国津道  第50回

大福りす
『国津道(くにつみち)』 目次


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- 国津道(くにつみち)-  第50回



朱葉姫への呪い、花生が自分自身にかけた呪い、それを花生自身は一言も言っていない、もちろん花生の両親も。 呪者が言っていただけに過ぎなかった。
挙句に花生の本家から口止め料に、色んなものを持ち帰ったとも言っていた。

「それは、もしかして・・・」

花生が頷く。

「薄が呪者に頼んだ・・・あたかもそれを頼んだのがわたくしであるように、呪者に言わせたのでしょうね。 わたくしから里を取り上げようと思ったのかもしれません。 米や反物などを持ち帰ったというのは、呪者が勝手にした事でしょうけど」

呪者のいいカモになったというわけだ。

「先ほども薄が言っていました、薄の気はどれだけの時を経ようとも終わることは無いのでしょう。 それほどに波夏真様と夫婦(めおと)になったわたくしが許せなかったのでしょう。 薄は・・・わたくしが嫁いでくる前からお館に居ました。 朱葉姫を可愛がっていました、朱葉姫も薄を姉上のように慕って、二人で曹司を可愛がっていました・・・その朱葉姫に呪をかけるほどにわたくしを憎んでいたのですから」

浅香が詩甫を見る。 いま花生が話したことに詩甫は気付いていないようだ。 だがそこが肝心なのではないだろうか。

「朱葉姫が薄って人を姉のように慕っていた。 そこに義理ではあるが花生さんという姉がやって来た。 朱葉姫は兄の嫁である花生さんを間違いなく姉として慕った。 薄って人は、花生さんに波夏真さんだけではなく朱葉姫まで取られた、そう考えたのでしょうか」

花生が寂しそうな顔を見せる。

「わたくしと朱葉姫が話すところを見たくないと思っていたのかもしれません・・・それは薄にしか分かりませんが、わたくしがもっと早くそれに気付くべきでした。 薄の前では極力、波夏真様とご一緒に居るようにはしませんでしたが、朱葉姫にまでは想像が膨らみませんでした」

どうして薄はその矛先を花生ではなく朱葉姫に向けたのだろうか。
薄は花生に波夏真を取られ、次に朱葉姫を取られたくないと思って呪をかけたのだろうか。 だがそれにしても花生に手をかければ済むこと。

何を考えても薄の心の内は薄にしか分からない。 他人に分かるのはあったことだけ。 朱葉姫が呪いによって亡くなったということだけ。

大婆が言っていた。 花生の後年は社に向けられていたと。 社を怨んでいたと。 その社が朽ち果てるのを見届ける、そうすることで気が済むと。 実際に呪者にそう言ったと言っていた。
社が朽ち果て潰れてそれを見届けてから成仏する。 そのように呪者に頼んだと。 だがそれを言ったのは呪者。 花生ではない。

いま花生が話したことを信じるとするならば、大婆の言っていた花生というところが薄に置き換わる、そしてそれは間違いないだろう。 あの薄の様子を見ていれば疑う余地などないだろう。
薄は呪者に頼んで呪を朱葉姫にかけ朱葉姫を殺し、その後も朱葉姫の為に建てられた社が朽ちていくのを見届ける。 その為に薄は自分自身にも呪をかけた。

「薄って人は・・・朱葉姫を憎まなければ、お社を憎まなければ朱葉姫に対してしたことに、心が押し潰されると思ったのだろうか。 精神が保っていられなくなってきた・・・。 でもそうであるならば、花生さんのように死んでからお社に来なくても良かったはず。 憎もうと思っている相手と同じ所にどうして居るのか・・・」

花生に訊くともなく浅香が考えを整理するように口にする。

「聞いていたでしょう、薄は今もわたくしを憎んでいるの。 そこから広がってしまった」

それでも、と花生が言う。

「薄は泣いていました。 薄自身が何をしたのかよく分かっているということ。 薄は呪をかけてしまった朱葉姫に尽くそうとしたのでしょう」

「でもそれが、薄って人を余計に歪める結果になってしまった」

村の人々に手をかけたのだから。

「そうかもしれません、そうではないのかもしれません。 きっと薄は・・・」

社を修繕させようとしなかった。 それは薄が早く薄の想いを終わらせたかったのかもしれない。 それには社が潰れなくてはならないからなのだろうと花生が言う。
花生の言うそれは究極的な話しだ。 自分の想いを叶える為に、自分の想いを終わらせるために、朱葉姫に尽くしながら、朱葉姫が悲しむ社が潰れることを一日も早くやって来るのを待っている。

「人の想いって・・・複雑ですね」

しみじみと浅香が言う。

意味が分からないのだろう、キョトンとして聞いている祐樹を見ると、花生がすっと祐樹の頭の上に手を伸ばしその頭を撫でた。
一瞬にして祐樹の顔が赤くなる。

「曹司を見ているような・・・」

朱葉姫も同じようなことを言っていた。 思い出の中の曹司は可愛い頃なのだろう。
花生はずっと千年以上一人でいた、どれだけ寂しかったことだろう。

花生の話し方はコロコロと変わっていた。
それは花生の後半の人生、館の女主としての話し方から、多分遡って若い頃の話し方だろう。 花生は千年以上誰とも話さなかった。 千年だ、話し方が絞れず曖昧になってしまったのだろう。

微笑んで首を傾けた花生の手が祐樹の頭から離される。
曹司と聞いて思い出したことがある。 曹司の分霊として是非とも聞いておかなければ。

「教えてほしいことが二つあります」

花生がゆっくりと浅香を見る。 艶っぽい人はどうして何をさせても艶っぽいのだろうか。 浅香相手にわざとそうしているわけではないであろうことは分かっている。 もう身に付いているのだろう。

「曹司が言っていました。 花生さんが亡くなる前、熱にうなされ “口惜しい” と言っていたと」

「わたくしが?」

「はい。 曹司は生前花生さんからそんな話は聞かなかったと言っていました。 いったい何のことだったんですか?」

「そう・・・ね、わたくしにも心当たりがありません。 きっと意識がないまま言ったのでしょう。 そうであるのならば、朱葉姫を守れず、薄にあんなことをさせてしまったわたくし自身に対して言ったのでしょう」

「そういうこと、ですか」

曹司の考え過ぎということか。

「ええ。 薄のしたことを知ってからは、それだけをずっと思って生きていましたから」

花生の目が下を見て瞼が半分塞がる。

「分かりました。 あと一つ、曹司に甘いと、期待をしていたと仰っていたそうですが、それはいったいどういうことでしょうか」

花生が一瞬浅香を見ると、その目を外し階段のずっと先を見た。

「曹司は・・・優しい子。 男の子ゆえ、虫を触ってはお館の者を、特に女人を怖がらせてはいましたが、悪気があったものではなかった」

子供の頃の曹司が目に浮かんでいるのだろう。 段々と頬が緩んでいたが、次にはその表情が硬くなった。

「・・・薄のことを耳にして、曹司には優しいだけではいけない、優しいと甘いは違うと何度も教えたのですけれど・・・曹司には曹司の方法で薄から朱葉姫を守ってほしくて」

今度は悲し気な表情となり頭を下げる。

「ですが甘かったのはわたくしでした。 薄を止められなかった」

「なぜ直接、薄って人に言わなかったんですか?」

曹司の話からは外れたくなかったが、浅香が疑問に思っていたことであった。
ゆっくりと花生の顔が上がる。 その目には階段が映っている。

「薄に、家に戻りわたくしの良くないことを話しているでしょう、そんなことを言ってしまって万が一にも朱葉姫の耳に入りでもしたら、薄を慕っていた朱葉姫がどれほど悲しまれるか。 それにそうなれば薄はお館を出るでしょう。 薄から波夏真様も朱葉姫もお館からも取り上げることになってしまう・・・そんなことはしたくありませんでした。 ですが後になり薄のしたことを聞いて自分の甘さに気付きました」

薄のしたことを知るまで、花生は自分が悪役になってでも、朱葉姫を守りたかったのか、薄の想いの一部でも叶えたかったのか。
だがそれは薄の真の願いではない。 薄の真の願いは波夏真に嫁ぐこと。

花生は中途半端なことをした。 薄を留め置くことで波夏真と花生の仲を見せつけたということになる。 いくら花生が薄の前では波夏真と一緒に居ようとしていなくとも。

「曹司にはわたくしがお守りできなかった朱葉姫を救って欲しかった。 薄が呪者に願ったことから朱葉姫を救って欲しかった」

朽ちていく社、潰れ行く社、それを望みとする渦から朱葉姫を救って欲しかった。

「わたくしが朱葉姫の前に、薄の前に姿を現せば、生きていた頃と同じことが繰り返されるだけでしょう。 薄と向き合ったとて積年の想いは簡単には消えないでしょう。 何も知らない曹司に願うのは酷なこと・・・分かっていて曹司に願わずにはいられませんでした」

「そういうことですか・・・」

「ですが今の瀞謝がやって来た時、階段の途中から薄を見かけました。 まだわたくし以外の者に怨念を向けていることを知り、早く薄と向き合わなければと思いました。 そう思った時には瀞謝は落ちてきましたが・・・。 薄は苦しみ過ぎています。 わたくしに対してのことは終わりには出来ないでしょうけれど、朱葉姫に、民に対してだけは終わりにしてほしい。 今の薄はわたくしに対してのことなどより、薄自身が作ってしまった念に執着してしまっている」

この花生という人は、どこまで他人のことばかり考えているのだろうか。 聞いていて寂しくなってきてしまう。

「薄と話せてよかった。 薄は涙を流しました。 溜まっていたものが流れたでしょう。 ようやっと・・・心穏やかに朱葉姫と向き合えるでしょう」

「はい、僕たちもそう願っています」

「わたくしが知っているのはこれだけ。 他のことを訊かれても答えることは出来ません」

詩甫が首を振る。

「充分です。 村の人たちを説得するに日がかかるかもしれませんが、それでも花生さんのお話しを僧里村の人たちに聞いてもらいます。 花生さんは昔語りにあるような人じゃなかった、花生さんを誇りに思ってもらいます」

「誇りなどと・・・」

「お社には一番に花生さんの遠縁にあたる方たちが来て下さると思います。 朱葉姫に民を見てもらいます」

「朱葉姫に民を・・・」

「はい。 その方たちは憎里村の花生さんの本家筋の方です。 遡れば花生さんの血縁にあたります。 それは回りまわって花生さんの子孫と言ってもいいんじゃないでしょうか」

そうね、と言って繊手を口元に運ぶとくすりと笑った。

「必ず来てもらいます。 それと、花生さん、私思い出したんです・・・私を二度助けて下さいましたよね?」

え? という顔を浅香がした。 祐樹もである。

「二度、ね。 ええ、あと一歩遅ければ、他の者たちと同じになっていたでしょう。 忠告をしたのにまた来るとはのぅ」

ほぅっと、鮮やかな溜息を見せ、女主人の言葉に戻った。

「野崎さんそれって、山から落ちた時のこと?」

詩甫が浅香に頷いてみせ、続けて花生に言う。

「さっき受け止めてもらった時に思い出しました。 全く記憶がなくなる寸前、同じ腕で抱きとめてもらいました。 それでそれ以上落ちることは無かったんだと思います」

あの時の場面を思い出した浅香がぞっとした顔をする。

「野崎さんそれって・・・その、あと一回転でもしていたら、野崎さんの頭は大きな石に当たってました」

詩甫と祐樹が驚いた顔をする。

「浅香、どういうこと・・・」

「今ここに野崎さんが居なかったってことになる」

詩甫も祐樹もそんな話は聞かなかった。 今初めて聞いた。

「花生さん・・・」

「もう人死になど見たくはないのでな。 それに・・・社に花を添えてくれていたのではないのか? いつも野花を手にしておったな?」

花生が詩甫に向き合う。
野花と言われ瀞謝であった時のことだとすぐに分かった。

「はい。 道端に咲いていたお花でしたけど」

「きっと朱葉姫が喜んでいたでしょう」

「二度も助けて頂いて有難うございました」

花生が笑みで詩甫に応えた。

祐樹が上がっていた気持ちを下ろして大きく息を吐くと、何気なく先ほどまで花生が見ていた階段の方を見た。

「い“い”ぃぃぃ―――」

全員が歯を食いしばっている祐樹を見る。

「なに? どうしたの祐樹?」

次にアワアワ言っている祐樹が見ている方向に顔を向けた。
するとまるでエスカレーターで下りてくるように、階段を下りてきている薄の姿が目に入った。 後には曹司がついている。

「薄・・・」

薄が花生に会いに来たのは誰にも分かること。 浅香と詩甫と祐樹が花生から離れた。
薄が花生の前に立つと薄の後ろに居た曹司が浅香の横に立つ。



「それにしてもビックリしましたね」

まさか薄が花生の元にやって来るとは。

ポツンと一人、前の座席に座っている中年の女性を見た。 目を瞑って耳にはイヤホンをしている。 音楽を聞いているのか、落語か、もしかして色んな年齢層で聞かれている聞き流すだけで英語を覚えられるというやつだろうか。 いずれにしてもこちらの話に耳を傾けていないことは確かである。

「はい、まさかですよね。 薄さんが考えを改めてくれるにしても、数日はかかると思っていましたから」

「曹司が横に立ってエラソーに言ってましたけどね」

曹司はずっと泣いている薄の背をさすりながら、花生のことを色々聞かせたらしい。 薄とてそれを知らないわけではなかった。

『薄姉、花生様がその様なお方とご存知ならば、どうして花生様を怨まれるのですか』

切々と説得したという。

「まあ、いずれにしても薄って人と花生さんが社に向かったんですから、大蛇のことは万事OKってことですよね」

薄は花生に朱葉姫のことを頼みに来た。 自分はもう社に戻らないから、朱葉姫のことを頼むと言ってきたのである。
花生はそれに首を横に振った。 ずっと朱葉姫のお側に居たのは薄でしょう、と言って。 薄はまた泣いた。 その薄の背中を花生がさすってやっていた。 そこにすかさず入ったのが曹司であった。

『薄姉、花生様と一緒に社に戻りましょう』

「そうですね」

「あと、どうします?」

これで大蛇のことを気にせず動けるわけだが、詩甫がどういう考えを持っているのか聞かなけば浅香とて動きようがない。

「さっきの話では、まずは花生さんの誤解を解いて僧里村の人に山に入ってもらうってことでしたけど」

「はい、そのつもりです」

「花生さんの誤解を解く説明をどうするつもりですか? まさか花生さんから聞いたとは言えないでしょう」

浅香はずっと『花生って人』 と言っていたが、ここに来て花生さんと言い始めていることに気付いた。 花生と会って近しく感じてそういう呼び方になったのだろうな、と詩甫は思ったが、そうではなかった。 単に花生の美しさに呼び捨てになど出来るものか、ということであった。 詩甫がそれを知ったらかなり呆れるだろうが、違う視点から見ると祐樹も似たようなものであった。

「そこなんですよねぇ・・・他の村から聞いたとも言えませんし、あれだけ大婆さんに訊いておきながら、どこかで文献を見つけたっていうのも白々しいし」

「この一週間の宿題にしておきましょうか」

「はい?」

「僕は二日に一度は動けますけど、僕と野崎さんが一緒に動けるのは週に一度です。 とにかく前に進めなくてはいけません。 一週間を無駄には出来ません。 お社の状態が悠長には構えていられない状態です。 いくら僕たちの地域が晴れていたとしても、お社のあの地域には雨が降っているかもしれないんですから」

そうだった。 詩甫の地域ではずっと晴天が続いていたのに、詩甫が山から落ちた時、足元が濡れていた。

「おい浅香、どうしてオレを省くんだよ」

「いや、省いたつもりはないけど・・・来週あたりから学校だろ? 毎週こっちに来られるの?」

切符代があるのかと訊いているのがヒシヒシと分かる。

「う・・・」

お年玉がないわけではない。 だが母親がいい顔をしないだろう。 ・・・いやどうだろうか。 終業式の日のことがある。 あまり祐樹を見たいとは思っていないかもしれない。

「お母さんの機嫌が良かったら来る」

「そっか。 来週、大婆さんにアポイントを入れておきます。 それまでに考えましょう。 参加不参加に関わらず祐樹君も考えておいてくれよ」

その言い方は何だよ、と祐樹が浅香を横目で見たが、そんな祐樹を無視して考えるように正面を見る。

大婆は命を捨てる気で山に入ると言っていた。 長治にしてもそうだ。 だがもう大蛇は居ない。 大婆も長治も怪我一つしないということになる。 だから言ってみれば長治が言ったように、長治に大婆を背負ってもらって山を登ってもらえば、大蛇など居ないという証明にはなる。
だがそれでは駄目だ。 根本的に花生の誤解を解かなくては。 それに詩甫がそれを望んでいるのだから。

僧里村の昔語りは薄と呪者によって操作されたものだったと分かってもらわなくては。 でなければちょっとしたことが起きただけで、また大蛇のせいにされてしまうかもしれない。

それに詩甫だけではなく浅香も花生の人となりを知った以上、花生の誤解を解きたい。 その上で、座斎村も守らなくてはいけない。 決して薄がしたことだと言ってはならない。 花生がそれを望んだのだから。