孤火の森 第52回

大福りす
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第50回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 




孤火の森(こびのもり)  第52回




「波路(はじ)がジャッカ州に入ったようです」

「波路が?」

思わず大きな白い眉が動く。

どうしてだ、単独で行動を起こしたということなのか。 それとも単に兄に会いにか、弟の日置(ひおき)を残して。

「日置としては波路の思うままにと思ったのでしょう、村長(むらおさ)に波路が出たことを内密にしていたようで、波路からの文でようやく村長に話したようです。 最近に文が届いたとは言え、出したのはかなり前になるかと」

大陸であるジャッカ州からの文である、かなりの日数がかかっているだろう。

「安智(あんち)からはまだ何も?」

「十年から十五年ほど待ってくれと、あれ以降は何も」

「十年・・・そろそろで御座りまするか。 十五年は・・・更に五年、長くなりまするなぁ」

「どこからそのような年数が出てきたのかも文には書いておりませんでしたし、状況も何も分からず仕舞いで」

「検閲を避けたので御座りましょうなぁ」

大陸からの文である、特に国を跨ぐ文にはかなりの多さで検閲がかけられる。 どんな文言が引っ掛かるのかは分からなく、一度引っかかってしまえばあとがない。 万が一を考え必要最低限、詳しいことを書かないでいたのだろう。
それ以降に文が無いということは ”待て” と書かれていたのだ、何の進展もないのだろう。

「日置はいくつになり申したか」

「十五に」

「十五・・・ああ、それで」

それで日置を置いて出て行ったのか。
兄である安智が郷のみんなの期待を背に、このニッポニャンを後にしたのは十五の歳だった。 波路はその歳をキリと考えたのだろう。

「波路はその十年やら十五年やらということを知って御座りましたかねぇ?」

「あの時は・・・たしか十四か十五くらいだったと聞いております、記憶にはありましょう」

「もしや・・・手伝う気で御座りましょうか?」

「さぁ、それはなんとも。 ましてや手伝えるのかどうか、私には大陸の事情は全く分かりませんので」

「そうで御座りまするなぁ。 大陸はこのニッポニャンとはかなり違うようですからねぇ」

最近で言えば、あくまでも陰からではあるが、あのジャッカ州の州王御一行を見ていてそれはよく分かる。 このニッポニャンとて馬車を彩るが、それは金銀を使ってのこと。 だがジャッカ州や他国他州からやって来る馬車は、金銀を使うことはあってもそれは僅かのこと、殆ど宝石を使っている。 他国他州には金銀のとれる鉱山が少ないのかもしれない。 そんなところからも違いが現れている。

「安智も最初は慣れぬ土地で苦労をしたことでしょう」

「あのような使命を一人で負って・・・。 村長も酷なことを申したことで御座りまするなぁ」

「私が出れば良かったのですが」

郷にはこの宮都から馬でいけなくはないが、それでも海に向かって山をいくつも越えなくてはならず、距離にして宮都とはかけ離れて遠い丹後藩であった。 そこは大陸に面する海沿いの藩で安智が居た村と隣り合っていた村だった。
あの時は二十歳手前、わずかの差であれ、まだ十五歳の安智が一人大陸の他国に向かうより随分と違ったはずだった。

「あの時には千歳(ちとせ)には千歳のお役が御座りました」

千歳と笙の居た村では、そちらの方が何よりも急がれていた。
本来ならば、そのお役は神童とも呼ばれていた笙が担うべきものだった。 だがその笙は時の国王に連れられ宮都に行ってしまった。 時の国王が宮都に連れて行くと言ったのだ、まだ少年だった笙自身もだが、長も誰もがそれに異を唱えることは出来なかった。 それにその頃は今のように特別な理由などは無かった。
笙が居なくなった後は誰一人として笙の跡をとれるものが生まれず、育たず、何年も経ってようやく千歳が生まれた。

その千歳の先祖はこの郷の者ではなく、遠く離れた他藩からやって来ていた。 いや逃げてきていた。 逃げおおせ、やっと後(のち)に笙が生まれる村に落ち着いた。 だが万が一を考え、逃げる為、身を守るため、先祖は代々その手法を伝え教え鍛えていた。 そして千歳もそれを身につけていた。

「怪我をする者はなくなったようで御座りまするが、その様子が続いておりまするか?」

千歳自身からそう聞いていたし、日置からの手紙の報告をしに来たのだ、最近郷に戻ったはず。 それに怪我をする者が居れば、人数が多ければ、千歳はこの宮都に住んでなどいられない。

「はい、先日戻りましても全く居りませんでした」

「それは何よりで御座りまする」

「皆がかなり注意を怠っていないようで」

「今のところ、それしか手は御座りませぬかぁ」

少なくとも安智が交渉を成立させ戻って来るまでは。

「はい。 そしてそれが最善かと」

「そうで御座りまするなぁ、漁に出るのも不便で御座りましょうがぁ」

千歳が深く頷いてみせる。
あの村には先祖を助けてもらった。 逃げてきた先祖を村に住まわせ匿い、漁で獲れた魚を食べさせてくれていた。 その穏やかだった海が、海に、いつしか海獣が住みだした。 人が海獣に抗えられるものではなかった。

何人もの村人が無残にも食いちぎられ、何人もの村人が涙を流した。 だが藩は動かなかった。 藩の中には他に海がある。 そこの海だけを捨てればいいことだと言って。

笙の跡を継げるのは千歳、その期待に応える一心だった一方で、海獣をどうにかできないものかと学んだ。 そして笙が流してくれていた大陸からの本で、あることを知った。 村長にすぐに言った結果、被害を被っていた村長らとの話し合いで安智が大陸に行くということになってしまった。

安智のことを考えると話したことを後悔しても、あの時の何かをどうにか出来なかったのかと今更考えてもどうにもならない。
一つ二つと心の中で首を横に振り、気を入れ替えて口を開く。

「ネズミの隠れ家を兵に教えた件、どうなりましたか?」

「ああ、お話しするのを忘れておりました。 隠れ家を見つけたことで兵隊長にお褒めがあったようですが、その後とり逃しましたのでねぇ」

大きな白い眉の下でチラリと千歳を見る。
その視線を意ともせず質問を続ける。

「ネズミが団体で脱走をしたとか」

「おや、もう知っているので御座りまするか?」

「街に兵が溢れかえりましたから。 それなりの噂が広がっています」

「おやまぁ」

「お気を付けください」

笙が牢に入れられた民を逃がしたがっているのは知っている。 本来なら笙は郷で村人を海獣から助けていたはず、それが宮都に来て出来なくなった。 だから少なくとも宮都の民を助けたいと、牢になど入れたくないと思っている。 言わずとも分かる。 それにその片腕となっている白玉を笙の依頼で鍛えたのは千歳自身なのだから。

「はいはい、充分に気を付けましょう。 そうで御座りまするなぁ・・・もう兵隊長にお褒めは当分宜しいで御座りましょう」

ネズミの隠れ家を探して欲しいと千歳に言ったのは笙である。 あまりにもネズミを取り逃がしていたが故、兵隊長に花を持たせなければ、兵隊長の入れ替えが行われるかもしれなかったからである。
今はまだ数人の兵隊長には居てくれなければ困る。 優れた兵隊長などお断りである。

「笙様、そろそろ」

外から白玉の声がした。 城から出るに衛兵に見つかりやすい時が近づいてきたという事。

「おや、もうそんな刻限に御座りまするか」

「では」

「あ、最後に。 お頼みが御座りまする」



「え? お泊りで御座るか?」

ネズミたちを脱出させ、あれから随分と経つが、新しく捕らえられてくる者たちはいない。 それに白玉はここでは影の存在になっている。 時には堂々とさせてやりたい。

「何年ぶりになりまするかなぁ?」

「えっと・・・七年? くらいで御座、る、か、な?」

「そんなになりまするかぁ」

「あの時の御恩は忘れて御座らん」

「そうで御座りまするか、ええ、ええ、あの時はお世話になり申した。 ゆるりとして宜しい御座りまするゆえ」

「笙様は? 一緒に行かれないので御座るか?」

「わたくしは姫様にお付きするので」

「笙様一人でお付き出来るので御座るか?」

「う・・・」

痛いところを突かれた。
だが今のうちに言葉の修正をはからなければ、どんどんと可笑しくなっていく。

「まぁ、あちらは日々多くの民が出入りしておりまするから、身を隠すことも必要ないでしょうし、お手伝いの一つでもしてくると宜しい御座りましょう」

「手伝いは、当り前田の蔵之介」

なんなんだそれは・・・。 というか、そういうのを直してきなさい。

「話は通しておりまするから今から行ってらっしゃい。 外で千歳が待っておりまする」

即行行って速効直してもらってきなさい。



そろそろ午前の診察時間も終わりになる。 昼ご飯の下ごしらえを済ませ、どれだけの患者が残っているか待合を覗きに来ると、その待合に一人ちょこりんと少年が座っている。

「ん?」

どこかで見たことがある。

「あれ~? もしかして白玉?」

あの小さかった白玉がこんなに大きくなったのだろうか。 とは言っても同じ年頃の子と比べると小さいが。
白玉の名付け親である祇園が目をパチクリとしている。

白玉と名付ける時に迷いはあった。 この宮都の名前の付け方にのっとっていないからである。 だが白玉がどういう子だったのかを聞き、この宮都の出身ではない可能性があるかもしれないと思った。 だから宮都の名付けにはこだわらなかった。

最初は真っ黒だった白玉。 仮であろうと名前など付ける必要もないほどに唸っているだけだったが、日を追うごとに祇園に慣れてきた。
そんな白玉をようやく風呂に入れゴシゴシ磨き、身の一部となっているような垢と汚れを落としてやると人間らしい白い肌が見えてきた。 下手をすると、いや、しなくても祇園より白かった。

それに慣れてくると、とても素直な子だった。 やっと笑顔を見せたその笑顔は光るように濁り物がなかった。
だから白玉。

「ご無沙汰をして御座った」

立って九十度に腰を折る。

「いや、アタシにはそこまでしなくていいから」

謝る時にはちゃんと腰を折るのだと祇園が教えた。

「久しぶり。 元気にしてた?」

「お久しぶりさんまで御座る」

白玉に間違いないようだが、ん? 今なんと言った?

「あ? え? なに?」

何のことかとキョトンとしている祇園に、後ろからやって来た釧路がそっと耳打ちをする。

「なにかね、言葉を直して欲しいってことなんだけどね」

「え?」

思わず振り向いた祇園。

足の骨を折ったと運ばれてきた時、骨折の治療をし、慣れてきた頃についでだと勉強を教えたのは釧路であったが、うーうー唸るだけの白玉に言葉や礼儀を教えたのは祇園だった。
人に育てられていなかったそうだと運ばれてきた時に説明されたと。 その日たまたま休みだった祇園が後日聞かされ、寝台の上で暴れられないように括られ、布を口に入れられ唸っている理由が分かった。

だから完治するまでは、少しでも言葉や人としての生活を教えようと腹に決めたのだったが、人の良い釧路のこと、完治しても迎えに来ない白玉を二年近く預かることになった。

『だって、お迎えに来ないんだもの』

『どこの家の人かは分かるでしょう?』

『初めて見た人。 家も訊かなかった。 ほら、白玉が暴れまくってたのもあるけど、治療が最優先だから喋ってる暇ないし』

連れてきた者と一緒に来た時にはすでに括られてはいたらしいが、骨を折っているというのに暴れるが為、二人がかりで寝台に括りつけたという事だった。

『で、治療が終わったら誰も居なかったってことですね』

『あたり』

やっと終わったと額の汗を拭った時には、白玉の枕元に居たはずの者が居なかったということであった。
その話を聞かされた時には溜息しか出なかった。 まぁ、釧路のやることだと思えばそれも有り得るのだが。
だがそのお蔭で白玉には事細かに色んなことを教えることが出来た。 言葉も丁寧に教えたつもりである。 それなのに言葉を直して欲しいとはどういうことだろうか。

「多分ね、街の変な言葉を覚えたみたい」

さっきのブリとかサンマがそうなのか。 そう言えば待合でも中年のおっさんたちが、よくそんなことを言っていたような気がする。

「白玉? 一人で来たの?」

振り返り白玉を見るとニコニコとしている。

(う、まぶしい笑顔)

これでは長年白玉を引き取りに来なかった人間の意地悪が言いにくい。

「連れて来てもらったで御座る。 お泊りで御座りんす」

りんす・・・誰か花街に行っていたのか。 だが正しく言えばきっと “ありんす” のはず。
祇園だってそうそう花街のことを知っているわけではなく、又、さっきから気にはなっている “御座る”。 “御座います” と教えたはずだが、どこでどう変わったのだろうか。

「お泊り?」

「うん、暫く泊りで預かって欲しいって。 その間に言葉を直して欲しいんだって」

ジロリと祇園が振り返る。

「今度こそ、どこの誰兵衛か訊いたんですよねっ?」

「うーん・・・今度はちゃんと早めに迎えに来るって言ってたよ?」

訊いてないのか・・・。
それに早目って・・・前回、骨折のお迎えにどれだけ待ったと思っているのだ。 まぁ、教えだすと白玉は素直でかわいい子だった。 だからそこのところは迷惑とは思っていないが、それでも預けている間に顔の一つくらい見せてくればよいものを。

それにあの時はまだ祇園は通いだった。 その祇園が家に帰った後に迎えに来たらしく、白玉とちゃんとした別れも出来なかった。
白玉を連れてきたのが、迎えに来たのが、どんな奴かは知らないが、少なからず憎々しく思っている。

「あ、宿代として頂いてるから、今日から白玉の分のご飯もしっかりお願いしますね」

あの時も連れてきた時に治療代は置いてあったと聞いている。 そして迎えに来た時にも、長く世話になったとしっかりと置いていったとも。
金払いは良いみたいだ。 だが人に育てられてなかった子を引き取るなど粋狂なことをするのは、いったいどこの誰兵衛なのだろうか。
今度こそはこの自分が直接会って顔を見てやる。 そう腹に決めながら顔を戻す。

「白玉、お腹空いたでしょ?」

「おうさ、はらへり」

あの可愛い素直な白玉が・・・。 祇園の肩ががっくりと落ちた。

「祇園、頑張ってね」

釧路は参加する気がないようである。



長州藩の葡萄畑総括から城に文が届いたのと同時に、長州藩を預かっている兵隊長からの文が宮都の総兵隊長に届いた。
読み進めていく総兵隊長の手がプルプルと震えている。

「藩兵の間抜けめが」

文には、ことごとく葡萄畑が潰されたと書かれていた。
本来ならもっと早くに知らせるべきだったが、何とか誤魔化せないかと藩兵が兵にこのことを知らせなかった。 それが為遅れたこともあったが、長州藩に居る兵たちもどれだけの懲罰を受けるかと思うと、すぐに兵隊長に知らせることが出来なかった。

たとえ長州藩にある葡萄畑と言えども、あくまでも葡萄畑は宮都所有のものである。
だが長州藩だけを責めることも出来ない。 この宮都でも葡萄畑は潰されているのだから。 更に言うのならば、長州藩では初めてのことであったが、この宮都では何年も前から、十年も前からのことである。 だから長年に渡りネズミ捕りをしている。

「くそっ!」

文を床に叩きつけ立ち上がった。

「兵隊長を招集しろ!」