孤火の森 第50回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第50回




「はぁ? 迷惑? なんですかそれはっ!」

「いや、ですから・・・俺たちはその、兵に追われている身です。 兵に追われている者を匿ってるなんて知られたら。 その、医者先生にはよくしてもらいました、だから迷惑をかけたくなくて・・・」

「医者が患者を診るのは当たり前のことです! それを分かっていないんですか!?」

「いや、でも・・・兵に追われているんです。 普通じゃない」

釧路が大きく息を吐く。

「あのね、医者にとって患者は患者です。 誰であろうがどんな立場であろうが、それ以外にない」

「ですけど! 医者先生が俺らを匿ってるって知られたらただじゃすまない。 それこそ医者先生だけじゃなく医者先生の患者にも迷惑がかかる」

「ああー、まぁ、そういう事も考えられますが・・・ですがね、私の診ている患者はそんなことでどうこう思いませんよ」

「思わないって・・・」

「まぁ、せいぜい捕まってる城に武器を持って押しかけるくらいかな」

釧路とは違う声が返って来た。
釧路と岩国が声の発した方、台所の戸を見るとそこに腕を組んだ祇園が立っているではないか。

「だからさ、そんな危険を患者にさせたくなかったら大人しくしてれば?」

「あ・・・」

「まぁ、周南も同じようなことを考えたんだろうね、すぐに此処を出て行ったからね」

「・・・」

「ま、周南はどこを怪我していたわけじゃありませんからね、周南の思うようにで良かったんですけど、今津は違いますからね、見過ごすわけにはいきません。 医者として」

岩国の頭がどんどんと下がっていく。 この二人の言葉が心に沁みる。

「岩国・・・今津もそうでしょうが、あなた達が思うことが分からなくもないですよ、私もあなた達の立場なら同じことを思うでしょう」

岩国の目から涙が流れる。 握った拳にポトポトと水滴が落ちる。

「でもね、あなたたちも私の立場になって下さい」

これ以上涙を流すまいとギュッと瞑った目が見開かれる。

「私は医者です。 怪我や病気を治したいと医者を目指し今日があるんです。 まぁ、医者にも時を経ると色々とあるようですが、私は初志貫徹。 その志は兵の存在に折れることはありません」

「医者先生・・・」

「怪我や病気から患者を守るのは医者。 そして私の患者である以上、怪我や病気を悪化させるような環境から守るのも私。 分かってもらえますか?」

岩国が何度も頷く。

「お仲間への連絡が必要なのであれば岩国がするといいでしょう。 岩国がここを出て行っても構いませんし、今津に付いているのもいいでしょう。 ですが今津は完治するまでここで預かります」

「・・・はい」

「今津の状態は酷い。 長くなるでしょうが・・・元には戻せませんが最善を尽くします」

元には戻せない・・・。 たとえ今津が望んだと言っても、そんな状態の今津を動かそうとしていた。

「今津を・・・よろしく頼みます」

無言で釧路が頷いたのが見えた。 それは元に戻せないということが頭にあるのだろう。

「話はついたみたいね」

「そうですね。 って、祇園はどうして降りてきたの?」

祇園の部屋も二階である。

「医者先生ってば、どれだけ大きな声を出してたと思うの? あんな大声を出されたら、普通起きるでしょ」

「あ、そういうこと」

かなり大きな声を出した自覚はある。 だが普段の祇園であるならば、あれくらいの大声や地震では起きないはずなのに。 ということは、自覚していた自分の声は、自覚以上の大声であったのだろうか。

「それで? 岩国は仲間の所に行くの?」

岩国が頷く。

「多分、今津のことを心配していると思うから」

「ふーん、岩国が顔を見せて、それで今津のことを言って・・・うん、仲間も安心か」

「まずはそういう事で」

今津から聞いている藤生のことが気になり、そんな言い方になってしまった。

「まずは、か。 ってことは岩国戻ってくんのよね?」

今津一人を置いておくわけにはいかない。 だからと言って岩国が世話になるわけにもいかない。

「時々様子を見に」

「時々、か・・・そっ」

「なに? 祇園寂しそうだね」

「だーって、医者先生とだけ顔付き合わしてのご飯は飽きたし」

「はぁ? なにそれ」

「暫くは周南が居てくれると思ったらすぐに出て行くし、岩国もこんなことを言うし」

やっぱりこの二人の会話は軽すぎる。

とにもかくにも藤生と今津の状態を知らせなくては。 藤生が今どんな状況に陥っているのかは分からないが、今津と離れてしまったことを知らせなくては。
釧路と祇園に見送られ、裏戸から出ると隠れ家に向かおうとしたが、しまった、あそこはもう兵の手に落ちていたのだった。

「くそっ!」

地面を見つめ歯噛みをするが自分の落度だ。 焦っていたようだ。 そう思うと今津を連れて出ることがなくて良かった。 止めてくれた釧路に感謝するしかない。

「何処に行けばいいんだ・・・」

頭の中で迷いながらも、見回りの兵の影を縫って移動していく。

「脱走がしれたんだろうな」

だからこれだけ兵が多く見回っているのだろう。 身動きが取り辛い。
周南と萩はどうなっただろうか。 いや、あの二人なら逃げきれているはず。

(逃げきれている周南と萩ならどこに行く・・・)

今更ながらこんな時のために、連絡場所なり連絡方法を考えていなかったことを後悔する。 だがあの隠れ家が見つかるとは思ってもいなかった。

(言い訳か・・・)

とにかく自分は兵に顔を見られている。 どの兵に見られたのかは分からない。 だから兵の誰一人にも見つかるわけにはいかない。

「こんな刻限に何をしている」

物陰に身を隠していた後ろから声がした。
ゆっくりと振り返る。

(兵・・・)

「お前、ネズミか?」

ガチャリと得物の音をたて、兵が猫の目をして口角を上げた。



『そのまま真っ直ぐに歩いて行け。 今この辺りに兵はいない』

音を頼りに誘導を受けていたが、最後にその言葉を残し全く何も聞こえなくなった。 いや、夜行性の動物が居るであろう気配や音はする。 鳴らしているのではなく風に揺れる自然の葉擦れの音もする。

「ここはいったい・・・」

後方から声が聞こえる。

「山の中だな」

自分達が枯葉や枝を踏みしだく音が聞こえる。

「山って・・・城の中に山なんてない、城の中じゃないのかよ」

「いつの間にか城から出されたみたいだな」

「あれだけ歩きゃあ、たとえ広い城といえども、城からも出るわな」

「なに呑気なことを! 城に入るにどれだけ苦労したか分かってるだろうが!」

「喚いても仕方がない。 まんまと騙されたってことだ」

「くそっ! どこの山だよ」

「こんなに真っ暗で分かるはずがないだろうが」

あるのは月明かりだけ。 だがその月明かりさえも木々の枝に遮られて届いてはこない。

「地下道を歩いてたよな?」

「ああ」

「いつ地下道から出たんだ?」

「知るか」

「宇部、分かるか?」

後ろの男たちの話を聞き、宇部のすぐ後ろを歩いていた伏見が訊く。

「反響音から分からなくはなかったが、時の感覚がおかしくなってしまっている。 いつと訊かれても答えられない。 どれだけ前に地下道から出たのか・・・いつの間に地下道ではなく洞に入っていたのか、そこのところも全く分からない」

「え? 洞?」

「多分。 最後に抜けたのは洞だと思う」

「全然気づかなかった」

話しながらも黙々と歩いていると、ようやっと所々に月明かりが射してきた。 鬱蒼とした木々が開けてきたということである。

「それと一つ言えることはある」

「なんだ」

「騙されてはいない」

後ろを歩いている男たちが、宇部と伏見の会話に聞き耳を立てていたが、今の宇部の言いようはどういうことだ。

「騙されただろうが! 城から出されたんだぞ!」

「捕まりたくなければ後に続け、と言っていただけだ。 城から出すとも出さないとも言っていなかった。 それは俺だけではなく全員が聞いたはずだ」

そうだった。
あの時は衛兵に捕まってしまっては、それだけを考えていたのだった。

「くそっ!」

月明かりが入ってくるところまで足を運ぶと、先頭を歩いていた宇部が伏見と変わり、伏見が歩きやすい道を選んで歩きだした。 他の男たちも付かず離れず、それぞれの道を歩き出す。

後になって気付いたことだが、あのまま真っ直ぐに山を下りて行けば、改めてここを訪れれば、歩いて来た洞を見つけることが出来たかもしれなかった。 歩きやすい道から山を下りたのは失敗だった。
さすがに夜目の利く宇部であっても、あの暗がりで、ある程度の位置も分からず、ましてや知らぬ山、洞を見つけろと言われても無理がある、ということだった。


城から脱走してきた長州藩の者たちが戻れる隠れ家はない。 もしあの隠れ家が兵に見つかっていなくとも、この人数が隠れるにはあの隠れ家では狭すぎた。
それに脱走してきた宮都の者たちも戻るところが無い。 何人かは宮都の者の隠れ家には移ったが、広さから考えるに到底全員というわけにはいかなかった。 よって、一応とだけの用意であった、脱走後に身を隠していた隠れ家に殆どがまだ残っている。

あまり大人数でひと所にいたくはない、せめて宮都の者だけでもここから出したいとは思うが、家に戻ればそのまま取り押さえられるだろうことは火を見るよりも明らかであった。
それに治療が必要な者もいる。 もう治療が必要ではなくなったと言っても、動きに無理が生じる者もいる。


「結局城の中は分からず終わったってことか」

「ああ、悪かった」

伏見が戻って来たと聞き東山が足を運んできた。 伏見は兵に顔を見られたわけではなく、捕まっていたわけでもない。 堂々と家に戻っていた。

「俺らを貶める者でもなければ、城の裏切り者でもなさそうってことか。 いったい誰だよ」

「分からん。 だが宇部が言うには相当身の軽い者だろうってことだ。 結局姿は一度も見られなかったし、足音を簡単に消す。 宇部の耳の良さもすぐに気付いたようだ。 全てにおいて獣並みじゃないかって言ってた」

「獣、ねぇ・・・。 更に訳が分からん。 で? 宇部は?」

「宇部一人くらい増えてもいいだろうって、隠れ家に入っている。 長州藩の者たちだけが入っている隠れ家だ」

「それなんだがな・・・あまりあれらの隠れ家を長く持たせるのは厳しい。 食料を運ぶのに見つかる可能性が大きいからな。 それに大人数が入っていれば、一網打尽にされちまう。 でな、相談なんだが・・・」

階下では引き取っている親戚の子供たちの声がしている。 この親戚の子供たち、それは伏見の母方の従弟(いとこ)になるのだが、伏見の母の歳の離れた妹であり、従妹の子供たちの母夫妻は土地を取り上げられ挙句に兵に殺された。

「え? 長州藩に?」

東山が言うには、負傷して動けない長州藩の者を長州に帰す。 そしてその時に同じく負傷している宮都の者も長州藩に移動する、ということだった。 負傷しているだけなら何ということもないが顔が割れている。 見つかっても逃げることが出来ない。 そして同じく顔が割れているというところで、大きな負傷が無くても宮都の者も一度長州藩の元に行く。 その意味は二つ。 一つは負傷者を運ぶということ、そしてもう一つは。

「負傷者に付き添って長州藩に行って戻ってくる。 その頃には顔も忘れられているだろう。 まぁ、家には戻れないがな」

捕まった時に家の場所は吐かされている。

「長州に行って宮都に戻ってくるには反対はないだろうが、だが・・・長州藩の者が郷に戻るということを承知するだろうか」

宮都の者たちもそうだが、特に長州藩の者たちはそれぞれの想いがあり、はるばる宮都まで出てきたのだ。

「宮都の者の説得は俺たちが。 長州藩の者たちには俺たちが言うと角が立ってしまう。 だから誰か長州藩の者で賛同してくれる者が」

「賛同、ねぇ・・・。 まぁ、宇部なら分かってくれるかもしれんが・・・」

ものの考え方が柔軟であるし、感情的にならずポイントから外れる所が無いように思える。

「じゃ、宇部の方は頼めるか? 俺は堀池たちと宮都の者の説得の方に動く」

「当分ネズミ業は休みってことか」

「今は兵がうろつきまくっている、大人しくしていた方がいいだろう。 それに殆どの葡萄酒畑は潰したからな」

「・・・分かった」

そして数日後、口論はあったが、納得をせざるおえなかった者たちが、長州藩に向かって動き出した。

『嫌だと言って、それでどうするんだ? 歩く事さえも肩を貸してもらわなくてはならない、食べることさえも誰かに食わしてもらわなければならない』

宇部の一言はきつかった。 だがそれが真実、現実。 一人で何をすることも出来ない、それどころか手を借りなくてはならない。 そんな状態でどうやって兵と向き合えようか。

『俺たちの代わりに怪我を請け負ってくれたんだ、一人一人が俺たちの痛みを請け負ってくれた。 死んでいった者たちの悼みを背に担いでくれた。 感謝している、不自由をかけてすまないと思っている、俺は何て不甲斐ないのかと思っている。 だが長州で待っててくれ。 必ず葡萄酒畑の計画は潰す。 ニッポニャンから葡萄酒畑を排除する』

涙ながらに話す宇部を見て何も言えなくなってしまった。 だからと言って胸に燻ぶる想いはまだ残っている。 兵によって無慈悲に殺された我が兄弟姉妹、親、子供、祖父母、幼馴染。 宇部が言った死んだ者の悼みをまだ背に担いでいる。

移動の順として、まずは怪我をしているが、もう治療を必要としない者から少人数ずつ。 その後に動くに支障のない者。 歩ける者たちの移動は夜になってから。
治療を必要とする者は、ギリギリまで安静にさせる方向に話が決まった。 治療と言っても薬を塗る程度しか出来ないのだが。 その全員の顔が割れている。

宮都を出るまで付き従うのは東山達。 万が一、兵に詰問されても宮都の者である、どんなことにも答えられ顔も割れていない。
宮都を出てしまえば人心地がつける。 そこからは東山たちの付き添いはない。 荷車を押すのは、顔が割れているが怪我をしていない者、それは宮都の者である。

全員を宮都から出すにかなりの日数がかかり、歩けない者たちを運ぶには荷車が必要だった。 夜中に音をたてる荷車など押すわけにはいかず、昼間の荷車押しとなったが、それが意外にすんなりと運んだ。

「初めから全員荷車にすればよかったな」

「昼間にか?」

「ああ」

「だったら岩国に会えなかっただろうな」

「あ。 そっか」

夜中に移動している時、同じ様に不審な動きをしている者が居た。 すると長州藩の一人が目を細め確認をしだした。

『間違いない。 岩国だ』

そして岩国から今津の身体の状態や今どこにいるかを聞き、藤生とは未だに会えていないということを聞いた。