--- 映ゆ ---  第96回

大福りす
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第96回





渉の目にはもう明るくなった山の中、磐座が映っていた。

「・・・シノハさん」 シノハの前ではケロッとして話していたが、そんなに簡単に割り切れるものではない。

磐座をじっと見る。

「私もずっと一緒に居たい」 目に涙が溢れてくる。

「渉、いるか?」 奏和の声がした。 慌てて涙を拭きとる。

「奏ちゃん! どうしたの?」 水の流れの向こうで振り返り、奏和の声がする方を覗き込んだ。

「あ、やっぱり心配で見に来た。 けど、何ともなさそうだな」 渉の方に歩み寄ってくる。

「う、うん。 お化けは出なかったよ」

「だろうな」 眉を上げると切り株に座り渉を見た。

「どうだ? ゆっくりと出来たか?」

「え? うん。 まぁ」

「なんだよ。 俺の登場が早すぎたのか?」

「そんなんじゃい。 それに心配してくれたんだもん」 昨日の朝、鍋をカーンと鳴らしたことを少し後悔した。

「まぁな・・・。 お化けや天狗は出ないだろうけど、一番怖いのは人間だからな」

「人間?」 水の流れをピョンと跳んで跨ぐともう一つの切り株、奏和の背中側に座った。

「この山に怪しい人間が居るとは思わないけど、一応な」 奏和が180度回転して渉に向き合う。

「けっこう陽が昇ってきたな」 木々の間から射す陽の光が朝露を照らす。

「今日は暖かくなりそうだね」 身体を捻り奏和の目の先を同じように見た。

「いい天気だな」

「うん」

暫く二人でその光景を見ている。

(翔・・・後悔なんてしてないって言ってたけど、本当にあれでよかったんだろうか・・・) 
事務所に乗り込み、モデルから完全に身を引かせた。 そして今は身をひそめさせている。 その自分の行いが正解だったのだろうか。

(シノハさんの所もお天気が良かった。 いま、同じように陽の光を見てるかな・・・)

顔を落とした奏和が話し出した。

「渉はここに来る・・・」

「えっ!」 思わず大きな声が出た。

「な、なんだよ。 そんなに大きな声を出して」

「あ、何でもない。 私がここに来るとナニ?」 

「渉は小さい時からここに来るのが好きみたいだけど、翔にもそんな所があるか知らないか?」

「カケル?」 バレてたのではなかったと、胸を撫で下ろした。

「ああ」

「カケルが好きな場所・・・」 眉を顰めて考える。

「そう言われれば知らない」 情けない顔をする。

「おい、そんな顔するなよ。 そうか、知らないか・・・」 渉を透かしてその後ろにある木々を見て小さく溜息を吐いた。

「なに? そんな所があったら奏ちゃんがカケルを連れて行ってくれるの?」

「ああ。 翔もクサってくるだろうからな」

「じゃ、美術の杜なんてどう?」

「あの屋外のか?」

「うん。 オブジェがいっぱいあるトコロ。 ずっと家の中なんだから外の空気も吸えるし、カケルが好きそう」

「あ・・・だけどな、屋外じゃない方がいいんだ」

「そっかー・・・お天気で左右されるもんね」 腕を組み空を見る。 少し考え閃いたとき、奏和を見たつもりが奏和の後ろ、磐座が目に入った。

(あ・・・) 磐座までの風景が歪んで見える。
(そっか・・・そうだったんだ) 以前にも磐座までの風景が歪むのを2度見た。 
(シノハさんの所からさっき帰ってきた。 だから風景が歪んで見えるのかも。 時空のナントカっていうやつなのかしら。 あ、じゃ、あの時、磐座の前に立った時に歪んで見えたあの時が、シノハさんが来てた時だったんだ。 それにしてもタイミングがズレるんだ) 奏和を忘れ考え込む。

普段あまり見ることのない渉の真顔。 その顔で磐座を見つめるのを見て奏和が不審に思い振り返った。

「え?」 一瞬だが歪みを見た。 陽炎のような歪み。 だがそれはすぐにおさまった。

「な、渉。 今おかしくなかったか?」 後ろを振り返ったまま渉に尋ねた。

「え? なにが?」 しまったと顔がヒクつく。

「今・・・」 小首を傾げ少しの間をおくとまた話し出した。

「・・・気のせいか」 言うと渉に向き合った。

「ねっ・・・絵画展なんてどう?」 何も聞かれたくない、奏和が言葉を発する前に話の筋を元に戻す。

「絵画展?」

「うん。 アマチュアのなんだけどね。 えっと・・・いつだったっけかな。 会社の友達がそんなことをよく知ってるの。 聞いておこうか?」

「絵画展か・・・いいんだけど、人が多いんだろうな」

「そんなに大それた絵画展じゃないの。 アマチュアだからね。 それに友達が言ってたけど、平日は人は少ないって。 だから会社を休んでいくって言ってたし、駐車場があって車で行けるから楽だって。 まぁ、平日に行くとなると奏ちゃんは学校を休まなくちゃいけないけど」

「ああ、それはいいんだ。 そっか、絵画展か」

「うん。 カケル好きだと思うよ」

「俺はチンプンカンプンだけどな」 渉を見てクイと片方の口の端を上げた。


後日、渉からメールが入った。 再来週末から4日間あるらしい。 そして要らないことも書いてあった。

《車で行くの? だったら絵画展が終わったら、そのままドライブをしてあげて。 奏ちゃんと二人だけの空間だったら誰に見られることもないでしょ?》 と。

「渉は・・・何をどれだけ分かってるんだよ・・・」 知っていて、日頃すっ呆けているだけなのか、単なるボケなのか判断がつかない。

「渉・・・お前の何だかわからないけど、そんな頭が俺にも欲しいよ」 机の上に置いたバンド練習のスケジュールを書いてある紙を見た。


渉の母親、真名とリビングで過ごしている時、置きっぱなしにしていた渉のスマホが鳴った。

「あれ? 翼君だ」 着メロから翼と分かる。

「早く出てあげなさい」 真名から促され、うん、と答えるとすぐにスマホを手に取った。

「翼君?」

「そーでーす。 神社に居る時、ガン無視された翼でーす」

神社での早朝、奏和と渉の二人が山の中で話していたことを言っている。
奏和と渉にしてみれば過ごしたではなく、話していたのだけれど、翼にとっては過ごしたとなってしまうようだ。

「まだ言ってるの?」

「あー! そんなこと言う? 俺的には朝の日の出を清々しく渉ちゃんと奏兄ちゃんが迎えたと思ってんだけど?」

「バカじゃない?」 渉の言葉を聞いて真名が口を出した。

「渉ちゃん、何を言ってるの!」 翼が何を言ってるのかは分からないが、渉が言った言葉 『バカじゃない?』 それに真名が反応した。

「ママ、いいの。 翼君がバカなことを言ってるだけだから」 小声で言うが翼に筒抜けだ。

「俺、バカじゃないし」

「バカだよ」

「渉ちゃん・・・」 嘆いたが気を取り直して続けた。

「奏兄ちゃんが姉ちゃんを連れ出してくれたよ」

「うん、そうみたいだね」

「知ってたの?」

「カケルからメールをもらった。 色んな絵を見られたって」

「そっか・・・姉ちゃんからメールがあったんだ」

「うん。 言ってるでしょ? カケルのことは奏ちゃんに任せればいいって」

「そうだよね。 渉ちゃんはいつもそう言うよね」

「そっ。 ちょっと悔しいけど、奏ちゃんに任せればいいよ。 奏ちゃんに協力出来ることを協力すればそれでいいんだよ」

「そっか。 姉ちゃんのことは俺が心配しなくていいんだ」

「うん、そうだよ」 言うとちょっと考えた。

「・・・翼君?」

「なに?」

「・・・もしかしてシスコン?」

「あり得ないしっ!」


涼しい風から寒さを感じる風へと変わり、所々で木の葉が黄色くなり、虫の声も聞こえなくなってきていた。

「寒っぶ!」 駅を降りて歩いていると一瞬吹いた風に樹乃が背中を丸めて歩いていた。

「おっはよ!」 樹乃の背中をポンと叩く。

「おはよう。 寒いのに元気ね」 意気揚々と横に立つ渉を見た。

「樹乃一人歳とったんじゃない? お婆さんみたいな歩き方してるよ」

昨日、こっそりと神社へ行きシノハと逢った。 シノハの眼差し、シノハの声、シノハと共に過ごした時が、心満たされる時が、今も忘れられない。

「あれ? もしかして?」

「なに?」

「成就した?」

「なにが?」

「辛い恋」

「あるわけないって言ってるでしょ。 ほら、身体を温めよう。 早歩きっ!」 樹乃の腕を取って足早に歩き出すと躓いて、樹乃の腕にしがみついてしまった。