ハラカルラ 第20回

大福りす
『ハラカルラ 目次


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ハラカルラ    第20回




狛犬の振りをした獅子のところまで来た。 さすがにライはもう笑っていなく、プラスティックのキツネ面は顔から外し、持つのが面倒臭いのだろうか頭の横に付けている。

「お獅子の話は聞いた?」

「うん」

ライが足を止め水無瀬が獅子の台座に肘をつく。

「ふーん、烏は何考えてんだろ」

その疑問に答えたくはなく、光霊を入れられたということだけで判断がつくだろうとは思うが、ライはライなりに水無瀬の思いを優先に考えてくれているのかもしれない。

「烏も長も獅子って言ってたけど、煉炭もライと一緒でお獅子って言ってたな」

「敬愛の気持ちを込めて、ってとこかな」

「敬愛?」

「長から聞かなかったか? 俺らは矢島の補佐をしてるって」

「聞いた」

「水の世界の入り口を守ってくれてるってのもあるけど、矢島の為にもお獅子は居てくれてるんだ。 まぁ、今回は残念な結果に終わったけどな。 それでも烏から聞いたお獅子は走ってくれたからな」

「烏はどうやって獅子・・・お獅子に言ったんだ? 水の世界を出られないって言ってたけど」

「クロスしてるって話は聞いた?」

「うん」

長は交差していると言い、烏は重なっていると言っていた。

「お獅子は烏の烏使だからな、烏がこっちの世に来なくてもクロスしている所から烏が言えば通じる。 言ってみれば、水の世界とこっちの世界っていう境がないってことだな」

「へぇー」

「水無瀬もある意味そうじゃないの?」

「なんで?」

「烏じゃなくて水の世界とだけど」

一瞬言われて分からなかったが、よく考えると水が見える時には魚は水無瀬を認識し、水無瀬も魚を認識していた。 そういうことなのだろうか。

「あー・・・そうかもしれない」

そう考えると、ハラカルラに居る烏を見られるということにはなるが、烏使ではないのだから声は聞こえないのだろう。

水無瀬が獅子の鼻を触る。
獅子の、ライオンの鼻など触ったことは無いが、犬の鼻なら触ったことがある。 グリグリと動かすと黒い鼻も一緒に動いていたが獅子の鼻は動かない。 今は石でいるようだ。
何をしているのかとライが見つめている。 そんなライの目をよそに水無瀬が訊ねる。

「あっちの人達、向こうか? 長は赤って言ってたけど」

手を下ろして今度は獅子の足を触る。 砂埃が手に付かない。 ここも、この獅子も村の人たちが毎日きれいにしているのだろうか。 それとも夜にでもなれば獅子自身が毛づくろいをしてきれいにしているのだろうか。

ワンテンポ遅れてライが答える。

「ああ、あっちでも向こうでも・・・朱でも、どれでもいいよ。 通じる」

「んじゃ赤。 赤の人の中に水が見えるって人が居たって俺が言ったの覚えてるか?」

「ああ」

「こっちには居ないの?」

「んー、居ないなぁ。 それにその見えるってのも、その村の出かどうかも分かんないしな」

「どういうこと?」

「水無瀬と一緒って言えばわかるか?」

攫って来た、若しくは話合いで来たということだろうか。

「矢島が接触した人達は水が見えるはずなんだ。 今回は水無瀬に絞ってきたから、他の人には手を出さなかったみたいだけど、水が見える的なことを耳にすると説得なり、自分も一緒だから安心していいとかなんなり言って村に引き込んでる可能性がある」

そういう風に言われると思い当たるところがある。

「引き込んでどうするんだ?」

「そういう人間を集めてるかもしれないってこと。 ま、想像の域だけどな。 長が待ってる、行こか」

「あ、うん」

道々聞いた話では、ライと水無瀬は同じ歳だということだった。 もちろんそうなるとナギも同じということになるのだが、水無瀬としては最初はライが客として来ている時、一つ二つ下だと思っていたし、ナギに対しては姐御とすら思ってしまっていた。
そして水無瀬が乗ったチョッパーの話も聞かされた。

「天才的な乗り方だったらしいな」

「え?」

「あれでこけないのが不思議だとか、補助輪要らないのかって聞いたけど?」

水無瀬の居ないところであれやこれやと言われていたようだ。 どこで見られたのだろうか。

「普通、無理だろ、あんなハンドル」

言い返せたのはそれだけだった。

「うん?」

あの音が聞こえた。
カンか、キャンと聞こえた音だ。

「どした?」

「あの音・・・」

「ああ、ナギが弓の練習をしてんだろ」

「弓?」

「あれは矢を放った時の音」

「ビュンとかじゃないのか?」

「それはアニメとかで擬音として矢が走ってる時の音だろ。 あ、それとも鳴弦(つるね)かな? ま、どっちでもいいけど。 あの音は弦音(つるね)。 弦音(つるおと)っていう人もいるけど、俺は弦音(つるね)っていう方が好きだな。 音によって “つるね” か “つるおと” かを言い分けてるってのも聞くけど、俺たちは弓道を歩んでるんじゃないしな」

「へぇー弦音、っていうんだ。 ふーん。 ナギは弓矢を打つのか?」

「打つとは言わない。 弓を引く、又は射(い)る、だな。 で、一射(いっしゃ)二射とかって言う。 一射絶命って知らない?」

「一球入魂とか絶体絶命とかなら知ってるけど、そっちは知らないかな」

「この一射に命をかける思いで射るとか、一射に全神経を集中させろとかって、平たく言うと、次の矢があると思うなってこと。 ナギはそれを思えるように練習してる」

「へぇ・・・百折不撓(ひゃくせつふとう)と反対ってとこか」

「ほら、戦いって言うか、あっちとあんな状況だろ? 落ち着いて射ることが出来ないからな」

「え? あんな時に―――」

そこまで言って思い出した。 サ-ビスエリアでのことを。 アスファルトに矢が刺さったのをこの目で見たのだった。
そう思うと初めてこの音を聞いたのは山の中。 連れ去られようとした時にキツネ面たちが助けてくれた時だった。 そしてサービスエリアでも聞いた。

「そっ、思いっきりアスファルトに刺さっただろ」

「あれはナギだったのか?」

「基本、ナギは車のタイヤを射るんだけどな。 サービスエリアの時もナギが水無瀬が乗せられてた車のタイヤを射ったことでこっちが居るのがバレたんだけど、せっかく俺がトンチンカンな方に行く水無瀬を驚かせないように、クナイを転がしたってのに、ナギの奴、ブッ射しやがった。 まあ、あの時はあれくらい威嚇しないと水無瀬、完全にやられてただろうけどな」

リアルに思い出した。 あの一瞬がなければ、サングラス男に拳を打ち込まれていたかもしれなかったのだ。
それにあのクナイ。

「クナイ・・・ライだったのか?」

始めて現物を見たクナイ。 それを放ったのはライだったのか?

「うん、そうそう」

クナイだぞ、分かってるのか? もう一度言うがクナイだぞ? この世の中でそんなに軽く “うん、そうそう” と言える代物ではないだろうが。

「眩暈(めまい)がしてきそう・・・」


最初に案内されたのと同じ建物に案内され、入ってみるとライが言ったように長が待っていた。

「あ、ずっとお待たせしてしまっていましたか? 勝手に離れてしまって、すみませんでした」

長が笑みで応え片手を振る。

「ついさっき来たところだ。 それに離れたと言っても水無瀬君がしようとしてそうなったのではないことは分かっている」

長の前に置かれている湯呑からは湯気が上っている。 嘘ではないようだが、これがおかわりだったら優しい嘘と受け取っておこう。

「んじゃ、俺は戻るな」

「ああ、ライ待て」

Uターンした百八十度をそのまま続けて、三百六十度回って元に戻る。

「なに?」

「その面はどうした」

頭に付けたままだったのを忘れていた。

「あ、えーっと、これは、その、店で買ってぇ・・・」

「ナギから聞いたが?」

「わっ、ナギめ」

「どうして面を粗末に扱った」

「いや、粗末に扱ったわけじゃなく、相手がクナイを投げてきて、それで振り返った時に面に当たりまして。 いや、面に当たって割れたのは大変なことだけど、振り返ってなきゃ俺の頭に刺さってたわけで、振り返って・・・面が俺を守ってくれた? とか?」

「今・・・面が割れたと言ったか?」

「あー、はい。 接着剤でうまくくっ付かなくて・・・今度はステップルを打ち込もうかと・・・」

ステップルとはコの字型の釘のようなもの。 割れた部分を股にして左右に打ち込むということだが、それではフランケンシュタインの傷跡のようになってしまう。

「打ち込むって・・・ライ!!」

「はいぃぃぃ」

「すぐに創樹爺(そうきじい)のところに持っていけ!!」

「はいー・・・」

そそくさとライが出て行った。
長がこれほどの大声を出すとは思いもしなかった水無瀬だが、穏やかにしているのは煉炭のような子供の前か、水無瀬のような客人の前だけなのだろうか。

「騒いで悪かったな」

「あ、いえ」

面というのはそれほどに大切な物なのだろうか。

「お面って、木で出来たキツネのお面ですよね?」

「そう、あれは村の面作りが怪我をしませんように、役が果たせますようにと、ご神木の周りにある木から丹精込めて打ったもので十八になった時に渡されるものでな」

ご神木、それは稲荷の鳥居をくぐった時に見かけた紙垂の巻かれた大木。

「そうなんですか」

あのカオナシに似た面もそうやって作られた物なのだろうか。

「水の世界に入ってどうだった?」

「ん-・・・どうというか、烏に会って色々聞かされました」

「ああ、会ったか」

やはり会ったか。 先手を打って昔々の話を聞かせておいてよかった。

「水の中を泳いでいたのか?」

「あ、泳いでいたことは泳いでいましたけど、うーんと最初は岩穴の中で。 それから長の言う芯の奥ってところに行きました」

ということは穴に入ったということ。

(どちらの岩穴に行ったのか。 だがライも誰もあちらの岩穴は知らない)

「ライが案内したのか?」

「いいえ、魚に案内されました」

「え?」

「いや、俺も驚きました。 魚による完全な道案内ですから。 烏、矢島さんのことを褒めちぎっていました。 どこよりも水の世界を守ってくれていたって」

(魚による道案内とはどういうことだ)

「烏がそう言ってくれているのならば、矢島への大きな供養になるだろう」

(供養?)

俺は矢島さんのことを初めて知った時、矢島さんの何かの役に立てればと思った。 それが俺に出来る供養だと。 でもその時の俺は矢島さんのことを知らなかったし、役に立てる何かを持ってもいないと思った。 あるとしたら見たまましかないと。 だからライとナギに話した。

(でも今の俺は・・・)

長はなぜ昔昔の兄妹が亡くなったのかを知らないと言っていた。 どうして襲われたのか、その理由は未だに知れない、と。 それに兄妹のことを特別だと言っていた。
俺は兄妹が亡くなった理由を知っている。 烏が教えてくれた。 矢島さんもその前の人もずっと前の人も烏から聞いていたはずだ。 それなのに長は知らない。
その反面、兄妹を襲った相手は、水の世界から居なくなったということを知っていた。 水によってどこかに飛ばされたということも知っていた。
それは・・・矢島さん達守り人が昔々の兄弟のことを敢えて言わなかったということだろうか。

そうだとしたら、俺は今、矢島さん達守り人と秘密を共有しているということになる。
矢島さんのことを何も知らないではない。

それに矢島さんの便箋を見つけた時俺は 『矢島さん、どうして欲しいですか』 そう言った。
あの時の俺は矢島さんにかかわろうと思った。 多分。
つい出た言葉だ、深く考えて言ったわけではない。
いや、そうだろうか。 言葉としてはついうっかり出たかもしれない。 でもあの時、それなりのことを考えていた。 考えていたから口から出た。

いつの間にか下がっていた顔を上げると、茶が減っているわけでもないのに長の湯呑から上がっていた湯気が上がっていない。

「あ・・・」

「うん? どうした?」

俺はどれだけ考えこんでいたんだろう。 その間長はずっと何も言わず待ってくれていたのか。

だがそれだけでは無かった。 茶を運んできた煉炭の母親が戸を開けた時、長がすっと手を上げて止めた。 母親はそのまま静かに引いていった。 それにすら水無瀬は気付かなかった。

「あの、図々しいお願いなんですけど、もう一泊してもいいですか?」

「なんの遠慮も要らない」

長はそれだけを言った。 喜んで、何日でも、気の済むまでなど、水無瀬を引き留めるようなことを匂わす言葉は言わなかった。 図々しいと言った言葉に対して遠慮はいらないと言っただけだった。
ただ 『それでは煉炭のところに』 とは言った。 だが水無瀬がそれを断った。 もう痣を作りたくないという気持ちがなかったとは言わないが、しかしあの二人は可愛いけれど、ずっとまとわりついて来て考える時間をもらえないからだ。

「そうか、煉炭は水無瀬君を気に入っているようだったから残念がるだろうな。 あの帰りずっと一緒に風呂に入ったやら、一緒に寝たやら、機械の作り方の説明をしたやら、あれこれと聞かされた。 えらい子守をさせたようだな」

「いいえ、俺がいいって言ったんです。 俺も二人の話を聞いてて面白かったですし。 ただ今日は、ちょっと考えたいなって」

「ふむ・・・では、ライたちの家にでも行くか? ここでもいいが布団は持って来てもだだ広いだけで何もないからなぁ」

トイレも水場も何もない。

「それに初めて会う者より、多少なりとも知っている者のところの方がいいだろう」

だから夕べはずっと一緒だったワハハおじさんのところになったのか。


「で? 水無瀬が来たってわけ?」

風呂から上がってきたナギがまだ湿った髪でスポーツタオルを首にかけ、ダイニングの椅子に腰かけた。 斜め前には、アイスココアをストローでチューチュー吸いながらライが座っている。
アパートと違って家の中は暖かい。 暖かいのであればホットココアよりアイスココアの方がいい。

水無瀬は今、ナギが上がってきた風呂に浸かっている。

ナギを見たライが一瞬顔をしかめてから答える。

「そっ、風呂覗くなよ」

「そんな趣味ないわ!」

「あんたたち煩(うるさ)い。 水無瀬君が考えたいって言ってたそうなんだから静かにしてなさい」

ダイニングテーブルを背に夕飯を作っていた母親が振り返って言い、次に冷蔵庫を開ける。

「そうそ、ナギみたいに煩くしてたら、煉炭ン家と変わんない」

「なんですって!!」

「ナギ、静かにしなさい。 ライもおちょくるんじゃないの」

ナギの前に母親の手でアイスココアが置かれた。 ストロー付きである。

「ありがと」

「それって、俺には絶対言わないけどな」

「うるさい」

「ライ、面はどうだった?」

「あ! そう言えば、ナギ! 長にチクっただろ!」

「なに言ってんの、あんな状態でいつかはバレるに決まってる。 それなら早々に作り替えてもらう方がいいでしょうよ」

何気に言葉が女子らしいのは、母親に言葉使いを指摘されるのが煩(わずら)わしいからである。

「え? 作り替えてもらうの?」

「だってコイ・・・ライの面、割れてるんだもん」

「割れてるって・・・いったい何がどうなってそうなるの。 それで承知してくれたの?」

「最終的には? その分こってり絞られた」

「明日母さんから謝っておく。 そういうことはすぐに言いなさいよ」

「へーい、次はちゃんと母ちゃんに言う」

「次なんて御免だから!」

「お母さん煩(うるさ)い」

水無瀬が風呂から上がってきた。 ライのスウエットを母親が出してくれている。 夕べは煉炭の父親である、ワハハおじさんのスウエットを借りたが、かなりぶかぶかだった。 それを思うとライのスウエットは丁度である。