ハラカルラ 第33回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第33回




烏たちと話していた時に思い出せなかったことを思い出そうとする。
『水無瀬君にも強制はしたくなかった』 『あるがままを見て選んでほしかった』 その前だ、その前に何と言っていた長は。

「うー・・・」

頭を掻きむしるがどこにも記憶が残っていない。

「うん? あれ?」

他のことが頭に浮かんだ。

「そう言えば、長・・・ずっと水の世界とかって言ってたのに、あの時ハラカルラって言ってた」

それに守り人とも。 ずっとその単語は言っていなかったのに。

「なんでだ・・・」

その単語を知っていた、知っていて使わなかった。

「そういえば」

水無瀬がライたちの村に向かった時、ワハハおじさんが運転をしていた時である。 水無瀬が行き先を訊いたがワハハおじさんは 『俺らの里』 としか言わなかった。 そして 『里に来る気はなさそうなんだろ? 悪いがその相手に場所を明かすことはしたくなくてな』 そう言っていた。

「長も同じ考えだった?」

ガバリと起き上がる。
気の固まっていない水無瀬にハラカルラや守り人という言葉を聞かせたくなかった。 言ってみれば部外者扱いということになるが、それは水無瀬の考えや気持ちを尊重していたということ。

「くそっ・・・」

情けない自分の頭をかかえ背中を丸くする。
長だけじゃない、ライもナギも時々話した村のみんなも悪意のある嘘など一言も言わなかった。 村のみんなで嘘をついていたわけではなかった、水無瀬を尊重してくれていたのだ。 村のみんな、二つ三つと同じ顔の爺たちやおっさんたち、若い者たちの顔が浮かぶ。 ライが珍しい二卵性と言っていた意味がよく分かった。
そして水無瀬の返事を聞いた長の残念そうな顔。

「あ・・・あの時、も」

『水無瀬君を襲ったのは・・・朱門の者たち』 長は言いにくそうに言っていた。 その時は他の門の悪口を言うようで嫌なのだろうかと思っていたが、朱門は長たち自身のことだから言いにくかった、嘘になるから言葉が止まった。
ライも言いにくそうにしている時があった。 長やライの言葉を一つづつ思い出すと同じようなことがまだまだあったはず。
嘘をつきたくてついていたんじゃない。

「俺は、なんて馬鹿なんだ」

今更気付いても遅い。


翌日、ハラカルラに行くに周りを固める中にアイツがいた。

「ウーッス、水無瀬っち」

夕べは殆ど眠れなかったというのに今日は今日で朝から気分が悪い。 いったいどういうチョイスルールがあるのか。

「お前、大学はどうしてんだよ」

同じ大学ではないが一年下だということは知っている。

「うん? そろそろ春学期だしな、始まったら向こうに行くけど?」

「俺はどうなるんだよ」

「うーん・・・どうなるんだろうねぇ」

この会話をしたくないのだろう、他人の振りをするように歩いて行った。 十分に他人だが。
とにかくコイツの後ろを歩くのはムカつく。 さっさと歩を進めハラカルラに向かって歩き出すと面を持った男たちが慌ててついて来た。
穴の真下まで来たが昨日落としておいたジッパー付きの袋は無かった。

(誰かが持って帰った・・・)

それを期待して落としたのだったが、その誰かとは単純に朱門と考えていた。 だがこうしてなくなったのを見ると、何処の門の者が拾ったのだろうかと不安になる。 昨日ここに落としておいたのは迂闊なやり方だったかもしれない。
何気ない振りをして後ろを振り向く。

「ん?」

黒門の男たちの向こうに誰かが見えた。
水無瀬の様子に黒門の男たちが気付いたのだろう、全員が振り返り水無瀬が見ている方向を見ている。
見覚えのある姿。 誰だっただろうか。
そういえば・・・黒門に攫われる前にも見かけた。 どこかで見たことがあるような体形、雰囲気、あの時にもそう思い、そしてあの時も今も顔は見えなかった。

「どうした」

「あ、いや・・・誰かいたような気がして」

「誰か? 朱門か」

「そうじゃないけど・・・あー、気のせいかもしれない」

よく考えると少なくとも二度は朱門の誰かがここに来ていたのだ。 今日も来ているかもしれないというのに要らないことを言ってしまった。

「おい」

男が言いながら顎をしゃくった。 見に行けということだ。 二人を残して五人が水無瀬の見ていた方向に歩いて行く。

「お前はさっさと行け」

水無瀬に穴に行けと言う。
扱いがぞんざいだな、と思いながらトンと蹴り上げ上昇していく。 穴に入ろうと手をかけるとジッパー付きの袋が目に入った。

「あ・・・」

朱門の誰かが下に落としていたのに気付いてくれたということか? それでここに置き直した? そうであるのならば、水無瀬が煉炭に書いたメモは届いていないということになる。 そしてメモの裏に込めた気持ち、朱門の思いは拒否する、ということが届かなかったということ。

あの時は怒りに任せてそうしたが、今は届いていなくてホッとしている。 少しは冷静に考えることが出来てきたのだから。
だがそうなれば今が気になる。 穴に手をかけたまま振り返り下方向を見渡す。 黒門の男たち五人が散らばってあちこちの岩陰を見て回っている。 ここからはどこにも朱門の人間は見えないがどこかに隠れているのだろうか。 見つかれば要らないことを言った自分のせいだ。

「え・・・あれって・・・」

上から見ているからこそ見える。 かなり離れてはいるがチラリと見えたのは「雄、哉・・・?」
まさかこんな所に雄哉がいるわけがない。
でも・・・。
手を伸ばしてジッパー付きの袋を取りポケットに入れる。 次に足でポンと岩壁を蹴り、雄哉らしき人物が見えなくなった岩に向かって泳ぎだす。

「え? あ、あいつ!」

ずっと水無瀬の様子を見ていた二人が水無瀬を追って歩を出した。
平泳ぎの形でどんどんと泳いでいく。 泳いでいる水無瀬を見てすれ違っていく魚たちが口角を上げ笑っている。 目をぎょろりと動かし水無瀬の姿を見ている軟体動物たち。

水無瀬の泳ぎは水をざわつかせないようにゆっくりとしているが、下に居る男たちは何度も前を見たり上を向いて水無瀬の行く先を見たりしている内に、その頭の振りが早くなってきている。 男たちの周りで水がざわつき始める。

「まーた、人間どもが水をざわつかせおって」

「最近、ようざわついておるのー」

「すぐそこだ、お前、出て行って頭の一つでも突いてこい」

「物騒なことを言うのぉ。 ああ、そう言えば・・・」

何日か前に水無瀬が言っていたことを思い出した。 水をざわつかせていたのは自分だと、そう言っていた。 今回も水無瀬なのだろうか。

(今下手なことを言えば余計にキレおるか・・・)

「そう言えば、なんだ」

「いんや、何でもない。 すぐに落ち着くだろうて」

「他人事(ひとごと)のように」

「他人事だからのぉ」

「なんだと!」

「ああ、こっちも忙し、忙し。 おお? 終貝か」

水無瀬が見失った岩陰に足を着けた。 左右を見るが誰の姿も見えない。 やはり気のせいだったのだろうか。 泳いでいる時にどこの岩陰からも誰かが出てきていた様子は見えなかった。

「雄哉恋しさに幻を見たってか?」

そうであったら情けなさ過ぎるだろう。
水無瀬の見える範囲から隠れて移動したのならば見えなかったのかもしれないが、雄哉が水無瀬から隠れるような事は何もない。 それに雄哉がここに居る可能性はゼロに等しい。 いや、皆無と言っていい。
足を出すとコツンと何かを蹴った。 足元に目をやると、大きめな二枚貝が水無瀬に蹴られたことによって、コロンコロンと二転する。

「しまった」

ハラカルラに生きるものを蹴ってしまった。 屈んで二枚貝を手に取る。 貝は半分開いている。 そして中身がない。 終貝だ。

「おい! 何を勝手なことをしている!」

男が岩陰から姿を現した。 水無瀬を追っていた内の一人である。
一度男に振り向いた水無瀬が手にしていた二枚貝を見て一瞬頭の中を巡らす。

「これを回収に来た」

「え?」

「だから守り人の仕事。 さっき入り口で振り返った時にコレが見えた」

「あ、ああ、そうなのか」

「矢島さんも時々はしてたんでしょ? 貝の回収」

「いや・・・俺は一度も見たことは無いが、そういうことをする日もあったんだろう」

「ふーん。 あったんだろうって、どういうこと? 毎日誰かが矢島さんに付いてまわってたんでしょ? 誰か見たって報告はなかったの?」

「少なくとも俺は聞いてない。 だがこれからは一言いってからにしてくれ」

「ああ、走らせちゃったか。 はいはい、これからはそうします。 ではこれから穴に戻ります。 ああ、走らないで下さい、それでなくてもここんところ忙しいって言って、こっちにとばっちりが回ってきてますから。 烏に余計な仕事をさせないで下さい」

白々しく言うと二枚貝を手にして泳いで行く。

(毎日誰かが矢島さんに付いてまわっていたということを否定しなかった。 矢島さんは毎日見張られてたってわけか)

今の水無瀬のように。 だがそれがどこまでかは分からない。 少なくとも今の言いようでは、黒の穴への行き帰りは見張られていた。 穴に入った後、そして村に戻ってからはどうだったのだろうか。 見張が立っていたのだろうか。

水無瀬を大学に通わせると最初は言っていたし、長代理と言う爺は水無瀬次第だと言っていた。 そして 『矢島のように逃げられては困る』 とも。 と言うことは、村に戻ってからは見張はついていなかった可能性が高い。 矢島が逃げたから水無瀬を見張っている、同じ轍は二度と踏まないというところだろう。

「その時に誰かとコンタクトをとっていた?」

いや、村の中だ。 村の人間以外が入ってくればすぐに分かるはず。 ということは、やはりこのハラカルラで誰かと会っていた?

「それが水見さんって人と関係があるんだろうか」

烏たちの記憶の薄さから、水見というのはかなり前の守り人ということになる。 もう生きてはいない程の前。 もし水見と関係があるとするならば、その子孫ということになるが、それは女系。 水見という苗字ではないことになる。

長が言うように、矢島が天涯孤独の身であったのならば、それは守り人になってからの話で幼い頃には親戚がいた。 そして守り人となった時には、親か矢島自身かは分からないが親戚縁者と縁を切った。
ハラカルラに来て偶然かどうか、その子孫と話しをした内容からか、顔を覚えていたのかどうか。

「邂逅(かいこう)した」

矢島が姓を隠していたということに囚われ過ぎてはいけないとは思うが、ナギが言ったように、ならばどうして矢島が姓を隠していたのか。
水無瀬は誰かがピロティから穴に入って行くのを見た。 黒烏にその穴はどこの穴かと訊けば青の穴だと言っていた。

「水見さんって人と関係あるのかどうかは分からないけど、矢島さんが青門の誰かと会っていた可能性が今のところ高い」

穴を抜けてザバンと顔を出す。 坂を上がって行き机の上に終貝を置くとポケットに入れたものを出す。 それを引き出しに入れかけてその手が止まった。

「ん?」

手触りが違う気がする。 手で形を確かめてもUSBスティックの形はそのままである、何が違う?

「紙が違う?」

矢島が残していた百円均一で買ったようなメモより厚い感じがする。
ジッパーを開けてメモを取り出すとそのメモにはキャラクターが描かれていた。 ジッパー付きの袋に描かれているものと同じキャラクター。

「煉炭?」

二つ折りにされたそのメモを広げると、そこに書かれていた文字は何度か見た煉炭の文字と同じだった。
読む必要なく見ただけで、ぷっと思わず吹いてしまった。

『水無瀬の うましか』 と書かれていた。
“うましか” は漢字に変換して “馬鹿” ということ。

そして続けて書かれている文字に目を移す。
『これは宝物。 ちゃんと持ってること』 そう書かれていた。

水無瀬が煉炭に書いたメモはちゃんと煉炭に届いていたようだ。 そしてメモの裏に込めた、朱門の思いを拒否するという思いは伝わったのだろう。 それに対する返事が 『宝物』 若しくは 『ちゃんと持ってること』 ということなのだろう。

「って、考え過ぎかな?」

単に煉炭だけの考えなのかもしれない。 だがその煉炭が一筋縄でいかないことは知っている。
USBスティックを目の高さまで上げくるくると回して見てみるが、やはりどこかに何かがあるようには見えない。 きっと煉炭のことだ、中を触っているのだろう。

昨日、今更気付いても遅いと思った。 口に出してしまった言葉は無かったことには出来ないが、まだ何とかなるかもしれない。
長や村のみんな、ライやナギ、みんなが水無瀬を尊重してくれていた。 それを裏切ったのは水無瀬自身。

―――優しい嘘だった。

気付いたのは遅かった。 でも気付けた。

メモとUSBスティックを袋に入れ、しっかりとジッパーを閉めるとポケットに入れた。

今日も烏との一日が終わった。
相変わらず烏は忙しそうにしていたが、上手くヨイショをしながら色んな話を聞くことが出来、偶然にも見つけた終貝を水無瀬が差し出すと黒烏の機嫌がかなり良くなっていた。

まずは黒烏が青門とどんな話をしたかということだったが、各色と話したことは他の色の者には話せないと一蹴されてしまった。 それは各色の村の在り方が違うからだということだったが、基本守り人にはさほどの違いはないとも言っていた。

『村には村の考え方があるからのぉ。 まっ、守り人はその村の出身であるということは稀な事、じゃから村の考え方に守り人が括られることもないのだろうがな』
『前にも言ったが、守り人の中にもやる気のあるものと無い者がおる。 そこで村の者と言い争うこともあるということは随分と前に言っておったか』

何百年、いやもしかして千年以上という間には色んな守り人が居たのだろう。
そこで水無瀬が毎日来ているから、青が顔を出さないのだろうかと振ってみるとその様だということだった。 やはりまだ青は黒を気にしているということ。 それが余所者の守り人とはいえ、というところなのかもしれない。

では矢島は毎日来ていたはずだ、それも何年も。 その時にも青は来ていなかったのだろうか。

『んー? 毎日?』

烏の反応は意外だった。

『毎日は来とらん。 のぉ?』

『まぁ、他の者に比べては来ていた方だがな。 だが鳴海のように長くは居んかったな』

想定外のことを聞かされた。 今までの考えが覆される。
黒門の男たちは毎日、矢島を穴まで送ってきていた。 矢島が穴に居る間は水無瀬の時と同じように穴を抜け出さないか下で監視をしていたはずだ。
いや、それはどうだろうか。 まだ日の浅い水無瀬だから監視をしているだけなのだろうか。
だが少なくとも送迎はしていたはず。 水無瀬が 『毎日誰かが矢島さんに付いてまわってたんでしょ?』 そう訊いても否定はしなかった。
ということは矢島は黒の穴にだけ来ていた時もあったということになる。 その先に足を進めなかった。 若しくは・・・。

「ハラカルラを出ていた?」

いやハラカルラを簡単に出られたとしても、入って来た時に穢れを持って入って来ることになる。 そうなれば水がざわつきだす。 それを考えるとハラカルラを出ていたということは考えにくい。
では矢島は黒の穴でどうしていたのだろうか、何をしていたのだろうか。

他の色の者と会うことが出来るのはピロティ若しくは大きな穴の中だけ。 大きな穴には確実とは言えないが烏がいる。 もし矢島が誰かと居たのなら、それを教えてくれているはず。
机は矢島が穴に入る以前からあったものと思える古さ、だが文具はどうだ。 あれは矢島が持って入ったものだろう。

「勉強でもしてたのか?」

あの歳で? いや、勉強に歳など関係ないと首を振る。 だが黒門から解放されるわけではないと知っていたはずだ、そうであれば勉強などしても何の役にも立たないと分かっていたはず。

「うーん、まとまらないなぁ」

ポケットの中にあるものを手で確認すると穴を潜った。

パチンとスイッチを入れる。 青の点滅が移動している。 ナギが顔を上げてワハハおじさんに頷いてみせると、周りを気にしながら二人で点滅を追って行く。

「ここか・・・」

ワハハおじさんが辺りを見回す。
そこは朱門の村と変わらないような山の中であった。 ハラカルラを出て黒門の村に入ったところである。
ワハハおじさんの横でナギが機械を操作している。

「分かるか?」

「はい」

煉炭に操作の指導を受けたのはナギである。
青の点滅はもう動く事なくじっとしている。 それは水無瀬が止まったということ。 この点滅の位置で水無瀬が寝起きしているか、朱門のようにまずは長に今日の報告をしている長の家といったところだろう。

「これ以上はここに居られませんから、今のところにマークを入れます」

「そうだな」

いつ黒門の者がここに来るか分からない。 見つかってしまうわけにはいかない。