ハラカルラ 第53回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第53回




「・・・何年、何十年と研究を重ねてきたと思っているのかっ」

それが何だというのだ。

「どれだけの金をつぎ込み、大学に通わせ大学院に行かせ研究をさせ。 村にも研究施設を建てた。 それを全て棒に振れというのか!」

研究施設といっても村の金で建てたのだ、ご立派なものではなくプレハブを建て、手が出せる程度の研究機器を揃えたくらいのものである。 だがそれでも村にとっては大出費になる。

「白門の、ハラカルラを金で計るでない」


二枚貝を使って終貝がないかを見ると次に質の悪いものが入っていないかを見、そして今は今日烏から教えられたハラカルラに歪みが出ていないかを見ている。
その道具は水鏡より大きく、形としては水鏡に似ていて名称を紡水(つむぎみず)という。
歪みをそのままにしておくとツバメが入ってきた時のようになり、烏が大忙しになってしまう。

「彼、鳴海君、凄いな」

高崎の正面に座り水鏡とにらめっこをしている雄哉に小声で言った。 白烏の代わりに雄哉の指導を任されている。

「高崎さんは、あれしないんですか?」

高崎の視線に合わせて雄哉も水無瀬を見る。

「出来るわけないよ、っていうか教えてももらっていない。 まぁ、教えてもらっても出来ないけどな。 せいぜいこの水鏡と終わり貝を探せるくらい」

「水鏡、どれくらいで出来るようになったんですか?」

「半年はかかったな、十か月くらいだったかな」

「そうなんだ、じゃ、まだ焦ることないかな」

「まだまだこれからだよ。 それにしてもこんなに賑やかな中で守り人の仕事ができるなんて思いもしなかった」

賑やかと言っても騒がしい賑やかではない。 烏の話す声はいつも通りではあるがそうではなく、人の流れがあるということ、人の顔が見えるということ。

「そっか、高崎さんは黒門を避けてたんでしたね。 え? でも矢島さんとは分かり合ってたんでしょ? 一緒に仕事をしなかったんですか?」

「矢島さんは・・・いつも何かを考えてるみたいだったな。 だから一人にしてあげようと思ってここに矢島さんが居ると遠慮してた。 ピロティでばったり会った時にはちょっと話したりしたけどな」

水無瀬の肩に止まっていた黒烏が「お」と言った時にはすぐに水無瀬が歪を直していく。

「ほほぉー、十分だの」

烏が使う時には水鏡もそうだが紡水も倒して使っていたが、水無瀬が使うには立てた方が使いやすい。 よって指導係の黒烏が水無瀬の肩に止まっているということである。 その烏が水無瀬の肩から下りて少しした時だった。

「あ、大きいのが出ました」

「なに?!」

烏がまたもや水無瀬の肩に乗り紡水を覗き込む。

「大きいの、行かねばならんか」

「場所は・・・この辺りで分かります?」

紡水をまるでスマホの画面のように歪みを縮小していく。 烏であれば周りの風景で場所を特定できるだろう。

「おお、そこで分かる。 たぁー、アヤツが居らんというのに。 とにかく何か入ってくる前に元に戻してくる。 鳴海はこのまま続けておけ」

烏が言い残すとゆっくりと慌てて穴を出て行った。 その姿を見送った高崎。

「やっぱり守り人が居ないと烏だけでは不十分になるな」

水無瀬がその言葉に耳を傾け、何か言い含んでいるのだろうかとチラリと上目使いで高崎を見た雄哉。 その高崎が腰を上げ水無瀬の元に歩いて行く。

「どういう意味ですか? ハラカルラを卒業しようとでも?」

「いや、そういうことじゃないんだけど、守り人が途絶えたらって考えてな。 そろそろ僕も本腰を入れて跡を探さないとなって」

雄哉に返事をしながら紡水を覗き込み場所を特定すると元の位置に戻った。

「だけど仕事忙しいんでしょ?」

高崎は営業職だと言っていた。 そして営業を終えると会社に戻り、または出張先のホテルに戻り書類を作っていく。 まるっきり時間外労働だと言っていたが、少しでも休みの取れる日を作るためだと言っていた。 そしてその休みの日にはハラカルラに来ているということらしい。

「うん、でも二人がここで本腰を入れてくれるんだったら、仕事の合間にでも跡探しをしようかなってな。 悪い、ちょっと場所を変える」

雄哉が水鏡から目を離すと高崎が水鏡に映る場所を変える。 烏はゆっくりだが慌てて出て行った、水がざわついてくるかもしれない。

「出張先とかでってことですか?」

「ほとんど出張だからな、そうなるかな」

「営業も大変ですね」

雄哉は高崎と仕事の話までしていたのか、と二人の会話に耳を傾けながら小さな歪みを元に戻していく。

「烏が急いでいたからね、サポートに入るよ。 あ、ほらここ、ざわつきだしたのが見えるか?」

高崎の言葉にそういうやり方もあるのかと、感心させられた水無瀬である。

雄哉が指さされた場所を凝視し、目を眇(すが)めて見る。 うーん、と難しそうな声を出すが何の変化も感じられない。

「やっぱ俺って才能ないみたい」


長が爺やおっさんたちの代表数人に今日の話を聞かせている。

「最後には苦い顔を見せていたが・・・どう出るかはまだ判断がつかない状態というところか」

黒門の長も別れ際「怪しいもんだ」と言っていたと言う。 その黒門の長が白門の村を出て別れ際、水無瀬が寄こしてきた手紙のことについて言及をしてきたが、朱門の長はあっさりと手紙など存在しないと言い、雄哉から聞いた話をしただけだと言った。 雄哉と言ったところで白門は雄哉の存在を知らない、あくまでも雄哉は秘密裏に水無瀬を逃がしたのだから作り話をしていると言い張るだろう。 だから水無瀬からの手紙と言ったのだと、あくまでも白門に雄哉の存在を隠し通した。

そういえばと黒門の長が思い出す。 雄哉が黒門に来た時『水無瀬を白門からそろ~っと逃がしたのは俺。 あくまでも秘密裏にね』 と言っていた。 それで雄哉を連れてこなかったのかと納得をしていた。

「では朱門としてはこれからどうするのか」

朱門は白門のハラカルラへ入る入口の位置を特定できている。 黒門も一度は白門の者の後をつけ、ハラカルラの入り口から村に入り渓流沿いに村を出たが、その位置を覚えているか、分かっているかと聞かれれば怪しいものである。 だが決して黒門はそんなことをつゆとも口にしてはいない。 何も知らぬ存ぜぬで通している。

「ハラカルラに対してのことだけは黒門を信用できるだろう」

朱門が白門のハラカルラへの入り口を探るという態にしておき、その後、交互に見張りに立つということで話をしたということであった。

「長引きますな」

モヤである。 やはり水無瀬と雄哉を預かっているだけあって二人のことが気になるのだろう。

「水無瀬君はさておき、戸田君には念のため必ず誰かが付いて学校に行かせるってのはどうですか?」

雄哉の事情は誰もが知っている。 雄哉は口封じのために攫われるかもしれないが、水無瀬も攫われる可能性があると言っても雄哉とは事情が全く違う。 最終的に白門がどう判断をするかは分からないが、白門が思惟思考し朱門も黒門も烏に言う気はないと悟ると一日でも早く水無瀬が欲しいはずである。 そして水無瀬を手にしたならば魚を獲るのは明白。

「そうだな、戸田君が攫われる危険は少なくなったと考えていいだろう。 白門はもう朱門も黒門も白門のしようとしていることを知っていると知ったのだからな」

口封じの必要はなくなったというわけである。 だが水無瀬を逃がしたのは雄哉だという疑いは持っているだろう。 そうなれば嫌がらせに走ってくるかもしれないし、雄哉を餌に水無瀬を探そうとするかもしれない。 完全に危険性がなくなったわけではない。

「複数付かせるか」

おっさん連中が付くわけにはいかない。 それこそ泉水が言ったようにどんな職業か怪しまれてしまうかもしれないからである。 SPと思われればカッコいいではないかと少々嬉しく思うかもしれないが、雄哉にはいい迷惑になってしまう。

長からの話は、おっさんたち代表からおっさんたちに伝えられ、そのおっさんから聞いた若い者代表たちが若い者たちに伝えていく。 水無瀬と雄哉はライから聞いた。 その雄哉が翌日「ガン無視すんなよ」と言い残し水無瀬に見送られ帰って行った。 着信拒否のことをまだ根に持っていたようだ。


朱門と黒門が帰った後、白門でも話し合いがもたれていた。 長が難しい顔をして腕を組んでいる。

「朱門、黒門どちらか一つの門だけであったのならばどうにか出来たかもしれませんが、二つの門に知られては動きが取り辛い」

長が尤もだというように頷く。

「それにしても烏に言うなんて、朱門は何を考えてるんだ!」

「村に押し入ってきたのは絶対に黒門、その黒門の言う通りにするなんてことは無いでしょうな!」

「今更研究を断念するなど考えられない」

それぞれに言いたいことを言っている。

魚から抽出する部位は分かっている。 だがまだまだ研究を重ね藻や甲殻類からも抽出出来るよう研究を続けていけば水無瀬など必要ない。 藻は勿論だが甲殻類も魚ほどには水をざわつかせないはずである。 だがあくまでも “はず” である。 水鏡のことは守り人から聞いて代々から知っているが、烏自身がどんな風に何を感知しているのかまでは知らない。 守り人からは穴に誰かが入ると烏はそれを感知すると聞いている。 なにか感じるものを烏は持っているはず。

「長、どうします」

朱門から言われたように烏によって門を閉じられてしまえば何もかも泡と化し、獅子が暴れ村を壊せば村として何もかも失くしてしまうかもしれない。 それこそ村人すら。

「・・・朱門は本当に烏に言うだろうか」

重く閉ざされていた長の口が開いた。

「え? 吹っ掛けてきただけということですか?」

「いや、まったく分からん。 分からんが・・・烏に言ってその程度で終わるだろうか」

朱門は具体的な例を出してきた。 そこが腑に落ちない。 脅しているだけの可能性も捨てきれない。
白門の守り人に訊きたいところだが、残念ながら足腰どころか最近は急にボケがまわってきているらしく、家族が言うには家で見ることが出来なくなり、来週には施設に入れるということだった。

「それに黒門が水無瀬を隠しているということは無いか」

白門の何人かが黒門が渓谷の方に走って行ったのを見たと言っていた。 水無瀬が渓谷から逃げたのならば黒門に捕まっている可能性がなくはない。

「黒門を探りますか?」

腕を組んだまま目を瞑った長が一つ深い息を吐くとゆっくりと目を開ける。

「戸田が水無瀬を逃がしたというのは本当か」

誰もの口が閉ざされた。 あの時、白門の誰もが雄哉が水無瀬を逃がしたと叫んでいた。 長が一人の青年に視線を送る。

「祥貴、どうなんだ」

祥貴と呼ばれた広瀬が下に落としていた視線を長に合わす。

「それはなんとも。 結束バンドが切られていたのは確認していますが、戸田と水無瀬どちらが先に切ったのかまでは分かりません。 ですが戸田が水無瀬を逃がすことは考えにくいです」

雄哉には大学のことがある。 下手に水無瀬を逃がして広瀬の怒りを買うようなことはしないはずだ。

「では何故その戸田が居ない」

「憶測の域ですが、切るのに使ったであろうカッターが、水無瀬のくくられていた場所ではないところに落ちていました。 それから考えるに、水無瀬が先に結束バンドを切り先に逃げたのを戸田が追った。 二人がどこから逃げたのかは分かりませんが、戸田が水無瀬を見失い戻るに戻って来られなくなった、というところでしょうか」

自分で言いながらもどこか納得がいかない。 あの雄哉の性格から考えれば、見失ったとしても大学のことで広瀬に見放されたくないはず。 何なりと言い訳を考えて戻ってくるはずなのだが。

「戸田と水無瀬がグルだったということはないのか」

それに答えたのは広瀬ではなく、モニターを見ていた男の一人。

「それは考えにくいかと。 水無瀬が戸田にかなり本気でキレてましたから」

「長、戸田のことはいいでしょう、これからどうするかということを考えねば」

もう朱門と黒門に知られたのである、今さら雄哉をどうこうしても何の利益もない。

「今すぐに答えが出るようなものではない。 こちらがこれからどう動くかで烏に言うかどうかを決めるようなことを言っていた。 道が決まるまで当分捕獲の方は止めておけ」


今日も一日が終わった。 ハラカルラで働いて疲れなど出るわけではないが、こうして風呂に浸かっていると体の力が抜けほっこりとしてしまう。
青の守り人である高崎は仕事に戻るということで一週間は来ないということだった。 そして雄哉もまたハラカルラに来るのは早くて一週間後。 教授と話してこれからどう動くかを決めるということだった。

「今日話してるよな、教授と」

今晩辺り連絡があるだろうか、それともそんな上手い具合に教授の時間が空いていないかもしれない。 だがいずれにしても教授の手で履修は出されたということだった。 すでに講義は始まっているのだから、行けなかった間の講義は誰かに聞くだろう。

「レポート提出なんかあったら来週は来られないかもしれないな」

真面目に授業を受け、真面目に課題を提出してきた水無瀬である。 レポート提出ともなれば真面目に調べていた。 それを雄哉に当てはめていいものかは分からないが、雄哉は崖っぷちに立っているのだ、精一杯調べて提出するだろう。
白烏からどうして雄哉が居ないと訊かれ「ちょっとあっちで忙しくなりまして」と答えたが、それがいつまで続くのだろうか。 行く度に訊かれそうである。


それから三日後、その日が黒門の長との期日となっていた。 最初の期日は今日でその後は三日ごとと決めていた。 期日に朱門が現れなければ次の期日まで黒門が待つ。
黒門は朱門がハラカルラの中を歩き回っているのを知っている。 その関係から白門の入り口を見つけることが可能だろうと考え、朱門が白門の入り口を探すという提案を受け入れた。

最初の期日までに朱門が白門のハラカルラへの入り口を見つけたという態にしておく。 それではあまりに早すぎるのではないかと考えたが、少しでも早くことを解決したい。 朱門は既に白門の入り口を知っていたが、そんなことを言ってしまっては要らぬところを突かれるかもしれない。 黒門の長は黒門が白門にかかわったことを一切口にしていない、朱門もそのように動く。

水無瀬が烏たちと水を宥めている間、キツネ面を着けたおっさんたちが黒の穴近くに向かっていた。 そして黒の穴近くに着くと既に数人のカオナシの面を着けた男たちが待っていた。 朱門も黒門も互いに無言である。 これから朱門が白門のハラカルラの入り口まで案内するということを互いに分かっている、言葉は不要である。


二枚貝でのチェックを終えた水無瀬が紡水を見ている。 水無瀬のチェックにより黒烏が終貝を取りに出、白烏が水鏡に羽を動かしている。 この水鏡の作業はチェックというものでは終われず継続が必須である。

「歪みはどこにもないようです」

「そうか。 アヤツが戻ってくれば新しいことを教えよう、それまで休んでおれ」

まだ覚えなければならないことがあるのか、烏も忙しいわけだ、と思った水無瀬が白烏の前に座り水鏡を覗き込む。 やはり白烏はやることが早い、次々と水を宥めている。

「水鏡を見てると、人間ってどんだけ争ってんだって思っちゃいますね」

水鏡に映るざわつきは人間が起こしている争い。
白烏がちらりと水無瀬を見てすぐに水鏡に視線を戻す。

「ハラカルラのように穏やかにおればよいのだが、まぁ、それも人間と言ったところか」

「え?」

人間のそれは間接的にではあるが、ハラカルラを荒らしているようなもの。 それを白烏は肯定したということになるのか?

「未熟。 それが人間」

そういうことかと納得できる。 納得をするのではない。 微妙なところだが、それは水無瀬自身の中にあるニュアンスの違い。

「烏さん達に見放されてはいないってことですか?」

「未熟者はどこにでもおる。 アヤツとて吾よりも長く生きていおるくせにアレだからな」

返事のしにくいことを言ってくれる。 「あははは」笑って誤魔化そう。