虚空の辰刻(とき)  第200回

大福りす
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第190回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第200回



無事に搭乗手続きが終わり、ギリギリでプロペラ機に乗ることが出来た。

「お急ぎさせて申し訳ありませんでした」

「これくらいなんともありません。 必要ならいつでも走るように言って下さい」

「そう言っていただけますと、少しは気が楽になります」

「悠蓮さんは一緒に来なかったんですね」

「次に来る者のために車を運ばなくてはいけませんので」

「あ、そっか」

日本では何代かの車を見たが、この土地ではあの一台しか目にしていない。 きっとここではあの一台しかないのであろう。 男たちの存在にしても住まいにしてもそうだが、目立つことがないようにしているのだろう。

「でもそんなに急がなくちゃいけないんですか?」

「一時間でも早く着きたいと思っています。 この後、那覇空港から羽田空港に向かい次に小松空港に向かいます。 そこからタクシーに乗って船着き場まで行きます」

そうだった、道のりは長かったのだ。

「何時くらいに着きそうなんですか?」

「今が十六時前ですから、船着き場には二十三時くらいでしょうか」

「二十三時って、夜の十一時に着くんですか? それからセノギさんに会うって・・・」

船着き場からどれだけ船に乗っているのかは分からないが、それでも普通に考えると、夜分に申し訳ありません、でも許せるような時間帯ではない。

それに領土から戻って疲れているだろうし、戻ってからも洞を潰すに動き回っていて疲れて寝ているのではないだろうか。 電話の音などで起きられない程、寝入ってしまっているのではないだろうか。

だからと言って一日でも伸ばすことがないように運ばなくてはならない事は分かっている。 少しでも早くセノギと連絡を取らなければいけないと。

「あちらの屋敷の電話番号は調べております。 私の声では怪しまれるかもしれませんので、紫さまから事前にご連絡を入れて頂けますか?」

その手があったのだった、文明の利器をすっかり忘れていた。 だが・・・。

「はい。 それはいいですけど、此之葉さんがまだなのに」

「領主からお聞きした限りでは、洞を抜けてからケミという者のいる北の領土の唱和様のご自宅まで、普通の者で数日かかると唱和様が仰っていたそうです。 影と呼ばれる者たちは普通の者より早く動けるということですが、呼びに行き戻ってくる。 一往復ですから、いくら早く動けると言っても数日かかりましょう」

セノギと接触し洞を潰すのを止め、まずは一刻も早くケミを屋敷に連れ帰らなければならない。 その時までは此之葉が居なくてもいいのだった。 まずは紫揺がセノギと接触するのがいの一番だったのだ。

「あ、そういうことか。 分かりました。 そう言われればそうでした。 洞窟を抜けてから何日も馬車に揺られてたんでした。 あの建物があったでしょ?」

「あの建物? で御座いますか?」

「馬を下りて岩の中に入ったあの場所の向かいの崖の上にあった建物です」

「あれで御座いますか。 はい」

北の領土にある建物、それは領土と日本を行き来するたびに目にしていた。

「北の領土の洞窟を抜けたあと、あの建物から出て領土に入ったんです」

「え?」

「洞窟とあの建物が繋がってるってことですね。 で、あそこは辺境って呼ばれてて、中心って呼ばれる所に行くんですから遠かったです」

「あの建物が・・・」

位置から考えるに北と東の洞は殆ど真正面にあったということか。

「だから私、北の領土に始めて行った時に、さっきの岩を北から見ました。 まさか中をくり抜いてあったとは思ってもいませんでした」

「・・・やはり北は先の紫さまを探している時に洞を見つけたということです、か・・・」

「同じような所にあったんですからそうでしょうね」

と言ったあと、ん? と気づいたことがあった。
洞のことではない。 気に入らなかった阿秀と気楽に話をしているのに気付いたのだ。 セノギモドキとさえ思っていたのに。 思い返せば春樹の電話番号も教えてくれたのだった。

(やっぱり悪い人じゃないよね。 最初の出会いが悪すぎただけかな・・・。 ん? 電話番号・・・。 先輩?)

大切なことを思い出した。

「阿秀さん!」

ガバッと背もたれから身体を起こすと、身体ごと阿秀を見た。

「はい?」

「お金貸して下さい!」

阿秀にがぶり寄りするか如くの紫揺の勢い。

「は? ・・・は、い」

紫揺のあまりの勢いに、倒れるはずのない背もたれを押してのドン引き状態の阿秀。

「六万三千円! 持ってますか!?」

「はい・・・」

「家に帰ったら返します。 必ずっ! あ・・・、六万五千円でもいけます?」

利子を付けよう。

「・・・はい」


那覇空港でプロペラ機を降り、足早に手続きを済ませると羽田行きに乗り、さらに羽田空港から小松空港に飛ぶ。
座席は離れてしまったが、待ち時間はそれ程には無く小松空港に降り立った。

紫揺のスポーツバッグは東の領主の屋敷に置いてある。 持っているのはスポーツバッグに入れてあったミニショルダーバッグのみ。 阿秀にしてもパソコンバッグだけである。 そこにはパソコンだけが入っているのではなく、その中にセカンドバッグも入っているようで、少々太っているパソコンバッグだが、機内席に持ち込んでいる。 荷物が流れてくるのを待つ必要などない。 すぐにタクシーに乗り込んだ。

那覇空港から羽田空港行きに乗り換える間に阿秀が何度か屋敷に連絡を入れたが、誰も電話に出ることは無く、更に羽田空港に着いてからも何度電話をしても誰も出なかった。 今もタクシーの中でコール音を鳴らすが誰も出ない。

「連絡つかないみたいですね」

すでに船の手配はしていたようで、スマホを耳に当てている阿秀を見て言う。

「仕方ありませんか・・・」 

タクシーの中で一瞬沈み込みかけた時、あっ!っと紫揺が声を上げた。

「阿秀さん、今から言う番号にかけてください」

そう言うとショルダーバッグの中からメモを取り出した。 それは阿秀の記憶にある番号だった。
コール音が鳴る。 阿秀が紫揺にスマホを手渡す。
コール七度目。

『はい』

春樹の声だ。

「先輩?」

『あ、え? 紫揺ちゃん?』

杢木から春樹の携帯番号を書いたメモを紫揺が落としていったと聞いていたが、諦めきれずにいつも切っていた電源を仕事が終わった後に入れていた。

「先輩!」

『あ・・・杢木から紫揺ちゃんがメモを落としたって聞いてて・・・。 その、無事に家に帰れた?』

諦めきれずにいたものの、メモを落としたのだから期待は夢だと分かっていた。 それなのに連絡があった。 あまりの突然に淡白になってしまう。

「はい、有難うございます。 ちゃんと家に帰りました」

『良かった』

「それで、お金をお借りしてるままなのに、また頼み事があるんですけど・・・」

『うん。 OK、何でも言って』

「有難うございます。 これからそちらに向かいます。 それにあたって、セノギさんと連絡を取りたいんです。 何度屋敷に電話をかけても誰も出てくれなくて」

『せのぎ? キノラさんじゃなくて?』

「はい、セノギさんです。 男の人」

『あ・・・ああ、夕方にキノラさんに会いに来た人がいたけど、その人かなぁ?』

「その人かもしれません。 先輩、本当に申し訳ないとは分かっています。 その上でお願いしたいんです。 セキちゃんにお手紙を渡してもらえたんですよね?」

春樹はセノギのことをあまり知らないと判断した。 そして咄嗟にセキのことを思い出した。 手紙のことはニョゼから受け取ったと聞いている。

『うん』

「そのセキちゃんはセノギさんを知っています。 電話をこのままにしてセキちゃんにこの電話を渡してもらえませんか?」

『出来なくはないけど、もう寝てるんじゃないかな』

紫揺に言われた時からセキを気にしていて、その部屋はどこにあるか知っている。

「寝ててもいいです。 私からって言ってもらえばすぐに起きてくれるはずです。 お願いします」

『う、ん。 分かった。 じゃ、このままでいいんだね?』

「はい」

スマホの向こうで立ち上がった気配を感じる。 戸を開ける音と階段を上る音がする。 そしてノックの音。

『夜分にすみません。 セキちゃんをお願いしたいんですけど』

春樹の声が聞こえる。
戸が開いた音がした。

春樹がスマホを後ろ手に持つ。

『アンタ・・・たしかキノラ様のところの』

セキの父親だろう声が遠くに聞こえる。

『はい。 キノラさんの下で働いています』

『そんな人がどうして、うちのセキに?』

『紫揺ちゃんがセキちゃんに―――』

『シユラ様!?』

部屋の奥から声が聞こえた。
パタパタと走ってくる音に続いて春樹に見覚えのあるセキが顔を出してきた。

『あ・・・お手紙のお兄さん』

セキの可愛く高い声が父親の声より随分と近くに聞こえる。 春樹のことをお手紙のお兄さんと呼んでいるのかと、紫揺が小さく微笑んだ。

『ちょっといいかな? 紫揺ちゃんからの連絡があるんだけど』

セキを見て言うが、父親にスンゴク疑われている目を送られているのを感じる。
いや、ロリコンの趣味はありません、と言いたかったが、それは挑発することになるだろう。

『シユラ様から?』

『うん、ちょっと出てもらえる?』

禁止されている携帯の存在を知られたくない。

『あの、すぐにお帰ししますので。 ほんの数分』

父親に向かってそう言うと、部屋を出てきたセキに先に階下に降りるように言った。

『安心してください。 すぐにお帰しします』

そう言って踵を返したが、背中に痛いものを感じる。

父親にしてみれば、セキがシユラ様と呼ぶ相手が誰なのかは知っているし、セキが大事にしている紫揺からの手紙を渡してくれた、お手紙のお兄さんと言っていたのも知っている。 だからと言って、我が娘をたぶらかして良いとは言わない。

セキに遅れて階下に降りた春樹。 スマホをセキの前に出した。 スマホなど、電話など知らないセキ。 意味が分からないと言った顔をする。

『えっと・・・これを、ここを耳に当ててもらえる?』

手渡され、言われた通りに耳に当てる。

「セキちゃん?」

紫揺の声がする。 驚いたセキがスマホを耳から外した。

『どうしたの、大丈夫だよ。 単なる電話。 紫揺ちゃんがセキちゃんに用があるって』

まだ小さい子。 それにこんな隔離された島にいるのだ、スマホを知らないのだろうかと思い言う。

「セキちゃん、セキちゃん! 紫揺よ! お願いだから電話に出て! 頼みたいことがあるの!」

耳にしなくとも紫揺の声がスマホから聞こえる。 セキがそっとスマホを耳に充てた。

『シユラ様?』

「セキちゃん・・・」

分かってくれたかと大きく息を吐いた。

「セキちゃん、お手紙読んでもらえた?」

『はい』

「ニョゼさんにも渡してくれたんだよね。 ありがとう。 今日、ニョゼさんと会って聞いたよ」

『ニョゼさんと?』

「うん。 それでね、もう少ししたらセキちゃんにも会えるかもしれないの」

『え!?』

「会ってもらえる?」

『もちろんです! シユラ様と会いたいです!』

「うん。 私も会いたい。 でね、その為にもセノギさんに連絡を取りたいの」

『セノギさんに?』

「うん。 この電話を持っていたお兄さんに番号を教えてもらって、その番号にすぐにセノギさんから連絡を入れて欲しいの」

『番号?』

意味が分からない。

「うん。 それはあとでお兄さんに話すから大丈夫。 今すぐセノギさんを探してほしいんだけど眠くない? お願いできる?」

『はい』

「もし、セノギさんが辺りに居なかったら、五階の部屋に居ると思うから。 じゃ、お兄さんにこの電話を渡してもらえる?」

『はい』

セキがスマホを耳から離して春樹に差し出した。

『紫揺ちゃん?』

スマホを受け取った春樹が言う。

「先輩、この番号に折り返しセノギさんから連絡が欲しいんです。 セノギさんにはセキちゃんが会ってくれます」

『分かった』

春樹の返事は短かく、スマホを切った。
紫揺の番号が分かったのだ。 焦ることは無い。 いや焦るなど必要ない、反対に余裕ブッコキではないか。 今は取り敢えず急いでいるようなのだ、紫揺の用件とやらを済ませるのが先だろう。

(ふっ、これこそ大人の男の余裕ってもんだ)

スマホを尻のポケットに入れる。

「セキちゃん、一度部屋に戻ってお父さんに紫揺ちゃんからの連絡ごとで “せのぎさん” に会いに行くって言ってきて」

疑いからは逃れたい。 ロリコンではないのだから。

「はい」

元気よく階段を上がって行く。 寝てなどいなかったようだ。 その間に部屋に戻り、かかってきた番号をメモする。

書き終えてふと手が止まった。 今自分が書いた番号をじっと見る。
紫揺のスマホの番号と思っていたが、今までスマホを持っていなかった紫揺が急にスマホを手にするだろうか。 一人で契約など出来るのだろうか。 それに何より、ここから出るにお金さえ持っていなかった。
ボールペンをことりと置いてメモを手に取る。

「紫揺ちゃん、何がどうなってるんだよ」


セキが屋敷の周りを歩くがセノギの姿が見えない。 勇気を振り絞って洗濯室から屋敷の中に入った。 だが屋敷の中には誰も居ない。

「セノギさんどこに居るんだろ・・・」

一階のあちこちをくまなく探したが、セノギの姿は無かった。
紫揺が言ったことを思い出す。 『セノギさんが辺りに居なかったら、五階の部屋に居ると思うから』 そう言っていた。
階段を上がるしかないようだ。
大階段に足を踏み入れる。

「セキちゃん、そこは駄目だよ」

振り向いたセキの目に春樹が映った。
こんな夜遅くに小さい子を一人で歩かすわけにはいかない。 セキの後ろを春樹が歩いてきていた。

「あっちの小階段から上がろう。 何階に行くの?」

「えっと、五階。 そこにセノギさんが居るってシユラ様が」

「五階か。 未知の階だな。 一緒に行こう」

そして五階に上がると偶然セノギが部屋から出てきた。

「あ、セノギさん!」