--- 映ゆ --- 第44回
『---映ゆ---』 目次
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その様子にすぐさまトデナミが話しだした。
「夕べ、男たちがケンカを始めてしまいました。 それで何とか落ち着いてから薬草を作りに行きました。 その時にシノハさんも薬草小屋に来られて」
「ケンカ?」 タム婆が本腰を入れて話を聞くのが目に見えてきた。 慌ててシノハが話を切ろうとする。
「婆様、もう少し落ち着いてからではどうでしょうか? まだたった今、目覚められたばかりなんですから。 それに飯も食っていません。 その状態で話をするのはお体によくありません」
「何を隠しておるのじゃ?」 半眼でシノハを見る。
「隠すなんてとんでもない。 とにかく婆様のお体が一番なんです。 もう少し落ち着かれたら順を追ってお話します」
「シノハさんの言う通りです。 なにか柔らかいもの・・・口当たりのいいものを持ってきます」 立ち上がるとそのまま小屋を出ていった。
トデナミが一人になるのは気になったが、行けばザワミドが居る。 それに今男たちは村に行ってるから大丈夫かと思い、止めることはなかった。
トデナミが出て行くのを見送るとタム婆が口を開いた。
「何があったんじゃ?」
「いえ、我も男たちのケンカのことは知らないんです。 でもジャンムの父様とタイリンと・・・えっと誰だったか、トデナミは3人分の薬を作っていたようでした」
「タイリン? タイリンがケンカなどするはずがなかろう」
「はい、我もそう思います。 もしかして巻き添えを食ったのかな、と思っています。 とにかく、すぐにトデナミに婆様の汗を拭くのを頼んで我は外に居ましたし、婆様の汗が引きだされたのが明け方近くでしたから、トデナミには休んでもらって、まぁ、我も寝てしまいましたが・・・。 それで全く話せていなくて事情が分からないのです」
「そうか・・・」
「この村ではケンカはよくあるのですか?」
「うーむ・・・。 あったとしてもわしの耳に入らんようにしておるじゃろうな」
「あっ、と言うことは我は要らないことを言ってしまったんですね」 しまった、というように拳を額にやった。
「かまわん。 今は聞かしてくれる方がいい。 じゃが・・・」 視線の先を変えると少しの間をおいて話した。
「トデナミの話はそれだけか?」
「は? はい?」 汗が噴き出しそうになる。
「と・・・トデナミですか? そう言えば戻ってくるのが遅いですね。 見に行ってみましょう・・・か?」
「シノハ」 タム婆が睨む。
ガタン。 戸が開いた。 入ってきたのはザワミドだ。
(良かったー) 汗が体の中に戻っていくようだ。
「婆様、食事をお持ちしました。 お加減はどうですか?」 網かごに果物が乗っている。
ザワミドに場所を譲ると、戸を見たがトデナミが入ってくる様子がない。
「ザワミドさん、トデナミは?」
「ああ、昨日男たちがケンカをしたんだってね。 あたしは一度寝たらテコでも目が覚めないから知らなかったんだけどね。 村でそのケンカがまた始まりそうだからって、村から女が走ってきたんだよ。 トデナミを呼んでくるって。 それでトデナミが飛んで出て行ったのさ」
「いつ!?」 驚いて聞く。
「ちょっと時は経ってるかね」 網かごから果物を取ろうとした手が止まった。
「一人で!?」 シノハが血相を変えて聞く。
「ああ、そうだよ。 走ってきた女はバテちまって座り込んでいるからね。 どうしたんだい?」 こちら
はキョトンとした顔で答えた。
「婆様のことをお願いします」 言うと急いで小屋を出てラワンの元に走った。 手綱はつけたが鞍などつける暇はない。
「トデナミが心配だ。 走ってくれ」 踵でラワンの横腹を蹴ることなく、ラワンは思いっきり走り出した。
「殆ど寝ていないんだから、そんなに早く走れないはずだ」
森を横から出ると、木の間を通してトデナミが居ないか覗き見る。 シノハが何をしているのかわかって、ラワンが少しスピードを緩めた。
「居ない、どこまで走ってるんだ」 こんどは木の間から馬の姿が見えた。
「このまま森の入り口まで走って、そこから馬の居る手前まで森の中を走ろう」 オン、とひとつ啼くと、走りが早まった。
(くそっ、どうして一人で動くんだ!) 歯がゆい思いをしながら、今はラワンの足に頼るしかない。
森の入り口に着くと手綱を引いた。
「いくらなんでも森は抜けてないよな」 右手で手綱を引き、方向を変えると辺りを見渡す。
また手綱を引いて森へ向き直ると、ラワンが走り出した。
いくらか走ったとき、トデナミが膝に手をつき、背を丸め肩で息をしている姿が見えた。
「無事か・・・」 思わず力が抜けそうになった。
手綱を引いてラワンを歩かせた。 と、その時、目の端に木の中に動く人影が見えた。 顔を動かさず、目だけを動かし確認した。
(あれは・・・ドンダダ?)
ラワンの走る音に気付いて木の中に隠れに入ったようだ。
(間一髪だったか・・・)
だが、もう一つ影があったが、それには気付かなかった。
「ふん、ドンダダも大したものじゃないな」 木に背をもたれかせたその影が小さな声で言った。
ドンダダには気付かない振りをしてそのまま通り過ぎると、トデナミに近づいた。
ラワンの歩く音にトデナミが顔を上げ、息を切らせながらもキョトンとしてシノハを見た。
ラワンがトデナミの横に付いてもシノハの降りる様子がない。 それどころかトデナミを見ることなく、前を見ている。 まるで睨むように。
「あの? シノハさん?」
「何をしているんです」 静かに言う。 いつもより低い声だ、それにまだ前を向いたまま。
「村で男達がケンカをしそうだって聞いたから」
「そんなことは男達で解決させればいいことでしょう」
「でも・・・」
少しの間があった。 顔を下に向け、大きく息を吐くとラワンから下りる。
「ラワンに乗って下さい」 目を合わせることなく言う。
「え?」
トデナミは驚いたようだが、その言葉に一番頭を悩ませたのはラワンであった。
いつもなら言わずともシノハが何をしたいのかわかる。 心で分かるのだ。 だが、今のシノハは心に壁を作っている。 壁を作らなければ怒りが爆発してしまうからだ。
だがその為に、ラワンは言葉にして言ってもらわなければ、どうしていいのかわからない。
足を折って低くした方がいいのか、このままじっとしているのか・・・考えて考えて頭がパニックになりかけたとき、シノハがヒョイとトデナミを持ち上げた。
「え?」 アッという間に横座りの状態でラワンの背に乗っていた。
背に重みを感じ、ラワンのパニックが解放された。
「村には行かなくていいです。 男達のケンカは男達に任せるべきです」 トデナミに背を向け、ラワンの顔の前に立ち、前を見ている。
「でも、今は長が思うように動けない状態です」
「男っていう者はケンカをして分かり合える事もあるんです」
(そろそろ歩き出してもいいか?) ドンダダが逃げる時間を作っていた。
と同時に、ラワンにシノハの心の声が聞こえてきた。
そして辺りに注意しながら、森の入り口に向って手綱を引き歩き出した。
(くそっ! ここがオロンガだったら、ぶちのめしてやるのに!) ラワンが横目でシノハを見た。
シノハは無言で、ずっとラワンの手綱を引いて歩いた。
どうして一言も喋らないのか分からず、いや、怒っているようだ。 でもなぜ怒っているのかすら分からず、トデナミはラワンの背の上で眉尻を下げていた。
森の横を歩き続け、やっと森に入るとどこにも目をやらず、タム婆の小屋の前に来た。
ようやく、ラワンの手綱を引いていたシノハが止まった。
ラワンが慌てて足を止める。 シノハの心の声がまた聞こえなくなっていたのだ。
ラワンは知っている。 こういう時のシノハの掴みきれない想いを。
特に兄のトワハと意見が相違した時。
兄のトワハはシノハと全く違う事をいう。
例えば、シノハがオロンガの村に馬は必要ないと言っても、トワハは馬に乗ることこそ男だ。 ズークに乗っているのはこの村だけだ。 馬に乗らないなんて情けない。 と言う。
トワハのその言葉に、ズークへの想いがないと思うと怒りが出る。
その怒りをラワンが受け止める。 シノハの心をラワンは知っているのだ。 そして、そんな時、シノハはすぐに心に壁をつくる。 トワハへの怒りを抑えようと壁を作るのだ。 シノハの心の声がラワンに聞こえなくなる心の壁。
ラワンはそれを全部知っている。 厄介な想いだと。
シノハがトデナミを見て両手を差し出した。 が、その目はいつものシノハの目ではなかった。
「あの・・・」
その差し出された手は、自分をラワンから下ろしてくれるというのはわかる。 でも、シノハの目にどうしていいのか分からず、先の言葉が出ない。
「まだラワンに乗っているのですか?」 冷たく言われ、差し出されたシノハに身体を預けた。
トデナミを降ろすとまた視線を外した。
ラワンはこういう時のシノハに関わるのはゴメンといわんばかりに、手綱をつけたままそそくさと元の場所に歩き出した。
「あ、ラワン・・・」 小さな声でラワンを呼んだが、ラワンは振り向きもしなかった。
シノハがタム婆の小屋の戸を開け、中を覗き込んだ。
食事は終わったようだった。 そしてそのままザワミドがタム婆についていた。 トデナミに振り返る。
「トデナミの用は終わったんですよね。 ザワミドさんには、まだ用があるはずです。 代わって下さい」 無表情だ。
「シノハさんは?」
「今は外にいます。 小屋に風が入ってしまいます。 早く入ってください」
二人のやり取りをザワミドが半身を捻って、タム婆が座った姿勢のまま顔を横にして、二人で目を丸くしてみている。
いつものシノハと全く違うからだ。 冷たい声音も目つきも。 それに、どちらかといえば冷たいとも思える気を放っているからだ。
トデナミが戸を持ち半身を入れると声を発した。
「ザワミドさん、もう少しお願いできますか?」 その言葉にシノハが眉根を寄せ、ザワミドが無言で頷いた。
戸を閉めたトデナミがシノハに向き直る。
「シノハさん、こういうのは好きではありません。 はっきりと言ってください。 私はシノハさんを怒らせるような何をしたのですか?」
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第44回
その様子にすぐさまトデナミが話しだした。
「夕べ、男たちがケンカを始めてしまいました。 それで何とか落ち着いてから薬草を作りに行きました。 その時にシノハさんも薬草小屋に来られて」
「ケンカ?」 タム婆が本腰を入れて話を聞くのが目に見えてきた。 慌ててシノハが話を切ろうとする。
「婆様、もう少し落ち着いてからではどうでしょうか? まだたった今、目覚められたばかりなんですから。 それに飯も食っていません。 その状態で話をするのはお体によくありません」
「何を隠しておるのじゃ?」 半眼でシノハを見る。
「隠すなんてとんでもない。 とにかく婆様のお体が一番なんです。 もう少し落ち着かれたら順を追ってお話します」
「シノハさんの言う通りです。 なにか柔らかいもの・・・口当たりのいいものを持ってきます」 立ち上がるとそのまま小屋を出ていった。
トデナミが一人になるのは気になったが、行けばザワミドが居る。 それに今男たちは村に行ってるから大丈夫かと思い、止めることはなかった。
トデナミが出て行くのを見送るとタム婆が口を開いた。
「何があったんじゃ?」
「いえ、我も男たちのケンカのことは知らないんです。 でもジャンムの父様とタイリンと・・・えっと誰だったか、トデナミは3人分の薬を作っていたようでした」
「タイリン? タイリンがケンカなどするはずがなかろう」
「はい、我もそう思います。 もしかして巻き添えを食ったのかな、と思っています。 とにかく、すぐにトデナミに婆様の汗を拭くのを頼んで我は外に居ましたし、婆様の汗が引きだされたのが明け方近くでしたから、トデナミには休んでもらって、まぁ、我も寝てしまいましたが・・・。 それで全く話せていなくて事情が分からないのです」
「そうか・・・」
「この村ではケンカはよくあるのですか?」
「うーむ・・・。 あったとしてもわしの耳に入らんようにしておるじゃろうな」
「あっ、と言うことは我は要らないことを言ってしまったんですね」 しまった、というように拳を額にやった。
「かまわん。 今は聞かしてくれる方がいい。 じゃが・・・」 視線の先を変えると少しの間をおいて話した。
「トデナミの話はそれだけか?」
「は? はい?」 汗が噴き出しそうになる。
「と・・・トデナミですか? そう言えば戻ってくるのが遅いですね。 見に行ってみましょう・・・か?」
「シノハ」 タム婆が睨む。
ガタン。 戸が開いた。 入ってきたのはザワミドだ。
(良かったー) 汗が体の中に戻っていくようだ。
「婆様、食事をお持ちしました。 お加減はどうですか?」 網かごに果物が乗っている。
ザワミドに場所を譲ると、戸を見たがトデナミが入ってくる様子がない。
「ザワミドさん、トデナミは?」
「ああ、昨日男たちがケンカをしたんだってね。 あたしは一度寝たらテコでも目が覚めないから知らなかったんだけどね。 村でそのケンカがまた始まりそうだからって、村から女が走ってきたんだよ。 トデナミを呼んでくるって。 それでトデナミが飛んで出て行ったのさ」
「いつ!?」 驚いて聞く。
「ちょっと時は経ってるかね」 網かごから果物を取ろうとした手が止まった。
「一人で!?」 シノハが血相を変えて聞く。
「ああ、そうだよ。 走ってきた女はバテちまって座り込んでいるからね。 どうしたんだい?」 こちら
はキョトンとした顔で答えた。
「婆様のことをお願いします」 言うと急いで小屋を出てラワンの元に走った。 手綱はつけたが鞍などつける暇はない。
「トデナミが心配だ。 走ってくれ」 踵でラワンの横腹を蹴ることなく、ラワンは思いっきり走り出した。
「殆ど寝ていないんだから、そんなに早く走れないはずだ」
森を横から出ると、木の間を通してトデナミが居ないか覗き見る。 シノハが何をしているのかわかって、ラワンが少しスピードを緩めた。
「居ない、どこまで走ってるんだ」 こんどは木の間から馬の姿が見えた。
「このまま森の入り口まで走って、そこから馬の居る手前まで森の中を走ろう」 オン、とひとつ啼くと、走りが早まった。
(くそっ、どうして一人で動くんだ!) 歯がゆい思いをしながら、今はラワンの足に頼るしかない。
森の入り口に着くと手綱を引いた。
「いくらなんでも森は抜けてないよな」 右手で手綱を引き、方向を変えると辺りを見渡す。
また手綱を引いて森へ向き直ると、ラワンが走り出した。
いくらか走ったとき、トデナミが膝に手をつき、背を丸め肩で息をしている姿が見えた。
「無事か・・・」 思わず力が抜けそうになった。
手綱を引いてラワンを歩かせた。 と、その時、目の端に木の中に動く人影が見えた。 顔を動かさず、目だけを動かし確認した。
(あれは・・・ドンダダ?)
ラワンの走る音に気付いて木の中に隠れに入ったようだ。
(間一髪だったか・・・)
だが、もう一つ影があったが、それには気付かなかった。
「ふん、ドンダダも大したものじゃないな」 木に背をもたれかせたその影が小さな声で言った。
ドンダダには気付かない振りをしてそのまま通り過ぎると、トデナミに近づいた。
ラワンの歩く音にトデナミが顔を上げ、息を切らせながらもキョトンとしてシノハを見た。
ラワンがトデナミの横に付いてもシノハの降りる様子がない。 それどころかトデナミを見ることなく、前を見ている。 まるで睨むように。
「あの? シノハさん?」
「何をしているんです」 静かに言う。 いつもより低い声だ、それにまだ前を向いたまま。
「村で男達がケンカをしそうだって聞いたから」
「そんなことは男達で解決させればいいことでしょう」
「でも・・・」
少しの間があった。 顔を下に向け、大きく息を吐くとラワンから下りる。
「ラワンに乗って下さい」 目を合わせることなく言う。
「え?」
トデナミは驚いたようだが、その言葉に一番頭を悩ませたのはラワンであった。
いつもなら言わずともシノハが何をしたいのかわかる。 心で分かるのだ。 だが、今のシノハは心に壁を作っている。 壁を作らなければ怒りが爆発してしまうからだ。
だがその為に、ラワンは言葉にして言ってもらわなければ、どうしていいのかわからない。
足を折って低くした方がいいのか、このままじっとしているのか・・・考えて考えて頭がパニックになりかけたとき、シノハがヒョイとトデナミを持ち上げた。
「え?」 アッという間に横座りの状態でラワンの背に乗っていた。
背に重みを感じ、ラワンのパニックが解放された。
「村には行かなくていいです。 男達のケンカは男達に任せるべきです」 トデナミに背を向け、ラワンの顔の前に立ち、前を見ている。
「でも、今は長が思うように動けない状態です」
「男っていう者はケンカをして分かり合える事もあるんです」
(そろそろ歩き出してもいいか?) ドンダダが逃げる時間を作っていた。
と同時に、ラワンにシノハの心の声が聞こえてきた。
そして辺りに注意しながら、森の入り口に向って手綱を引き歩き出した。
(くそっ! ここがオロンガだったら、ぶちのめしてやるのに!) ラワンが横目でシノハを見た。
シノハは無言で、ずっとラワンの手綱を引いて歩いた。
どうして一言も喋らないのか分からず、いや、怒っているようだ。 でもなぜ怒っているのかすら分からず、トデナミはラワンの背の上で眉尻を下げていた。
森の横を歩き続け、やっと森に入るとどこにも目をやらず、タム婆の小屋の前に来た。
ようやく、ラワンの手綱を引いていたシノハが止まった。
ラワンが慌てて足を止める。 シノハの心の声がまた聞こえなくなっていたのだ。
ラワンは知っている。 こういう時のシノハの掴みきれない想いを。
特に兄のトワハと意見が相違した時。
兄のトワハはシノハと全く違う事をいう。
例えば、シノハがオロンガの村に馬は必要ないと言っても、トワハは馬に乗ることこそ男だ。 ズークに乗っているのはこの村だけだ。 馬に乗らないなんて情けない。 と言う。
トワハのその言葉に、ズークへの想いがないと思うと怒りが出る。
その怒りをラワンが受け止める。 シノハの心をラワンは知っているのだ。 そして、そんな時、シノハはすぐに心に壁をつくる。 トワハへの怒りを抑えようと壁を作るのだ。 シノハの心の声がラワンに聞こえなくなる心の壁。
ラワンはそれを全部知っている。 厄介な想いだと。
シノハがトデナミを見て両手を差し出した。 が、その目はいつものシノハの目ではなかった。
「あの・・・」
その差し出された手は、自分をラワンから下ろしてくれるというのはわかる。 でも、シノハの目にどうしていいのか分からず、先の言葉が出ない。
「まだラワンに乗っているのですか?」 冷たく言われ、差し出されたシノハに身体を預けた。
トデナミを降ろすとまた視線を外した。
ラワンはこういう時のシノハに関わるのはゴメンといわんばかりに、手綱をつけたままそそくさと元の場所に歩き出した。
「あ、ラワン・・・」 小さな声でラワンを呼んだが、ラワンは振り向きもしなかった。
シノハがタム婆の小屋の戸を開け、中を覗き込んだ。
食事は終わったようだった。 そしてそのままザワミドがタム婆についていた。 トデナミに振り返る。
「トデナミの用は終わったんですよね。 ザワミドさんには、まだ用があるはずです。 代わって下さい」 無表情だ。
「シノハさんは?」
「今は外にいます。 小屋に風が入ってしまいます。 早く入ってください」
二人のやり取りをザワミドが半身を捻って、タム婆が座った姿勢のまま顔を横にして、二人で目を丸くしてみている。
いつものシノハと全く違うからだ。 冷たい声音も目つきも。 それに、どちらかといえば冷たいとも思える気を放っているからだ。
トデナミが戸を持ち半身を入れると声を発した。
「ザワミドさん、もう少しお願いできますか?」 その言葉にシノハが眉根を寄せ、ザワミドが無言で頷いた。
戸を閉めたトデナミがシノハに向き直る。
「シノハさん、こういうのは好きではありません。 はっきりと言ってください。 私はシノハさんを怒らせるような何をしたのですか?」