国津道  第29回

大福りす
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第10回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


     『国津道』 リンクページ




                                   



- 国津道(くにつみち)-  第29回



半眼で少々睨んではいたが、祐樹がフッと雰囲気を変えた。

「浅香は料理するの?」

責められると思ったが意外な言葉が祐樹から出た。 この状況から解放されたようだ。

「んー・・・レパートリーとしては・・・カップ麺、カップ焼きそば、カップスープと即席みそ汁かな」

「即席みそ汁?」

カップ系は知っている。 袋ラーメンの情報を得た時に友達から詳しく聞いていた。

「うん、知らない? 具と味噌が袋に入っててそれをお椀に入れてお湯を入れる。 するとあら不思議、みそ汁の出来上がり」

再度祐樹の目が半眼になる。

「それって・・・全部お湯を入れるだけじゃないのか?」

「ご明察」

「オレの方がよっぽどマシじゃないかー」

あの卵焼きモドキにこの多足宇宙人ウインナー作の料理人に言われたくはないし、卵焼きはきっと詩甫が味付けをしたのだろう。 卵焼きの横に並べられていた三つ葉の入った出汁巻きは格別に美味しかった。 だがそんなことは言えない。

(うー、僕って大人ぁー)

それに祐樹の突っ込みは尤もだ。 湯しかいれていない。 自覚はある。

「浅香、料理したことないの?」

「ない」

まごうことなく速攻言い切る。

「・・・ま、オレも袋ラーメン以外は今日が初めてだったけど」

「カップ麺じゃなくて?」

「カップ麺って高いらしいし」

「え?」

祐樹から同級生が話していたことを聞いた。 そしてどうして袋ラーメンを作るようになったのかも。
袋ラーメンは五食入っている。 それで三、四百円ほどと記憶している。 対してカップ麺は一食軽く百円越え。
コンビニで買っているカップ麺の浅香価格である。 だが浅香の通うコンビニに袋麺はない。 その浅香がどうして袋麺価格を知っているのか。
スーパーになど行かない浅香だが、仲間とあれやこれやの時にはスーパーに行く。 そこで袋ラーメンの価格を何気に見ていた。

「姉ちゃん、切符代を渡してくれようとするんだ。 オレ、受け取らないけど」

「そっか」

祐樹は祐樹なりに、金銭的に詩甫に迷惑をかけないように思っているのだろう。

「オレ・・・」

祐樹が下を向いた。
浅香が詩甫を見るといつからなのだろうか、箸を置きファイルを見ている。

「なに?」

「姉ちゃん・・・」

祐樹は何か言いたいのだろう。 でも言えないのだろう。 それが何かは分からないが、詩甫の心配をしているのは知っている。 だから知っていることを言おう。

「野崎さんには頼れる人が居るらしいよ?」

「え?」

「会社の人だって」

「そ・・・そんなのオレ聞いてない」

祐樹以外の誰に頼っていたのか。 そうは思うが、袋ラーメンを買うことすらできない自分だということは分かっている。

「ああ、誤解しないで」

「え・・・」

「今の野崎さんは朱葉姫の事しかない。 それは何気に分かるよね?」

「・・・うん」

「その人は朱葉姫の望みを叶えてくれるのに協力してくれるかもしれない・・・ってこと」

「え・・・」

「僕もよく知らないんだけどね」

浅香と祐樹が詩甫を見る。 その詩甫は二人に気付くことなくファイルに目を這わせている。

「お腹一杯になったんなら、単行本読む?」

浅香が抱えてきていた単行本だ。

「まだおかず残ってるし・・・」

せっかく詩甫が作ってくれたのに残したくない。

「うーん、お握りはラップで包んでイタダキ。 残ったおかずも皿に移し替えて今日の夕飯にする」

おかずは浅香と祐樹でほぼ食べ尽くしていた。 夕飯にするには少な過ぎる。
浅香がそう言った時、詩甫が眉間を寄せた。

(これ何だろう)

「イタダキかよ」

「だーって、祐樹君はいーっつもこんなに美味しいお握りを食べてるんだろ?」

そう浅香が言うが、お握りは滅多に食べたことは無い。 給食以外は母親が料理を作っていたし、詩甫の部屋に来た時には詩甫が作ってくれていた。 それはどちらも茶碗に入ったご飯である。 例外で詩甫が作ってくれた弁当があったが、お握りではなかった。

詩甫が次の頁をめくる。

「ちょっとくらいは自分で作ろうと思わないのかよ」

「うーん・・・。 料理って忍耐と才能じゃない?」

「は?」

小学生相手に真剣に問答する浅香。 それは言い換えればいいわけでもある。

「才能は分かる。 忍耐ってどういう事だよ」

「料理って、たとえ才能があっても、作りたくない者には苦行でしかないってこと」

「は? 才能があれば簡単に作れるだろ」

「才能があっても作りたくない時ってあるだろ? 作りたくない人も居るだろ? 才能があったとしても三六五日、毎日何年も三食作りたいと思う人はまず居ないよ」

どうして浅香がそう言い切るのか。
それは患者や患者の家族に触れた時に感じることであった。 負の想い。 それであった。

『このまま入院させてくれればご飯作りから解放される』

夫が定年退職をした妻によく感じる負の思いだった。

「ま、誰しもがとは言わないけどね」

そう言われれば、平日母親は祐樹の昼ご飯を作ることは無い。 平日の昼ご飯は給食である。 そして当の母親は前日の残り物を食べているようだ。 料理を作るのが好きなはずなのに。

まだ小学生の祐樹には難しい話をしてしまったかと、浅香が立ち上がろうとした時に詩甫の声が上がった。

「浅香さん」

祐樹と浅香が詩甫を見る。

<●山の神は見ておられた  杉合の婆ちゃんが言った。 何のことか尋ねたら、山の神は何でも見て御座る。 そうとしか教えてくれなかった>

そして翌日の日付にはこう書かれていた。
<●山を見い  杉合の婆ちゃんは、お婆のこともよく知っていた。 何年も前の、ずっと前のお婆の事なのにどうして知っているのか訊ねたら山を見い。 と言われた>

詩甫が指を這わして読み上げた。

「これってどういう意味ですか?」

「ええ、僕も不思議に思いました。 それで瀬戸さんに訊ねたんです。 そしたらそのお婆さんはその後、入院して退院をすることなく亡くなったそうです」

「・・・まさか」

山には入っていなくとも、あの山のことを瀬戸に話して大蛇に睨まれた? そんなことが有り得るのだろうか、詩甫がそんな顔をして浅香を見ていた。 瀬戸に聞かされた時、一瞬ではあったが浅香も詩甫と同じことを考えたのだからよく分かる。

「かなりのお歳だったそうです。 瀬戸さんが会いに行った時には、もう肺炎を患っていたと思います。 お年寄りには多いんです。 喉の力が弱くなってきていますから、誤嚥から肺炎を起こすんです。 軽いものから始まると家族もなかなか気づきません」

「肺炎でお亡くなりになった?」

浅香が頷く。

それが大蛇に睨まれていなかったという証拠にはならない。 睨まれるというのは例え話かもしれないのだから。 大蛇の怨念で身体を弱らせたのかもしれない。 だがここで止まっているわけにはいかない、先に進まなければいけない。

「山の神は見ておられた。 山を見い・・・」

「ええ、瀬戸さんもそこが気になってあちこちに訊いたようですけど、結局何も分からなかったそうです」

「・・・これって」

「はい?」

「お社ではなく山を見ろということではないんでしょうか」

「はい?」

「お社と山は別ということ、ではないんでしょうか」

「はい?」

「社かお山か、どっちでもいい、瀬戸さんはそう言われたんですよね。 そしてすごまれた」

「はい」

二人の会話を聞いていた祐樹が呆れたような目で浅香を見た。

「浅香、はい以外言えないのかよ」

そんな祐樹の声は二人の耳に入ってこない。

「電車の中でのことは置いておいて、もし朱葉姫の言ってらした “怨” を持つ者、その者が大蛇としたら、私に起きたことはお社近くであったわけではありません。 もうお社から離れて階段の途中で突かれました。 まぁ、視線を感じたのはお社近くですけど」

「山に大蛇が居るということですか?」

社に大蛇が居るのではない。 そうであれば瀞謝の記憶と一致する。 少なくとも朱葉姫が大蛇と思われたということではない。

だが昔語りにある大蛇とはいったい何者なのか。 詩甫を襲った者と同じなのか。 そうであるとすれば、朱葉姫の話からは朱葉姫に “怨” を残す者。
そんなことを考えていた浅香に詩甫が次を提示した。

「それと、ここですけど」

詩甫が何枚も頁を遡る。 そこもまだ稚拙な書き方の所だ。

「あなう」

指を這わせた詩甫が声に出す。

そこには
<●あなう  三木の婆ちゃんがそう言ったけど、何のことか分からんと言った。 けど、婆ちゃんの婆ちゃんが歌っていたらしい。 婆ちゃんが歌ってみせてくれた。 あーなーう、あーなーう、美しあなう、泣―くぅな・・・。 婆ちゃんが言った。 あれ、どうやったかの、と。 忘れたみたいだ。 音痴で耳が痛かった>
そう書かれていた。

「これって何ですか?」

「瀬戸さんが言うには」

浅香の説明が始まった。 やはり浅香も瀬戸に訊いたようだ。

浅香は何度も読み直していると言っていた。 たった今このA4用紙に目を這わせている詩甫より数段考えたのだろう。

「“美しあなう” というところで、僕も瀬戸さんもほぼ人名ではないかと思ったんですけど、当時の人名を探す手立てはなかったということです」

だが “美し” と付くのだからそれは女性だろう、とも言った。

「お婆さんですよね・・・」

歌ったのは。

「はい。 お婆さんのお婆さんから聞いた歌です。 瀬戸さんがその歌の意味を訊かれたらしいんですけど、知らん、とだけ言われたそうです」

その事は後に書かれている。 詩甫もそれを読んだ。

「聞き違え、若しくは覚え間違いってことはありませんか?」

あなう・・・。 人名として聞き違え若しくは覚え間違いであるのなら今の世でなら例えば “まなむ” とも考えられる。 当時の人名に “まなむ” があるのかは知らないが、他にあるかもしれない。

「瀬戸さんもそれを考えて、この歌詞を色んなお婆さんに訊いたそうなんですけど、誰も知らないということでした」

確かにそれも書かれてあった。 かなり細かに書いてある。 あったことを漏らすことなく書いていたのであろう。
詩甫が口に力を入れて、少し考えるような顔をする。

「・・・子守歌」

「は?」

「泣くなというところで、子守歌の可能性。 “あなう” は赤ん坊という意味。 それと・・・他には人名ではなく、何かに例えた言葉。 “あなう” は当時の言葉か方言で海ということとか、直接的に海ではなくて何かを示す言葉で、それが海に伝わるとか」

「あ、そうか。 泣くなで子守歌か。 でも海というのは?」

「あくまでも分かりやすく海としましたが。 美しあなうは、美し海。 泣くなというのは海が荒れるとか・・・逆に静かに泣いているということで凪いでいるとか」

「抒情詩的なことですか・・・」

苦手だなぁ、と言って後頭部をぼりぼりと掻いている。 そんな浅香をチラリと見てから詩甫が言う。

「あそこの地域には海が見えませんから、木々のざわめきと考えられるかもしれません。 山が荒れないようにという意味でしょうか。 瀬戸さんはそこのところを何か言ってらっしゃいませんでしたか?」

浅香が首を振る。

「瀬戸さんも抒情詩は苦手なのかもしれません」

ましてや当時は中学生だ。

ほんの日記のようなもの。 浅香はこの辺りに書いていたことを稚拙と判断していた。 そして当の瀬戸も少々調べたようだが、ほぼ音痴で終わらせていた。

きっと浅香は何頁も先に重きを置いただろう。
瀬戸の中学生時代がどんなものだったかは分からない。 だが少なくとも成長した高校時代は中学生時代と比べて男臭かっただろう。

瀬戸はお婆さんやお爺さんを中心に話を訊きに回っていたようだった。 汗臭い高校男子に話す内容よりも、まだ幼さの残る中学生の瀬戸に年寄りは孫を見るように昔話を聞かせたかもしれない。

ファイルの日付から、瀬戸がお婆の子孫に会いに行ったのは高校生の時だった。 “すごまれる” もし瀬戸が中学生の時であったのならば、相手の年齢にもよるだろうが、同じ様にすごんだだろうか。 中学生相手にだいの大人がそんなことをするだろうか。 ・・・するかもしれない。 だがそれはかなり意に反する時だろう。

角度を変えて見ると、それだけに当時の瀬戸は禁句を言ったのかもしれない。 『社か山かなんてどっちでもいい』 と。

「訊いておきます」

瀬戸と浅香はカフェであった時にラインを組んでいた。
詩甫が頷いてから可能だろうかと浅香に訊く。

「お婆の子孫と言われる方に会いたいんですけど」

浅香が声なく笑った。 きっとそう言うだろうと思っていた。

「アポイントを取っておきます」

瀬戸はしっかりとノートに連絡先を書いていた。
それに浅香は一応、瀬戸に訊いていた。 お婆の家に連絡を取ってもいいかと。 瀬戸からは『僕の名前を出さないように』 とだけ返って来た。 でなければ敷居を跨がせてもらえないからだろう。


「じゃ、ご馳走様でした」

今から遡って午後一時半。
おかずは平らげられていた。 だがお握りが数個残っていた。 それをいつの間にか祐樹がラップに包んでいた。 ラップは詩甫持参であった。 おかずも残るだろうと思っていて夕飯にでもしてくれたらと思っていたが、見事に全部食べてくれていた。
それからまた、二人で瀬戸のファイルを見た。
祐樹が手を洗ってから浅香が手にしてきていた単行本を読んでいる。

そして今、午後三時。
浅香の出勤形態は分かっているが、その心構えが分かっていない。 だから早々に切り上げた。

結局、瀬戸が書いたものから新たに何も見つけ出せることは出来なかった。 だが見事に事細かに書かれていた。
書かれていたことに詩甫が質問をすると浅香が答えた。 浅香も同じことを瀬戸に訊いたのだろう。

「読み直します」

「よろしくです」

駅まで送って行くと言う浅香を三度断り、祐樹が単行本の入っている紙袋を手に持った。



年始の休みが終わった。 詩甫の部屋から登校する祐樹は今日から家に帰る。
浅香から渡されたファイルをチラリとみる。 今日までに何も分からなかった。

浅香に借りた単行本を夜な夜な何度も読み返していたのだろう。 祐樹は簡単には起きなかった。

顔の傷はコンシーラーと厚塗りのファンデーションで何とか誤魔化せるが、まだ手足の傷が残っている。 絆創膏を貼っていては余計と目立つが、足のかさぶたに引っかかってストッキングに伝線がいくかもしれない。 それに手の甲の傷はまだ治っていない。 仕方なく絆創膏を貼ることにした。

「祐樹、起きて! 今日から学校よ!」