ハラカルラ 第27回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第27回




「今回は俺がいましたが、その前の三度目の時にはここはどうしていたんですか?」

「向こうで鳴海がしていたことが目に入ったように、水が落ち着いていくのが見えておったからな、誰なとが宥めておったのだろう」

「でも烏さんたちの居ない間にここで誰も見かけませんでしたけど」

「入って来ようとした時に鳴海が居ったからだろう」

「守り人のやる気も昔と比べて薄れてきておるしな。 来んかったのかもしれんし、それは分からん」

白烏が水鏡に羽を伸ばしくるくると回しながら言った。

「まぁ矢島はようやってくれておったからな。 多分以前は全て矢島だろうて」

矢島の名前が出た。 矢島の方に話を持っていける。 白烏の方に歩いて行く。

「あの、こちらの烏さんには以前訊いたことがあるんですけど、思い当たらないということで、矢島さんはここで水を宥める以外に何かされていたということは無かったですか?」

白烏の横にしゃがみこんで訊く。

「何か?」

「えっと・・・調べものとか、誰かと話していたとか」

「知らんなぁ」

水鏡をじっと見ている。 さっきのざわつきをもう治めたようだ。 早い。

「そうですか・・・。 水見さんと矢島さんのご関係はご存知ですか?」

白烏の邪魔をしてはなんだと立ち上がり、黒烏の方に移動をして訊く。

「さあ?」

「矢島さんをどう呼ぶかという時に、そんな話にはならなかったんですか?」

「なにも?」

この黒烏、段々と答えるのが億劫になってきたようだ。 だが水がざわつかないということは、嘘ではないのだろう。
次の質問をする。

「では次に」

黒烏が「まだあるのか」 と言ったが、それを無視して続ける。

「一昨日、誰かの後姿を見たんですけど。 この穴の右隣りの穴。 あそこはどこの穴ですか?」

「右? 右であれば青」

黒は青ともう和解しているはず。

「青・・・。 よく来るんですか?」

「来ることは来るが、よく来るというわけでは無い」

「何をしに来たのかは想像つきます?」

「まぁ、宥めに来たのならばここで宥めておろうな。 それ以外はわしらの知るところではない。 もういいだろう、やりすぎの褒美だ」

機嫌を損ねてしまっては今後にかかわる。 少し機嫌を取ろう。

「リッパな烏さんたちの他に烏さんが居るんですか?」

「ん? 居るか?」

黒烏が白烏に問う。

「烏は吾らだけだろう」

「え? では・・・」

ライが烏たちは日本担当と言っていた。 では他の所はどうなっているのだろうか。

「隣は鳩で反対の隣がタコ、上が猿で下がナントカのナントカと言っておったか。 他にも居るが?」

ナントカのナントカ・・・竜宮の遣いじゃないだろうな。
それにしてもどういうことだ? 機嫌を損ねないために訊いただけだというのに、結構衝撃だ。

「えっと・・・どうして皆さん違うんですか?」

「あー、それぞれ扱いやすい形をしているというわけだろうな」

扱いやすい形? それはどういうことだろうか。

「これは仮の姿でしかないからな」

まさか仮の姿と言われるとは思ってもみなかった。

「そんなことを訊いてきたのは鳴海くらいだわい。 やはり鳴海は変わっておるなぁ。 まっ、今日はいい、一日ゆっくりとしておれ。 わしらもやることがあって教える暇もないからの」

仮の姿、仮の姿。 ・・・では本当の姿ってのはどんなのなんだ。 水水水・・・水といえば、水の龍? 水龍とか? 大きすぎる身体を小さくしたとか? それとも蛇? 手が無いから翼のあるものにしたとか?
なんにしても敬語を使っておいてよかった。

「あ・・・じゃ、戻ります」

穴を潜り、よろよろと歩きながら帰途を辿る。
結局矢島に関することは何も分からなかった。

「ん?」

チラリと誰かの姿が目に入った。 だがすっと岩の影に入って見えなくなってしまった。

「ん?」

どこかで見たことがあるような体形、雰囲気。

「巡回に行く村の誰かかな」

気にすることはないかと歩いて行く。 ちょうど水無瀬が岩と岩の間に入った時。

「いっ!」

腕を締め上げられた。

「元気にしてたようだな。 まさかここに居たとはなぁ、勝手にあっちに行かれちゃ困るんだよ」

カオナシの面を着けていてもこの男には覚えがある。 この声はサングラス男。 サングラスを外していてもこの厭味ったらしい言い方、声は忘れていない。

「おっと、暴れんなよ。 暴れたらどうなるかくらい、もう知ってるだろう」

水無瀬が辺りを見る。 だがどこにもキツネ面が居ない。 どうしよう、と思った時に思いつたことがあった。
『問題があれば水がおかしな流れをして場所を特定できるが』 と長が言っていたではないか。 水をざわつかせるのには気が引けるが特定してもらうには仕方がない。
上に蹴り上げ両足をバタバタとさせる。 締め上げられている腕が痛い。

「おい!」

サングラス男も色々知っているのだろう、かなり声を抑えている。
水がざわつき始めた、と思ったのも一瞬。 すぐに治まっていく。

(くそっ、白烏が宥めてんだ・・・)

こうなれば声を、と思ったが読まれたのだろう、すぐに口を押さえられた。 サングラス男一人ではなかったようだ。

「烏がすぐに反応するな」

「では遠慮なく」

口を押さえていた男が水無瀬の正面に回ってきた。

「うぐ・・・」

口を押さえられたまま腹に一発入れられた。


目が覚めたのは・・・。

(ここは、どこだ?)

ライの家ではない。

(いったい・・・)

起き上がろうとして腹が痛んだ。

「痛って・・・」

思わず片手で上半身を支え、もう一方の手で腹を押さえた。 身体を支えた片手が布団に触れたのが分かる。
この痛み・・・思い出した。 口を押さえた男に一発入れられたのだった。

「無茶苦茶しやがる」

ハラカルラであんなことをするなんて。


「長、水無瀬が戻って来ない!」

長の家にライが飛んで入ってきた。

「なんだと?」

「いつもならもう戻ってるはずなんだ」

「まさか・・・」

「今ハラカルラにナギとおっさんたちが探しに出てる。 ナギなら・・・黒の穴に入るはずだ」


「ここが・・・」

ナギが黒の穴に入っていた。 水から顔を出すと座卓が見える。 足元を見ると坂のようになって上がれるようになっている。 そっと足を踏み出し徐々に身体が水から出る。 辺りを見回すがやはり水無瀬は居ない。 横に穴があいているのが目に入る。 そっと足を忍ばせ穴に近づいて行く。 穴の端を持とうとしてそこに見えない壁があるのに気付く。

「え?」

親指以外は岩に触れている。 だが穴の縁に触れようとした親指が見えない壁に当たって、曲がることなくまっすぐに伸びている。 まるでペタンと掌を広げて着いたような形になってしまう。

「ここが・・・」

守り人しか入ることが出来ない入口。
ナギにしてもライにしてもその二人だけではない、若い者は穴に入ったことなど無い。 おっさんたちにしてもそうだ、その必要が無かった。 ただ、大爺の中の数人は若かりし頃に入ったことはある。
もう一度あたりを見回す。 単なる岩穴。
水無瀬は居ない。 長居はしたくない。 踵を返し水の中に戻った。


「んー?」

「去ったようだな」

「黒の誰かが来ておったのかのぉ」

「お前がさっさと行かんからだ」

「わしだって忙しいわい」


「よぉ、お目覚めか」

襖を開けて入ってきたのはサングラス男。 もうサングラスをしていなくとも、この男の顔は覚えた。
布団から出て壁にもたれ片膝を立てそこに肘を置きその手に顎を置いていた水無瀬がジロリとサングラス男を睨む。

「そんな顔すんなよ」

サングラス男の後ろから女性が現れた。 手に料理を載せた盆を持っている。
「お口に合うといいんやけど」 そう言って部屋の中にあった座卓の上に置く。

「もう遅い、晩飯でも食って、そうだな三、四日ゆっくりしろや」

三、四日後から何だよ、と訊きたかったが、この男の顔を見ていると訊く気も失せる。

「あそこに居たってことはあっちにいたんだろ? あっちに何を吹き込まれたか、どれだけ吹き込まれたかは知らんが落ち着いたら穴に入ってもらう」

(朱の穴に? どうして俺が朱の穴に入らなくちゃいけないんだ、ほざいてんじゃないっての!)

「わたしらはなぁ、初代からの意を継いでハラカルラを守りたい。 ただそれだけを思ってるんね」

盆を置いた女性が正座をして水無瀬に向き合う。

「わたしらの門を・・・ハラカルラを頼みます」

女性が手を着いて頭を下げる。
女性の態度に煩いとも、勝手なことを言うなとも言えず水無瀬が横を向く。

「言っておくが、ここからは出ない方がいい。 ああ、出られないと言った方が正解か。 まぁ、テレビでも見てゆっくりしとけや」

たしかにこの部屋にはテレビがあるが、こんな時に見る気になどなれるものではない。
サングラス男と女性が部屋から出て行った。

内障子が開けられている窓の外は暗がりとなっている。

「街灯が無い?」

今になって気付いた。 まるでライたちの村のようである。
痛む腹を押さえ窓を開け顔を覗かせようとして、窓の左右に男が立っているのに気付いた。 サングラス男が出られないと言ったのはこういうことか。 襖の向こうにも誰かが立っているのかもしれない。 窓と内障子を閉め、腹を押さえながら元の位置に戻る。

それにしても腹が痛い。 痛さで測るというのもなんだが、今までのことを思うと腹に入れられてからそんなに長く気を失っていなかったのか、それとも今まではサングラス男に入れられていたが今回は違う男。 あの男が手加減しなかったのか。

「時計くらい置いとけよ」

スマホも何もない。 時間が全く分からない。

「あ、テレビをつけると分かるのか」

テレビに時間が出るように設定すればそれだけでいい話である。

「ライたち心配してるだろうな」

チラリと座卓を見る。 美味しそうな天婦羅がのっている。 だが昨日ライの家で天婦羅を食べたばかり。 六日か七日に一度は揚げ物だった。 『煮物ばっかりじゃ飽きるものねぇ』 とライの母親が言っていた。

「そう言やぁ、二週間くらいライん家に泊ってたんだよな」

宿泊代無料で。

腹が痛いし食欲もないが、あの女性がせっかく作ってくれた。
『ハラカルラを守りたい。 ただそれだけを思って』 『わたしらの門を・・・ハラカルラを頼みます』
殊勝にそんなことを言われても・・・。

「守りたいんだったら自分らで跡を探せよ」

黒門を頼るなよ。

「あ、待て?」

あの女性はハラカルラと言った。 ライも長もハラカルラとは一言も言っていない。 水の世界と言っていた。

「なんでだ?」

その門その門で呼び方が違うのだろうか。 だが烏はハラカルラと教えてくれた。 ここの朱門の人間の言う方が正解だ。

「いや・・・それを正解と呼ぶだろうか」

捉え方は人それぞれ。 水無瀬のことを水無瀬と呼ぼうが鳴海と呼ぼうが、それは同じ人間を指している。
水無瀬が息を吐いて思考を入れ替える。

「さて・・・どうしようか」

ライたちはここの場所を知らないだろう。 知っていれば今までのライとの会話でそれらしいことを言っていたはずだ、だがそんなことは聞かなかった。
どうしようかと思っても腹が痛くて走るに走れない、それ以前に歩くにも腹を抱えなければいけない。

「あ・・・そういえば」

ハラカルラに入ると傷が治ると言っていた。 腹の痛みは外傷ではないがそれでも治るのだろうか、痛みを取ってくれるのだろうか。
そして烏が言っていた。 矢島が入口を使わずとも、自らハラカルラに入ることが出来ると。 だがそれには精神力がいると言っていたし、不浄を持ち込むことになるから早々に出ろとも言われた。
ハラカルラに自力で入る、水無瀬にそんなことが出来るだろうか。 だが出来るとしても方法が分からない。

「くそっ」


夜零時近くになりハラカルラを歩き回っていた全員が戻って来た。 ハラカルラにも夜は存在する。 防水の懐中電灯を持って歩きまわっていたが、これ以上ハラカルラの夜を荒してはならないと長から命令が下ったのだった。

「水無瀬君が迷っている可能性が高い。 明日も探そう」

おっさんが言うと、今日のところは全員が解散をした。


「よう、昨日は食わなかったんだってな」

腹が痛くて食えるか。

「朝飯は食べろよ」

腹は減ってるよ。 でも痛いんだよ。
サングラス男がソッポを向いている水無瀬の手の位置に気付く。

「ああ、腹が痛かったか。 あいつは俺より手加減がないからな」

お前は手加減してたのかよ。 膝まで入れてきただろが。 それとも膝は手じゃないって言いたいのか、手加減じゃなく足加減って言いたいのか。

「まぁ、一晩寝たんだ、少しくらいは腹に入るだろ?」

水無瀬がサングラス男を睨む。

「あんたには何一つ悪いと思わないけど、あのおばさんには悪いと思う。 残すのは悪いからいらない」

言葉に力を入れ過ぎた。 腹に響く。

「やっと口を利いたと思えばそれか」

「利きたくもないシチュエーション作ってるのはそっちだろ」

サングラス男が軽く肘を折り両手を軽く上げるという、オーバーアクションを見せて出て行った。

「ったく」

閉められた襖を睨みつける。
もう外は充分に明るい。 閉めていた内障子と窓を開ける。 冷たい空気が一気に入ってきた。
あ、っと気付いた。 エアコンがかけられていた。 今の今まで全く気付かなかった。

「怒り心頭だったんだな」

小さく漏らすと左右を見る。 やはり見張が立っている。 水無瀬の腹に拳を入れてきた男でもなさそうだし、誠司とかいう青年でもなければ、その時に一緒に居たおじさんでもない。
ライの村も村としては割と人が多かったが、ここも多いのだろうか。 それ以前に村なのだろうか。
目の前に広がる風景は、ここが山の中だということを表すように、ずっと先に木々が茂っている。

最近は合併をして村という文字がなくなってきていると聞くが、それでも住所的に村という文字がなくなったとしても、ここは・・・村だろう。
それがライたちの村のように坂を上ってこなければいけない程、山の中腹にあるのかどうかは分からないが、周りに見える山々からするときっと中腹だろう。
水無瀬が窓のサンに腕を置きその上に顎をのせ、外をボォッと眺めていても見張たちは何も言ってこない。

(無視かい)

まぁ、話しかけて来られては気分を害するだけだ。 それに朱の穴がどこにあるのかは知らないが、ハラカルラの中は・・・少なくとも黒の穴に近ければ道が分からないわけではない。 その時に逃げることが出来る。

(ライたちは朱の穴の場所を知ってるのかな)

知っていれば助けに来てくれるはず。
顔を下げ腕に置いていた顎から額にかえる。 瞼を閉じると大きく息を吐く。

(考えても何も変わらない)

考えるだけ無意味、怒りだっていてばかりでは空気の温かさにも気付かない、ここがどこだかわからない以上、今はなるようにしかならない。
俯けた顔の中で瞼を開く。

(今は体力の温存)

それだけに集中しよう。 その内に腹の痛みも消えるだろう。