みち  ~満ち~  第245回

大福りす
『みち』 目次



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『みち』 ~満ち~  第245回





翌日もいつもと同じように文机に片肘で頬杖をつき、母屋の様子を見ながら昨日の事を考えていた。

「住庵様の教えは厳しくあられるって、脅して言った時にはピクリともしなかった。 それどころか、日頃はっきりとものを言わないのに、あの時はキッパリと言い切った・・・」 もう片方の手も頬に添えて考える。

紙に筆をおく。 スッと筋を引けばいいのに少し迷いがあるように見えた。

「どうしてそんな簡単な事に迷うの?」 筆を動かせばいいだけの話。 ・・・更にとっては・・・。 目を文机に落とす。

「字を知らないとか? ・・・そんな事はないわね。 ちゃんと書いてたもの」 考える。

「あと考えられるのは・・・人の目があるから? 住庵様や私が見てたから? うううん、別に凝視してたわけじゃない・・・うーん、これも違う・・・」 昨日の事を思い出しながら更に考える。

「あ、・・・もしかして?」 昨日だけではないことに気付いた。

「うん、きっとそう。 それしかないわね。 ・・・そんなことくらいで・・・」 中庭の向こうの風来を見て、一つ大きな溜息をついた。

「自信のなさが原因かぁ・・・」 毎日それなりに頑張っているように見えるけれど

「だから出来るはずなのに、出来ないのよね。 言いたい事をはっきりと言わないだけじゃなくて、自分に自信が無いんだ。 それが迷いとなってしまうのね。 
で、昨日出来ても今日は出来るだろうかなんて要らない事を考えて、へこむ結果になってるのね」 ふぅと一つ息を吐き 

「不安なんて必要ないのに。 頑張ってるのに・・・もったいないなぁ」 チラと横を見、そこに置いてあった根付を手に取ると、目の前に垂らし根付けに付いている鈴をチリンと鳴らす。

「途中で投げ出したりはしませぬ。 か」 風来のいった言葉。

「お優しい住庵様が厳しく出来るはずがはないし・・・」 住庵の教えは厳しいと言ったのは嘘の様だ。

「仕方ないなぁ・・・仏の更様が住庵様のお手伝いでもしようか」 風来を見る更の目が変わってきた。

それからは朝に昼に夕に、更が口酸っぱく風来に言ってきかす。


朝餉の時には

「昨日は出来て今日が出来ないってことはないでしょうね。 今日は昨日以上に出来るように。 失敗なんか恐れる必要は無いのよ。 思い切ってやりなさい」 と、てんこ盛りにされた飯碗を目の前に置く。 

昼には

「朝のあれは何? もっと自信を持ちなさいって言ってるでしょ!」 ドン! と茶を置く。

夕餉の時には

「迷っていては何もできないでしょ。 しっかりと、自分の出来る事をやるだけやりなさい」 目の前に芋の煮っ転がしが乗った椀を差し出す。


心がしぼんでいく。



早朝、風来が外の枯葉を箒で掃いている。 集めた枯葉を手に取り何やら座りこんでいる。

「蟻・・・葉からおりなさい。 葉を離れた所に置くのだから、迷子になるぞ」


朝餉の用意をしながらその姿をチラリと見た更。

「住庵様、いつまでも部屋の中や、中庭の木や草相手ではなくて、そろそろ外に出らてはいかがですか?」

「まぁ、そうかのう」 のんびりとした返事を聞いて目を吊り上げ住庵に顔を向けた。

「そうかのう、ではございません! さっさとお二人でその辺の犬猫を相手にしてきてください! そうでないといつまでも風来がピシリとしませぬ!」

「だがなぁ、まだ風来には無理なんじゃ」

「は? そんな事はございませんでしょ?」 毎日見ている。 そんな筈はない。

「いや、出来ぬ事はないが・・・時間がかかると言おうか・・・」 困り顔の住庵。

「時間がかかる事がいけないのでしょうか?」 漬物を置く。

「いや、思うような感覚でやってみて完全に癒せねば、風来が傷つくであろう?」

「はぁ!?」 手が止まる。

「あの子は傷つきやすいのじゃ。 傷つくと内に篭ってしまう。 芯はしっかりしておるのだが強さが無い。 まず、そこの強さを養わんと。 それに己の自信のなさに向き合・・・」 ここまで言うと更がその先の言葉を打ち消した。

「朝餉が終わり次第、お二人ですぐ外に出てください! 宜しいですねっ!」 止まった手が続けて朝餉の用意をしだした。

「更、急いては・・・」

「は? 何も聞こえませぬが?」 味噌汁を置く手は止まらない。

「あの子は心に傷をつけると・・・」 住庵がここまで言うと

「分かりましたか!」 

「・・・はい」 どちらが此処の主であろうか。


朝餉が終わり、更の目つきが厳しくなる。 椀を片付けながらジロリと住庵を見る。

「・・・風来、今日は外に出ようかの」

「え? 外でございますか? あの・・・己にはまだ・・・」

「住庵さまがそう仰っているのだから、さっさと行きなさい」 目は椀しか見ていない。

すると住庵が風来の横へ行き、小声で言う。

「いいから、雷が落ちる前に外に出ようぞ」

「は?」 意味の分からぬ事を言われ、風来が住庵に頓狂な目を向ける。

「住庵様、今なんと仰いましたか?」 椀から外された目は住庵を捉えている。

「そ、それでは行ってくるからな。 風来、早く来い」 そそくさと外に出る住庵の後を風来が追った。

「ったく、住庵様は甘すぎる!」 誰にも厳しい更であった。 

「さて、久しぶりにあっちこっちの掃除が出来る」 朝餉の片付けをし、張り切って襷掛けをすると雑巾を手に持った。