僕と僕の母様 第83回

大福りす

僕と僕の母様 第83回




一年生の時には 赤点というものを 具体的に把握できていなかったが 良い点ではなく 赤点たるものを取ると 追認というものが待っている ということは知っていた。


しかし この赤点というものが どうやって決められるのかが もう一つ分からなかったので 二年生になって クラスの奴に聞いたり みんなの会話に それとなく耳を傾けたりしていたら 何となく 分かったような気がする。


要は その学期の 中間・期末試験の点数を 合わせて60点以上あれば いいみたいなのだ。


60点に満たない者は 通知票で赤点と言って 段階評定で1がつき 尚且つその1を赤い○で囲ってあるらしい。


極端に言えば 中間で60点を取っていれば 期末で0点でも良いのだ。 それで赤点が付かないのだ。


僕はそう解釈した。 そしてその時から 計算をして 点を取るようになった。


必要以上に点を取ろうとすると その分勉強しなくてはいけない。


だから社会以外の教科は 中間試験の時点で ある程度点を取っておいて それが60点に足りない分だけを 期末試験で取るようにしていた。


一度家庭科のテストで 中間試験で98点を取った。 テストを返してくれる時に先生が「学年トップ」 ニコッと笑って そう言って返してくれた。


でも今度は 期末試験で 点を取る必要がないのだからと思い 睡眠不足の僕は何問か解いて 後の時間は殆ど寝ていた。


結果は28点だった。


その時のテストを返して貰うとき 先生が無言で まるで突き返すといった感じで テストを僕に渡し睨まれた。


その時は怖かったが 後で母様に話した時には 笑いながら言っていた。 その時の母様の質問が 最もだと思うのだが


「何で工業科なのに 家庭科があるの?」 僕もそう思う。


「知らない 三年間びっちりある」 どうしてなんだろうか。


「英語と数学は 二年で終わりなのに 変な学校。 取りあえず 先生に睨まれることの無いように 普通の点数を取りなさいよ」 そう言われた。


母様はいつも 良い点を取れとは言わないけども 赤点とか留年とかっていう事は 許さないと言っているのだ。


英語と数学がなくなった分 工業の色んな授業が増えたのだが 何で家庭科だけが 三年間残ってるんだろう。 疑問だ。


おっと話が逸れてしまった。 そうなんだ 社会だけは譲れないのだ。


最低でも90点を取らなくては 奴に勝てる可能性がない。 別に得意とか好きとかって いうものじゃないんだ。


クラスの中で 一番頭の良い奴に張り合えるのが 社会だけなんだ。


それでも 点の見せ合いをすると 必ず惜しい時で 1点とか2点負けていて 大体5点くらいは負けていた。 勝ったことは一度もなかった。


社会は丸暗記をすればいいだけで 僕にとっては 一番点の取りやすい教科なのだ。


奴は勉強が大好きで 工業系の大学を 目指しているらしく とても大人しくて 静かな奴なのだが 定期考査の社会を 返して貰う一瞬だけは 僕と奴の 楽しいイベントの一つになっていた。






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