虚空の辰刻(とき) 第100回
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一人になった。 いつの間にしゃがんでいたのだろう。
目の前にも頭の上にも誰もいない。
「何やってんだ! 早く火を消せっ・・・」
足元から声が聞こえる。 目をやると背中に傷だらけのトウオウが倒れている。
吹き飛ばされたシャンデリアが、トウオウの背中を襲っていた。
「トウオウさん・・・」
「火を消せって・・・」
「火を消す・・・?」
辺りを見ると、燃えていたテーブルに爆風に煽られた物や、破壊されて落ちてきた物が加わって更に炎を増している。 今にも天井につきそうなくらい炎が高く上がっている。
「か、火事!」
「なに悠長なこと言ってんだよ、早く消せ・・・」
「え・・・だって」
「この期に及んでそれか・・・。 ならいいよ。 シユラ様はこの屋敷から出ていけ」
「どういうことですか・・・?」
「ホンットに・・・シユラ様って徹底的にボケてるね。 シユラ様に逃げろって言ってんだよ」
息が不安定なトウオウだが、紫揺はそれに気付いていない。
「トウオウさんを置いて私に逃げろって言うんですか? 出来るはずありません!」
今にも炎に飲み込まれそうな部屋。 いや、このままでは部屋だけでは収まらないだろう。 この屋敷が炭と化すのは目に見えている。
トウオウの腕を取って肩に乗せるとそのまま引き上げようとするが、華奢ではあるが、紫揺より数段背の高いトウオウを抱えきれるわけがない。 ヘナヘナトと膝をついてしまう。
「やめろって。 オレはいいから。 シユラ様逃げろ」
紫揺の肩に乗せられていた腕をしっかりとつかんでいた手を払いのけると、ドンと紫揺を押した。 押された紫揺はトウオウの横に尻もちをついた。
「私一人逃げられるわけないじゃないですか!」
更にアチコチで小さな破壊がおきる。
「シユラ様、怒るな! シユラ様が怒ると破壊がおきる! 炎の餌になるだけだ!」
「・・・え?」
「分かんないのか!? シユラ様がこの部屋を破壊したんだよ!」
辺りを見回すとアレもコレも、何もかもが壊れている。 破壊されている。 照明も置き物も窓の取っ手も、窓は一枚を残して他の窓が姿を無くしている。
「これ以上炎が上がると屋敷は燃える! 早く逃げろ!」
「イヤです! 逃げるなんてことしない!!」
パキパキとアチラコチラで小さく物が破壊されていく音がする。
「無言は逃げてんだよ。 シユラ様はそれを選んだんだよ。 とっくにシユラ様は逃げてたんだよ。 何を今更言ってんだ」
「そんなことない!」
バン! と大きな破壊音がした。 残っていた窓が割れた。 これで部屋のガラス窓が全て割れた。
「やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな! 風に煽られて炎が更に大きくなるだろ!」
「炎・・・?」
窓を割ったことによって煽られた炎が天井に舞い上がった。
「ダメ!!」
言った途端、炎が消えた。
「え?」
消防の消火など比べ物にならない程あっけなく。
上から降ってきた大量の水が部屋の中を浸している。
「派手にやってくれたわね」
声のする方に目を向けると、壁にもたれて腕を組んだアマフウが立っていた。
「チッ、アマフウか。 どうして手を出したんだよ。 あと一歩だったのに」
「どこが。 よく言ってくれるわ」
「アマフウさんが消してくれたんですか?」
「此処が火事になってしまっては困る人がどれだけ居ると思ってるの。 ・・・アナタ」
「はい・・・」
疑問符がついていない。 どれだけ怒っているのだろう。 勿論それが当たり前なのは分かっている。
「アナタの足の下に、何人の人を踏みつければ気が済むわけ?」
「そ! そんな!」
「そんなことはないって言いたいの?」
「だって、誰も踏みつけたりしてません!」
「じゃあ、トウオウはどうしてそこで横たわってるの?」
アマフウを見る紫揺の足元に横たわっているトウオウ。
「それは・・・」
「まぁ、トウオウがけしかけたんでしょうけど、それはアナタの為。 そのトウオウがアナタを守って怪我をした。 他にもアナタの周りにそんな人が居るはずよ。 そうね、私が知っているのはあと一人。 洗濯女の子供」
「セキちゃん? セキちゃんを踏んでなんていません!」
「アナタに関わったことでアナタの踏み台になってる。 そんなことも分からないの?」
セキを通じてガザンに協力を頼んでいる。 それは利用かも知れない。 だが、踏みつけたりなんてしていない。 それにそのことをアマフウは知らない。 いったい何を言っているのか分からない。
「アナタが居なければ、洗濯女の子供も今まで通りでいられたのよ。 でもアナタがそれを変えた」
「そんなこと!」
バン! 大きな音が鳴った。 紫揺とアマフウが音の元に目を向ける。 すると窓枠が木っ端みじんになったのを目にした。
「アマフウやめろ。 これ以上破壊を促すな」
横たわっていたトウオウが虫の息で言った。
「コノコにその自覚があるのかしら?」
いつものアマフウならすぐにトウオウの異変に気付いたろうが、今は紫揺に気を取られてトウオウの顔をチラッと見ただけだった。
「・・・」
「どうだ? シユラ様。 シユラ様がしたことって分かるか?」
「分かりません」
「ア、アナタ! いい加減になさいよ!」
「だって! 私って限ったことじゃない! アマフウさんかもしれない! アマフウさんだって木を切ったりしたじゃありませんか!」
「木を切った?」
トウオウがアマフウを見る。 そのアマフウは紫揺を見据えている。
「馬車に乗ってて、休憩をしたときに、その、私が・・・」
「ああ、あの時ね。 当たり前じゃない。 アナタが遅すぎるから脅しに木を切っただけよ」
「・・・脅しで木を切ったのかよ」
「だから、此処のこともアマフウさんが部屋の中のいろんなものを切ったかもしれない・・・」
紫揺の言いようにアマフウが嫌味を込めて 「ハッ」 と声をたてて息を吐くと顔をそむけ、トウオウは口の端を緩く上げた。
「はは、無言じゃなく、言いたいことを言ってくれるね。 それなら聞くよ。 トンチンカンチンでもね」
紫揺はアマフウが切るということが出来ると知っている。 それも紫揺の目で見たようだ。 だが破壊も出来るということを知らないと踏んだ。 いや、知る知らないで言うのなら、知っているはず。 紫揺と向かい合って話していた時に散々アマフウの破壊と言っていたのだから。 だが目で見た情報を鮮明に覚えているのだろう。 この状況だ、トウオウの話したことは、目で見たものに塗り替えられたのだろう。
ではそれに乗ろう。 アマフウは切る、破壊ではない。 だが紫揺は破壊をすることが出来るという事に。
「トンチンカンチン?」
「シユラ様はアマフウが木を切ったと同じ様に、何かを切ったって言うけど、部屋の何かを切っただけでこんな風になると思うか? これは切ったじゃなくて破壊だよ。 オレ、何度も言ったよな? シユラ様に怒るなって」
記憶の中にあるトウオウのセリフだ。
「シユラ様が怒ると破壊になるんだよ。 ここを破壊したのはシユラ様だよ。 ほんの数分前の事だ思い出せよ」
ほんの数分前、トウオウの言うことに反発した。 その途端、何かが割れるような音がした。
『無言は逃げてるんだよ。 シユラ様はそれを選んだんだよ。 とっくにシユラ様は逃げてたんだよ。 何を今更言ってんだ』
そう言われた時ショックだった。 逃げるなんてことをしたこともないのに、そんなことを言われて心外だった・・・だから
腹が立った。
そしたら、バン! と大きな破壊音がして部屋のガラス窓が割れていた。
その後にトウオウが叫んでいたのを覚えている。
『やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな! 風に煽られて炎が更に大きくなるだろ!』
そう言えばトウオウはその前に
『シユラ様、怒るな。 シユラ様が怒ると破壊がおきる。 炎の餌になるだけだ。
分かんないのか? シユラ様がこの部屋を破壊したんだよ』
そう言っていた。
「私が・・・破壊した・・・?」
「ああ、そうだよ」
「・・・でも・・・何もしてない」
「だよな。 シユラ様は何もしてない」
「じゃあ・・・」
「肉体的に、具体的に何もしていない。 でも心で起こしたんだよ」
紫揺が無言になるが、それは逃げの無言ではない。 どれだけ脳みそを動かしても意味が分からない無言だ。
「オレたちは体と心を繋げなければ何も出来ない。 でもシユラ様は心ひとつ、想い一つで出来るんだ。 花を咲かすことにオレ達みたいに手を動かす必要はないだろう? 心で何かを想っただけで花を咲かせられるんだ」
「・・・ココロ?」
「ああ。 花を咲かすことにどう想ったのかはオレは知らない。 でも破壊はシユラ様が怒ったからだ。 シユラ様の感情がそのまま現象に現れるんだよ」
『やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな!』
トウオウがそう言っていた。 それがそうなの、か?。
「私が怒った時・・・」
「そうだ。 いや、それ以外の感情もあるかもしれない」
あの時 『やめて! お願い!!』 そう言っていた。 それは哀願の声だった。 その他にもあるかもしれない。 それから考えると・・・
「もしかしたら悲しんだ時にも破壊が出るかもしれない。 でもそれはシユラ様にしか分からない。 オレ達には分からな―――」
横たわりながらもなんとか立てていた肘が崩れ、うつ伏せに倒れ伏した。
「トウオウ!」
この場をトウオウに任せていたアマフウが背で壁を撥ねてトウオウに駆け寄った。 さっきまで横を向いていたトウオウ。 だが今、うつ伏せに倒れ伏したトウオウの背中に血が滴っている。
トウオウの意識は消えていた。
「トウオウ! トウオウ!」
「ダン」
紫揺の部屋を訪ねたトウオウが出て行く姿を見送るまではと、紫揺の部屋の前に居たダン。 だが戸の向こうから、言い合う声が聞こえだし不気味な音や破壊するような音が耳をつんざいた。 紫揺の部屋に入ることは出来ない。 すぐにショウワに報告に上がった。
そのショウワが紫揺の部屋の前に居た。
「此処に」
声だけが何処からか聞こえてくる。
だがダンが返事をしたと同時に、大きな音に異変を感じた何人もの五色付きと、陰で紫揺付きをしていた者達が階段を上がってきた。
「ショウワ様・・・」
「来たか。 ああ、良い。 あとはあの者達に任せる」
「御意」
そしてショウワも自室に戻った。
「これは!」
紫揺の部屋が滅茶苦茶になっているのを目にした領土の者達、領主と五色の身の回りを見る者達が驚きを隠せなく、すぐに紫揺とアマフウに駆け寄った。
「ムラサキ様!」
「アマフウ様!」
「コノコなんてどうでもいいわよ! トウオウを運んで!」
「トウオウ様?」
一人がアマフウの手の中に居るトウオウを見た。
「トウオウ様!」
アマフウの手に駆け寄る。
「早く!」
「・・・トウオウさん」
紫揺が改めてトウオウを見る。
トウオウの背中の服は破れている。 そしてそこから血が滴っている。
(どうして? さっきまで話してたのに・・・?)
「トウオウ様!」
「トウオウ! トウオウ!」
アマフウの声も領土の者の声も遠くに聞こえる。 だってトウオウが倒れるなんてことないはずだから。 さっきまでいつも通りに話してたんだから。 なのに目の前のトウオウは力なく床に臥している。
・・・自分のせい?
トウオウが言っていたことを考える。
それが真実なら自分が破壊した。 その破壊がトウオウに傷を負わせた。
自分がいけない。 自分がこの屋敷を燃やそうとした。 トウオウに怪我を負わせた。
全部、全て自分のせい。
そうだ、トウオウが言っていた。
『もしかしたら悲しんだ時にも破壊が出るかもしれない。 でもそれはシユラ様にしか分からない』
悲しみ・・・。
そうだ。 悲しんだ。 悲しんだ。 父と母のことを思うとこれ以上なく悲しんだ。
そう、あのホテルの一室で悲しみに暮れた。 悲しみに・・・心が破裂した・・・。
そのあとホテルで別室に移動した。 身体中記憶のない傷を負っていた。 そうだ、脚立を持っていたオジサンが工具を腰につけていた。 そのオジサンが言っていた。
『ああ、VIP ROOMがことごとく無茶苦茶になっていてね。 なんだろね、あの部屋で台風でも起きたんじゃないかと思う程だよ』
そう言っていた。
あれは・・・あの部屋を滅茶苦茶にしたのは自分、だ。 あのホテルの部屋もこの部屋も壊したのは、破壊したのは自分だ。
破壊・・・どうしてそんなことが出来るのか、どうしてそんなことをするのか、どうして有るものを壊すのか。
どうして自分がそんなことをしたのか。 どうして自分はそんなことをするのか。
「イヤァァァ―――!!!」
立っていた者達が飛ばされ壁に全身を打ちつけた。
突風の力。
「お止めなさい!」
異変を聞いたセッカが駆けつけた。
「ムラサキ様! ご自分の力を制御してくださらないかしら! 何もかも無くなってしまいますわ! 人も死んでしまいます!」
両手に握った拳を頭の左右に置き、頭を垂れて全身を縮こまらせていた紫揺に言う。
「・・・人が、死ぬ?」
自分が誰かを殺してしまう? 部屋を壊すだけでなく?
うううと、壁に飛ばされた者たちが喘ぎ声をあげる。
「これ以上、ムラサキ様が感情をあらわにされると誰かが死にますわ!」
「一番にトウオウかしらね」
セッカの後を追ってやって来たセイハが嬉しそうに言うと続けた。
「続いてアマフウね。 こっちとしてはシユラにお礼を言いたいくらいだけど?」
「セイハ! お黙りなさい!」
「あら? セッカお姉さま、いつもと違う? ふーん、そっか。 ムロイが居ない分、婚約者として頑張ってるんだ」
「その口を焼いてやろうかしら!?」
「その前にこっちが破壊してやるけど?」
「破壊? セイハにそんな力があるとは思えないわね。 セイハにはせいぜい緩い風を起こすことしか出来ない筈よね?」
「ふーん。 試してみる?」
「お・・・お止め下さい・・・」
部屋の外からの声。 だがその声には張りがない。
戸口に居たセッカとセイハが廊下を見た。
「セノギ・・・」
二人が声を合わせた。
身体を支えられながらセノギが現れた。
「まだ筋肉痛? 長いねぇー」
横目でセノギを見たセイハが部屋から出て行った。
セイハと入れ違いに部屋に入ったセノギ。 あまりの部屋の中の様子に驚きを隠せない。 と、トウオウの姿が目に入った。 トウオウの顔を撫でながらアマフウがトウオウの名を呼んでいる。
そこに遅ればせながらトウオウ付きの二人がやって来た。 爺が顔色を変えてトウオウの元に走り寄った。
「船の用意を。 すぐに病院へお連れしてくれ。 セッカ様、お付き添いをお願いできますか?」
「仕方ないわね」
「私が行く」
トウオウの顔を撫でていた手を止めアマフウが言う。
「アマフウ様はこちらに居られますように」
「どうして!」
振り返りセノギを睨み据える。
「あちらでの手続きをご存じありません。 ここはセッカ様に・・・」
「ええ、ほんの数日前にセノギの手続きをしたんだもの。 任せて下さればいいわ。 それに別にトウオウを焼いて喰おうなんて思っていないわ。 セイハと一緒にしないで頂けるかしら」
アマフウがセッカから目を外した。
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一人になった。 いつの間にしゃがんでいたのだろう。
目の前にも頭の上にも誰もいない。
「何やってんだ! 早く火を消せっ・・・」
足元から声が聞こえる。 目をやると背中に傷だらけのトウオウが倒れている。
吹き飛ばされたシャンデリアが、トウオウの背中を襲っていた。
「トウオウさん・・・」
「火を消せって・・・」
「火を消す・・・?」
辺りを見ると、燃えていたテーブルに爆風に煽られた物や、破壊されて落ちてきた物が加わって更に炎を増している。 今にも天井につきそうなくらい炎が高く上がっている。
「か、火事!」
「なに悠長なこと言ってんだよ、早く消せ・・・」
「え・・・だって」
「この期に及んでそれか・・・。 ならいいよ。 シユラ様はこの屋敷から出ていけ」
「どういうことですか・・・?」
「ホンットに・・・シユラ様って徹底的にボケてるね。 シユラ様に逃げろって言ってんだよ」
息が不安定なトウオウだが、紫揺はそれに気付いていない。
「トウオウさんを置いて私に逃げろって言うんですか? 出来るはずありません!」
今にも炎に飲み込まれそうな部屋。 いや、このままでは部屋だけでは収まらないだろう。 この屋敷が炭と化すのは目に見えている。
トウオウの腕を取って肩に乗せるとそのまま引き上げようとするが、華奢ではあるが、紫揺より数段背の高いトウオウを抱えきれるわけがない。 ヘナヘナトと膝をついてしまう。
「やめろって。 オレはいいから。 シユラ様逃げろ」
紫揺の肩に乗せられていた腕をしっかりとつかんでいた手を払いのけると、ドンと紫揺を押した。 押された紫揺はトウオウの横に尻もちをついた。
「私一人逃げられるわけないじゃないですか!」
更にアチコチで小さな破壊がおきる。
「シユラ様、怒るな! シユラ様が怒ると破壊がおきる! 炎の餌になるだけだ!」
「・・・え?」
「分かんないのか!? シユラ様がこの部屋を破壊したんだよ!」
辺りを見回すとアレもコレも、何もかもが壊れている。 破壊されている。 照明も置き物も窓の取っ手も、窓は一枚を残して他の窓が姿を無くしている。
「これ以上炎が上がると屋敷は燃える! 早く逃げろ!」
「イヤです! 逃げるなんてことしない!!」
パキパキとアチラコチラで小さく物が破壊されていく音がする。
「無言は逃げてんだよ。 シユラ様はそれを選んだんだよ。 とっくにシユラ様は逃げてたんだよ。 何を今更言ってんだ」
「そんなことない!」
バン! と大きな破壊音がした。 残っていた窓が割れた。 これで部屋のガラス窓が全て割れた。
「やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな! 風に煽られて炎が更に大きくなるだろ!」
「炎・・・?」
窓を割ったことによって煽られた炎が天井に舞い上がった。
「ダメ!!」
言った途端、炎が消えた。
「え?」
消防の消火など比べ物にならない程あっけなく。
上から降ってきた大量の水が部屋の中を浸している。
「派手にやってくれたわね」
声のする方に目を向けると、壁にもたれて腕を組んだアマフウが立っていた。
「チッ、アマフウか。 どうして手を出したんだよ。 あと一歩だったのに」
「どこが。 よく言ってくれるわ」
「アマフウさんが消してくれたんですか?」
「此処が火事になってしまっては困る人がどれだけ居ると思ってるの。 ・・・アナタ」
「はい・・・」
疑問符がついていない。 どれだけ怒っているのだろう。 勿論それが当たり前なのは分かっている。
「アナタの足の下に、何人の人を踏みつければ気が済むわけ?」
「そ! そんな!」
「そんなことはないって言いたいの?」
「だって、誰も踏みつけたりしてません!」
「じゃあ、トウオウはどうしてそこで横たわってるの?」
アマフウを見る紫揺の足元に横たわっているトウオウ。
「それは・・・」
「まぁ、トウオウがけしかけたんでしょうけど、それはアナタの為。 そのトウオウがアナタを守って怪我をした。 他にもアナタの周りにそんな人が居るはずよ。 そうね、私が知っているのはあと一人。 洗濯女の子供」
「セキちゃん? セキちゃんを踏んでなんていません!」
「アナタに関わったことでアナタの踏み台になってる。 そんなことも分からないの?」
セキを通じてガザンに協力を頼んでいる。 それは利用かも知れない。 だが、踏みつけたりなんてしていない。 それにそのことをアマフウは知らない。 いったい何を言っているのか分からない。
「アナタが居なければ、洗濯女の子供も今まで通りでいられたのよ。 でもアナタがそれを変えた」
「そんなこと!」
バン! 大きな音が鳴った。 紫揺とアマフウが音の元に目を向ける。 すると窓枠が木っ端みじんになったのを目にした。
「アマフウやめろ。 これ以上破壊を促すな」
横たわっていたトウオウが虫の息で言った。
「コノコにその自覚があるのかしら?」
いつものアマフウならすぐにトウオウの異変に気付いたろうが、今は紫揺に気を取られてトウオウの顔をチラッと見ただけだった。
「・・・」
「どうだ? シユラ様。 シユラ様がしたことって分かるか?」
「分かりません」
「ア、アナタ! いい加減になさいよ!」
「だって! 私って限ったことじゃない! アマフウさんかもしれない! アマフウさんだって木を切ったりしたじゃありませんか!」
「木を切った?」
トウオウがアマフウを見る。 そのアマフウは紫揺を見据えている。
「馬車に乗ってて、休憩をしたときに、その、私が・・・」
「ああ、あの時ね。 当たり前じゃない。 アナタが遅すぎるから脅しに木を切っただけよ」
「・・・脅しで木を切ったのかよ」
「だから、此処のこともアマフウさんが部屋の中のいろんなものを切ったかもしれない・・・」
紫揺の言いようにアマフウが嫌味を込めて 「ハッ」 と声をたてて息を吐くと顔をそむけ、トウオウは口の端を緩く上げた。
「はは、無言じゃなく、言いたいことを言ってくれるね。 それなら聞くよ。 トンチンカンチンでもね」
紫揺はアマフウが切るということが出来ると知っている。 それも紫揺の目で見たようだ。 だが破壊も出来るということを知らないと踏んだ。 いや、知る知らないで言うのなら、知っているはず。 紫揺と向かい合って話していた時に散々アマフウの破壊と言っていたのだから。 だが目で見た情報を鮮明に覚えているのだろう。 この状況だ、トウオウの話したことは、目で見たものに塗り替えられたのだろう。
ではそれに乗ろう。 アマフウは切る、破壊ではない。 だが紫揺は破壊をすることが出来るという事に。
「トンチンカンチン?」
「シユラ様はアマフウが木を切ったと同じ様に、何かを切ったって言うけど、部屋の何かを切っただけでこんな風になると思うか? これは切ったじゃなくて破壊だよ。 オレ、何度も言ったよな? シユラ様に怒るなって」
記憶の中にあるトウオウのセリフだ。
「シユラ様が怒ると破壊になるんだよ。 ここを破壊したのはシユラ様だよ。 ほんの数分前の事だ思い出せよ」
ほんの数分前、トウオウの言うことに反発した。 その途端、何かが割れるような音がした。
『無言は逃げてるんだよ。 シユラ様はそれを選んだんだよ。 とっくにシユラ様は逃げてたんだよ。 何を今更言ってんだ』
そう言われた時ショックだった。 逃げるなんてことをしたこともないのに、そんなことを言われて心外だった・・・だから
腹が立った。
そしたら、バン! と大きな破壊音がして部屋のガラス窓が割れていた。
その後にトウオウが叫んでいたのを覚えている。
『やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな! 風に煽られて炎が更に大きくなるだろ!』
そう言えばトウオウはその前に
『シユラ様、怒るな。 シユラ様が怒ると破壊がおきる。 炎の餌になるだけだ。
分かんないのか? シユラ様がこの部屋を破壊したんだよ』
そう言っていた。
「私が・・・破壊した・・・?」
「ああ、そうだよ」
「・・・でも・・・何もしてない」
「だよな。 シユラ様は何もしてない」
「じゃあ・・・」
「肉体的に、具体的に何もしていない。 でも心で起こしたんだよ」
紫揺が無言になるが、それは逃げの無言ではない。 どれだけ脳みそを動かしても意味が分からない無言だ。
「オレたちは体と心を繋げなければ何も出来ない。 でもシユラ様は心ひとつ、想い一つで出来るんだ。 花を咲かすことにオレ達みたいに手を動かす必要はないだろう? 心で何かを想っただけで花を咲かせられるんだ」
「・・・ココロ?」
「ああ。 花を咲かすことにどう想ったのかはオレは知らない。 でも破壊はシユラ様が怒ったからだ。 シユラ様の感情がそのまま現象に現れるんだよ」
『やめろ! やめろって! 怒るんじゃない! これ以上破壊するな!』
トウオウがそう言っていた。 それがそうなの、か?。
「私が怒った時・・・」
「そうだ。 いや、それ以外の感情もあるかもしれない」
あの時 『やめて! お願い!!』 そう言っていた。 それは哀願の声だった。 その他にもあるかもしれない。 それから考えると・・・
「もしかしたら悲しんだ時にも破壊が出るかもしれない。 でもそれはシユラ様にしか分からない。 オレ達には分からな―――」
横たわりながらもなんとか立てていた肘が崩れ、うつ伏せに倒れ伏した。
「トウオウ!」
この場をトウオウに任せていたアマフウが背で壁を撥ねてトウオウに駆け寄った。 さっきまで横を向いていたトウオウ。 だが今、うつ伏せに倒れ伏したトウオウの背中に血が滴っている。
トウオウの意識は消えていた。
「トウオウ! トウオウ!」
「ダン」
紫揺の部屋を訪ねたトウオウが出て行く姿を見送るまではと、紫揺の部屋の前に居たダン。 だが戸の向こうから、言い合う声が聞こえだし不気味な音や破壊するような音が耳をつんざいた。 紫揺の部屋に入ることは出来ない。 すぐにショウワに報告に上がった。
そのショウワが紫揺の部屋の前に居た。
「此処に」
声だけが何処からか聞こえてくる。
だがダンが返事をしたと同時に、大きな音に異変を感じた何人もの五色付きと、陰で紫揺付きをしていた者達が階段を上がってきた。
「ショウワ様・・・」
「来たか。 ああ、良い。 あとはあの者達に任せる」
「御意」
そしてショウワも自室に戻った。
「これは!」
紫揺の部屋が滅茶苦茶になっているのを目にした領土の者達、領主と五色の身の回りを見る者達が驚きを隠せなく、すぐに紫揺とアマフウに駆け寄った。
「ムラサキ様!」
「アマフウ様!」
「コノコなんてどうでもいいわよ! トウオウを運んで!」
「トウオウ様?」
一人がアマフウの手の中に居るトウオウを見た。
「トウオウ様!」
アマフウの手に駆け寄る。
「早く!」
「・・・トウオウさん」
紫揺が改めてトウオウを見る。
トウオウの背中の服は破れている。 そしてそこから血が滴っている。
(どうして? さっきまで話してたのに・・・?)
「トウオウ様!」
「トウオウ! トウオウ!」
アマフウの声も領土の者の声も遠くに聞こえる。 だってトウオウが倒れるなんてことないはずだから。 さっきまでいつも通りに話してたんだから。 なのに目の前のトウオウは力なく床に臥している。
・・・自分のせい?
トウオウが言っていたことを考える。
それが真実なら自分が破壊した。 その破壊がトウオウに傷を負わせた。
自分がいけない。 自分がこの屋敷を燃やそうとした。 トウオウに怪我を負わせた。
全部、全て自分のせい。
そうだ、トウオウが言っていた。
『もしかしたら悲しんだ時にも破壊が出るかもしれない。 でもそれはシユラ様にしか分からない』
悲しみ・・・。
そうだ。 悲しんだ。 悲しんだ。 父と母のことを思うとこれ以上なく悲しんだ。
そう、あのホテルの一室で悲しみに暮れた。 悲しみに・・・心が破裂した・・・。
そのあとホテルで別室に移動した。 身体中記憶のない傷を負っていた。 そうだ、脚立を持っていたオジサンが工具を腰につけていた。 そのオジサンが言っていた。
『ああ、VIP ROOMがことごとく無茶苦茶になっていてね。 なんだろね、あの部屋で台風でも起きたんじゃないかと思う程だよ』
そう言っていた。
あれは・・・あの部屋を滅茶苦茶にしたのは自分、だ。 あのホテルの部屋もこの部屋も壊したのは、破壊したのは自分だ。
破壊・・・どうしてそんなことが出来るのか、どうしてそんなことをするのか、どうして有るものを壊すのか。
どうして自分がそんなことをしたのか。 どうして自分はそんなことをするのか。
「イヤァァァ―――!!!」
立っていた者達が飛ばされ壁に全身を打ちつけた。
突風の力。
「お止めなさい!」
異変を聞いたセッカが駆けつけた。
「ムラサキ様! ご自分の力を制御してくださらないかしら! 何もかも無くなってしまいますわ! 人も死んでしまいます!」
両手に握った拳を頭の左右に置き、頭を垂れて全身を縮こまらせていた紫揺に言う。
「・・・人が、死ぬ?」
自分が誰かを殺してしまう? 部屋を壊すだけでなく?
うううと、壁に飛ばされた者たちが喘ぎ声をあげる。
「これ以上、ムラサキ様が感情をあらわにされると誰かが死にますわ!」
「一番にトウオウかしらね」
セッカの後を追ってやって来たセイハが嬉しそうに言うと続けた。
「続いてアマフウね。 こっちとしてはシユラにお礼を言いたいくらいだけど?」
「セイハ! お黙りなさい!」
「あら? セッカお姉さま、いつもと違う? ふーん、そっか。 ムロイが居ない分、婚約者として頑張ってるんだ」
「その口を焼いてやろうかしら!?」
「その前にこっちが破壊してやるけど?」
「破壊? セイハにそんな力があるとは思えないわね。 セイハにはせいぜい緩い風を起こすことしか出来ない筈よね?」
「ふーん。 試してみる?」
「お・・・お止め下さい・・・」
部屋の外からの声。 だがその声には張りがない。
戸口に居たセッカとセイハが廊下を見た。
「セノギ・・・」
二人が声を合わせた。
身体を支えられながらセノギが現れた。
「まだ筋肉痛? 長いねぇー」
横目でセノギを見たセイハが部屋から出て行った。
セイハと入れ違いに部屋に入ったセノギ。 あまりの部屋の中の様子に驚きを隠せない。 と、トウオウの姿が目に入った。 トウオウの顔を撫でながらアマフウがトウオウの名を呼んでいる。
そこに遅ればせながらトウオウ付きの二人がやって来た。 爺が顔色を変えてトウオウの元に走り寄った。
「船の用意を。 すぐに病院へお連れしてくれ。 セッカ様、お付き添いをお願いできますか?」
「仕方ないわね」
「私が行く」
トウオウの顔を撫でていた手を止めアマフウが言う。
「アマフウ様はこちらに居られますように」
「どうして!」
振り返りセノギを睨み据える。
「あちらでの手続きをご存じありません。 ここはセッカ様に・・・」
「ええ、ほんの数日前にセノギの手続きをしたんだもの。 任せて下さればいいわ。 それに別にトウオウを焼いて喰おうなんて思っていないわ。 セイハと一緒にしないで頂けるかしら」
アマフウがセッカから目を外した。