ハラカルラ 第22回
『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第20回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
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適当にと言われてもコップを持ったままベッドに座れるはずもなく、ましてや勉強机にも座りがたい。 ミニテーブルにコップを置きライの正面に座った。
「ご自由につまんで。 他にもまだある」
ベッドの下からコンビニ袋を出すとひっくり返した。 バラバラとチョコやお菓子の箱や袋が出てきた。
「いや、いい」
しっかりと夕飯を食べたのだ、腹は減っていない。 それにこれから甘いココアを飲むのだ。
「そぉ?」
ざざっと、散らばった菓子の箱や袋をひとかためにする。
「まっ、食いたくなったらどれでも食って」
「うん。 さんきゅ」
それから無言の時間がどれだけ続いただろうか。 ライがポテトチップスを食べるポリポリという音だけが聞こえていた。
ライからは何も訊かないということだろう。
『話くらい聞ける。 聞くことしか出来ないけどな。 話してちょっとでも楽になるなら聞くからさ』
穴から出てきた時にライはそう言っていた。 それを貫いているのだろう。 誰かに言われたか、それがライの考え方かは分からないが。
そしてライからは訊かないと言っていた。 結局あの時はあまりのことに訊いてきたけど、でも訊かないというのはそういう意味ではないだろう。
「矢島さんってどんな人だった?」
まるで今までの無言の時が無かったようにライが水無瀬に答える。
「んー矢島かぁ。 俺が小さい時に突然、水の世界に現れたらしいってことは聞いたな。 で、結構あっちに行きっぱなしだったから、たまに話す程度であんまり知らないけど、すんなり水の世界を受け入れたらしい。 あ、あんまりここんとこ気にすんなよ、矢島は矢島、水無瀬は水無瀬だからな」
「お気遣い痛み入ります」
「苦しゅーない」
煉炭といて楽しいことは楽しかったが、このテンポは望めなかった。
「矢島さんはどうしてすぐに、ってか、すんなりと受け入れられたんだろう」
「うーん、矢島に限られたことではないんじゃないか? 俺も知ってるわけじゃないから全員とは言わないけど、それでも代々が続いてきたからな。 ああ、それとも水無瀬の場合、矢島のスカウトの仕方が下手だったとか?」
「スカウトって・・・。 スカウトにもなってなかった」
「そういやぁ、頼むって言われたって言ってたな、他に言われなかったわけ? 忘れてるとか」
「ない。 あるとしたら “頼む” ってあれを渡される前に “やっと見つけた” って言われたのと “あとを頼む” って言われたくらい」
「あー、そっか。 やっぱ、矢島は水無瀬に決めたんだ」
「ん? 今更?」
「いや、ほら、事象からじゃなくて感情的にって言うの? やっと見つけたってのは、そうなるだろ?」
「まぁ・・・。 でも、取りようによっちゃ、あとを頼める人間をやっと見つけた。 初めはあれを誰かに渡して欲しいんだと思ってたんだけどさ。 いわゆる俺は郵便配達員的な?」
「見事に違ってたってわけだ。 まぁ、何も知らなきゃそんなもんだろ。 で、その矢島がネットニュースに出たってわけだ」
「うん、もう一年ほどになるから顔は―――」
「は? ちょっと待て! いまなんて言った? 一年?」
「はっきりと覚えてるわけじゃないけどそれくらい前。 去年の今頃、ダウンを脱ごうかと思ってた時だから。 長から聞いた話では、一昨年の終わりごろに矢島さんが居なくなったってことだけど、それの二、三か月後ってとこかな」
「えー、そんなことは早く言えよー」
「え? これ必要?」
「よく考えろよ。 矢島はほぼ一年前に水無瀬を見つけていた。 なのに村にも水の世界にも戻って来なかった。 おおよそ一年、矢島はこっちで何をしていた? って話になるだろ」
「いや、待ってくれよ、ライたちは矢島さんの足跡を追ったって言ってたじゃないか、それでその中に俺が居たって。 そしたらいつ接触してたかって分かってただろ」
「残念ながら水無瀬を見つけたのは一ヵ月前にもならない。 それで目撃した人に訊いても記憶が薄いということだったけど、去年の寒い時ということは言っていた。 それならこの冬って考えるだろう。 この冬の数か月前とかって。 でなきゃ矢島が戻って来ないはずがないんだから」
「うわ、いい加減な調べ方」
「悪かったな」
「矢島さんは一年も何をしてたんだろ」
「全く分からないな」
「そうか。 俺と会った時、矢島さんは誰かから逃げてるふうだった」
ライが口を歪める。
「多分・・・朱だろうな」
「俺、事情はライよりかは知らないけど、赤と決めつけるのはどうかな」
「どういうこと?」
「いや、さっきの話じゃないけど、思い込みは禁物だってこと」
ライが半眼で水無瀬を睨んでポテトチップスを齧った。
矢島は村の誰にも何も言わなかった、それはライたちと初めて会った時に水無瀬は聞いていたが、やはりそうだったようだ。
烏に訊くしかないのだろうか。 烏は何かを知っているだろうか。 だが単純に考えて何かを知っていたのならば、昔昔の話を水無瀬にしたほどだ、その時に言うのではないだろうか。
「烏は何も言ってなかった?」
このライ、時々心を見透かしているようなタイミングで何かを言ってくる。 それとも野生の勘だろうか。
ナギに訊けば “そうだろう” と答えるだろう。
「あーうん、矢島さんのことは褒めてたけど、特にってことは無かったかなぁ」
「どっち? 黒烏? 白烏(あきがらす)?」
「え? あきがらすって? 黒と白の烏がいただけ」
秋の烏はいなかった。 って、秋の烏ってどんなだ。 夕焼け色か?
「白い烏のことを白烏(しろからす)と書いて、あきがらす。 黒烏はそのまま、くろがらす」
「へぇー、白って “あき” とも読めるんだ」
知らなかった。
「俺たちはそう呼んでる。 で? どっちに聞いたの?」
「黒烏。 あれやこれやと話してくれた。 ああ、そう言えば、ずーっと昔からのことを知ってたけど何年生きてるか知ってる?」
「いやぁー、あれは妖怪だろ。 代替わりをしたって話は聞いてない。 その内、猫みたいに尾が二つに分かれるか、狐みたいに九つに増えるかするんじゃないか?」
猫又か九尾の狐のことを言っているのだろう。
だが代替わりをしていないのなら、猫又か九尾の狐と聞かされて納得できるものがある。 烏はハラカルラの言葉も知っていた。 水の言葉と言っていたが、それはハラカルラの言葉のことだろう。
「長が矢島さんの残してくれた・・・文章って言うの? あれを読んで訳してくれたけど、なんで知ってんの?」
あれはきっとハラカルラの文字に違いない。
「ああ、あれはその昔の長の筋が矢島的存在に教えてもらったらしい。 長はかなり発音に苦しんでたって話だけどな。 小さい子が見る五十音の表があるだろ? あんなのを作って覚えたらしいけど、多分、烏が聞くとカタコトだろうな。 で、書かれていた文章、あれはテンプレート」
「そうなんだ。 矢島さんは前の人に教えてもらったってことなのかな」
「そうなんだろな。 あんなの誰も知ってるはずないし」
烏は・・・黒烏はスラスラと水の言葉を話していた。 ハラカルラの言葉を。 漢字を知っていた烏だ、もしかして文字は烏が考えたものかもしれないが、そうであれば訊けば教えてくれていたかもしれない。
烏とはいったいどういう存在なんだ。 最初の黒の兄妹がハラカルラに入る前から居た、それは黒烏の話から分かっている。
「烏って・・・どこから来たとか・・・」
「うーん、それは誰も知らないみたい」
「漢字も知ってたんだけど」
「そうらしいな」
「そう言えば長が言うところの門、赤門とか青門とか。 あれって門っていう言葉こそ付いてないけど烏が決めたのか?」
「ああ、そう聞いてる。 あの色分けを聞くと単純に陰陽師的かなって思うけど、そうでもないらしいしな」
「陰陽師?」
「知らない? 東西南北、東は青の青龍、西は白の白虎、南は朱の朱雀、北は黒の玄武。 それぞれは神獣。 古代中国の思想で陰陽五行説。 それを日本の陰陽師が受け継いだ。 受け継いだって言う言い方はどうかな、中国から流れてきた。 仏教と一緒」
陰陽師と聞かされて水無瀬の知る範囲ではないと思ったが、それぞれの神獣のことは耳にしたことがあるし絵も見たことがある。
「五行説なのに四つ?」
「あと黄色があるけど、中央とかってなって四方角には入らない」
「そうでもないっていうのは?」
「矢島的存在の何代か前が訊いたらしいけど、なんじゃそりゃ、って返されたらしい。 だったら、色の三原色かって訊いても、同じ答えだったらしい」
色の三原色・・・考えもしなかった。
「そうなんだ・・・。 あ、いま朱雀って言ったよな?」
「うん」
「朱雀(すざく)って、朱(しゅ)だろ? なのに赤?」
陰陽五行説に乗っ取っていないのなら、もっと素直に考えてもいいのではないだろうか。
玄武の “玄” は “くろ” とも読めるし、朱雀の “朱” も “あか” と読めることは知っているし、別段不思議ではないのだが確かめておきたい。
「ああ、だから俺たちは、ってか、烏もだけど朱と書いて “あか” 玄は例外で、黒と書いて黒と呼んでる」
赤門ではなく朱門だったのか。
「かぁー、俺って思いこんでるとこが多い」
「なにそれ、嫌味?」
「いや、そうじゃなくて、完全に信号の赤色と書いて赤門だと思ってたし、矢島さんだって苗字と思ってたから」
「え?」
「え?」
ポテトチップスを半分口に入れかけたままのライに俺は “え” 返しをした。
互いに見つめ合う。
男同士で気持ちが悪い。
「水見矢島さんだろ?」
ライがパリッと音をたててポテトチップスを噛んだ。 口の端からポロっと食べこぼしが落ちていく。 そしてまたそのまま止まった。
「烏がそう言ってたけど。 あ、黒烏が」
半分残ったポテトチップスを持ったまま、ようやくライの手が下りた。 もう一方の手でココアの入ったコップを持ち、チューチューとココアを飲んでいく。
おい、今口の中に入ったポテトチップス噛んでないだろ、喉に刺さるぞ。 ってか、塩味にココア味って、美味しいのか?
ようやくストローから口が離れた。 コップをミニテーブルに置く。 大きく息を吸ってその息を吐いたライが言った。
「矢島水見」
「え?」
矢島水見、ライが繰り返してもう一度言う。
「あー、それって、苗字と名前をひっくり返して外国的な?」
ライが首を振る。
「矢島は自分のことをそう言っていた。 水の世界では嘘をつくと水がそれなりに反応する。 烏はそれをすぐに察知するはずだ。 だから烏が言った水見矢島というのが、本名だろう」
「あー、ってことは、ここでは単にひっくり返して言っただけとか?」
バンとドアが開いた。
ヒッと、二人が声を上げ、ライは左を、水無瀬が右を向いた。 そこにナギが立っている。
「ナギかよ・・・」
「ドアが開いたくらいでビビるな」
「ノックくらいしろよ」
「はん、女子会でもないのに、何を気を使わなくてはいけない」
「水無瀬が裸だったらどうしてたんだよ」
「蹴り上げてくれるわ」
思わず水無瀬が大事なところを守る。
「そんなことはどうでもいい」
水無瀬にとってはどうでもよくはない。
「おかしいと思ってたけど、やっぱりそうだったのか」
「立ち聞きしてたのかよ」
「部屋を出た時に聞こえただけだ。 ライ、ココア」
何故この流れでココア?
「自分で取ってこいよ、それに今は男子会。 女子は入室禁止」
ナギがライをひと睨みする。
「もぉー」
ライが立ち上がった。
どっちが兄でどっちが妹なのだろう。 それにナギって二重人格か?
今ナギはアパートでの言葉と態度、さっきと随分違う。 ナギは二重人格なのだろうかと、水無瀬が思っても仕方のないことである。
ベッドを背もたれに、ライの座っていたところにナギが座る。
「おかしいって、なにが?」
「矢島の身体を引き取りに行った時、矢島がこの村の者だと証明するものは駐在と住民票。 まぁ、私と写ってる写真はあったけど、おまけみたいなものだからな」
写真と聞いて泣き崩れたということを思い出す。
「そのときに住民票こそ見てはいないが、長が矢島水見と言っていたからか、警察が水見矢島と小さな声で言ったのが聞こえた。 住民票も何もかも手続きは駐在がしてくれていたから、そのままなおざりになった。 駐在が何も言わなかったということは、駐在は私らが矢島と呼んでいたのを、下の名前で呼んでいたと思っていたのだろうな。 まぁ実際、村ではみんな下の名前で呼び合うからな。 でも・・・多分、矢島自身、何かあった時を考えて駐在には水見矢島と本名を言っていたんだろう」
「あー・・・、でもそれくらい。 んーっと、何も知らない此処でやっていこうと思えば最初は疑うだろうし、正直に名前を言わなかったとしても仕方ないんじゃないか? 完全な偽名でもないし、ちょっとしたことじゃないかな」
「水見という苗字ではなかったらそれでいい」
「うん?」
ドアが開いた。 ライが両手にココアの入っているだろうコップを持っている。 一つをナギの前に、一つを持ったまま勉強机に置き、そのまま椅子に腰かける。
ライの飲んでいたコップを見ると氷しか残っていない。 さっきココアを飲み干したようであった。
「水見って苗字は過去の、ずっと以前の・・・矢島的存在の中に居た。 それがどこの門かは分からないけどな」
「え?」
「何代か前が烏から聞いたということらしくって、同じ年頃の者が居るとも言ってたらしい」
「その話しを矢島さんは知ってたのか?」
ライが首を振り、ナギが答える。
「誰も言ってはいないし、長も最初に水見と聞いて思うところはあったが、苗字ではないというところで何も言わなかっただろう。 だから矢島は知らないはずなんだが」
「偶然の同姓だったとか」
「そう転がっている苗字でもないだろう。 仮に偶然だとしたら何故隠すようなことをする」
「あー、うん、そうだな」
今の話からするに、ナギは矢島の正確な名前すら知らなかったということになる。
水無瀬とすれば、長から矢島の遺体と対面してナギが泣き崩れたと聞いていた。 それに他にも誰かいたかもしれないが矢島と写真も撮っている。
歳がかなり離れているということも知っているがそれは言い訳にはならない。
今、矢島が偽名を使っていたと知ってナギはショックを受けているのではないだろうか。
「ライ、明日長に報告」
「了―解」
ナギが立ち上がりココアのコップを持って部屋を出て行った。
去り方があっさりとしている。
だがナギが居なくなった、気になっていたことをライに訊ける。
「なぁ、長に聞いたんだけど、矢島さんのご遺体に対面した時、ナギが泣き崩れたらしいんだけど、もしかしてナギと矢島さんってそういう仲だったとか?」
ライが呆れたような顔を水無瀬に向けてきた。
「そんなわけないだろ。 長がどういうつもりで言ったのかは知らないけど演技演技」
「へ?」
「泣いてみせりゃ、事がすんなり運びやすいと思ったんだろ。 まぁ、俺としてはよよよと泣いたくらいかと思ってたけどな、泣き崩れるって、どんだけ力入ってんだって感じ。 ライダースーツから、フリフリのブラウスにロングのフレアースカートにまで着替えて、か弱い女子力満載だったくらいだからな」
なんだ、心配して損をした。
「なに? 水無瀬気になんの?」
「気になるって言うか、年齢的に厳しいとは思うけど有り得なくもないし、もしそういう仲だったら名前のことで騙されてたわけだろ? ショックを受けてたんじゃないかなって」
「あー、そんな心配ナギにはご無用ご無用。 もし付き合っていたとしたら騙されてたってブチ切れる。 ショックなんて受けるもんか」
「へぇ、たくましいのな」
「女って男以上だぞ。 まぁ、ナギがあんなだから、特にそう思うのかもしんないけどな。 そっか、水無瀬って一人っ子だったったな」
一人っ子とは一度も言ったことは無いが身元調査をしたと言っていた。 兄弟姉妹が居るかどうかも調べたのだろう。 居れば仕事先か学校も調べていただろう。 そこまで調べるというのに、矢島と水無瀬が会った時季を一年ほど勘違いしていたのが笑える。
「なぁ、明日も烏の所に行ってもいいかなぁ?」
「別にいいだろ。 まぁ、長には事前に言っとく方がいいけどな。 明日一緒に行くか?」
ライは矢島のことを報告に行くのだろう。
「うん」
水無瀬が立ち上がり「ちょっと気が楽になったみたい。 ありがとな」 そう言ってライの部屋を出た。
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ハラカルラ 第22回
適当にと言われてもコップを持ったままベッドに座れるはずもなく、ましてや勉強机にも座りがたい。 ミニテーブルにコップを置きライの正面に座った。
「ご自由につまんで。 他にもまだある」
ベッドの下からコンビニ袋を出すとひっくり返した。 バラバラとチョコやお菓子の箱や袋が出てきた。
「いや、いい」
しっかりと夕飯を食べたのだ、腹は減っていない。 それにこれから甘いココアを飲むのだ。
「そぉ?」
ざざっと、散らばった菓子の箱や袋をひとかためにする。
「まっ、食いたくなったらどれでも食って」
「うん。 さんきゅ」
それから無言の時間がどれだけ続いただろうか。 ライがポテトチップスを食べるポリポリという音だけが聞こえていた。
ライからは何も訊かないということだろう。
『話くらい聞ける。 聞くことしか出来ないけどな。 話してちょっとでも楽になるなら聞くからさ』
穴から出てきた時にライはそう言っていた。 それを貫いているのだろう。 誰かに言われたか、それがライの考え方かは分からないが。
そしてライからは訊かないと言っていた。 結局あの時はあまりのことに訊いてきたけど、でも訊かないというのはそういう意味ではないだろう。
「矢島さんってどんな人だった?」
まるで今までの無言の時が無かったようにライが水無瀬に答える。
「んー矢島かぁ。 俺が小さい時に突然、水の世界に現れたらしいってことは聞いたな。 で、結構あっちに行きっぱなしだったから、たまに話す程度であんまり知らないけど、すんなり水の世界を受け入れたらしい。 あ、あんまりここんとこ気にすんなよ、矢島は矢島、水無瀬は水無瀬だからな」
「お気遣い痛み入ります」
「苦しゅーない」
煉炭といて楽しいことは楽しかったが、このテンポは望めなかった。
「矢島さんはどうしてすぐに、ってか、すんなりと受け入れられたんだろう」
「うーん、矢島に限られたことではないんじゃないか? 俺も知ってるわけじゃないから全員とは言わないけど、それでも代々が続いてきたからな。 ああ、それとも水無瀬の場合、矢島のスカウトの仕方が下手だったとか?」
「スカウトって・・・。 スカウトにもなってなかった」
「そういやぁ、頼むって言われたって言ってたな、他に言われなかったわけ? 忘れてるとか」
「ない。 あるとしたら “頼む” ってあれを渡される前に “やっと見つけた” って言われたのと “あとを頼む” って言われたくらい」
「あー、そっか。 やっぱ、矢島は水無瀬に決めたんだ」
「ん? 今更?」
「いや、ほら、事象からじゃなくて感情的にって言うの? やっと見つけたってのは、そうなるだろ?」
「まぁ・・・。 でも、取りようによっちゃ、あとを頼める人間をやっと見つけた。 初めはあれを誰かに渡して欲しいんだと思ってたんだけどさ。 いわゆる俺は郵便配達員的な?」
「見事に違ってたってわけだ。 まぁ、何も知らなきゃそんなもんだろ。 で、その矢島がネットニュースに出たってわけだ」
「うん、もう一年ほどになるから顔は―――」
「は? ちょっと待て! いまなんて言った? 一年?」
「はっきりと覚えてるわけじゃないけどそれくらい前。 去年の今頃、ダウンを脱ごうかと思ってた時だから。 長から聞いた話では、一昨年の終わりごろに矢島さんが居なくなったってことだけど、それの二、三か月後ってとこかな」
「えー、そんなことは早く言えよー」
「え? これ必要?」
「よく考えろよ。 矢島はほぼ一年前に水無瀬を見つけていた。 なのに村にも水の世界にも戻って来なかった。 おおよそ一年、矢島はこっちで何をしていた? って話になるだろ」
「いや、待ってくれよ、ライたちは矢島さんの足跡を追ったって言ってたじゃないか、それでその中に俺が居たって。 そしたらいつ接触してたかって分かってただろ」
「残念ながら水無瀬を見つけたのは一ヵ月前にもならない。 それで目撃した人に訊いても記憶が薄いということだったけど、去年の寒い時ということは言っていた。 それならこの冬って考えるだろう。 この冬の数か月前とかって。 でなきゃ矢島が戻って来ないはずがないんだから」
「うわ、いい加減な調べ方」
「悪かったな」
「矢島さんは一年も何をしてたんだろ」
「全く分からないな」
「そうか。 俺と会った時、矢島さんは誰かから逃げてるふうだった」
ライが口を歪める。
「多分・・・朱だろうな」
「俺、事情はライよりかは知らないけど、赤と決めつけるのはどうかな」
「どういうこと?」
「いや、さっきの話じゃないけど、思い込みは禁物だってこと」
ライが半眼で水無瀬を睨んでポテトチップスを齧った。
矢島は村の誰にも何も言わなかった、それはライたちと初めて会った時に水無瀬は聞いていたが、やはりそうだったようだ。
烏に訊くしかないのだろうか。 烏は何かを知っているだろうか。 だが単純に考えて何かを知っていたのならば、昔昔の話を水無瀬にしたほどだ、その時に言うのではないだろうか。
「烏は何も言ってなかった?」
このライ、時々心を見透かしているようなタイミングで何かを言ってくる。 それとも野生の勘だろうか。
ナギに訊けば “そうだろう” と答えるだろう。
「あーうん、矢島さんのことは褒めてたけど、特にってことは無かったかなぁ」
「どっち? 黒烏? 白烏(あきがらす)?」
「え? あきがらすって? 黒と白の烏がいただけ」
秋の烏はいなかった。 って、秋の烏ってどんなだ。 夕焼け色か?
「白い烏のことを白烏(しろからす)と書いて、あきがらす。 黒烏はそのまま、くろがらす」
「へぇー、白って “あき” とも読めるんだ」
知らなかった。
「俺たちはそう呼んでる。 で? どっちに聞いたの?」
「黒烏。 あれやこれやと話してくれた。 ああ、そう言えば、ずーっと昔からのことを知ってたけど何年生きてるか知ってる?」
「いやぁー、あれは妖怪だろ。 代替わりをしたって話は聞いてない。 その内、猫みたいに尾が二つに分かれるか、狐みたいに九つに増えるかするんじゃないか?」
猫又か九尾の狐のことを言っているのだろう。
だが代替わりをしていないのなら、猫又か九尾の狐と聞かされて納得できるものがある。 烏はハラカルラの言葉も知っていた。 水の言葉と言っていたが、それはハラカルラの言葉のことだろう。
「長が矢島さんの残してくれた・・・文章って言うの? あれを読んで訳してくれたけど、なんで知ってんの?」
あれはきっとハラカルラの文字に違いない。
「ああ、あれはその昔の長の筋が矢島的存在に教えてもらったらしい。 長はかなり発音に苦しんでたって話だけどな。 小さい子が見る五十音の表があるだろ? あんなのを作って覚えたらしいけど、多分、烏が聞くとカタコトだろうな。 で、書かれていた文章、あれはテンプレート」
「そうなんだ。 矢島さんは前の人に教えてもらったってことなのかな」
「そうなんだろな。 あんなの誰も知ってるはずないし」
烏は・・・黒烏はスラスラと水の言葉を話していた。 ハラカルラの言葉を。 漢字を知っていた烏だ、もしかして文字は烏が考えたものかもしれないが、そうであれば訊けば教えてくれていたかもしれない。
烏とはいったいどういう存在なんだ。 最初の黒の兄妹がハラカルラに入る前から居た、それは黒烏の話から分かっている。
「烏って・・・どこから来たとか・・・」
「うーん、それは誰も知らないみたい」
「漢字も知ってたんだけど」
「そうらしいな」
「そう言えば長が言うところの門、赤門とか青門とか。 あれって門っていう言葉こそ付いてないけど烏が決めたのか?」
「ああ、そう聞いてる。 あの色分けを聞くと単純に陰陽師的かなって思うけど、そうでもないらしいしな」
「陰陽師?」
「知らない? 東西南北、東は青の青龍、西は白の白虎、南は朱の朱雀、北は黒の玄武。 それぞれは神獣。 古代中国の思想で陰陽五行説。 それを日本の陰陽師が受け継いだ。 受け継いだって言う言い方はどうかな、中国から流れてきた。 仏教と一緒」
陰陽師と聞かされて水無瀬の知る範囲ではないと思ったが、それぞれの神獣のことは耳にしたことがあるし絵も見たことがある。
「五行説なのに四つ?」
「あと黄色があるけど、中央とかってなって四方角には入らない」
「そうでもないっていうのは?」
「矢島的存在の何代か前が訊いたらしいけど、なんじゃそりゃ、って返されたらしい。 だったら、色の三原色かって訊いても、同じ答えだったらしい」
色の三原色・・・考えもしなかった。
「そうなんだ・・・。 あ、いま朱雀って言ったよな?」
「うん」
「朱雀(すざく)って、朱(しゅ)だろ? なのに赤?」
陰陽五行説に乗っ取っていないのなら、もっと素直に考えてもいいのではないだろうか。
玄武の “玄” は “くろ” とも読めるし、朱雀の “朱” も “あか” と読めることは知っているし、別段不思議ではないのだが確かめておきたい。
「ああ、だから俺たちは、ってか、烏もだけど朱と書いて “あか” 玄は例外で、黒と書いて黒と呼んでる」
赤門ではなく朱門だったのか。
「かぁー、俺って思いこんでるとこが多い」
「なにそれ、嫌味?」
「いや、そうじゃなくて、完全に信号の赤色と書いて赤門だと思ってたし、矢島さんだって苗字と思ってたから」
「え?」
「え?」
ポテトチップスを半分口に入れかけたままのライに俺は “え” 返しをした。
互いに見つめ合う。
男同士で気持ちが悪い。
「水見矢島さんだろ?」
ライがパリッと音をたててポテトチップスを噛んだ。 口の端からポロっと食べこぼしが落ちていく。 そしてまたそのまま止まった。
「烏がそう言ってたけど。 あ、黒烏が」
半分残ったポテトチップスを持ったまま、ようやくライの手が下りた。 もう一方の手でココアの入ったコップを持ち、チューチューとココアを飲んでいく。
おい、今口の中に入ったポテトチップス噛んでないだろ、喉に刺さるぞ。 ってか、塩味にココア味って、美味しいのか?
ようやくストローから口が離れた。 コップをミニテーブルに置く。 大きく息を吸ってその息を吐いたライが言った。
「矢島水見」
「え?」
矢島水見、ライが繰り返してもう一度言う。
「あー、それって、苗字と名前をひっくり返して外国的な?」
ライが首を振る。
「矢島は自分のことをそう言っていた。 水の世界では嘘をつくと水がそれなりに反応する。 烏はそれをすぐに察知するはずだ。 だから烏が言った水見矢島というのが、本名だろう」
「あー、ってことは、ここでは単にひっくり返して言っただけとか?」
バンとドアが開いた。
ヒッと、二人が声を上げ、ライは左を、水無瀬が右を向いた。 そこにナギが立っている。
「ナギかよ・・・」
「ドアが開いたくらいでビビるな」
「ノックくらいしろよ」
「はん、女子会でもないのに、何を気を使わなくてはいけない」
「水無瀬が裸だったらどうしてたんだよ」
「蹴り上げてくれるわ」
思わず水無瀬が大事なところを守る。
「そんなことはどうでもいい」
水無瀬にとってはどうでもよくはない。
「おかしいと思ってたけど、やっぱりそうだったのか」
「立ち聞きしてたのかよ」
「部屋を出た時に聞こえただけだ。 ライ、ココア」
何故この流れでココア?
「自分で取ってこいよ、それに今は男子会。 女子は入室禁止」
ナギがライをひと睨みする。
「もぉー」
ライが立ち上がった。
どっちが兄でどっちが妹なのだろう。 それにナギって二重人格か?
今ナギはアパートでの言葉と態度、さっきと随分違う。 ナギは二重人格なのだろうかと、水無瀬が思っても仕方のないことである。
ベッドを背もたれに、ライの座っていたところにナギが座る。
「おかしいって、なにが?」
「矢島の身体を引き取りに行った時、矢島がこの村の者だと証明するものは駐在と住民票。 まぁ、私と写ってる写真はあったけど、おまけみたいなものだからな」
写真と聞いて泣き崩れたということを思い出す。
「そのときに住民票こそ見てはいないが、長が矢島水見と言っていたからか、警察が水見矢島と小さな声で言ったのが聞こえた。 住民票も何もかも手続きは駐在がしてくれていたから、そのままなおざりになった。 駐在が何も言わなかったということは、駐在は私らが矢島と呼んでいたのを、下の名前で呼んでいたと思っていたのだろうな。 まぁ実際、村ではみんな下の名前で呼び合うからな。 でも・・・多分、矢島自身、何かあった時を考えて駐在には水見矢島と本名を言っていたんだろう」
「あー・・・、でもそれくらい。 んーっと、何も知らない此処でやっていこうと思えば最初は疑うだろうし、正直に名前を言わなかったとしても仕方ないんじゃないか? 完全な偽名でもないし、ちょっとしたことじゃないかな」
「水見という苗字ではなかったらそれでいい」
「うん?」
ドアが開いた。 ライが両手にココアの入っているだろうコップを持っている。 一つをナギの前に、一つを持ったまま勉強机に置き、そのまま椅子に腰かける。
ライの飲んでいたコップを見ると氷しか残っていない。 さっきココアを飲み干したようであった。
「水見って苗字は過去の、ずっと以前の・・・矢島的存在の中に居た。 それがどこの門かは分からないけどな」
「え?」
「何代か前が烏から聞いたということらしくって、同じ年頃の者が居るとも言ってたらしい」
「その話しを矢島さんは知ってたのか?」
ライが首を振り、ナギが答える。
「誰も言ってはいないし、長も最初に水見と聞いて思うところはあったが、苗字ではないというところで何も言わなかっただろう。 だから矢島は知らないはずなんだが」
「偶然の同姓だったとか」
「そう転がっている苗字でもないだろう。 仮に偶然だとしたら何故隠すようなことをする」
「あー、うん、そうだな」
今の話からするに、ナギは矢島の正確な名前すら知らなかったということになる。
水無瀬とすれば、長から矢島の遺体と対面してナギが泣き崩れたと聞いていた。 それに他にも誰かいたかもしれないが矢島と写真も撮っている。
歳がかなり離れているということも知っているがそれは言い訳にはならない。
今、矢島が偽名を使っていたと知ってナギはショックを受けているのではないだろうか。
「ライ、明日長に報告」
「了―解」
ナギが立ち上がりココアのコップを持って部屋を出て行った。
去り方があっさりとしている。
だがナギが居なくなった、気になっていたことをライに訊ける。
「なぁ、長に聞いたんだけど、矢島さんのご遺体に対面した時、ナギが泣き崩れたらしいんだけど、もしかしてナギと矢島さんってそういう仲だったとか?」
ライが呆れたような顔を水無瀬に向けてきた。
「そんなわけないだろ。 長がどういうつもりで言ったのかは知らないけど演技演技」
「へ?」
「泣いてみせりゃ、事がすんなり運びやすいと思ったんだろ。 まぁ、俺としてはよよよと泣いたくらいかと思ってたけどな、泣き崩れるって、どんだけ力入ってんだって感じ。 ライダースーツから、フリフリのブラウスにロングのフレアースカートにまで着替えて、か弱い女子力満載だったくらいだからな」
なんだ、心配して損をした。
「なに? 水無瀬気になんの?」
「気になるって言うか、年齢的に厳しいとは思うけど有り得なくもないし、もしそういう仲だったら名前のことで騙されてたわけだろ? ショックを受けてたんじゃないかなって」
「あー、そんな心配ナギにはご無用ご無用。 もし付き合っていたとしたら騙されてたってブチ切れる。 ショックなんて受けるもんか」
「へぇ、たくましいのな」
「女って男以上だぞ。 まぁ、ナギがあんなだから、特にそう思うのかもしんないけどな。 そっか、水無瀬って一人っ子だったったな」
一人っ子とは一度も言ったことは無いが身元調査をしたと言っていた。 兄弟姉妹が居るかどうかも調べたのだろう。 居れば仕事先か学校も調べていただろう。 そこまで調べるというのに、矢島と水無瀬が会った時季を一年ほど勘違いしていたのが笑える。
「なぁ、明日も烏の所に行ってもいいかなぁ?」
「別にいいだろ。 まぁ、長には事前に言っとく方がいいけどな。 明日一緒に行くか?」
ライは矢島のことを報告に行くのだろう。
「うん」
水無瀬が立ち上がり「ちょっと気が楽になったみたい。 ありがとな」 そう言ってライの部屋を出た。