孤火の森 第66回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第66回




『二人とも呪師でリンゼンとドリバス』

一人づつを指して言ったが、名前だけで男か女かは分かる。 それに安智はリンゼンという名を波路から聞いていた。 そのリンゼンがどういう環境にいた者かも。

リンゼンとドリバスは、波路であるリョーシャンと別れてからもずっと一緒に居た。 そしていつまでも州兵に怯えて暮らすのは心臓に悪いということで、ジャッカ州を出ようということになり、隣の州では心許なく幾つもの州を越えたということであった。

『前に話していたリンゼン。 あの時、女王の森に居た呪師だよ』

波路、その時はリョ―シャンという名で兄である安智を探していた。 たった一通しか届かなかった手紙を元に、ジャッカ州までやって来たがどこを探しても見つからなく、州兵に捕らわれたのだろうかと思い始めた時に、偶々(たまたま)市(いち)で兵隊長から声をかけられた。
その繋がりから城に潜り込めないかと思い、あの荒廃した森の見張り番として働いたが、そこはすぐに辞めることとなった。 辞めると言うより逃げた。

サイネムが森に結界を張り出した時だった、見張りの州兵たちに辟易していたリョ―シャンは、張られた結界に右往左往する州兵を尻目に逃げた。 その時に無理やり連れてこられていたリンゼンを一緒に逃がしたのだった。

『あの時はあの森がこんな風に関係してくるとは思ってもいなかったけどな』

そう言って笑っていた。


「どうして州兵に追われているんだ?」

幾つもの長椅子が置かれた甲板で、隣り合って座っている安智とドリバスの会話である。
ドリバスの横にはリンゼンが座り、リンゼンはその隣に座る波路と話している。

「いや、それが色々とあって」

言葉を濁すドリバスに代わり、リンゼンと波路の声が聞こえてきた。

「ドリバスは城の中に入れられた呪師だったらしいの」

「あー、やっぱりそうか。 袖に引っかかって壺でも壊して逃げて来たとか?」

リンゼンが首を左右に振る。

「嫌なことをさせられていたって。 髪の毛に呪をかけさせられて、それが嫌で逃げて来たらしいの」

ガタンと大きな音がし、安智の隣に座っていたサイネムが立ち上がった。
物静かなサイネムが大きな音を立てるなど珍しいことである。 誰もがサイネムに目を移す。

「今、いま何と」

視線の先にはリンゼンが居る。

「あ・・・えっと、逃げて―――」

「その前!」

安智以外は初めて聞くサイネムの大声だった。

「あ・・・あの・・・」

サイネムの大声にリンゼンが委縮していく。

「サイネムどうしたんだよ、リンゼンが驚いてるだろ」

波路のそんな声など耳に入っていないのか、サイネムがドリバスに目の先を移す。

「城で何をしていた!」

一瞬怯みかけたドリバスだが、自分の方が随分と歳上であるという自覚がある。 年下に舐められるわけにはいかない。 それに自分は呪師なのだ、堂々としていなければ。

「髪に呪をかけさせられていた」

「何の呪!」

「追い、だ」

「その髪は今どこにある!」

「呪を解いて川に流した」

「川に・・・」

サイネムが脱力して椅子にストンと落ちた。 放心状態と言っていいだろう。 さっきまでのサイネムとは別人のようである。 いや、さっきまでのサイネムが今までのサイネムと別人だった。

川に流したと聞き波路が思い出した。 その時に、呪を解いてから川に流せばいいと言ったのは波路自身であった。

「ああ、あの時の赤髪の髪の毛か」

片手を額に当てかけたサイネムが訊き返す。

「赤髪?」

「そう、見事な赤髪だった。 ドリバスが呪を解くまで瓶の中ですごく暴れてた。 でも呪を解くと静かになった」

「ずっと動かなかった、それなのにある日突然暴れだしたんだ」

あの森で、サイネムとセイナカルの戦いが始まった日に、波路はあの森からリンゼンと逃げたと言っていた。 そしてその後にドリバスと知り合い、そのドリバスにリンゼンを押し付けてきたと言っていた。 それは僅か数日後のことだとも言っていた。 時期的にぴったりと合う。 それにそんなことをする必要があるのは、たった一人の髪の毛に対してだけ。

「サイネム、その髪の毛って・・・」

女王の髪の毛が切られていた、ましてやその髪の毛に呪をかけるということを耳にしてきたのは若頭である安智であった。 すぐにあの時の話を思い出したが、赤髪とはどういうことなのだろうか。

「・・・女州王が染めていたのだろう」

「え?」

「その髪はわたしのピアンサの髪」

若頭からその話を聞かされた時、今すぐにでもピアンサの髪を取り戻したい。 汚い手などに触れさせたくない、そう思っていた。

「あ、あの? いったいどういうことで? 染めていたとか、そのピアンサというのは?」

話しの読めないドリバスである。

「軽々しくピアンサの名を呼ぶな!」

「ひぇ・・・」

「サイネム落ち着け。 そうか、大体のことは分かった」

サイネムを見てから言うと、ドリバスと波路を見て続ける。

「その髪の毛の様子を聞かせてやってくれ。 良いことも悪いこともすべて。 あるがままを」

ドリバスと波路が一度目を合わせる、かなり複雑な事情があるようである。
サイネムと呼ばれているこの男の連れ合いなのだろうか、それとも肉親なのだろうか、ピアンサと呼ばれるその女の髪の毛だったのだろう。 サイネムの様子からその女はもう生きてはいないようだ。

あの時の髪の毛を思い出すと安智が言うように、あの髪の毛を持つ者を知る人間にその時のことを話してやるのが一番だと思える。

まずはドリバスから話し出した。
ドリバスが呪をかける前は幾人もの呪師が髪の毛に “追い” の呪をかけていた。 だが髪の毛は何の反応も見せず、その度に呪を解き次の呪師がまたかけるということが繰り返されていたようだと言うと、サイネムの握っていた拳が小刻みに震え出した。

「何度も何度も呪をかけられていたというのかっ」

普通の人間の髪の毛であれば、とうにその形をなくしていただろう。 だがピアンサの髪の毛は耐えた。 呪を扱う森の女王だったということもあるが、さっきドリバスは “追い” の呪をかけさせられたと言っていた。 誰を追うのかは歴然としている。 それにサイネム自身、その可能性を既に考えていた。

ピアンサの髪の毛は、かけられた呪に惑わされ我が子に会いたい一心で耐えた、その姿を失うことに耐えた。
だがそれはピアンサへの冒涜である。

どうしたものかとドリバスが安智を見るが、続けるようにと頷かれてしまった。

「それがさっき言ったようにある日突然暴れ出した。 “追い” の呪は子供の元へ飛ぶという呪だった」

それを聞いた途端、サイネムが両手で顔を覆った。 サイネムがゼライアの呪を解いた途端だったのだろう。

「ピアンサ・・・」

自分がピアンサに悲しい思いをさせた、辛い思いをさせた、苦しませた。

安智はある程度サイネムが口にしたのを聞いている。 今サイネムが何を考えているのかの想像は出来る。 それが合っているのかいないのかは分からないが。

「サイネムのせいではない」

ドリバスが口を閉じていたが、間をおいて安智がそのドリバスに頷いてみせる。 続きを話せということである。

「その瓶の中の髪の毛が我が子に会いたいと、どうすればここから出られるのかと、どうすれば我が子の元に行けるのかと右往左往していた。 わたしは訳も分からず城に連れて行かれただけで、そんな親子のことに関わるなどと思いもしなかった」

髪の毛が動き出したということで、ジャジャムに報告をしようとしたが、そのジャジャムが居なかった。 誰に報告すればいいのかも分からなかった。 ジャジャムが戻ってくるのを待ったが一向に戻ってこない。 このままでは責任を追及され自分は殺されると思った。

「わたしの前に連れてこられていた呪師たちは皆殺されていたからな、いや、はっきりと聞いたわけではないが」

今までに何人もの呪師があの城に連れて行かれたが、誰一人として戻って来た者はいない。 そんな話が呪師のあいだで囁かれていた。 それに衛兵からもこの部屋から出た者は戻って来ていないと聞かされていた。 それも見ているのも嫌になる口元をして。 その口元は殺されていると語っていたに違いない。

「・・・え」

小さく声を上げたのはリンゼンである。 だがその一言を発しただけで、何を言うことは無かった。

まるで襲われ攫われたかのように、部屋を荒らし窓から部屋を出て城を抜け出した。 逃げるに際して、瓶の中で暴れまわっている髪の毛を置いていくことは出来なかった。 それは襲われ攫われた偽装工作として持って出なければいけなかった。 きっとこの部屋で一番大事な物は、瓶の中の髪の毛だと思ったからであった。 それを持って出なければ、襲われ攫われる理由にならないと考えたからである。

逃げている途中でリョ―シャンとリンゼンに会った。 深夜になり川に瓶を投げ入れようとした時、リョ―シャンに止められた。 リョ―シャンにすべてを話した。 するとリョ―シャンが呪を解けばどうかと言い出した、でなければこの髪の毛がかわいそうだろと言って。 そしてそれから流せばいいだろうと言ってくれた。

「あの時はあまりのことに、呪を解けばいいなどとは考えにも及ばなかった」

ただ、髪の毛が動き出したときに、髪の毛が瓶から出たそうにうねっている、蓋を開ければすぐに目的の場所に動くはず、そう考えただけだった。 ずっと懐の中に入れていて、髪の毛が暴れる振動を漠然と受け止めていただけだった。

「いや・・・振動は州兵が追ってくるという恐怖を感じさせるものだったのかもしれない」

だがリョ―シャンに言われ、ようやっと落ち着いて考えることが出来た。 髪の毛がどれだけ我が子に会いたがっているのかは見ていてわかる。 髪の毛と言えど、血の涙を流しているようにさえ見えた。 このまま解放すれば、愛しい我が子の元に飛んで行くのだろう。

「だがそれはいいことなのだろうか、呪で操られているだけではないのか。 たしかに髪の毛にその気持ちはあっただろう、だがそれは自然ではない。 だからリョ―シャンの言うように呪を解いて川に流した」

ドリバスが話し終えたというように波路を見るが、波路には話すことなどない。

「俺は呪を解いたらどうだって言っただけで、何を知ってるわけじゃない」

波路を見てからサイネムに目先を転じた安智。

「サイネム、大丈夫か」

下を向き、まだ両手で顔を覆っているサイネムが小さく頷く。

「もしドリバスが呪を解かなかったら、髪の毛は儀式の最中にブブ・・・ゼライアの元に飛んできていただろう。 サイネムも髪の毛に会えただろう」

ドリバスが首を傾げる。 儀式とは何のことだろう。 そしてその一方で呪を解いたことがいけなかったのだろうかとも考えている。

「サイネムならドリバスの呪を解けただろう。 だが・・・一刻でも早く髪の毛を呪から解き放してやるのが一番だったんじゃないか?」

もう一度ドリバスが首を傾げる。 このサイネムという男は呪師なのか? それも他の人間がかけた呪を解けるほどの腕を持つ呪師なのか?

安智が立ち上がり顎をしゃくり歩き出した。 暫く一人にしておいてやろうということである。 三人がその後に続いた。
船の中に入り大部屋の隅に腰を下ろした。 皆が壁に背をもたれかせている。 サイネムのことを訊こうとしたドリバスだったが、その前にリンゼンから声をかけられた。

「あの、ドリバス」

「うん?」

「さっき言っていた・・・」

「うん? 髪の毛の話?」

リンゼンが首を横に振る。

「ドリバスの前に連れてこられていた呪師たちは皆殺されていたって」

「ああ、さっきも言ったように、はっきり聞いたわけではないがな」

「指輪・・・道で拾ったんじゃなくて城で・・・その部屋で見つけたの?」

ドリバスから貰った指輪、今はリンゼンの首に下げられている。

しまった、と思った。 要らないことを聞かせてしまった。

「道で拾ったって言っただろう」

リンゼンがまたもや首を横に振る。

「知りたいの、本当のことを」

さっき安智は『その髪の毛の様子を聞かせてやってくれ。 良いことも悪いこともすべて。 あるがままを』そう言っていた。 それに自分自身も『あの時の髪の毛を思い出すと安智が言うように、あの髪の毛を持つ者を知る人間にその時のことを話してやるのが一番だと思える』そう思った。

真実を知るということはキツイこともあるだろう。 知らなければ良かったと思うこともあるだろう。 だがリンゼンは知りたいと言っている。 知った後で聞かなければ良かったと思うかもしれないが、どう判断するのかはリンゼン自身。 それにリンゼンはある程度覚悟が出来ている様子だった。

隣に座るリンゼンに一つ微笑むと前を向いて口を開く。

「その指輪はね・・・」

ドリバスの話は長いものではなかった。 それにドリバスも部屋を偽装工作した時に見つけただけという事実以外は憶測でしかないと言っていた。

「ありがとう・・・聞かせてくれてありがとう」

リンゼンの判断は “ありがとう” だった。


ザリアンに呪を徹底的に教育しまくった。 教えまくった。 だがやはりザリアンには、まだ到底無理なことだった。
まずにおいて地や雨、風や木々に、全てにおいて心から敬意を持つということが出来なかった。 その上、付け焼刃では治らない口の利き方。

そしてザリアンだけではなかった。 やはりゼライアの方にも無理なところがあった。 その上で呪の経由ともなれば、二人の波長を合わせなくてはならない。 ずっと一緒に育っていた双子なのだから、波長が合っているはずだったのだが、ゼライアは儀式を経験した、それなのにザリアンはまだ何も知らない状態。 そこで大きく変わってしまった。 二人の波長に大きな違いが出てしまっていた。

若頭であるところの安智の郷にザリアンを送り出すことを諦めるしかなかった。

(わたしにはシーリンと一緒に居るということが出来ないのだろうか)

シーリン、それは女王を示す。 アリシア・シーリン・ピアンサ、ゼライア・シーリン・ブリテル。 サイネムはピアンサと別れなくてはならなくなった。 それはもう一生会えないという別れ。 そして今度はやっと会えたゼライアとも長く別れなければならなくなった。

『オレにはやっぱり無理なのかな』

『わたしと言えと言っている、どうしてそれ一つが出来ない!』

キレてキレてキレまくった。 一つの季節を越してしまったというのに、見られた変化はあまりなかった。 そしてとうとう、こういう運びになってしまった。 ザリアンのことは森の民たちに預けてきた。 しっかり教育をしておいてほしいと言って。

振り返ってみれば生まれてこの方、大声を出す、ましてや人に対して怒鳴るということなどなかった。 それなのにザリアンが引き金を引かせた。 自分の感情の中にそんな引き出しがあるなどとは、自分自身思ってもいなかった。

双子をお頭に預け、一人で穴の中で暮らしていた時も、ピアンサのことを想い涙することはあった。 だが大声で泣いたりなどしなかった、いつも静かに涙が零れてくるだけだった。 息が詰まって漏れる声があるだけだった。
もちろん今でもザリアン以外に怒鳴ったことなどない、大声を出したこともない。 今日以外は。

(謝らなくてはならんな)

たとえピアンサのことだと言っても、何度もドリバスに怒鳴ってしまった。