辰刻の雫 ~蒼い月~  第159回

大福りす
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第159回



激しいほどの襲歩にはならなかったがかなりの速度で走り切った。
あまりにも武官がトロく馬を走らせていた。 紫揺からしてみればちんたら、ちんたら歩かせている程度でしかない。

『あの? これで着くんですか?』

『遅くはなりますが』

『最初に言いました、武官さんの歩で進めてくださいと』

『ですが・・・』

『えっと、女人だと思って甘く見てません?』

『は?』

そうだった、女人でしたね。 坊と見ていました。

『これからどっちの方向ですか?』

聞いてどうするのだろうかと、あちら方向ですとゆるゆると指で先を示す。

『分かりました』

言った途端、紫揺の乗っていた馬が走り出した。
武官二人がギョッとして拍車を入れたのだった。



見つかってしまったか。 仕方がないまだ昼にもなっていないのだから。
宮内を出る門を潜ると、その男が一部に印象を残す顔で曇天を仰いだ。
今日もまだ暑苦しい。

せっかく地下と繋がっていたのに、その地下があんな風になってしまった。 扱いやすい城家主だったというのに。 だがあれは商人から相当に不興を買っただろう、信頼を落としただろう。
地下の者に商人が移動する行程を何度も流した。 商人の移動行程は宮都でしか扱われない。 その行程で地下の者に襲われていたのだ、宮都の信用はがた落ち。 宮都の信用、それは四方の信用に繋がる。
宮都の民もそこそこ抱え込んでいる。 隠しておいた我が筋の五色が一声上げれば、民も四方から背離するだろう。 紛う事なき六代目本領領主になるべき血筋だったのだから。

家を潰された。 歴史ある家を。 六代目本領領主の妹の家系。 連綿と続くその家系を潰された。
一人で五色を持つ者にとらわれることなく、本領領主となった六代目領主。 その領主に潰された。

『其の権限を削ぐ』

『何故に!』

『其の血筋・・・領主の座を狙っておろう。 その筋、争いを起こすだけにある』

領主の血筋は一人で五色の力を持つ者が領主の座に着いていたが、六代目で五色の力を捨てていた。 五色の力があろうとも、本領と東西南北の領土を統率できなくてはただのボンクラでしかない。
だが己らは・・・五色の血筋は連綿と続いている。 己らは六代目本領領主の妹の血筋、五色だった。 本来なら己らの筋が領主となっていたはず。
本領領主は五色の血筋で守るもの。

「時がかかった・・・」

かかり過ぎた。
たしかにあの頃の五色は六代目にはなりえないどころか、五色としての力もあまり無かったと聞いている。
それどころかその周りもボンクラ。 己が立ち上がるまで誰も何もしなかった。 代々クソ文句を垂らしているだけだった。
あと少しで四方を追い落とす。 マツリにまで時を伸ばす気はない。 それにマツリが宮都を空けている時が動きやすい。
実際マツリが宮都を空けだしてからマツリ自身の本領内の見回りが少ない。 以前に比べると活発に動けている。 他の都も抱え込みやすくなった。

「我らの血筋を復興させる時が近い・・・」

男が頭を下げた。
長かった。 あまりにも長すぎた。 閉じられた扉があと少しで目の前で開こうとしている。

前から文官が歩いてくる。

「事を起こす前にマツリの様子を見てくる」

心に沁みるような声ですれ違いざまに言った。


「いったいどういうことですの!?」

千夜派が声を荒げて言う。

「はい? どういうこととは? 何のことで御座いましょう?」

「紫さまが来られていたではありませんか!」

「ああ。 はい、来られておりました。 皆さんも紫さまが四方様のお房から出てこられたのをご覧になりましたでしょう」

「お方様のお話しでは、菓子を出すこともなくご出立されたとのことっ!」

「ええ、紫さまがそれを望まれましたので。 ああ、そうでしたわ。 ご出立される前にはわたくしたちの作った菓子を美味しかったと言って頂きましたわ。 おほほほ」

「ぬ! 抜け駆けを!」

そりゃ、門番まで知っているだろう、というくらいに『菓子の禍乱』 は人目も憚らず続けられていた。



やっと宮都を出たらしい。 最初のトロいのが無ければもっと早くに抜けていたはずなのに。

「へぇー・・・宮都を出ると雰囲気が変わるんですね」

宮都の道は幅があった。 それにこんなに山を近くに見られなかった。

「ですからお願い致します。 大人し・・・ここではゆっくりと歩かせてくださいませ」

見張番の言っていたことがようやく分かった武官たちである。

「急に誰かが飛び出てきては避けきれませんので」

今は剛度の家に行った時のように両端に家が並んでいる。 でも道幅は全然違う。

「分かってます」

本当に分かっているのか?

「家がなくなるまでですよね?」

真髄は分かっていないようだ。
だが武官二人で考えた道は当たったようだ。 わざと人家のある道に来た。 常なら馬道と呼ばれる道を走り、人家のある道などには出てこない。
これでまだ走ると言ってしまわれては、人として救いようがないだろう。

「此処は三都に入ったところですので、六都に行けばまた雰囲気が変わります」

「三都・・・。 えっと、あといくつナントカ都を抜けるんですか?」

ナントカ都。 己らは武官である。 そしてナントカ都と言った相手は御内儀様になるかもしれない坊に見える女人。 溜息なんて吐けない。

「・・・三都を抜けると六都で御座います」

「あ、そうなんですね。 結構早く着くんだ」

そうでもないが今はそう思わせておこう。

「あー、イチジクの実が生ってる」

垣根から覗くイチジクの木は、東の領土では見ることのない懐かしい木であった。



マツリのことはあの男に任せて。 さて、陽があるうちに宮内には入れそうもないか。
あの男が一度忍び込んだが分からなかったと言っていた。 明るい内が探しやすいかと思ったが仕方がない、夜に忍び込むしかないか。

「呉甚(ごじん)殿」

男が下げていた顔を上げた。

「戸水工部長が探しておられましたよ」

「ああ、そうですか。 すぐに向かいます、有難うございます」

爽やかな笑顔で応えた。



昨日の夕方、新たな手を考えてやってきた芯直たち。
『官吏さーん、飴上げる』 と言って飴と一緒に小さくたたんだ文を渡された。
新たな手・・・ベタ過ぎる。
文には『よくわからない詰をききました 来てください』 と書かれていた。
“詰”。 ・・・多分 “話” だろう。 惜しい。

深夜、杠が芯直たちの長屋に訪れた。
遅すぎたのか、芯直と絨礼は寝てしまっていた。 それでも頑張ろうとしていたのだろう、布団に入ってはいなかった。

『悪かったな、遅くなった』

連日、京也から送られてくる杉山の男たちの対応に追われていた。

『起こしてもいいですけど、オレは聞いてます』

兄貴分である柳技が赤い目をしながら応える。

『では起こす前に弦月から聞こう。 それで分かれば十分、起こすことは必要ないだろう』


弦月である柳技が言うには、芯直と絨礼がほてほてと歩いていると、陰に入るようにした男たちが居たということだった。

『その男たちがけっきが近い、と言ってたそうなんです』

『決起?』

『何のけっきかは分からなかったみたいです。 ってか、けっきの意味が分からなかったみたいですから、話の中に何か思わすものがあったのかは分かりませんが、それを耳にしていないみたいです。 でも顔付きが剣呑だったから気になったと』

『他にそれらしいことを聞かなかったということか・・・』

『はい。 淡月と朧は』

杠が考えるようにして顎に手を当てる。
ここのところ杉山のことに囚われ過ぎていた。 別な所で決起を起こそうとしていたのか。

『俤・・・訊いてもいいですか?』

『あ、ああ』

『けっきってなんですか?』

同じ穴の狢だったようだ。
だが仕方のないこと。 懇切丁寧に教えた。

早朝。

『決起?』

『はい』

『面白い』

やめて欲しい、面白がらないで欲しい。 一日も早く六都を抑えて紫揺を迎えに行って欲しいのに。

『で? それはどのような者だ?』

『淡月と朧が寝てしまっていましたので人相などは訊けませんでした。 これから訊きに行きます』

『すぐに朧たちが捕まるか?』

夕べ頑張って起きていたようだ、朝からあちこちを走ってはいないだろう、そう言いかけた杠の口より先にマツリが口を開いた。

『急くことはない。 杠・・・』

『はい』

『急くことはない』

再度同じことを言われた。 念を押すかのように。

『・・・え?』

『杠は杠の妹を信ぜんか?』

まったくもって心の中を見透かされていたようだ。 ここで紫揺なら頭を抱えた所だろうが杠はそこまで間抜けではない。

『迂闊で御座いました。 先にマツリ様に我が妹の想いを取られるなどと』

『先にって・・・』

『紫揺は我のことを兄と慕い、その後にマツリ様を想い人と思ったので御座いますので』

『ふん、我は杠の次ということか』

『当たり前に御座います』

紫揺は想い人であるマツリを待つことが出来る。 想いに我が儘ではない。 それが我が妹であったのだった。


夕刻になり、ようやっと捉まえることが出来た芯直と絨礼。

「昨日は飴を馳走になったな」

普段は杠から声をかけられることなどない。 柳技からは杠に話しておいたと聞いている。

「美味しかった?」

ベタな接触が役に立ったようだ。

「人相は?」

声音静かに杠が問う。

「今、追っかけてる」

まだ声変りのしていない声で芯直が答える。

二人が走っていた先には男の背中が見える。 アイツか。

「今度は私からだ」

そう言うと二人に飴を渡し二人の頭を撫でてやる。

「追え」

微笑んで頭を撫でながら低い声で口を動かさず言う。
ちょっとコワイ。 でもそこに惹かれる芯直。
芯直と絨礼が走った。

「うん?」

あれは・・・杠? 遠くにいても分かる。 でも様子がおかしい。 男の子と話しているだけなのに、一瞬だったが地下に居た時のような雰囲気があった。
男の子の頭を順に撫でている。
隣りに並びたい。 杠にヨシヨシされたい、その気持ちをグッと堪える。
男の子が走り出すと周りの気を窺うように寸の間止まっていた。 そして何事もなかったように歩いて行く。

(あ、そっか。 裏のお仕事ナウか)

官吏としてではなくマツリの手足としての。
そうなら走って行った男の子が気になる。 誰だろう。 それも二人。

「ここってもう六都ですか?」

マツリと杠は同じ所に居るはず。

「あ、はい」

どうして分かったのだろうか。

「あの先の道を右に曲がるとこの塀の向こうと繋がりますか?」

ずっと先の道を指さし、それから右の塀を指さした。 ずっと先の道を男の子が右に曲がって走って行った。

「あ・・・どうでしょうか。 知ってるか?」

黄に染めている皮の鎧を着た武官が朱に染めている皮の鎧を着た武官に訊く。 軽装の皮の鎧である。

「いえ知りませんが、大抵の都の造りを考えると繋がるとは思いますが」

紫揺が口の端を上げた。
武官が「いっ!」っと声を上げる。 ここに着くまでに散々やってくれていたのだから。
急に走り出したのを切っ掛けに、隙を見ると馬を走らせ、水場を通り過ぎようとした時には「ちょっと足だけでも浸けさせてください」と言って急に馬首を変えたり「美味しそう」と言って鞍の上に立ち上がり木の実に手を伸ばす始末。 その他諸々。
木に成る梨をもぎ取った時には「武官さんも、はい」とお裾分けを頂いたが。

「お、お前! なに要らない事っ」

「訊いてきたのはそっちだろがっ」

小声で小競り合っているが紫揺には馬耳東風。

「じゃ、ここまででいいです」

「は?」

武官の声のハミングは低い。

「六都に着いたんですからここまでで」

紫揺が武官の馬に寄せる。

「な、何を仰いますか! 六都だからこそ―――」

「手綱お願いします」

「あ、はい」

うっかり手を出してしまった武官。

「あ? え?」

「マツリの居るところに馬を置いといてください」

鞍の上に立ち上がると、塀の向こうから生えてきている木の枝に飛び移った。 蹴上がりで枝に立つと、そのまま木を移動していく。
呆気にとられた武官二人、紫揺の名を叫ぶことも出来なかった。 やっと我に戻った時には紫揺の影も形も見えない。

「ばっ! お前! なんで手綱を受け取った!」

「あ・・・いや、つい。 って、言い合ってる暇ねーだろ」

二人が紫揺の指さしていた道に馬を走らせた。

木の枝を渡って塀の向こう側に移った紫揺。 どうもここは人の家の裏庭のようだ。 枝から跳び下りるとそそくさとその場をあとにする。
家並みを抜け小路に入り大きな道に顔を出すと、さっきの男の子たちがこちらに走って来ている。 すっと角に身を隠す。
少しでも早くマツリの顔を見ておムネを大きくしたいが、こちらにも興味がある。 迷子になるようだったら、あの子たちに杠の居所を訊けばいいこと。 イコール、あの子たちからはぐれてはならないということ。

「あ、剛度さんの奥さんからの伝言も早く伝えなきゃいけないか・・・」

衣を借りに行った時、剛度の女房からマツリ宛に伝言を預かっていた。 それはちょっと剣呑気味なお話しだった。

「でもま、予定より随分と早く着いたんだからいいか」

角から顔を出し男の子たちの様子を見ていると、前に歩いている男のあとを尾行しているようだ。

「ふーん、あの人の何かを探ってるのかな・・・」

でも杠は一人であるはずだ。 マツリの手足となっているのは杠一人、杠からそう聞いている。 ではあの男の子たちは何なのだろう。
男の子たちを抜いて武官が馬をぶっちぎって走らせてきた。

「やば」

今は見つかりたくない、 そのまま身を隠していると武官たちが通り過ぎて行った。 僅かに耳にしたのは幻聴だろうか。

「お前が手綱を預かったからだろーが! このクソッ!」

「なに言ってやがる! その前にお前が塀のことを言ったからだろーが! クソ垂れてんじゃないわっ!」

とても紳士的に接してくれていた武官たちが、あんな雑言を言うはずがないのだから。

男が道から外れ曲がった、そして紫揺の隠れている前を通りすぎる。 途端、身を隠すように塀をよじ登って向こう側に行った。
男の後を追って来た男の子たちがキョロキョロとしているが、男を見失ったようだ。
男も男の子たちも紫揺の存在に気付いていない。
紫揺の存在薄し。

「・・・どこに行った?」

小声で話している。

紫揺が背伸びをして低い塀の中を見ると男がどんどん歩いて行っている。 進行方向は分かった。

「何してるの?」

紫揺が芯直たちに声をかけた。
芯直と絨礼が跳び上がる。

「・・・あ」

自分達よりは高いようだがそんなに極端に変わらない背丈。 そして不思議に額にはキレイな紫色の飾り石を付けている。

「今の男の人・・・男を追ってるの?」

「え・・・」

二人の反応で分かった。 杠が釣りあげた使い走り・・・かもしれないと