国津道  第19回

大福りす
『国津道(くにつみち)』 目次


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- 国津道(くにつみち)-  第19回



季節が寒くなってくると気温の差が大きくなってくる。 昼間は温かくても朝夜は冷える。

朝、夜中の洗面所やトイレ、朝刊を取りに家の外に出たりゴミ出しに出たりすると、血管の状態が大きく変わり、倒れる人、状態の悪くなる人が多くなる。 それにより救急車の出動も多くなる。
今日も浅香は一日に数度出動した。

午前七時過ぎ患者を病院に運び出張所に戻って来た。

「例年になく、多くないっすか?」

「うーん・・・そうみたいだな」

「温暖化って言われてるのって嘘っぽい」

「いや、それは無いだろう」

温暖化と言われても日本には四季があるのだから。 暖かい環境で暮らしていて、温暖化と言われていてもそれなりに寒くなる。 部屋の中と外、寒暖差が激しくなれば血管の収縮も激しくなる。

「って、浅香、最近マシになってきたと思ってたのに、軽すぎるってよ。 それどうにかしろよ」

「えー? 最近って、どういう意味ですか? 患者の前では、ちゃんとしてるつもりですけど?」

「ま・・・患者の前ではそうかな。 けど?」

「けど? なんすか?」

横目で見られた。

「何?」

視線が不気味だ。

「ここのところ・・・無いな」

「は? 何が無いってことっすか?」

「お前が人並みな話し方をするってこと」

「だぁー! 僕ちゃんと人並みに話してますけど?」

「いや、ここのところ和菓子がない」

「はい?」

「お前が和菓子を持って来た時には、人並み」

「はぁ?」

「和菓子が無ければ、お前は軽~い、そこらの兄ちゃん」

横目で見られた相手に、横目でにらみ返す。

「和菓子が食べたいんですか?」

「ほら、和菓子のことになると、ちゃんとした言葉で話すだろう」

「意味分んねー」

「だから、それやめろって」

先輩に和菓子のことを言われた。 その和菓子とは、詩甫が供え物にしている和菓子のことだ。
『ここのところ和菓子がない』 と言われた。 決して供え物の一箱を全て一人で食べているわけではない。

曹司からのことがあり、詩甫が襲われるかもしれないということから、あれから社には行っていないのだから、供え物も何もあったものではない。

社のこと、まずは詩甫から連絡を受けていない。 連絡を受けていなくとも、詩甫一人で社に行っていないはずである。 あんな経験をしたのだから。

浅香の眉がピクリと動く。
行っていないだろうか・・・朱葉姫と話をした詩甫が。

その朱葉姫がもう来ないようにと言った。 “怨” を持つ者のことがあるから。 詩甫に命の危険が生じるかもしれないからと。

浅香は詩甫に“怨” を持つ者のことを言ったが、それは朱葉姫に対して向けられているものだとまでは言っていない。
だが実際の話としてその対象は詩甫にきている。

詩甫が社に行ってはいないだろうか、そのことを毎日考えていた。 二十四時間体制で一日おきの非番。 その非番明けの出勤の日には、早目に部屋を出て詩甫のコーポの前に行っていた。 詩甫が一人で社に出かけることがないかを見る為に。

詩甫は週休二日制。 月曜日から金曜日まではちゃんと会社に出勤していた。 有休を取ることなく。
土曜日は時々出勤はしていたものの、社には行くことは無かったようだ。 だが毎日見ていられるものではない。 浅香も二十四時間体制で出勤しなくてはならないのだから、確認は完全には出来なかった。 だがもし、詩甫が社に行けば、すぐにでも曹司から知らせがあるだろう。 その曹司からの知らせは無い。

「浅香?」

話していた視線を下げ、一人寡黙と化していた浅香に声がかかった。

「え?」

「え、って、お前・・・。 甘い物のチャージが無くなったのか? 脳、動いてる?」

浅香が親指を立ててみせる。

「和菓子じゃないけど、ちゃんとケーキを食べてきましたから、糖分バッチリ」

「お前、長生きするわ」

大きな息を吐く。

「おお、市長から何か貰えるかもしれないっすね」

二十四時間勤務が終わり、まるで帰途につくように詩甫のコーポが見える隅に来た。 詩甫の部屋を見る。 出勤前に来た時と変わらない。 気が変わって社に行った様子はないようだ。 とは言っても、直行されていては分からないし、こうやって部屋の外から見て何が分かるわけでもない。 だが詩甫がビジネススタイルであったことは確認している。

浅香が出勤前に来た時、隅に隠れて見ていると、少しして詩甫が外階段を降りて来る。 ビジネススタイルである。
そのまま詩甫の後を追う。 詩甫はちゃんと会社のある駅のホームに立った。
その姿を確認し、出勤をしていた浅香。
詩甫の部屋の確認をすると、今度こそ帰途についた。

部屋に戻るとすぐに部屋を暖め風呂の用意をする。
仕事前も後も詩甫の後を追うのは気楽なものではない。 だがそれをしなければ、一日中檻の中の熊のようになってしまいそうだった。 イライラすることを思えば、寒い中に身を置いて詩甫の動向を見る方がいくらかマシであった。

「あっと・・・明日は野崎さん休みか」

年末最後の土曜日であるが、そのまま年末休みに入るのだろうか。 それとも数日出勤してからの年末休みに入るのだろうか。
年末年始、長期間の休みになる。 そうなれば社に行くかもしれない。

「いや・・・、あんな経験をしたんだ」

不安や苦しさも味わい痛さも味わった詩甫。 朱葉姫からの言葉もある。 いつもそう思いながらも詩甫のコーポに行ってしまっていた自分だが。
朱葉姫と直接話をした詩甫だから、朱葉姫の想いをよく分かった詩甫だから、詩甫自身の苦しみや痛みを横に置いておけるかもしれないと思ってしまうからだった。

「あー、また同じこと考えてるしっ!」

堂々巡りの思考。
そんな時に粗末な音楽が鳴った。 続いて声が聞こえる。

『お風呂が沸きました』
今どきは機械的な声ではなく、優しい女性の声で風呂の湯が張れたことを教えてくれる。

「とにかく風呂・・・」

湯に浸かって身体を芯から温め、身に付いた何もかもを洗い流したい。 身に覚えのある疲れはあるが、身に覚えのない疲れも感じている。

エンパスではない。 だがどうしても負のエネルギーを受けてしまう。
患者全員が強い負のエネルギーを持っているわけではないし、救急搬送に対してのそれではない。
元々に持っているもの。

例えば、嫁が救急車を呼んだ。 義父が倒れたから。 嫁は生死にかかわるかと、心底心配をして救急車を呼んだのだが、だが日頃の生活はそうではない。
義父に冷たく当たっていた。 だが死んでくれとまでは思っていなかった。

冷たく当たる嫁に対して義父は許せない思いだった。
苦しんでいる義父がストレッチャーで運ばれる。 その時に嫁のことなど考えていない。

だが患者に触れると、身の内に仕舞われているものが、負の想いが浅香の中に入ってくる。
それが浅香にとって疲れとなって現れる。 それは曹司と会ってから始まった事であった。

絶対、曹司のせい・・・。 そう口に出しかけて、ついうっかり言いかけた口を閉じる。
曹司の存在があるから、そういうものを身に受けてしまう。 そう思うが、言ってみれば曹司は我が魂でもある。 曹司のせいには出来ない。

「おーっと、湯が冷めちまう」

洗面所に足を向け、着ていたものを洗濯籠に入れると風呂場の戸を開ける。
冷えている身体に掛湯をしてすぐに湯船に飛び込む。

「くぅー、身に沁みるぅー」

冷えていた皮膚がチリチリと熱い。 だがそれもすぐに慣れる。 設定温度が高いわけではない。 一時のこと。 すぐにジワリと温かくなってくる。

湯船につかり、今日一日で受けた色んなものを無かったものにする。 浄化とまでは言えない。 それにそんな知識はない。
身体を温めた後に身体を洗えば、受けたものを洗い流せると思っている。 俗にいう清めがそれだと思っている。
塩で清めるではないが、石鹸で洗いシャワーで流すと清められると。

―――信ずればそれなり。

そんなことを今まで考えもしていなかった。 そう考えるようになったのは、これもまた曹司と出会ってからである。

“霊” という存在、そこからの “想い” と言うものを考えるようになった。
だが良い “想い” だけで終われはしないだろう。 そこには “怨” “念” というものもある。 人の形をとろうがとるまいが気持ちというものがある。

気持ちといっては優しく聞こえるが、その気持ちが増幅すると他者から見て姿を変える。
そう思うようになってから、患者や家族、患者と共に居た者達に向き合うと、その者達から負のエネルギー、念を受けるようになってしまっていた。

患者には、指先一つに機器を付けるだけでその体に触れる。 最近はそれだけですぐに受けてしまう。

湯から上がると、エアコンによって部屋の中は充分に温められていた。
まだ髪は濡れている。 スウェット姿の肩にかけられているスポーツタオルで無造作に髪の毛を拭きながら、斜めにソファーに座るとテレビのリモコンを手に取りスイッチを入れた。 斜めに座ったのはソファーの正面にテレビがないからだ。

そのテレビに映し出されたのは朝のワイドショー。 芸能人が麻薬で捕まったということを話している。
チャンネルを変えるがワイドショーはどこもその話題ばかりだ。
土曜日ならアニメがあったのに。
諦めて地方チャンネルに変える。 通販の番組であった。

「おっ」

映し出されていたのはEMS機器である。
ムキムキになりたいとは思っていないが、華奢な浅香にとっては逞しく腹筋が割れているのは憧れである。

スポーツタオルで頭をガシガシと拭きながらテレビに見入っていたが、購入しようとは思っていない。 長々と似たようなことを繰り返すテレビを点けたままキッチンに行くと、電気ケトルで湯を沸かす。
仕事の帰りにコンビニで買ってきていたサンドイッチとお握りをコンビニ袋から出すと、食器棚から椀を取り出した。 置いていたみそ汁の元をその椀に入れる。 箸とサンドイッチとお握りを手に持ち、テレビの前に置いてある座卓の上に置く。
その作業をしている間に電気ケトルの湯が沸いた。 湯を椀の中に入れ座卓の前に持っていく。
それが浅香の朝食である。

以前はコーヒーであったが健康を考えてみそ汁に変えた。 みそ汁は思いの外、サンドイッチに合わなくもない。

座卓の前に座り込んでみそ汁を啜りながらテレビを見ると、いつの間にか時代劇に代わっていた。 通販の終盤にチャンネルを合わせたようであった。
リモコンを手にして録画していた仮面ライダーゼロワンに切り替える。

「あ・・・これ見たんだった」

録画一覧に戻りアニメに切り替える。
何度も聞いた曲が流れた。 聞き覚えのある声。
ボォーッとしながらサンドイッチを口に運ぶ。
映し出されたテレビでは『鬼太郎』 と猫娘が鬼太郎を呼んでいる。

「妖怪か・・・」

河童は実在すると信じている。 先輩が見たと言っていたから。

『ホントなんだよ! 池の水が揺れてさ、波紋が立ったとおもったら、そこから顔を出したんだよ』
『全然疑ってません』
『浅香、お前の目・・・完全に馬鹿にしてるだろう』
『この目は生まれつきです。 権東さんが言うんですから、河童は実在すると思います。 僕、権東さんのこと疑っていませんから』

そしてこの日から徐々にこの先輩に対してだけ口調を変えた。 いや、消防にも一人居る。 二人ともに、親しみを込めたつもりであった。
だがその二人ともが『軽すぎるんだよ』 と言う。 それは浅香が二人ともに対してどう思ってなのかを分かってくれている口調であった。

妖怪であれ河童であれ、世に言われる人間や動植物以外がこの世に居ないとは元々考えてはいなかった。
それは今から思うに霊に繋がるのかもしれない。
曹司に会う前から、曹司をどこかで分かっていたのかもしれない。

「うん、だよな」

どうして人間や動植物以外の姿を持った者が、この世に居てはおかしいのか、有り得ないのか。
それは未知だけなのではないのか。
新しい深海魚が、新しい微生物が見つかった。 それは受け入れられるのに、どうして人間に姿が似ている生き物は受け入れられないのか。 人間の目に見えないモノは受け入れられないのか、紫外線を認め人間に聞こえない高周波は認めているのに。

録画が終わった。

サンドイッチを一口しか食べていなかった。 どうして猫娘が鬼太郎を呼んでいたのだろうか。

「くっそ!」

テレビのスイッチを切る。
サンドイッチとお握りを口に運び、みそ汁を一気に飲む。
どうしてこんなにイライラするのだろうか。

「・・・曹司」

あの日を最後に曹司から何も言ってこない。 朱葉姫はどうなったのだろうか、曹司は今どうしているのだろうか、詩甫はどう考えているのだろうか。
朱葉姫も曹司も詩甫も、それぞれがそれぞれの感情で動いている。 だが自分はどうだ。 詩甫の動向を陰で見ているだけではないか。

「曹司のヤロー」

何でもいいから社の “怨” を持つ者の情報くらい寄こせ。 そうでなれば、詩甫を陰から見る以外の浅香の考えで動ける情報をよこせ。
それが何もない。
曹司が何を考えているのかは分からないが、同時に何の動きも見せない詩甫。

「野崎さんは、何を考えているんだろうか」

浅香が見ている限り社にはピタリと行くことが無く、余りにも詩甫が大人しすぎる。 朱葉姫の心を聞いたはずなのに。 それに応えたいと思っていた詩甫のはずなのに。

「ああ・・・俺ってまた正反対のことを考えてる」

不安や傷を負い、朱葉姫の言葉を聞いた詩甫だから社に行かなくなった。 そう考えるのに、朱葉姫の心を聞いた詩甫だから社に行こうとするはずだ、と。
堂々巡りがまた始まったようだ。
時計を見る。 十一時三十分。

「今晩あたり連絡するか・・・」

首にあったスポーツタオルを外すと、暖房で半乾きになっていた髪の毛を乾かしに洗面所に向かった。