孤火の森 第62回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第62回




「最初に、どうして最初の最初にアーギャンは海の民の前に現れたんだ?」

そこのところをサイネムは話していないし、ゼライアも時の女王からの教えに無い。 きっとサイネムも時のローダルからの教えは無かったのだろう。

「きっとその事は時の女王も考えたと思う」

「でも分らなかった?」

ゼライアが首を振る。

「え? 分かってた?」

そうであるのならば、そこを解決すればいい話ではないか。

「女王の教えの中には生態に関することもあるの。 でもその殆どは森に住む生き物の事。 森の民は海には住まない。 だから海の生き物の生態のことは詳しくは分からないの」

分かっているのは寒い地方に住む陸海両性の肉食獣ということだけ。
だからアーギャンが何処から来たのか、天敵が増えたから移動してきたのか、まずアーギャンは移動するのか、また天敵がいたのであればその天敵とは、その他に考えられることがあるのかすら分からない。

「そういうこと・・・」

分からないことが分かっていたということか。

だがそれはそうだろう。 いくら他の民が女王に頼ってきたとて、女王とて森に生きているのだ。
山の民ならば山に生きる獣や山の地質に詳しい。 それは森に生きる女王よりも詳しく知っている。 だが総合的に考えるということは出来なく、女王は森に生きる獣から関連付けて山に生きる獣のこと、森の木々から与えられる地の事を考えることが出来る。

だが海の民であるならば、森に海はない。 関連付けて考えることも出来なければ、それを知る知識も少ない。
ただ陸海に関係なく、いや、それを飛び越えて誰よりも優れているのは、呪。 呪には陸も海もない。 民はそこに頼って来ている。

きっと時の海の民も薬草などと時のかかるものではなく、さっさと呪でどうにかしてほしかったのだろう。
民の生死がかかっているのだ、そう思うことが分からなくもないが・・・。 そう思うとゼライアの事情、今の森の民の事情をよくよく知っている若頭が口にした、自分達で出来ることを教えて欲しいと言ったことが胸に刺さる。
もしそんなことを海の民に言えば、森の民の事情など知るはずもないだろう、と言われるかもしれない。

「あーあ」

後ろに腕を回すとドタンと仰向けに寝転んだ。 同時に胡坐をかいていた足を解いて投げ出す。

「若頭を助けたいんだけどなぁ・・・」

少し間をおいて「そうね」 とゼライアが答えるがその表情が暗い。 自分の不甲斐なさに落ち込んでいるのかもしれない。 ゼライアの表情をちらりと見たザリアンが顔を戻す。

「若頭・・・寂しかったでしょうね」

兄弟と離れて。 ましてや生まれて間もない妹と離れて。 若頭の様子からどれほど妹のことを思っていたのかが窺われた。

「そうだな。 そんな顔見せなかったもんな。 我慢してたんだろうなぁ」

「・・・でもそう思えばどこか寂しそうな顔ばかりしていた」

「大笑いはしなかったな」

「一度も聞いたことはない」

「オレでも・・・まずブリテルと離れるなんて考えられないし、万が一にも離れてたら笑えないもんな」

「・・・」

何故だろうか、ゼライアからの返事がない。 ゼライアはザリアンと離れられるということか? 離れていても笑えるということか? 不安になったザリアンが半身を起こしてゼライアを見る。

「ブリテル?」

そのゼライアは下を向き目を閉じている。 何かを考えている、若しくは教えの中の何かを探っているかのようである。
暫く経つとゆっくりと瞼が上がってきた。

「なに? どうした?」

「・・・万が一にも・・・」

瞼と同じようにゆっくりと口から言葉を紡ぐ。

「え? なに? 万が一にも?」

「万が一にもだったら・・・」

「え?」

ゼライアが下げていた顔をゆっくりと上げ、その視線をザリアンに合わせた。


ムスッとした顔で腕を組み胡坐をかいている。 サイネムのそんな顔は滅多に見られるものではないが、それを喜んで見られるほどの余裕は今のザリアンにはない。

「で」

「で、って・・・」

「どう答えたんだと訊いている」

そんな言葉は一言も言っていないではないか。 “で” の一言だったではないか。

ゼライアからとんでもないことを聞かされたあと、サイネムからの教えを受け、ついさっき終わったところであった。 そこでゼライアとの間であった話をしたのだが、見る見るうちにサイネムの顔付きが変わっていき、たった一言 “で” と言われたのである。

「えっと・・・オレはブリテルのローダルだから、その、ブリテルの思いは・・・叶えたい、って」

「・・・それで」

「それでって・・・」

「それだけ言ったわけじゃないだろう」

「う、ん」

下を向いているザリアンをじろりと睨むと、ムスッとしていた顔を苛立たし気に変えていく。

「かぁー! お前とは話がなかなか進まん!」

「だって・・・」

「だから何なのだ! はっきりと言え!」

サイネムの声は外まで聞こえている。

「サイネム・ローダルは今日もお怒りのようですね」

よいしょ、と、枯れた小枝を抱えている手を抱え直す。

「まぁ・・・分からなくもない、と言ってしまうとザリアン・ローダルが気の毒ですが・・・」

こちらも小枝を抱え直す。 二人の足元では孤火が何か手伝うことは無いかと訊いているようにウロウロとしている。

「頑張っておられることはおられるのだがなぁ。 なにぶん・・・」

「ああ、どうしてあんなにとぼけられるのでしょうねぇ」

互いに目を合わせ溜息を吐く。 だがもしそれだけであれば、サイネムの怒りもまだましだったかもしれない。

「それと・・・多分、言葉でしょうね」

「そうでしょうね。 言葉が呪を邪魔していますからねぇ」

「最近それがとみに目立ってきているような」

「慣れとは恐ろしいものです」

例えば。
『地の理(ことわり) を以って、その力、我に貸したもう』
と、唱えるところをザリアンが唱えると
『地の理、力を貸してくれ!』 となってしまう。

思わずサイネムがザリアンの頭頂に拳骨を与えるが『だって、力が入ったら、つい・・・』 と、のたまうが、力が入ったら、と言うより、気持ちが入ったら、ということなのだろうが。

『意味が違ってくるだろうが! この馬鹿者が!』 理に力を貸してくれとはどういう了見だ。 それに『まずにおいてその口の利き方は何だ! 地を敬えんのか!』 と、サイネムの怒りは収まらないのだった。

「まずまずサイネム・ローダルは、まだまだローダルの座を譲れないということ、でしょうか」

「有り得ない事ですけどね」

女王が代わればローダルも必然的に代わるのが慣例であるが、そうはならないようである。 だがそれは尤もだろう。
それにしても孤高のローダル像が崩れていくようである。

「うん?」

いつの間にか足元の孤火が増えている。 その中の一匹が口に何かを咥え、それを渡すような仕草を見せている。
小枝をもう一度抱え直すと片手を離し、その手を孤火の前に差し出す。 すると孤火の口の中からポロリと欠片が出てきた。 その欠片が差し出した掌の中でころりと転がる。

「ああ、金粒。 探してきてくれたですか」

もう一人も腰を屈めて掌の中を見る。

「立派な大きさじゃありませんか。 あと少し集まると柄が出来る量になりますよ。 ありがとう」

鞘を作るにはまだまだ足りないが、それでもありがたいことである。

歴代の御子はそれぞれに立派な剣を持っていた。 その剣は大人になっても持ち続け、次代の御子が産まれるとそれを譲っていた。 代々の御子が手にするものだった。 たった一度、セイナカルの先祖に持ち逃げされた以外は。

持ち逃げされたあとには新たに作られ、ピアンサもサイネムも新たに作られたものを持ってはいたのだが、あの戦乱の中、剣を持ち出すことは出来なかったはず。 現にゼライアもザリアンも宝剣を持っていない。 そしてその剣はきっと州兵の誰かの手に渡ってしまっているはず。 もう戻ってはこない。

ザリアンとゼライアは御子が持つべき剣を持っていない。 もう御子ではないが、それでも女王の御子であったのだ、急ぎ作り渡したいと思っている。 孤火たちはそれに協力してくれている。
孤火たちは昔からそうであった。 金銀、石、穴を掘ってはそれを口に咥え、孤火の森の民に渡していた。 民たちはそれを有難く頂き、小屋の中に収めるとそれを加工したり、他の森にも渡していた。

その昔、セイナカルの先祖の仲間たちにその小屋を荒された。 そして前女王の時には州兵に荒らされた。
今この孤火の森には何一つ残っていなかった。


ゼライアがザリアンに言ったのは。

『万が一、万が一にもだったら離れられる? 若頭の郷にポスイル一人で行ってもらえる?』

ということであった。
もしここで止まっていたのであれば、ザリアンの返事は違ったものであったのだろうが、付け加えられた一言に思わず思ってはいないことを言ってしまった。

『あ、でも、サイネムが一緒じゃなきゃ不安よね』

『は!? サイネムが!? なんでそうなるんだよ! オレ一人で行けるに決まってんだろ!』

言ってからシマッタと思っても時遅かりしであった。

「ふぅーん、そういうことか。 お前ひとりで若頭の郷に行けるということだな」

「あ、えっと・・・その・・・」

「女王への二言はないな」

「あー・・・う、ん」

「煮え切らん奴だ」

「だって、だって、サイネムだって前女王と離れるなんて考えられなかっただろ?」

「当たり前だ」

だが双子を抱えてピアンサから離れた。 もしあの時自分がピアンサを守っていれば・・・幾度そんなことを考えただろうか。 ローダルのすべきことを分っていたとしても、つい考えてしまっていた。 いや、今でも考えてしまう。

「いずれにせよ女王への二言は許されない。 それなりの理由があれば許されるものではあるが、お前のことだ、やっぱやめる、とか、やっぱ無理、とかという軽い理由なのだろうからな」

下唇をプリッと出してブスッとした目でサイネムを見る事で応える。 まさに正鵠を射られた。
それを見事なまでに無視するサイネム。

「ゼライアに何か考えがあるのだろうが・・・」

いったいどうしようと思っているのだろうか。
まさか呪の経由などということは考えてはいなかろう。 ザリアンにはまだそんな力はない、あったとしても距離が離れ過ぎている。 それはゼライアも分かっているはず。
そしてゼライア自身もそうである。 まだ呪の経験が少ないゼライアに呪を飛ばすことにはかなりの無理がある。

「ふむ」

ザリアンを間に挟むより直接ゼライアと話す方が無駄がない。

「少しゼライアと話してくる。 お前は呪の言葉が身につくまで何度も復唱しておくよう。 いいか、正しい言葉でな! それと、何度も言っているがオレではなく、わたしだ。 それも何度も復唱しておけ」

「へーい」

「はい、だっ!」

バタンと戸を閉めたサイネム。 肩越しにその戸に振り返る。
結局ザリアンは一言もサイネムからゼライアに考えを変えるように言ってくれ、とは言わなかった。

「まぁ、それとなくは言っていたがな」

『サイネムだって前女王と離れるなんて考えられなかっただろ』 その言葉の中にどれほどの気持ちが入っていただろうか。
ローダルとして女王・・・いや、女王にならずともだ。 シーリンと時を同じくしないということがどれ程に静心(しずごころ)を失う事か。

ローダルとして先代ローダルから教えを乞う以外は、ローダルはシーリンと時を共にしているもの。
シーリンが女王から口伝を聞いている時だけ離れる。 それはたとえローダルといえども聞いてはならない口伝だからであり、その時にローダルとしての教えを先代から乞う。 それ以外はずっと一緒に居る。 そうしたいから、しなければ居ても立っても居られなくなるから。 何があるというわけではないはずなのに、切迫感すら感じてしまうから。

その気持ちを一番分かるのは同じローダルだけ。 シーリンも同じようには考えるが、伴侶が出来、我が子を授かれば我が子の方に目を向ける、心を向ける。 それは女王として当たり前のことなのだが、シーリンにローダルと離れたくないと思う気持ちはローダルより薄い。 だからゼライアがそんな提案を出せた。 決して離れていても平気ということで出せたわけではないが、大切な何かを通すのに一緒に居るということを横に置くことが出来る。

今この世でザリアンの気持ちが分かるのはサイネムだけ。

「まぁ、あの出来でそれを口にしなかったのは・・・」

上出来としよう。
ゼライアとの会話は色んな意味でいただけないが。

サイネムがゼライアに何か考えがあるのだろうが、と思いながらゼライアの元を訪ねると、確かにゼライアが首を縦に振った。 だがそれは半分弱々しいものであった。

「まだポスイルには出来かねるでしょう。 私自身とて不十分であることは分かっていますが、呪の経由を使うしかありません」

やはりその手を使うのか、そうは思ったがそれは可能に終わるだろうか。 まだまだ力の幼いザリアンと、知識こそあれ経験のないゼライアで成り立つのだろうか。 可能に終わるどころか始まることもままならないのではないだろうか。 それに、と思った時にゼライアが言った。

「まだまだ未熟な私ですが若頭の力になりたいのです、育ててくれたご恩をお返ししたい。 若頭はずっと私を待っていて下さいました、それに応えたいのです」

急かすこともなくずっと静かに待っていた。 口にせずともそう言っているのが分かる。
ついさっき、それに、と思った時 “そこまでしなくてはならない道理はないだろう” と思いかけたところだった。 だがそれを口にする前に見事に反駁してくれた。
そして 「サイネム、力を貸して下さい」 と言われてしまった。

それからというもの、取り敢えずはザリアンをお頭の元に走らせ若頭の足を止め、戻って来たザリアンには特訓に次ぐ特訓であった。



「それじゃあね」

「はい、長い間本当に有難う御座いました」

「注意事項は守って下さいね」

「はい」

岩国に肩を貸りた今津がやっと陽の光の下に・・・ではなく、月明かりの下に出た。

「俺がちゃんと見張ってます」

「ええ、そうして下さい。 若い患者ってのは得てして無理を無理とも思わず通しがちですから」

「はい」

「たまには周南と三人で遊びに来てね」

二人が頷いて祇園を見たあと、後ろにひっそりと立っている白玉を見る。

「白玉も色々とありがとう」

白玉のことは『言ってみれば今津と同じようなもの、足の骨を折って長くここに居たの』 と説明をされていた。 そして言ってみれば里帰りをしにきたのだと。