--- 映ゆ ---  第60回

大福りす
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第60回




ジャンムが馬上で一人になり、恐がって馬の鬣(たてがみ)を握り締めている。
事の次第が飲み込めないのか、トデナミは左手で右手を握り胸元に置くとシノハを見た。

シノハはこめかみに手をやった。 ゴンドュー村の男たちは皆、素晴らしく馬に乗れ、影では表の“武人の村” 以上の働きを見せる影の“武人の村” である。 それほどまでに強悍なゴンドュー村の男たちなのだが、唯一つ厄介ごとがある。 それは美人には目がないというところである。
ゴンドュー村の言うところの美人と言うのは、端麗であるのは勿論の事、姿形はそれにそくさなくとも端然であったり、流れる所作を持つ者、美しい声、そして“仁” の心を持つ者が“美人” に当たる。 それはゴンドューの男たちの気を大きく引く。 

トデナミの元に行くのに、クジャムを待たせてもいいと思ったのはこのことがあったからだったが、まさかここまでとは思っていなかった。 単純に、女に甘いゴンドュー村であるから、待ってくれると思ったのだが、トデナミはゴンドュー村の男たちの思う“美人” の条件に全て当てはまっていた。

「クジャム・・・嫁が居るでしょう。 それにサラニンも。 バランガ、ジョウジンに言いつけますよ」 暖かくなればバランガはジョウジンと夫婦になる。

「シノハ、お前は馬鹿か? これほどまでに美しい姿を見せられて黙っている男がいるかっ!」 クジャムがついさっきまでの威厳のある姿からは想像できない言葉を吐く。

シノハが一つ溜息をついて言葉を発した。

「トデナミは、トンデン村の“才ある者” です」 その言葉に三人が目を大きく開いて同時に言った。

「“才ある者”?」

ほんの少しだけ時が止まった。 が、クジャムが口を開いた。

「シノハ、冗談を言っていいときと悪いときがある!」 

「冗談ではありません。 本当のことです」

「何故だ! これほどに美しいのに、どうして“才ある者” なのだ!」 クジャムが立ち上がりシノハを睨む。

「わっ! ケンカを仕掛けないで下さいよ。 嘘ではありませんし、我のせいでもないんですから」 女のことになるとすぐにケンカになる。 

アットウの技をシノハが見たとき、それはサラニンとアットウのケンカだった。 そしてその時のケンカの理由も“美人” と称される女の取り合いであった。 影の“武人の村” として都に出た時に目をつけたらしい。
万が一にもクジャムに手を出されたら、シノハは赤子の様に片手で延されてしまう。 クジャムほどではないが、サラニン、バランガにしてもそうだ。
するとトデナミが口を開いた。

「あの・・・」 クジャムがすぐに片膝をつき、三人の男たちが目を輝かせてトデナミを見た。

「我が村でのお恥ずかしい事、そしてシノハさんを助けていただいて有難うございました」 

三人の男たちはその顔に声に心遣いに、その表情に完全に心を打たれた。 
三人がボォーっとしているとサラニンが口を切った。

「トデナミの為ならば、我が身が燃え尽きるまでシノハの身を守りましょう」 

先にサラニンが言ったことが気に食わないクジャムが、すぐさまサラニンに拳固を与えた。

「ッテー! なんだよ! やるって言うのかよ!」

「おお、やってやろうじゃないか。 かかって来い!」 

屈強な身体を持つ、見た目隆々とした筋肉を持ったクジャムであるのに、まるで風に舞う葉の如くヒラリとその場から離れた。 トデナミを巻き込まないためだ。
サラニンがそれに続き、クジャムの前にこれまた軽々と身を跳ねた。 止める間もなく二人のケンカが始まったが、それはケンカと呼べるほど低レベルなものではなかった。 まさに戦いだ。

シノハにとっては見慣れたものだったが、タイリンは初めて見たその迫力に目を白黒している。
シノハからすれば、たとえサラニンが強いといえど、クジャムに勝てるはずがないのにと、呆れて見ていた。

サラニンの様に、勝てる相手ではないと分かっていても戦いを、ケンカを挑むのはゴンドュー村では当たり前のことである。 いや、勝てる相手ではないと判断をすることもない。 ただ、やる。 それが“荒くれ” と言われる所以であった。
が、二人のその動きが見事なほどすぐに止まった。 トデナミが声を張って止めたのだ。

「止めてください!」 そのトデナミの手を取っているのはバランガ。

クジャムとサラニンがすぐにトデナミの姿を見て、今度はバランガに食って掛かりかけたが、すぐにトデナミがそれを制した。

「バランガさんは、私が蹌踉(そうろう)したので支えてくださいました」

「おお、トデナミ、身体の具合が悪いのか? それでは我が抱いて寝間までお連れしよう」 

「・・・だから・・・クジャム! 嫁が居るでしょう! サラニンも何も言わないで下さい! バランガ! これ以上のケンカはごめんです、手を離してください! いいですか、トデナミは“才ある者” ですから!」 

シノハに念を押され、三人が何かを言いかけたとき、ジャンムが小さな声で「降ろして」 と言った。

「ああ、ジャンム、悪い」 言ってシノハがジャンムを馬から下ろしてやった。 

下ろされたジャンムはすぐにタイリンに駆け寄ると話し出した。 馬上での素晴らしい感覚を。

「え? そうなの? ジャンム、馬で走ったの?」

「うん。 俺は何もしてないけど。 なんて言ったらいいのかなぁ・・・とにかく凄かった。 だから俺も一人で馬に乗れるようになりたい」

「そうなんだ。 良かったね」 

「うん、タイリンも馬に乗れるといいね。 そうしたらいっぱい話ができるね」

「うん・・・きっといつかシノハさんが乗れるようにしてくれるから、その時に・・・」

二人の会話を聞いていたトデナミが「ジャンム良かったわね」 と言うと、三人の男たちに目を向けた。

「ジャンムがお手間をかけたようで、申し訳ありませんでした」

「何を仰る! その子はここまでの道案内をしてくれたのだから、こちらが礼を言わなければならない」 クジャムが言う。

「そう、でなければトデナミとお目にかかれなかったのだから」 サラニンが言う。

「サラニン! 嫁に言いつけますよ!!」 シノハが叫んだ。

と、 まだトデナミの手を取っていたバランガが、タイリンとジャンムの会話を聞いていて他の二人と違う事を言い出した。

「タイリン、もしかして馬に乗りたいのか?」 バランガがタイリンに声をかけた。

「あ・・・はい。 でも、一度も馬に乗った事がないから・・・」 この歳になっても馬に乗った事がないのを恥じるように下を向いた。

「それなら、俺の馬に乗せてやる」 

ゴンドューの村の男たちは女に弱く、大人になる前の子に優しい。

「え? バランガさん?」 トデナミが言う。

「ゴンドューは誰の子であっても男も女も子を育てます。 男は子の身体を、女は子の心を。 タイリンは我が村の子ではありませんがシノハの縁(えにし)です。 子の望む事を叶えてやるのがゴンドューの男です」 

さっきトデナミはジャンムに「良かったわね」 と言った。 だからトデナミの為に、とも言いたかったが今はそれを言わない。 それを言ってしまうと全てがトデナミの為だけにと勘違いされては困る。

「バランガさん・・・」 トデナミがバランガだけを見ている。 それも普通と違った目で。

そのトデナミの様子にクジャムとサラニンがいきり立った。

「バランガ! トデナミと何を話してるんだ!」 クジャムが目を吊り上げる。

「お前! ―――」 サラニンが言いかけた時、すぐにバランガがトデナミの手をシノハに取らせ、馬の荷をアッという間に下すと、簡単にタイリンを持ち上げ自分の馬に乗せた。

「じゃ、ちょっと走ってくるから」 してやったりという顔をクジャムとサラニンに向け言うと、タイリンを乗せて駆足で走り去った。

「あのヤロー、いったい何を考えてんだ!」 さっき最後まで言えなかったサラニンが怒りをぶちまける。
クジャムとサラニンは、タイリンとジャンムの会話を聞いていなかったのである。

バランガは森の先に見える砂地に馬を疾走させていた。タイリンは生まれて初めて馬に乗った。 その乗った馬が初めて動いたのが駈足だ。 いや、正確に言うと初めて乗ったときにバランガが左の手綱を引き、後足旋回をしたのが初めて動いた馬に乗ったのだ。 それだけでも大きな驚きだったのに、すぐに駈足になりタイリンの目が大きくまん丸になっていく。

風が流れる流れる、髪が流れる流れる、大きく開いた目が乾いてくる。 馬が駆ける振動が身体に伝わる。 前に後ろに身体が揺れそうになる。 それを後ろからタイリンの腹に手を回したバランガが支えてくれる。

「どうだ?」 馬を駆けさせながらバランガがタイリンに問うた。

「す・・・すごい・・・です」

「へぇー、ちゃんと返事が出来るんだ」

「え?」

「ははは、我が村では始めて馬に乗った子を駈足で走らせると言葉も出んからな」

「あ・・・でもきっと、俺よりもっと小さな子ですよね」

「まぁな」 
その返事にゴンドュー村では、どの歳に始めて馬に乗るのだろうかという疑問と、己がこの歳にして始めて馬に乗ったという恥が混じり合った。
でも、思ってもはじまらない事。 今は馬に乗せてもらった感謝の念を、正直に言葉に表したい。 言いたいことを言えなかったタイリンが変わってきていた。

「とても気持ちがいいです」 正直な嬉しさが言葉に乗ってバランガの心に伝わる。

「そうか、気持ちがいいか」 そう言うと前に座るタイリンの頭を見て口の端を上げて言葉を繋いだ。

「我が村の子達を乗せたときには、そんな風には言わないからな。 我は嬉しいぞ」 

バランガはタイリンが満足するまで馬を走らせた。 いや、まだまだタイリンは満足はしてはいないだろうが、村から離れた所をずっとずっと走らせると、バランガが終止符を打った。 何故なら、違う事をしたいと思ったからだ。
馬を止めると、鐙(あぶみ)に足を入れたまま立ち上がり、タイリンをキチンと鞍の上に乗せ換えるとバランガが馬から下りた。

「バランガさん?」 タイリンが不安そうにバランガを見た。