で足場の良いところを歩くが、正面からということになりそれなりに気を付けねばならない。


「車、どうします? このまま道路端に停めておきます?」

スマホを切ったモヤにワハハおじさんの代わりに新緑が訊く。

「どうしたもんか・・・」

道路に停めて万が一ややこしいことに巻き込まれても困るが、畦に停めても同じことだろう。

「町側に行った先にコインパーキングがありますけど・・・んっと、片道徒歩十分ってところですか」

スマホを弄りながら言っている。 最近の地図アプリは色んな意味で役に立つ。

「あっちはまだかかるみたいだし、俺、停めてきましょうか?」

「俺を爺さん扱いすんな、モヤさんとお前がここで降りて待ってろ。 場所はどこ―――」

「おい、誰が爺さんだ。 新緑、運転を代われ。 俺がついて行ってやる」

「あー・・・いやあ、それじゃあ三人で行きましょうか。 後ろからナビするんで」

一番若い新緑が精神的に一番疲れそうである。


「うちが一番遅くなるだろうな」

ハンドルを握るシキミが言う。

「ま、それは仕方ないですよ。 それより車を降りた後、こっちが一番厳しいんじゃないですか? 山登り山下りだし。 他と比べてかなり時間食いますよ」

「学校に通ってた頃を思い出すな」

助手席に座る稲也がまじめに言った後に茸一郎が嬉しそうに言った。

「ま、それがあってお前らが選ばれたんだろうな、おっさん連中のトップ連中だとギックリ腰でも起こすかもしれないからな。 とは言っても何も分からない状態では若い者にはまだ任せられないしな」

「でもキリさんとこは泉水とナギでしょ?」

「そりゃ、キリさんがしっかりシメるだろう。 無鉄砲なだけに無鉄砲の危なさをよく知ってるからな」

「でも何で泉水とナギなんだろ?」

「さぁ? ニヤニヤ笑って指名してたな。 さ、あと十分ちょいで着く。 気合い入れとけ」


「よし、では動こうか」

三台の車がトラブルなく目的地に着いた。 どこかの門の村に入るわけではない、普通の村の者を脅かすわけにはいかないということで、キツネ面は誰もつけていない。 それだけに顔はもちろんだが、姿を見られるようなことがあってはならない。

キリが渓流から少し離れたところに車を停めている。 この辺りは人家がない、見回りの警察のパトロールもないだろう。 歩を出したキリに続いて泉水とナギが続く。 車を停めた道路から長い階段を上がり平地を進むと数メートルの下り坂、その先に渓流が見える。

「ふーん、キリ伯父さんまだまだ動ける」

痩身であるが故か、身軽に渓流の岩を次々と跳んでいる。


シキミたちが車を降り山を見上げている。

「とにかくこの辺りは何も気にすることは無い。 少々の音など気にせず突き進む。 下りに入ってからは辺りを見た判断で速度を決める。 出発」

その声に「はい」と二つの声が重なる。

下りに入ってどれだけ渓流近くに家が見えるか。 家を目視できないようであれば、渓流の音がある、坂を滑って音を立てても何も気にすることは無いが、家が見える様なら考えなければならない。


身を屈めて田んぼの畔を走る三人の姿があるが、月明かりに照らされたくらいでは遠目に誰も気づかないだろう。
ただ畦が終わるとすぐに今回調べる村となる、気は抜けない。
ザっと小さく音を立てて止まる。 村の入り口まで来た。

(キリの話ではこちら方向が奥になるはず)

練炭も使っていた特殊な手話でモヤが話す。 それを見たワハハおじさんと新緑が頷く。
事前に計画は話し合っている。 奥に向かって走り出すと、それぞれが徐々に三方向に分散する。
まっすぐと奥に向かっているのはワハハおじさんである。 徐々に家が見えてきた。 分散したあとの二人も家を確認できているだろう。 その家のどこにも電気が点いていない。 ここも朝早くからの畑仕事をしているということだろう。

(・・・普通の村か)

練炭が拡大地図を何枚も出してきていた、その地図は頭に入っている。 水無瀬がいるだろう赤いマークの付いた場所も。
他の二人は村の中の様子を見る手筈である。 そしてワハハおじさんが水無瀬のいる場所の確認、そして可能ならば接触。