ハラカルラ 第25回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第25回




今日も布団が敷かれていた。 朝起きた時、勝手に押入れを開けるのは失礼かと思い部屋の隅に畳んでおいたが、その布団が敷かれていた。 エアコンもつけられている。
昨日と同じようにリモコンと枕をどけると、布団の上にゴロンと寝転ぶ。

「俺は烏に何を訊こうと思ってんだ?」

矢島のことだということは決まっている。 だが矢島の何を訊こうと思っているのか。 烏は水見という人のことを、どこの門の人間かということを覚えていなかった。

「言ったのは白烏だけど多分黒烏もそうだろうし」

水見がどこの者か黒烏に訊いたが質問オーバーと言われた。 水がざわつくなどと言っていたが、あれはきっと記憶が薄いからそう言ったのだろう。 知らないとは言いたくない烏だ、あの烏なら有り得る。

「水見って人のことは、分かんないってことかぁ」

分かったのは、記憶が薄いということはかなり前の人間、あそこまで入っていたのだから、かなり前の守り人ということになる。 それだけであった。
ごろりと横を向く。

「入ってきた、ってのは何だ?」

ライは日本地図を楕円に丸く囲ったその範囲を、烏たちが見ていると言っていた。 そして門の人間が歩いてるのはこの周辺何十キロ離れた所だとも。 だとしたら他の所、隣接するところから人間が入って来たということだろうか。 だがハラカルラは人間を区別などしていないはず。 区別しているとしたら烏たちだ。 それぞれを色分けしているのだから。

「あの時黒烏は何をしていた?」

何を見ていた?

もし水無瀬の見ていた水鏡と同じようなものを見ていたのならば、ハラカルラがざわつき水鏡にそれが映っただろう。 だがハラカルラは誰であろうと受け入れているはず、入ってきただけでざわつくことなどないはず。

「多分だけど・・・」

黒烏は 『入ってきた』 と言っていた。

「他に何かあるのかなぁ」

水鏡ではなく何かを察知するナニカ。
明日行って何を見ていたか見てみてもいいが、水鏡と同じで使い方が分からなければ、それがどんな働きをするのかは分からない。

「それに・・・」

今までにも今日の烏たちのように、何日も出ていた日があったのならば、烏たちが知らない間に矢島が誰かと会っていたとしても烏たちはそれを知らない。
白烏は 『またか』 と言っていた。 何度も、若しくは少なくとも一度はあそこを空けていたことになる。

部屋に掛けてある時計を見ると十一時前を指している。
この家は、というか、ワハハおじさんのところもそうだったが寝るのが早い。 朝早くから働いているからだろう。
夕べは特別だったらしく、夜遅くまで続いた首脳会議の会議場で全員が潰れたらしい。 そしてそのまま朝を迎えたということだった。 それなのにライの父親は水無瀬が起きてくる前に戻ってきて既に朝食を済ませていた。 それはライの父親に限らず全員だったという。 朝の早起きという習慣は凄い力を持っているようだ。

ライが言うには、完全自給自足とまではいかないらしいが、村で協力し合いながら農耕で暮らしているということらしく、作ったものを道の駅で売ったりと金に換えているということもあるということだった。
ハラカルラには交代制で入っているらしく、守り人が村を出る時に付く者も交代制だったらしい。

よっと、と言って水無瀬が身体を起こす。 寝ころんでいても色んなことを考えてしまって眠れそうにない。

「ハラカルラか・・・」

ライと話している時、途中で止まった言葉。
『なんか・・・水の世界って・・・』
ずっと変わらない、そう続けようとしたが、その言葉はあまりにも単純な気がして止まってしまった。

ハラカルラはずっと変わっていない。 それは進化が無いということではなく、進化する必要が無いということ。 ハラカルラは自然でいて究極なのではないだろうか。
そこを人間が荒らしている。 たとえ間接的だと言っても、そんなことになっていることなど知らなかったと言っても言い訳にならない。 争いを起こし、人を泣かせ、傷つけ、騙し、利用し、そんなことをしてもいいわけがないのだから。

「あー!!」

頭をガシガシと掻く。 考えがあっちに飛んだりこっちに飛んだりしてまとまらなく、疑問も解決されない。

「水でも飲むか」

やはりエアコンは乾燥する。
実家に居る時にはそんなことを感じたことは無かったが、エアコンと離れて長い。 喉が贅沢を出来ないようである。

襖を開けると今日はライの部屋の戸が開くことはなかった。
階段を降りていき、台所の硝子戸を開けようとして硝子戸の向こうがボォッと明るいのに気付いた。

「テレビ?」

台所も居間も電気はついていない。 そっと硝子戸を開けると後姿を見せていたライが振り返ってきた。

「どした?」

「うん、水」

ライが腰を上げる。

「だからそんなしょぼいこと言うなって」

こっちに向かって歩いて来ると台所の電気を点ける。 冷蔵庫を開けているが、それを気にすることなく何を見ているのだろうとテレビを見てみると、バイクレースの映像が映し出されていた。
リアルタイムで放送されているのか、録画なのか、それこそブルーレイなのかは分からないが、音量はミュートにしてあるようで音は聞こえない。 こたつの上にはコップと煎餅の袋が置かれている。

「ほい」

テーブルに置かれたのはアイスココア。 ちゃんとストロー付き。

(だからなんで夜な夜なココアなんだよ)

もしかしてこたつの上のコップもココアなのだろうか。 煎餅にココア・・・。 どんな味がするのか。

「さんきゅ。 テレビ見てたんだ」

「水無瀬も見る?」

「いや、いい」

バイクレースの面白さが分からない。

「もしかして眠れないのか?」

「うん。 なんか、色々考えてもどうにもなんないんだけどな、意図せず頭の中をグルグルと色んなことがな」

「だから考えすぎんなって・・・って、意図せずか」

「そ、だから困ったもんなんだ。 レースいいのか?」

「ああ、結果は知ってるし、もう終わるだ・・・ほら、終わった」

テレビではチェッカーフラッグが振られている。

「SNSって考えもんだよな、見る前に結果が分かってしまう。 それじゃ見なきゃいいって思ってるだろ。 それが見ちゃうんだよなー」

「応援してるレーサーとか居るの?」

「ん-、特に居ない」

「んじゃ、結果が分かっててもいいわけだよな?」

「見てる時のドキドキ感がいいんだよ。 結果が分かってたらドキドキ半減だろ?」

「まっ、そうか」

「眠れないんだったら、開き直ってテレビでも見るか?」

「そうしようかな」

コップを持ってこたつに座った。 足を入れると温かい。 エアコンは点けられているが、設定温度を下げているようだ。 節約をしているのだろうか。

(あ、部屋のエアコン点けっぱ)

だが水無瀬があの和室に居ればエアコンは点けたままだ。 それにライも寝なくてはいけないだろうし、長くテレビを見るわけではないだろう。

「ん」 と言ってライが煎餅の袋をこちらに押してきた。
煎餅はしょうゆ味のようである。 醤油味の煎餅とココア、昨日のポテトチップスの塩味とココア。 ライの味覚が分からない。

「あ、いいわ」

「そう? なに見る?」

ライがリモコンのスイッチでチャンネルを変えていく。

「んー、何でもいい。 ライの見たいので。 そういえばライってバイク大型免許じゃないのか?」

レースも見るくらいなら大型免許に憧れているだろうという、普通免許しか持っていない水無瀬が思う。 少なくとも水無瀬も大型を取っておけばよかった、などと思うことがあったりしたのだから。 とは言え、結局は持ち腐れになっていたことは明らかである。

「ん? 大型だけど?」

どうしてだ? それならば大型を乗ればいいのに。

「え、じゃなんで250なの?」

「あー、400CC超えると車検かかるからな」

車検代の節約ということらしい。

「面倒くさいだろ?」

節約ではなく面倒くさいということであった。 そのライの指が止まる。

「特にないかなぁっと。 ん、お笑いでいいか」

リモコンのスイッチを押す手が止まり、画面ではモノボケが披露されている。
スプーンを二つ持って目に当て「ウルトラマン」
フライパンを持ち、思いっきり振りながらジャンプをして「エア・ケイ」

「かはー、あんなんじゃ空振りだろ」

確かに、運動神経は悪そうだ。

赤い手袋の指先の方を頭の上に置いて「とさか」
黒い星の形をしたものを片目に当て舌を出し、中指を立てて「ガハー」
多分、アニメや洋画の筋骨隆々のチンピラ悪役を演じているのだろう。 黒い星の形をしたものは、目の周りの刺青か何かのつもりで。

(ん?)

そうだ、思い出したことがあった。

「なぁ、ライたちって忍者系?」

星の形をしたものを見て手裏剣を思い出した。 手裏剣を見たわけではないがクナイを見た。 クナイは忍者が持つもの。

「忍者って・・・。どうせ頭の中で “忍者ハットリくん” とか “仮面の忍者赤影” とかを頭に浮かべてんだろ」

古っ。 どうせ言うなら “くノ一ツバキ” とか “BORUTO” とかって言えないのか? 百歩譲って “NARUTO” だろ。 って、水戸黄門だったか。

「どうせ言うなら忍びと言え」

心の声が聞こえたのか “どうせ言うなら” 返しをされてしまった。

「んじゃ・・・忍び、なのか?」

「違う」

違うのかよ、なら言わせんなよ。

「でもクナイとか投げてただろ? それにナギから聞いた。 ライは吹矢を吹いてるって。 忍者・・・忍びって吹矢も吹くだろ」

「単なる道具」

「忍びとは関係ない、忍び系でもないってことか?」

「忍刀は持ってるけどな、でもそれも道具」

忍刀は武士が持つ刀より短く携帯に便利になっている。 そして反りが少なく、目立たないように艶消しをされている。 他にも鍔が大きく、そこを踏み台に出来るようにはなっているが、そんなものを使わずとも脚力で十分補える。 訓練は積み重ねられている。

「いや、充分忍者・・・忍びだろ」

「忍びの血は一滴も入ってない。 ほら、朱との争いの中で自然とこうなった。 朱もそうだけどな」

「ナギの弓も?」

「そ、昔はもっと小さな弓だったけど、そんなんじゃ、タイヤを射れない、だから段々と今風になった。 それもあって今では弓で人は狙わないけどな。 人殺しが目的じゃないから」

「クナイは?」

「あー、使う使う。 あれにやられると悶絶だな。 だから極力、足に掠らせるようにはしてるけどな。 でもクナイって忍者が使うイメージがあるけどそうでもない。 穴を掘ったり、包丁代わりにしたり、時には長い持ち手に付けて槍みたいにして使ってたからな」

「え? そうなの?」

「他にも色々使える。 たしか・・・ “苦” が “無い” か。 それでクナイ。 苦労のいらない道具」

思いもしなかった。

「まぁ、苦が無いで、苦しませずに逝かせるってのも聞いたことがあるけど」

それはキツイ。

「ライって、色々知ってんだな」

なんだか自分の父親になったような気分だ。 母親は噛み砕いて父親と話していたが、それとは少し違う形と言えども、それでも父親も自分も知らない言葉や知らないことが多すぎる。 何のための勉強だったのだろうかと思ってしまう。

「そりゃ、俺が話すんだから俺の知ってることだろ。 逆に水無瀬の生活内のことでは俺の知らないことがいっぱいあるだろ?」

「さぁ、どうかな」

「俺は経済の話をされてもチンプンカンプン」

そうだった。 俺のことは調べがついているのだから、経済学部ということを知っていてもおかしくない。

「まぁ、一応、勉強したからな」

「だからそういう違いだろ。 ま、俺の場合は特別な勉強っていうより、そういう環境にあったってことだけどな。 水無瀬の勉強に当たるところは訓練かな」

「訓練?」

「そ、訓練。 俺は結構好きだったからいいけど、煉炭は何とかしてサボろうとしてる」

「だったって? 過去形?」

「小さい時は強制。 基本作りがいるからな。 今は自主制」

「学校はどうしてたんだ?」

「行ってたよ。 これがまたキツイけどな。 自力で山を下りて登って帰って来る。 足腰が強くなるって寸法。 まぁ、この前の煉炭みたいに、命じられて学校を休む時もあるけどな。 あいつら褒められたご褒美っつって、翌日も学校を休ませろって爺たちに交渉したらしい。 どんだけサボりたいんだか」

「ああ、機械をいじりたいみたいだな、色々見せてもらった」

「まぁ、今回もそうだけど役に立つ物も作ってるから、新種ってことで爺たちも認めて、ってか、諦めてるみたいだけど」

「新種って?」

「ああ、煉炭の家ってのは代々、この村で使う煉炭を作ってたんだ。 大体なにかしら村の役に立つ何かを作ってた、農業と並行してな。 面作りの創樹爺のところも、昔は木工細工で皿とか作ってたし。 ま、煉炭も今は使わないし皿も陶器だけどな」

人差し指でエアコンを指している。 それは時代に乗って変わってきているということ。

「ライん家は?」

「オレん家は怪しい雨乞い」

「怪しいって・・・」

「だって、今の科学で考えて雨乞いなんて有り得ないだろ」

だが雨乞いをしようとするならば、何の力もなければ誰も認めない。 それなりの能力があったと考えて間違いないだろう。 ナギの言うライの野生の勘がその名残なのかもしれない。

「まぁそうだけど。 それじゃあ、この村の人たちはみんな村の役に立ってた仕事に関するところから名前を付けてるのか?」

練炭を作っていた家系だから名前は練と炭。 雨乞いの家系のライたちは雷と凪。 それだけを考えると命名の仕方がそうなってくるのではないだろうか。

「いや、そんなことはないけど、本家はわりとそれを意識してるかな、でも必ずってことじゃないし、分家はまず考えてないけど、こっちも必ずってことじゃないな。 うちは分家だけど雨乞い関係の名前にされたしな」

百パーセントではないが名前はその家を表しているということがあるということ。
表すと言えば・・・。

「そうなんだ。 で? ライってなんでそんな髪型してんの?」

初めて見た時より随分と刈り上げ部分が伸びてきていると言えど、半分から下を刈り上げ、今日も半分から上は括られている。 その括られている髪の毛は長い。

「ん? ああ、後ろから見たらナギに見えるだろ?」

そう言って首を捻じり、後頭部を見せる。
男女の違いこそあれナギもライも細身。 身長もそんなに変わらない。 じっくり見るとやはりライの方に筋肉が目立つし肩幅もある。 身長も全く同じというわけではないが、暗がりでは見間違えることがあるかもしれない。

「あー、見えなくはないな」

後姿で髪の毛が長く細身だったら、誰でもナギに見えるだろう。
顔を元に戻したライが続ける。

「ナギって家ん中じゃ髪の毛下ろしてるか、団子か、下の方で括ってるけど、あっちとやり合う時には必ず上の方で括ってる」

今のライのように。

「もしナギに何かあったら、俺がナギの影武者を務められるってこと。 逃げる姿を見せるってわけだな、その間にナギが逃げられるだろ?」

「え? それって、ライが囮になるってこと? おじさんに言われたのか?」

「親父がそんなこと言うはずがない。 俺の考―――」

ゴン、という大きな音にライの言葉が消された。 いや、きっと最後まで言えなかったのだろう。 さっきまでライの顔があった位置に丸い木の重たそうな盆がある。 そしてライがこたつに突っ伏している。

「痛ったー!」

突っ伏しているライが頭頂部を押さえている。

水無瀬が木の盆から生えている手を辿っていくと、その木の盆を持っていたのはナギであった。 早い話、ライの頭頂部は木で出来た重そうな盆で殴られたということで、その木の盆を持っていたのがナギ。
改めてナギを目視しなくとも、この家でそんなことをするのはナギ以外居ない。 せいぜい “いやーん、そんなことないわよー” と、ついうっかり盆を振り回し、それに当たってしまうという、偶発的であって決して計画的ではない加害者は一名いるが。

「ライ、お前そんなことを考えてたのか」

いつの間に入ってきていたのだろうか。