--- 映ゆ --- 第36回
『---映ゆ---』 目次
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「・・・さん」
どこかで声がする。
「・・・ノハさん」 聞き覚えのある声。
(俺を呼んでいる・・・)
肩を揺すられ飛び起きた。
「あ・・・」 目の前には驚いた顔のトデナミが居た。
「驚かしてごめんなさい。 その、うなされていたから」
「あ・・・夢だったのか・・・」 額に手をやり大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「・・・はい。 こちらこそ驚かしたみたいで・・・」 まで言うとクシュンと、くしゃみが出た。
「冷えたんですね。 すぐに温かいものを持ってきます」
「あ、待ってください」 立ち上がりかけたトデナミが、またしゃがみこんだ。
「婆様は? もう、朝の風の声は聞かれたのですか?」
「はい。 無事に終えて今は昼のご飯を食べておられます」
「そうですか。 ・・・え? 昼?」 素っ頓狂な返事にトデナミが相好を崩す。
「久しぶりの睡眠でしたものね。 温かいものを持ってきます」 立ち上がり、その場を後にした。
その姿を見ながら、もう一度トデナミに言われた言葉を頭に巡らせた。
「え? 昼―!?」 空を見ると太陽が頭上に上がっている。 それに寝たときには1枚だった織物が何枚も身体に掛けられてあった。
「わっ! ・・・俺って・・・トワハみたいになってるじゃないか・・・使いに来た村で寝過ごすなんて考えられない」
落ち込んで頭を抱えていると、ブフンとラワンが鼻をならす音がした。 振り返ると、いい加減にそこをどけ! と言わんばかりの目を自分の腹の上にもたれているシノハに送ってきた。
トデナミが持ってきてくれた温かい飲み物は「すぐに身体が温まってきますよ」 の言葉に添えられた薬草入りで少々苦い飲み物だった。
「うわ・・・ジャラクか・・・」 顔を歪めたが、己の持ってきた薬草だったことを思い出した。
そして一緒に持ってきた昼に用意された物を食べながら、夢を思い出していた。
「いったい誰だったんだろう・・・俺は誰を待っているんだろう・・・」
いつからか思っていた。 誰かが居る。 己には決まった誰かが居る。 でもそれが誰か分からない。 一度行った『月夜の宴』 で見つかるかと思ったが、見つかることはなかった。 それに、ここではないと直感した。
はぁー、と大きな溜息をついた。 その時、オーンと言うラワンの声が聞こえた。
「ラワン?」 辺りを見たがラワンが居ない。
「ラワンどこへ行った?!」 立ち上がりラワンを探そうとした時、トデナミが先に見える小屋の後ろから顔を出した。
「こちらです」 食べていたものを下に置くと走って小屋に向かった。
小屋の後ろに回り込むと、タム婆に顔を摺り寄せているラワンの姿が目に入った。
「婆様、外に出て大丈夫なのですか?」
「ああ、朝に出たがそれほど疲れもせんかったからな。 それに、ラワンに礼を言いたかったんじゃ。 のぅ、ラワン。 よくこの婆を運んでくれたのう」 摺り寄せている顔を愛おしくなでている。
「それに心配もかけた。 ラワン、婆は幸せじゃ」 ラワンに頬を寄せると小さくオンと答えた。
タム婆が風から聞いた声は、もう安心して村に帰っていいということであった。
とは言っても、家があるわけではない。 男たちは朝から村に帰り、村の中の立て直しに精を出していた。
女たちは男たちに精をつけさせるため、森の奥に入り木の実を集めたり、仕掛けた罠にかかった小動物や鳥を料理をしていた。
勿論、あの水を使って。
ただ、男たちにはトビノイの葉を火で炙っていないことは内緒のようであった。
女たちの中で、飲ますだけ飲ませて、あとで言うという話にまとまっていたそうだ。
ザワミドの言った通り、女たちもいい加減、男たちの言う話にウンザリしていたようだった。
タム婆の体力がかなり戻ってきた。
そして介添えなく、一人で体を起こすことも出来るようになってきていた。
(もう少し落ち着いたらオロンガへ帰らなくてはな) 思いながら、タム婆が椅子に座るのを手伝った。
杖を手に持ったタム婆が椅子に座るとすぐに話し出した。
「トデナミが長から聞いたと言っておったが、きっとわしも飲んだ水だろうな。 たしかティカの葉の汁と一緒に・・・」
「あ、はい。 あの高熱のさなかだったのに覚えておられましたか?!」
「ああ、懐かしいティカの葉の味だった・・・子供の頃を思い出す・・・」
遠い目をしたタム婆にかける言葉はないが、話の返事はしなければ。 いや、聞いてもらって教えてほしい。
「長には申し訳なかったんですが、そこの場所はもうなくて・・・」
「長もそう言っておったらしいな」 シノハがタム婆を見て頷く。
「シノハを疑っておるのじゃないぞ。 ただ、場所がなくなったとはどういうことじゃ?」
「婆様、実は・・・婆様が目を覚まされたあの少し前にも、その場所に行ったみたいなんです。 行ったという言葉が当てはまるのかどうか分からないのですが・・・とにかくその場所に居たみたいなんです」
「わしが目を覚ました日?」
「はい。 あの日、いつからかうっかり婆様の横で寝てしまったようで、何かの音で目が覚めたんです。 その時は寝てしまって夢を見ているのかと思っていました。
気付けば、我はその場所で横たわっていました。 ここで寝てしまっていたのと同じように。 身体がだるくて動かせなかったんですが、顔に当たる草がこそばゆくてそれを払おうとした時に腕を動かしたんです。 その時に衣の袖に引っかかった草があったみたいで」 もう枯れた草を衣の中から取り出した。
「衣にその枯れ草が付いていたということか?」
「その時は生き生きとした草でした。 あの水を筒に入れたときにはラワンは美味しそうにこの草を食んでいました」 枯れ草を受け取ったタム婆はそれをじっと見た。
「我にも何が何だかわからないんです」
「知っておる場所か?」 草をシノハに返しながら言った。
「いいえ、初めて見た場所でした」 その返事を聞いてタム婆が少し考えると次を口にした。
「そこの場所に現れる時はどんな具合なんじゃ?」
「それが一度目は、我が己の居た場所から目を離した時でした。 ラワンの顔を見て話しかけたらもう場所が変わっていました。 水を飲んで・・・ラワンは木の皮と草を食んで・・・それから・・・」
口元に手を当て思い出そうと少し考えた。
「ああ、そうだ。 ラワンに急かされてラワンの背に乗りました。 ラワンが大きく前足を上げたので、目の前はラワンの首しか見えませんでした。 そしたら、もう元の場所に戻っていました。
二度目は先ほど言いました通り、寝てしまっていたようで気が付いたらもうその場におりました。 そして水の流れる音や、何か清々しい音を聞いているとまた微睡んでしまったようなのです」 タム婆を見る。
「そうか・・・」
「婆様、何かご存じではありませんか?」
「ああ・・・」 と言って杖の上に置かれていた両の手の上に額を乗せた。
シノハは黙っていたが、暫くしてタム婆が口を開いた。
「余りにも遠い記憶じゃがな・・・わしがまだオロンガに居たころじゃ・・・8の歳の頃だったかのぉ・・・」 昔を振り返るように手に置いていた額を上げて、どこを見るともなく話しだした。
「時の婆様、シュマ婆様から聞いた話じゃ」
長から聞いたタム婆が啖呵を切った”才ある者” 才ある婆様とすぐにわかった。
先の”才ある者” が、天に迎えられると“才ある女子” として生まれていた“才ある者” が、その日から名を二文字にすると決まっている。 その名は”シュ” を一文字と考える。 音に忠実である。
「昔・・・シュマ婆様も生まれておらんもっともっと昔、オロンガの村である女が一人居なくなったそうじゃ。 消えたようにいなくなったそうじゃ
居なくなる前、その女はおかしなことを言っておったそうじゃ」 シノハはタム婆の横顔をじっと見ている。
「気が付いたらどこか知らない場所に立っていた。 と」
「え?」 驚いたシノハが声を漏らした。 タム婆は前を見たまま頷くようにすると言葉を続けた。
「その場所に居たのは、ほんのわずかの時であったらしい。 そして誰かと会ったようじゃ。 女はその誰かを忘れられず、もう一度行きたいと願っていたそうじゃ」
(婆様にあの水を飲ませたくて俺も願っている・・・) 頭の中にわずかな恐怖がわいた。
「じゃが、いくつの夜を迎えて朝になっても、その場所に行けなかった。 諦めて忘れていた頃、その場所がまた目の前に現れたそうじゃ。 一人で川に行った時だったそうじゃ」
「川・・・? ですか?」
「ああ、今のオロンガでは女が川に行くのは危険じゃから男しか行かんが、その頃は女も川に行っておったのじゃろう」
(今のオロンガの様に大雨に見舞われる事が少なかったのだろうか・・・)
「川に桶を入れて振り返るともうその場所に居ったそうじゃ。 前と同じ場所。 それが2度目じゃ」
「その場所というのは?」
「さぁ、そこまでは聞いておらん」 ずっと前を見たままシノハを見ることはない。
「そうですか・・・」 同じ場所なのだろうか、と考えてしまう。
「3度目はカゴを編んでいる時。 家の中なのに風が吹いたことに気付いて、編みカゴから顔を上げるとその場に居ったそうじゃ。 2度目も3度目も僅かな時であったらしい。 3度目、その場に居る事に喜び涙したそうじゃ。 涙を拭いて前を見ると、もう元の場所に居たという事じゃ。 わしがシュマ婆様から聞いたのはここまでじゃ。 じゃが・・・」 また杖の上に置かれていた手の上に額をやると少し考えて「そうじゃ」 と言って顔を上げ言葉を続けた。
「シュマ婆様は違う時に、こうも言っておられた」 シノハの目を一度見てから空(くう)を見た。
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第36回
「・・・さん」
どこかで声がする。
「・・・ノハさん」 聞き覚えのある声。
(俺を呼んでいる・・・)
肩を揺すられ飛び起きた。
「あ・・・」 目の前には驚いた顔のトデナミが居た。
「驚かしてごめんなさい。 その、うなされていたから」
「あ・・・夢だったのか・・・」 額に手をやり大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「・・・はい。 こちらこそ驚かしたみたいで・・・」 まで言うとクシュンと、くしゃみが出た。
「冷えたんですね。 すぐに温かいものを持ってきます」
「あ、待ってください」 立ち上がりかけたトデナミが、またしゃがみこんだ。
「婆様は? もう、朝の風の声は聞かれたのですか?」
「はい。 無事に終えて今は昼のご飯を食べておられます」
「そうですか。 ・・・え? 昼?」 素っ頓狂な返事にトデナミが相好を崩す。
「久しぶりの睡眠でしたものね。 温かいものを持ってきます」 立ち上がり、その場を後にした。
その姿を見ながら、もう一度トデナミに言われた言葉を頭に巡らせた。
「え? 昼―!?」 空を見ると太陽が頭上に上がっている。 それに寝たときには1枚だった織物が何枚も身体に掛けられてあった。
「わっ! ・・・俺って・・・トワハみたいになってるじゃないか・・・使いに来た村で寝過ごすなんて考えられない」
落ち込んで頭を抱えていると、ブフンとラワンが鼻をならす音がした。 振り返ると、いい加減にそこをどけ! と言わんばかりの目を自分の腹の上にもたれているシノハに送ってきた。
トデナミが持ってきてくれた温かい飲み物は「すぐに身体が温まってきますよ」 の言葉に添えられた薬草入りで少々苦い飲み物だった。
「うわ・・・ジャラクか・・・」 顔を歪めたが、己の持ってきた薬草だったことを思い出した。
そして一緒に持ってきた昼に用意された物を食べながら、夢を思い出していた。
「いったい誰だったんだろう・・・俺は誰を待っているんだろう・・・」
いつからか思っていた。 誰かが居る。 己には決まった誰かが居る。 でもそれが誰か分からない。 一度行った『月夜の宴』 で見つかるかと思ったが、見つかることはなかった。 それに、ここではないと直感した。
はぁー、と大きな溜息をついた。 その時、オーンと言うラワンの声が聞こえた。
「ラワン?」 辺りを見たがラワンが居ない。
「ラワンどこへ行った?!」 立ち上がりラワンを探そうとした時、トデナミが先に見える小屋の後ろから顔を出した。
「こちらです」 食べていたものを下に置くと走って小屋に向かった。
小屋の後ろに回り込むと、タム婆に顔を摺り寄せているラワンの姿が目に入った。
「婆様、外に出て大丈夫なのですか?」
「ああ、朝に出たがそれほど疲れもせんかったからな。 それに、ラワンに礼を言いたかったんじゃ。 のぅ、ラワン。 よくこの婆を運んでくれたのう」 摺り寄せている顔を愛おしくなでている。
「それに心配もかけた。 ラワン、婆は幸せじゃ」 ラワンに頬を寄せると小さくオンと答えた。
タム婆が風から聞いた声は、もう安心して村に帰っていいということであった。
とは言っても、家があるわけではない。 男たちは朝から村に帰り、村の中の立て直しに精を出していた。
女たちは男たちに精をつけさせるため、森の奥に入り木の実を集めたり、仕掛けた罠にかかった小動物や鳥を料理をしていた。
勿論、あの水を使って。
ただ、男たちにはトビノイの葉を火で炙っていないことは内緒のようであった。
女たちの中で、飲ますだけ飲ませて、あとで言うという話にまとまっていたそうだ。
ザワミドの言った通り、女たちもいい加減、男たちの言う話にウンザリしていたようだった。
タム婆の体力がかなり戻ってきた。
そして介添えなく、一人で体を起こすことも出来るようになってきていた。
(もう少し落ち着いたらオロンガへ帰らなくてはな) 思いながら、タム婆が椅子に座るのを手伝った。
杖を手に持ったタム婆が椅子に座るとすぐに話し出した。
「トデナミが長から聞いたと言っておったが、きっとわしも飲んだ水だろうな。 たしかティカの葉の汁と一緒に・・・」
「あ、はい。 あの高熱のさなかだったのに覚えておられましたか?!」
「ああ、懐かしいティカの葉の味だった・・・子供の頃を思い出す・・・」
遠い目をしたタム婆にかける言葉はないが、話の返事はしなければ。 いや、聞いてもらって教えてほしい。
「長には申し訳なかったんですが、そこの場所はもうなくて・・・」
「長もそう言っておったらしいな」 シノハがタム婆を見て頷く。
「シノハを疑っておるのじゃないぞ。 ただ、場所がなくなったとはどういうことじゃ?」
「婆様、実は・・・婆様が目を覚まされたあの少し前にも、その場所に行ったみたいなんです。 行ったという言葉が当てはまるのかどうか分からないのですが・・・とにかくその場所に居たみたいなんです」
「わしが目を覚ました日?」
「はい。 あの日、いつからかうっかり婆様の横で寝てしまったようで、何かの音で目が覚めたんです。 その時は寝てしまって夢を見ているのかと思っていました。
気付けば、我はその場所で横たわっていました。 ここで寝てしまっていたのと同じように。 身体がだるくて動かせなかったんですが、顔に当たる草がこそばゆくてそれを払おうとした時に腕を動かしたんです。 その時に衣の袖に引っかかった草があったみたいで」 もう枯れた草を衣の中から取り出した。
「衣にその枯れ草が付いていたということか?」
「その時は生き生きとした草でした。 あの水を筒に入れたときにはラワンは美味しそうにこの草を食んでいました」 枯れ草を受け取ったタム婆はそれをじっと見た。
「我にも何が何だかわからないんです」
「知っておる場所か?」 草をシノハに返しながら言った。
「いいえ、初めて見た場所でした」 その返事を聞いてタム婆が少し考えると次を口にした。
「そこの場所に現れる時はどんな具合なんじゃ?」
「それが一度目は、我が己の居た場所から目を離した時でした。 ラワンの顔を見て話しかけたらもう場所が変わっていました。 水を飲んで・・・ラワンは木の皮と草を食んで・・・それから・・・」
口元に手を当て思い出そうと少し考えた。
「ああ、そうだ。 ラワンに急かされてラワンの背に乗りました。 ラワンが大きく前足を上げたので、目の前はラワンの首しか見えませんでした。 そしたら、もう元の場所に戻っていました。
二度目は先ほど言いました通り、寝てしまっていたようで気が付いたらもうその場におりました。 そして水の流れる音や、何か清々しい音を聞いているとまた微睡んでしまったようなのです」 タム婆を見る。
「そうか・・・」
「婆様、何かご存じではありませんか?」
「ああ・・・」 と言って杖の上に置かれていた両の手の上に額を乗せた。
シノハは黙っていたが、暫くしてタム婆が口を開いた。
「余りにも遠い記憶じゃがな・・・わしがまだオロンガに居たころじゃ・・・8の歳の頃だったかのぉ・・・」 昔を振り返るように手に置いていた額を上げて、どこを見るともなく話しだした。
「時の婆様、シュマ婆様から聞いた話じゃ」
長から聞いたタム婆が啖呵を切った”才ある者” 才ある婆様とすぐにわかった。
先の”才ある者” が、天に迎えられると“才ある女子” として生まれていた“才ある者” が、その日から名を二文字にすると決まっている。 その名は”シュ” を一文字と考える。 音に忠実である。
「昔・・・シュマ婆様も生まれておらんもっともっと昔、オロンガの村である女が一人居なくなったそうじゃ。 消えたようにいなくなったそうじゃ
居なくなる前、その女はおかしなことを言っておったそうじゃ」 シノハはタム婆の横顔をじっと見ている。
「気が付いたらどこか知らない場所に立っていた。 と」
「え?」 驚いたシノハが声を漏らした。 タム婆は前を見たまま頷くようにすると言葉を続けた。
「その場所に居たのは、ほんのわずかの時であったらしい。 そして誰かと会ったようじゃ。 女はその誰かを忘れられず、もう一度行きたいと願っていたそうじゃ」
(婆様にあの水を飲ませたくて俺も願っている・・・) 頭の中にわずかな恐怖がわいた。
「じゃが、いくつの夜を迎えて朝になっても、その場所に行けなかった。 諦めて忘れていた頃、その場所がまた目の前に現れたそうじゃ。 一人で川に行った時だったそうじゃ」
「川・・・? ですか?」
「ああ、今のオロンガでは女が川に行くのは危険じゃから男しか行かんが、その頃は女も川に行っておったのじゃろう」
(今のオロンガの様に大雨に見舞われる事が少なかったのだろうか・・・)
「川に桶を入れて振り返るともうその場所に居ったそうじゃ。 前と同じ場所。 それが2度目じゃ」
「その場所というのは?」
「さぁ、そこまでは聞いておらん」 ずっと前を見たままシノハを見ることはない。
「そうですか・・・」 同じ場所なのだろうか、と考えてしまう。
「3度目はカゴを編んでいる時。 家の中なのに風が吹いたことに気付いて、編みカゴから顔を上げるとその場に居ったそうじゃ。 2度目も3度目も僅かな時であったらしい。 3度目、その場に居る事に喜び涙したそうじゃ。 涙を拭いて前を見ると、もう元の場所に居たという事じゃ。 わしがシュマ婆様から聞いたのはここまでじゃ。 じゃが・・・」 また杖の上に置かれていた手の上に額をやると少し考えて「そうじゃ」 と言って顔を上げ言葉を続けた。
「シュマ婆様は違う時に、こうも言っておられた」 シノハの目を一度見てから空(くう)を見た。