国津道 第28回
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祐樹が残っていたオレンジジュースを飲み干した。
「やっぱ、コナンって頭良いよなぁー」
「最近は二回の放送で解決だからね、両方とも残しておいてよかったよ」
今回もコナンは二回連続で事件を解決した。
ストーリーとしての内容は数日経っているが、放送時間は合計でおおよそ一時間。 一時間で問題を解決したということだ。
それに比べてこちらは “怨” の話を聞いてどれだけ経っているのか。
ましてやウルトラマンなら三分だ。
とてつもなく要らないことを考えた頭の中を払拭して祐樹との会話を続ける。
「頭の中は高校生だからね。 それにそこいらの高校生より何でもよく知っているしね」
浅香の口から高校生と聞いて御節を抱えて電車に乗っていた時のことを思い出す。
優香の彼氏が高校生。
「浅香・・・」
「うん?」
「・・・りんかい高校って知ってる?」
思わず詩甫と浅香が目を合わせた。
それは祐樹とは違った意味であったし、浅香と詩甫も違う意味であった。
「知ってるけど?」
詩甫が応えるより先に浅香が答える。 どうして祐樹が凜魁高校のことを訊くのだろうか。 それにどうして詩甫に訊かないのだろうか。
「そこって・・・その学校って・・・アタマいいの?」
再度、浅香と詩甫が目を合わせる。
「東大って知ってる?」
「知ってる。 有名大学だろ? それくらい知ってる」
季節になるとニュースで東大のことは聞いている。 東大合格者が何処の高校出身者か合格率で流されている。 だがその高校名の記憶はない。
「その東大に合格してる確率が高いのがその高校」
「え・・・」
祐樹が息を飲む。
詩甫が浅香を見たのはその理由だった。 だが浅香にはまだ先がある。
「祐樹? どうしたの?」
優香の彼氏が在籍する高校。 そして優香はそこを受験する。 優香はそこまで頭が良かったのか。 そして彼氏も。
「何でもない」
祐樹の様子に浅香が目を眇める。
「何でもなくないなぁ」
腕を組んで祐樹を見る。
「なんだよ」
詩甫が浅香と祐樹を交互に見る。 浅香は何を考えているのだろうか。
あ、っと思い出した。 そう言えば、祐樹と箒と塵取りを買いにホームセンターに行った時、高校のグラウンドを見た。
「浅香さん、もしかして凜魁高校って、お社に行くまでに建っている高校ですか? ホームセンターの近くにある」
浅香が一度詩甫を見て頷く。
「どうして祐樹君が凜魁高校を知っているのかな?」
祐樹が住む県より随分離れているのに。
「あ・・・」
ホームセンターと聞いて祐樹も学校の存在を思い出した。 グラウンドに沿って詩甫と歩いたのだった。
あんな遠くにあったのか・・・。
優香は公開実験で凜魁高校に通う三年生と知り合ったと言っていた。 そして今、お付き合いをしていると。 デートと言っていた。
ズズイと浅香が寄ってきた。
「えーっと・・・大人買い」
「うん、いくらでも見せるよ、約束だもんな。 でもその前にどうして祐樹君が凜魁高校を知っているのか訊きたいな」
「・・・ちょっと聞いただけ」
「うん、それを話してほしいな、そのちょっとを」
祐樹が詩甫を見ると微笑んで頷いている。
少し頬を膨らませてから、まずは優香との関係を話した。
「ほぼ一年間オレの担当だったから、よく知ってるんだ」
その優香と詩甫の部屋に来る時、電車の中であった。 そこで凜魁高校を受験すると聞いた。 そう話を括った。 彼氏のことは話さなかった。
浅香が少々肩を落とした。
凜魁高校に通っているのなら、社や山のことを何か知っているかと思ったが、まだ通ってもいなければ受かるかどうかも分からない状況である。
だがよく考えると寮があるほどだ。 あの地域出身の者などほんのひとつまみだろう、いや居るとも限らないだろう。 諦めはつく。
「そっか、そういうことか」
「・・・大人買い」
「おー、約束だもんな。 こっち」
浅香が立ち上がるとあとに祐樹がついてリビングを出て行った。
大人買い大会は浅香の寝室で行われるようである。
すぐに祐樹の声が聞こえてきた。
「おおーーー!! すっげー!」
かなり小学生の気を引く物があったらしい。
スヌーピーのカップを見る。 スヌーピーのカップに仮面ライダーやアニメをテレビで見てそして単行本、浅香の趣味が分からない。
今度もぬるくなってしまったコーヒーを口に運ぶ。
浅香は瀬戸に朱葉姫のことを言っていないと言っていた。 願弦にもそうする方がいいのだろうが、願弦には思いもよらない知識があるかもしれない。
「悪霊退散呪文とかお札とか」
だが願弦は正義感が強い。 その分巻き込むかもしれない。 その結果怪我をしても “俺の決めたことだから” とでも言うだろう。 だがそれは命あってのこと。
浅香に対しても巻き込んでいるという意識がある。 いくら浅香が色んなことを言ってくれたとて、方向を決めるのは詩甫である。 浅香の身体や命を考えると、朱葉姫や曹司が言っていたように、もう社に行かないのが人が傷つかない一番の解決策だと思う。
「・・・分かってる」
浅香と祐樹の足音が聞こえてきた。
ふと腕時計が目に入った。 いつの間にか正午前になっていた。
ドアが開かれると冷気がリビングに入ってくる。
「やーっぱ、野崎さんとこがいいな。 冷えた廊下は身体に良くない」
浅香が何冊もの単行本を両手で抱え、祐樹がしっかりとした紙袋を持っている。
「だからオジサンなんだよ。 オレなんて家に帰ったら廊下だけじゃなくて階段も上がるんだからな」
浅香が眇(すが)めた目で祐樹を見る。
「・・・貸さないぞ」
「姉ちゃん! 浅香が貸してくれるって」
「おーい、無視かーい」
浅香に何と言われようとも、こういう時は完全無視に限る。
「ほら」
紙袋の中を見ると単行本が入っていた。
単行本を借りて帰るということか?
「だ、駄目よ」
「え? なんで?」
「汚しでもしたらどうするの」
「ちゃんと手を洗ってから見るから汚さない」
「それでも駄目」
「そんなこと言ってたら図書館の本も借りられないよ」
「野崎さん気にしないで下さい。 ピックアップしたのはそろそろ手放そうかと思っていた物ですから」
「え?」
せっかく買い揃えていたものを手放す?
「浅香の部屋ってすごいんだ。 窓以外はびっしりマンガ。 もう次のが入らないんだって」
「という訳です、って、マンガだけじゃなかったろ」
しっかりと習っていた教材も置いてあるし、自分で購入した救急に関する本、医学の本も並べてある。
「あ・・・じゃ、リビングに置かれたら」
ソファーとテレビと座卓しかないこの空間に本棚を買えばいくらでも入るだろう。
「ああ・・・、なんて言ったらいいのかな、一日長く居る空間にはあまり物を置きたくないんです」
それでこのリビングなのか。
「だから気にしないで下さい」
「・・・それじゃあ、お借りします」
紙袋をリビングの端に置いた祐樹が時計を見る。
「姉ちゃん、そろそろ昼」
浅香も振り返り時計を見る。 本当だ、いつの間にこんなに時が経っていたのか。
「どこかで昼ご飯でも食べませんか?」
浅香の抱えていたマンガの単行本を数冊づつ祐樹が下ろしていく。
「あの、ご迷惑でなかったらお弁当を作ってきたので」
昨日の時点で浅香は昼を挟んでと言っていた。 だから用意をしてきていた。
詩甫が持ってきていた袋から見覚えのあるお重を出してきた。 御節が入っていたお重である。
「え? 嘘、作って来てくれたんですか?」
「お茶うけも持ってこようと思ってたんですけど、ちょっと作り過ぎてしまって、お腹一杯になってもと思って」
お重は三段ある。
「わぉ! 歓迎です! お腹一杯お弁当を食べたいです!」
詩甫がホッとした顔を見せる。 お弁当などと図々しいのではないかと懸念していたのだ。
「ここで広げてもいいですか?」
ダイニングにはちょっとした物置台があるが、テーブルではない。 この座卓以外に卓と呼べるものは見当たらない。
「はい! 大歓迎です!」
祐樹がジュースの入っていたグラスとスヌーピーのカップを二つ持つと、浅香が角砂糖とフレッシュの入った小鉢と皿を持つ。
浅香について祐樹がキッチンに足を入れる。
チラリと浅香が振り返ると詩甫がお重を並べている。
「お茶と受け皿だな」
お重と一緒に割りばしが見えた。 箸を持ってきていたようだ。
浅香が独り言を言っていると祐樹が口を挟む。
「紙皿持ってきたから受け皿は要らない」
「あ? そうなの?」
詩甫の方を見ると二人を見ていた詩甫が「持ってきました」 と言うが、紙皿では趣が無さ過ぎる。 せっかくの弁当なのに。 お重なのに。
「いいですよ、受け皿出します。 せっかく作って来てくれたのに、紙皿じゃ寂しすぎますから」
そう言っている時に水を流す音が聞こえてきた。 祐樹がグラスとカップを軽く水ですすいでいる。 そこには二つのスヌーピーの先住カップがいる。 そしてスポンジを手に取って洗剤を付けると洗い物をしだした。
「え? 祐樹君いいよ。 あとで洗うから」
「これくらいしないでか」
時々聞く言葉尻、学校で流行っている台詞なのだろうか、浅香が声なく笑ってボタンを押すとピロ~ンと音が鳴った。 給湯器のリモコンの画面が賑やかに点灯する。
茶を淹れ受け皿を持って戻って来ると、既にお重が広げられていた。
「祐樹君、あとでいいよ」
洗ったものを布巾で拭いている。 浅香など水切りに入れたら乾いてから食器棚に戻すというのに。
「うん」
そう答えながらも、全部拭いて物置台に置いてその上に布巾をかけると戻って来た。
几帳面だなと思った。 そう言えば本を読む前に手を洗うと言っていた。 あまり子供の発想には無いのではないだろうか。 それにテレビを見ながらジュースを飲んでいなかった。
普通、子供はテレビを見てゲラゲラ笑いながらジュースを飲むものではないだろうか。 そして零して叱られる。 それはジュースとテレビがあるところでは世界共通だろうに。
「ん? なんだ? 浅香」
「あ、いや、キチンとしてるなって。 野崎さんに教えてもらってるの?」
詩甫から母親の話を聞いている。 詩甫と祐樹は異父姉弟。 そして今、母親と過ごしているのは祐樹である。 詩甫の前で母親の話は憚ってしまう。
「うん? そっか? これって普通じゃないの?」
ということは、母親も詩甫もそうであるのだろう。 詩甫も祐樹も母親にそんな風に育てられたのだろうか。
「祐樹はよく手伝ってくれるんです」
「そうなんですか。 うん、それは良いことだ。 じゃ、祐樹君も揃ったところで頂きます」
御節の時のように、浅香が手を合わせて軽く頭を下げた。 結局三人ともセンターラグの上に座っている。
「お口に合うといいんですけど」
一つのお重には色んな種類のお握りが入っていた。 そして二つ目のお重には唐揚げや炒め物やウインナーなどと、主に油を使ったものが入っていて、三つ目のお重には胡麻和えや南瓜の煮物などと和風の物が入っていた。
祐樹が座る前に詩甫から短く説明を受けていた。
その説明のままにお重を見てみると、和風のお重の中に、他の物とは明らかに作った人間が違うだろうと思える、きっと卵焼きだろうと思える物が入っていた。
詩甫に教えてもらって祐樹が作ったらしい。
「んじゃ、祐樹君作から」
箸でつまむとボロボロと欠片が零れてくるが、なんとか受け皿で受けた。 受け皿の上で、箸でつまむ角度を変えて口に入れる。
祐樹がじっと見ている。 その視線が結構イタイ。 が、正直に感想を述べる。
「うん、美味しい」
親指を立てて見せるとよほど嬉しかったのか、祐樹には珍しく満面に笑みを作った。
食べながら御節の時のように、浅香と祐樹はアニメや単行本の話で盛り上がっている。 今回は仮面ライダーの会話はなさそうである。
詩甫が二人の会話に耳を寄せながら、お握りを二つとおかずを幾つか食べて箸を置いた。 浅香が淹れてくれた茶をすする。 煎茶だった。
浅香は箸を進めてくれている。 良かった、ちょっとは口に合っていたようだ。 母親のように料理教室に通ったわけではない。 自信など無かった。
二人が楽しくしている会話を聞いていたいとも思ったが、アニメを見ない詩甫は内容がチンプンカンプンである。
身体を座卓から外して浅香から手渡されたファイルを開く。 最初から読んでいく。
浅香が言っていたように最初の方は稚拙であったが、それでも一生懸命調べようとしていたことが窺える。
「おお! タコさんウインナー!」
「オレのリクエストだからな。 嬉しかったらオレに感謝しろよ」
祐樹の話を耳にしながら一つ取ると、下に歪なウインナーが登場した。
「ん? 一匹・・・なんだ? 多足宇宙人ウインナー?」
均一されたタコの足になっていないし、多足と言っても多くはなく、千切れたようなところが手に見えなくもない。
祐樹が半眼になって浅香を見た。
「あ・・・え? あ! もしかして祐樹君作?」
「悪かったな」
詩甫から多足宇宙人ウインナーの話は聞いていない。 こういう情報は事前に漏れなく伝えてほしい。
箸にあるタコさんウインナーを口に入れると、すぐに多足宇宙人ウインナーを箸で取り口に入れる。
「うん、美味しい」
卵焼きの時と同じように親指を立てて見せたが、祐樹の反応は卵焼きの時と違っていた。
「ウインナーに味付けはしないんだよ、みんな同じ味」
半眼のまま浅香を見ている。
「・・・だね」
半笑いを引きつらせるしかなかった。
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祐樹が残っていたオレンジジュースを飲み干した。
「やっぱ、コナンって頭良いよなぁー」
「最近は二回の放送で解決だからね、両方とも残しておいてよかったよ」
今回もコナンは二回連続で事件を解決した。
ストーリーとしての内容は数日経っているが、放送時間は合計でおおよそ一時間。 一時間で問題を解決したということだ。
それに比べてこちらは “怨” の話を聞いてどれだけ経っているのか。
ましてやウルトラマンなら三分だ。
とてつもなく要らないことを考えた頭の中を払拭して祐樹との会話を続ける。
「頭の中は高校生だからね。 それにそこいらの高校生より何でもよく知っているしね」
浅香の口から高校生と聞いて御節を抱えて電車に乗っていた時のことを思い出す。
優香の彼氏が高校生。
「浅香・・・」
「うん?」
「・・・りんかい高校って知ってる?」
思わず詩甫と浅香が目を合わせた。
それは祐樹とは違った意味であったし、浅香と詩甫も違う意味であった。
「知ってるけど?」
詩甫が応えるより先に浅香が答える。 どうして祐樹が凜魁高校のことを訊くのだろうか。 それにどうして詩甫に訊かないのだろうか。
「そこって・・・その学校って・・・アタマいいの?」
再度、浅香と詩甫が目を合わせる。
「東大って知ってる?」
「知ってる。 有名大学だろ? それくらい知ってる」
季節になるとニュースで東大のことは聞いている。 東大合格者が何処の高校出身者か合格率で流されている。 だがその高校名の記憶はない。
「その東大に合格してる確率が高いのがその高校」
「え・・・」
祐樹が息を飲む。
詩甫が浅香を見たのはその理由だった。 だが浅香にはまだ先がある。
「祐樹? どうしたの?」
優香の彼氏が在籍する高校。 そして優香はそこを受験する。 優香はそこまで頭が良かったのか。 そして彼氏も。
「何でもない」
祐樹の様子に浅香が目を眇める。
「何でもなくないなぁ」
腕を組んで祐樹を見る。
「なんだよ」
詩甫が浅香と祐樹を交互に見る。 浅香は何を考えているのだろうか。
あ、っと思い出した。 そう言えば、祐樹と箒と塵取りを買いにホームセンターに行った時、高校のグラウンドを見た。
「浅香さん、もしかして凜魁高校って、お社に行くまでに建っている高校ですか? ホームセンターの近くにある」
浅香が一度詩甫を見て頷く。
「どうして祐樹君が凜魁高校を知っているのかな?」
祐樹が住む県より随分離れているのに。
「あ・・・」
ホームセンターと聞いて祐樹も学校の存在を思い出した。 グラウンドに沿って詩甫と歩いたのだった。
あんな遠くにあったのか・・・。
優香は公開実験で凜魁高校に通う三年生と知り合ったと言っていた。 そして今、お付き合いをしていると。 デートと言っていた。
ズズイと浅香が寄ってきた。
「えーっと・・・大人買い」
「うん、いくらでも見せるよ、約束だもんな。 でもその前にどうして祐樹君が凜魁高校を知っているのか訊きたいな」
「・・・ちょっと聞いただけ」
「うん、それを話してほしいな、そのちょっとを」
祐樹が詩甫を見ると微笑んで頷いている。
少し頬を膨らませてから、まずは優香との関係を話した。
「ほぼ一年間オレの担当だったから、よく知ってるんだ」
その優香と詩甫の部屋に来る時、電車の中であった。 そこで凜魁高校を受験すると聞いた。 そう話を括った。 彼氏のことは話さなかった。
浅香が少々肩を落とした。
凜魁高校に通っているのなら、社や山のことを何か知っているかと思ったが、まだ通ってもいなければ受かるかどうかも分からない状況である。
だがよく考えると寮があるほどだ。 あの地域出身の者などほんのひとつまみだろう、いや居るとも限らないだろう。 諦めはつく。
「そっか、そういうことか」
「・・・大人買い」
「おー、約束だもんな。 こっち」
浅香が立ち上がるとあとに祐樹がついてリビングを出て行った。
大人買い大会は浅香の寝室で行われるようである。
すぐに祐樹の声が聞こえてきた。
「おおーーー!! すっげー!」
かなり小学生の気を引く物があったらしい。
スヌーピーのカップを見る。 スヌーピーのカップに仮面ライダーやアニメをテレビで見てそして単行本、浅香の趣味が分からない。
今度もぬるくなってしまったコーヒーを口に運ぶ。
浅香は瀬戸に朱葉姫のことを言っていないと言っていた。 願弦にもそうする方がいいのだろうが、願弦には思いもよらない知識があるかもしれない。
「悪霊退散呪文とかお札とか」
だが願弦は正義感が強い。 その分巻き込むかもしれない。 その結果怪我をしても “俺の決めたことだから” とでも言うだろう。 だがそれは命あってのこと。
浅香に対しても巻き込んでいるという意識がある。 いくら浅香が色んなことを言ってくれたとて、方向を決めるのは詩甫である。 浅香の身体や命を考えると、朱葉姫や曹司が言っていたように、もう社に行かないのが人が傷つかない一番の解決策だと思う。
「・・・分かってる」
浅香と祐樹の足音が聞こえてきた。
ふと腕時計が目に入った。 いつの間にか正午前になっていた。
ドアが開かれると冷気がリビングに入ってくる。
「やーっぱ、野崎さんとこがいいな。 冷えた廊下は身体に良くない」
浅香が何冊もの単行本を両手で抱え、祐樹がしっかりとした紙袋を持っている。
「だからオジサンなんだよ。 オレなんて家に帰ったら廊下だけじゃなくて階段も上がるんだからな」
浅香が眇(すが)めた目で祐樹を見る。
「・・・貸さないぞ」
「姉ちゃん! 浅香が貸してくれるって」
「おーい、無視かーい」
浅香に何と言われようとも、こういう時は完全無視に限る。
「ほら」
紙袋の中を見ると単行本が入っていた。
単行本を借りて帰るということか?
「だ、駄目よ」
「え? なんで?」
「汚しでもしたらどうするの」
「ちゃんと手を洗ってから見るから汚さない」
「それでも駄目」
「そんなこと言ってたら図書館の本も借りられないよ」
「野崎さん気にしないで下さい。 ピックアップしたのはそろそろ手放そうかと思っていた物ですから」
「え?」
せっかく買い揃えていたものを手放す?
「浅香の部屋ってすごいんだ。 窓以外はびっしりマンガ。 もう次のが入らないんだって」
「という訳です、って、マンガだけじゃなかったろ」
しっかりと習っていた教材も置いてあるし、自分で購入した救急に関する本、医学の本も並べてある。
「あ・・・じゃ、リビングに置かれたら」
ソファーとテレビと座卓しかないこの空間に本棚を買えばいくらでも入るだろう。
「ああ・・・、なんて言ったらいいのかな、一日長く居る空間にはあまり物を置きたくないんです」
それでこのリビングなのか。
「だから気にしないで下さい」
「・・・それじゃあ、お借りします」
紙袋をリビングの端に置いた祐樹が時計を見る。
「姉ちゃん、そろそろ昼」
浅香も振り返り時計を見る。 本当だ、いつの間にこんなに時が経っていたのか。
「どこかで昼ご飯でも食べませんか?」
浅香の抱えていたマンガの単行本を数冊づつ祐樹が下ろしていく。
「あの、ご迷惑でなかったらお弁当を作ってきたので」
昨日の時点で浅香は昼を挟んでと言っていた。 だから用意をしてきていた。
詩甫が持ってきていた袋から見覚えのあるお重を出してきた。 御節が入っていたお重である。
「え? 嘘、作って来てくれたんですか?」
「お茶うけも持ってこようと思ってたんですけど、ちょっと作り過ぎてしまって、お腹一杯になってもと思って」
お重は三段ある。
「わぉ! 歓迎です! お腹一杯お弁当を食べたいです!」
詩甫がホッとした顔を見せる。 お弁当などと図々しいのではないかと懸念していたのだ。
「ここで広げてもいいですか?」
ダイニングにはちょっとした物置台があるが、テーブルではない。 この座卓以外に卓と呼べるものは見当たらない。
「はい! 大歓迎です!」
祐樹がジュースの入っていたグラスとスヌーピーのカップを二つ持つと、浅香が角砂糖とフレッシュの入った小鉢と皿を持つ。
浅香について祐樹がキッチンに足を入れる。
チラリと浅香が振り返ると詩甫がお重を並べている。
「お茶と受け皿だな」
お重と一緒に割りばしが見えた。 箸を持ってきていたようだ。
浅香が独り言を言っていると祐樹が口を挟む。
「紙皿持ってきたから受け皿は要らない」
「あ? そうなの?」
詩甫の方を見ると二人を見ていた詩甫が「持ってきました」 と言うが、紙皿では趣が無さ過ぎる。 せっかくの弁当なのに。 お重なのに。
「いいですよ、受け皿出します。 せっかく作って来てくれたのに、紙皿じゃ寂しすぎますから」
そう言っている時に水を流す音が聞こえてきた。 祐樹がグラスとカップを軽く水ですすいでいる。 そこには二つのスヌーピーの先住カップがいる。 そしてスポンジを手に取って洗剤を付けると洗い物をしだした。
「え? 祐樹君いいよ。 あとで洗うから」
「これくらいしないでか」
時々聞く言葉尻、学校で流行っている台詞なのだろうか、浅香が声なく笑ってボタンを押すとピロ~ンと音が鳴った。 給湯器のリモコンの画面が賑やかに点灯する。
茶を淹れ受け皿を持って戻って来ると、既にお重が広げられていた。
「祐樹君、あとでいいよ」
洗ったものを布巾で拭いている。 浅香など水切りに入れたら乾いてから食器棚に戻すというのに。
「うん」
そう答えながらも、全部拭いて物置台に置いてその上に布巾をかけると戻って来た。
几帳面だなと思った。 そう言えば本を読む前に手を洗うと言っていた。 あまり子供の発想には無いのではないだろうか。 それにテレビを見ながらジュースを飲んでいなかった。
普通、子供はテレビを見てゲラゲラ笑いながらジュースを飲むものではないだろうか。 そして零して叱られる。 それはジュースとテレビがあるところでは世界共通だろうに。
「ん? なんだ? 浅香」
「あ、いや、キチンとしてるなって。 野崎さんに教えてもらってるの?」
詩甫から母親の話を聞いている。 詩甫と祐樹は異父姉弟。 そして今、母親と過ごしているのは祐樹である。 詩甫の前で母親の話は憚ってしまう。
「うん? そっか? これって普通じゃないの?」
ということは、母親も詩甫もそうであるのだろう。 詩甫も祐樹も母親にそんな風に育てられたのだろうか。
「祐樹はよく手伝ってくれるんです」
「そうなんですか。 うん、それは良いことだ。 じゃ、祐樹君も揃ったところで頂きます」
御節の時のように、浅香が手を合わせて軽く頭を下げた。 結局三人ともセンターラグの上に座っている。
「お口に合うといいんですけど」
一つのお重には色んな種類のお握りが入っていた。 そして二つ目のお重には唐揚げや炒め物やウインナーなどと、主に油を使ったものが入っていて、三つ目のお重には胡麻和えや南瓜の煮物などと和風の物が入っていた。
祐樹が座る前に詩甫から短く説明を受けていた。
その説明のままにお重を見てみると、和風のお重の中に、他の物とは明らかに作った人間が違うだろうと思える、きっと卵焼きだろうと思える物が入っていた。
詩甫に教えてもらって祐樹が作ったらしい。
「んじゃ、祐樹君作から」
箸でつまむとボロボロと欠片が零れてくるが、なんとか受け皿で受けた。 受け皿の上で、箸でつまむ角度を変えて口に入れる。
祐樹がじっと見ている。 その視線が結構イタイ。 が、正直に感想を述べる。
「うん、美味しい」
親指を立てて見せるとよほど嬉しかったのか、祐樹には珍しく満面に笑みを作った。
食べながら御節の時のように、浅香と祐樹はアニメや単行本の話で盛り上がっている。 今回は仮面ライダーの会話はなさそうである。
詩甫が二人の会話に耳を寄せながら、お握りを二つとおかずを幾つか食べて箸を置いた。 浅香が淹れてくれた茶をすする。 煎茶だった。
浅香は箸を進めてくれている。 良かった、ちょっとは口に合っていたようだ。 母親のように料理教室に通ったわけではない。 自信など無かった。
二人が楽しくしている会話を聞いていたいとも思ったが、アニメを見ない詩甫は内容がチンプンカンプンである。
身体を座卓から外して浅香から手渡されたファイルを開く。 最初から読んでいく。
浅香が言っていたように最初の方は稚拙であったが、それでも一生懸命調べようとしていたことが窺える。
「おお! タコさんウインナー!」
「オレのリクエストだからな。 嬉しかったらオレに感謝しろよ」
祐樹の話を耳にしながら一つ取ると、下に歪なウインナーが登場した。
「ん? 一匹・・・なんだ? 多足宇宙人ウインナー?」
均一されたタコの足になっていないし、多足と言っても多くはなく、千切れたようなところが手に見えなくもない。
祐樹が半眼になって浅香を見た。
「あ・・・え? あ! もしかして祐樹君作?」
「悪かったな」
詩甫から多足宇宙人ウインナーの話は聞いていない。 こういう情報は事前に漏れなく伝えてほしい。
箸にあるタコさんウインナーを口に入れると、すぐに多足宇宙人ウインナーを箸で取り口に入れる。
「うん、美味しい」
卵焼きの時と同じように親指を立てて見せたが、祐樹の反応は卵焼きの時と違っていた。
「ウインナーに味付けはしないんだよ、みんな同じ味」
半眼のまま浅香を見ている。
「・・・だね」
半笑いを引きつらせるしかなかった。