ハラカルラ 第18回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第10回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
水無瀬がすぐに立ち上がり机周辺をチェックする。 机の後ろの岩壁も押してみるが隠し扉などないようだ。
「何をしておるかー、さっさと来んかー!」
烏がバサバサと羽を動かし軽くホバリングをしながら嘴を大きく開けて叫んでいる。
「・・・うそん」
烏の先導で穴の中に入って行く。
穴の入り口は屈まなければ入れなかったが、中に入って数歩歩くと腰を伸ばし立つことが出来た。 ここも円柱状の作りで中に入ってすぐは直径一.五メートル弱ほどだったが、立てる所に来ると左右や足元はそのままで、上が突き抜けた形になっていた。
「いいか、水の中ではゆっくりと動け、歩け。 決して水をざわつかせるでない。 それは水の揺らぎに反することになるからな。 それと水は不浄を嫌う。 不浄なものは持って入るでない。 致し方ない時が無きにしも非ずだが、そんな時は極力早々に持ち帰るよう。 持って帰られぬ不浄、心の不浄だな、穢れとでも言おうか? 水は特にそれを認めん。 認めんが不浄なものの置きっ放しと同じで、水が直接何かをするわけではない。 水は争いを認めてはおらん、水自身も争うことをせんからな。 ただ、迎え入れてもらえない、水がざわつく。 水が大きくざわつき始めると渦が出来る。 その渦に巻き込まれるとどこかに飛ばされる」
烏に教えられながら斜め下へと歩いている。 上を見た時、やはりさっきの場所と同じで水の揺らめきが見えた。
今はもう全身が水に浸かっている。 早い話、烏は水の中をペンギンのように泳いでいるわけである。
水無瀬が常識という概念を手放した。 そうしなければ今を受け止められない。
どんどんどんどんと、下に向かって行く。
(地下帝国なんかに行くんじゃないだろな・・・)
もう水無瀬が歩いていたところより随分と下になっている。
更に降りていくと、やっと目の前に広い空間が現れた。 広いと言っても今まで上方向を除き閉塞感のある所をずっと歩いて来たわけだから、野原のように広いわけではなくとも広く感じる。
「ここ、は?」
「ハラカルラ」
「え?」
「お前たちの世でいう ”世界” というものをハラカルラと言う。 正しくはそうではないが、お前たちの耳に分かる、口で言える言葉で表すならばそうなる。 正しくは・・・」
また聞き取れない言葉を紡いだ。
「ここはハラカルラの中心・・・あー、何と言ったか・・・矢島が言っとった・・・コ、コ、コ・・・」
烏ではなくニワトリか?
「あ、そうそう、コア」
「コア?」
「コアを知らんか?」
「いいえ、知っていますし、中心よりそっちの方が分かりやすいです」
どうして俺は烏に敬語で喋っているのだろうか・・・。
「あー、やっぱりそうか。 矢島が言葉は変わってきているとは言っておったが、悲しいものよのぉ」
爺さん烏なのか?
「ここで何かするんですか?」
「おお、そうそう。 こっち」
爺さん烏が飛んで・・・・いや、広い方に泳いでいく。
広い所の中心に立たされた。 ぐるりと三百六十度を見渡す。 広さ的には二十畳あるなしの岩穴。 上を見上げると突き抜けていて明かりが入ってきている。 そして水無瀬が入ってきたと同じ様な穴が等間隔に他に四つある。 穴は合計五つということになるが、一つの穴だけは他の四つと比べると大きい。
「大きな穴以外は各々、黒青朱白と呼ばれる。 どこも今下りてきたと同じような作りとなっておって、お前が出てきた所は黒。 ここは単なる出たところと言った具合か。 矢島は・・・ピ、ピ、ピ・・・何と言っておったか・・・」
今度はヒヨコか?
「ピロティ?」
「あ、そうそう、それ」
この爺さん烏、時々軽い。
「ピロティか」
出たところよりかは聞こえがいい。
「ここで黒青朱白の者が鉢合わせすることもある。 そうだな、矢島からは何も聞いておらんのだろう? 黒の話も交えて話して聞かせよう。 その昔・・・」
その昔、烏はずっとここを守っていた。 だがある日、黒の方で異変を感じた。 すぐに黒の坂を上がって行くとそこには二人の子供がいた。 一人がもう一人を庇うように背にしていたが、その背から覗かれた目も、庇っている子供の目も穢れのない目をしていた。
『何をしておる』 烏はそう訊いたという。
すると道に迷ってここまできてしまったと言ったが、ハラカルラに入って臆することもなくここまでやってきたとは考えられなかった。
烏は二人の目を交互にじっと見た。 そして分かった。 二人は少し前に起きた異変を感じていたのだと。 更に背に庇われている子供は尋常ではない感じ方をしたようだと。
『水に赦しをもらおう』
一定の儀式を終えると背に庇われている子供だけが水に赦された。 それはここを守るということに繋がる。
赦しをもらえなかった妹を背にしていた兄は坂のあるあの穴を通ることは出来ない。 だから机のあったあの場所を、妹を守っていた。
そして赦しを得た妹は烏と共にここで守っていた。 ここで守るということは、ハラカルラを守るということになる。 ハラカルラで水の動きがおかしくなれば、ここから水を宥める。 妹はその力に長けていた。
それが二十年以上続いていたが、ある日、青に異変を感じた妹が烏にそれを報告した。
すぐに烏が青の穴を上って行くとそこに数人が居た。 そして誰もが開眼していた。
水の世界が見えるからと、同じような者たちが肩を寄せ合い小さくなって生活をしていたという。
だがその内、気が触れ亡くなった者が出だしたということだった。 いつかは自分達も気が触れてしまうのではないか、そういう不安から放浪するように毎日歩いていると、偶然にもハラカルラを見つけ続いてここを見つけた。 それは安堵の広がる思いだったという。
二十年前に起きた異変は今までになく強烈なものだったようで、兄妹以外にも多数の人々に感じさせ、その二十年後に起きた異変時には、同じように多数の人が開眼をした。 そしてその一部が内に秘める力を目覚めさせた。
その一部というのが、コアまで入ることが出来るということであった。
ある日、ここを守っていた青の人間が突然物足りないと暴れ出した。 その時ここに居なかった妹がここに異変を感じすぐにやってきたが、見境なく暴れる青の人間に痛めつけられた。
妹と青の人間はこの時初めて顔を合わせたという。 青の人間はさほどここには来なかったということだった。
烏は青の人間を何とか落ち着かせようとしたが、烏の言葉などに耳を貸す様子すら見せなかった。 このままでは水がざわつき始める。 そうなれば妹も巻き込まれてしまう。 妹に上へ逃げるようにと言い、どうにか水のざわつきが起こらないようにはしたが、だが同時に、ハラカルラで青の人間たちが暴れ出していた。
青の人間たちはハラカルラを跋扈し、水をざわつかせ、魚や亀、ここで生きているものたちを水の渦に飲み込ませた。 挙句に、偶然に見つけた黒の穴にまで上り、そこに居た兄と逃げてきた妹に手を出した。
烏は二人を守るのが役目ではない、ハラカルラを守るのが役目である。 二人を助けることなく、水を落ち着かせることに奔走していた。
青の人間たちが起こしたこと、それは考えられないことだった。 水に浸かっていれば争いなど起きるはずはなく穏やかに過ごせるはずだった。 ただ、不測の事態というものはどこにでもある。
二十年前の異変はおかしかったのだろう。
兄妹が開眼もしていないのに、臆することなくハラカルラに入ってきた。 二十年前に異変を感じたものが多数いた、その者たちがハラカルラに満足しなかった。
二十年前の異変はどこかが狂っていたのかもしれない。
「結局その時の青の人間たちは水の渦に飲まれた。 のちに朱と白、また新たに黒と青からも人が入ってきた。 黒青朱白の順でここを守る者が生まれた。 何の前触れもなく黒青朱白のどこかからここに入ってくる。 鉢合わせもするだろうて。 まぁ、特に昔の黒と青はそんなことがあったからなぁ、誰かがここに居れば引き返すようだし、他も誰かが居れば引き返しておったなぁ」
「黒のことは分からなくもないですけど、他はどうしてですか?」
「誰かがここでハラカルラを宥めているのなら、それでいいと思っておるのだろうなぁ。 それとも、ここは任せて外を回ろうと思っておるのか、訊いたこともないわ」
「そうですか」
妹はここに異変を感じてやって来た。 水無瀬自身そんな異変を感じるほどの力があるとは思えないが、三人の誰かとここで鉢合わせということは可能性としてあり得るだろう。 今も誰かが入ってくるかもしれないのだから。
「人間がここを守るというのは黒が初めてであった。 黒の、あの人間だけが水に赦しをもらった。 他の人間は単に異変を感じ開眼し、少なくともここまで来られるという内なる力が目覚めただけ」
「その異変とか開眼って何なんですか?」
長も言っていたし、多少の説明を受けたがいま一つ納得出来ていない。
水無瀬の質問に答える烏が言うには、異変とはハラカルラで起きる水の激しい流れのことということであった。
二十年に一度、ハラカルラの水が大きく音をたて大きく動く。 水の動きを感じる。 それはハラカルラを感じているということ。 感じるだけではなく、稀に水の揺らめきが見える者、音を聞くことが出来る者がいる。 だがそれはかなり特別で黒の妹の方は揺らめきを見たり聞いたりしたのだろうということであった。
「だがその昔は縁がなければここに来ることは出来なかった。 今は村が出来ておるから別だがな」
そして開眼とは、二十年前に異変を感じた者が再び起きた二十年後の異変で、ハラカルラを見ることが出来るようになるということだと言い、それは一度目の時ほど感じなくても自動的に起きるということであった。
「だが二十年後に開眼して必要以上に驚く者はハラカルラを理解できておらん。 そのような者にハラカルラに入ってもらいたくはないが、これは致し方のないこと、異変を感じずとも開眼をしていなくとも、入ることの出来る入口があるのでなぁ。 まぁここまで入れる者は多少なりとも理解しておるのだろうがな、だから入ることが出来るというわけだ」
「最初に入った黒・・・その子供以前は理解できる者がいなかったというわけですか?」
「そうなるなぁ。 それとも縁がなかったか、入り口を見つけられなかったか、力及ばずだったか。 矢島などは入り口から入らなくとも、ハラカルラに入ってこられたがな。 初めて矢島が入って来た時、水がざわついてすぐに誰かが入ってきた事は分かったが、矢島の前の黒が跡を探しに行く手間が省けたと喜んでおった。 ああ、あの兄の方もそうだったか。 妹は一度もハラカルラから出んかったから、出来たのかどうかは分からんが、まぁ出来ただろうがな。 少なくともその二人と青一人と白の二人だけか」
矢島が水無瀬の前から姿を消した、兄の方が村の人たちの前から姿を消した、それがそういうことなのか。
「ああ、だが忠告しておく。 万が一、お前も出来るとして、そんな入り方をしては長くはハラカルラには居られんからな」
そういう形で入れるのは開眼で大きく開かれた、若しくは一回目に異変を強く感じた、そういうことが条件になってくるが、ハラカルラは入り口以外から入って来ることを認めていない。 不浄なものが沢山ついてくるからである。 よってハラカルラがざわつき渦を起こしてしまう。
「だから渦を起こさせないために自ら早々に出て行くよう。 入り口から入れば徐々に不浄なものが流されていく。 まぁ、致し方のない不浄はハラカルラも大目に見ているようだがな」
長が水無瀬に訊いた場所 『矢島に言わせるとこの辺りから始まっているというんだが』 あの場所から徐々に不浄なものが流されていたということである。
そして烏が続けて言ったのは、入口以外から入って来るのにはそうとうの精神力を使うということだった。
ハラカルラに渦を起こさせないためにと、何度も小刻みに出入りをするのも一案だが、そういうことをすれば身体が持たなくなってくる。 せいぜい一日に一回ないし二回。 だがそれも毎日できるものではないということだった。
「ではあちらに行く」
烏が一つだけ大きな穴の方に泳いでいった。
大きな穴を潜るとそこも岩穴で、黒青朱白と言われる穴のように上に続く穴ではなかった。
十五畳ほどの広さで、岩穴の周りには沢山の貝があり、あちこちに藻が水に揺れている。
そしてそこには白い烏が居た。
「遅い」
背中を見せていた白い烏が振り返り嘴を開いた。
「そう言うな、異変はこの男じゃったわい」
爺さん烏であろう黒の烏は黒の穴に異変を感じやってきた。 するとそこに水無瀬が居たというわけである。
白の烏が小刻みにゆっくりと飛び全身をこちらに向ける。
「矢島の跡でな、色々説明しておった」
いや、跡などと認めた覚えはない。
水無瀬が口を開こうとする前に白い烏が先に嘴を開く。
「そうか、矢島の跡か。 矢島は残念なことだった。 あと少しでも早く霊(たま)が飛んでくれば救えたものを」
救えた? え? どういうことだ?
「あの、救えたって・・・?」
白の烏が黒の烏を見る。
「ああ、何も知らんようでな、それで説明が長くかかったが霊の説明はまだしておらん」
「矢島が伝えなかったということか?」
「あ、あの、俺は矢島さんとは一回しか会ってなくて、それもその一回が頼むって言われただけで―――」
だから俺は何も知らないし、それに跡とか何とか承諾したわけではなくて。 そう続けたかったのに、次の言葉を発する前に白の烏に取られてしまった。
「ああ、そういうことか。 ではどうやってここに来た?」
『そういうことか』 で止まってくれれば続きが言えたのに質問を出されてしまった。 続きは質問に答えてから言おう。
「その、色々あって・・・結局は村の人たちに。 その後は信じられないとは思いますが魚に案内をされて。 あの、それで俺は―――」
「魚の案内か、そういうことか。 まぁ村の者は何もかもを深く知ることはないからな。 おお、そう、霊のことだったか」
「あ・・・はい」
言いたいことはあるが矢島を救えたかもしれないということは気になる。
「霊とは・・・」
光霊(ひかりたま)と言って、ここに入ることが出来た者、その者に与えられる。 それは物質ではなく身体の中に、ある種(しゅ)の力として入れられるもの。
そのある種の力というのは、与えられた者の身体の状態を察知する力である。 状態の察知と言っても単なる怪我や病気というものではなく、生死にかかわるもの。
死に直面した時には光霊が烏の元に飛んできて、与えられた者が死の瀬戸際にあることを知らせに来る。 知らせに来ると言っても喋るわけではなく、光霊が烏の元に戻って来たということだけでそういうことになる。
光霊が戻ってくれば、烏はすぐさま獅子にその者の肉体を救いに行くよう下知を出す。
だが矢島のように自ら死の淵を選んだ者の光霊は、すぐに肉体を離れて烏の元には戻ってこない。 それはその者自らがそれを選んだから。 光霊は自己の思いを優先する。 その様にしてある。 烏の一方的な思いで生きながらえさせることなどしない。 光霊は入れられてから二度の異変があったのち消滅する。
「分ったか」
「あ、はい。 何となく。 そのシシというのは?」
「獅子をまだ知らんか?」
「あー、はい」
長が狛犬のことを獅子と言っていたが、狛犬が、ましてや石で出来たものが何かをするはずもなく。
「ここに来るまでに見んかったか?」
「どんな姿形でしょうか?」
「獅子の姿、そうとしか言えん。 ああ、たしか矢島は阿吽(あうん)とかなんとかと言っておったか」
阿吽?
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ハラカルラ 第18回
水無瀬がすぐに立ち上がり机周辺をチェックする。 机の後ろの岩壁も押してみるが隠し扉などないようだ。
「何をしておるかー、さっさと来んかー!」
烏がバサバサと羽を動かし軽くホバリングをしながら嘴を大きく開けて叫んでいる。
「・・・うそん」
烏の先導で穴の中に入って行く。
穴の入り口は屈まなければ入れなかったが、中に入って数歩歩くと腰を伸ばし立つことが出来た。 ここも円柱状の作りで中に入ってすぐは直径一.五メートル弱ほどだったが、立てる所に来ると左右や足元はそのままで、上が突き抜けた形になっていた。
「いいか、水の中ではゆっくりと動け、歩け。 決して水をざわつかせるでない。 それは水の揺らぎに反することになるからな。 それと水は不浄を嫌う。 不浄なものは持って入るでない。 致し方ない時が無きにしも非ずだが、そんな時は極力早々に持ち帰るよう。 持って帰られぬ不浄、心の不浄だな、穢れとでも言おうか? 水は特にそれを認めん。 認めんが不浄なものの置きっ放しと同じで、水が直接何かをするわけではない。 水は争いを認めてはおらん、水自身も争うことをせんからな。 ただ、迎え入れてもらえない、水がざわつく。 水が大きくざわつき始めると渦が出来る。 その渦に巻き込まれるとどこかに飛ばされる」
烏に教えられながら斜め下へと歩いている。 上を見た時、やはりさっきの場所と同じで水の揺らめきが見えた。
今はもう全身が水に浸かっている。 早い話、烏は水の中をペンギンのように泳いでいるわけである。
水無瀬が常識という概念を手放した。 そうしなければ今を受け止められない。
どんどんどんどんと、下に向かって行く。
(地下帝国なんかに行くんじゃないだろな・・・)
もう水無瀬が歩いていたところより随分と下になっている。
更に降りていくと、やっと目の前に広い空間が現れた。 広いと言っても今まで上方向を除き閉塞感のある所をずっと歩いて来たわけだから、野原のように広いわけではなくとも広く感じる。
「ここ、は?」
「ハラカルラ」
「え?」
「お前たちの世でいう ”世界” というものをハラカルラと言う。 正しくはそうではないが、お前たちの耳に分かる、口で言える言葉で表すならばそうなる。 正しくは・・・」
また聞き取れない言葉を紡いだ。
「ここはハラカルラの中心・・・あー、何と言ったか・・・矢島が言っとった・・・コ、コ、コ・・・」
烏ではなくニワトリか?
「あ、そうそう、コア」
「コア?」
「コアを知らんか?」
「いいえ、知っていますし、中心よりそっちの方が分かりやすいです」
どうして俺は烏に敬語で喋っているのだろうか・・・。
「あー、やっぱりそうか。 矢島が言葉は変わってきているとは言っておったが、悲しいものよのぉ」
爺さん烏なのか?
「ここで何かするんですか?」
「おお、そうそう。 こっち」
爺さん烏が飛んで・・・・いや、広い方に泳いでいく。
広い所の中心に立たされた。 ぐるりと三百六十度を見渡す。 広さ的には二十畳あるなしの岩穴。 上を見上げると突き抜けていて明かりが入ってきている。 そして水無瀬が入ってきたと同じ様な穴が等間隔に他に四つある。 穴は合計五つということになるが、一つの穴だけは他の四つと比べると大きい。
「大きな穴以外は各々、黒青朱白と呼ばれる。 どこも今下りてきたと同じような作りとなっておって、お前が出てきた所は黒。 ここは単なる出たところと言った具合か。 矢島は・・・ピ、ピ、ピ・・・何と言っておったか・・・」
今度はヒヨコか?
「ピロティ?」
「あ、そうそう、それ」
この爺さん烏、時々軽い。
「ピロティか」
出たところよりかは聞こえがいい。
「ここで黒青朱白の者が鉢合わせすることもある。 そうだな、矢島からは何も聞いておらんのだろう? 黒の話も交えて話して聞かせよう。 その昔・・・」
その昔、烏はずっとここを守っていた。 だがある日、黒の方で異変を感じた。 すぐに黒の坂を上がって行くとそこには二人の子供がいた。 一人がもう一人を庇うように背にしていたが、その背から覗かれた目も、庇っている子供の目も穢れのない目をしていた。
『何をしておる』 烏はそう訊いたという。
すると道に迷ってここまできてしまったと言ったが、ハラカルラに入って臆することもなくここまでやってきたとは考えられなかった。
烏は二人の目を交互にじっと見た。 そして分かった。 二人は少し前に起きた異変を感じていたのだと。 更に背に庇われている子供は尋常ではない感じ方をしたようだと。
『水に赦しをもらおう』
一定の儀式を終えると背に庇われている子供だけが水に赦された。 それはここを守るということに繋がる。
赦しをもらえなかった妹を背にしていた兄は坂のあるあの穴を通ることは出来ない。 だから机のあったあの場所を、妹を守っていた。
そして赦しを得た妹は烏と共にここで守っていた。 ここで守るということは、ハラカルラを守るということになる。 ハラカルラで水の動きがおかしくなれば、ここから水を宥める。 妹はその力に長けていた。
それが二十年以上続いていたが、ある日、青に異変を感じた妹が烏にそれを報告した。
すぐに烏が青の穴を上って行くとそこに数人が居た。 そして誰もが開眼していた。
水の世界が見えるからと、同じような者たちが肩を寄せ合い小さくなって生活をしていたという。
だがその内、気が触れ亡くなった者が出だしたということだった。 いつかは自分達も気が触れてしまうのではないか、そういう不安から放浪するように毎日歩いていると、偶然にもハラカルラを見つけ続いてここを見つけた。 それは安堵の広がる思いだったという。
二十年前に起きた異変は今までになく強烈なものだったようで、兄妹以外にも多数の人々に感じさせ、その二十年後に起きた異変時には、同じように多数の人が開眼をした。 そしてその一部が内に秘める力を目覚めさせた。
その一部というのが、コアまで入ることが出来るということであった。
ある日、ここを守っていた青の人間が突然物足りないと暴れ出した。 その時ここに居なかった妹がここに異変を感じすぐにやってきたが、見境なく暴れる青の人間に痛めつけられた。
妹と青の人間はこの時初めて顔を合わせたという。 青の人間はさほどここには来なかったということだった。
烏は青の人間を何とか落ち着かせようとしたが、烏の言葉などに耳を貸す様子すら見せなかった。 このままでは水がざわつき始める。 そうなれば妹も巻き込まれてしまう。 妹に上へ逃げるようにと言い、どうにか水のざわつきが起こらないようにはしたが、だが同時に、ハラカルラで青の人間たちが暴れ出していた。
青の人間たちはハラカルラを跋扈し、水をざわつかせ、魚や亀、ここで生きているものたちを水の渦に飲み込ませた。 挙句に、偶然に見つけた黒の穴にまで上り、そこに居た兄と逃げてきた妹に手を出した。
烏は二人を守るのが役目ではない、ハラカルラを守るのが役目である。 二人を助けることなく、水を落ち着かせることに奔走していた。
青の人間たちが起こしたこと、それは考えられないことだった。 水に浸かっていれば争いなど起きるはずはなく穏やかに過ごせるはずだった。 ただ、不測の事態というものはどこにでもある。
二十年前の異変はおかしかったのだろう。
兄妹が開眼もしていないのに、臆することなくハラカルラに入ってきた。 二十年前に異変を感じたものが多数いた、その者たちがハラカルラに満足しなかった。
二十年前の異変はどこかが狂っていたのかもしれない。
「結局その時の青の人間たちは水の渦に飲まれた。 のちに朱と白、また新たに黒と青からも人が入ってきた。 黒青朱白の順でここを守る者が生まれた。 何の前触れもなく黒青朱白のどこかからここに入ってくる。 鉢合わせもするだろうて。 まぁ、特に昔の黒と青はそんなことがあったからなぁ、誰かがここに居れば引き返すようだし、他も誰かが居れば引き返しておったなぁ」
「黒のことは分からなくもないですけど、他はどうしてですか?」
「誰かがここでハラカルラを宥めているのなら、それでいいと思っておるのだろうなぁ。 それとも、ここは任せて外を回ろうと思っておるのか、訊いたこともないわ」
「そうですか」
妹はここに異変を感じてやって来た。 水無瀬自身そんな異変を感じるほどの力があるとは思えないが、三人の誰かとここで鉢合わせということは可能性としてあり得るだろう。 今も誰かが入ってくるかもしれないのだから。
「人間がここを守るというのは黒が初めてであった。 黒の、あの人間だけが水に赦しをもらった。 他の人間は単に異変を感じ開眼し、少なくともここまで来られるという内なる力が目覚めただけ」
「その異変とか開眼って何なんですか?」
長も言っていたし、多少の説明を受けたがいま一つ納得出来ていない。
水無瀬の質問に答える烏が言うには、異変とはハラカルラで起きる水の激しい流れのことということであった。
二十年に一度、ハラカルラの水が大きく音をたて大きく動く。 水の動きを感じる。 それはハラカルラを感じているということ。 感じるだけではなく、稀に水の揺らめきが見える者、音を聞くことが出来る者がいる。 だがそれはかなり特別で黒の妹の方は揺らめきを見たり聞いたりしたのだろうということであった。
「だがその昔は縁がなければここに来ることは出来なかった。 今は村が出来ておるから別だがな」
そして開眼とは、二十年前に異変を感じた者が再び起きた二十年後の異変で、ハラカルラを見ることが出来るようになるということだと言い、それは一度目の時ほど感じなくても自動的に起きるということであった。
「だが二十年後に開眼して必要以上に驚く者はハラカルラを理解できておらん。 そのような者にハラカルラに入ってもらいたくはないが、これは致し方のないこと、異変を感じずとも開眼をしていなくとも、入ることの出来る入口があるのでなぁ。 まぁここまで入れる者は多少なりとも理解しておるのだろうがな、だから入ることが出来るというわけだ」
「最初に入った黒・・・その子供以前は理解できる者がいなかったというわけですか?」
「そうなるなぁ。 それとも縁がなかったか、入り口を見つけられなかったか、力及ばずだったか。 矢島などは入り口から入らなくとも、ハラカルラに入ってこられたがな。 初めて矢島が入って来た時、水がざわついてすぐに誰かが入ってきた事は分かったが、矢島の前の黒が跡を探しに行く手間が省けたと喜んでおった。 ああ、あの兄の方もそうだったか。 妹は一度もハラカルラから出んかったから、出来たのかどうかは分からんが、まぁ出来ただろうがな。 少なくともその二人と青一人と白の二人だけか」
矢島が水無瀬の前から姿を消した、兄の方が村の人たちの前から姿を消した、それがそういうことなのか。
「ああ、だが忠告しておく。 万が一、お前も出来るとして、そんな入り方をしては長くはハラカルラには居られんからな」
そういう形で入れるのは開眼で大きく開かれた、若しくは一回目に異変を強く感じた、そういうことが条件になってくるが、ハラカルラは入り口以外から入って来ることを認めていない。 不浄なものが沢山ついてくるからである。 よってハラカルラがざわつき渦を起こしてしまう。
「だから渦を起こさせないために自ら早々に出て行くよう。 入り口から入れば徐々に不浄なものが流されていく。 まぁ、致し方のない不浄はハラカルラも大目に見ているようだがな」
長が水無瀬に訊いた場所 『矢島に言わせるとこの辺りから始まっているというんだが』 あの場所から徐々に不浄なものが流されていたということである。
そして烏が続けて言ったのは、入口以外から入って来るのにはそうとうの精神力を使うということだった。
ハラカルラに渦を起こさせないためにと、何度も小刻みに出入りをするのも一案だが、そういうことをすれば身体が持たなくなってくる。 せいぜい一日に一回ないし二回。 だがそれも毎日できるものではないということだった。
「ではあちらに行く」
烏が一つだけ大きな穴の方に泳いでいった。
大きな穴を潜るとそこも岩穴で、黒青朱白と言われる穴のように上に続く穴ではなかった。
十五畳ほどの広さで、岩穴の周りには沢山の貝があり、あちこちに藻が水に揺れている。
そしてそこには白い烏が居た。
「遅い」
背中を見せていた白い烏が振り返り嘴を開いた。
「そう言うな、異変はこの男じゃったわい」
爺さん烏であろう黒の烏は黒の穴に異変を感じやってきた。 するとそこに水無瀬が居たというわけである。
白の烏が小刻みにゆっくりと飛び全身をこちらに向ける。
「矢島の跡でな、色々説明しておった」
いや、跡などと認めた覚えはない。
水無瀬が口を開こうとする前に白い烏が先に嘴を開く。
「そうか、矢島の跡か。 矢島は残念なことだった。 あと少しでも早く霊(たま)が飛んでくれば救えたものを」
救えた? え? どういうことだ?
「あの、救えたって・・・?」
白の烏が黒の烏を見る。
「ああ、何も知らんようでな、それで説明が長くかかったが霊の説明はまだしておらん」
「矢島が伝えなかったということか?」
「あ、あの、俺は矢島さんとは一回しか会ってなくて、それもその一回が頼むって言われただけで―――」
だから俺は何も知らないし、それに跡とか何とか承諾したわけではなくて。 そう続けたかったのに、次の言葉を発する前に白の烏に取られてしまった。
「ああ、そういうことか。 ではどうやってここに来た?」
『そういうことか』 で止まってくれれば続きが言えたのに質問を出されてしまった。 続きは質問に答えてから言おう。
「その、色々あって・・・結局は村の人たちに。 その後は信じられないとは思いますが魚に案内をされて。 あの、それで俺は―――」
「魚の案内か、そういうことか。 まぁ村の者は何もかもを深く知ることはないからな。 おお、そう、霊のことだったか」
「あ・・・はい」
言いたいことはあるが矢島を救えたかもしれないということは気になる。
「霊とは・・・」
光霊(ひかりたま)と言って、ここに入ることが出来た者、その者に与えられる。 それは物質ではなく身体の中に、ある種(しゅ)の力として入れられるもの。
そのある種の力というのは、与えられた者の身体の状態を察知する力である。 状態の察知と言っても単なる怪我や病気というものではなく、生死にかかわるもの。
死に直面した時には光霊が烏の元に飛んできて、与えられた者が死の瀬戸際にあることを知らせに来る。 知らせに来ると言っても喋るわけではなく、光霊が烏の元に戻って来たということだけでそういうことになる。
光霊が戻ってくれば、烏はすぐさま獅子にその者の肉体を救いに行くよう下知を出す。
だが矢島のように自ら死の淵を選んだ者の光霊は、すぐに肉体を離れて烏の元には戻ってこない。 それはその者自らがそれを選んだから。 光霊は自己の思いを優先する。 その様にしてある。 烏の一方的な思いで生きながらえさせることなどしない。 光霊は入れられてから二度の異変があったのち消滅する。
「分ったか」
「あ、はい。 何となく。 そのシシというのは?」
「獅子をまだ知らんか?」
「あー、はい」
長が狛犬のことを獅子と言っていたが、狛犬が、ましてや石で出来たものが何かをするはずもなく。
「ここに来るまでに見んかったか?」
「どんな姿形でしょうか?」
「獅子の姿、そうとしか言えん。 ああ、たしか矢島は阿吽(あうん)とかなんとかと言っておったか」
阿吽?