ハラカルラ 第31回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第31回




「ったく、ナギもうちの煉炭も・・・」

ワハハおじさんに出来ることは、身を隠しながら目を皿にして辺りを見張ることだけであった。

ナギが水から顔を出した。 目の前に机が見える。 坂を上がって行き引き出しを見る。 引き出しに袋は挟まっていない。 そっと引き出しを開けるとジッパー付きの袋が中に納まっている。 その上から触ってみると中にUSBスティックが入っているのが手の感触から伝わってくる。

水無瀬はジッパー付きの袋に気付いて引き出しを開けた。 引き出しの中にUSBスティックがあるのに気付いた。 そしてそのUSBスティックをジッパー付きの袋にしまった。 ここまでは煉炭の考えた通りだということ。 だがそれを持ち帰らなかった。

ナギがジッパー付きの袋からUSBスティックを出すと引き出しの中に入れ、ジッパー付きの袋を引き出しに再び挟んだ。 煉炭が最初にしたと同じ様に。

「煉炭ではないが、これで気付かなかったら水無瀬は馬鹿だ」

自分が口にした言葉が頭の中に留まる。 あの双子、煉炭の気持ちが分かったようでどこか薄ら寒い気がする。
この穴は朱の穴ではない。 煉炭と来た時もそうだったが、勝手に黒の穴に入り込んでまるで空き巣にでも入ったような気分である。 さっさと出て行かなくては。

「ったく、黒か。 水無瀬が戻って間もないというのに」

とはいえ、今は黒烏がいない。
片方の羽の先で嘴(くちばし)の根元の横をポリポリと掻く。

「たまには吾が行ってやってもいいか」

水鏡から羽を下ろしかけようとしたが、水がざわつき始めた。
またかい、と思った白烏だが、その犯人が水無瀬だとは露とも思っていない。
「それにしても」 ここのところ容易に水鏡から離れられない。

「あー! うっとうしい!」

「おい、大声を出すんじゃない」

「いい加減、離せよ!」

今日もカオナシの面を付けた男達に腕をがっしりと取られている。 取られている腕を動かそうとするが容易に動かせない。
朱門の長と話をしたというのにまだ面を付けているということは、長との話を完全には信用しきっていないということの表れだろうか。

「お前も守り人だろう、ここで何をしてはいけないか分かってるだろうがっ」

「ああ、分かってるよ、だから離せってんだよ」

腕を取られていることをいいことに、足を浮かせその足もバタつかせる。 決してこの歳の男がするに見栄えのいいものではないが、それでも動かせない腕の代わりに動かせることが出来るのは足だけである。 それと口。

「でっかい図体の男が周り固めてんだから、それでいいだろうが」

腕をとっていた両横の男がどうするという風に周りの男に目を動かす。

「逃げないだろうな」

先頭を歩いていた男が水無瀬に近寄って来た。 ハラカルラで周りを固めている男達も、部屋の周りを固めている男達も、どういう順番で持ちまわっているのかは知らないが毎日違っている。 何度か見た顔はあるが、あの誠司という青年と同じ時に居たおじさんはまだ一度も見ていない。

「逃げると思うんなら周りを固めるだけでいいだろが」

「早く動くことは禁じられている」

それは水無瀬が逃げた時にそれを止めようとして、早く動くことが出来ないということ。

「俺がこれだけ暴れても烏が水を宥めてるんだ、そうなってもすぐに烏が宥めることくらい分かるだろうが」

もう一度水無瀬が腕を振ろうとしたがビクともしない。 足を蹴り上げもう一度足を動かそうとする。

「分った、暴れるな」

「だったらとっとと離せよ」

足をつけ、両腕を振る。

「離してやれ」

「いいのかよ」

「万が一ってこともあるだろ」

まだ両腕を取っている二人が言う。

「仕方ないだろう、これ以上暴れられても困る。 大声もな」

「だが矢島の時のことがある」

そう言った男を腕を離すようにと言った男が睨む。

「黙ってろ」

もしかして矢島は男たちの目の前からこのハラカルラを出たのだろうか。

(矢島さんならそれが出来るはずだ)

「おい、このハラカルラで嘘をつけばすぐに分かることは知ってるな」

「ああ」

「逃げないと約束できるか」

「逃げてどこに行くってんだよ、すぐにあんたらが捕まえに来るんだろうが。 大学にも行かせてもらえないらしいしなっ!」

これは本心だ。 水がざわつくはずなどない。

「行きたいのは学校か?」

「当たり前だろうが! 目の前に卒業がぶら下がってんだよ! 今までどれだけ頑張ってきたと思ってんだ!」

「分った、分かったから大声を出すな。 おい、離してやれって」

「責任は取れよ」

「俺たちは知らないからな」

二人の男が水無瀬の腕を離す。 その男達を一顧だにせず腕をさすりながら水無瀬が歩き出す。 互いに目を合わせた男たちもそれに続く形となったが、少しずつ歩を早め最初のフォーメーションを取っていくが、先頭を歩いていた男だけが水無瀬の横に付いた。 責任を押し付けられ警戒心が上がっているのだろう。

朱門の村から黒の穴までは距離があった。 それに目印らしい目印もなかったのだから、道を覚えるのに時がかかったが、それと比べると黒門から黒の穴までそれほどの距離はない。 もう道も覚えているつもりだ。

「おい、そっちじゃない」

曲がろうとした水無瀬に隣を歩く男が言った。 まだうろ覚えだったようである。 似たような岩がありすぎると思うのはいいわけだろうか。
それにしても、と思う。 この男は今までの男達より話しやすいかもしれない。

「なあ」

水無瀬の落ち着いた声に男が水無瀬を見た。 その水無瀬と目が合う。

「なんだ」

「セイジってのが居るだろ?」

「ああ、知ってるのか?」

男が顔を戻し水無瀬も前を向く。

「見かけないんだけど?」

「誠司たちは外されてるからな」

「外されてる?」

それに “たち” ということは、誠司と一緒に居たおじさんもということだろうか。 それ以外にも居るかもしれない。

「まぁ、言い方は悪いがお前ももう分かっているだろうし、はっきり言って見張りということからだ」

「なんで?」

「村には村の考え方がある」

やはり黒も村だったのか。

「俺が会いたいって言ったら?」

「叶わないだろうな」

「ふーん、何を警戒してるのやら」

男がちらりと水無瀬を見たのが目の端に映った。
“警戒” という言葉に反応したのだろう。 いったい誠司に何があるのだろうかとは思うが、今までの誠司の様子から考えると、仏心を出すかもしれないとでも思っているのだろうか。

「会って何をしようと思ってるんだ」

「いや? 会うってのは例えばの話で、俺が知ってる唯一の名前がセイジってだけ」

「そう、か。 そう言えばだれも名乗っていないか」

「セイジってのに名乗られたわけじゃないけどな、呼ばれたのを聞いて知ってる程度。 あ、もう一人知ってるけど、そっちは話すのもムカつくし顔も見たくない。 出来ればそっちを外して欲しい」

男が鼻で笑った。 多分、サングラス男からでも聞いたのだろう。

「まぁ、お前が落ち着けば順に名乗っていくだろうよ、ちなみに俺は千住(せんじゅう)。 漢数字の千に住む。 お前が聞いたという誠司は誠(まこと)に司(つかさ)。 水無瀬鳴海ってのは名乗らなくても知っている」

「それはどうも」

準備体操はこのくらいでいいだろうか。

「矢島さんは全員の名前を知ってた?」

この千住という男は完全に水無瀬よりも年上である。 サングラス男と同じくらいで三十過ぎか、若く見えたとしても四十には手が届いていないだろう、といったところである。 だが敬語を使う気はない。

「どうして」

質問を質問で返された。 ましてや疑問符がついていない、まだ準備体操が足りなかっただろうか。

「長代理ってのが来て、矢島さんはハラカルラに行ってただけみたいなことを言ってたから交流がなかったのかなって。 こうして話すことも」

「ああ・・・無口、って感じだったな、いや、寡黙か」

無口、それ以上に寡黙。 ということは水無瀬と会った時に話した一方的だった言葉は、矢島にしては珍しいということだったのだろうか。 それほどに切羽詰まっていた。
黒に追われていた、だがよく考えれば捕まってもいいのではないか。 跡を見つけたと言えばそれでいい話なのだから。 黒に居たくないのであれば矢島ならその後逃げることも出来ただろう。 ではいったい何に切羽詰まっていたのか・・・。 それともそれは水無瀬の思い違いなのか。

「じゃ、誰とも話をしなかった・・・」

「少なくとも俺は聞いたことは無いな。 というか、守り人ってそうなんじゃないのか?」

「へ?」

思わず千住を見ると千住もこちらを見ていた。

「矢島の先代も同じようなものだったと聞いているが?」

「へー、そうなんだ」

守り人とはそういうものなのかもしれない。 “守り人” という響きからして寡黙という感じがしないでもない。

「んじゃ、やっぱ、俺じゃないんじゃないかな」

顔を戻した水無瀬に千住が小さく笑ったのが分かる。

「時代の流れだろう」

この千住という男、気安そうに思えるがそれでも見張りという立場に居る。 誠司たちのように外されているわけではない。 ある意味要注意人物かもしれない。

「ふーん・・・。 とは言っても矢島さんも退屈だっただろうな。 穴に入れば別だろうけどハラカルラの往復だけの生活。 合間にテレビを見るくらいだろ? それとも他に何かしてたとか?」

「どうして」

必ず質問を質問で返してくる。

「俺はこの数日、退屈で仕方がない。 それを矢島さんは何年も・・・それとも何十年? どれだけ守り人をしていたかの年数はよく知らないけどずっとだろ? 俺なら耐えられない」

「寡黙であれってことなんじゃないのか?」

期待していた答えを返してもらえなかった。 矢島はいったいハラカルラに行く以外、何をしていたのか。

(くそっ)

「誘導尋問はそれくらいでいいか」

心臓が撥ねそうになった。 だがそれを顔に出すわけにはいかない。 言葉にも。

「誘導って、それも尋問ってあるわけない。 どっちかってったら、こっちがそうされてる位置に居る」

「それは考え過ぎだ」

チラリと千住を見るが前だけを向いている。

「何も訊こうとは思っていない、まぁ、必要であるものは訊くがな。 だが基本、守り人であればそれだけでいい。 俺たちはハラカルラを守りたいだけだ」

「飯を運んで来てくれてるおばさんもそう言ってたけど。 それなら色の区別なんて必要ないんじゃないかな」

「みんなでオテテを繋いでか? 反吐が出る」

昔昔の青門のことを言っているのだろうか。 烏から聞いた話を思うとそう思っても仕方がないだろう。 だが烏が言っていた、あの時の異変はどこかが狂っていたのかもしれないのだと。 その事を黒門の誰もが知らないのだろうか。

「昔昔の青門のことを言ってるのなら烏から聞いたけど、それにはそれなりの理由があったってことだけど?」

「理由などで納得できるものか」

今の返事から話しは聞いていたようだが、この話になるとかなり感情的になってくるようである。 質問返しもない。

あの時の水無瀬は自分は黒門に居る人間だと思っていた。 だが烏から昔昔の話を聞かされ、異変の異常だっということに何の異論も感じなかった。 水無瀬と千住たちの違いは、生まれた時から黒門か否かということ。

(そこが大きいのかな)

それほどにハラカルラを守ることにプライドを持っているのか。
矢島のことを訊こうとしていたことには既に気付かれている。 これ以上簡単には訊けないだろうし、長代理の言っていたようにハラカルラの往復だけだったようで、今のところは頭の中に特筆するようなこともなさそうである。

「とにかく俺は矢島さんともその先代やらとも違う。 千住さんの言う守り人たる寡黙でなんてのもしていられない。 体力発散場所を作って欲しい」

「一応は伝えておく」

長代理にだろう。


「くそっ」

結局何も訊きだせなかった。 与えられた部屋の中でゴロンと寝転がる。
千住に言ったように逃げられたとしてもすぐに追ってくるだろう。 実家ももう知られているはずだし、アパートにも戻れるはずはない。 雄哉を巻き込むわけにもいかないし、どこに行くアテがあるわけでもない。
それに財布もなければスマホもない、移動することもままならない。 ハラカルラにダイブできたとしても後がないというわけである。
このままでは卒業にはまだ可能性は残っているが、新卒での就職は壊滅的だ。

「今までの俺の努力返せってんだ」

こんなことになると分かっていたのなら、雄哉のようにもっとキャンパスライフを楽しめばよかった。

「雄哉、心配してるだろうな」

そうであって欲しい。
スマホの電源は落としたまま。 実家に戻っていると思ったままだから、あまりに戻らなければその内実家に連絡を取るはず。 そこで戻っていないと聞いて・・・。 心配をしてほしい。

「もう信じられんの、雄哉だけなんだからなー」

翌日、千住は居なかった。 だが伝えていたのだろう、水無瀬の腕を取られることは無かった。

「おお、毎日ご苦労だの」

昨日留守だった黒烏がまるで留守をしていたことなどなかったように言う。

「昨日はどこにお出掛けでしたかぁ」

そのおかげでこちらがどれ程忙しかったか。

「ああ、青とな」

「え?」

想定外の答え。

「なにを驚くことがある。 鳴海とばかり話しておるのではない」

「え、いや・・・青の守り人とは会ったことがないから。 ってか、ここに居て誰かに会ったことがないから」

「見かけたといっておったではないか」

「いや、だから見かけただけで話したことは無いし」

「話をする必要も無かろう。 特に黒と青はな」

「それって・・・矢島さんがそう言ってたんですか?」

「いんや? 矢島はそんなことには触れんかった。 青が言っておるだけじゃわい」

「そうなんだ。 青はまだ気にしてんだ」

「ま、そんなところだろうて」

「青にも昔の話をしたってことですか?」

「青に限らず初代にあった出来事は皆にしておる。 肝に銘じてもらわなければならんからな。 代々の守り人がそれを次代に聞かせるが、代が切れた時、鳴海のような状態にあった時には我らが聞かせる」

それでは黒門が朱門の守り人を攫った時はどうだったのだろうか。 いや、それ以前だ、どうして今まで気付かなかったのか。 ある日突然、朱門の守り人が黒の穴から入って来たのではないのか? 烏はそれをどう捉えていたのだろうか。

「黒の守り人が長く切れてたのに、ある日突然、朱の守り人が黒の穴から入って来た。 それってどう思ったんですか?」

「はあ?」

黒烏がそう声を上げ、白烏が冷たい視線を送ってきた。