孤火の森 第38回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第38回




リョーシャンに食べさせてもらったり宿を取ってもらったり、全てをリンゼンはまだ返せないでいる。
決して金を返せと言うわけではなく、こんな状態のリンゼンだからリョーシャンも置いて逃げることが出来なかった。

「今日はもう店じまい。 飯食って、寝て、明日が来る。 言っただろ?」

その明日の朝には今度こそリンゼンの前から姿を消す。

「・・・申し訳ありません」

リョーシャンのその台詞は毎回聞かされていた。

「占いって?」

二人の会話の間にドリバスが入ってきた。 やはり呪師ということで気になるのだろう。

「あ、失せ物を」

「ああ、失せ物探しか。 わたしは得意ではないからよくは分からんがな」

「何を得意とされているのですか?」

二人の会話が成立していくようだ。 それにドリバスもさっきまで目立たぬようにか背を丸めていたが、話に気を取られたのだろう、その背がピンと伸びてきている。

(話に気を取られて簡単に姿勢が戻るってことは、それほど州兵に咎められる様なことをしたのではないのかな?)

金は持っていると頷いていた。 食い逃げではないだろう。

(おっと、州兵だけじゃない。 城を気にしてたんだった。 ふーん、おっさん、城で何かヘマをしたか?)

だが・・・着ているものこそ街の呪師のナリではないが一介の呪師だろう。 城には城に囲われた呪師が居るはず。 こんな一介の呪師が城に入ることなど到底ないはず。

(城に入ったのではなく、城に関わった? ヘマをしたにしろ何にしろ、だから城お抱えの州兵から逃げている?)

会話を続けている後ろを歩く二人の様子に耳を傾ける。

「わたしの得意は “追い”」

「まぁ! “追い” がお出来になるんですか?」

リンゼンの声にドリバスが肩を落としたのが分かった。

「それがねぇ、あくまでもわたしの中での得意であって、秀でたものじゃないんだよ」

そうだ、秀でたものでは無い。 それなのに声高に “追い” に関しては誰にも引けを取らない、そう言ったのが間違いの始まりだったのかもしれない。

「あ、あら・・・。 では他には?」

「取り敢えず何でもするがね、でもどれも並だ」

どう見ても聞いても単なる街の呪師のようだ。 特に城に深く関わった様子はなさそうだ。 何かがあって、それも知れた程度で城に呼ばれ、そこで飾り壺の一つでも袖に引っ掛けて壊したのかもしれない。 そうでなかったとしてもその程度なのだろう。
たてていた聞き耳を閉じる。

(もしかして良い手があるかと思ったがアテが外れたか。 まっ、焦って近回りをすることもない)

そこで尻尾を踏まれればお終いだ。

段々と沈んでいく陽を見上げた。 あと少しで辺り一面茜色に染まる。

(そうだ、焦ることは無い)

『兄ちゃん! 兄ちゃん!』

あの時の弟の声が頭の中にこだまする。

『ん? どうした?』

家の戸を勢いよく開け、弟が飛び入ってきた。 そちらに目をやると開け放たれた戸から、茜色に染まった光が家の中に入ってきた。 読んでいた本から目を外すと弟は息せき切り顔を真っ青にして、椅子に座っていたリョーシャンの膝に縋りつくように膝をつき、末っ子の妹の名を何度も叫んだ。

『え? どうした!?』

持っていた本を机に叩きつけるように置いた。

まだ茜色に染まる前の空を見てから、瞑った瞼の裏に今も焼き付いている妹の姿が見える。
茜色に染まった光と同じ色をした液体が妹の腹から出ている姿が。



お頭と若頭が緊張した面持ちで山を見上げた。
その山は陽と共に儀式の始まりを示した山。

儀式が始まった日とは違い、雲の姿が見えるにしても今日はよく晴れている。 雲が陽の一部を隠したとてその全体は見て取れる。
陽が山の頂に刺された。 いや、刺されたように見えるだけであって、決して山と陽がおでんのように一体になったわけではない。 陽は山の向こうに姿を隠していくだけである。 そしてこれから辺りを茜色に染めて段々と沈んでいく。

三日前のこの時から儀式が始まった。
サイネムは通常儀式は三日かかると言っていた。 夕刻に始まり三日後の夕刻に終わると。 だが儀式に臨んだブブは何も知らなさすぎる、翌日までかかるかもしれないとも言っていた。

お頭と若頭が陽から目を転じる。 そこにはあの日から衰えることも無く、今も光り輝くブブを包んだ楕円の形をしたものが木についたままである。 どんな変化も見られない。

「お頭・・・」

「・・・」

「お頭?」

お頭からの返答がない。

「お頭っ!」

「うぇ・・・」

お頭からおかしな声が上がった。
若頭が斜にお頭を見る。

「寝てましたね。 一瞬にして」

「おぁ?」

「何度呼んでも寝てましたぜ」

完全に覚醒したお頭がパチパチと何度か瞬きを繰り返す。

「まぁ、仕方がないですがね」

若頭の声など耳に聞こえなかった。 若頭の言うように一瞬にして・・・。 声をかけられたのは二度それとも三度か? それ以上か? とにかく寝てしまっていたようだ。

「なんでぃ、その仕方がねーってのは」

若頭が眉を上げる。
その意味が言わずとも分かる。 お歳ということだ。

「けっ!」

お頭の体力はかなり落ちてきているだろう。 だが今は、この三日前からのことはブブのことが最優先だ。 それはお頭だけではなく、ポポも群れの仲間もそうだ。
少し離れたところに陣取っている群れの仲間は交互に睡眠をとっているようで、ブブに何かあれば起きている者が寝ている者を起こす。 そんな話になったのだろう、今は半数が起きている。

「変わりませんね」

サイネムから聞かされた通常の状態の儀式であればもう終わる。 だがそれはブブの場合には最短時間となる。

「焦るこたーねーよ」

サイネムからは明日までかかるかもしれないと聞かされているのだから。
これから陽が山の向こうにどんどんと姿を隠していく。
ここに来て三度目の茜色に辺りが染まった。



ふうっとサイネムが息を吐いた。

立ち枯れ状態の木々には葉はついていない。 あの山の向こうから射してくる陽が茜色に染まってくれば、森の中にいるとは言えその色を見ることが出来る。

少し前からセイナカルからの攻撃は止んでいる。 今日はかなり長く撃ち続けていた。 攻撃が止んでから暫くは様子を窺っていたが、きっと長い休憩に入ったのだろう。

張り詰めた気を緩めると、ぶるっと背筋に寒気が走った。
汗をかいた衣が背中に貼り付いてそれが冷えてきたのだ。 ここのところセイナカルが休憩に入る度にこの状態になる。
決して身体に良いとは言えない。 事実、サイネムの身体は熱っぽく、顔の色は熱っぽさから赤味を帯びているが青白くもある。 そしてその頬のこけよう、目の下のクマは日に日に酷く進んでいる。
たとえ森の民と言えど、不死でもなければ不病でもない。

「儀式はどうなっただろうか」

無事に終えただろうか。 それともまだ終えていないだろうか。 もし無事に終えていたとすれば、あと少しもすればそれなりに森に変化があるはず。
ふっと息を吐き、ゆっくりと瞼を落とす。 途端、頭の中がぐらりとした。 続いて身体が傾ぐ。 思わず手を着いて身体を支えた。

「くぅ・・・そろそろ限界か」

だからと言って結界を解くわけにはいかない。
今の一瞬で緩んでしまった結界を強化しなくてはならない。 姿勢を整えると胸の前で指を組み替えながら呪を唱える。
弱っている身体に集中は厳しい。 さらに頬がこけていくようである。

呪を唱え終わり指の動きも止まった。 手をそっと組まれた足の上に下ろす。 今また集中していたからだろう、またもや背中に寒気を感じる。

今日までのこと、先ほどまでのことを頭に浮かべる。
結界が緩んでしまったタイミングでセイナカルに撃たれていれば、今のセイナカルであれば結界に傷を入れられたかもしれない。 休憩に入るごとにセイナカルの力は上がっている。

「破壊の力など・・・」

普通に生活をするに必要な力ではない。
それなのにセイナカルはどこか喜んでいるように感じた。 それは結界を破るということだけを望んでいるからだろうか。 そしてその思いに呼応するように、自分の力が増幅しているのを感じているからだろうか。

「哀れな」

それではあの宝剣を盗んだ少女と変わらないではないか。 宝剣が呪の力になり替わっただけではないか。

いつの間にか辺りは茜色の姿を隠し暗闇に包まれていた。 森にどんな変化も感じない。
儀式が夕刻に終わらなかったということだ。

きっとセイナカルは長い休憩を取るだろう。 その次にはまた力をつけているかもしれない。
セイナカルが休憩をとっていると分かっていても、サイネムは呪を解くことは出来ない。 いや、単なる結界の呪ならば放っておいても良い。 だが力ある者が居るのならば、いつ破られるか分からないのだ、結界に神経を走らさなければいけない。
サイネム自ら結界を解除することはあっても、破られるわけにはいかない。



これが、この儀式が真冬でなくて良かった。
暗い空に姿を現した月を眺めてから、そのへんでゴロゴロと寝ている群れの男達を見てお頭がつくづくと思う。

(だからって、眠られねーほど寒く無いわけじゃねーつってもなぁ・・・)

ぶるりと身体を震わせ、少し離れたところで眠っている女三人を見る。
ヤマネコ、チャトラ、サビネコはブブを包んでいた掛布を身体に掛け身体を寄せ合っている。 チャトラとサビネコはウトウトしているようだが、ヤマネコは二人を両腕に抱えながらじっとブブを、光り輝くものを見ている。

ポポはと言えば、ヤマネコが掛布をかけようとしたのを首を振って断り、途中でいなくなったことで意地になっているのか、それとも心底ブブが心配なのか、抱えた足に顎を乗せヤマネコと同じようにブブを見上げている。

(どっちもだな。 意地もブブの心配も両方ってとこか)

ポポが寝ていれば身体を冷やすのではないかと心配に思ってしまうが、起きている以上は何とかなるだろう。
視線を巡らせて若頭を見ると、少し前までお頭の横に居たが位置を変え、今はアナグマの隣に座り込み何やらボソボソと二人で話している。

(まぁ、男たちは慣れたもんだからなぁ、アイツら二人は根本的に冷えから熱を出すってもんを知らないからなぁ)

肉を食べるために山の中の獣を追い立てたり罠を仕掛けたり、男たちは穴の外で寝ることには慣れている。 それでも中には熱を出したりする者がいるには居るが、今回は獲物を追って体力を使っているわけではなく反対にじっとしているだけである。 多少いつもと違うのは、腹が減っている程度だろう。
そして若頭とアナグマが熱を出したり、骨を折ったり具合が悪くなったなどと聞いたことは無い。 あの二人に関しては何の心配も要らない。

「旦那が言ってたように、長引くみたいだな」

アナグマが片方の眉を上げて若頭を見る。 その上がった眉の意味を間違いなく受け取った若頭。

「腹に一発ってとこか」

「そうだな、吐くもんもないなら、それが一番か。 頭じゃこの寝不足だ、間違ったことになっても困るからな」

二人が話しているのはポポのことである。 ポポを強制的に寝させようということであった。

ポポはポポなりにブブのことが心配なのだろうが、それでもまだまだ少年。 サイネムが言っていた、通常であれば終わっている儀式の期間はちゃんと起きていたのだ、それで及第とせねばポポの身体に宜しくない。

「ついでに、あっちも。 そろそろ身体に悪いだろう」

そう言って顎をしゃくった。 若頭が目先を変えてアナグマが顎で示した方を見ると目が合ってしまった。
目の合った相手、お頭の背中にぞくりと悪寒が走る。

「ちっ、アイツらろくでもねーことを考えてんじゃねーだろうな」

お頭から目を外した若頭がアナグマを見る。 それは行動を起こすにあたり、どちらがポポでどちらがお頭か、ということである。

「お頭は譲る」

アナグマが言った。

「いや、シカ肉を付けて返す」

互いに年寄りに拳を入れたくないようである。

延々と互いがお頭を譲り合っていたが、最終的に夜が明けてからにしようということになった。 そこまで待てば上手くいけばお頭自ら寝るかもしれないということであって、もし寝なければそれはその時のこと。 誰かになすりつけようと互いの意見が一致した。



月の下、城の中のざわめきが消え、衛兵が見回っている暗がりの中、人影が動いている。 その中の一人は紙一枚を持っていた。 そこには “牢建屋” と書かれている。

城に忍び込んだ岩国と東山達の仲間であったが、それが二部隊に分かれていた。 一部隊は牢屋に囚われているだろう仲間を解放する為、もう一部隊は城の中に入り城の様子を探るという具合になっていた。 手始めに城の中のことが何も分からないが為、城の内部の構造を探るということであった。

だがようやく城の中に入ったものの、身動きが取れないでいた所に “牢建屋” と書かれた地図を手に入れた。 それは城の全体図を描いた地図ではあったが、城の機密に関する場所はかかれていなかった。 “下男下女屋” “厠(かわや)” “厨(くりや)” “東屋” 等々だけである。

城内部の構造を探る部隊には不必要なものであったが、囚われているであろう仲間を解放する部隊には必要な地図であった。 それに囚われているのであれば、仲間を解放したいのは部隊別に関係なく誰もが思っていることである。

牢屋を探している部隊と接触をしたいが、どこをどう歩いているのかが分からない。
それに何も分からないままでの城への侵入だ、まだ方向も目印になるものも何も分からない状態である。 それが故、分散することを嫌い、城の内部の構造を探ることを後に置き、今は二部隊で行動を共にしようと、牢屋を探している部隊を探している。
それになにより夜に動くのである。 この部隊の夜目や遠目、耳の利く宇部と離れてしまっては誰も動きがとれない。

「宇部、どうだ? どこかにいないか?」

もう一部隊と接触をし、この地図を渡したいが全く見当たらない。 いったいどこを移動しているのか。
宇部が首を振る。
どこにも見当たらないらしい。

「このままこっちで “牢建屋” に行った方が早いかもしれない」

「いや、それは・・・」

一人が宇部と同じように首を振る。
どうしても城の中の見取り図を作りたい。 自分たちが見つかっても、それでその後どういうことがあっても、それを恐れてなどいない。 だが見つかってしまっては見取り図を作れない。 牢にいる者を解放するということは、まず捨て身にならなくてはならないだろう。 そうなれば本来の目的が果たせない。 後に残す為にはどうしても見取り図が必要だ。

「だがこれ以上―――」

宇部の後ろからも声がかかったが、すぐに振り返り口の前に指を立てた。

「しっ!」

喋りかけた後ろの男が口を噤(つぐ)む。 そして宇部と話していた男も目だけを動かし辺りを探ろうとしている。
かさり、かさりと草を踏みしだく音が聞こえる。

(一人ではない・・・)

宇部が更に耳に集中する。