--- 映ゆ ---  第72回

大福りす
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第72回




「ドンダダ」 呼ぶが返事はない。 返事がなくとも聞いているだろう。 シノハが続ける。

「ガガンリのことですが」 

「なんだ」 そのままの態勢で返事をする。

「ガガンリがドンダダを嵌(は)めようと思っています」 ドンダダの眉がピクリと動き、ゆっくりと身体を戻す。

「どういうことだ」

(やはり何も気づいていなかったか・・・)

「ドンダダが長を殴ったという噂を流したのはガガンリです。 長を殴ったのは誰かまでは知り得ませんが」

きっと、長を殴ったのはガガンリであろうと言いたいことが分かった。 が、それはまずまずあり得ない。

「そんなことをしてアイツに何の得がある?」

「多分、ドンダダを嵌めた後、自分が長の座に座ろうと思っています」 

ドンダダが眉根を寄せる。

「アイツには・・・アイツはそんなことを考えないだろう」 

シノハが座を立つと、小屋の隅に置いてあった勒を取り、ドンダダに手渡した。

「弓馬の前にドンダダの馬につけてあった勒です」 

勒を手に取ると切れ目が入っているのが分かった。

「明らかに小刀で入れてあります」

「これをガガンリがしたことだと信じろと?」

「先程の話、ガガンリはゴンドューの村から馬を受け取ったことを、長に伝えていません」

「・・・」

「長も婆様もドンダダが意図あって伝えていなかったんだと思われています。 ゴンデューの村から怒りを買って、長を失墜させようとしたと思われています。 あ、思われていました」 言い直したシノハにどういうことだと目を向ける。 

「その勒もそうですが、他にもガガンリは仕掛けています。 我と戦うことになったあの日、ドンダダがトデナミの所に行くように仕掛けたのもガガンリです。 ・・・ファブアを使って」 

敢えてファブアの名を出した。 もし、己の言葉を信じてもらえなくても、気になってファブアに何かを聞くだろうと思ったからだ。 それが決定打になるわけではなかったが、不自然さに疑いを持つだろう。
ドンダダの表情が硬くなったが、構わず話し続けた。

「そして我にドンダダがトデナミのところに行ったという事を気付かせたのもガガンリです。 万が一にも我が気付かなくとも、そのままドンダダの思うように運んでもそれでよかった。 何故かは、“才ある者” トデナミにかかわる事です。 ドンダダへ女達からの反感が大きくなるだけですから」 一気に話すと一度大きく息を吸った。

「我の知り得ないことが他にもあるでしょうが、我の知る限りを全部婆様に話しました。 ですから婆様は考えを改められました」 

今シノハが言ったことは己が暴いたことではない。 ゴンデューのサラニンとバランガが暴いたことであった。 それをさも己が暴いたという言い方をするには、心にささくれが立ったが、ゴンデューの“影の武人の村” としての鋭い目を明かすことは出来なかった。
手綱に入っている切れ目に指を這わせ、その己の指を見ているドンダダを見てシノハが続ける。

「我に勝たせようと思っていたんです」 ドンダダの顔が歪んだ。

「お前に勝たせて、皆の前で我に大恥をかかそうと思っていたということか」 

その勒を使わずとも実際に勝ってしまったシノハは言葉に困る。
勒を横に置くとシノハを見た。

「が、確かおまえはファブアから我が村の馬に乗るように、と聞いたと言っていたが、我はガガンリにズークに乗ってもいいと伝えるように言った。 お前の話からするとガガンリはわざとズークに乗っていいとお前に言わなかったということになる。 お前がズークに乗ればこんなことをしなくて済んだんじゃないのか?」

「はい。 我のズークは他のズークと違って馬並みに早く走れます。 いや、馬以上に走れます。 が、それでドンダダに勝ったとしてもガガンリには事足りなかったのでしょう」

「どういうことだ」

「我のズークは女たちが気に入っていましてね。 頭のいいこともよく知っています。 ですから我が勝っても・・・・いや、我のズークが勝っても、早く走れて当たり前と思うでしょう」 ラワンのことをこんなところで褒めてしまった己がこそばゆい。

「早く走れるズークで我が勝っても意味がないんです。 ドンダダと同じように馬に乗らなければ」

シノハの言葉に少し考えると、もう一度勒を手に取った。

「お前はズークに乗っているのに馬に詳しいようだが、よくこの勒に気付いたな」 

引っ掛けられていると思った。

「我が見つけたのではありません」 ここは素直に言うに限る。

ドンダダが目を顰める。 眉を上げたシノハがそのドンダダの目に答える。

「我の使いの先はゴンデュー村です。 ゴンデューの方々が見つけて我に教えてくれました」 

シノハの言葉を聞いて一瞬目を丸めると、吐くように言う。

「はっ! そういうことか!」 

今度はシノハがドンダダに何のことかと目を向けた。

「お前が馬を扱えるのは、“馬を操る村” と言われるゴンデュー村で教えてもらっていたということか!」 シノハの顔から笑みがこぼれ、頷いた。

額に手をやるとその手の肘を膝につけた。

「よく考えればわかるはずだったのかっ。 お前に剣を投げたのはあのゴンデュー村の奴だった。 お前とゴンデュー村が繋がっていると、どうして考えなかったのか・・・」 

そして一つのことを思い出した。

(そう言えば、あの夜・・・弓馬を押したのはガガンリだった・・・我が気付かなかったことに気付いていたというわけか?)

「ドンダダ? どうしました?」

「いや、何でもない。 そうか、弓馬などと言って・・・我は己で己の首を絞めたということか」

「そんな風に言わないでください。 まぁ、あの時もし、槍と言われたら我が簡単に負けていたでしょう。 我は槍なんて使ったことがありませんから」

「使ったことがない?」

「はい。 オロンガでは鑓は使いませんから」

(そうだったのか。 でも、たしかガガンリはトワハが鑓の名手だと言っていた)

ドンダダが何を考えているか気付かず、シノハが言葉を続けた。

「それに我も馬のことを教えてもらってるとは言え、使いの時だけですから。 いつも下手くそと叱られています」

「おい、それはお前に負けた我に言うべき言葉ではないだろう」

「あ・・・すみません」 後頭部へ手をやった。

そのシノハの姿につい眉尻が下がった。

「お前は・・・」 入っていた力が抜けるのを感じる。 脱力感にも似た肩のいかりが下りた様な気がして鼻から大きく息を吐く。

「万が一にも我が長になっても、トデナミのことを思うと女たちは我の言うことを聞かない。 まぁ、それは分かっていたことだがな。 でもそんな女たちを抑える気だった。 だが、弓馬でお前に負けてしまってはそれも無理だろうな」

そして勒を手放すと一つ大きく息をし、間をおいてゆっくりと話した。

「ゴンデューの村から馬を受け取ったことを話さず、長に非礼を負わせ失墜させる。 長を殴ったのは我だという噂を流し我の皆からの信用を落とす。 我とお前が戦う切っ掛けを作り大恥をかかせる。 そして時を見計らって己が長に治まろうとしている・・・そういうことか?」 

「我の知る限りは」 納得してくれただろうか。

「・・・何故、それを我に教える?」

「長の右腕になってほしいからです」

「承知したと言ったであろうが」

「ガガンリは巧みに仕掛けてきます。 己で動かず、誰かを動かします。 ゴンデュー村からのことは長も婆様も見事にガガンリに嵌められました」

「それは、我の日頃のことがあるからだろう」 もう開き直ったとばかりにドンダダが片眉を上げる。

「確かに。 ですが、ドンダダにはこれから長と共に村を作ってもらわねばなりません。 ガガンリがこれから先、何を企むか分かりません。 ですからドンダダに知っていてほしかったんです」 

ドンダダが下を向き頬に手をやるとその手を静かに動かした。。

「我は・・・」 言うと疲れたような表情をし、手を膝に置いた。

「我が父の願いを・・・想いを叶えられなかった。 ・・・いや、叶えたくなかった。 それが今日、お前によって我の想いが叶えられた・・・永かった・・・」 フゥーと息を吐いた。

「我でいいのか?」

「え?」

「我は・・・我の想いを叶えてくれたお前の願いを叶えたいが、我でいいのか?」 

想像もしていなかった言葉であった。 驚いたがすぐに返事をせねばならない。 いや、是非とも言いたい。

「ドンダダ以外、誰が長の右腕になれるでしょうか?」 シノハの言葉にドンダダの瞳の奥に驚きが浮かんだ。

「ドンダダの知り得る全てを皆に教えてもらえませんか?」 赤心の願い。

「我の知り得ること?」

「はい。 この村の祖のこと。 祖が悪いとは言いません。 ですが、祖の在り方がこの村を終わりに導こうとした。 ドンダダについている者は、ドンダダが祖からのものを守ろうとしているからついているのでしょう? だから二度と同じ過ちを犯さないように」

これから先、もしトデナミの後に才ある女子が生まれなかったら、そう思うと何としても同じ過ちを繰り返させたくない。

「そして、拳も槍も馬も。 この村は誰もそれを教えていないようですが、それは男達を衰えさせていくだけです。 戦えと言っているのではありません。 ドンダダの持つトンデンの術(すべ)を伝えてほしいということです」 

ドンダダにとって思いもよらない言葉であった。 
ドンダダの父はこの村で一番強かった。 その父は全てをドンダダだけにしか教えなかった。 幼い頃より厳しく鍛えられ、ドンダダ自身が若い頃からドンダダの右に出る者はいなかった。 
ドンダダの父の在り方、ドンダダ自身も強い。 小さい村が故か、自然と誰も何も教えなくなっていった。
ドンダダ自身は父が亡くなった後、せいぜい己についている者に触りだけを教えていたが、他の者には教えていなかった。 何故なら、何もかもを教えると己が統括し、長に治まることに横やりが入っては困ると思っていたからだ。 己が誰よりも強くないと長になれないと思っていた。

「ふっ、そう言えばトンデンの術というものを若い者は知らんな・・・」

「村の術を教えるのは必要なことです」 

シノハの言葉にドンダダの眉が上がった。

「そう言えば・・・オロンガは“薬草の村” であって、戦わない村だな?」 

ドキリとした。

「トワハも知れたものだ」

「あ・・・そうですか・・・」 ここで言葉を切っては何かを聞かれる。 ゴンデュー村で教えてもらっていることは誰にも言えない。 他の言葉を必死に探す。

「あの、そう言えばトワハがこの村で非礼をしているようで・・・我が村に帰るとすぐに父の耳に入れようと思っています」

「トワハのことはお前がどうにでもすればいい。 が、お前の腕はかなりのものだ」

「いえ、とんでもありません。 ドンダダが槍を持った時には我の衣はズタズタになりました」

「さっき・・・槍を持ったことがないといったな?」

「はい」

「では、あの間の取り方はなんとしたことだ?」

「間・・・ですか?」

「ああ、槍を充分に知っているから、間を詰めたのだろう?」

「とんでもないです! 使いにでますから剣は使います。 その剣の間しか知りません。 急に何も知らない槍を出されて、怯んだところを見せるわけにはいけません。 ですから我が思った槍の間より少し詰めてみただけです。 そんなに間が詰まっていましたか?」

「それでは、分からなく間を詰めていたという事か? 手練れの様に見せる為に?」

「はい」 

呆れた、といったように息を吐いたが、それに気付かなかった己が情けない。

「だが、突かれなかった。 我に突かせなかった」

「そ、・・・それはそうでしょう! 命がかかっているんです! そう簡単にやられません! 誰だってそうでしょう!」 思わず声が大きくなってしまった己に己自身が驚いてしまい、なんともいえない顔をした。

そのシノハの言葉に思い出したことがあった。

「ああ・・・そういえばあの時・・・馬を制した時。 お前は身軽に・・・誰にも思いつかないことをしたな」

身体中の汗が吹き出しそうになる。

「そうか、“馬を操る村” で教えてもらっているんだったな。 馬を扱っていると身軽に避けられるのか?」

「はい! そうです!」 またもや己の大きな声に驚き、コホンと咳払いをすると言葉を続けた。

「ゴンデュー村へ連れてこられる馬は悍馬(かんば)が沢山います。 我のように非力な者はそれはそれは素早く動かないと、村の中を歩いているだけで、いつ馬に蹴られたり噛まれたりするか分かりませんから」

嘘ではないと己に言い聞かせるが、汗どころか血までがドクドクと吹き出しそうに身体中を巡りだしたのを感じる。
ドンダダがシノハの身体を舐めるように見ると笑みをこぼした。

「細い身体だのう。 そんな身体では力で押さえきれんだろう。 少しはトワハの食っているものを横から取ってでも食え」

「あ・・・あははは。 オロンガに帰ったらそうしてみます」 立ちくらみを起こしそうなほど、身体中を激しく巡っていた血が一気に引いた。 


ラワンの背に揺られ、ドンダダから渡された大きなマントを着ているシノハがボォーっと考えていた。 

(今までのことを思うと、これからやっていくのは辛い所もあるだろうな・・・いや、あのドンダダなら乗り越えてくれるだろう、きっと) 気概の持ち主だ。

(それにしてもドンダダが言っていたと思われていたことが、殆どファブアの言葉だったとは。 ドンダダはこれからファブアに厳しくできるのだろうか・・・)

ファブアはドンダダの父がしていたことを真似ていた。 そしてそれをドンダダが言っているかのように男たちに言っていた。 それが露呈した。 ドンダダもそれを知ってはいたが特に止めることがなかった。 トデナミとのことはドンダダだったとしても、他に考えていたことは杞憂に終わった。
思いながらも、心の片隅に長から聞かされたタム婆の幼い時の話が蘇る。

(婆様・・・) 思い出しただけで鼻の奥がツンとする。

(いや・・・取り返せないことを思っても仕方がない。 今はトデナミのことで婆様が安心して下さったらそれだけでいい) ドンダダが言い切ってくれたのだから。

(それに、これまで婆様が守られた村がこれからどんどん良いように変わるだろう。
あ、そう言えば婆様に聞こうと思っていてすっかり忘れてた。 ・・・精霊・・・あれから一度も逢えなかった・・・) 何度か森の奥に入ったが一度も逢えなかった。

(精霊・・・タイリンに話してやりたかった) いや、それ以上に己が逢いたかった。 

精霊ではないと言い切られた。 人間だと言われた。 でも違う、何かが違う。
頭の中で色んな疑問が次々と巡る。

(もしや・・・) ハッと頭を上げた。

(もしかして・・・あの方が、我の想っていた人?・・・) 物心ついた頃からずっと思っていた。 己に
は誰かが居る。 その人であろうか。

(いや、あのような・・・精霊のような方をどうしてそんな風に思うんだ) 頭を振るが、その想いは段々と膨らむ。

(でも・・・忘れられない。 逢いたい) 目をギュッと瞑る。

(それに、あの時・・・何も言っていないのに、同じ痛みを分かち合っていると分かった) うっすらと目を開けた。

目の前に見えるのはラワンの首。 ジッとラワンの首を見ていたが、息を吐きもう一度目を瞑ると大きく深呼吸をした。 瞼の裏に雅な衣を身に纏った“ショウ” と名乗った姿が映る。

(・・・忘れられない) 目を開け前を見た。 

ラワンは黙々と歩いている。 目の端に花が見えた。 気になって横を過ぎ行く花を見た。 すると、すっかり忘れていたことを思い出した。

(あ、そう言えば・・・) 

「なぁ、ラワン」

シノハを背に負っているラワンの耳が動いた。

「俺はトデナミに、トデナミに似合う可憐な花を摘んでくると言ったのに、それを忘れて我がオロンガへの道のりを歩いている」

大した話でないことにラワンがブフンと鼻をならす。

「どうしよう」