虚空の辰刻(とき) 第97回
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「ハンの様子はどうじゃ」
誰もいない部屋でショウワが言う。
部屋の隅にドロリと影が現れた。 その影が片膝と片腕の拳を床につけている。
「はい、徐々に回復してきております」
「カミか。 ハンから離れてよいのか?」
「今はダンが見ております」
「そうか。 セノギの様子は」
「先程セノギの様子を見に行きましたが、ハンほどの回復は見られません。 セノギ自身は筋肉の衰え、疲れと見ているようです。 確かにそれもありますが・・・」
「ヒトウカの力にあたったという自覚が無いという事か」
「おそらく」
「ゼンとケミはどうしておる」
「まだ連絡がございません」
「ムラサキ様も勿論の事、ハンのことがあるからのぅ・・・。 お前たち二人でムラサキ様とハンを見てもらわねばならん。 どちらかを北の領土に送ることも出来んか・・・」
ダンもカミも夜、紫揺が部屋に入るとその場を後にしている。 その後に窓から部屋を出て行っているなどという事は知らなかった。
紫揺の個人的なことを犯すのではないと言われていたからだ。
「領主のことがお気になられるようであればダンか吾が向かいます」
「いや、構わん。 ムロイにはゼンとケミがついておる。 連絡がないという事は少なくともムロイに生死の疑いが無いという事なのだろう。
お前たちは主にセノギとハンに付いてくれ。 ヒトウカの冷えにあたるという事は人間には簡単に耐えられるものではないからな」
「主にと申されますと?」
「ムラサキ様においてはムロイから守るという事が第一。 そのムロイが居らぬのであれば今は・・・よかろう。 何か不信を感じた時に付くだけでよい」
「仰せのままに」
言うとドロリと姿を消した。
「セキちゃん」
セキと紫揺に挟まれて真ん中にガザンがいる。 ポジションが変わった。
「はい、何ですか?」
「私・・・セキちゃんには本当に感謝しているの。 ガザンとお友達にしてくれたこともそうだけど、それ以外のところでもセキちゃんに感謝してるの」
「シユラ様とガザンがお友達になったのは私には関係ありません。 ガザンがシユラ様をお友達と選んだんです」
「そっか・・・。 そうだよね。 ガザンは良くしてくれる。 でもそれはセキちゃんが居てくれたからこそ・・・なのにセキちゃんにお別れを告げなければならないかもしれないの」
「え?!」
「ごめん、理由とか方法とかは言えないの。 それを知ったらセキちゃんがしんどくなるから。 それにもしかして、五色やムロイさん達から何か言われるかもしれないでしょ? だからセキちゃんには何も言わない。 でもガザンが協力してくれる」
「ガザンが?」
「うん。 下見に行った時もガザンは私の身を案じてくれたみたい」
下見と聞いてどういうことだろうかと思ったが、さっき紫揺は理由も方法も言えないと言っていた。 訊くと紫揺が困るだろう。
「ガザンらしい・・・」
寂しい目をしてガザンを見、そのまま口だけを開く。
「・・・此処から出て行くっていう事ですか?」
「うん。 でも成功するかどうかは分からないけどね」
「・・・」
「セキちゃん・・・もし成功したら二度と会えないと思うの。 だから此処に居てる間、セキちゃんがどれだけ私の心の支えになってくれたのかを伝えたくて」
「・・・私、シユラ様に何もしていません」
ガザンを見ていた目を下に向けると、消え入りそうな泡の声で言う。
「そんなことないよ。 もしセキちゃんが居なかったら・・・底なし沼のどん底に沈んでいってたと思う」
「そんなこと・・・」
「無くないよ。 あるよ。 でね、正直に言うね」
セキが紫揺を見て何のことだろうかと小首を傾げた。
「本当はね、初めてセキちゃんと会った後、此処から脱出するにあたってガザンの協力を得ようと思ったの。 その為にはセキちゃんと仲良くならなきゃ始まらないって思った。 で、セキちゃんに近づいたのは隠しきれない本当の事。 利用しようと思ったことにはセキちゃんに悪いなと思ってる。
でも、それだけじゃないの。 初めてセキちゃんと会った時、アマフウさんから守ってあげたいと思った。 アマフウさん勝手に一人で怒ってるんだもん。 セキちゃんがそんなとばっちりを受ける理由なんてないもの。 だから、ここに居る間はずっとセキちゃんを守りたいと思ってたのも本当。 でも改めて言うね。 利用してゴメンナサイ」
ペコリと頭を下げた。
「そ! そんな! 止めてください! シユラ様、お顔を上げてください!」
伏せをしていたガザンが頭を上げ、ノソリと立ち上がりかけた。
「も! ガザン、ジャマ! シユラ様が見えないでしょ!」
立ち上がるのを止めることなく、ガザンが一度セキを見ると次に頭を下げている紫揺にベロン。
「わっ!」
急にきたベロンに思わず声を上げた。
「・・・ガザン」
頭を上げた紫揺がガザンを見た。
「ね、シユラ様、ガザンも頭を上げてって言ってます」
「セキちゃん・・・」
「ゴメンナサイなんて要りません。 シユラ様は私を守って下さった。 そしてお友達にもなって下さった。 私の心にはいつもシユラ様がいらっしゃいます。 ガザンの心の中にも。 だから二度と会えないなんて言わないでください。 いつも心の中にいらっしゃるんですから」
「セキちゃん・・・」
鼻の奥がツンとしたと思ったら、目に涙がドバっと溜まった。
ガザンが場の空気を読んだのかどうかは分からないが、スッと三歩前に歩いた。 紫揺とセキの間にガザンは居ない。
「セキちゃん!」
手を伸ばしてセキを抱きしめた。
「セキちゃん、本当に本当にありがとう」
「・・・シユラ様。 シユラ様・・・私も抱きしめていいですか?」
「うん! うん!」
そっと・・・紫揺に手をまわした。 暖かい紫揺の体温を腕に感じる。 民の声を聞いてくれる紫揺の暖かさだ。
紫揺にとって、誰かに抱きしめられたなんていつから無かった事だろう。 心の中の嫌なものがなくなって空っぽになる。 そして暖かい何かが流れて来て充満する。
セキが紫揺の胸に顔をうずめたまま手に力を籠める。
「シユラ様、温かい」
と、こんな時、滅多に吠えないガザンがワン、と一声上げた。
「ガザンも仲間に入る?」
紫揺が顔を上げてガザンを見ようとする前に、セキの可愛らしい頭頂部を見た。 紫揺の胸に顔をうずめていたセキも顔を上げた。
すると。
辺りがまるで花畑のように小さな可愛らしい花が咲き誇っていた。
「・・・え?」
セキが声を漏らした。
「どうしたの?」
セキの顔に問うが、セキは前を見たまま固まっている。
セキの目線を追って紫揺もそちらに向く。
「え・・・また?・・・」
怪訝な顔色をして周りを見た。
紫揺の瞳が深い青色になっているのに紫揺はもとよりセキも気付かなかった。
「シユラ様は春の力が大きいようだな」
「でも春は・・・青は破壊でもある」
「アマフウの強膜と同じか。 って、そう言えばアマフウって、強膜が青のくせして春の面が出ないんだな? 」
「悪かったわね。 アノコみたいに悠長にしていないだけよ」
「それは、それは」
「でも私の袂を燃やした赤の力があるはずなのに、あの時以降出ていない。 いつも青の春の力だけ」
「そういや、一人で五色を持ってるのに、青の春の力は見るけど、あの時の赤のちーさな炎を一度見ただけだな。 黄、白、黒の力はまだ芽生えさえしていないのか? ついでに赤は完成されてないのか?」
「分からない・・・でもそろそろトウオウにお願いしなくちゃいけないみたい」
「うん?」
「お願い事が二つになっちゃったけどいい?」
「・・・いいけど? なに?」
食堂で昼飯を済ませたトウオウ。
食堂と言ってもレストランのようなもの。 常に給仕が居て料理も和洋中、ホテル並みの料理が並ぶ。 コック長はこの土地の者、あと二人のコックは北の民、コック長に仕込まれた使用人と呼ばれる者たち。
紫揺は屋敷に来た最初の日以降、食堂には来ていない。 悪いと思いながらも食事を自室に運んでもらっている。 ちなみに給仕は断っている。
「ごっそーさん」 言うと前に座るセッカたちを見た。
トウオウの横にはアマフウが座っている。 その前にセッカ、キノラ、セイハが座っている。
「あら? 早いのね」
「まぁね。 で、セッカお姉さま、セノギの具合はどう?」
「知らないわ」
「あら、冷たい」
「病院に居る間は心配もしたわよ。 でもここに来て筋肉痛って・・・セノギのことは使用人に任せているから、心配なら使用人に訊けば?」
「筋肉痛か・・・あのセノギが言うんだから相当なものだろうな」
「筋肉痛って普通、二、三日で治まるんじゃないの?」 キノラが言う。
「セノギが大袈裟なんだよ」 今度はセイハ。
五色はセノギがヒトウカの力にあたったことを知らないから自由に言う。 勿論、アマフウもトウオウも知らない。
「そうかな? セノギは自分の身を押してでも動くヤツだ。 領主が居ないこの時にヤワなことを言うはずないんだけど?」
笑みをセイハに向けるが、その異なる双眸の奥に嘲(あざけ)りの光がある。
「え? なに? 知らない。 そうなの? だってあんまりセノギと話したことないんだもん」
「そうだろうね」
片方の口角を上げると、席を立った。
「ふーん、アマフウを置いていくんだ」 セイハが小さく言った。
言われたアマフウは茶を啜っている。 今日は海賊の女性バージョン。 全体的に紅色で時折ポイントに白が入っている。
「アマフウ、置いてきぼり?」
セイハがアマフウに言う。
「うるさい」 茶をテーブルに置くとアマフウが静かに言った。
「なにそれ? 八つ当たり? イミ分んないんだけど」
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
いつもより早く使用人と呼ばれる人が皿を下げに来たと思った。 が、入ってきたのはトウオウだった。
「トウオウさん・・・?」
「やっ、昼飯終った?」
「はい」
「入るよ」
「あ、はい」
テーブルの上にあった食べ終えた食器を重ねて片隅に置く。
食器のことなど気にする様子もなく、椅子を引くと紫揺の前に座った。
「あの・・・?」
「話したいことがあるんだけど、その前に北の領土はどうだった?」
背もたれに背中を預けて足を組んだ。 紫揺はちんまりとしている。 どちらが部屋の主か分からない。
ちんまりとしている頭の中は一瞬真っ白になった。 まさかそんなことを訊かれるとは思ってもいなかったからだ。 だがすぐに復活すると異なる双眸を見つめた。 話を作るわけにもいかず、正直な感想を言うしかない。 だからと言ってリツソや狼たちのことは言えない。
まずは二つの内の一つ。
「えっと・・・。 あまり外に出てないし、感想っていえば温泉があるからいいなってことぐらいでしょうか」
「気に入った?」
「温泉なんてそうそう入れませんから。 タダで」
金銭問題を付け加える。 決して裕福な生活ではなかったのだから、ここは外せない。
「そうだね。 こっちじゃ温泉地に行くまでも金がかかるし、旅館代だってかかるもんね」
他には? と目で問う。
少し下を向いて一度口を真一文字にしてから、もう一度トウオウの双眸に合わせる。
「あの、訊きたいことがあります。 その、教えて欲しいことがあります」
「なんなりと」
トウオウの口の端が上がった。
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「ハンの様子はどうじゃ」
誰もいない部屋でショウワが言う。
部屋の隅にドロリと影が現れた。 その影が片膝と片腕の拳を床につけている。
「はい、徐々に回復してきております」
「カミか。 ハンから離れてよいのか?」
「今はダンが見ております」
「そうか。 セノギの様子は」
「先程セノギの様子を見に行きましたが、ハンほどの回復は見られません。 セノギ自身は筋肉の衰え、疲れと見ているようです。 確かにそれもありますが・・・」
「ヒトウカの力にあたったという自覚が無いという事か」
「おそらく」
「ゼンとケミはどうしておる」
「まだ連絡がございません」
「ムラサキ様も勿論の事、ハンのことがあるからのぅ・・・。 お前たち二人でムラサキ様とハンを見てもらわねばならん。 どちらかを北の領土に送ることも出来んか・・・」
ダンもカミも夜、紫揺が部屋に入るとその場を後にしている。 その後に窓から部屋を出て行っているなどという事は知らなかった。
紫揺の個人的なことを犯すのではないと言われていたからだ。
「領主のことがお気になられるようであればダンか吾が向かいます」
「いや、構わん。 ムロイにはゼンとケミがついておる。 連絡がないという事は少なくともムロイに生死の疑いが無いという事なのだろう。
お前たちは主にセノギとハンに付いてくれ。 ヒトウカの冷えにあたるという事は人間には簡単に耐えられるものではないからな」
「主にと申されますと?」
「ムラサキ様においてはムロイから守るという事が第一。 そのムロイが居らぬのであれば今は・・・よかろう。 何か不信を感じた時に付くだけでよい」
「仰せのままに」
言うとドロリと姿を消した。
「セキちゃん」
セキと紫揺に挟まれて真ん中にガザンがいる。 ポジションが変わった。
「はい、何ですか?」
「私・・・セキちゃんには本当に感謝しているの。 ガザンとお友達にしてくれたこともそうだけど、それ以外のところでもセキちゃんに感謝してるの」
「シユラ様とガザンがお友達になったのは私には関係ありません。 ガザンがシユラ様をお友達と選んだんです」
「そっか・・・。 そうだよね。 ガザンは良くしてくれる。 でもそれはセキちゃんが居てくれたからこそ・・・なのにセキちゃんにお別れを告げなければならないかもしれないの」
「え?!」
「ごめん、理由とか方法とかは言えないの。 それを知ったらセキちゃんがしんどくなるから。 それにもしかして、五色やムロイさん達から何か言われるかもしれないでしょ? だからセキちゃんには何も言わない。 でもガザンが協力してくれる」
「ガザンが?」
「うん。 下見に行った時もガザンは私の身を案じてくれたみたい」
下見と聞いてどういうことだろうかと思ったが、さっき紫揺は理由も方法も言えないと言っていた。 訊くと紫揺が困るだろう。
「ガザンらしい・・・」
寂しい目をしてガザンを見、そのまま口だけを開く。
「・・・此処から出て行くっていう事ですか?」
「うん。 でも成功するかどうかは分からないけどね」
「・・・」
「セキちゃん・・・もし成功したら二度と会えないと思うの。 だから此処に居てる間、セキちゃんがどれだけ私の心の支えになってくれたのかを伝えたくて」
「・・・私、シユラ様に何もしていません」
ガザンを見ていた目を下に向けると、消え入りそうな泡の声で言う。
「そんなことないよ。 もしセキちゃんが居なかったら・・・底なし沼のどん底に沈んでいってたと思う」
「そんなこと・・・」
「無くないよ。 あるよ。 でね、正直に言うね」
セキが紫揺を見て何のことだろうかと小首を傾げた。
「本当はね、初めてセキちゃんと会った後、此処から脱出するにあたってガザンの協力を得ようと思ったの。 その為にはセキちゃんと仲良くならなきゃ始まらないって思った。 で、セキちゃんに近づいたのは隠しきれない本当の事。 利用しようと思ったことにはセキちゃんに悪いなと思ってる。
でも、それだけじゃないの。 初めてセキちゃんと会った時、アマフウさんから守ってあげたいと思った。 アマフウさん勝手に一人で怒ってるんだもん。 セキちゃんがそんなとばっちりを受ける理由なんてないもの。 だから、ここに居る間はずっとセキちゃんを守りたいと思ってたのも本当。 でも改めて言うね。 利用してゴメンナサイ」
ペコリと頭を下げた。
「そ! そんな! 止めてください! シユラ様、お顔を上げてください!」
伏せをしていたガザンが頭を上げ、ノソリと立ち上がりかけた。
「も! ガザン、ジャマ! シユラ様が見えないでしょ!」
立ち上がるのを止めることなく、ガザンが一度セキを見ると次に頭を下げている紫揺にベロン。
「わっ!」
急にきたベロンに思わず声を上げた。
「・・・ガザン」
頭を上げた紫揺がガザンを見た。
「ね、シユラ様、ガザンも頭を上げてって言ってます」
「セキちゃん・・・」
「ゴメンナサイなんて要りません。 シユラ様は私を守って下さった。 そしてお友達にもなって下さった。 私の心にはいつもシユラ様がいらっしゃいます。 ガザンの心の中にも。 だから二度と会えないなんて言わないでください。 いつも心の中にいらっしゃるんですから」
「セキちゃん・・・」
鼻の奥がツンとしたと思ったら、目に涙がドバっと溜まった。
ガザンが場の空気を読んだのかどうかは分からないが、スッと三歩前に歩いた。 紫揺とセキの間にガザンは居ない。
「セキちゃん!」
手を伸ばしてセキを抱きしめた。
「セキちゃん、本当に本当にありがとう」
「・・・シユラ様。 シユラ様・・・私も抱きしめていいですか?」
「うん! うん!」
そっと・・・紫揺に手をまわした。 暖かい紫揺の体温を腕に感じる。 民の声を聞いてくれる紫揺の暖かさだ。
紫揺にとって、誰かに抱きしめられたなんていつから無かった事だろう。 心の中の嫌なものがなくなって空っぽになる。 そして暖かい何かが流れて来て充満する。
セキが紫揺の胸に顔をうずめたまま手に力を籠める。
「シユラ様、温かい」
と、こんな時、滅多に吠えないガザンがワン、と一声上げた。
「ガザンも仲間に入る?」
紫揺が顔を上げてガザンを見ようとする前に、セキの可愛らしい頭頂部を見た。 紫揺の胸に顔をうずめていたセキも顔を上げた。
すると。
辺りがまるで花畑のように小さな可愛らしい花が咲き誇っていた。
「・・・え?」
セキが声を漏らした。
「どうしたの?」
セキの顔に問うが、セキは前を見たまま固まっている。
セキの目線を追って紫揺もそちらに向く。
「え・・・また?・・・」
怪訝な顔色をして周りを見た。
紫揺の瞳が深い青色になっているのに紫揺はもとよりセキも気付かなかった。
「シユラ様は春の力が大きいようだな」
「でも春は・・・青は破壊でもある」
「アマフウの強膜と同じか。 って、そう言えばアマフウって、強膜が青のくせして春の面が出ないんだな? 」
「悪かったわね。 アノコみたいに悠長にしていないだけよ」
「それは、それは」
「でも私の袂を燃やした赤の力があるはずなのに、あの時以降出ていない。 いつも青の春の力だけ」
「そういや、一人で五色を持ってるのに、青の春の力は見るけど、あの時の赤のちーさな炎を一度見ただけだな。 黄、白、黒の力はまだ芽生えさえしていないのか? ついでに赤は完成されてないのか?」
「分からない・・・でもそろそろトウオウにお願いしなくちゃいけないみたい」
「うん?」
「お願い事が二つになっちゃったけどいい?」
「・・・いいけど? なに?」
食堂で昼飯を済ませたトウオウ。
食堂と言ってもレストランのようなもの。 常に給仕が居て料理も和洋中、ホテル並みの料理が並ぶ。 コック長はこの土地の者、あと二人のコックは北の民、コック長に仕込まれた使用人と呼ばれる者たち。
紫揺は屋敷に来た最初の日以降、食堂には来ていない。 悪いと思いながらも食事を自室に運んでもらっている。 ちなみに給仕は断っている。
「ごっそーさん」 言うと前に座るセッカたちを見た。
トウオウの横にはアマフウが座っている。 その前にセッカ、キノラ、セイハが座っている。
「あら? 早いのね」
「まぁね。 で、セッカお姉さま、セノギの具合はどう?」
「知らないわ」
「あら、冷たい」
「病院に居る間は心配もしたわよ。 でもここに来て筋肉痛って・・・セノギのことは使用人に任せているから、心配なら使用人に訊けば?」
「筋肉痛か・・・あのセノギが言うんだから相当なものだろうな」
「筋肉痛って普通、二、三日で治まるんじゃないの?」 キノラが言う。
「セノギが大袈裟なんだよ」 今度はセイハ。
五色はセノギがヒトウカの力にあたったことを知らないから自由に言う。 勿論、アマフウもトウオウも知らない。
「そうかな? セノギは自分の身を押してでも動くヤツだ。 領主が居ないこの時にヤワなことを言うはずないんだけど?」
笑みをセイハに向けるが、その異なる双眸の奥に嘲(あざけ)りの光がある。
「え? なに? 知らない。 そうなの? だってあんまりセノギと話したことないんだもん」
「そうだろうね」
片方の口角を上げると、席を立った。
「ふーん、アマフウを置いていくんだ」 セイハが小さく言った。
言われたアマフウは茶を啜っている。 今日は海賊の女性バージョン。 全体的に紅色で時折ポイントに白が入っている。
「アマフウ、置いてきぼり?」
セイハがアマフウに言う。
「うるさい」 茶をテーブルに置くとアマフウが静かに言った。
「なにそれ? 八つ当たり? イミ分んないんだけど」
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
いつもより早く使用人と呼ばれる人が皿を下げに来たと思った。 が、入ってきたのはトウオウだった。
「トウオウさん・・・?」
「やっ、昼飯終った?」
「はい」
「入るよ」
「あ、はい」
テーブルの上にあった食べ終えた食器を重ねて片隅に置く。
食器のことなど気にする様子もなく、椅子を引くと紫揺の前に座った。
「あの・・・?」
「話したいことがあるんだけど、その前に北の領土はどうだった?」
背もたれに背中を預けて足を組んだ。 紫揺はちんまりとしている。 どちらが部屋の主か分からない。
ちんまりとしている頭の中は一瞬真っ白になった。 まさかそんなことを訊かれるとは思ってもいなかったからだ。 だがすぐに復活すると異なる双眸を見つめた。 話を作るわけにもいかず、正直な感想を言うしかない。 だからと言ってリツソや狼たちのことは言えない。
まずは二つの内の一つ。
「えっと・・・。 あまり外に出てないし、感想っていえば温泉があるからいいなってことぐらいでしょうか」
「気に入った?」
「温泉なんてそうそう入れませんから。 タダで」
金銭問題を付け加える。 決して裕福な生活ではなかったのだから、ここは外せない。
「そうだね。 こっちじゃ温泉地に行くまでも金がかかるし、旅館代だってかかるもんね」
他には? と目で問う。
少し下を向いて一度口を真一文字にしてから、もう一度トウオウの双眸に合わせる。
「あの、訊きたいことがあります。 その、教えて欲しいことがあります」
「なんなりと」
トウオウの口の端が上がった。