虚空の辰刻(とき) 第188回
『虚空の辰刻(とき)』 目次
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常なら見送りなどしない四方だが、最後の最後にマツリがやってくれたので大階段まで見送ることとした。 四方の後ろにはマツリがついている。
「リツソも行ってらっしゃい」
「我はシユラと居ます」
「あら、女人の着替えを見るというの?」
「え?」
見る見るうちにリツソの顔が赤くなっていく。 紫揺の手を離すとマツリの後を追って走って行った。
「ふふふ。 リツソにも恥ずかしいということが分かるようになったのかしら」
リツソを見送っていたシキが端麗な笑みを紫揺に向ける。
「このままでは出られないわね」 言うと「誰か」 と開いたままの襖の向こうに声を掛けた。
何人ものシキの従者が入ってくる。
「上掛けを」
そう言っただけで数人の従者が部屋を出て行った。 残りの者たちは人垣を作るように両横に立ち軽く頭を下げている。
出て行った従者が戻ってくるとシキの前に出て「上掛けに御座います」 と恭しく出してきたのは、ストールのようなものだった。
「ありがとう」
受け取った上掛けを紫揺の肩にかけてやる。
「これで大丈夫ね」
「あ・・・有難うございます」
「さ、行きましょう。 沢山お話がしたいの。 そうそう、紫にお答えしなくっちゃならないこともあったわね」
紫揺の背中をそっと押す。
汚れたままで歩くことなど気にしていなかった紫揺だが、こうしてかけられると気にせざるを得ない。 前に垂れていた上掛けを胸元で握りしめた。
「リツソが紫の衣を汚してしまったの。 お替えの用意をお願いね」
襖の近くにいた何人かの従者が慌ただしく部屋を出て行き、またシキが口を開いた。
「それと東の領土の ”古の力を持つ者” と、領主のご子息のお房を用意してちょうだい。 紫は私のお房でいいかしら?」
「え?」
「明日領土に帰るかもしれないのでしょ? そうでなくても数日でしょ? 寝ながらもお話ししましょう? それとも迷惑かしら?」
寝ながら・・・? ではお房というのは部屋のことなのだろうか。
「いえ、そんなことは・・・」
「うふ、じゃ、そうしましょう。 妹が出来たみたいで嬉しいの」
「え?」
「だって弟だけですもの。 衣も一緒に選ばせてね」
屈託のない笑顔さえ妍麗(けんれい)である。 だからと言って今日初めて会った人とずっと一緒に居るなどとは息が詰まりそうになる。 訊きたいことはあるが、それが終わってしまっては何を話していいのかもわからない。
チラリとシキを見上げる。
紫揺の視線に気付いたのか、シキが愉し気に目を細めて見返した。
シキが言うところのお房であるシキの部屋に入ると所狭しと衣裳がかけられていた。 どれも今、紫揺が着ているものとは違う。 シキが着ているようなものだ。
「東の衣とは違って本領の衣しか用意できなくってごめんなさいね」
「いいえ、東の衣って私もこれが初めてなので」
「ではどんな衣を着ていたのかしら?」
Gパンやジャージの説明はしにくい。 身振り手振りで応えたが、通じたのだろうか、シキがコロコロと笑っている。
結局、この場まで声を控えていたシキの側付きの昌耶と、シキがああでもないこうでもないと言いながら、紫揺にあれこれと衣裳を当てどうにか二着が決まったようだ。
「紫はどちらがよろしくて?」
出されてきたのは明るいオレンジ色の着物に似たものに同色を基調にしながら緑系の入った袿(うちぎ)に帯はえんじ色の取り合わせが一着と、もう一着はシキと同じような取り合わせで桜色を基調にしたもので帯は赤だった。
ぶっちゃけて言ってしまえば、どちらも完全に女の子色である。
シキが妹が出来たみたいで嬉しいと言っていたのがこんな所に現れたかと思うが、昌耶はどうしてなのだろうか、と首を傾げた。
「気に入った方を選んで」
「ささ、紫さま、ご遠慮なく仰ってくださいませ」
シキの部屋に入った時、シキから昌耶は紹介されていた。 シキが幼少の頃から付いていた側付きで、シキが心から信頼しているということだった。
その二人が紫揺に食いついてくる。
―――コワイ。
顔を引きつらせながらも、一瞬迷ってオレンジの方を選んだ。
「ごらんなさいませ! やはりこちらを選ばれました。 紫さまにはご快活のお色がお似合いで御座います。 昌耶の目に狂いは御座いません」
勝ち誇ったように昌耶が言う。
「せっかくお揃いにしようと思いましたのに」
眉尻を下げて言うが、それも美しい。
(そういうことか・・・)
だから食いついてきたのか。
「では、お着替えはこの昌耶がお手伝いをいたします」
「あら、わたくしがしますわ」
「シキ様御自らなど、とんでも御座いません」
「そんなことを言って昌耶が手伝いたいだけなのではなくって?」
早い話、二人で紫揺の取り合いをしている。
紫揺にしては一人で出来ますと言いたいが、日本で着物などきたことがない。 その着物と着方が似ているようなのだ、衿の合わせも分からなければ帯の結び方も分からない。 実際今着ているものも此之葉に着せてもらったものなのだから。
チラッと部屋の隅に座る従者を見た。 何人かと目が合った。 そっと衣を引くとそろりとその場を後退して、目が合ったうちの一人の従者の前まで進み出た。
「こんな立派な衣装をお借りしても本当にいいんですか?」
未だどちらが着付けるかと、静かに言い合っていたシキと昌耶が紫揺を振り返ると、手を横に広げて立っている紫揺が目に入った。
「まぁ」 「あれ、いつの間に」 と二人の声が重なった。
「よくお似合いよ」
「ほんに、お似合いで御座います」
選んだ昌耶が大きく頷く。
着付けた従者が鼻を高くして紫揺の足元に座っている。
「ね、外に出ましょう? 皆に見せたいわ」
「え? そんな・・・」
「そうで御座いますね、池の畔(ほとり)などはいかがで御座いましょう。 あそこでしたら遠目に行きかうものが御座いますし、お話を聞かれることもなく、みなが目を向けましょう」
言った後に名案だと言わんばかりに何度も頷いている。
「そうね、色とりどりの鯉もいるのよ。 愛でながらお話しましょう?」
ね、と言うと紫揺の手を引いて歩き出した。
昌耶を先頭に従者を引き連れて回廊を歩いていると、行きかう者たちが端に避け軽く頭を下げながらも、初めて見る上流な衣を着た紫揺を目だけ上げて見ている。
「ふふ、みんな紫を見ているわ」
紫揺に囁く。
「あはは・・・」
笑うしかない。
上がってきた大階段に出るのではなく、違う階段に出た。 大階段ほどではないが、それでも立派な階段だ。
出た場所は来た時に見た表庭ではなく、来た時に見た建物の奥に当たる中庭の一つだった。 中庭と言っても表庭ほどにはないが、それでもかなりの広さである。 表庭はあくまでも厳かさを感じさせた日本庭園のようだったが、この中庭は庭師が精魂込めて作った花々が咲く作品のようだった。
「わぁー・・・すごい」
広葉樹に囲まれ足元には緑が広がり、所々に色とりどりの花々が植えられている。 幾つかの大きな石が存在を主張することなく、ただ静かに花々を見守っている。 築山には屋根付きの東屋があり、その手前には池があり太鼓橋が架けられていた。
「気に入ってもらえて?」
「はい!」
元気よく答える二一歳。
その元気良さの理由である、あの太鼓橋の欄干の上を歩いてみたいというのは、心の中にしまっておく。 たとえ紫揺といえど、その程度の常識はわきまえている。 そういうことは人に言わず、人の居ない時にするものだと。
「まぁ、お元気がよろしくて」
紫揺の心の内など知る由もない昌耶は紫揺の返事に相好を崩しているが、あくまでも紫揺は二一歳である。
下足番が履き物を揃えて出す。 従者二人ずつが、すかさず後ろに引きずる裾が下につかないように慣れた手つきで裾を上げる。 あくまでも足が見えないように。 せいぜい見えても履物くらい。
紫揺の裾を上げている二人の内一人は紫揺を着付けた従者だった。 こういうことをされるのになれていない紫揺が後ろを振り向き、断るわけにもいかずぺこりと頭を下げた。 此之葉に散々頭を下げるなと言われているが、さすがにこれは認めてもらいたい。
庭を愛でながら太鼓橋に上がると、下に色とりどりの鯉が泳いでいるのが見える。
「口をパクパクさせてる。 お腹が空いてるのかなぁ」
などと欄干に手をかけ池を覗き込みながら独り言をいっているのを聞いて、シキと昌耶が目を細めている。
太鼓橋を渡り切ると、築山に上がるため数段の階段を上がった。 そしてテーブルと椅子が置かれてある東屋に腰を掛けるとすぐに茶が出てきた。
色を見ると薄い桃の色が付いて甘い匂いが漂ってくる。 紫揺が気に入っていたハーブティーであった。 それぞれに小さな器に茶菓子が添えてある。
「では、御用の時にはお呼び下さい」
そう一言残すと昌耶と共に従者たちが辞していった。
「着心地はどうかしら?」
「とても気持ちがいいです」
「良かったわ。 じゃ、わたくしの我がままに付き合ってもらったのですから、次は紫ね。 わたくしの分かることをお答えするわ」
まず一番に訊いたのは五色(ごしき)の故郷、つまりは紫揺の先祖はこの本領出身なのかということを訊いた。 答えは単純明快にYESだった。 尚且つ「五色は、わたくしたちの遠い親戚にあたるの」 と付け加えられた。
「え?」
「特に一人で五色(ごしょく)を持つ者は他の五色(ごしき)より濃いのよ」 と更に付け加えられる。
初代本領領主は五色(ごしき)だった。 紫揺と同じに一人で五色を操る者であり、その力は絶大であったという。
まずは紫揺が訊きたかったことには納得が出来た。 やはり自分は純な日本人ではなかったようだ。
日本人と東の領土のハーフで、突き詰めれば本領の血が混じっているということだった。
自分のルーツは、母方のルーツは本領だったのか、そう思った時に、いや待て、と頭の隅に新たな疑問が浮かんだ。 たしかセイハが五色からは五色の力を持つ子は一人しか生まれないと聞いた。 それではこの領土にはもう五色がいないのではないか? それなのに祖母の代わりに新しく五色を連れてくるというのは可笑しいのではないか?
今更ながら領主の言っていたことを思い出した。
「ええそう、不思議なの。 本領を出ると五色の力を持った者は必ず一人しか生まれないというわ」
「じゃ、本領に居ると力の持った子が何人か生まれるんですか?」
「ええ、生まれた者が全て五色とは限らないけれど。 でも昔からのことだから、本領には何人も五色が居るわ」
「そうなんだ」
遠くを見ながら口の中で言う。
考えてみれば他の五色もそうだが、一人で五色を扱う者も一人だけしか居なかったとは限らないのだった。 そうでなければこの本領に五色が残っていない事になる。
セイハから聞いた話の疑問は解けた。 だがまた新しい疑問が生まれた。
「初代の本領領主が五色って仰いましたけど、それなら四方様やシキ様やリツソ君も五色なんですか?」
一人欠けている。 意図的に一人省いたことに気付いたシキがクスッと笑う。
「いいえ、違うわ。 代々五色として生まれた者が後を継いでいたのですけど六代目から五色にこだわらず、領土をまとめる力のある者が領主になったの。 五色の力があるからと言って、民をまとめることはできないでしょ?」
「そうですね」
自分が領主になれと言われてなれるはずがない。
今生まれた疑問は解決した。 訊きたいことを元に戻そう。
その五色の力とはどういうものなのか。
すると、五色(ごしき)と言われるだけに五色(ごしょく)の瞳の色を持っていて、その瞳の色が力を現しているという。
一人一色を持つ者、異(い)なる双眸で一人二色を持つ者、そして一人で五色を持つ者がいる。 他の者は常にその力を現した瞳の色をしているが、一人で五色を操る者は平時は黒であり、その他の色の力を使う時に瞳の色が変わると言う。
五色の色は、青赤黄白黒とありそれぞれの力は
青が春、雷、風を操る
赤が夏、火、を操る
黄が中央、山、土、を操る
白が秋、天、沢、を操る
黒が冬、水、を操る
白の力を現す瞳の色は薄い黄色である。
「基本がそうなの。 そこからどう変えていくのか、広げていくのかは五色(ごしき)次第。
例えば青の力ならば、多少の力の違いはあっても、雷や風を操ることはできるわ。 そこでどう変えるかというのは、その力を使って例えば閃光にかえて操ることができるわ。 雷や風を操れるということは破壊にもつながるわ。 何かを破壊するということね。
そして春の力もあるのだから春は誕生。 生き物を産ませたり、生き返らすことは出来ないけれど、お花を咲かせたり木々を芽吹かせることができるわ。 青の力を持つ個人の力の大きさや、理解の仕方、気持ちの問題もあるかしら? 他の力も同じ、現れ方は五色(ごしき)それぞれよ」
――― 心当たりがある。 大いにある。 あり過ぎる。 あれは青の力だったのか。
「いま言った力は外に出すことだけれど、赤と青の力に関しては内に出すことも出来るの」
「内に出す?」
キョトンとして小首をかしげる。
きゃ、可愛い! と胸の前で両手の指を組んで喜んだシキ。 話が逸れては困る。 傾げた首をゆっくりと元に戻して、眉根を寄せて考える顔を作った。
「あ、あら。 わたくしったら」
伸ばした指を口に当てる。 紫揺の作戦は成功したようだ。
内に出すとは、自分の身体の中に五色の力を現すことだという。
例えば、冬山に登り凍えそうになった時には、春の力で自分の身体を暖めることが出来るということらしい。
「他の色はどうして駄目なんですか?」
すると赤と青の力は自分の内から出すものもあるからだからと言う。
赤の力ならば、実際の火を大きくしたり消したり、燃え盛る方向をかえたりも出来る。 それを操ると言うが、それとは別に自分の身から火を発することが出来る。 それは自分の内から出したものである。
そして青の力ならば、風をおこすことも出来るし、雷を落とすことも出来る。 それが操るということ。 自分の内から閃光を走らせたりするのは、自分の内から発するものである。
「それに他の色は土や水ものでしょ? 身体の内に水や土があってもね」
たしかに水膨れは遠慮したいし、身体の中に土があるなんて、それが固まって結石にでもなったら笑えない。
「紫の五色(ごしょく)だけれど、全ての色で五色(ごしき)の中で一番なの」
紫揺の瞳は基本、黒である。 紫揺に限らず一人で五色を操るものは瞳の色は黒。 仮に赤の力を発する時に瞳は赤くなるが、その赤の色のバックには黒があるということ。 一人一色を持つ者に比べ、赤の色がより深く濃いということになる。 その深く濃い力が単なる赤の瞳を持つ者より大きな力となって現れる。 青にしろ黄にしろ同じで、不思議なことに白である薄い黄にしても同じということらしい。
「そしてね、力のある一人で五色(ごしょく)を持つ者は、異(い)なる双眸の力も持っているの」
異なる双眸、それはオッドアイということ。
「一人で五色を持つ者の異なる双眸の色は決まっているの。 赤と青だけ。 この意味が分かるかしら?」
「赤と青だけ・・・」
眉根をひそめて首をひねる。
「赤と青を合わせると何色になるかしら?」
「あ・・・むらさき」
「そう。 力の弱いうちは異なる双眸も作れないけれど、力がついてくれば段々と異なる双眸になって同時に赤と青の力が使えるの。 そして更に力が強くなれば双眸が紫色になるの。 東の領土の初代は力があったの。 だからその瞳から紫と名付けられたのでしょうね」
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常なら見送りなどしない四方だが、最後の最後にマツリがやってくれたので大階段まで見送ることとした。 四方の後ろにはマツリがついている。
「リツソも行ってらっしゃい」
「我はシユラと居ます」
「あら、女人の着替えを見るというの?」
「え?」
見る見るうちにリツソの顔が赤くなっていく。 紫揺の手を離すとマツリの後を追って走って行った。
「ふふふ。 リツソにも恥ずかしいということが分かるようになったのかしら」
リツソを見送っていたシキが端麗な笑みを紫揺に向ける。
「このままでは出られないわね」 言うと「誰か」 と開いたままの襖の向こうに声を掛けた。
何人ものシキの従者が入ってくる。
「上掛けを」
そう言っただけで数人の従者が部屋を出て行った。 残りの者たちは人垣を作るように両横に立ち軽く頭を下げている。
出て行った従者が戻ってくるとシキの前に出て「上掛けに御座います」 と恭しく出してきたのは、ストールのようなものだった。
「ありがとう」
受け取った上掛けを紫揺の肩にかけてやる。
「これで大丈夫ね」
「あ・・・有難うございます」
「さ、行きましょう。 沢山お話がしたいの。 そうそう、紫にお答えしなくっちゃならないこともあったわね」
紫揺の背中をそっと押す。
汚れたままで歩くことなど気にしていなかった紫揺だが、こうしてかけられると気にせざるを得ない。 前に垂れていた上掛けを胸元で握りしめた。
「リツソが紫の衣を汚してしまったの。 お替えの用意をお願いね」
襖の近くにいた何人かの従者が慌ただしく部屋を出て行き、またシキが口を開いた。
「それと東の領土の ”古の力を持つ者” と、領主のご子息のお房を用意してちょうだい。 紫は私のお房でいいかしら?」
「え?」
「明日領土に帰るかもしれないのでしょ? そうでなくても数日でしょ? 寝ながらもお話ししましょう? それとも迷惑かしら?」
寝ながら・・・? ではお房というのは部屋のことなのだろうか。
「いえ、そんなことは・・・」
「うふ、じゃ、そうしましょう。 妹が出来たみたいで嬉しいの」
「え?」
「だって弟だけですもの。 衣も一緒に選ばせてね」
屈託のない笑顔さえ妍麗(けんれい)である。 だからと言って今日初めて会った人とずっと一緒に居るなどとは息が詰まりそうになる。 訊きたいことはあるが、それが終わってしまっては何を話していいのかもわからない。
チラリとシキを見上げる。
紫揺の視線に気付いたのか、シキが愉し気に目を細めて見返した。
シキが言うところのお房であるシキの部屋に入ると所狭しと衣裳がかけられていた。 どれも今、紫揺が着ているものとは違う。 シキが着ているようなものだ。
「東の衣とは違って本領の衣しか用意できなくってごめんなさいね」
「いいえ、東の衣って私もこれが初めてなので」
「ではどんな衣を着ていたのかしら?」
Gパンやジャージの説明はしにくい。 身振り手振りで応えたが、通じたのだろうか、シキがコロコロと笑っている。
結局、この場まで声を控えていたシキの側付きの昌耶と、シキがああでもないこうでもないと言いながら、紫揺にあれこれと衣裳を当てどうにか二着が決まったようだ。
「紫はどちらがよろしくて?」
出されてきたのは明るいオレンジ色の着物に似たものに同色を基調にしながら緑系の入った袿(うちぎ)に帯はえんじ色の取り合わせが一着と、もう一着はシキと同じような取り合わせで桜色を基調にしたもので帯は赤だった。
ぶっちゃけて言ってしまえば、どちらも完全に女の子色である。
シキが妹が出来たみたいで嬉しいと言っていたのがこんな所に現れたかと思うが、昌耶はどうしてなのだろうか、と首を傾げた。
「気に入った方を選んで」
「ささ、紫さま、ご遠慮なく仰ってくださいませ」
シキの部屋に入った時、シキから昌耶は紹介されていた。 シキが幼少の頃から付いていた側付きで、シキが心から信頼しているということだった。
その二人が紫揺に食いついてくる。
―――コワイ。
顔を引きつらせながらも、一瞬迷ってオレンジの方を選んだ。
「ごらんなさいませ! やはりこちらを選ばれました。 紫さまにはご快活のお色がお似合いで御座います。 昌耶の目に狂いは御座いません」
勝ち誇ったように昌耶が言う。
「せっかくお揃いにしようと思いましたのに」
眉尻を下げて言うが、それも美しい。
(そういうことか・・・)
だから食いついてきたのか。
「では、お着替えはこの昌耶がお手伝いをいたします」
「あら、わたくしがしますわ」
「シキ様御自らなど、とんでも御座いません」
「そんなことを言って昌耶が手伝いたいだけなのではなくって?」
早い話、二人で紫揺の取り合いをしている。
紫揺にしては一人で出来ますと言いたいが、日本で着物などきたことがない。 その着物と着方が似ているようなのだ、衿の合わせも分からなければ帯の結び方も分からない。 実際今着ているものも此之葉に着せてもらったものなのだから。
チラッと部屋の隅に座る従者を見た。 何人かと目が合った。 そっと衣を引くとそろりとその場を後退して、目が合ったうちの一人の従者の前まで進み出た。
「こんな立派な衣装をお借りしても本当にいいんですか?」
未だどちらが着付けるかと、静かに言い合っていたシキと昌耶が紫揺を振り返ると、手を横に広げて立っている紫揺が目に入った。
「まぁ」 「あれ、いつの間に」 と二人の声が重なった。
「よくお似合いよ」
「ほんに、お似合いで御座います」
選んだ昌耶が大きく頷く。
着付けた従者が鼻を高くして紫揺の足元に座っている。
「ね、外に出ましょう? 皆に見せたいわ」
「え? そんな・・・」
「そうで御座いますね、池の畔(ほとり)などはいかがで御座いましょう。 あそこでしたら遠目に行きかうものが御座いますし、お話を聞かれることもなく、みなが目を向けましょう」
言った後に名案だと言わんばかりに何度も頷いている。
「そうね、色とりどりの鯉もいるのよ。 愛でながらお話しましょう?」
ね、と言うと紫揺の手を引いて歩き出した。
昌耶を先頭に従者を引き連れて回廊を歩いていると、行きかう者たちが端に避け軽く頭を下げながらも、初めて見る上流な衣を着た紫揺を目だけ上げて見ている。
「ふふ、みんな紫を見ているわ」
紫揺に囁く。
「あはは・・・」
笑うしかない。
上がってきた大階段に出るのではなく、違う階段に出た。 大階段ほどではないが、それでも立派な階段だ。
出た場所は来た時に見た表庭ではなく、来た時に見た建物の奥に当たる中庭の一つだった。 中庭と言っても表庭ほどにはないが、それでもかなりの広さである。 表庭はあくまでも厳かさを感じさせた日本庭園のようだったが、この中庭は庭師が精魂込めて作った花々が咲く作品のようだった。
「わぁー・・・すごい」
広葉樹に囲まれ足元には緑が広がり、所々に色とりどりの花々が植えられている。 幾つかの大きな石が存在を主張することなく、ただ静かに花々を見守っている。 築山には屋根付きの東屋があり、その手前には池があり太鼓橋が架けられていた。
「気に入ってもらえて?」
「はい!」
元気よく答える二一歳。
その元気良さの理由である、あの太鼓橋の欄干の上を歩いてみたいというのは、心の中にしまっておく。 たとえ紫揺といえど、その程度の常識はわきまえている。 そういうことは人に言わず、人の居ない時にするものだと。
「まぁ、お元気がよろしくて」
紫揺の心の内など知る由もない昌耶は紫揺の返事に相好を崩しているが、あくまでも紫揺は二一歳である。
下足番が履き物を揃えて出す。 従者二人ずつが、すかさず後ろに引きずる裾が下につかないように慣れた手つきで裾を上げる。 あくまでも足が見えないように。 せいぜい見えても履物くらい。
紫揺の裾を上げている二人の内一人は紫揺を着付けた従者だった。 こういうことをされるのになれていない紫揺が後ろを振り向き、断るわけにもいかずぺこりと頭を下げた。 此之葉に散々頭を下げるなと言われているが、さすがにこれは認めてもらいたい。
庭を愛でながら太鼓橋に上がると、下に色とりどりの鯉が泳いでいるのが見える。
「口をパクパクさせてる。 お腹が空いてるのかなぁ」
などと欄干に手をかけ池を覗き込みながら独り言をいっているのを聞いて、シキと昌耶が目を細めている。
太鼓橋を渡り切ると、築山に上がるため数段の階段を上がった。 そしてテーブルと椅子が置かれてある東屋に腰を掛けるとすぐに茶が出てきた。
色を見ると薄い桃の色が付いて甘い匂いが漂ってくる。 紫揺が気に入っていたハーブティーであった。 それぞれに小さな器に茶菓子が添えてある。
「では、御用の時にはお呼び下さい」
そう一言残すと昌耶と共に従者たちが辞していった。
「着心地はどうかしら?」
「とても気持ちがいいです」
「良かったわ。 じゃ、わたくしの我がままに付き合ってもらったのですから、次は紫ね。 わたくしの分かることをお答えするわ」
まず一番に訊いたのは五色(ごしき)の故郷、つまりは紫揺の先祖はこの本領出身なのかということを訊いた。 答えは単純明快にYESだった。 尚且つ「五色は、わたくしたちの遠い親戚にあたるの」 と付け加えられた。
「え?」
「特に一人で五色(ごしょく)を持つ者は他の五色(ごしき)より濃いのよ」 と更に付け加えられる。
初代本領領主は五色(ごしき)だった。 紫揺と同じに一人で五色を操る者であり、その力は絶大であったという。
まずは紫揺が訊きたかったことには納得が出来た。 やはり自分は純な日本人ではなかったようだ。
日本人と東の領土のハーフで、突き詰めれば本領の血が混じっているということだった。
自分のルーツは、母方のルーツは本領だったのか、そう思った時に、いや待て、と頭の隅に新たな疑問が浮かんだ。 たしかセイハが五色からは五色の力を持つ子は一人しか生まれないと聞いた。 それではこの領土にはもう五色がいないのではないか? それなのに祖母の代わりに新しく五色を連れてくるというのは可笑しいのではないか?
今更ながら領主の言っていたことを思い出した。
「ええそう、不思議なの。 本領を出ると五色の力を持った者は必ず一人しか生まれないというわ」
「じゃ、本領に居ると力の持った子が何人か生まれるんですか?」
「ええ、生まれた者が全て五色とは限らないけれど。 でも昔からのことだから、本領には何人も五色が居るわ」
「そうなんだ」
遠くを見ながら口の中で言う。
考えてみれば他の五色もそうだが、一人で五色を扱う者も一人だけしか居なかったとは限らないのだった。 そうでなければこの本領に五色が残っていない事になる。
セイハから聞いた話の疑問は解けた。 だがまた新しい疑問が生まれた。
「初代の本領領主が五色って仰いましたけど、それなら四方様やシキ様やリツソ君も五色なんですか?」
一人欠けている。 意図的に一人省いたことに気付いたシキがクスッと笑う。
「いいえ、違うわ。 代々五色として生まれた者が後を継いでいたのですけど六代目から五色にこだわらず、領土をまとめる力のある者が領主になったの。 五色の力があるからと言って、民をまとめることはできないでしょ?」
「そうですね」
自分が領主になれと言われてなれるはずがない。
今生まれた疑問は解決した。 訊きたいことを元に戻そう。
その五色の力とはどういうものなのか。
すると、五色(ごしき)と言われるだけに五色(ごしょく)の瞳の色を持っていて、その瞳の色が力を現しているという。
一人一色を持つ者、異(い)なる双眸で一人二色を持つ者、そして一人で五色を持つ者がいる。 他の者は常にその力を現した瞳の色をしているが、一人で五色を操る者は平時は黒であり、その他の色の力を使う時に瞳の色が変わると言う。
五色の色は、青赤黄白黒とありそれぞれの力は
青が春、雷、風を操る
赤が夏、火、を操る
黄が中央、山、土、を操る
白が秋、天、沢、を操る
黒が冬、水、を操る
白の力を現す瞳の色は薄い黄色である。
「基本がそうなの。 そこからどう変えていくのか、広げていくのかは五色(ごしき)次第。
例えば青の力ならば、多少の力の違いはあっても、雷や風を操ることはできるわ。 そこでどう変えるかというのは、その力を使って例えば閃光にかえて操ることができるわ。 雷や風を操れるということは破壊にもつながるわ。 何かを破壊するということね。
そして春の力もあるのだから春は誕生。 生き物を産ませたり、生き返らすことは出来ないけれど、お花を咲かせたり木々を芽吹かせることができるわ。 青の力を持つ個人の力の大きさや、理解の仕方、気持ちの問題もあるかしら? 他の力も同じ、現れ方は五色(ごしき)それぞれよ」
――― 心当たりがある。 大いにある。 あり過ぎる。 あれは青の力だったのか。
「いま言った力は外に出すことだけれど、赤と青の力に関しては内に出すことも出来るの」
「内に出す?」
キョトンとして小首をかしげる。
きゃ、可愛い! と胸の前で両手の指を組んで喜んだシキ。 話が逸れては困る。 傾げた首をゆっくりと元に戻して、眉根を寄せて考える顔を作った。
「あ、あら。 わたくしったら」
伸ばした指を口に当てる。 紫揺の作戦は成功したようだ。
内に出すとは、自分の身体の中に五色の力を現すことだという。
例えば、冬山に登り凍えそうになった時には、春の力で自分の身体を暖めることが出来るということらしい。
「他の色はどうして駄目なんですか?」
すると赤と青の力は自分の内から出すものもあるからだからと言う。
赤の力ならば、実際の火を大きくしたり消したり、燃え盛る方向をかえたりも出来る。 それを操ると言うが、それとは別に自分の身から火を発することが出来る。 それは自分の内から出したものである。
そして青の力ならば、風をおこすことも出来るし、雷を落とすことも出来る。 それが操るということ。 自分の内から閃光を走らせたりするのは、自分の内から発するものである。
「それに他の色は土や水ものでしょ? 身体の内に水や土があってもね」
たしかに水膨れは遠慮したいし、身体の中に土があるなんて、それが固まって結石にでもなったら笑えない。
「紫の五色(ごしょく)だけれど、全ての色で五色(ごしき)の中で一番なの」
紫揺の瞳は基本、黒である。 紫揺に限らず一人で五色を操るものは瞳の色は黒。 仮に赤の力を発する時に瞳は赤くなるが、その赤の色のバックには黒があるということ。 一人一色を持つ者に比べ、赤の色がより深く濃いということになる。 その深く濃い力が単なる赤の瞳を持つ者より大きな力となって現れる。 青にしろ黄にしろ同じで、不思議なことに白である薄い黄にしても同じということらしい。
「そしてね、力のある一人で五色(ごしょく)を持つ者は、異(い)なる双眸の力も持っているの」
異なる双眸、それはオッドアイということ。
「一人で五色を持つ者の異なる双眸の色は決まっているの。 赤と青だけ。 この意味が分かるかしら?」
「赤と青だけ・・・」
眉根をひそめて首をひねる。
「赤と青を合わせると何色になるかしら?」
「あ・・・むらさき」
「そう。 力の弱いうちは異なる双眸も作れないけれど、力がついてくれば段々と異なる双眸になって同時に赤と青の力が使えるの。 そして更に力が強くなれば双眸が紫色になるの。 東の領土の初代は力があったの。 だからその瞳から紫と名付けられたのでしょうね」