孤火の森 第25回

大福りす
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 



孤火の森(こびのもり)  第25回




何もしなければよいのだ。 今までのように人を殺めさえしなければ、この痛みは二度と感じないはず。
徴が止まったと同時に強い痛みが引いていった。 だが徴は・・・絵筆で書いたようなしなった茨の形をした徴が痣のように残っている。

恐くなった。 呪師を訪ねた。 だが何人もの呪師を訪ねても呪師は首を横に振るだけだった。 このような呪は見たこともないと言って。

宝剣と首飾りを手にした事を仲間には言っていない。 森の女王を宝剣で刺した時には、あの時の男には見えていなかったはず。 いや “はず” ではない、見えてはいなかった。 だから宝剣を差し出せとは言ってこなかった。

『このままアイツラと居ると・・・』

自分が子を産んでその子に痣があらわれようが、その子に子が生まれなかろうが、そんなことはどうでもいい。

『あの痛みはイヤだ』

痛む顔を押さえなければ・・・いや、押さえたとて痛みが引くわけではない。 それほどに痛い。 だが痛みに耐えきれないのではない。 顔を抱え込んで七転八倒するようなものでは無い。 痛みであり、痛みではない別種のものが入り混じっている。
それは恐怖なのかもしれない。

今は痛みがなく落ち着いているが、仲間と居るとこの痣が広がる。 それと同時にあの痛みがやってくる。

『イヤだ』

少女は宝剣と首飾りを懐に入れ仲間から去った。
仲間にすれば何を取られたわけではない。 歳も浅い、勝手にさせればいいと追うこともなかった。

宝剣を売ろうと市に出たが相場が分からない、ましてやその価値も。 どうしたものかと手の中で首飾りをもてあそんでいると声をかけられた。
立派な服を着ていた。 男は商人だと言った。 首飾りを譲って欲しいとも。
言い値は少女が耳にした事もない値だった。

『どうせどこからか盗ってきたんだろう。 それで十分だろ?』

『ば・・・馬鹿にすんな!』

その時はそのまま走って逃げた。 だがある程度の相場が分かった。 商人は “どうせ” と言っていた。 盗ってきたものなのだからそれで十分だろうと。 ということは、耳にしたこともない値だったが、それ以上で売れるということ。
少女は商人を渡り歩いた。
誰もが少女の身なりを見るなり訝しげな顔をし、少女の顔を見る度、顔を歪め門前払いを食わそうとしたが、宝剣と首飾りをチラつかせると態度が一転した。

宝剣一つ売るだけでひと財産。 二つ売るとそれだけでこの顔でも金のある男と身を固めることが出来た。
楽な生活を味わった。
食べるためにあくせくする必要もない。 破れも汚れもなく、焚きしめられた香に包まれたきらびやかな服に手を通す。 喉が渇いたと言えば目の前に杯が出てくる。 見たこともない豪華な食事が毎日並ぶ。 長く伸ばした髪の毛で痣さえ隠しておけば誰も顔を歪めない。
そして女の子を産んだ。

産んだ子は母親より金のある所に嫁いだ。 その子が女の子を産むとその子も母親より金のある所に嫁ぐ。 それが延々と繰り返された。
女州王の祖母は呪力で大金を得ていた男の元に嫁いだ。 力の有る呪師である為、州王との繋がりも深い。 そして母が州王に嫁ぎ女州王が生まれた。
その女州王は祖父の力を強く継いでいた。



「森に兵が押し入ってきた時、兵だけなら何とでもなった。 たとえ街の民の呪師がいてもな」

だが女州王の呪力は街の民の呪師程度ではなかった。

「女州王はその顔に呪の徴が現われたとき、何もかもを知った」

だから力ある祖父の血を継ぎながらも呪の力を更に磨いた。

「疲弊した森の民の弱くなった呪は次々と女州王に消されていった。 まぁ、兵が次々と湧いて出てきたというところが多きいがな」

「・・・なんで」

サイネムが眉を上げる。

「なんで、女州王は森を襲ったんだ?」

「女王がかけた呪は女王にしか解けない」

「呪をかけた女王はもうとっくの昔に死んでる!」

女洲王のことを言ったり、自分の母親のことを簡単に死んでいると言ってしまったりと、ポポの気持ちが浮き沈みしている。 思い描いていたのはこんな風に話を聞かせるつもりではなかった。 だが時は限られている。

「女王のかけた呪は女王となった者に受け継がれていく」

分かるか? と言って静かに続ける。

「女州王は呪を解きたいと思っている」

「女王を殺せば呪が解けるのか!?」

ゆっくりと瞼を閉じたサイネムが首を振る。

「そうではない」

瞼を開けポポを見る。

「女王に呪を解いてもらわなければならない」

「なら! ならどうして女州王は女王を殺したんだよ!」

サイネムが再度首を振った。

「わたしは一度もピアンサが・・・女王が殺されたなどとは言っていない」

「え? だって・・・そう聞いてる」

「それは私からではないだろう」

「あ・・・」

そうだ、それは山の民から、仲間から聞いていた話だ。

「覚えていないか? わたしがピアンサの話をしたことを」

『女州王がピアンサの髪の毛を持っているという。 ましてやその髪の毛に呪をかけると・・・。 ピアンサは・・・女王は、お前たちを三日かかってやっと産んだ。 体力も何も残ってはいなかった。 その身体で森を眠りにつかせ・・・その場で息をなくしただろう。 いや、なくした』

「あ・・・息をなくした」

「そうだ、ピアンサは森を眠りにつかせた。 それがピアンサの森の守り方であり、お前たちが帰って来る場所を守るためでもあった」

「オレたちが帰ってくる場所を女王が守ってくれて・・・息をなくして・・・。 あ・・・女州王が狙ってるのは・・・」

「そうだ、ピアンサが居なくなった今・・・ゼライアだ」

「ブブ・・・が」

ポポの口からブブの名が出て、お頭の顔が歪にゆがむ。

「ゼライアに呪を解かせようと思っている。 きっと徴が出た後にでも女州王の祖父から呪の解き方を訊いたのだろうが、呪はかけた者にしか解けないと聞いたのだろう」

だがポポが言ったように呪をかけた女王は既に亡くなっている。 街の民の呪ならかけたものが死ねば呪は解かれる。 それなのに女州王の呪は解かれていない。

「だが街の呪師と言っても力の有る呪師だ。 森の女王の呪ならば受け継がれているかもしれない、そう付け加えたのだろうな」

「待って! ブブもオレも呪なんて知らない!」

「女州王も同じだ。 女州王はそんなことを知らない」

「そんなっ!」

サイネムが深く息を吐いた。

「ゼライアがどう考えるか、それはゼライア次第。 ローダルはそれに従う」

「何言ってんだよ! ブブは何も知らない! オレだってそうだ、今聞いたばっかりだ! それにブブは森の民だってことも、女王になるってこともまだ聞いてない! 何も知らないことを考えられるはずなんてないだろ!」

「儀式の中で女王は全てを知る」

「え・・・」

「女王とローダルは違う」

「あ・・・でも・・・」

儀式、それがどういうものかは知らないが、今サイネムは全てを知ると言った。 全てとは何のことだ、どこからどこまでのことだ。 ポポ自身、数日に分けて聞いた話をいまだに信じられなかったり、飲み込めなかったりしている。

(ああそれに、呪をかける時の呪文も指の動きも何一つ満足に覚えてない)

全て、その中に呪も入るのだろうか。

「全てをある日突然知ったゼライアは・・・そうだな、女王でない者には言ってみれば茨の道を歩くようなもの、とでも考えるだろうか。 だがそうではない、全てを穏やかに受け入れる。 それは儀式の中で始まり儀式の中で終る。 それに女王には戸惑いも迷いも許されないが、まずそんなことは有り得ない」

ブブのことを考えると涙が出そうになる。 ブブがそんな道を歩かなくてはいけないなんて。

「その為のローダルだ」

「・・・え?」

「女王を守り、想いを遂げられるよう運ぶ。 迷うことのないよう前に立つ」

「ブブを・・・オレがブブを支えれば・・・」

サイネムが首を振る。

「女王に支えは要らない。 女王は一人で立っていられる。 いいか、ローダルの役目を忘れるな。 女王を守る、想いを遂げさせる。 それが女王にとって一番必要なことだ」

ポポが唇を噛む。 そんな事に納得いくわけがない。 ブブが苦しめば支えてやる、一緒に居てやる、涙を拭いてやる、手を握ってやる。

「・・・守る? 守るって何だよ、ローダルは刺された女王を置いて女王を守らなかったんだろ! サイネムだってそうだ! 女王を置いて森を出てきたじゃないか!」

「ポポ、旦那が言ったじゃないか。 それは女王の想いを遂げることだって」

「なんだよ! お頭はブブが死んでもいいのか!? お頭の目の前で倒れそうなブブが居てもブブが逃げろって言ったら逃げるのか!?」

「ポポ・・・」

「ザリアン、守るというのは女王の身体を守ることだけではない。 女王の想いを遂げさせることも女王を守るということだ」

時のローダルもサイネムも他の力から、それが兵であっても災害であっても、そこから女王を守るのであればそうしただろう。 だがそうではなかった。 二人の女王は森を守るために動いた。 それに女王がローダルに命(めい)を出すことなど一生にあるかないか。 その女王からの命を聞かず、ましてや森を守る女王に手を貸すなどとはあってはならない。

「あとに何もなければ女王を守る。 だがそうではない。 女王が守るべきものが脅かされていた。 それは森であり民でもある。 女王が守れるように計らう、それがローダルだ。 他の誰でもない。 それにさっきも言ったな? 女王の命に逆らう、それは女王を愚弄するに近いということだ。 お前はローダルだ、女王を悲しませてはいけない」

『手など出してしまえば女王を愚弄するに近いことになる。 女王にその力がないと言っているようなものなのだからな』 サイネムはそう言っていた。

「ザリアン、お前の疑問に全て答えてやりたい。 だが時が惜しい」

悔し涙なのだろう、目から幾筋もの涙を流してサイネムを睨みつける。

「儀式の話をする。 よく覚えるんだ」

「儀式なんて・・・そんなもん知るか! ブブはブブだ!」

ポポが立ち上がるのをお頭が抑えようとしたが、その手をすり抜けて走り出してしまった。 方向は穴の奥ではなく穴から出る方向。 組まれた枝と筵を撥ね退け穴を飛び出た。

「アナグマ!」

咄嗟にヤマネコが叫んだ。 アナグマが近くに居ることを知っていたからだ。 だがヤマネコが叫んだ時には既にアナグマはヤマネコの前を走り抜けていた。

「アナグマにこの辺りが分かるかってんだ、っとに馬鹿ポポが」

チャトラがアナグマの後を追う。

「チャトラ! 頼んだぞ!」

お頭の前を走ったチャトラの背に声を投げた。

「まかせときな」

穴を跳び下りその姿が見えなくなった。

「さて、旦那、話してもらおうか。 どうして時が惜しいなんて言うんでぃ? それにさっきの話も今でなくても良かっただろうさ」

サイネムの瞼がゆっくりと閉じられた。 深く息を吐く。

「おい、呪に逃げないでくれよな」

お頭の声に応えたわけではないが、サイネムの瞼がゆっくりと開かれた。

「頭、悪いが儀式をどう執り行うか聞いてもらえるか」

「旦那、儀式のことは森の民だけが知ることだって言ってたじゃねーか。 さっきだって聞いちゃいけないような気がして、おれは腰を浮かしかけたんだぜ? その、儀式か? 旦那一人じゃできない事なのか?」

儀式を行うにあたり一人ではできないような事があるのか?

「そうではない。 だがここにザリアンが居ない。 頭にやってもらいたいことがある」

「旦那?」

どういうことだ。
あっ、と気付いたことがあった。

「兵か? 兵のことか?」

サイネムが小さく頷く。

「兵が森の中に入っている。 それだけで終わらそうとはしていない」

「・・・旦那一人で兵に立ち向かうってのか!?」

穴の入り口を塞いだ若頭がやってきた。

「悪いな、ポポの声が大きくてな、それに今のお頭の声もな」

全て聞こえていたということである。
片方の口の端を上げチラリとお頭を見ると、サイネムに向き直った。 お頭がバツの悪そうな顔をしている。

「向こうで話してたんだ、群れの全員手を貸すぜ?」

「気持ちは有難い。 だがわたしの呪はそう簡単に破られはしない」

「へっ、自信満々だな。 それだったら、おれなんかに言わず兵を止めてから旦那がやれよ」

「頭が聞いてくれないのであれば、若頭に頼みたい」

「勝手なこと言ってんじゃねーよ」

「いいだろう」

若頭がその場に座り込む。

「お、オメー、なに勝手なことを!」

「聞く気のないお頭は黙ってて下せーや」

何としてでもブブに儀式を迎えさせねば。


穴を飛び出し岩を飛び越え、まばらに立っている木々の中に走って行ったポポの腕をようやく掴んだ。

「っとに、ちょこまかとよく走るもんだ」

「離せよ!」

ポポが腕を振り離そうとするが、そう簡単にアナグマの力に逆らえるものでは無い。

「ポポ、声を抑えるんだ。 ここは森の裏近くに当たる、どこに兵が居るか分からないんだからな」

「見つかりたくないんだったら離せよ!」

「ポポ! 群れの仲間ごと兵に見つかってもいいというのか!」

「アナグマの声だって相当なもんだよ」

肩を上下させ、ようやく追いついたチャトラが息を弾ませながら、それでも声を抑えながら言った。 そして大きく息をするとゴクリと唾を飲み込み、ポポを睨みつけるように視線を送ると声音静かに口を開く。

「アナグマの言うように仲間もそうだ、仲間だけじゃない、ブブも見つかってもいいのか? 女州王が誰を探してるのか忘れたのか?」

しっかりチャトラは聞いていたようだ。 きっとサビネコも聞いたのだろう。
まだアナグマの手を振り離そうとしていたポポの腕が止まった。

「ブブがどんな目に遭ってもいいというのか? ブブが呪なんて知らないと言っても、女州王が信じると思うのか?」

ポポが唇を噛む。

「それに儀式のことを知るもんかだって? ブブは女王になるんだろ? その為に儀式が必要なんだろ? それにブブをあの状態で放っておくってのか?」

儀式という言葉はポポが飛び出すほんの前に聞いただけであった。 だがブブが女王になると言っていたのだ、その為の儀式だということは想像がつく。
だが儀式を行えば今のブブの状態が変わるとまでは知っていない。

「あ・・・」

そうだった、ブブをあのままにはしておけなかったのだった。 ブブに儀式を行わせればブブの状態が良くなるのかもしれない。
アナグマがサッと掌を向けた。 口を閉じろということだ。
チャトラが耳を澄ませる。

「兵・・・だね」

歩いて来る方向が分かった。

「こっちだ」

三人で木々の中、音をたてずに走った。


穴の奥で小さな歓声が聞こえた。
丁度、お頭と若頭に話し終えた時だった。 話は長いものでは無く、用意する物と位置と時さえ間違わなければそれで良かった。 あとはどんな様子で行われるかということを短く話しただけだった。

『ホントにおれたちがやっていいのか? 森の民じゃねーのに』

というか、その程度なら他の森の民に一人来てもらって頼めばそれで済む話なのではないのか。

『前にも言ったが、ゼライアがそれを望まない。 それにお頭は女王に認められた、そのお頭が認める若頭だ。 森の民は誰も何も言わない』

『ゼライアって、ブブだよな? ブブがどうしてそう望まないと思うんでぃ』

『ゼライアは女王となるのだからな、女王がどう考えるかは知っている』

男が一人走って来た。

「お頭、穴が開いたぜ」

お頭と若頭がサイネムを見るとサイネムが小さく頷き立ち上がった。