ハラカルラ 第34回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第30回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
ピピピという音が鳴った。
「・・・ん」
「・・・どしたの?」
煉炭の二人が目をこすって工作室の長方形の机でうつ伏せていた顔を上げる。
「あ・・・GPSが反応した」
煉がレシーバーのマークボタンを押す。
「へ・・・。 あ、やった! ハラカルラを通過しても作動できたってことだよね」
「だよね。 でもナギが帰ってからでないと・・・」
「うん、言い切れないね」
ナギが操作している機械と照らし合わせてみないと、間違いなく作動しているかとは言い切れない。
水無瀬からのメモを受け取った煉炭。 そのあとに水無瀬にお返事のメモを書いたのだが、その時にUSBスティックに手を加えた。
単なる追跡機だったのだが、父ちゃんやナギの話を聞いてハラカルラを出た後に黒門の村に帰っていると気が付いた。 よく考えればわかることなのだが、水無瀬が黒門に攫われたと知った時には追跡をすることしか頭に浮かばなく、追跡機を作ろうと互いに言い合って作った。 だが黒門の村に帰るのであれば衛星が使える。 GPSが使えるということになる。 だから煉炭の手に戻って来た時にGPS機能を追加して埋め込んだ。
「んじゃ・・・」
「だね・・・」
二人の瞼が再び落ちる。 昨日は徹夜だったのだから仕方がない。 水無瀬の緊急事態なのだから、学校を休む電話は母ちゃんが入れてくれている。
夜になり父ちゃんとナギが戻って来た。 煉炭が機械を受け取るとすぐに工作室に行こうとしたのを父ちゃんが止めた。
「なんでぇー?」
「位置の特定するんだもん」
「お前たち、朝と夜がひっくり返ってきてるだろ」
いつもならもう寝ている時間だというのに、これから作業をするということはそういうことになる。
「明日朝早く起きてやれ、それから学校に行け。 今すぐでなくとも黒門が水無瀬君を離すわけないんだからな」
「でもぉ、今日はずっと寝てたから」
「うん、もう眠たくない」
「それがひっくり返ってるというんだ。 いいから布団に入ってこい」
ちぇえー、と言いながらも父ちゃんには逆らえない、二人で自分たちの部屋に引っ込んで行く。
ワハハおじさんの前にご飯とおかずが置かれる。
「どうやった?」
母ちゃんが訊く。 ナギは自分の家に帰っている。
「あっちも似たような山の中だったな」
「あの誰か分からんって人は今日もおらんかった?」
「ああ、見かけなかった」
「いったいどこのもんやろか」
「さぁ。 だがこれ以上のいざこざはご免だ、会いたくないもんだ」
母ちゃんが温め直した味噌汁をことりと置いた。
翌日早朝、煉炭が朝食を食べることもなく、夕べ父ちゃんが持って帰って来た機械を持って工作室に入り込んだ。
まずは持って帰ってきた機械の軌跡をたどる。 軌跡はハラカルラの中ででも途切れることなく動いていたようだ。
ハラカルラの中だけでは方向は分からない。 だからナギにはお獅子のところからハラカルラに入るまではスイッチを入れておくようにと言ってあった。 そこから方向が分かり、地図と照らし合わせることが出来るからである。
機械のデータをパソコンに移す。
まずは最初の軌跡。 お獅子の居る場所からハラカルラに入るまでの軌跡を拡大し、この世界の地図と重ね合わせる。 次に再びスイッチを入れられたところから、ナギがマークを入れたところまでを地図と合せていく。
そしてナギがマークを入れたところと、煉がレシーバーにマークを入れたところを照らし合わせる。
「どう?」
「拡大してみる」
少々のズレはあるがほぼ一致している。
「成功だね」
「だね。 これで黒門の場所が分かった」
「あとは父ちゃんたちがどうするかだけど」
「うん・・・」
いったい大人たちはこの先をどうしようと考えているのだろうか。
「取り敢えず」
「レシーバーを父ちゃんに渡すしかないね」
「だね。 ・・・父ちゃん使えるかな」
「うーん、ナギも怪しいしね」
「アウトプットしておく?」
「そうしようか、父ちゃんたちには紙が一番だ」
縮尺から段々と拡大をした地図を何枚も出して工作室を出た。
煉炭に渡された地図からおおよその場所の見当がつき、この日はおっさんたちと若い者で話し合いがもたれた。 もちろん長や爺たちには秘密である、話し合いは農作業をしながらとなった。
「くー、今日も一日お疲れ、俺」
黒の穴に戻って来た。 今日来た時には黒烏はいなく、白烏もすぐに「後は頼んだ」と出ていってしまっていたが為、何の収穫もなかった。 その上、黒門の者たちが喧嘩でも始めたのか、穴の周りでかなり水がざわつき手こずったことこの上なかった。
ポケットの中の物を手で確認すると黒の穴を潜る。 USBスティックはいつ部屋の中をチェックされるか分からないということから、ポケットに入れて持ち歩くことにした。
穴から身体を出して下を見る。 今日も看守たちが待っているはずと思いながら。
「・・・え」
看守たちが居ない。
どういうことだと思いながら岩を降りていく。
穴の周りで水がざわついていたのを考えると何かあったとしか思えないが、それでも一人も居ないというのはどういうことだろうか。
足を着けると周りを見渡す。 岩の陰にまわって顔を覗かせようとした時、影から人影が出てきた。 その顔に面は着けられていない。
「こんにちは、水無瀬君」
名前を呼ばれた。
「だれ・・・」
水無瀬がそう言った途端、男の後ろから数人が出てきた。
「まぁ、自己紹介はあとで。 まずは一緒に来てもらおうか」
「黒門の人達は」
「そこらあたりで寝てる」
寝てる? どう見ても黒門よりもこちらの方の数が多い。
「暴力をふるったのか」
それで水がざわついていたのか。
「聞こえの悪いことを言わないで欲しいな」
顎をしゃくった。
水無瀬の後ろに居ただろう男が水無瀬の腕に自分の腕を絡ませてきた。 黒門の男達に腕を取られていた時とは違う絡ませ方。 この絡ませ方には覚えがある。
「え・・・」
思わず後ろを見ようとして止まった。 腕を絡ませてきた相手がひょっこりと顔を出してきたからだ。
「行こ、水無ちゃん」
連れて来られたのは一間だけある家だった。 きっと空き家になっていたのだろう。 そしてここも山の中、村なのだろう。
「雄哉、どういうことだ」
「どういうことって、こういうこと」
「ここは雄哉の実家じゃないだろう」
「うん。 俺の実家は水無ちゃん知ってるじゃん」
「知ってるから訊いてんだよ!」
「うわ、怒るなよ。 一応、水無ちゃんの心静め役ってことで俺が居るんだから」
「もー! 訳わかんねー!!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きまくる。
「雄哉、いいか?」
襖の向こうから声がかかった。
「はい、どうぞ」
襖があいた。 そこに居たのは見たことのある顔。 広世。
雄哉が話してみたいと言っていた一年上の大学の先輩であり、水無瀬もがっしりとしたスポーツマン体形に爽やかで整った顔、見た目ももちろんだが声もちょっとした所作も同性の男から見ても憧れる、と思っていた相手である。
「やぁ、初めまして」
水無瀬の頭の中が真っ白になっていく。
その大きく目を開いたまま止まってしまった水無瀬を見て、雄哉が水無瀬の前で手を振りながら言う。
「水無ちゃん、大丈夫?」
「ああ、お茶でも飲んでもらおうか」
広世が片隅に置いてあったままの盆を手繰り寄せる。 盆にはポットと茶の準備がしてある。
「あ、俺が淹れます」
雄哉が腰を上げ茶を淹れると水無瀬の手に握らせる。
「水無ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて」
言われるがまま茶を啜る。
(あ、俺・・・口も喉も動かせてる)
そしてそう考えることも出来ている。 脳もちゃんと動いているようだ。
「ちょっとは落ち着いたかな?」
湯呑を口から外すと雄哉に手渡す。 「え? 俺が持つのかよ」とボソッと雄哉が言ったが、そんなものは無視をする。
「どうして広世さんが・・・いや、それより先にここは青ですか白ですか」
「白」
広世が相好を崩す。 相変わらずいい男である。
「そうだな、こちらからも訊きたいことがあるんだが、まずは水無瀬君の質問に答えようか。 その方が落ち着いて話せるだろ?」
茶を飲んで少しは頭の中がはっきりとしてきた。 現状を受け入れることが出来てきた。
「そちらの質問に俺が答えるかどうかは分かりませんが、たしかにその方が落ち着きます」
水無瀬の答えを気に入らないという表情は一切なく、もう一度相好を崩し一つ頷いただけで水無瀬に応える。
「どうして俺が、っていうところは俺の里がここっていうことと、水無瀬君がキーマンになったことから同じ大学に通っていた俺が選ばれたってこと。 こんなもんでいいかな?」
大学でちょこちょこと声は聞いていたが、相対して話したことなど無かった。 ここまで長く声を聞いたこともなかった。 姿形だけではなく、やはり声までもいい男である。
「キーマンというのは?」
「それはこちらの訊きたい事に繋がるんだが、このまま話してもいいかな?」
「あ・・・」
今何が訊きたい。 頭の中を巡らせるがあまりにも唐突すぎた、今は何も浮かんでこない。
「それじゃあ、はい」
また相好を崩し一つ頷いてから口を開く。
「回りくどいのは好きじゃないんでね、ストレートに言うよ。 水無瀬君を追う前は矢島さんを追っていた」
「え・・・」
「ま、俺はそちらには入っていなかったけど」
だが矢島が死んだということから、ターゲットを水無瀬にシフトしたということだった。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたという。
(あ・・・)
思い出したことがあった。 ハラカルラで黒門に連れ去られた日、誰かの姿を見た。 その時にどこかで見たことがあるような体形、雰囲気と思っていたのだった。 あれは黒門の動きを見ていた広世だったのか。
そこでキャンパスで見覚えのある水無瀬だと気づいた、いやそれより前からだろう。 キーマンが水無瀬となったから同じ大学である広瀬が選ばれたと言っていた。 だからあの時より前から水無瀬であることを確認していて、あの時は隙あらば接触してこようとしていたのかもしれない。
「黒門と朱門のいざこざは知っている。 矢島さんが朱門の守り人の筋だということもね」
だが守り人の筋としてではなく、DNAの筋として矢島は白門の守り人の筋だと言う。
「DNA?」
守り人にそんなことは関係ないはず。 先代の守り人が認めれば次代の守り人としてその門の守り人となるはず。
「そう。 水無瀬君も聞かされてるだろう? 門の在り方ってのを。 その門の在り方っていうのがそれに繋がる」
「それって、もしかして水見さんって人が関係ありますか?」
「ああ、知ってたんだ。 そう、ずっと昔の白門の守り人が水見さん。 矢島さんはその直系の子孫。 矢島さん達家系はずっと守り人のことを聞かされ受け継がれてきていた」
(ああ、だから矢島さんは何の躊躇もなくハラカルラを受け止めることが出来たんだ)
偶然にも白門の守り人が矢島と烏の会話を聞いた。 ちょうど矢島がハラカルラに入って来た時だったという。
矢島の苗字を聞いた白門の守り人は歴代の守り人に水見という人物がいたことを知っていた。 そしてその人物が重要な人物だということも知っていた。 そこで矢島に接触を図ったということだった。
水無瀬が考えていた遠縁ということは関係なかったということになる。
「黒門を出て白門に来て欲しいと、うちの守り人が何度も言ったんだけどね」
広世が両の眉を上げる。 断られたということだろう。
「でも白門の守り人はいたわけでしょ? だったらその守り人でいいんじゃないんですか?」
すると広世が首を振りながら答えた。
白門の跡が見つからないということと、水見がかなり優秀だったということであった。
それを聞いて黒烏が言っていたことを思い出した。 白門でもハラカルラにダイブできる人が居たと言っていた。 それがきっと水見だったのだろう、そして矢島もダイブが出来ていた。 肉体的DNAもあるが、そこのところも広世の言うDNAと関係してくるのかもしれない。 広世の言っているDNAとは優秀というDNAなのだろう。
矢島が黒門を出て黒門から逃げ回っている時にも接触を図ったが、ことごとく断られたと言う。
「白門の守り人は跡を諦めたんですか?」
「ああ。 歳でね、この数日は歩くこともままならなくなっている状態だから、跡を探すなんてことは不可能なんだ。 そうだな、最後にハラカルラに行ったのは何日前だったか。 その時はまだなんとか歩けていたけど、烏も誰も居なかったと戻って来た」
それは水無瀬と接触させるためだったが失敗に終わってしまっていた。
誰も居なかった、烏も居なかった。 ということは一瞬見た誰か、あれは白門の守り人だったのか? いやだが烏は青の穴だと言っていた。 烏が穴を間違えるはずなどない。 どういうことなのだろうか。
「矢島さんのことは分かりました。 でもどうしてそこから俺なんですか? 俺はそのDNAに関係してませんよ」
「跡を探せなくなった。 そして矢島さんが見込んだ君だからだよ」
『君だ! やっと見つけた』 矢島が言っていたやっと見つけたというのは、広世の言うDNA的考え方のことだったのだろうか。 血は繋がっていないのだから同じDNAは持っていない。 だがハラカルラに関して何かは分からないが、矢島が選んだということは矢島と同じものを持っているということなのだろうか。
いつまでもこの渦から出られないということだろうか。
水無瀬が天を仰ぎ見る。 目の先にあるのは天ではなく低い天井であった。
ピピピとレシーバーから音がした。
「水無瀬が戻ったん・・・あれぇ?」
「どうしたの? 煉」
「見て」
煉がレシーバーの画面を指さす。
「んん?」
「昨日と違うくない?」
「ホントだ違う。 どういうこと?」
「分んない。 でも父ちゃんに報告」
「位置情報をアウトプットしていこう」
前回地図をアウトプットし手渡した時に父ちゃんは分かりやすいと言っていた。 やはり父ちゃんには紙が一番である。
「はぁ? どういうことだ?」
アウトプットされた位置情報を見ながら父ちゃんが言う。
「その機械本当にちゃんと動いてんのか?」
前回はちゃんと追跡機と照らし合わせて確認が出来ていたが、今回はナギも誰も追跡をしなかったが為、確認が出来ていない。
通常ならそんなことを言われても自信満々で応えられるが、あくまでもハラカルラを通っている。 GPSが異常をきたしていないとは言い切れない。
「分んないけど・・・」
「多分、機能してると思う」
GPSに異常があったとしても、衛星からのレシーバーに誤作動があるとは思えない。
「そうだな・・・一応、毎日チェックと報告」
「学校休んで?」 二人で目をキラキラさせながら声を合わせる。
「学校は行く。 あくまでも早朝と学校から帰ってからだ」
学校から帰っての訓練にお目こぼしをもらえただけであった。
「さ、あんたら風呂に入っといで」
「はーい」 と声を合わせ、しょぼしょぼと歩いて行く。 「水無瀬と入りたいなー」という声が小さく聞こえた。 父ちゃんと母ちゃんがそれを聞いて互いに顔を合わせ小さく笑う。
「で、話し合いはどうだったん?」
「一応、明日行ってみるということになったが煉炭のことが気になるなぁ。 この限りでは黒門の村から出ていることになる。 黒門が水無瀬君を村から出すはずはないんだが」
煉炭から渡された紙を持ちながらパンと指ではじく。
「そうだねぇ、水無瀬君に何かあったんだろか。 病気でもしとらんかったらいいんやけど」
今回煉炭がアウトプットしてきたのはたった一枚で前回ほどの拡大地図はなく、言ってみれば昨日まで居た黒門の場所と今現在いる場所を示しただけのものだった。 よってそこにどんな建物があるのかは分からない。 母ちゃんは救急で病院にでも運ばれたのではないかという懸念を示したというわけである。
「そうか・・・そういうことも有り得るか」
それにしては離れているがそういう考えも頭に入れておかねば。
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ハラカルラ 第34回
ピピピという音が鳴った。
「・・・ん」
「・・・どしたの?」
煉炭の二人が目をこすって工作室の長方形の机でうつ伏せていた顔を上げる。
「あ・・・GPSが反応した」
煉がレシーバーのマークボタンを押す。
「へ・・・。 あ、やった! ハラカルラを通過しても作動できたってことだよね」
「だよね。 でもナギが帰ってからでないと・・・」
「うん、言い切れないね」
ナギが操作している機械と照らし合わせてみないと、間違いなく作動しているかとは言い切れない。
水無瀬からのメモを受け取った煉炭。 そのあとに水無瀬にお返事のメモを書いたのだが、その時にUSBスティックに手を加えた。
単なる追跡機だったのだが、父ちゃんやナギの話を聞いてハラカルラを出た後に黒門の村に帰っていると気が付いた。 よく考えればわかることなのだが、水無瀬が黒門に攫われたと知った時には追跡をすることしか頭に浮かばなく、追跡機を作ろうと互いに言い合って作った。 だが黒門の村に帰るのであれば衛星が使える。 GPSが使えるということになる。 だから煉炭の手に戻って来た時にGPS機能を追加して埋め込んだ。
「んじゃ・・・」
「だね・・・」
二人の瞼が再び落ちる。 昨日は徹夜だったのだから仕方がない。 水無瀬の緊急事態なのだから、学校を休む電話は母ちゃんが入れてくれている。
夜になり父ちゃんとナギが戻って来た。 煉炭が機械を受け取るとすぐに工作室に行こうとしたのを父ちゃんが止めた。
「なんでぇー?」
「位置の特定するんだもん」
「お前たち、朝と夜がひっくり返ってきてるだろ」
いつもならもう寝ている時間だというのに、これから作業をするということはそういうことになる。
「明日朝早く起きてやれ、それから学校に行け。 今すぐでなくとも黒門が水無瀬君を離すわけないんだからな」
「でもぉ、今日はずっと寝てたから」
「うん、もう眠たくない」
「それがひっくり返ってるというんだ。 いいから布団に入ってこい」
ちぇえー、と言いながらも父ちゃんには逆らえない、二人で自分たちの部屋に引っ込んで行く。
ワハハおじさんの前にご飯とおかずが置かれる。
「どうやった?」
母ちゃんが訊く。 ナギは自分の家に帰っている。
「あっちも似たような山の中だったな」
「あの誰か分からんって人は今日もおらんかった?」
「ああ、見かけなかった」
「いったいどこのもんやろか」
「さぁ。 だがこれ以上のいざこざはご免だ、会いたくないもんだ」
母ちゃんが温め直した味噌汁をことりと置いた。
翌日早朝、煉炭が朝食を食べることもなく、夕べ父ちゃんが持って帰って来た機械を持って工作室に入り込んだ。
まずは持って帰ってきた機械の軌跡をたどる。 軌跡はハラカルラの中ででも途切れることなく動いていたようだ。
ハラカルラの中だけでは方向は分からない。 だからナギにはお獅子のところからハラカルラに入るまではスイッチを入れておくようにと言ってあった。 そこから方向が分かり、地図と照らし合わせることが出来るからである。
機械のデータをパソコンに移す。
まずは最初の軌跡。 お獅子の居る場所からハラカルラに入るまでの軌跡を拡大し、この世界の地図と重ね合わせる。 次に再びスイッチを入れられたところから、ナギがマークを入れたところまでを地図と合せていく。
そしてナギがマークを入れたところと、煉がレシーバーにマークを入れたところを照らし合わせる。
「どう?」
「拡大してみる」
少々のズレはあるがほぼ一致している。
「成功だね」
「だね。 これで黒門の場所が分かった」
「あとは父ちゃんたちがどうするかだけど」
「うん・・・」
いったい大人たちはこの先をどうしようと考えているのだろうか。
「取り敢えず」
「レシーバーを父ちゃんに渡すしかないね」
「だね。 ・・・父ちゃん使えるかな」
「うーん、ナギも怪しいしね」
「アウトプットしておく?」
「そうしようか、父ちゃんたちには紙が一番だ」
縮尺から段々と拡大をした地図を何枚も出して工作室を出た。
煉炭に渡された地図からおおよその場所の見当がつき、この日はおっさんたちと若い者で話し合いがもたれた。 もちろん長や爺たちには秘密である、話し合いは農作業をしながらとなった。
「くー、今日も一日お疲れ、俺」
黒の穴に戻って来た。 今日来た時には黒烏はいなく、白烏もすぐに「後は頼んだ」と出ていってしまっていたが為、何の収穫もなかった。 その上、黒門の者たちが喧嘩でも始めたのか、穴の周りでかなり水がざわつき手こずったことこの上なかった。
ポケットの中の物を手で確認すると黒の穴を潜る。 USBスティックはいつ部屋の中をチェックされるか分からないということから、ポケットに入れて持ち歩くことにした。
穴から身体を出して下を見る。 今日も看守たちが待っているはずと思いながら。
「・・・え」
看守たちが居ない。
どういうことだと思いながら岩を降りていく。
穴の周りで水がざわついていたのを考えると何かあったとしか思えないが、それでも一人も居ないというのはどういうことだろうか。
足を着けると周りを見渡す。 岩の陰にまわって顔を覗かせようとした時、影から人影が出てきた。 その顔に面は着けられていない。
「こんにちは、水無瀬君」
名前を呼ばれた。
「だれ・・・」
水無瀬がそう言った途端、男の後ろから数人が出てきた。
「まぁ、自己紹介はあとで。 まずは一緒に来てもらおうか」
「黒門の人達は」
「そこらあたりで寝てる」
寝てる? どう見ても黒門よりもこちらの方の数が多い。
「暴力をふるったのか」
それで水がざわついていたのか。
「聞こえの悪いことを言わないで欲しいな」
顎をしゃくった。
水無瀬の後ろに居ただろう男が水無瀬の腕に自分の腕を絡ませてきた。 黒門の男達に腕を取られていた時とは違う絡ませ方。 この絡ませ方には覚えがある。
「え・・・」
思わず後ろを見ようとして止まった。 腕を絡ませてきた相手がひょっこりと顔を出してきたからだ。
「行こ、水無ちゃん」
連れて来られたのは一間だけある家だった。 きっと空き家になっていたのだろう。 そしてここも山の中、村なのだろう。
「雄哉、どういうことだ」
「どういうことって、こういうこと」
「ここは雄哉の実家じゃないだろう」
「うん。 俺の実家は水無ちゃん知ってるじゃん」
「知ってるから訊いてんだよ!」
「うわ、怒るなよ。 一応、水無ちゃんの心静め役ってことで俺が居るんだから」
「もー! 訳わかんねー!!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きまくる。
「雄哉、いいか?」
襖の向こうから声がかかった。
「はい、どうぞ」
襖があいた。 そこに居たのは見たことのある顔。 広世。
雄哉が話してみたいと言っていた一年上の大学の先輩であり、水無瀬もがっしりとしたスポーツマン体形に爽やかで整った顔、見た目ももちろんだが声もちょっとした所作も同性の男から見ても憧れる、と思っていた相手である。
「やぁ、初めまして」
水無瀬の頭の中が真っ白になっていく。
その大きく目を開いたまま止まってしまった水無瀬を見て、雄哉が水無瀬の前で手を振りながら言う。
「水無ちゃん、大丈夫?」
「ああ、お茶でも飲んでもらおうか」
広世が片隅に置いてあったままの盆を手繰り寄せる。 盆にはポットと茶の準備がしてある。
「あ、俺が淹れます」
雄哉が腰を上げ茶を淹れると水無瀬の手に握らせる。
「水無ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて」
言われるがまま茶を啜る。
(あ、俺・・・口も喉も動かせてる)
そしてそう考えることも出来ている。 脳もちゃんと動いているようだ。
「ちょっとは落ち着いたかな?」
湯呑を口から外すと雄哉に手渡す。 「え? 俺が持つのかよ」とボソッと雄哉が言ったが、そんなものは無視をする。
「どうして広世さんが・・・いや、それより先にここは青ですか白ですか」
「白」
広世が相好を崩す。 相変わらずいい男である。
「そうだな、こちらからも訊きたいことがあるんだが、まずは水無瀬君の質問に答えようか。 その方が落ち着いて話せるだろ?」
茶を飲んで少しは頭の中がはっきりとしてきた。 現状を受け入れることが出来てきた。
「そちらの質問に俺が答えるかどうかは分かりませんが、たしかにその方が落ち着きます」
水無瀬の答えを気に入らないという表情は一切なく、もう一度相好を崩し一つ頷いただけで水無瀬に応える。
「どうして俺が、っていうところは俺の里がここっていうことと、水無瀬君がキーマンになったことから同じ大学に通っていた俺が選ばれたってこと。 こんなもんでいいかな?」
大学でちょこちょこと声は聞いていたが、相対して話したことなど無かった。 ここまで長く声を聞いたこともなかった。 姿形だけではなく、やはり声までもいい男である。
「キーマンというのは?」
「それはこちらの訊きたい事に繋がるんだが、このまま話してもいいかな?」
「あ・・・」
今何が訊きたい。 頭の中を巡らせるがあまりにも唐突すぎた、今は何も浮かんでこない。
「それじゃあ、はい」
また相好を崩し一つ頷いてから口を開く。
「回りくどいのは好きじゃないんでね、ストレートに言うよ。 水無瀬君を追う前は矢島さんを追っていた」
「え・・・」
「ま、俺はそちらには入っていなかったけど」
だが矢島が死んだということから、ターゲットを水無瀬にシフトしたということだった。 シフトするにあたって黒門の動きを見ていたという。
(あ・・・)
思い出したことがあった。 ハラカルラで黒門に連れ去られた日、誰かの姿を見た。 その時にどこかで見たことがあるような体形、雰囲気と思っていたのだった。 あれは黒門の動きを見ていた広世だったのか。
そこでキャンパスで見覚えのある水無瀬だと気づいた、いやそれより前からだろう。 キーマンが水無瀬となったから同じ大学である広瀬が選ばれたと言っていた。 だからあの時より前から水無瀬であることを確認していて、あの時は隙あらば接触してこようとしていたのかもしれない。
「黒門と朱門のいざこざは知っている。 矢島さんが朱門の守り人の筋だということもね」
だが守り人の筋としてではなく、DNAの筋として矢島は白門の守り人の筋だと言う。
「DNA?」
守り人にそんなことは関係ないはず。 先代の守り人が認めれば次代の守り人としてその門の守り人となるはず。
「そう。 水無瀬君も聞かされてるだろう? 門の在り方ってのを。 その門の在り方っていうのがそれに繋がる」
「それって、もしかして水見さんって人が関係ありますか?」
「ああ、知ってたんだ。 そう、ずっと昔の白門の守り人が水見さん。 矢島さんはその直系の子孫。 矢島さん達家系はずっと守り人のことを聞かされ受け継がれてきていた」
(ああ、だから矢島さんは何の躊躇もなくハラカルラを受け止めることが出来たんだ)
偶然にも白門の守り人が矢島と烏の会話を聞いた。 ちょうど矢島がハラカルラに入って来た時だったという。
矢島の苗字を聞いた白門の守り人は歴代の守り人に水見という人物がいたことを知っていた。 そしてその人物が重要な人物だということも知っていた。 そこで矢島に接触を図ったということだった。
水無瀬が考えていた遠縁ということは関係なかったということになる。
「黒門を出て白門に来て欲しいと、うちの守り人が何度も言ったんだけどね」
広世が両の眉を上げる。 断られたということだろう。
「でも白門の守り人はいたわけでしょ? だったらその守り人でいいんじゃないんですか?」
すると広世が首を振りながら答えた。
白門の跡が見つからないということと、水見がかなり優秀だったということであった。
それを聞いて黒烏が言っていたことを思い出した。 白門でもハラカルラにダイブできる人が居たと言っていた。 それがきっと水見だったのだろう、そして矢島もダイブが出来ていた。 肉体的DNAもあるが、そこのところも広世の言うDNAと関係してくるのかもしれない。 広世の言っているDNAとは優秀というDNAなのだろう。
矢島が黒門を出て黒門から逃げ回っている時にも接触を図ったが、ことごとく断られたと言う。
「白門の守り人は跡を諦めたんですか?」
「ああ。 歳でね、この数日は歩くこともままならなくなっている状態だから、跡を探すなんてことは不可能なんだ。 そうだな、最後にハラカルラに行ったのは何日前だったか。 その時はまだなんとか歩けていたけど、烏も誰も居なかったと戻って来た」
それは水無瀬と接触させるためだったが失敗に終わってしまっていた。
誰も居なかった、烏も居なかった。 ということは一瞬見た誰か、あれは白門の守り人だったのか? いやだが烏は青の穴だと言っていた。 烏が穴を間違えるはずなどない。 どういうことなのだろうか。
「矢島さんのことは分かりました。 でもどうしてそこから俺なんですか? 俺はそのDNAに関係してませんよ」
「跡を探せなくなった。 そして矢島さんが見込んだ君だからだよ」
『君だ! やっと見つけた』 矢島が言っていたやっと見つけたというのは、広世の言うDNA的考え方のことだったのだろうか。 血は繋がっていないのだから同じDNAは持っていない。 だがハラカルラに関して何かは分からないが、矢島が選んだということは矢島と同じものを持っているということなのだろうか。
いつまでもこの渦から出られないということだろうか。
水無瀬が天を仰ぎ見る。 目の先にあるのは天ではなく低い天井であった。
ピピピとレシーバーから音がした。
「水無瀬が戻ったん・・・あれぇ?」
「どうしたの? 煉」
「見て」
煉がレシーバーの画面を指さす。
「んん?」
「昨日と違うくない?」
「ホントだ違う。 どういうこと?」
「分んない。 でも父ちゃんに報告」
「位置情報をアウトプットしていこう」
前回地図をアウトプットし手渡した時に父ちゃんは分かりやすいと言っていた。 やはり父ちゃんには紙が一番である。
「はぁ? どういうことだ?」
アウトプットされた位置情報を見ながら父ちゃんが言う。
「その機械本当にちゃんと動いてんのか?」
前回はちゃんと追跡機と照らし合わせて確認が出来ていたが、今回はナギも誰も追跡をしなかったが為、確認が出来ていない。
通常ならそんなことを言われても自信満々で応えられるが、あくまでもハラカルラを通っている。 GPSが異常をきたしていないとは言い切れない。
「分んないけど・・・」
「多分、機能してると思う」
GPSに異常があったとしても、衛星からのレシーバーに誤作動があるとは思えない。
「そうだな・・・一応、毎日チェックと報告」
「学校休んで?」 二人で目をキラキラさせながら声を合わせる。
「学校は行く。 あくまでも早朝と学校から帰ってからだ」
学校から帰っての訓練にお目こぼしをもらえただけであった。
「さ、あんたら風呂に入っといで」
「はーい」 と声を合わせ、しょぼしょぼと歩いて行く。 「水無瀬と入りたいなー」という声が小さく聞こえた。 父ちゃんと母ちゃんがそれを聞いて互いに顔を合わせ小さく笑う。
「で、話し合いはどうだったん?」
「一応、明日行ってみるということになったが煉炭のことが気になるなぁ。 この限りでは黒門の村から出ていることになる。 黒門が水無瀬君を村から出すはずはないんだが」
煉炭から渡された紙を持ちながらパンと指ではじく。
「そうだねぇ、水無瀬君に何かあったんだろか。 病気でもしとらんかったらいいんやけど」
今回煉炭がアウトプットしてきたのはたった一枚で前回ほどの拡大地図はなく、言ってみれば昨日まで居た黒門の場所と今現在いる場所を示しただけのものだった。 よってそこにどんな建物があるのかは分からない。 母ちゃんは救急で病院にでも運ばれたのではないかという懸念を示したというわけである。
「そうか・・・そういうことも有り得るか」
それにしては離れているがそういう考えも頭に入れておかねば。