孤火の森 第74回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第74回




急に暗転をしたと思ったら、次には少女ではなく女性の姿のセイナカルが映った。 そのセイナカルが呪を使いだした。

ゼライアが呪の先を見る。 そこには一人の美しい女性が井戸の端に立っていた。 その女性が一瞬意識を飛ばした時、身体がよろめき大きな音をたて井戸の中に落ちた。
すぐに人が集まってくるのが見え、女性は助け出されたが顔から身体から血を流している。

だがこれが真実とは限らない。 あくまでもセイナカルの夢である。 呪をかけているセイナカルはこの場に居なく、この場を見ることは出来なかったはず。 この場面は後に聞いた話をセイナカルが想像し作っている場面ということになる。 想像し作っているとは言ってもかけ離れた話ではないはず。

(これは・・・)

一代目が時の女王の呪により徴をつけられた。 その記憶が肉体の記憶に刷り込まれていたせいだろうか、まさか呪を使って人を傷つけていたとは思ってもいなかった。

何度も暗転を繰り返し、その度に美しい娘たちが階段の上から落ちたり、水の入った大きな木桶を持ったまま倒れたりしては、その身体や顔に傷を負っている。
“痛い、痛い” という感情がゼライアに感じてくる。 それは娘たちの感情ではなくセイナカルの感情。 徴がどんどんと広がり痛みも増してきているということ。

だが重要なところが飛んでしまっている。 今の段階ではどうして呪を使ったのかが分からない。
夢の誘導をしようかとは思うが、それは絶対にしてはならないとサイネムから事前にきつく言われている。

呪を使いだしてから時が浅く、夢に巻き込まれるかもしれない。 そうなれば簡単には戻って来られないということであった。
どうしようかと思っている時にまたしてもセイナカルの感情が伝わってきた。

『わらわとて呪など使いたいわけではなかった』

城の寝室で寝ているセイナカルの閉じられた目から涙が流れ、そっとセイナカルの目が開けられた。

夢見の呪が途切れた。

じっとゼライアを見ていた。 そのゼライアの手が落ち、ふうっと息が吐かれた。

「ブリテル大丈夫?」

ザリアンがゼライアに駆け寄る。

「はい、大丈夫です」

今までなら “うん、大丈夫” というところなのに、ゼライアは女王としてのことを一歩踏むたびにどこかが今までと違ってきている。 それは所作であったり話し方であったり目の優しさであったりと、色んな所に変化が出ていた。
呪を唱えるときの指の組の早さだけでは無かった。 思わず顔が下がってしまう。

「ポスイルどうしました?」

下げた顔を上げ「なんでもない」と言い、ゼライアに手を添え立ち上がらせると椅子に座らせた。

「喉が渇いただろ・・・乾いたでしょう」

ザリアンが水差しからカップに水を注ぐ。
その様子にゼライアが微笑んでいる。

「先ほどポスイルは “大丈夫?” と訊いてくれました」

何のことだろうと、水差しを持っていた手が止まりゼライアを見る。 そのゼライアが微笑んでザリアンを見ている。

「今までのポスイルなら “大丈夫か?” でした」

「あ・・・」

“か” が取れているということ。 それも無自覚に。

「私たちには頑張ることが必要です。 ですが無意識に変わっているところもあります」

そうか。 ゼライアも頑張っているということか。

「そうだ・・・そうですね」

再び水差しからカップに水を注ぐ。

「わたしの前では頑張らなくていいですよ」

ふふふとゼライアが笑う。
カップをゼライアに渡しながら訊いてみる。

「指の組み方が早くなってるんだけど、練習をしてるの?」

「はい。 練習をしなければ追いつけませんから」

そうだったのか。 女王であるから、儀式を受けたからとそれに甘んじてはいなかったのか。

「知らなかった」

「ポスイルがサイネムや民たちに教えてもらっている時ですから」

自分はサイネムや民から教えてもらっている。 “どうして” という質問が出来る。 指が攣(つ)ると文句も言える。 そしてどうして攣るのかと説明を受けることも出来る。
だがゼライアは儀式で受けた自分の記憶を探りながらのこと。 ゼライアの方が学ぶに質問も具体的に教えられることも無い。
自分は甘すぎた。 自覚が無さ過ぎた。 ローダルがどうあるべきか、あれほどサイネムに言われていたのに。

「そうだ、サイネムを呼んで来る」

ゼライアがこちらに戻ってきたら呼ぶようにと言われていたのだった。

「お願いします」

ゼライアから説明を受けたサイネムであったが、その説明を受ける前、開口一番「夢の誘導はしていないだろうな」であった。
こうして戻って来ているのだからしていないことは明白だろうに、信用がないということだろうか。
「もちろんしていません」と答え、説明を始めた。

今は真夜中である。 夢見の呪をかけていたゼライアが起きているのは勿論だが、本来ならサイネムは眠っていていいはずなのに、こうして起きて待っていた。 まだまだゼライアのことが心配なようである。

「それにしても、呪を使っていたということか」

呪で人を傷つけていた。 ゼライアも言っていたが、サイネムもそれは考えていなかった。
そして、後悔などしていない、呪など使いたいわけではなかった、ということを聞いて眉根を寄せた。

「後悔などしていないという割には、己の中で言い訳をしている、か」

そこまでしか分からなく途中で目覚めた様で、どうして呪を使ったのかは分からなかったという。

「どうしましょう、またキリアスに頼めますでしょうか」

顎に手を置き考えた様子を見せたサイネムだったが、少しして顔を横に振った。

「二度は無理だろうな」

あの時のキリアスは考え考えようやく手を考えた。

『思い出すように仕向ければいいということですね。 では側付きにそのような話をしてもらえるように言ってみます』と言っていたのだった。
キリアスが側付きに何と言ったかまでは知らないが、言い方を変えようとも二度ともなれば側付きも怪しく思うだろう。

そのキリアスは側付きであるジャジャムに、セイナカルの痣の痛みはどれほどのものかと訊き、自分はあちこちの国を回った、この国の中には居ないかもしれないが、森の女王の呪に立ち向かえる呪師が居たかもしれない。 セイナカルが耐え難い痛みなのならば、他国へ出向き呪師を探してみると言ったのであった。

あのジャジャムのことである、きっとセイナカルに伺いを立てるはず。 それにセイナカルから探すよう命ぜられれば、もちろん探しに行くつもりであった。

「・・・夢の誘導しかないか」

「サイネム、それはブリテルに危険が及ぶ。 オレ・・・わ、わたしは反対だ、です」

サイネムの両の眉が上がり、瞳だけを動かしザリアンを見る。

(ほぅー、ゼライアを見ていて少しは刺激になったか)

「ゼライア一人で行かせるわけではない」

「どういうことですか?」

本当ならキリアスの手を借りずともサイネムならセイナカルの夢の中に入り、誘導をして夢を見させることは出来たが、ゼライアが自分で夢見の呪を使って夢を見ると言った。 だからゼライア一人でさせようと思いキリアスに頼みに行ったのだが、その手はもう使えないとなればこの方法しかない。

「わたしも一緒だ」

ゼライアが顔を下げた。
やはり自分で解決をしたいようである。

「たとえ女王と言っても一足飛びで呪は使えない。 分かるだろう?」

もしこれがザリアンであったのならば、こんなに優しい言い方はしなく、ましてや『諦めるんだな』や『修業が足りんからこういう結果になる』などという言葉が後に付くだろう。

「あと・・・あと一晩、わたしにさせて下さい。 後悔はないと言っても呪を使いたかったわけではないと言っていました。 明日も夢を見るかもしれません」

どうしてそこまで意地になるのだろうか。 もしかして場合によっては呪を解こうと思っているのだろうか。

「ゼライア、時の女王がかけた呪とは言っても今代女王が一人で背負う話ではない。 女王としてすべきことは他にある、分かっているだろう」

本当ならここでザリアンと考えるべきとか、共にザリアンと夢見の呪を使い二人で判断をすべきだと言いたいところだが、そのザリアンはこの調子。
本来ならこの話もゼライアとザリアンがしなくてはならないというのに、民に言われたように聞いているだけ。 言われたことを守っているのはいい、だが時をわきまえろと怒鳴りたくなってくる。

それに考えることが出来ない上に足を引っ張ることは出来ても、まだまだ夢見の呪など使えない。 ましてや無理にでも夢見の呪を使おうものなら、夢の中に引っ張り込まれる危険が大いにある。

(ピアンサならわたしと共に考え、そして一緒に夢見の呪を使い夢を見て二人で判断をしていた)

実際ピアンサはセイナカルの動きを見たあとには必ずサイネムに話していた。



コトリとワインのグラスを置いた。
バルコニーに吹く風は生ぬるい。
空を見上げる。
今日はもう眠れそうにない。

「明日は・・・雨か」

まるで先ほどまでの自分の目の様である。


ジャジャムに呼び止められたキリアスが振り返る。

「いかがでしたでしょうか」

昨日ジャジャムに話したことはサイネムに言われたことが発端ではあったが、そうすることでサイネムと森の女王の役に立てるのなら、そしてセイナカルの役に立てるのならば、少しでもカーシャンのしたことの償いになるのならばという思いがあった。

「セイナカル様は、そのような事をしなくてもよいとの仰せです」

他国に行き森の女王の呪を解ける呪師を探すという話である。

「ですが痛みがあられるのでしょう」

「森の女王の呪、その上を行く呪師は居ないとお考えです」

あの時、セイナカルが森の民たちに呪をかけられた時、かなり取り乱しはしたが女性の姿がなかったことは見ていた。 それは女王が居なかったということ。 単なる森の民にさえ抗えなかったのだ、森の女王の呪ともなればそれに匹敵する呪師など居ない。

「キリアスのお気持ちだけ頂くということでした。 どうですか? 今日はずっと雨のようです、どこにも出かけられませんでしょう? 今日も旅の話をセイナカル様にしていただけないでしょうか? また聞きたいと仰っておいででした」

「セイナカル様の思し召(おぼしめ)しであられれば」

「では午後からお願い致します」


キリアスが笑みをこぼしながら旅の話をしている。 目を瞑りその声にじっと耳を傾けているセイナカル。 たまに声が止まる時がある。 チラリとキリアスを見ると少しはにかんでいる顔をしている。

(今の話はキリアスにとって、恥ずかしい話しだったか)

思い込みを捨て旅に出たと言っていたが、他国での生活はあまりにも理解の仕方が違っていたようで、この時は日常の当り前が全く当り前ではなく、恥ずかしい思いをしたと言っていた。

(このような時が来るとは思いもしなかったか)

森の女王や御子を追うばかりの中でカーシャンとの裏の嗅ぎ合い。 それがいつまで続くかと思っていた。 だが最後に王手をかけてきたのはカーシャンだった。 ようやくカーシャンとのことが終わった。
まるでキリアスの声という穏やかな波の上で揺蕩(たゆた)っている気分になってくる。

扉の前に居たジャジャムが、おや? っという顔をしたかと思うと歩いて行き、セイナカルを覗き込む。 どうしたことかとキリアスが話すのをやめ見ていると、ジャジャムが口の前に人差し指をたてた。

セイナカルは寝てしまったようだが、ずっと目を瞑って聞いていたというのに、ジャジャムはどこで寝たと判断をしたのだろうかと不思議になってくる。
キリアスがそっと立ち上がると部屋を出て行った。 側仕えが持ってきた薄掛けを肩にかける。

(あのお疲れの中、ケリスの前でもお眠りにならなかったのに)

それは森での呪の応酬の時のこと。 精神が疲弊し、火傷まで負っていたセイナカルだったが、腕を冷やしていたケリスが居る間は瞼さえ落とさなかった。
そしてセイナカルの昼食の用意が整った時『夕べは眠れなかった』と聞いた。 寝不足だったようであるが、今までのセイナカルならそれくらいで人前では眠らなかった。

(覇気がなくなられたか・・・)

セイナカルに精彩を与えていたのが、あの痣とカーシャンだったということは決して迎え入れられることではないが、このまま覇気が無くなってしまえば虚ろとなっていくだけのような気がする。 如何(いか)に皮肉なことであろうか。


「オリシオンが頼みに来たのを断られたようで?」

今日もジャジャムから誘いを受け一緒に夕食を食べている。

「はい、わたしではなくオリシオンの方が適任かと思います。 オリシオンはどうして下がろうとされているのでしょうか」

「オリシオンはもう六十になります。 長くセイナカル様には付けないと考えているのでしょう。 それにオリシオンが前州王に代わり州を動かし始めたのが四十二の時。 今のキリアスと同じ歳の頃です、きっとそれもあるのでしょう。 オリシオンが元気なうちに全てを教え、あとは下がるつもりなのでしょう」

オリシオン自身は前州王に付いていた。 だから敢えて教えてもらわなくとも州を動かすことは出来たが、キリアスは州王に付いていたと言ってもその州王は州を動かしてはいなかった。 一から教えるということである。
そして多分ではあるが、ジャジャムのこともあるのだろうと言う。

「わたしはもういつ臥せってもおかしくはない歳。 オリシオンはわたしの代わりにとも考えていると思います。 勿論わたしも賛成です」

「何を仰いますか、まだまだお元気ではないですか。 これからもずっとセイナカル様のお側にいらっしゃるのはジャジャムだけです」

ジャジャムが首を傾げるようにした。

「どうかされましたか?」

「なにか・・・吹っ切れたようなご様子。 何かありましたか?」

セイナカルには付かないと心に決めたことを言われているのだろうか。

「いいえ、何も」



ゼライアが夢見の呪を行っている。

昨日はザリアンだけだったが、今日はサイネムもいる。 呪を行う前に念を押して夢の誘導はしないようにとは言ったが、昨夜の夢の話を聞いた様子から、それを守るかどうか分からなかったからであった。

「信用して下さればいいのに」と言ったゼライアであったが、昨日も言われていたにもかかわらず、チラリとでも誘導をしようかと迷ったのは確かである。

指の動きが止まり、呪を唱えていた口も閉ざされた。

(入ったか)

女州王の夢の中に。

あとは少しでもゼライアに変化が見られるようならば、それは夢の誘導をしようとしている事になる。 今のゼライアではまだその夢に引きずり込まれる可能性が高い。 少しでも変化を見逃すわけにはいかない。