国津道  第62回

大福りす
『国津道(くにつみち)』 目次


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- 国津道(くにつみち)-  第62回



校長が護持から話を聞き、更に加害者と言っていいであろう花瀬と花瀬の取り巻きからも話を聞いた。

花瀬は甲斐と単に話そうとしただけだと言い切った。
取り巻きは三角関係を主張した。

もちろん、甲斐も元木も末永も話を訊かれた。
校長から話を訊かれた甲斐は「家庭科クラブが作ったお菓子を食べに行ってただけです」 と答えるしかなかった。
だが元木と末永は違っていた。

「呼び出されたのは甲斐だけじゃない。 脇田も呼び出されてた」 と言った。

その時の話は以前に校長も聞いていた。 その時に祐樹が女子児童をぶったと。

「ああ、男子が女子をぶった時の話しだね」

元木と末永が顔を見合わせる。 その時の話しは脇田の家で聞いている。
だがあくまでもぶたれたと主張していた女子児童というのは花瀬の取り巻きであって、脇田がぶたれたことは聞いていないし、もちろん校長も現場を見ていた教師も知らない。

「校長先生、間違ってるし」

「どういうことかな?」

「脇田が女子にすごまれたから、祐樹がそれを助けようとしただけ。 その時、偶然に女子のほっぺたに手が当たった程度。 甲斐を殴ろうとしたくせに、自分のことになると当たっただけで大袈裟に言うんだから」

脇田はその時のことをまだ担任にも言っていない。 祐樹に止められていたから。

「校長先生、いいですか?」

同席していた護持が校長に尋ねる。

「ああ、はいどうぞ」

校長の了解を得、護持が元木と末永に向かい合う。

「うーん、その話、先生は知らないんだけど、その時も今回も祐樹君が出てくるんだ」

「そりゃそう」

「そりゃそう、ね。 そりゃそうの意味が分からないんだけど、どういうこと?」

女子は・・・花瀬の取り巻きは甲斐が花瀬から祐樹を取ったと言っていた。 それであれば花瀬の取り巻きと甲斐の間だけの話なのではないだろうか。 何故ここで新たな女子が出てくるのだろうか。 それに脇田の時には三角関係は関係していないだろう、それなのに祐樹が出てくるとはどういうことだろうか。

元木と末永が脇田の家で聞いた話をする。

脇田と花瀬は小さい頃からずっと仲良しだった。 だが脇田と甲斐が同じクラスになってから甲斐とも仲良くなった。 花瀬はそれを良く思わなかった。
それは何故か、花瀬と甲斐は男子の人気を二分しているのだから。 その花瀬と人気を二分する甲斐と長く友達でいた脇田が仲良くするのは許せなかった。 だがここのところは憶測でしかない。

その脇田が家庭科クラブで作ったクッキーを祐樹に渡した。 それはその日の早朝、脇田が学校に向かってクッキーを作るに重い材料を持っている時に祐樹が手伝ってくれたお礼だったのだが、花瀬にしてみれば更にそれが許せなかった。 それで脇田を呼び出し、それを知った祐樹が助けに入ったということであった。

「そうか、それで祐樹君が出てくるのか」

元木と末永の話は続く。

「脇田は言ってなかったけど、多分その時より前から色々あったみたい」

「色々って?」

元木と末永が目を合わせる。 それは言っていいものかどうかとお互いが訊ねる視線である。
元木が覚悟をしたように頷く。

「他のやつから聞いたんだけど、家庭科クラブで作ったのを献上させてたって」

「け・・・」

―――献上?

今度は校長と護持が目を合わせる。
きっとアニメかゲームでその言葉を知ったのだろうが、それにしても・・・。

「大体、祐樹が悪いんだよ」

ここにきて祐樹が悪いという。 校長と護持がどういうことだという目をする。

「そうだよ、祐樹が花瀬を振ったから俺たち痛い目に遭ったんだから」

「だよな! お菓子三箱献上させられたんだからなっ!」

お菓子三箱献上、それは何の話だ。

「なんの話かな?」

怒りに任せてついうっかり言ってしまった、賭け事の話し。
思わず二人が後ろを向いた。

脇田が校長室に呼ばれた。
脇田は全てのことを話した。 そして最後に付け足す。

「でもこの話は祐樹君が言うなって言ってて」

言うなと言われていたことを今、護持に話した。 ぶたれたことを。

「どうしてかな?」

「言ったら・・・」

暫く待ったがそれ以上脇田は言わなかった。 それは花瀬を貶めることになるような気がしたからだ。

「ん、そっか」

脇田の気持ちを汲んで護持が言う。
脇田が呼ばれた時には、祐樹が女子生徒をぶったと聞いて現場に足を踏み入れ、その後校長に報告した教師も同席していた。

「護持先生、そっか、じゃありませんよ」

祐樹の件の時に足を踏み入れていたこの教師は護持より数段年上だ。 四十の半ばである。

「壬生(みぶ)先生、脇田さんの気持ちもあります」

脇田が護持を見る。

「私の聴取不足と言いたいのですか?」

聴取不足、それは脇田が取り巻きにぶたれた時のことを言っている。 脇田が今、護持に話した話を壬生には言わなかったのだから。

「壬生先生、聴取などと言う言葉は・・・」

その言葉は間違ってはいない。 だが小学生が目の前に居るのに。

小学生ながらも脇田にも不穏を感じた。 それに対して護持は脇田の気持ちを分かってくれている。

「護持先生、いい・・・」

脇田が言う。

「陽葵(ひまり)ちゃんは優しいから」

陽葵、それは花瀬のこと。

「そうか」

「いつかは分かってくれるから」

「そうだな」

「護持先生、そうだなじゃ―――」

壬生の言葉の途中で校長が口を開く。 これ以上は生徒に聞かせたくない。

「脇田さん、分かりました」

「校長! 今は脇田さんと花瀬さんの話です。 それなのに陽葵ちゃんとか第三者も現れて話に収拾がつかないじゃありませんか!」

壬生は花瀬と陽葵が同一人物とは知らないようだ。 担任では無いのだから仕方がないかもしれないが、護持とて花瀬の担任ではない。 ましてや校長も。 だが護持も校長も話の流れから花瀬の名が陽葵と充分に想像できている。

「壬生先生、花瀬陽葵さんの話ですよ」

第三者ではないですよ、とは校長は言わなかった。

「え・・・」

「脇田さん、よく分かりました」

その日、緊急職員会議がもたれた。 “いじめ” に関することと、おまけに賭け事についてであった。 飴玉一つくらいの小さな物なら目を瞑ってはおけるが、お菓子三箱または三袋は金額的に見過ごせないということであった。


「お姉ちゃん」

甲斐が優香にしがみ付いている。

「ごめんね、塾になんか行かなくてもっと早く来てればよかった」

甲斐が首を振る。

「お姉ちゃん受験なんだから」

優香が甲斐の頭を優しく撫でてやる。

「勉強どう?」

「お姉ちゃんほど出来ないけど塾には行ってる」

「塾の先生は何て言ってるの?」

「・・・まだまだだって」

「そっか」

もう一度甲斐の頭を撫でてやる。

「まだまだ一年以上もあるからね」

「お姉ちゃん・・・」

甲斐が顔を上げる。

「柚葵(ゆずき)ちゃん、柚葵ちゃんなら合格できるよ」

「でも、お姉ちゃんみたいに賢くないし」

優香が首を振る。

「柚葵ちゃんは自信がなさ過ぎ」

「え?」

「お姉ちゃんは柚葵ちゃんの応援団長だからね、何でも知ってるの」

「お姉ちゃん・・・」

優香が柚葵の肩に手を置く。 自然と優香の身体から柚葵の身体が離される。 優香が僅かに屈んだ。

「柚葵ちゃんは受験に合格する。 でもね・・・」

一度深く閉じた瞼を上げる。

「受験が全てでは無いの。 それを分かって欲しいの」

優香は中学受験をして、ましてや東大合格率の高い高校を受験しようとしている。 そんな優香がどうしてそういうことを言うのだろうか。

「私は受験したし、これからもするけど・・・なんて言ったらいいかな・・・」

甲斐姉妹は両親の離婚によって分かれることとなった。 優香は父親に甲斐である柚葵は母親に引き取られた。

「お父さん・・・最近テレビにも出てるよね。 研究、進んでるみたいね」

優香が何を言おうとしているのかは分からないが、甲斐が優香の先を取って言う。
優香が頬を緩める。 妹は父親の姿をテレビを通して見ているのだ。 チャンネルを変えることなく。

「詳しい研究内容は知らないんだけど・・・お父さんあんまり帰って来なくて疲れてるみたいだけど元気だよ」

「うん・・・」

まだあんまり家に帰って来ないのか。 両親の離婚の原因がそれだったというのに。
母親はそれに耐えられなかった。 それがどうしてかは甲斐には分からなかった。 姉も自分もいるのにどうして寂しいと言うのだろうか。

その母親は離婚をしてから平日は毎日パートに出ているが、朝と夜はちゃんと家に居てくれている、毎日顔を合わせている。 それに休みの日にはいつも家に居てくれている。
父親の居ない家、そこに何日も一人でいる優香の寂しさが計り知れない。

「お母さんはどう?」

「うん、毎日パートに出てる」

「今度時間が出来たらマンションに行くね」

母親と甲斐の居るマンションに。

「うん」

学校に間に合わなくなっちゃうから、と言って優香が小学校を出て行った。

優香は何を言おうとしていたのだろうか、どうして今日学校に来たのだろうか。
それにもしかしたら父親と同じ道、研究者の道を歩もうとしているのだろうか。 もしそうであるのならば、優香が望んでその道を歩こうとしているのか、父親に期待をかけられそれに応えようとしているのだろうか。

「お姉ちゃん」

もともと頭の良い姉だった。 その上で勉強も楽しそうにしていた。 きっと父親の血を引いたのだろう。 それが幸福なことなのだろうか、不幸なことなのだろうか。

『受験が全てでは無いの。 それを分かって欲しいの』

それはどういう意味なのだろうか。



人の声、喧騒が賑やかに聞こえる。 それが今日のうっぷんを晴らす声であったり、今日が良き日であったように話す声。 紫煙がたゆたっている場所もある。 鼻をひくつかせれば間違いなく酒臭い。

居酒屋の戸が開いた。 願弦が顔を上げると浅香がキョロキョロと顔を動かしている。

「浅香君、ここ」

願弦が浅香に向かって手を振る。 カウンターでなく座敷であった。
浅香が願弦を目で捕らえると片手を上げて座敷に向かって歩きだした。

「その節はお世話になりました」

願弦の横に座る人物に軽く頭を下げ、一言いって靴を脱ぐと願弦の前に座った。

「詩甫ちゃんから聞いたけど上手くいったみたいだな」

ラインで報告はしていたが、詳しいことを詩甫から聞いたのだろう。

「お陰様で」 と大袈裟に言うと座卓に手を着いて頭を下げる。

「やめてくれよ」

今日の日のことは願弦からラインが入ってきていたのだった。 浅香の都合のいい日を教えてほしい、呑もう、という内容であった。 そして弟も同席していいかとも書かれていた。
熊のような願弦の横には男の浅香さえ目を瞠(みは)る美男が座っている。

「えっと・・・まさか弟さんですか?」

「まさかってどういう意味だよ」

願弦が言われ慣れている言葉に不服気に答えたが、それが作ったものであるのは浅香にはすぐに分かった。 願弦が気を悪くしているのではない。 それに願弦はそういう男だ。 器が広い。
店員が注文を訊いてきた。

「日本酒でいいか?」

座卓を見ると銚子が置かれている。 二人とも燗であるようだ。 ここでビールという訳にはいかないだろうし、浅香とて日本酒が呑めないわけではない。 浅香が頷く。

「腹は?」

「あまり空いていませんけど・・・そうだな、刺身で」

女性店員に視線を送ると、その女性店員がチラリと願弦の横に座る男を見て戻って行った。

一連の様子を黙って見ていた願弦の横に座っていた男、願弦の弟が笑みながら自ら自己紹介を始める。

「初めまして、三兄弟の末子になります、願矢(がんや)です。 何のことか分かりませんけど、何か上手くいったようで。 浅香さんのことは兄貴からよく聞いています」

「初めまして、浅香です。 わぁ、願弦さん何を言ったんですか」

浅香が言うと願矢が美麗な顔を笑みでいっぱいにする。

「僕の嫁候補に挙げていた女性が浅香さんに攫われたって言ってましたよ」

「え?」

「詩甫ちゃんのことだよ」

「またそんなことを」

初めて聞く話ではない。 以前、願弦にそう言われていた。 ましてや詩甫と二人の前で言われたのだった。

「あー、詩甫ちゃんを願矢の嫁にしたかったんだけどなー」

呆気に取られている浅香に願矢が笑みを絶やさず言う。

「兄貴はことごとく僕の彼女に因縁をつけて別れさすんですよ。 お蔭で未だに彼女がいません。 挙句に彼女を通り越して嫁ですよ? 信じられないでしょう」

願矢が願弦をチラリと見て言うが、その雰囲気が良いものだと感じる。 この兄弟は互いのことを分かり合っているのだろう。

「願矢さんには願弦さんのお眼鏡に叶った彼女さん、お嫁さんを迎えてほしいと思っていらっしゃるんでしょう」

それが願矢の幸せになるのだろうから。 そして詩甫を選んだ願弦の目に狂いはないだろう。

「え? あれ?」

言ってから思わず浅香が声を上げた。

ふふん、と願弦が鼻で笑う。

「だからその詩甫ちゃんを浅香君に取られたんだよ」

「え? あ、いや、そんなことは無いです」

願弦が笑う。

「気付いてない?」

「え?」

「詩甫ちゃんは浅香君のことを想ってるよ。 まぁ、浅香君どころか詩甫ちゃん自信が気付いてないみたいだけどな」

「は?」

「くれぐれも詩甫ちゃんのことをよろしく頼むよ」

「あ? え?」

そこで願矢が大きく笑った。

「浅香さん、悪い。 兄貴はこういう人だから」

こういう人も何も・・・。

―――どうだよ。