ハラカルラ 第36回
『ハラカルラ』 目次
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「やぁ、俺をお呼びかな?」
雄哉が広世を連れてきた。 広世が水無瀬の前に座り、当の雄哉は水無瀬の後ろで少し離れた所に座っていて部屋から出る様子はない。
「俺はいつまでここに縛られなきゃいけないんですか」
「うーん、いつまでってことは無いんだけどね、取り敢えず君が落ち着いてくれるまでってとこかな?」
「落ち着くも何も、俺、暴れもしてないし逃げようともしてませんよね。 大体、どうしてここに縛られているかも分からない」
「ああ、言い方が悪かったかな。 それじゃあ言い方を変えよう。 君が俺たちを受け入れてくれるようになれば、ってことで理解してもらえるかな?」
「理解? 理解も何も全く訳が分からない、受け入れるって何を受け入れるんですか。 それに広世さんなら大学のことを分かってくれてるでしょう? もう春学期が始まります」
「ああ、大学のことは気にしないでいいよ、それなりに手を回してるから」
手を回している? どういうことだ。
「水無ちゃん、広世さんは大学に残るんだ。 教授には既に頼んであるからそこの心配はいらないよ」
「え?」
思わず後ろを振り向いて雄哉を見る。
「水無瀬君だけじゃないよ、雄哉のことも頼んである」
「え?」
雄哉がバツの悪そうな顔をしている。 どういうことだろうか。 雄哉から目を外して再び広世を見る。
「雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、ね」
「雄哉、どういうことだ」
まだ広世を見ながら雄哉に問うが答えたのは広世である。
「その条件と交換に雄哉がここに居る。 そして今、君といる」
「雄哉・・・」
「あーっと、そこんところは水無ちゃんは気にしないでいいから」
後頭部に雄哉の声が聞こえる。
「ま、俺も気楽に大学を卒業したいわけ。 そしてその後の就職も広世さんの世話になるって寸法。 水無ちゃんだって一流会社には行けないし昇進って話もないけど、広世さんの世話になると安定だよ?」
「雄哉・・・何を言ってるんだ」
まだ振り返らない。 今、雄哉の顔を見ると怒りが込み上げてきそうになる。
「あーあー、雄哉、その話は俺からしようと思ってたのに」
呆れるようでも怒るようでもなく広世が言う。
「えー、もういいじゃないですか。 それにさっき水無ちゃんと言ってたんですけど、俺そろそろ水無ちゃんの監視も飽きてきたし、ちょっと戻ってパアーッとしてきたいんですけど」
(雄哉は何を言っている? 俺の監視?)
確かに薄々は気付いていた、だがそれをはっきりと口に出して言われるなんて。 雄哉、と雄哉の名を呼びたい。 雄哉何を言ってるんだと訊きたい。
「あー、それはもうちょっと待って欲しいな」
なんなんだ、どうして二人でそんなに楽しそうに話しているんだ。 いったい何がそんなに楽しいんだ。
「ってことで、雄哉が言っちゃったから君にもそろそろ話そうか、水無瀬君。 それで君も納得してくれるだろうからね、水見の血が選んだ君なんだから」
そう言って話し出されたのは水見の話しだった。
水見は二十歳を過ぎてから一回目の異変を感じたという。 そして二回目の異変、開眼をしたのは四十歳を過ぎた頃。
ハラカルラを知って最初は戸惑っていたようだが、それでもすぐに受け入れたという。 水見をチョイスした前の守り人は、水見が感じた最初の異変より一つ前にあたる異変で感じたが、開眼に時間がかかったということで、水見より少し年上であったが守り人の全てを水見に託しハラカルラから退いた。
水見は研究者だった。 最初はハラカルラに足しげく通い烏と共に水を宥めていたが、その内に研究の方に没頭し始めた。
「研究?」
「そう、あの水の中で育った魚の研究をね」
「え・・・」
研究? 魚の? それは・・・ハラカルラの魚を研究材料にしたということか? ハラカルラの魚を持ち出し解剖したということか?
「内臓を調べると面白いことが分かったということでね、詳しいことは難しすぎて俺には分からないけど、不老までにはいかないにしても長命と言えば何を言いたいかは、ハラカルラを知っている君にも分かるだろう?」
ハラカルラの水の中に居れば傷が治り疲れることもなく、食べることも必要としない。 生まれた時からずっと水の中に居る魚の内臓がその影響を受け、この世の魚と違う内臓を持っていても、細胞を持っていても不思議ではない。
魚を獲れば尋常なく水がざわつくはず。 そうなればすぐに烏に気付かれ烏がやって来る。 だがその時の水見はすぐに水を宥めることが出来ていた。
「君にも出来るはずだよね? いや、出来る」
水無瀬に自覚はないが、ピロティで誰かを見た時に水をざわつかせてしまい、すぐに宥めることが出来た。 それは水無瀬だから出来たこと。 他の者であったなら、まだ来て間もない時にそんなことなど出来ない。
水見とて水無瀬ほど来て間なしに出来ていたわけではないが、何年も烏に教えてもらい、水無瀬と同じくらいに水を宥めることが出来ていた。
「ああでも水見さんがいた時代は、今ほど医学も薬学も進んでいなかったからね、詳しいことが分かったのはそれから随分と後の話になる。 水見さんが色々書き残してくれていたから分かったってとこでね」
水見は研究をする傍ら跡を探してもいた。 そしてその跡を引き継いだ者は水見ほど水を宥められなかった。 その後もその後もそれはずっと続いた。 だから魚を獲ることは出来なかった。 そこに矢島が現れた。
「水見矢島。 水見という苗字を聞いてすぐにピンときた。 だから接触したんだけどね」
その矢島は守り人として水見よりも優れていた。
「うちの守り人が何度接触して話してもいい返事がもらえなくてね、だから矢島さんが外に出てきた時にうちの者が接触を図ったんだけど逃げられてばかり」
矢島は黒門からも白門からも追われていた。 それはここに来た時に聞いていた。 そして矢島が死んだ。 その矢島は水無瀬を選んでいた。
「守り人として優れていたのに、勿体ないことを選んだと思っているよ。 君はそんな勿体無いことは選ばないだろう?」
勿体ないことを選んだ? それは断ったことに対して言っているのか? それとも他に何かあると言うのか。
「勿体ないことを選んだとは、どういう意味ですか」
「水無瀬、そんな話はもういいだろう」
「そんな話って―――」
思わず振り返りかけたが、まだ雄哉の顔をまともに見る気にはなれない。
「広世さん、以前の話をしていても時間食うだけですよ?」
いったい雄哉はどんな顔をしてそんなことを言っているのか。
「それもそうだな。 じゃ、水無瀬君、単刀直入に言おう。 もう分かっているとは思うが、この村で魚から得たものをエキスにする。 魚を獲るにあたって君に水を宥めてもらいたい」
朱門の村から車が二台出て行った。
「なんじゃ? また村を下りていきおった」
「道の駅か?」
「いやぁ、また軽トラではなかったからのぉ」
爺二人が言うのを聞いていた煉炭。 そっとその場から離れ母ちゃんに報告をする。 一台の車には父ちゃんが乗っているのだから。
「爺様たちに怪しまれたら父ちゃんたちが動かれんようになる。 煉炭、爺様たちに聞こえるようにわざと大きな声で、父ちゃんたちが肥料の値引き交渉に行ったって話しといで」
母ちゃんは煉炭に悪知恵を与えてしまったということには気付いていなかった。
「ふざけるな!」
木製の菓子皿に入っていた饅頭を掴むと壁にぶちまけた。
既に目の前には広世はいない。 広世との話は終わっていた。 そしてその広世について雄哉も出て行っていた。
『君がその気になってもらえるまで、ここから出すわけにはいかないんだよ。 ほら、矢島さんみたいな道を選ばれても困るからね』
『え・・・どういう、意味ですか』
『知らない? ニュース見てない? ダムに飛び降りたって』
矢島は白門たちの目の前でダムに飛び下りたということだった。 勿体ないことを選んだというのはそういうことだった。
その上 『お前たちの手先になるくらいなら死んだほうがましだ』 と言い残したという。
矢島の死に黒門は関係していなかった。
黒門の食事を運んできていた女性は、ハラカルラを守りたいだけだと言っていた。 まさにそうなのだろう。 朱門の守り人を攫ったというのを認める気はないが、ただただハラカルラを守りたかったということが、そうさせたのだろう。 黒門はハラカルラを守りたいと思っている。 それは決して認めることが出来ない、拘束に近いやり方だったが。
「くそっ!」
壁にぶつかり形を変えてしまった饅頭。 その饅頭をじっと見る。
白門は真逆を考えている。
(矢島さんは白門と黒門に追われる中で俺を探し出した)
『あとを頼む』 矢島が言ったそれは、このことだったのか。 ハラカルラを白門の手から守ってくれということだったのか、陰謀を阻止してくれということだったのか。
だが単純に考えれば黒門の人間に全てを言って白門を排除すればいいだけの話し。 若しくは烏にでも言えば簡単にこの問題から外れることが出来たはず。 死を選択しなければならないようなことにはならなかったはず。
「いや、そうだろうか」
黒門に拘束され毎日ハラカルラに行かされていた。 その内に白門から聞きたくない話を聞かされるようになってきた。
あんな毎日を平気で繰り返させる黒門を信用する気にはなれないだろう。 黒門に白門のことを言う気にはなれなかった、ということだろうか。
「うん、俺でもそう思うわな」
そして烏に言わなかったのは・・・。
烏はこっちの世に入ってくることは出来ない。 それも理由の一つだろうが、それだけじゃないだろう、烏に相談すればそれなりのことを考えてくれていたはず。 なのに相談しなかった? それは・・・烏の逆鱗に触れることになるということだろうか。
「烏―――」
(おっと、また独り言を口にしてしまってる。 壁に耳あり障子に目あり、危ない危ない)
烏の逆鱗の顕(あらわれ)って何なのだろうか。
烏はこっちの世に入って来ることは出来ないが、こっちの世に何かを顕現させることは出来る。 獅子のように。
(うわ、とんでもないモノを作り出すかもしれないってことか)
それでは簡単に烏に言えたものではない。
ごそごそと四つん這い状態で動き、形を変えた饅頭を手に取り菓子皿に戻す。
(どうして矢島さんは死を選んだのだろうか)
いつか白門に捕まるかもしれない、捕まっては最後と思っていた。 もしかして白門の強行を知っていたのかもしれない。 たとえ黒門の人たちに同道されていてもそれを上回る白門の強行。 水無瀬自身がその強行で攫われたのだから、ある意味実証済みである。
だから黒門を出た、逃げた。 とはいってもハラカルラをこのままにはしておけない。 自分が捕まった時のことを考え、急いで次代を探さなければならなくなった。 その為に拘束する黒門を出てそこで水無瀬を見つけた。
そして白門から逃げきれず捕まりかけたから死を選んだ。
矢島は疲れていたのかもしれない。
初めて矢島を見た時、田舎臭さを感じた。 それはしっかりと覚えていて、ネットニュースで写真を見た時にすぐに分かったほどだった。 だがもう一つあった。 忘れていたが矢島の目の下にはクマがあった。
矢島は疲れていた。
きっと黒門と白門から逃げる時、何度もハラカルラにダイブしていたのだろう。 疲れはそれだけが理由では無いだろうが、ダイブにはかなりの精神力を使うと烏が言っていた。 せいぜい一日に一回ないし二回。 だがそれも毎日できるものではなく、無理をすると身体が持たなくなってくると言っていた。
(矢島さんは、はるかにオーバーしていた)
もう身体が持たなくなってきていた、ボロボロになっていたに違いない。
だが矢島なら白門に拘束されたあと養生し、ダイブして逃げることもできたはず。 どうしてその道を選ばなかったのだろうか。 もしかして少しでも手を染めるのが嫌だったのだろうか、手を染めなくともあんな考えを持っている白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったのだろうか。
(あの時、俺が矢島さんと初めて会った時に追っていたのが黒門だったとすると、白門は俺と矢島さんが接触したことを知らない)
広世は矢島が死んだということから水無瀬にシフトしたと言っていた。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたとも。
(ということは、俺が黒門の黒の穴に出入りしたのを見て、俺にシフトしたということだろうか)
水無瀬が黒の穴に出入りしだしたのは矢島が亡くなって間なしのこと。 もし、もっと後にしていれば、何年もあとにしていれば事は違ったのだろうか。
(そうか!)
矢島が亡くなったことで黒門が自力で跡を探したと見せかければ、白門の言うDNAは切れたということになっていたはず。 矢島が悪行に手を染めたくなかったとか、白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったとか、そんな軽い理由ではなかった。
(矢島さんは身をもって水見さんの縁が終わったということを証明した。 そして “あとを頼む” と言ったのは、万が一のことを考えると口を衝いて出てきたのかもしれない)
あまりの悲しい結末にうな垂れることしか出来ない。
その考えが合っているかどうかは分からないが、矢島が身をもってお膳立てをしてくれていたというのに、ノコノコと黒の穴に出入りをした。 そして白門に見つかった。
(俺、サイテー)
モニターのある部屋の戸が開いて広世が入って来た。
「どんな具合ですか?」
「ああ、饅頭をぶちまけたがその後は落ち着いてるな」
「何か言ってました?」
「ちょこちょこ独り言は言ってたが特には言ってないな」
「そうですか」
「アイツが居ないんだが?」
「ああ、雄哉ですか。 さっきまで話してましたけど、暫くは部屋に入りずらいって言ってました。 夜になれば戻るって」
「いいのか? 一人にしておいて」
「どっちがです?」
「どっちも」
「どちらもいいでしょう。 今彼は熱くなってしまっていますけどあの二人は付き合いが長いんです、互いが人質みたいなものですから」
「言うねぇ、じゃ、交代」
「はい」
男が立ちあがると部屋を出て行った。
広世も広世なりに水無瀬には嫌われたが、雄哉に対して水無瀬には相当の思いがあるだろう。
「裏切られた」
雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、そして卒業後のこと。 それと交換に雄哉がここに居る。 水無瀬を監視している。
「それも監視という言葉を雄哉自身が言ったのだからな。 さ、そこで水無瀬君は雄哉を切れるかな?」
さっきの男には互いが人質だとは言ったが、水無瀬が雄哉を切り捨てるのなら部屋から出て行くだろう。 出て行こうとしても玄関には雄哉がいるし、村の中を一人で歩いていれば目立つ。 それに右も左も分からない状態で村から出ることも出来ないし、村の人間の目もある。
「あとは雄哉の腕の見せ所ってところか」
水無瀬が協力的になるよう雄哉に言わせる。 裏切った雄哉の言うことをどこまで聞くだろうか、だが。
「その為の雄哉なんだからな、頼むよ、雄哉君」
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「やぁ、俺をお呼びかな?」
雄哉が広世を連れてきた。 広世が水無瀬の前に座り、当の雄哉は水無瀬の後ろで少し離れた所に座っていて部屋から出る様子はない。
「俺はいつまでここに縛られなきゃいけないんですか」
「うーん、いつまでってことは無いんだけどね、取り敢えず君が落ち着いてくれるまでってとこかな?」
「落ち着くも何も、俺、暴れもしてないし逃げようともしてませんよね。 大体、どうしてここに縛られているかも分からない」
「ああ、言い方が悪かったかな。 それじゃあ言い方を変えよう。 君が俺たちを受け入れてくれるようになれば、ってことで理解してもらえるかな?」
「理解? 理解も何も全く訳が分からない、受け入れるって何を受け入れるんですか。 それに広世さんなら大学のことを分かってくれてるでしょう? もう春学期が始まります」
「ああ、大学のことは気にしないでいいよ、それなりに手を回してるから」
手を回している? どういうことだ。
「水無ちゃん、広世さんは大学に残るんだ。 教授には既に頼んであるからそこの心配はいらないよ」
「え?」
思わず後ろを振り向いて雄哉を見る。
「水無瀬君だけじゃないよ、雄哉のことも頼んである」
「え?」
雄哉がバツの悪そうな顔をしている。 どういうことだろうか。 雄哉から目を外して再び広世を見る。
「雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、ね」
「雄哉、どういうことだ」
まだ広世を見ながら雄哉に問うが答えたのは広世である。
「その条件と交換に雄哉がここに居る。 そして今、君といる」
「雄哉・・・」
「あーっと、そこんところは水無ちゃんは気にしないでいいから」
後頭部に雄哉の声が聞こえる。
「ま、俺も気楽に大学を卒業したいわけ。 そしてその後の就職も広世さんの世話になるって寸法。 水無ちゃんだって一流会社には行けないし昇進って話もないけど、広世さんの世話になると安定だよ?」
「雄哉・・・何を言ってるんだ」
まだ振り返らない。 今、雄哉の顔を見ると怒りが込み上げてきそうになる。
「あーあー、雄哉、その話は俺からしようと思ってたのに」
呆れるようでも怒るようでもなく広世が言う。
「えー、もういいじゃないですか。 それにさっき水無ちゃんと言ってたんですけど、俺そろそろ水無ちゃんの監視も飽きてきたし、ちょっと戻ってパアーッとしてきたいんですけど」
(雄哉は何を言っている? 俺の監視?)
確かに薄々は気付いていた、だがそれをはっきりと口に出して言われるなんて。 雄哉、と雄哉の名を呼びたい。 雄哉何を言ってるんだと訊きたい。
「あー、それはもうちょっと待って欲しいな」
なんなんだ、どうして二人でそんなに楽しそうに話しているんだ。 いったい何がそんなに楽しいんだ。
「ってことで、雄哉が言っちゃったから君にもそろそろ話そうか、水無瀬君。 それで君も納得してくれるだろうからね、水見の血が選んだ君なんだから」
そう言って話し出されたのは水見の話しだった。
水見は二十歳を過ぎてから一回目の異変を感じたという。 そして二回目の異変、開眼をしたのは四十歳を過ぎた頃。
ハラカルラを知って最初は戸惑っていたようだが、それでもすぐに受け入れたという。 水見をチョイスした前の守り人は、水見が感じた最初の異変より一つ前にあたる異変で感じたが、開眼に時間がかかったということで、水見より少し年上であったが守り人の全てを水見に託しハラカルラから退いた。
水見は研究者だった。 最初はハラカルラに足しげく通い烏と共に水を宥めていたが、その内に研究の方に没頭し始めた。
「研究?」
「そう、あの水の中で育った魚の研究をね」
「え・・・」
研究? 魚の? それは・・・ハラカルラの魚を研究材料にしたということか? ハラカルラの魚を持ち出し解剖したということか?
「内臓を調べると面白いことが分かったということでね、詳しいことは難しすぎて俺には分からないけど、不老までにはいかないにしても長命と言えば何を言いたいかは、ハラカルラを知っている君にも分かるだろう?」
ハラカルラの水の中に居れば傷が治り疲れることもなく、食べることも必要としない。 生まれた時からずっと水の中に居る魚の内臓がその影響を受け、この世の魚と違う内臓を持っていても、細胞を持っていても不思議ではない。
魚を獲れば尋常なく水がざわつくはず。 そうなればすぐに烏に気付かれ烏がやって来る。 だがその時の水見はすぐに水を宥めることが出来ていた。
「君にも出来るはずだよね? いや、出来る」
水無瀬に自覚はないが、ピロティで誰かを見た時に水をざわつかせてしまい、すぐに宥めることが出来た。 それは水無瀬だから出来たこと。 他の者であったなら、まだ来て間もない時にそんなことなど出来ない。
水見とて水無瀬ほど来て間なしに出来ていたわけではないが、何年も烏に教えてもらい、水無瀬と同じくらいに水を宥めることが出来ていた。
「ああでも水見さんがいた時代は、今ほど医学も薬学も進んでいなかったからね、詳しいことが分かったのはそれから随分と後の話になる。 水見さんが色々書き残してくれていたから分かったってとこでね」
水見は研究をする傍ら跡を探してもいた。 そしてその跡を引き継いだ者は水見ほど水を宥められなかった。 その後もその後もそれはずっと続いた。 だから魚を獲ることは出来なかった。 そこに矢島が現れた。
「水見矢島。 水見という苗字を聞いてすぐにピンときた。 だから接触したんだけどね」
その矢島は守り人として水見よりも優れていた。
「うちの守り人が何度接触して話してもいい返事がもらえなくてね、だから矢島さんが外に出てきた時にうちの者が接触を図ったんだけど逃げられてばかり」
矢島は黒門からも白門からも追われていた。 それはここに来た時に聞いていた。 そして矢島が死んだ。 その矢島は水無瀬を選んでいた。
「守り人として優れていたのに、勿体ないことを選んだと思っているよ。 君はそんな勿体無いことは選ばないだろう?」
勿体ないことを選んだ? それは断ったことに対して言っているのか? それとも他に何かあると言うのか。
「勿体ないことを選んだとは、どういう意味ですか」
「水無瀬、そんな話はもういいだろう」
「そんな話って―――」
思わず振り返りかけたが、まだ雄哉の顔をまともに見る気にはなれない。
「広世さん、以前の話をしていても時間食うだけですよ?」
いったい雄哉はどんな顔をしてそんなことを言っているのか。
「それもそうだな。 じゃ、水無瀬君、単刀直入に言おう。 もう分かっているとは思うが、この村で魚から得たものをエキスにする。 魚を獲るにあたって君に水を宥めてもらいたい」
朱門の村から車が二台出て行った。
「なんじゃ? また村を下りていきおった」
「道の駅か?」
「いやぁ、また軽トラではなかったからのぉ」
爺二人が言うのを聞いていた煉炭。 そっとその場から離れ母ちゃんに報告をする。 一台の車には父ちゃんが乗っているのだから。
「爺様たちに怪しまれたら父ちゃんたちが動かれんようになる。 煉炭、爺様たちに聞こえるようにわざと大きな声で、父ちゃんたちが肥料の値引き交渉に行ったって話しといで」
母ちゃんは煉炭に悪知恵を与えてしまったということには気付いていなかった。
「ふざけるな!」
木製の菓子皿に入っていた饅頭を掴むと壁にぶちまけた。
既に目の前には広世はいない。 広世との話は終わっていた。 そしてその広世について雄哉も出て行っていた。
『君がその気になってもらえるまで、ここから出すわけにはいかないんだよ。 ほら、矢島さんみたいな道を選ばれても困るからね』
『え・・・どういう、意味ですか』
『知らない? ニュース見てない? ダムに飛び降りたって』
矢島は白門たちの目の前でダムに飛び下りたということだった。 勿体ないことを選んだというのはそういうことだった。
その上 『お前たちの手先になるくらいなら死んだほうがましだ』 と言い残したという。
矢島の死に黒門は関係していなかった。
黒門の食事を運んできていた女性は、ハラカルラを守りたいだけだと言っていた。 まさにそうなのだろう。 朱門の守り人を攫ったというのを認める気はないが、ただただハラカルラを守りたかったということが、そうさせたのだろう。 黒門はハラカルラを守りたいと思っている。 それは決して認めることが出来ない、拘束に近いやり方だったが。
「くそっ!」
壁にぶつかり形を変えてしまった饅頭。 その饅頭をじっと見る。
白門は真逆を考えている。
(矢島さんは白門と黒門に追われる中で俺を探し出した)
『あとを頼む』 矢島が言ったそれは、このことだったのか。 ハラカルラを白門の手から守ってくれということだったのか、陰謀を阻止してくれということだったのか。
だが単純に考えれば黒門の人間に全てを言って白門を排除すればいいだけの話し。 若しくは烏にでも言えば簡単にこの問題から外れることが出来たはず。 死を選択しなければならないようなことにはならなかったはず。
「いや、そうだろうか」
黒門に拘束され毎日ハラカルラに行かされていた。 その内に白門から聞きたくない話を聞かされるようになってきた。
あんな毎日を平気で繰り返させる黒門を信用する気にはなれないだろう。 黒門に白門のことを言う気にはなれなかった、ということだろうか。
「うん、俺でもそう思うわな」
そして烏に言わなかったのは・・・。
烏はこっちの世に入ってくることは出来ない。 それも理由の一つだろうが、それだけじゃないだろう、烏に相談すればそれなりのことを考えてくれていたはず。 なのに相談しなかった? それは・・・烏の逆鱗に触れることになるということだろうか。
「烏―――」
(おっと、また独り言を口にしてしまってる。 壁に耳あり障子に目あり、危ない危ない)
烏の逆鱗の顕(あらわれ)って何なのだろうか。
烏はこっちの世に入って来ることは出来ないが、こっちの世に何かを顕現させることは出来る。 獅子のように。
(うわ、とんでもないモノを作り出すかもしれないってことか)
それでは簡単に烏に言えたものではない。
ごそごそと四つん這い状態で動き、形を変えた饅頭を手に取り菓子皿に戻す。
(どうして矢島さんは死を選んだのだろうか)
いつか白門に捕まるかもしれない、捕まっては最後と思っていた。 もしかして白門の強行を知っていたのかもしれない。 たとえ黒門の人たちに同道されていてもそれを上回る白門の強行。 水無瀬自身がその強行で攫われたのだから、ある意味実証済みである。
だから黒門を出た、逃げた。 とはいってもハラカルラをこのままにはしておけない。 自分が捕まった時のことを考え、急いで次代を探さなければならなくなった。 その為に拘束する黒門を出てそこで水無瀬を見つけた。
そして白門から逃げきれず捕まりかけたから死を選んだ。
矢島は疲れていたのかもしれない。
初めて矢島を見た時、田舎臭さを感じた。 それはしっかりと覚えていて、ネットニュースで写真を見た時にすぐに分かったほどだった。 だがもう一つあった。 忘れていたが矢島の目の下にはクマがあった。
矢島は疲れていた。
きっと黒門と白門から逃げる時、何度もハラカルラにダイブしていたのだろう。 疲れはそれだけが理由では無いだろうが、ダイブにはかなりの精神力を使うと烏が言っていた。 せいぜい一日に一回ないし二回。 だがそれも毎日できるものではなく、無理をすると身体が持たなくなってくると言っていた。
(矢島さんは、はるかにオーバーしていた)
もう身体が持たなくなってきていた、ボロボロになっていたに違いない。
だが矢島なら白門に拘束されたあと養生し、ダイブして逃げることもできたはず。 どうしてその道を選ばなかったのだろうか。 もしかして少しでも手を染めるのが嫌だったのだろうか、手を染めなくともあんな考えを持っている白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったのだろうか。
(あの時、俺が矢島さんと初めて会った時に追っていたのが黒門だったとすると、白門は俺と矢島さんが接触したことを知らない)
広世は矢島が死んだということから水無瀬にシフトしたと言っていた。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたとも。
(ということは、俺が黒門の黒の穴に出入りしたのを見て、俺にシフトしたということだろうか)
水無瀬が黒の穴に出入りしだしたのは矢島が亡くなって間なしのこと。 もし、もっと後にしていれば、何年もあとにしていれば事は違ったのだろうか。
(そうか!)
矢島が亡くなったことで黒門が自力で跡を探したと見せかければ、白門の言うDNAは切れたということになっていたはず。 矢島が悪行に手を染めたくなかったとか、白門の者達と一時でも一緒にいたくなかったとか、そんな軽い理由ではなかった。
(矢島さんは身をもって水見さんの縁が終わったということを証明した。 そして “あとを頼む” と言ったのは、万が一のことを考えると口を衝いて出てきたのかもしれない)
あまりの悲しい結末にうな垂れることしか出来ない。
その考えが合っているかどうかは分からないが、矢島が身をもってお膳立てをしてくれていたというのに、ノコノコと黒の穴に出入りをした。 そして白門に見つかった。
(俺、サイテー)
モニターのある部屋の戸が開いて広世が入って来た。
「どんな具合ですか?」
「ああ、饅頭をぶちまけたがその後は落ち着いてるな」
「何か言ってました?」
「ちょこちょこ独り言は言ってたが特には言ってないな」
「そうですか」
「アイツが居ないんだが?」
「ああ、雄哉ですか。 さっきまで話してましたけど、暫くは部屋に入りずらいって言ってました。 夜になれば戻るって」
「いいのか? 一人にしておいて」
「どっちがです?」
「どっちも」
「どちらもいいでしょう。 今彼は熱くなってしまっていますけどあの二人は付き合いが長いんです、互いが人質みたいなものですから」
「言うねぇ、じゃ、交代」
「はい」
男が立ちあがると部屋を出て行った。
広世も広世なりに水無瀬には嫌われたが、雄哉に対して水無瀬には相当の思いがあるだろう。
「裏切られた」
雄哉の出席日数、テストの点、その他諸々、そして卒業後のこと。 それと交換に雄哉がここに居る。 水無瀬を監視している。
「それも監視という言葉を雄哉自身が言ったのだからな。 さ、そこで水無瀬君は雄哉を切れるかな?」
さっきの男には互いが人質だとは言ったが、水無瀬が雄哉を切り捨てるのなら部屋から出て行くだろう。 出て行こうとしても玄関には雄哉がいるし、村の中を一人で歩いていれば目立つ。 それに右も左も分からない状態で村から出ることも出来ないし、村の人間の目もある。
「あとは雄哉の腕の見せ所ってところか」
水無瀬が協力的になるよう雄哉に言わせる。 裏切った雄哉の言うことをどこまで聞くだろうか、だが。
「その為の雄哉なんだからな、頼むよ、雄哉君」