虚空の辰刻(とき)  第24回

大福りす
『虚空の辰刻(とき)』 目次


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- 虚空の辰刻(とき)-  第24回



「へぇー、シユラの部屋ってこんな風になってんだ。 さすがはムラサキ様」

「皆さんとは違うんですか?」

「まっ、言ってもそんなに違わないけどね。 でもこんな大きな花瓶なんて無いし、広さもここまで広くないわ。 何よりも」 と言ってソファーに座るとソファーの手触りを確かめた。

「こんなソファーなんてないからね」 背もたれにもたれると足を組む。

「どこに座るんですか?」 向かい合うソファーに座ると質問を続けた。

「一人掛けと二人掛けの小さいソファーがあるの。 それにテーブルセットもあるけど、誰が部屋に遊びに来るわけじゃないから2つもソファーが要るわけじゃないし」

ここには3人掛けのソファーが3つ、コの字型に置いてある。

「このカーペットはシユラが頼んだの?」 毛足の長いカーペット。

「最初っからありました」

「へぇー、私たちは最初はなかったから頼んだわ。 ふーん・・・」 言いながら部屋の中を見回す。

「あの、さっきキノラさんが言ってた別の存在ってどういうことですか?」 

巡らせていた頭を止めて紫揺を見ると一瞬冷笑を見せた。

「ホントに何も知らないのね。 気付いてもないの?」

聞かれても何も分からない。 小首を傾げる。

「あの時アマフウに何が起こったか考えないの?」

「袂に火が点いたことですか?」

「まぁね」

「そこの何に私が気付かなきゃいけないんですか? 誰かが火を放ったことの何に?」

「プッ! そうくる?」 組んでいた足を解くと立ち上がってドアに向かって歩き出す。

「キノラも言ってたけど、自分で考えられないのならムロイに訊いて。 私たちからシユラには何も教えられないの。 シユラと私たちとはちょっと違うから。 それに下手なことを教えてムロイを怒らせたくないからね。 ここを出されて帰らされたくないもの」 じゃね、と言って部屋を出て行ってしまった。

座ったままソファーに曲げた足を乗せるとそのまま膝を抱え込んだ。

「ムロイさんが教えてくれるはずない」

そう、この先のどこかに行くまでは教えないだろう。 

―――でもそこに行く気はない。

それから毎日、天気が悪く雪が降ろうと、同じ時間になると西の小門がある芝生の庭に出向き、セキがガザンの散歩をするのに付いて回った。 影は寿命が縮む思いで毎日礫を持って見守っている。
時折見る紫揺のその姿にアマフウが顔を歪める。

もちろん影の知り得ないストレッチも欠かすことなく続けている。 最近はストレッチの後に、部屋の中で側転から後方伸身宙返りの1回ひねりまでしている。 限られた部屋の中ということで単発しかできない。 ひねりは脱走に1回以上ひねる必要性はないだろう、などと考えての事だったが、実際は1回ひねるのも必要ないと分かってはいるが、ちょっとひねりたいという気持ちから始めていた。

木の枝にも雨や雪が降っていなければしょっちゅう上がっていた。 夜には白い息を吐きながらも、セキに用意してもらった軍手で温まった手で飛び乗った木の枝から他の枝に乗り移ることもしていた。
慣れた頃になると木の枝に移る前に、窓から少し離れた所に布団を敷いておく。 そうすると木の枝を蹴った後、窓には頭から突っ込んでそのまま前転をして部屋に戻ることが出来るからだ。 それが一番楽で失敗なく確実に部屋に戻れる方法だった。 いわゆる飛び込み前転。



「どうだ? それらしい場所は見つかったか?」

「それが全く・・・」

「やはりもう少し情報がないと無理か・・・」

塔弥から連絡があり、紫揺はどこか北の構える居にいる可能性が高いと、それは大陸ではなく日本であろうということを訊かされた。
紫揺が船で出てからは阿秀の作ったリストを手にし、車を走らせるグループと、借り船で鳥取県、島根県周辺を探すグループ、そして自家用船を船着き場に持ってくるグループとに分かれていたが、その途中で塔弥から連絡が入ってきたのだった。

リストを持ち帰って車を走らせていたグループはそれぞれ阿秀に報告すると、既にほかのグループにも渡していた醍十 (だいじゅう) がスマホで撮っていた紫揺の乗った船の写真を手に、車で移動しながら海沿いを西と東に分かれ走り探す。 北が船で出たのは確かだ。 どこかの船着き場へ寄せたはず。 醍十が見た船の進行方向は僅かながら島根県方向。 島根県の船着き場から、回りの島に至るまで探すが、北の影が全く見当たらない状態だ。

「山口、九州まで伸ばすか・・・いや、もしかして水平線の向こうに出てから方向を変えて、兵庫、京都、福井方面に行ったか、それより東に行ったか・・・」 少なくとも大陸を探すほどではないが、それでもあまりに絞り切れない。



「やっと動いたか・・・」 やっとと言うより、やはりと言う方が正しいかもしれない。

「遅いんだよ。 2か月以上も」 野夜 (のや) が不自然に見られないようその後を追う。

紫揺の父親、十郎の僚友である佐川が消化しなければならない有休を使って紫揺の住んでいた家に向かっていた。 
ガタイのいい男が気になりながらもそれを見過ごしてしまった。 そのために紫揺が攫われ、それを止めに入った悠蓮 (ゆうれん) が伸されてしまった。 同じことを繰り返すわけにはいかない。 気になれば見過ごすことなく徹底的に調べ上げなければ。

今日はひときわキツイ朔風の中、電車を降りた佐川がコートに身を縮め歩いて行く。 胸ポケットには紫揺からの手紙が入っている。 とは言え、それは紫揺からではなく、紫揺のふりをした此之葉からの手紙なのだが。
紫揺の家の前まで来ると少し離れて家を眺める。 と、玄関の硝子戸の向こうに人影が動いた。

「え?」 玄関まで歩いて表札を見ようとするがそこには何もなかった。 

「表札を外してあるということは、やっぱり引っ越したのか・・・」 思うが諦めきれない。 意を決して硝子戸をノックする。

硝子戸の向こうで人影がカギを開けるのが透けて見える。 ガラガラと開けられるとそこには見たこともない男が立っていた。

「どなたさま?」 出てきたのは梁湶 (りょうせん) であった。

「あ、あの。 ここは藤滝さんのお宅じゃないでしょうか?」

梁湶が遥か後ろにいる野夜の姿を目の端にとらえた。

「藤滝? 違いますが? ああ、えっと、もしかして前に住んでいた人かな? もしそうなら、引っ越されましたよ。 今は俺の知り合いがここに住んでますから」

「それはいつからですか?」

「えーっと・・・1か月半くらい前かな? 2か月経つかな? ってくらいです」

「・・・そうですか」

「もしかして前に住んでた人に会いに来られたんですか?」

「ええ・・・。 あの、前に住んでた人、もしかして何か忘れ物などしていませんでした?」

「忘れ物?」

「ここを引っ越してどこかに行く予定を書いた紙とか」

「俺も引っ越しを手伝いましたけど、キレイに片付けてありましたから何も残っていませんでしたよ。 それに、大家さんからも何も聞いていませんから俺には分からないし、ここに住んでいる知り合いも知らないと思いますよ。 特に何も聞いたことありませんし。 あの、力になれなくてすみません」 とーっても気の毒そうに佐川を見る。

「そうですか。 あ、寒いのに有難う」

「どういたしまして」 爽やかな笑顔を残してガラガラと戸を閉める。

「やっぱりこの手紙は紫揺ちゃんが書いたものなのか・・・」 ポツンと漏らす。

「梁湶だったか、醍十 (だいじゅう) じゃなくて良かった」 離れた塀の影でホッと胸を撫で下ろす。

きっと醍十であったら、言われたことを棒読みで言ったであろう。 予定のない質問などにはアワアワ言うだけでまともに答えられなかったであろうし。
いつもなら此之葉が仕事に出ている間は醍十がここに居るが、今日は午後から仕事中の此之葉に付かなくてはならなくなった。 勿論社外である。
その醍十に野夜から家に僚友が行くからと連絡があったのだが、急遽出なくなってしまった醍十が偶然家に来た梁湶に頼んだのであった。

その梁湶は何をしに来たのか。 阿秀に言われて此之葉の様子を見に来た。 会社に電話を入れて昼休みに様子を見に行ったが、とくに変わった様子は見られなかった。 醍十の簀巻きが効いたのかもしれない。 時には荒治療も必要なのかもしれない。

別のホテルに移った阿秀、此之葉の様子は逐一醍十から聞いているが、もう一つ的を射ない報告であった。
その報告が 「昨日は残業をしました」 「今日はのり弁を買わせましたが、どうもこれも気に入らなかったようです」 「此之葉がコーラを飲んで目を白黒させていました」 と言うことばかり。
その上、夕べは「顔色が悪かったので布団で簀巻きにしておきました」 と言うのだから心配この上ない。
よって梁湶を派遣した。 そして梁湶へはついでに此之葉の働く夜のシノ機械に忍び込み、新しく人員を募集できているのかを調べるように言っていた。



トボトボと肩を落として歩き出す佐川。

「どうしてなんだ? そんなに紫さまに会いたいのか?」 首を捻る。

と、野夜のスマホが震えた。 見ると先程僚友である佐川の相手をしていた梁湶からであった。

「上手くやってくれたな」

『ああ、あんなものでいいだろう。 けど、紫さまの行方を気にしていたぞ。 まぁ、何も分からないとは言っておいたが』

「ああ、分かった。 もう少し付いてみるけど、もう探す手はなくなったのだから諦めるだろうな」

『そう祈る』

スマホを切ると先に歩いて行く佐川の後姿を見てその後をゆっくりと追おうとした時、後ろから声が掛かった。

「佐川さーん! 佐川さんじゃありませんかー?」

どこかで聞き覚えのある声に、今しまいかけたスマホを耳に当て顔を隠した。 野夜の横を追い抜き、そのまま佐川に手を振りながら走っていく。
佐川が振り向くと 「ああ、坂谷さん!」 と言う声が聞こえた。

(え!? 坂谷―!? まさかあの坂谷!? そんなはずはないだろう。 同姓だろう? 警察官の坂谷と紫さまのお父上の僚友が知り合いだなんてあるはずがない) スマホを耳にあてながら朔風に向かって走る後姿を目で追う。

野夜と醍十が似非警察官として入っていた警察署に、坂谷という警察官が居た。