虚空の辰刻(とき)  第149回

大福りす
『虚空の辰刻(とき)』 目次


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- 虚空の辰刻(とき)-  第149回



セッカがショウワの部屋に入った。

「ムラサキ様が!? 間違いはないのか?」

セッカから渡された丸薬が効いたのか、熱が下がりセッカと話が出来るまでに回復をした。

「屋敷中を探しましたわ。 何よりトウオウが見ていたようで、トウオウもそんな嘘をつく必要などありませんので」

マツリとの話を報告し終え、その紫揺が島から居なくなったと言ったのだ。

「トウオウは止めなかったということか」

「アマフウが止めたみたいですが、トウオウはまだ身体が十分ではないと申しておりましたわ」

「ムラサキ様が出て行かれた後にでも、誰なとに言わなんだのか」

「ムロイが居ればムロイに言ったかもしれませんが。 あのへそ曲がりのトウオウとアマフウですからムロイが居たとて、どうしていたかは分かりませんわ。 過ぎたことを言っても詮無いことですわ。 どう致しましょう」

「どうもなにも・・・ムラサキ様が居られなければどうしようもない」

「どこかに逃げてしまったとでもマツリ様に言いますの?」

「・・・」

「なにより此の地のことが分かってしまいますわ。 ムロイが言っておりましたの、シキ様がムロイを視た時にムラサキ様の居所が分からなかったそうですの。 此の地は本領も知らない地なのではないでしょうか」

洞窟を抜けただけで全然違う世界がある。 それをショウワは肌で分かっていた。

「知らないどころか有り得ん地なのじゃろう。 じゃからシキ様が視られなかったのじゃろう」

「どう致しましょう」

再度訊いた。

「ムロイはどんな具合じゃ?」

「わたくしが駆け付けた時より悪くなってしまいました。 マツリ様に言われて、薬草師を変えたのですけれどその後どうなったかは。 ですがここへ戻る途中でセノギと会いましたから、セノギが見てくれていると思いますわ」

「ああ、セノギがムロイと話をするといっておったが、その様子では簡単に話が進みそうにないかもしれんな。 ムロイは何か言っておらなんだか?」

「珍しく北のことを感慨深く言っておりましたわ。 民や薬草師がムロイのことを気遣っていたようで、それが心に沁みたのかもしれませんわ」

馬車に同行していたが、休憩に入る度に民がムロイの様子を案じながら薬草師に聞いていた。 虚ろながらもそれを耳にしていたのだろう。

「・・・わしが行こう。 わしがマツリ様と話をする」

セノギから聞いたその昔に北が行った愚行。 そしてその考えに翻弄されていたとマツリに言ったセッカ。 此の地のことはうまく伏せて言ったようだが、セッカは紫揺を伴ってマツリに会い、マツリを通じて紫揺を東に帰すつもりだったようだ。

マツリがムロイにずっとムラサキを隠していたと言ったようだったからだ。 いくらなんでもそれは誤解だと言い、紫揺は偶然に見つけただけだと言い切ったようだ。

だがそんなことで引くマツリではない。
シキが出てくる前に話を終わらせたい。 どこまで此の地のことを隠し通せるかは分からないが。

「ショウワ様、まだそのお身体では」

セッカの後ろで話を聞いていたニョゼが言葉を挟んだ。

「もう老いぼれじゃ。 最後の最後に北の領土の役に立ってもよかろう」

「最後などと、何を仰います」

「そういうことじゃ。 セッカ、お前はどうする? ムロイが心配か?」

「ええ、勿論ですわ。 ですがムロイもセノギもいない、ましてやショウワ様まで屋敷を空けられるのでしたらここに残りますわ。 キノラも仕事のことで何かあったらしくて、追われているようですから」

そう言うと後ろに立つニョゼを振り仰いだ。

「ニョゼ、ショウワ様に付いて行ってもらえるかしら?」

「心配など要らん。 なんともないわ」

なにより、影たちがいる。

「そうはいきませんわ。 病み上がりですのに。 わたくしが鬼と呼ばれてしまいますわ」

ニョゼに同行するよう頷いてみせ「それでは失礼いたしますわ」と言って部屋を出て行った。

結局、この日この地を出られなかったセッカ。 挙句に何もかもをショウワに任せ、その補佐にニョゼがつくこととなった。

「ショウワ様、どうしても明日行かれるのですか?」

「ああ。 薬がよく効いた。 たしか薬草師が作ったと言っておったな」

「はい。 セッカ様が頂いて来られたと」

「熱さましだけでは、此の地の薬の方が上であろうが、それだけではないものを感じるわ。 やはり身体は正直というのじゃろうな」

そう言えば、とニョゼが気付いた。 熱が下がり目覚めた時より随分と良くなっている。 それも目覚めた時には、まだセッカと話せるほどには無かったというのに。 熱が下がってからも段々と良くなってきているようだ。

「北で作ったお薬の方が良く効くということでしょうか」

「そうじゃろうな。 身体がなじんでおるんじゃろう」

具合がよくなったのなら食事をとって欲しい。

「それでは、お食事を召し上がられませんか?」

「ああ、そう言われれば腹が減っておるな」

「お作りしてきます」

ニョゼが部屋を出てドアが閉められ、続いて続き部屋になっているドアも閉められた気配がする。

「心配をかけたなケミ」

ドロリと影が歪みショウワから離れた所で人型をとった。 人型は片膝をつき、もう一方の足に腕を乗せている。

「大事ございませんか?」

「ああ。 それよりムラサキ様のことは知っておったか?」

斜め横に姿を現したケミに顔を向けて問う。

「いいえ。 カミがムラサキさまが見当たらないとは言っておりましたが、まさか島を出ておられたとは。 吾の不覚です」

「いや、わしがムラサキ様に付いておけと言わんかったからじゃ。 ムロイが居ないことで安心しておったのが仇となったわ。 そうか、では今のムラサキ様の居所は誰にも分からんということか」

ケミから目を外すと前を見た。

「・・・」

「わしももう、限界じゃ。 わしの力では、ムラサキ様が相当のお力を出されん限り追えん。 もうそんなことはないじゃろうからな。 ムラサキ様を追うことは出来んじゃろう」

「・・・」

「・・・夢を見た」

どこを見ることなく語りだした。

「先代と暮らしていた時の幼い頃の夢じゃ。 ケミには信じられんかもしれんが、わしにも幼い頃があった。 ・・・先代は厳しいお人じゃった。 古の力を叩きこまれた。 ・・・そして今お前たちがいる」

「・・・」

古の力を叩きこまれて吾たちが居る? どういう意味なのだろうか。

「お前たちの・・・。 いや、今はやめておこう。 ・・・ハンは動けるか?」

「体が鈍ると言っておりましたが、少なくともまだ膝が十分動かせるようではありませんし、ハンが強がっているだけにも思えます。 カミによりますと最近は食をあまり摂りたがらないようです」

「そうか・・・せめて、領土の入り口までは歩けるか?」

「ハンを領土に行かせるのですか?」

「可能ならな」

「吾とカミが肩を貸せば、入口までなら歩けると思います」

「そうか。 じゃが、それは出来んじゃろうな」

カミとケミがハンに肩を貸すと、ハンの身体が沈み込んでしまう。 背丈が違いすぎる。 歩くどころではないだろう。

「ハンを置いていくにも助ける者がいるか・・・。 では明日ケミも領土に戻れ。 カミにはハンについているように言っておいてくれ」

「仰せのままに」

続き部屋のドアの開く気配がした。



西から今にも沈みそうな夕焼けが射している。 ご近所さんから美味しそうなカレーの匂いが漂ってきた。
自分の家の前に立っている。
表札が無くなっている。

「当たり前だ・・・」

家賃を払っていなかったのだから。

佐川にはああ言ったが、その場だけの言い逃れだった。 それに自分の考えに何の確信があったわけではないし、もう知らない誰かが住んでいてもおかしくはないのだから。

それによくよく考えた。 あの日、鍵をかけて家を出たのだ。 今、鍵は持っていない。 仮に持っていたとしても、他の人が住んでいるのなら不法侵入になってしまう。

玄関の前で頭を垂れることしか出来なかった。
と、誰かが横を通ったのが目に入った。 え? と、頭を上げると、知らない男が鍵を開け戸を開けると振り返った。 その顔は下げられている。

「外からの目がありますので、カーテンを取り替えさせていただきました。 お荷物は少々動かしていますが、それ以外には手を付けておりません」

そう言って手の中の鍵を差し出した。
怪訝な目を送っている紫揺に男が、どうぞ、と言った。

「アナタは誰なんですか?」 

「東の者です」

また東西南北。 いや、西と南はない、北と東。 聞くだけで嫌気がさす。 取り上げるように鍵を男の手から取ると、玄関に入りピシャンと戸を閉めた。 乱暴に鍵をかける。 鍵をかけた音が平和そうなご近所から漏れてくる会話や、おいしそうな匂さえもシャットアウトするかのように。

「嫌われたもんだな」

野夜が現れた。

「ああ、それも致し方ないかもしれないな」

野夜に続いて現れた湖彩が言った。 北に囲われていた時にどんなことが起きていたかも分からないのだから。

「それより」

湖彩が紫揺に対峙した悠蓮を見た。

「身体はいいのか?」

完全に張りぼてでやられた悠蓮の尾骶骨もさることながら、筋肉痛も酷い。
サンダーバードですぐに寝落ちた。 悠蓮と湖彩と野夜が交代に寝るはずだったが、あまりに悠蓮が寝入っていたので起こすこともなかった。 それが仇となったのかもしれない。 駅に着くからと湖彩に起こされた悠蓮がしきりに顔を歪めていた。


『どうした?』

『か・・・身体が。 それに尾骶骨も・・・』

そう言っていたのだ。 完全に寝てしまったが為に、肉体が甘えたようだった。


「忘れようとしてるんだから言うな」

紫揺の前ではスムーズに動かしていた身体だったが、今はお爺さんのようになっている。

「もしかして、二人とも寝てないのか?」

「ああ、お前がぐっすりと寝ていたからな」

「楽しみだな」

悪かったな、ではない。

「何がだ?」

「明日の朝がだ」

激しい運動をしたからといって、すぐに筋肉痛はこないし、打ち身も然り、軽いものであれば骨への痛みも気が張っていれば、痛みを感じることはない。 これが寝入ってしまうと大どんでん返しになる。 悠蓮はそのことを言っているのだ。

「何を言ってんだか。 それよりこれからどうする? 北の気配は全くなかったが」

湖彩が悠蓮を見て言う。

「北が紫さまを見失った可能性が高いが、少なくとも警察署での書類のことを考えるとこの家の場所は知っているはずだ」

資料室から紫揺に関することを盗み見たから、この家の場所を特定し、すぐに仕事先に現れたのだろうから。

「それを知っているのは此の地の者かもしれない、ということも含んでいるのか?」

北は此の地の者を使っていた。

「ああ。 警察署で見た限りは・・・北の関係者の二人は粗忽だった。 この家の場所を知っているのは、どちらかと言えば此の地の者と思う」

北の関係者、それは此の地で雇われた者。

「荒っぽい此の地の者か」

悠蓮が吐き捨てるように言った。 伸されたのだから言いたくもなるだろう。

どこからか声が聞こえる。 道を歩いて来ている声が。 こんな所に見かけない大の男が三人も立っていては怪しく思われる。

「悠蓮、きついかもしれないが、このまま紫さまの周りにいるしかない。 どこか陰に隠れていろ。 俺と湖彩が見る」

「悪いな」

あっさりと受け取ると。 お爺さん姿の悠蓮が陰に紛れていった。

「表裏どっちがいい?」

「どっちでも」

「では俺が表。 裏を頼んだ」

「了解」

二人が陰に隠れながら辺りを警戒して数時間が経った頃、大中小の人影が街灯に照らされてこちらにやって来るのが見えた。
表を見ていた野夜が身体に緊張をほとばしらせた。 陰からその姿を見ていると見覚えのある顔が街灯の下に照らされた。

「領主・・・」

阿秀と此之葉の顔も見える。 陰から身を出した。

「野夜がいるようです」

阿秀が言うと頷く領主に続けて問う。

「このまま行かれますか?」

領主が阿秀を見る。

阿秀からの報告を受けた領主、阿秀が言うには今の紫揺に会うには時が早すぎるということだったが、猶予はない。
いつまた北に攫われるかもしれない。 阿秀からの報告を聞いたあと、すぐに阿秀の運転する車でホテルを出て此之葉と共に電車でここに向かった。 そして駅で待つこと数時間、阿秀が車でやって来た。

どれだけ速度違反をしたのだろうか。

ちなみに船でここまでやって来ていた若冲を回収したのは、車で移動してきた梁湶である。

「領主」

野夜が駆け寄ってきた。

「紫さまは中に居られます。 北の動きは見受けられません」

野夜の報告に頷いた領主。 動いていた足が止まった。

「此之葉、頼めるか?」

「・・・はい」

「此之葉を行かせるのですか!?」

野夜が驚いたように言ったが、反対に阿秀の溜飲が下がった。

「そういう事でしたか」

「なんだ? 阿秀は考えなかったということか?」

「未熟でした」

散々、要らないことを考えたようだった。
ホテルで領主が此之葉を呼んでくれと言った。 そしてその後に紫揺の家に向かうと言った。
今の紫揺の状態で領主と会わせても決して良い結果が出ないだろう。 領主の気持ちが変えられないかと、運転中に散々考えていた。

車中どれだけ考えても紫揺が領主に会うとは言わないだろうと思っていた。
それに万が一にも今の紫揺の前に領主が現れ、何を言ってもどう謝ろうとも紫揺が耳を傾けないことは分かっていた。
だから止めるつもりだったが、止めきれなかった。 まさか、此之葉を使うとは思ってもいなかった。

「では頼む」

頬に緊張を走らせた此之葉が一歩二歩と進む。

「阿秀・・・」

領主の後ろに控えた野夜が阿秀を覗き見た。

「連絡をしないで悪かった。 領主がお考えを変えられるかもしれないと思ったのでな。 だが此之葉を使うとは思ってもいなかった」

此之葉が引き戸をノックした。