孤火の森 第41回

大福りす
『孤火の森 目次


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孤火の森(こびのもり)  第41回




「我が母、アリシア・シーリン・ピアンサのかけし言の葉。 よく聞いてくれました。 森の皆よ、長き眠りから覚める時」

ゆっくりと腕を下ろしたゼライアが胸の前で手の指を組み、その形を何度も替え、口には呪を唱えている。
ポポやお頭たちから見えるのはゼライアの背中であるが、ゼライアの呪を唱える声がかすかに聞こえ、後ろから見ていても指を動かしてあろうことが窺える。

「ブ・・・ブ」

今までのブブと全く違う。 ポポの知っているブブではない。

呪を唱えているゼライアの口から、形を変え色んな形に組み合わされた指から、光の粒が出ている。 その光の粒がゼライアの周りに広がっていく。 そしてどんどんと森の中に広がって行った。
気付いた時にはゼライアの足元には生き生きとした葉が生い茂っているではないか。 それに見たこともない花も咲いている。
尽きることなく唱えられる呪と組み合わされる指、光の粒がその範囲を広げる。

「うぉっ」

「どうぇっ」

仲間の声が上がった。 声を上げたかと思うと足がひょいひょいと上がっている。 多々良を踏むように後ろに下がっている仲間もいる。
若頭とお頭がそちらに目を向けると、仲間の足元から何かの花だろう、芽が出て茎が背丈を伸ばしている。

それに足元で、いや、足の下、地の下で何か音がする。 足の裏に響きを感じる。
仲間たちもそれに気付いたのだろう。 いったい何が、といった顔を見合わせていると、立ち枯れになっていたと思っていた幹の中から、パキパキと殻を破るように瑞々しい幹が顔を出してきた。

水気がなくなり枯れていた木々の外側がどんどんと剥がれ落ちていく。 瑞々しい幹がどんどんと膨れ、上に伸び、枝がまるで長年の眠りから覚めたように伸びをすると、より左右に広がり、同時に若葉が芽吹いてきている。 その足元では丸い葉を持った蔓草が生まれ、木々にまとわりつき始めている。

土が盛り上がる。 そこから木の根が現れた。 それはまるで何年も生きていた木々の根のように太い姿を現し出していた。
さっき足の下に感じた響きは根が土の下を張っていた音だったのだろう。 それほど急激に根が成長したということ。
木々の間からは草花が芽を吹き、どこかから水の音が聞こえてくる。

ヤマネコが少女のように目を輝かせている。 その傍らではチャトラとサビネコも真の少女の目で森を見渡している。
お頭が後ろを振り返った。 いつの間にかずっと先にも緑が見えている。 色とりどりの花々が咲いている。

「こりゃ・・・」

こんなことが有り得るのだろうか・・・。 自分の目が信じられるには何年もかかりそうだ。

「これが森の女王の力・・・」

若頭が放心したように漏らした。

「お、おめーにも・・・見える、のか?」

お頭の声に手放しそうになっていた我を取り戻した若頭。 お頭の言いたいことは分かる。 簡単に信じられるものでは無い。 だが間違いなく目の前にその事象が有る。

「これが目に入らないのなら、お頭の目は死んでますぜ」

「そ、そうかい。 そう、だよな・・・」

何年もかからずとも己の目を今すぐ信じよう。
だがそれにしてもサイネムは冬眠と言っていたが、これでは冬眠どころではないだろう。 冬眠であればその間のことはそれこそ眠ったままで、目覚めた時からスタートを始めるのであろう。
だがこれはどうだ、この十年以上分をため込んでいて、一気に放出したようなものではないか。

「そういやぁ・・・旦那は・・・」

いつの間にかゼライアの口からは歌のようなものが歌われている。 それが呪の内なのかどうかはお頭たちの知るところではないが、ゼライアの指の動きは止まり、胸の前で動きを止めた指が組まれていた。

どれだけの時を費やしたのだろう。
長かったのか短かったのか、いや、何日も続いていたのだろうか、それとも刹那の出来事だったのだろうか、それさえも分からなくなってきた。

ゼライアの口が閉ざされた。
いつの間にか開けられていた瞼をゆっくりと伏せ、そしてまたゆっくりと上げる。

ゼライアに背中を見せていたお頭が、ゼライアの声が聞こえなくなってきたことに気付き向き直ると、いつの間にかゼライアがこちらを向いていて、そのゼライアの前に片膝を着いて頭(こうべ)を垂れている者たちがいた。
それはあちらこちらからやって来た森の主たちであったが、お頭たちが森の主など知る由もない。

「え? いつの間に・・・?」

「なんか、ぼや~っとしてきたなと思ったら居ましたぜ」

「ぼや~って、なんでぃそりゃ。 で? いったいあれは誰でぃ」

「見るからに森の民でしょうが」

「・・・おめぇー、もうちょっと優しい言い方が出来ねーのかよ」

すると何故か若頭から冷たい一瞥(いちべつ)を食らった。

「多分、身体を置いてここに来てるんだ」

足元からポポの声が聞こえた。
若頭に抑えられていたポポは既に手を離され、その場に座り込んでいた。

どういうことだという目で若頭とお頭がポポを見ると、ポポがおもむろに立ち上がった。 その視線は森の主たちに向けられている。

「一度サイネムに連れて来てもらったことがあるんだ。 この森に飛んできた。 身体は崖のところに置いたまま」

「身体は置いたままって・・・」

飛ぶも分からないが、身体を置いたままという意味が分からない。

「その時は誰にも姿を見られることは無かったけど、きっとあの森の民たちは同じようにしてここまで来て、ブブの前では目に見えるように何かしたんだろうな。 森の民ならそれくらい出来るんじゃないのかな」

「か、身体がここにねーのに、身体が見えるようにっ、て、か?」

何をどうすればそんなことになるのだ。 いや、それ以前に身体を置いて来るとはどういうことだ。

森の主たち一人一人を見回したゼライア。

「よく来てくれました」

「御儀式(おんぎしき)、つつがなく終えられたこと、お慶び申し上げます」

「ありがとう」

「今日の日が幾久しく続くことを祈しております」

言葉を受けたというようにゼライアが頷き続ける。

「これまでかかったこと、また、女王不在であったことを申し訳なく思います」

森の主たちが首を振る。 それはゼライアのせいではないのだから。
誰もが前女王ピアンサの不幸を知っている。 そして今までゼライアが隠されていたことも。 それに女王になるためには徴があらわれるまでなれないのだから、これまでかかっていても仕方のないこと。

「過ぎてしまったことは戻ることは出来ますまい。 それに女王のせいでは御座いません」

「その通り。 これからはこれからのこと」

ゼライアの言ったことは此処で終わりにさせねばならない。

「森の民皆からの祝福を申し上げます」

「嬉しく思います。 わたしからも皆へ祝福を」

「女王からのお声がけ、どれほど民が喜びますでしょう」

「本当に。 戻り次第すぐに民に伝えましょう。 それと、すぐにでも我が森より幾人かをこの森の民として向かわせましょう」

「我が森からも」 「我が森からも」 全ての主が次々に声を上げる。 各々の森から民をこちらに向かわせるということである。 だがそれにゼライアが首を横に振った。

「ですが・・・」

「急(せ)くことはありません。 深慮し、それでもと、そうなれば足を向けてもらいましょう」

だが森の主たちが首を横に振る。 森が蘇ったと言えどこれからの生活がある。 森の民と言えども霞を食べて生きてはいけない。 それに女王を地の上に眠らせるわけにはいかない。

「心配には及びません。 わたしにはローダルが居ります」

そのゼライアの言葉にポポが改めてゼライアを見た。 ローダル。 ゼライアのローダル、それはポポのこと。

「わたしのローダルはザリアン・ローダル・ポスイル。 ポスイルがわたしを守ってくれます」

女王が言い切る。 森の主たちにはこれ以上異を申し立てることは出来ない。

(ブブ・・・)

自分を認めてくれたのは嬉しい。 でもどこかでギクシャクしたものを感じる。
ザリアン・ローダル・ポスイル、それが自分の本当の名前で、ポスイルという真名は女王しか呼べないということをサイネムから説明されていたとはいえ、その名前がまだ腑に落ちていない、それなのにゼライアがあっさりとその名を口にした事に腹の据えどころを探してしまう。

(ブブ・・・)

ポポはこの事をサイネムから聞かされていたが、ゼライアは聞かされていなかった。 それに呪も指の組み方も知らなかった。 いや、呪を使えることさえも知らなかったし、ゼライア自身が森の民であり、森の女王であることすら知らなかった。 それなのに今は全てを知っている。

(儀式で、あの眠ったような中で全部を知ったんだ・・・)

「・・・承知いたしました。 ですが、いつでも何なりと」

「ええ、その時にはお願いします。 皆の森に尽きることのない安寧を」

それはもうそれぞれの森に戻れということ。
森の主たちは歳若くはない。 このような呪を長く保つには身体に無理がある。

森の主たちが頭を垂れ、その姿が揺れて薄くなり、そして消えた。

お頭と若頭はそれなりにポポから説明を受けていたが、それでも目の前で人が消えるということに驚きを隠せない。 だから何の説明も受けていない仲間たちは、それこそ森の主たちが現れた時からずっと固まったままであった。
固まったままだったのに「うわっ!」 っと驚きの声が上がった。
お頭と若頭が声のした方を見ると、開けていた穴から次々と孤火が現われ、仲間たちの足元を走り抜けゼライアの元に走り寄って来ていた。

「まぁ、来てくれたのね」

ゼライアが屈んで孤火達を迎える。

「こ、孤火がこんなに沢山・・・」

男たちの間からざわざわとした声が聞こえてきた。 その声をゼライアも耳にしたのだろう、立ち上がりようやく笑みを一人一人に向けた。

「それぞれの森には名前があります」

「名前?」

お頭がポツリと言った。
ゼライアがお頭に目を合わせ一歩二歩と近付いてくる。 その後に孤火が続いている。

「お頭・・・」

ゼライアの目に涙が溜まってきた。

「おいおい、目出度い日に泣くんじゃねーよ」

お頭もゼライアに歩み寄っていく。

「お頭・・・お頭のお蔭です。 ありがとう。 ずっとずっと、長い間ありがとう」

目の前に立ったをブブ抱きしめてやりたい。 今までだったら簡単にそうしてきた。 だが今のブブはもう今までのブブではない。 森の女王であるゼライアなのだ。

「なに子供みたいに可愛いこと言ってやがんだ。 もう森の女王になったんだろうよ」

ゼライアが何度も頷く。

「で? 此処の森の名前って何て言うんだ?」

「ここは、孤火の森」

「孤火の、森?」

「森にはいろんな動物が住み着いていますが、特にその森に住みついている動物がいます。 そこから森の名としています。 四足に限らず鳥の名がついた森もあります」

「そっか、そういう事か・・・」

声を出したポポに目を向ける。

「そういう事って?」

「ほら、孤火ってブブには懐いてたけどオレには懐かなかっただろ。 孤火はブブが女王になるって分かってたんだ」

ゼライアが悲しげな眼をした。

「ブブ?」

「わたし、何も知らなかったから・・・。 孤火達はずっと待っててくれていたのに、ずっと応えることをしてこなかった」

「いや、それってブブのせいじゃないし・・・」

「そうでぃ、さっきの爺さんも言ってただろ。女王のせいじゃないって」

お頭も充分爺さんだろ、と仲間の数人が思ったが、今の状況で誰一人それを口にすることは無い。

「そうだよ、ブブ・・・じゃなかった、森の女王」

ずっと見守っていたヤマネコだ。 一瞬にして大人になったようなゼライアをまぶしげに見ている。

「これからだよ。 これからこの森も孤火達も森の女王と一緒に過ごしていくんだろ? 何よりもの幸いさ」

「ヤマネコ・・・」

「森の女王としての責任は重いかもしれない。 あたしにはそれがどれ程のものかは分からないけどね、それでもやっていけるよ。 ブブはあたしの乳で大きくなったんだ、強い子だろ? あ、またブブって言っちまった」

「ヤマネコ・・・」

「ほら、泣くんじゃないよ」

ヤマネコがそっとゼライアの涙を拭いてやる。

「ブブでもいいけど、ゼライアって・・・」

何度も頷きながら、自分の新しい・・・本来の名を告げる。

「ゼライアか。 うん、そっちの方が似合ってるよ。 で、ポポが・・・」

「ザリアン。 わたしはザリアンのことをポスイルって呼んで、ポスイルはわたしのことをブリテルって呼ぶんだけど」

女王と王女はローダルの真名を、ローダルも女王と王女を真名で呼ぶ。 女王、王女そしてローダルだけに許される呼び名である。
本来なら森の民以外に真名を聞かせてはならないが、お頭たちは別と考えた。 それに森に話していた時に既に聞かせてしまったということもあった。

ゼライアの言葉にポポが俯いた。 その頭にポンと若頭の掌が置かれる。

「なんか・・・ややこしいね」

「ヤマネコ、単にブブはゼライア、ポポはザリアン、それだけのことさ。 な? ゼライア」

チャトラが後ろから歩み寄って来た。 ゼライアが頷く。 チャトラの横にはサビネコも居る。

「でもさ、これ程草が生い茂っていたんじゃ、孤火の火で草やなんかに火が移ったりしない?」

「大丈夫。 森の中では孤火は火を青白くしているから」

え? っと思って孤火を見ると確かにそうだ。 孤火など滅多に見はしないが、それでも何度か見たことがあり火の色は知っている。 それが今は尾についている火の色が違う。

「青白い火は燃えないの」

「そ、そうなんだ」


森の主たちから言祝ぎを受け終わっただろう。 そしてお頭たちとも話し終えた頃か。
サイネムが一度開けた瞼を再び閉じ、ゆっくりと細い息を吐く。

これから森を守るのはゼライア。 サイネムがしゃしゃり出ることはゼライアを愚弄することになる。
だがゼライアが森の女王としての力を持ったと言えど、ローダルであるザリアンには何の力もない。 ザリアンの代わりをするのは自分しかいない。 それに自分を除いてここには森の民は他にいないのだから、最後の力はまだ残しておかなければならない。
腕をゆっくりと上げ指をいくつも組み替える。 口には呪が唱えられている。

かけていた呪を解き始めた。


「ジャジャム殿っ」

戸を開け入って来たケリスが声を殺すようにジャジャムの横に膝を着いた。
さすがに何日も呪を使って疲れたのだろう、セイナカルが遅い朝食をとっていて、少し離れたところにジャジャムが座っている。

食事を口に運びながらセイナカルがケリスに視線を送る。
そのケリスがセイナカルに深く辞儀をすると、ジャジャムに耳打ちをした。

「え・・・」

何かがあった。 ジャジャムの表情を見れば容易に分かること。 セイナカルが目で促すとジャジャムがセイナカルの横まで進み出る。

「何事か」

「森が・・・森が生き返ったそうです」

セイナカルの手が止まる。

「森に木々が生え、如何なることかと思った兵が確かめてみますと、呪が解かれている様子だということで御座います」

兵たちはすぐに確かめたわけではなかった。 今までと比べあまりの森の美しさに目を奪われていた。

「呪が?」

「何の抵抗もなく森に入ることが出来る様で御座います」

セイナカルの口角が上がった。

「行(ゆ)くぞ」

「セイナカル様・・・」

腰に剣を佩(は)き立ち上がったセイナカルがジャジャムの前を大股に歩いて行った。