みち  ~満ち~  第237回

大福りす
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第237回




遡ること六年。


平太(へいた)十二歳、勝流(しょうりゅう)十一歳。


主が平太と勝流を連れ立ってお山を降りてきた。 

本来なら峻柔(しゅんじゅう)を連れ立って来るつもりでいたが、今朝足を捻ってしまって歩くことが儘ならなくなってしまったのだ。

その峻柔の代わりに連れて来られた。

修行に励む二人への思わぬ束の間の褒美となった。


里に入る前、嬉しさのあまりキョロキョロとしていた勝流の目に山の途中にいる幼子が映った。 

歩いてきた山道の分かれ道の先、坂を上がっていく途中。

見ている勝流からは離れているが、うつむいて道の端にじっと座っているのが分かる。 

(あれ? なんでこんな所に一人で居るんだ?) 勝流の視線に気付いたその幼子が近くにあった大きな石の隅に隠れた。

(隠れた? どうして?)

「おーい、勝流。 早く来いー」 一人足を止めた勝流を平太が呼ぶ。

「あ、ああ」 幼子を後ろ目に見ながら走っていった。



「へぇー、そう言えば里ってこんなだったよな。 すっかり忘れてた」 お山とは違って人が行きかっている。

主を見つけた里の者が声をかけた。

「これは、主様。 また何かあったのですか?」

「いやいや、今日は町に用があってな。 ついでにこの二人に里や町を見せてやろうと思うて」

「そうでございますか。 先だっては娘の病を見ていただいて、今は随分と元気にしております」

「それはなによりじゃ。 どうじゃ? まだ薬草はあるか?」

「はい、充分に足りてございます」

「幼い故、遊びたいであろうが まだあまり無理をさせぬようにな」 

「おっとう!」 里の者の後ろから童女の声が響いた。

「あ! これ、まだ起きてはならぬと言うておるのに!」 童女の目に、振向いた父の後ろにいる主が見えた。

「あー! 主様!」 主を見つけ、恐い顔をして走りよって来る。

「これ、これ! まだ走っては・・・」 言う間に主の元にやってきた。

「主様! あの薬草苦い!」 童女は文句を言いたかったようだ。

「あ・・・わはは! そうじゃの。 童女にはちと苦かったかのぉ?」 薬草を煎じて飲む。

「童女じゃない! お袖はもう五つ!」 言ったかと思うと、コンコンと咳をしてからまだ幼さが充分に残るプックリとした腕を腰に当て胸を張った。 

お袖五つが威張る。 

その様子を見ていた平太と勝流がクスリと笑う。 二人を見てキッと睨むお袖。

「これ、お袖!」 気の強い童女のようだ。

「お袖や、父様に心配をかけてはならんのぞ。 もう五つなら分かるな?」 膝を落としてお袖と目線をあわす。

その姿を見て慌てて二人も膝を落とす。 お袖を追って家から出てきた母がその様子を見てほっと一息つき家に入った。

「い・・・五つのお袖は・・・分かる・・・」 下を向いたかと思うと、上目使いに主を見、文句を言いたげだが五つは文句を言わない。 

「まだ病が治りきっておらんのだから、走ってはならん。 走っては父様が心配するぞ」 頬をプクーっと膨らませながらも、小さくコクリと頷く。

「薬も苦いやも知れぬが・・・」 ここまで言いかけると

「お袖は五つだから薬草なんて苦くない!」 二人が笑う声を堪えて肩を揺らす。

お山に童女は居ない。 とんと女子(おなご)の幼子など見ていない二人は、その女子独特の喋り口調や仕草が面白くて仕方がないようだ。

そこへ母が盆を持って家から出てきた。

「主様、この度は誠に有難うございました。 どうぞ、甘い物を」 差し出されたのは、団子と饅頭だ。

「へ・・・平太、団子だ! 饅頭だ!」 勝流が目を輝かせて立ち上がる。

一つしか歳が違わない二人ではあるが、主の所にやって来たのは殆ど変わらない頃だった。 それ故、勝流は平太の事を兄様だとは思っていない。 平太も然り。 

「こ、これ! 勝流!」 主も立ち上がり、勝流を諌める

「ゆっくりと里にいらしたのですから、相変わらず小汚い家ですが中に入って、ささどうぞ」 父が言うとそれに継いでお袖が得意気に言う。

「おっかぁの買ってくる団子と饅頭は美味しいんだ。 お袖が怪我や病気をした時にはおっかぁが必ず買ってきてくれるんだ」 お袖の言葉を聞いて、なぜ団子と饅頭がここにあるのかと悟った主。

色んな種類を食べさせたかったのであろう。 それぞれ種類の違う団子と饅頭、合わせて三つ。

「そうか。 母様の出してくださる団子も饅頭も美味いか。 良き母様じゃのう。 
じゃがこれは、お袖に精をつけさそうと母様が買って来て下さったのじゃろう? お袖が美味しく頂くとよい」 それを聞いて誰より寂しそうな顔をしたのは勝流であった。

「主様、そんな事を言わず、お山から降りてこられてお疲れでしょう。 どうぞ召し上がってください」 父が言うが

「礼は充分してもらったんじゃから気にやむことはない」 決して暮らしが楽ではない。 簡単に見て取れる。

「充分になどとは程遠い・・・まともな礼も出来ず・・・」 父と母の様子が今ひとつ分からず、キョトンとするお袖。

「それに、この二人に色んな所を見せてやりたいのでな。 先を急ごうかのう。 
お袖や、父様母様のいう事を良く聞いて良い子にするのじゃぞ」 お袖の頭を優しく撫でると「うん」 と輝かんばかりの目を向けた。

「行くぞ」 主の後に二人が続いて歩く。 

その後姿に父母が深々と頭を垂れ見送った。