--- 映ゆ --- 第143回
『---映ゆ---』 目次
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「渉、入るぞ」 一番奥の部屋の襖を開けた。
いつものように手にジョウビキを手に乗せ、パジャマのままで布団の上にチョコリンと座っている。
襖に背を向け硝子戸の向こうに見える木々を見ている・・・ような姿。
「朝飯食べようぜ」 手にはいつものように、渉と奏和の朝ごはんが乗った盆を持っている。
「・・・」
「食べなくっちゃ、渉」 部屋の隅にある小さな卓に盆を置いた。
「・・・」
「シノハは今頃食べてるぞ」 今日は絶叫覚悟でシノハの話をしよう。
「・・・シノハさん?」 ゆっくりと振り向く。
「ああ、そうだ。 シノハと約束しただろ? 食べるって」 渉の座る布団に近づき、布団の横に胡坐をかいた。
「奏ちゃん・・・シノハさんに石を返して」 片手をついて奏和に身体を向ける。
「渉・・・」
「シノハさんが居なきゃなんないの! シノハさんに返して!」
忘れ物を取りに帰ってきた雅子が玄関を開けた途端、渉の叫び声が聞こえてきた。
「渉ちゃん・・・」 玄関に腰を下とすと、両手で顔を覆って涙が出るのを堪えた。
「渉、シノハは渉のことを今も想ってる。 ずっとずっと想ってる」
「シノハさんに逢いたいの! シノハさんに逢いたいの!」
「ああ、そうだ。 シノハも渉のことを想ってる。 逢いたいだろう」
「逢うの!」
「渉・・・、シノハに何を言われた? 渉のことを想ってる人のことを考えろって言われたよな」
「そんなこと知らない! 知らない! 知らない!!」
「渉、言われたんだよ。 シノハからの宿題って言ってたろ? 思い出せないか?」
「知らない! 知らない! 奏ちゃんが嘘をついてる! シノハさんに逢うの!」 ハッハッと渉の息が短くなる。
「渉・・・」
「奏ちゃん、シノハさんはどこに居るの!」 短い息の中で渉が問う。
「え?」
「シノハさんは何処!? シノハさんに逢いたいの!」 目は朦朧としていない。 その目が奏和に詰問を迫っている。
(え? どういうことだ。 シノハがどこに居るのか分からないのか?) 奏和がゴクリと唾を飲む。
「シノハさんに逢わせてって! 奏ちゃん!!」
逢わせて? 明らかに今までの渉と違う。
「渉、シノハと逢いたいのか?」 愚問であるが、こう問わずにはいられなかった。
「シノハさんと逢いたいの! 逢うの!」
「ああ、逢いたいな」
「逢うの! 逢うの! 逢うの! シノハさんは何処!?」
「ああ、シノハも逢いたいと思ってる」
「連れてって! シノハさんの所に連れてって!」
「渉、シノハがどこに居るのか分からないのか?」
「逢いたいの! 逢いたいの! 逢いたいの!」 今にも息が途絶えそうになっている。
今日はこれ以上無理だ。 そうは思ったが、光明など、そんな贅沢なことは言わない。 だが、闇の中に僅かに鈍色が見えた気がした。 自分の気のせいかもしれない。 その自分の気のせいに渉を付き合わせていいものかと瞬間、逡巡する。 迷っている間などない。 鈍色にかけようと思った。
「そっか。 じゃあ渉、シノハの声を思い出せ」
「シノハさんの・・・声?」 我を忘れて奏和に食って掛かっていた目が口が手が納められた。
渉の時が止まったようになった。
奏和に不安がよぎる。
このまま渉が止まってしまうかもしれない。 そうなってしまえば取り返しがつかない。もう何をしても渉は此処に帰って来ないかもしれない。 それでも負の予感より正の予感をとった。 今の渉は今までの渉と違う。
「ああ、そうだ。 優しい声だったな」
「シノハさんの声・・・」 渉が奏和から視線を外し空(くう)を見た。
その視線の先は何処なのかは分からない。 より一層奏和に不安が走る。 だが引き返すことなど考えられない。 前だけを見て、前だけに希望をもって言葉を紡ぐ。
「渉のことをずっと見つめて、話してたじゃないか。 渉を想う優しい声だったな」
『ショウ様。 我はずっとショウ様と共に居たい。 ずっと・・・ずっとこの身が絶えるまでショウ様と居たい』
「シノハさんの声・・・」
「そうだ。 優しく渉を包む声だ」
「シノハさん・・・」
「うん」 今までと何かが違う渉の言葉に相槌を打つ。
「・・・優しいの」
奏和が目を見開いた。
(・・・渉) 無意識に今しがた見開かれた目を細めた。
「そうか。 きっとそうだろうな」
「鳥と・・・話すの」
「へぇー、そんなことが出来るんだ」
「鳥を・・・肩に乗せるの」
「そうか。 すごいな」 奏和の目頭が熱くなった。
もちろん渉がシノハの話をしたのは初めてだった。
膝をつきながら布団に座る渉に寄った奏和の手が渉に伸びるとその頭を撫でた。
「渉・・・渉・・・偉かったな。 よく頑張ったな・・・」
「シノハさん・・・優しいの」
「そっか、そっか・・・」
渉の頭を撫でるその手を頭の後ろにずらすと、幼い頃と同じように渉の顔をそっと自分の胸に当てた。
「シノハさん・・・」
奏和の胸の中で空(くう)を見ているだけだが、大きな一歩を踏み出せた。
この日初めて渉が絶叫を上げなかった。
玄関で座り込んでいた雅子が目頭を押さえていた。
それは、あの日から2年と少し経っていた。
時は流れ、渉は家に帰っていた。
「渉ちゃん、ママとお買い物に行きましょう」
「・・・お買い物?」 まだ何処か虚ろな目をしているが、渉が家に帰って1年が経つ。
「うん、そう。 もう何年も行ってないでしょ? 久しぶりに行かない?」
真名も渉を受け止めることが出来ていた。
「お買い物・・・?」
「ええ、そうよ。 お洋服を見に行かない? 渉ちゃんに似合うお洋服を買いに行くの」
「お洋服?」
「ジョウビキのような綺麗な青いお洋服を買わない?」
「ジョウビキ・・・」
「ええ、渉ちゃんの大切なジョウビキと同じ色のお洋服よ」
いつも握っている手の中のジョウビキを見る。
「ジョウビキと同じ・・・?」
「そう、シノハさんの作ってくれたジョウビキとお揃いよ」
「・・・行く」
渉の返事に真名が驚いた。 初めて自分で判断をして言葉を発したからだ。
「渉ちゃん、渉ちゃん・・・」 その場に立ち竦んで大粒の涙がポロポロと流れ出る。
「マ・・・マ?」
「・・・渉ちゃん!」 もう何年も聞いていなかった真名を呼ぶ声、真名を見る目。
渉が驚いて口を閉ざそうとした。
「あ、ああ、ごめんなさいね。 何でもないのよ」 慌てて手で涙を拭く。
奏和から言われている。 こちらの感情を渉に押し付けてはいけないと。
「じゃ、ジョウビキをなくしたら大変だから、ハンカチに包んでポケットに入れましょうね」
「・・・うん」
ガラスの心を持つ渉にソロリとソロリと真名が寄り添う。
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「渉、入るぞ」 一番奥の部屋の襖を開けた。
いつものように手にジョウビキを手に乗せ、パジャマのままで布団の上にチョコリンと座っている。
襖に背を向け硝子戸の向こうに見える木々を見ている・・・ような姿。
「朝飯食べようぜ」 手にはいつものように、渉と奏和の朝ごはんが乗った盆を持っている。
「・・・」
「食べなくっちゃ、渉」 部屋の隅にある小さな卓に盆を置いた。
「・・・」
「シノハは今頃食べてるぞ」 今日は絶叫覚悟でシノハの話をしよう。
「・・・シノハさん?」 ゆっくりと振り向く。
「ああ、そうだ。 シノハと約束しただろ? 食べるって」 渉の座る布団に近づき、布団の横に胡坐をかいた。
「奏ちゃん・・・シノハさんに石を返して」 片手をついて奏和に身体を向ける。
「渉・・・」
「シノハさんが居なきゃなんないの! シノハさんに返して!」
忘れ物を取りに帰ってきた雅子が玄関を開けた途端、渉の叫び声が聞こえてきた。
「渉ちゃん・・・」 玄関に腰を下とすと、両手で顔を覆って涙が出るのを堪えた。
「渉、シノハは渉のことを今も想ってる。 ずっとずっと想ってる」
「シノハさんに逢いたいの! シノハさんに逢いたいの!」
「ああ、そうだ。 シノハも渉のことを想ってる。 逢いたいだろう」
「逢うの!」
「渉・・・、シノハに何を言われた? 渉のことを想ってる人のことを考えろって言われたよな」
「そんなこと知らない! 知らない! 知らない!!」
「渉、言われたんだよ。 シノハからの宿題って言ってたろ? 思い出せないか?」
「知らない! 知らない! 奏ちゃんが嘘をついてる! シノハさんに逢うの!」 ハッハッと渉の息が短くなる。
「渉・・・」
「奏ちゃん、シノハさんはどこに居るの!」 短い息の中で渉が問う。
「え?」
「シノハさんは何処!? シノハさんに逢いたいの!」 目は朦朧としていない。 その目が奏和に詰問を迫っている。
(え? どういうことだ。 シノハがどこに居るのか分からないのか?) 奏和がゴクリと唾を飲む。
「シノハさんに逢わせてって! 奏ちゃん!!」
逢わせて? 明らかに今までの渉と違う。
「渉、シノハと逢いたいのか?」 愚問であるが、こう問わずにはいられなかった。
「シノハさんと逢いたいの! 逢うの!」
「ああ、逢いたいな」
「逢うの! 逢うの! 逢うの! シノハさんは何処!?」
「ああ、シノハも逢いたいと思ってる」
「連れてって! シノハさんの所に連れてって!」
「渉、シノハがどこに居るのか分からないのか?」
「逢いたいの! 逢いたいの! 逢いたいの!」 今にも息が途絶えそうになっている。
今日はこれ以上無理だ。 そうは思ったが、光明など、そんな贅沢なことは言わない。 だが、闇の中に僅かに鈍色が見えた気がした。 自分の気のせいかもしれない。 その自分の気のせいに渉を付き合わせていいものかと瞬間、逡巡する。 迷っている間などない。 鈍色にかけようと思った。
「そっか。 じゃあ渉、シノハの声を思い出せ」
「シノハさんの・・・声?」 我を忘れて奏和に食って掛かっていた目が口が手が納められた。
渉の時が止まったようになった。
奏和に不安がよぎる。
このまま渉が止まってしまうかもしれない。 そうなってしまえば取り返しがつかない。もう何をしても渉は此処に帰って来ないかもしれない。 それでも負の予感より正の予感をとった。 今の渉は今までの渉と違う。
「ああ、そうだ。 優しい声だったな」
「シノハさんの声・・・」 渉が奏和から視線を外し空(くう)を見た。
その視線の先は何処なのかは分からない。 より一層奏和に不安が走る。 だが引き返すことなど考えられない。 前だけを見て、前だけに希望をもって言葉を紡ぐ。
「渉のことをずっと見つめて、話してたじゃないか。 渉を想う優しい声だったな」
『ショウ様。 我はずっとショウ様と共に居たい。 ずっと・・・ずっとこの身が絶えるまでショウ様と居たい』
「シノハさんの声・・・」
「そうだ。 優しく渉を包む声だ」
「シノハさん・・・」
「うん」 今までと何かが違う渉の言葉に相槌を打つ。
「・・・優しいの」
奏和が目を見開いた。
(・・・渉) 無意識に今しがた見開かれた目を細めた。
「そうか。 きっとそうだろうな」
「鳥と・・・話すの」
「へぇー、そんなことが出来るんだ」
「鳥を・・・肩に乗せるの」
「そうか。 すごいな」 奏和の目頭が熱くなった。
もちろん渉がシノハの話をしたのは初めてだった。
膝をつきながら布団に座る渉に寄った奏和の手が渉に伸びるとその頭を撫でた。
「渉・・・渉・・・偉かったな。 よく頑張ったな・・・」
「シノハさん・・・優しいの」
「そっか、そっか・・・」
渉の頭を撫でるその手を頭の後ろにずらすと、幼い頃と同じように渉の顔をそっと自分の胸に当てた。
「シノハさん・・・」
奏和の胸の中で空(くう)を見ているだけだが、大きな一歩を踏み出せた。
この日初めて渉が絶叫を上げなかった。
玄関で座り込んでいた雅子が目頭を押さえていた。
それは、あの日から2年と少し経っていた。
時は流れ、渉は家に帰っていた。
「渉ちゃん、ママとお買い物に行きましょう」
「・・・お買い物?」 まだ何処か虚ろな目をしているが、渉が家に帰って1年が経つ。
「うん、そう。 もう何年も行ってないでしょ? 久しぶりに行かない?」
真名も渉を受け止めることが出来ていた。
「お買い物・・・?」
「ええ、そうよ。 お洋服を見に行かない? 渉ちゃんに似合うお洋服を買いに行くの」
「お洋服?」
「ジョウビキのような綺麗な青いお洋服を買わない?」
「ジョウビキ・・・」
「ええ、渉ちゃんの大切なジョウビキと同じ色のお洋服よ」
いつも握っている手の中のジョウビキを見る。
「ジョウビキと同じ・・・?」
「そう、シノハさんの作ってくれたジョウビキとお揃いよ」
「・・・行く」
渉の返事に真名が驚いた。 初めて自分で判断をして言葉を発したからだ。
「渉ちゃん、渉ちゃん・・・」 その場に立ち竦んで大粒の涙がポロポロと流れ出る。
「マ・・・マ?」
「・・・渉ちゃん!」 もう何年も聞いていなかった真名を呼ぶ声、真名を見る目。
渉が驚いて口を閉ざそうとした。
「あ、ああ、ごめんなさいね。 何でもないのよ」 慌てて手で涙を拭く。
奏和から言われている。 こちらの感情を渉に押し付けてはいけないと。
「じゃ、ジョウビキをなくしたら大変だから、ハンカチに包んでポケットに入れましょうね」
「・・・うん」
ガラスの心を持つ渉にソロリとソロリと真名が寄り添う。