ハラカルラ 第29回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第20回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
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ナギと練炭の二人が戻ってくるとまだ口論は続いていた。 もう深夜を過ぎあと何時間かで明け方近くになろうとしているのに。
人垣を押しのけてナギが中に入って行く。 その後ろを煉炭がついて行こうとして首根っこを取られた。
「あんたたち、こんな所で何してん? 寝てるんやなかったんか?」
「ひぇ・・・」
「母ちゃん・・・」
ナギがワハハおじさんの横に立つ。
「煉炭がしたことがあります、長たちに話していいですか」
真っ直ぐに前を向き長を見ながら言っているが、その声は横に立つワハハおじさんにしか聞こえていない。
「煉炭が?」
腕を組んだまま、こちらもまた長や爺に顔を向けている。
「水無瀬との約束を果たしたと言えば聞こえがいいでしょうか」
「水無瀬君と?」
思わずワハハおじさんがナギを見た。
「ですから、聞こえがいいということです」
ナギはまだ前だけを見ている。 その横顔をじっと見たワハハおじさんが言い合っている合間に声を挟む。
「長、ナギから話があるそうです」
長に言うと今度は後ろを向いて大きな声で呼ぶ。
「煉炭! 居るなら来い!」
「ひぇぇぇ・・・」
母ちゃんに首根っこを取られたまま、完全に怒っている父ちゃんの元に連れられて行く。
「ナギ、話とは」
「たった今、穴から・・・黒の穴から戻ってきました」
「まさか、水無瀬君がいたのか?」
そう問う長の横で一人の爺が言う。
「ナギ、長の招集を聞いておらんかったのか」
まずは長に目を合わせ「居ませんでした」 と言うと、次に爺を見て「聞いていました」 と言って続ける。
「ここで皆が話している途中で場を外し行ってきました」
ざわめきが走る。 こうして議論することを除けば長の言葉は絶対である。
長が手を上げてざわめきを鎮める。
「それで?」
「煉炭が作った追跡機を置いてきました」
「追跡機?」
「水無瀬にしか分からないようにと煉炭が置きました」
「れ、煉炭が穴に入ったということか?!」
「煉炭、前においで」
ナギの両端に付いた煉炭。 父ちゃんではなくて良かったとホッとしている。
「長、勝手にしてゴメンなさい」
「ナギは悪くない。 意地悪なだけ」
ナギの拳骨が頭頂部に入る。
「痛ったーい」
この様子では多分ナギは脅しに近いことをされたのだろう、爺たちが互いを見る。
「追跡機の説明だけすればいい」
煉炭によると、水にさえ浸からなければ追跡が出来るということであった。 袋からは出してあるが、それくらい誰もが知っている事、きっと水無瀬は袋に入れて向こうに戻って行く。 そこで追跡が出来るということだが、持って出なければ水無瀬はバカだという。
ただ小型なだけにあまり距離が離れてしまっては受信は出来ないということだった。
「そういうことらしいです。 ですから水無瀬に話す前に追跡し、向こうの場所を知り、襲撃をかけるもよし、逃がすもよし」
だが長が首を振る。
「長・・・」
「さっきも言った、水無瀬君が穴に行く、それが何を示すのかがわかるだろう。 誰が何と言おうとも、もう決めたことだ」
「えー!」 と煉炭が声を上げるが、その声はおっさんたちの「長!」 という声に消されてしまった。
「ねぇ炭、上手くやってくれると思、う?」
布団の上で目をこすりながら煉が言う。
「ちゃんと説明したか、ら・・・」
煉炭の二人が落ちた。
煉炭が仕掛けた翌翌日。
左右からカオナシの面を着けた男達に両腕をがっしりと取られた水無瀬が黒門の村の中を歩いている。 その水無瀬が逃げられないようにだろう、周りを七人の男たちが固めている。
(男に腕なんて絡まされたくないっての)
怒りながらもふと前を見るとお獅子が居るではないか。
(このお獅子が矢島さんを引き上げてくれたのか)
どうしてだろうか礼を言いたくなったが今の状態でそういうわけにもいかず、誰にも分からないように僅かに頭を下げた。
ハラカルラに入ってからは何度か足をばたつかせてみたが、やはり白烏はやることが早い。 水は殆どざわつくことなく落ち着いていった。
何をしても白烏に阻まれてしまう。 水をざわつかせることは諦めて今はあたりを頭に入れようと、見たことのある所はないかと目を凝らしている。
「あそこだ」
あそこというのは、朱の穴ということだろう。
ライの村から黒の穴に行くまではもっと歩いたが、それと比べると、朱門と朱の穴はかなり近いようである。
(ん?)
見覚えのある岩。
「あの上の方に穴がある」
(え? どういうことだ?)
水無瀬がそう思った時だった。 その岩の影から見覚えのある面を着けた人物が出てきた。
(あ・・・)
「待ってもらおう」
カオナシの面は離れていた所からも見えていた。 長もライもやはりか、という思いであった。
「長・・・」
長が面を着けたところなど見たことは無かったが、服装と声、体格からそれが長と分かる。
先頭を歩いていた男が声を漏らした水無瀬を一度見てから長と呼ばれた者に向き合う。
「これはこれは、長御自身(おさおんみずから)のお出ましとは」
狐の面を見てどこの者かは分かる。
長の影からライも出てきた。 相変わらずプラスティックの面である。
「ライ・・・」
助けに来てくれたような様子ではないし、そんな覇気も感じられない。
「こちらは、わしとこの者の二人だけ」
「それはそれは。 それで?」
「水無瀬君と話をさせて欲しい」
「話し? 御冗談を」
嘲るような息を吐き、一旦横を向いてもう一度長を見る。
「朱門が黒門の守り人にどんな話があると?」
(え?)
長を見ていた水無瀬が長と話している後姿の男の背中に目を転じる。
(え? 今・・・いま、なんて言った?)
「黒門の、ここはハラカルラ。 争いごとなど言いたくない。 話をさせてくれるだけでいい」
(黒門の・・・? それってどういう意味だ? 村が、長たちが、ライたちが、黒門なのではなかったのか? どうして朱門の男を見て黒門と言ってるんだ? ・・・いや、その前にあの男は何と言っていた、朱門が黒門の守り人に・・・って)
それにこの岩の上には・・・黒の穴がある。
戸惑う目を長にライにと向ける。
長は男だけを見ている。 そして・・・水無瀬の表情を見たライが顔を逸らした。
「話をさせてもらった上で、水無瀬君が黒門を選ぶのなら朱門は二度と黒門に手を出さない。 朱門長としてこのハラカルラで誓う」
(朱門長として・・・って・・・)
男が振り返った。 他の男達に目顔でどうすると訊いているようだ。
「まぁ、嘘はないだろう。 水がじっとしているからな」
周りを固めていた一人が言う。
水無瀬の腕をとっている二人を置いて七人が寄る。 このハラカルラで走って逃げるようなことは出来ない。 その辺りが分かってのことだろう。
「ライ・・・なに言ってんの? どういうこと?」
水無瀬の声が細い。 ライまで届いているだろうか。 そのライは下を向いただけだった。 ライから目を外して長を見る。
「長・・・?」
長がようやく水無瀬を見る。
「すまなかった」
「すまなかったって・・・」
「水無瀬君は黒門の守り人、そして我々は黒門ではなく朱門」
「朱門って・・・朱門って、俺を追いかけてきてたって、この人たちが朱門だって・・・」
「嘘をついていてすまなかった。 いいわけをするわけではない、だが話を聞いて欲しい」
「話し・・・話って・・・聞いてました。 ちゃんと、ずっと聞いて―――」
そこに黒門の男の声が入った。 今この二人の話を聞いた限り水無瀬は朱門を選ばないと踏んでのことである。
「朱門長」
長が男を見る。
「ハラカルラを出ても約束を違えることは無いな」
「もちろん」
「あまり長々とは困る。 手短に」
「礼を言う」
水無瀬が長のところまで連れて来られた。 そして取られていた腕が放された。 男たちは少し離れてはいるが周りを固めている。
「今までのことは謝る。 すまなかった」
「・・・そんなんじゃ・・・分かりません」
「そうだな。 聞いてほしい」
長たちは朱門。 水無瀬に言ったように、その昔に守り人を失った。 だがその理由は違った。
「矢島の先々代、それが朱門の守り人だった。 その守り人がずっと守り人を失くしていた黒門に攫われた。 黒門は・・・。 水無瀬君に言っていた朱門の事情、それは黒門のこと。 わしが話した黒門というのは朱門のこと、朱門というのが黒門のこと」
朱門ではなく、黒門が遥か昔に守り人を失っていた、跡を継ぐ者を失くしていた。 だから朱門の守り人を攫った。 そして矢島の代まで黒門の守り人としていた。
「嘘を言っていたのは謝る」
「どうして・・・どうして最初にそう言ってくれなかったんですか」
「水無瀬君は矢島との繋がりから、わしらのところに来てくれた。 その矢島は辿れば朱門となるが、それでも黒門の守り人として先代に選ばれた。 本来ならば朱門の守り人とは言え、今は黒門の守り人になっている。 その守り人にわしらは強制をしたくなかった。 矢島にもその先代にも強制はしなかった。 水無瀬君にも強制はしたくなかった。 被害者面をした話をしたくなかった・・・あるがままを見て選んでほしかった」
「選ぶって・・・」
嘘ばかり。 アイツに嘘をつかれていた、それだけじゃなく長にも嘘をつかれていた、ライにも。
「わしらの村を、村のみんなを見て、朱門にいる皆の在り方を見て欲しかった。 その上で納得して来て欲しいと思っていた」
「今俺が朱門を選ぶっていったらどうするんですか」
「黒門に納得してもらう。 水無瀬君を連れて戻る」
「じゃあ、黒門を選ぶって言えば」
「それは・・・黒門との約束は守らなければならんと思っている」
「俺、一度でも守り人になるって言いましたか、長に」
俺は嘘などついた覚えはない。
「・・・いいや、聞いてはない」
長がゆっくりと首を振る。
「あるがままって・・・」
吐き出すように言い、少し間をおいて続ける。
「お話しはそれだけですか」
「ああ」
長を見ていた目線をライに変える。
「ライももちろん知ってたんだよな」
水無瀬を見ていたライが頷く。
「ナギも、おばさんもおじさんも。 家族総出で俺を騙してたってわけか」
ライが唇を噛む。
ライから目を外した水無瀬が長を睨み据える。
「みんなで騙してたってわけですか。 村のみんなで」
水無瀬の感情に、水無瀬の周りで水が何度もざわつき始めていたが、その度にこの事情を知らない白烏に宥められ落ち着いている。
「すまない」
長の話しこそ、とぎれとぎれでしか聞こえなかったが、水無瀬の声はよく聞こえた。 話を聞いていた黒門の男たちが目配せをし、嘲弄(ちょうろう)するかの如く口の端を上げている。
「何度も謝ってもらわなくても結構です」
謝るくらいならどうして嘘をつく。
ライに目を転じる。
「盗聴器もこっちだったのかよ」
「違う! そんなことはしてない、煉炭が見つけるまで誰も知らなかった」
ライから目を外し横を見る。
「首脳会議・・・」
「え・・・?」
ゆっくりともう一度ライを見据える。
「首脳会議で俺をどう騙そうかって話してたってわけかよ。 俺が村にのこのことやって来て・・・早速そんな話をしてたってわけかよ」
「そんなことするはずないじゃないか、水無―――」
ライの言葉に水無瀬が被せる。
「嘘をつかれてたとは言え、おばさんには世話になった、それは事実だ」
言いたいことはもっとある。 でももう話したくない。
「事実って、そんな言い方」
「そんな言い方も何もそれが事実だろ、それだけが」
「それだけなんかじゃない! 色々話したじゃな―――」
またもや水無瀬が被せる。
「その礼は、おばさんに伝えておいてくれ」
「水無瀬、それって・・・」
「じゃあな」
足元を蹴って上に上がって行く。
「水無瀬!」
「ほほー、もう穴のことは知っていたのか」
「これはこれは、今日まで世話になったようだな、守り人としても」
「説明の手間が省けた、こちらも礼を言わねばならんかなぁ?」
他の男達を見まわして言うが、そんな気はさらさらない顔をしている。 もとより長はまだしも、ライがそんなことを言われれば怒りは沸点に達するだろう。
「朱門の、約束は守ってもらう」
「ああ、もちろんだ」
「調子に乗んなよ、この先、水無瀬がそっちを選ぶとは限らないからな」
「負け犬の遠吠えか? 吠える前に言わなくちゃいけないことがあるだろう、戻って母ちゃんに言伝ろよ、うちの守り人が言ってたことをな、若造」
「くっ・・・」
「ライ、ここではいかん。 戻るぞ」
「長年の付き合いにこれで終止符を打てる、互いにな。 これで楽になったじゃないか」
「ライ、行くぞ」
穴を抜け、水から出た水無瀬。 そこにごろりと仰向けに寝ころぶ。 でこぼことした岩が背骨に当たって痛い。
長の言っていたことがまだ信じられない、信じられないのに嘘をつかれていたという怒りが込み上げてくる。
「くそぉ・・・」
あのライの家での団らんも何もかもが嘘だったのか、騙されていたのか。
長の話を真剣に聞いた、村は黒門だと言っていた長の話に耳を傾けた。 その時のことが断片的に思い出される。 怒りがこみ上げてきそうになった時、気付いた。
「あ・・・いや・・・」
長は自分たちのことを一言も黒門だとは言っていなかったのではないだろうか。 長にも烏にも色の話をされて烏に黒と言われた。 だからてっきり・・・村を黒門だと思い込んでいたんじゃなかっただろうか。
だがそれが何だという。 朱門であったのに、まるで朱門ではないような言い方をしていた。 誤魔化して騙していただけだ。
「なにがあるがままだ」
「うん? 黒か・・・ああ、鳴海か」
「そのようだな、何をぐずぐずしておるのか」
「こっちはさっきから忙しい。 どこの人間だ、水をざわつかせてばかりしおって。 さっさと呼んで来い」
黒烏が白烏を横目で見たが、白烏がずっと羽を動かしているのを見ている。 忙しいというのは本当のことだと分かっている。
「手のかかる奴め」
穴から羽音が聞こえてきた。
(烏か・・・)
カシャっと、机に下りた音が聞こえる。
「こりゃ、鳴海、なにを怠惰な格好をしておるのか」
「悪かったね」
「なんじゃー? その態度は」
ごろりと横を向いて烏に背を向ける。
「おい、無視かい」
「・・・今日はここに居る」
「はぁ? 何を言うておるか、忙しい、さっさと手伝いに来んか」
「・・・遠慮します」
「お前たち人間がこの辺りで水をざわつかせておるのだろうが、早よ来んか」
この辺り? ということは心当たりがなくもない。
「ああ、それならもう落ち着いた」
「うん? 何を言っておるのか?」
「それ俺だから」
「がー、守り人たるものが水をざわつかせたというのかっ」
「だからここで反省しておく。 はい、サヨウナラ。 お帰りはあちら」
「鳴海っ、お前は守り人としての自覚がないのかっ」
さすがは烏だ。 水無瀬と違って烏としての自覚がある。 言葉のチョイスは荒立てているようだが声は荒立てていない。
「ない」
勝手にそっちが・・・黒や朱や烏が守り人と言っているだけではないか。 承知した覚えなどない。
「鳴海、お前に自覚があろうとなかろうと―――」
「だから、ない」
烏の溜息が聞こえたような気がする。
その烏が落ち着いた声で言う。
「鳴海、この一年とその二十年前のことを思い出せ」
何を急に言い出すのか。 二十年前など一歳ではないか。 一歳の頃を誰が覚えているというのか。
「今日はもういい」
言われなくても行く気などない。
烏の羽音が聞こえてそれが遠くなっていく。 ごろりと元の仰向けに戻る。
(あ・・・腹の痛み)
いつなくなっていたのだろうか。
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ハラカルラ 第29回
ナギと練炭の二人が戻ってくるとまだ口論は続いていた。 もう深夜を過ぎあと何時間かで明け方近くになろうとしているのに。
人垣を押しのけてナギが中に入って行く。 その後ろを煉炭がついて行こうとして首根っこを取られた。
「あんたたち、こんな所で何してん? 寝てるんやなかったんか?」
「ひぇ・・・」
「母ちゃん・・・」
ナギがワハハおじさんの横に立つ。
「煉炭がしたことがあります、長たちに話していいですか」
真っ直ぐに前を向き長を見ながら言っているが、その声は横に立つワハハおじさんにしか聞こえていない。
「煉炭が?」
腕を組んだまま、こちらもまた長や爺に顔を向けている。
「水無瀬との約束を果たしたと言えば聞こえがいいでしょうか」
「水無瀬君と?」
思わずワハハおじさんがナギを見た。
「ですから、聞こえがいいということです」
ナギはまだ前だけを見ている。 その横顔をじっと見たワハハおじさんが言い合っている合間に声を挟む。
「長、ナギから話があるそうです」
長に言うと今度は後ろを向いて大きな声で呼ぶ。
「煉炭! 居るなら来い!」
「ひぇぇぇ・・・」
母ちゃんに首根っこを取られたまま、完全に怒っている父ちゃんの元に連れられて行く。
「ナギ、話とは」
「たった今、穴から・・・黒の穴から戻ってきました」
「まさか、水無瀬君がいたのか?」
そう問う長の横で一人の爺が言う。
「ナギ、長の招集を聞いておらんかったのか」
まずは長に目を合わせ「居ませんでした」 と言うと、次に爺を見て「聞いていました」 と言って続ける。
「ここで皆が話している途中で場を外し行ってきました」
ざわめきが走る。 こうして議論することを除けば長の言葉は絶対である。
長が手を上げてざわめきを鎮める。
「それで?」
「煉炭が作った追跡機を置いてきました」
「追跡機?」
「水無瀬にしか分からないようにと煉炭が置きました」
「れ、煉炭が穴に入ったということか?!」
「煉炭、前においで」
ナギの両端に付いた煉炭。 父ちゃんではなくて良かったとホッとしている。
「長、勝手にしてゴメンなさい」
「ナギは悪くない。 意地悪なだけ」
ナギの拳骨が頭頂部に入る。
「痛ったーい」
この様子では多分ナギは脅しに近いことをされたのだろう、爺たちが互いを見る。
「追跡機の説明だけすればいい」
煉炭によると、水にさえ浸からなければ追跡が出来るということであった。 袋からは出してあるが、それくらい誰もが知っている事、きっと水無瀬は袋に入れて向こうに戻って行く。 そこで追跡が出来るということだが、持って出なければ水無瀬はバカだという。
ただ小型なだけにあまり距離が離れてしまっては受信は出来ないということだった。
「そういうことらしいです。 ですから水無瀬に話す前に追跡し、向こうの場所を知り、襲撃をかけるもよし、逃がすもよし」
だが長が首を振る。
「長・・・」
「さっきも言った、水無瀬君が穴に行く、それが何を示すのかがわかるだろう。 誰が何と言おうとも、もう決めたことだ」
「えー!」 と煉炭が声を上げるが、その声はおっさんたちの「長!」 という声に消されてしまった。
「ねぇ炭、上手くやってくれると思、う?」
布団の上で目をこすりながら煉が言う。
「ちゃんと説明したか、ら・・・」
煉炭の二人が落ちた。
煉炭が仕掛けた翌翌日。
左右からカオナシの面を着けた男達に両腕をがっしりと取られた水無瀬が黒門の村の中を歩いている。 その水無瀬が逃げられないようにだろう、周りを七人の男たちが固めている。
(男に腕なんて絡まされたくないっての)
怒りながらもふと前を見るとお獅子が居るではないか。
(このお獅子が矢島さんを引き上げてくれたのか)
どうしてだろうか礼を言いたくなったが今の状態でそういうわけにもいかず、誰にも分からないように僅かに頭を下げた。
ハラカルラに入ってからは何度か足をばたつかせてみたが、やはり白烏はやることが早い。 水は殆どざわつくことなく落ち着いていった。
何をしても白烏に阻まれてしまう。 水をざわつかせることは諦めて今はあたりを頭に入れようと、見たことのある所はないかと目を凝らしている。
「あそこだ」
あそこというのは、朱の穴ということだろう。
ライの村から黒の穴に行くまではもっと歩いたが、それと比べると、朱門と朱の穴はかなり近いようである。
(ん?)
見覚えのある岩。
「あの上の方に穴がある」
(え? どういうことだ?)
水無瀬がそう思った時だった。 その岩の影から見覚えのある面を着けた人物が出てきた。
(あ・・・)
「待ってもらおう」
カオナシの面は離れていた所からも見えていた。 長もライもやはりか、という思いであった。
「長・・・」
長が面を着けたところなど見たことは無かったが、服装と声、体格からそれが長と分かる。
先頭を歩いていた男が声を漏らした水無瀬を一度見てから長と呼ばれた者に向き合う。
「これはこれは、長御自身(おさおんみずから)のお出ましとは」
狐の面を見てどこの者かは分かる。
長の影からライも出てきた。 相変わらずプラスティックの面である。
「ライ・・・」
助けに来てくれたような様子ではないし、そんな覇気も感じられない。
「こちらは、わしとこの者の二人だけ」
「それはそれは。 それで?」
「水無瀬君と話をさせて欲しい」
「話し? 御冗談を」
嘲るような息を吐き、一旦横を向いてもう一度長を見る。
「朱門が黒門の守り人にどんな話があると?」
(え?)
長を見ていた水無瀬が長と話している後姿の男の背中に目を転じる。
(え? 今・・・いま、なんて言った?)
「黒門の、ここはハラカルラ。 争いごとなど言いたくない。 話をさせてくれるだけでいい」
(黒門の・・・? それってどういう意味だ? 村が、長たちが、ライたちが、黒門なのではなかったのか? どうして朱門の男を見て黒門と言ってるんだ? ・・・いや、その前にあの男は何と言っていた、朱門が黒門の守り人に・・・って)
それにこの岩の上には・・・黒の穴がある。
戸惑う目を長にライにと向ける。
長は男だけを見ている。 そして・・・水無瀬の表情を見たライが顔を逸らした。
「話をさせてもらった上で、水無瀬君が黒門を選ぶのなら朱門は二度と黒門に手を出さない。 朱門長としてこのハラカルラで誓う」
(朱門長として・・・って・・・)
男が振り返った。 他の男達に目顔でどうすると訊いているようだ。
「まぁ、嘘はないだろう。 水がじっとしているからな」
周りを固めていた一人が言う。
水無瀬の腕をとっている二人を置いて七人が寄る。 このハラカルラで走って逃げるようなことは出来ない。 その辺りが分かってのことだろう。
「ライ・・・なに言ってんの? どういうこと?」
水無瀬の声が細い。 ライまで届いているだろうか。 そのライは下を向いただけだった。 ライから目を外して長を見る。
「長・・・?」
長がようやく水無瀬を見る。
「すまなかった」
「すまなかったって・・・」
「水無瀬君は黒門の守り人、そして我々は黒門ではなく朱門」
「朱門って・・・朱門って、俺を追いかけてきてたって、この人たちが朱門だって・・・」
「嘘をついていてすまなかった。 いいわけをするわけではない、だが話を聞いて欲しい」
「話し・・・話って・・・聞いてました。 ちゃんと、ずっと聞いて―――」
そこに黒門の男の声が入った。 今この二人の話を聞いた限り水無瀬は朱門を選ばないと踏んでのことである。
「朱門長」
長が男を見る。
「ハラカルラを出ても約束を違えることは無いな」
「もちろん」
「あまり長々とは困る。 手短に」
「礼を言う」
水無瀬が長のところまで連れて来られた。 そして取られていた腕が放された。 男たちは少し離れてはいるが周りを固めている。
「今までのことは謝る。 すまなかった」
「・・・そんなんじゃ・・・分かりません」
「そうだな。 聞いてほしい」
長たちは朱門。 水無瀬に言ったように、その昔に守り人を失った。 だがその理由は違った。
「矢島の先々代、それが朱門の守り人だった。 その守り人がずっと守り人を失くしていた黒門に攫われた。 黒門は・・・。 水無瀬君に言っていた朱門の事情、それは黒門のこと。 わしが話した黒門というのは朱門のこと、朱門というのが黒門のこと」
朱門ではなく、黒門が遥か昔に守り人を失っていた、跡を継ぐ者を失くしていた。 だから朱門の守り人を攫った。 そして矢島の代まで黒門の守り人としていた。
「嘘を言っていたのは謝る」
「どうして・・・どうして最初にそう言ってくれなかったんですか」
「水無瀬君は矢島との繋がりから、わしらのところに来てくれた。 その矢島は辿れば朱門となるが、それでも黒門の守り人として先代に選ばれた。 本来ならば朱門の守り人とは言え、今は黒門の守り人になっている。 その守り人にわしらは強制をしたくなかった。 矢島にもその先代にも強制はしなかった。 水無瀬君にも強制はしたくなかった。 被害者面をした話をしたくなかった・・・あるがままを見て選んでほしかった」
「選ぶって・・・」
嘘ばかり。 アイツに嘘をつかれていた、それだけじゃなく長にも嘘をつかれていた、ライにも。
「わしらの村を、村のみんなを見て、朱門にいる皆の在り方を見て欲しかった。 その上で納得して来て欲しいと思っていた」
「今俺が朱門を選ぶっていったらどうするんですか」
「黒門に納得してもらう。 水無瀬君を連れて戻る」
「じゃあ、黒門を選ぶって言えば」
「それは・・・黒門との約束は守らなければならんと思っている」
「俺、一度でも守り人になるって言いましたか、長に」
俺は嘘などついた覚えはない。
「・・・いいや、聞いてはない」
長がゆっくりと首を振る。
「あるがままって・・・」
吐き出すように言い、少し間をおいて続ける。
「お話しはそれだけですか」
「ああ」
長を見ていた目線をライに変える。
「ライももちろん知ってたんだよな」
水無瀬を見ていたライが頷く。
「ナギも、おばさんもおじさんも。 家族総出で俺を騙してたってわけか」
ライが唇を噛む。
ライから目を外した水無瀬が長を睨み据える。
「みんなで騙してたってわけですか。 村のみんなで」
水無瀬の感情に、水無瀬の周りで水が何度もざわつき始めていたが、その度にこの事情を知らない白烏に宥められ落ち着いている。
「すまない」
長の話しこそ、とぎれとぎれでしか聞こえなかったが、水無瀬の声はよく聞こえた。 話を聞いていた黒門の男たちが目配せをし、嘲弄(ちょうろう)するかの如く口の端を上げている。
「何度も謝ってもらわなくても結構です」
謝るくらいならどうして嘘をつく。
ライに目を転じる。
「盗聴器もこっちだったのかよ」
「違う! そんなことはしてない、煉炭が見つけるまで誰も知らなかった」
ライから目を外し横を見る。
「首脳会議・・・」
「え・・・?」
ゆっくりともう一度ライを見据える。
「首脳会議で俺をどう騙そうかって話してたってわけかよ。 俺が村にのこのことやって来て・・・早速そんな話をしてたってわけかよ」
「そんなことするはずないじゃないか、水無―――」
ライの言葉に水無瀬が被せる。
「嘘をつかれてたとは言え、おばさんには世話になった、それは事実だ」
言いたいことはもっとある。 でももう話したくない。
「事実って、そんな言い方」
「そんな言い方も何もそれが事実だろ、それだけが」
「それだけなんかじゃない! 色々話したじゃな―――」
またもや水無瀬が被せる。
「その礼は、おばさんに伝えておいてくれ」
「水無瀬、それって・・・」
「じゃあな」
足元を蹴って上に上がって行く。
「水無瀬!」
「ほほー、もう穴のことは知っていたのか」
「これはこれは、今日まで世話になったようだな、守り人としても」
「説明の手間が省けた、こちらも礼を言わねばならんかなぁ?」
他の男達を見まわして言うが、そんな気はさらさらない顔をしている。 もとより長はまだしも、ライがそんなことを言われれば怒りは沸点に達するだろう。
「朱門の、約束は守ってもらう」
「ああ、もちろんだ」
「調子に乗んなよ、この先、水無瀬がそっちを選ぶとは限らないからな」
「負け犬の遠吠えか? 吠える前に言わなくちゃいけないことがあるだろう、戻って母ちゃんに言伝ろよ、うちの守り人が言ってたことをな、若造」
「くっ・・・」
「ライ、ここではいかん。 戻るぞ」
「長年の付き合いにこれで終止符を打てる、互いにな。 これで楽になったじゃないか」
「ライ、行くぞ」
穴を抜け、水から出た水無瀬。 そこにごろりと仰向けに寝ころぶ。 でこぼことした岩が背骨に当たって痛い。
長の言っていたことがまだ信じられない、信じられないのに嘘をつかれていたという怒りが込み上げてくる。
「くそぉ・・・」
あのライの家での団らんも何もかもが嘘だったのか、騙されていたのか。
長の話を真剣に聞いた、村は黒門だと言っていた長の話に耳を傾けた。 その時のことが断片的に思い出される。 怒りがこみ上げてきそうになった時、気付いた。
「あ・・・いや・・・」
長は自分たちのことを一言も黒門だとは言っていなかったのではないだろうか。 長にも烏にも色の話をされて烏に黒と言われた。 だからてっきり・・・村を黒門だと思い込んでいたんじゃなかっただろうか。
だがそれが何だという。 朱門であったのに、まるで朱門ではないような言い方をしていた。 誤魔化して騙していただけだ。
「なにがあるがままだ」
「うん? 黒か・・・ああ、鳴海か」
「そのようだな、何をぐずぐずしておるのか」
「こっちはさっきから忙しい。 どこの人間だ、水をざわつかせてばかりしおって。 さっさと呼んで来い」
黒烏が白烏を横目で見たが、白烏がずっと羽を動かしているのを見ている。 忙しいというのは本当のことだと分かっている。
「手のかかる奴め」
穴から羽音が聞こえてきた。
(烏か・・・)
カシャっと、机に下りた音が聞こえる。
「こりゃ、鳴海、なにを怠惰な格好をしておるのか」
「悪かったね」
「なんじゃー? その態度は」
ごろりと横を向いて烏に背を向ける。
「おい、無視かい」
「・・・今日はここに居る」
「はぁ? 何を言うておるか、忙しい、さっさと手伝いに来んか」
「・・・遠慮します」
「お前たち人間がこの辺りで水をざわつかせておるのだろうが、早よ来んか」
この辺り? ということは心当たりがなくもない。
「ああ、それならもう落ち着いた」
「うん? 何を言っておるのか?」
「それ俺だから」
「がー、守り人たるものが水をざわつかせたというのかっ」
「だからここで反省しておく。 はい、サヨウナラ。 お帰りはあちら」
「鳴海っ、お前は守り人としての自覚がないのかっ」
さすがは烏だ。 水無瀬と違って烏としての自覚がある。 言葉のチョイスは荒立てているようだが声は荒立てていない。
「ない」
勝手にそっちが・・・黒や朱や烏が守り人と言っているだけではないか。 承知した覚えなどない。
「鳴海、お前に自覚があろうとなかろうと―――」
「だから、ない」
烏の溜息が聞こえたような気がする。
その烏が落ち着いた声で言う。
「鳴海、この一年とその二十年前のことを思い出せ」
何を急に言い出すのか。 二十年前など一歳ではないか。 一歳の頃を誰が覚えているというのか。
「今日はもういい」
言われなくても行く気などない。
烏の羽音が聞こえてそれが遠くなっていく。 ごろりと元の仰向けに戻る。
(あ・・・腹の痛み)
いつなくなっていたのだろうか。